インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
・束さんは自重する気など欠片も無いようです。
2年生が3年生になった初日の夜。
晶と束は自宅の居間で同じソファに座り、部屋の中央に浮かぶ地球の立体映像を眺めながら、宇宙開発について話し合っていた。
「今のところは順調だね」
「ああ。クレイドル計画もマザーウィル計画も、予想以上に頑張ってくれている」
日本が主導しているクレイドル計画は、巨大な多段全翼型宇宙船を衛星軌道プラットフォームとして、今後の宇宙開発拠点とする計画だ。機能中枢となる四角状の平べったい中央パーツは、エンジンブロックと連結フレームが合わさる事で中央ブロックとなり、これに規格化された居住ブロック、天体観測ブロック、食料生産ブロック、資源加工用の工場ブロックなどを、翼として接続していく事で多段全翼型宇宙船となっていく。各部の大きさは中央ブロックが高さ40メートル、横300メートル、長さ500メートル。翼に当たる部分の1ブロックはエンジンと連結フレーム込みで、高さ40メートル、横225メートル、長さ500メートル。完成時の全幅は約4キロメートルというのだから、どれほど巨大な建造物になるかが分かるだろう。尤も今現在稼動しているのは中央ブロックと食料生産ブロックが左右に1つずつの計3つと、計画全体で見ればまだまだ先は長い。だが建造物の巨大さと計画開始後僅か1年という事を考えれば、相当な頑張りと言って良いだろう。
フランスが主導しているマザーウィル計画は、月面を六本脚で移動する巨大な月面採掘基地の建造計画だ。今現在の姿は巨大な四角い箱に、装甲の取り付けられた六本脚が付いているだけという不格好なものだが、完成時の全幅が2400メートル、高さ600メートルにもなる巨大建造物の脚を、僅か1年程度で稼動可能状態にまで漕ぎ着けたのだ。これに加え―――束博士からの技術提供があったにせよ―――月での水資源採掘を実用化している辺り、相当な頑張りと言えた。更に言えば水資源の採掘実用化により、同計画及び協力関係にあるクレイドル計画は地球から補給物資として水を打ち上げてもらう必要が無くなったため、その分を他の建造物資打ち上げに割り当てる事で計画の更なる前倒しが図られていた。
「
「こればっかりは仕方がないさ。やれる事をやるしかない。アンサラー3号機は後どのくらいで上げれる?」
「4ヵ月ってとこ」
「シールド衛星と攻撃衛星は?」
「今最終確認プログラムを走らせてるから、問題無ければ明日には上げられるよ」
束と晶は
つまり地球が多方面から同時侵攻された場合は、アンサラー3号機の上がっていない宙域に最も早く穴が開く、ということになる。だがそれでも、無いよりはマシだろう。
「とりあえず、応急処置は間に合いそうだな」
「うん。―――あ、そうだ。ねぇ晶」
「どうした?」
「話は変わるんだけどさ、進級したって事は来年卒業でしょ。住む場所、どうしようか?」
2年前、束は“
束の言葉は、こうした背景から出たものだった。
尤も今の2人にとって、国籍など大した問題ではない。一般人は住む場所のルールに縛られるが、2人の影響力ならルールごと変えてしまえるからだ。
そして晶としては自宅とカラードを行き来するのは結構な手間であるし、束としてもカラードの地下設備*3を使えた方が、色々と活動し易い。
よって2人は卒業を機会に引っ越ししようと考えていたが、今までしっかりと話し合ってはいなかった。
「カラードの地下で良いんじゃないかな。あそこなら好き勝手出来るし、束も色々とやり易いだろ」
「そうだね。じゃあ規模はどの位にしようか?」
「今のと同じ位って考えてたけど、もっと広くするか?」
「私は広くしても良いなって思ってる。だってさ、折角新居を作るんだよ。同じじゃつまらないじゃない」
この時、晶はかる~い気持ちで思った事を口にした。
明らかに過剰な機能であるし、束は他にもやる事がある。ちょっとした冗談というやつだ。
「なら、
「え?」
「いや、地下都市って本来は惑星規模の大災害から逃れる為の箱舟だろ。だから全部の機能を投入して自宅を造れば、万一なにかあっても安心だと思ってさ」
繰り返しになるが、晶としてはあくまで冗談のつもりだったのだ。
彼としては「なに言ってるの。そんな手間なことする訳ないでしょ」みたいなリアクションが返ってくると思っていたのだが――――――。
「いいね!!」
ちょーくいついていた。
「え?」
驚く晶を余所に、束は話し続ける。
ルンルン気分のメッチャやる気な表情だ。
「そうだよね。晶と私の愛の巣だもん。徹底的に、妥協なく造るべきだよね!! 」
「あ、ああ。でもお前の負担が大きいし、やっぱり全部じゃなくても良いんじゃないか」
さりげなく軌道修正しようとするが、既に手遅れであった。
「駄目だよ。こういうのは一番初めにしっかり造っておいた方が、後で色々やり易いんだから。という訳で晶には、先に地下を掘って建造用の空間を確保して欲しいな。機材は秘密ドックにあるの使って良いから。で、私は掘ってくれてる間に設計しちゃうね」
パートナーのあまりのやる気具合に、晶は1つだけ確認しようと思った。
大丈夫だとは思うが、お互い趣味の事になると暴走してしまう可能性があるので、一応念の為だ。
「分かった。でもアンサラー3号機の建造に影響は無いよな?」
「勿論。3号機を上げるまでは、息抜き程度にしかやらないよ。でも、楽しみだなぁ。私達だけの箱舟なんて、最高の贅沢じゃない。―――あ、そうだ。もっと良いこと思いついた」
「なにを思いついたんだ?」
「今研究中のワープ技術*4が完成したら、自宅にワープゲートを造るの。まずは自宅-月間で繋げて、月から太陽系内の各惑星に、そして太陽系外縁部から外宇宙に跳ぶっていう感じにしたら、安全に色々な所に行けるんじゃないかな」
「良いな!! 俺達だけのワープゲートで、好きな時に、好きなように行ける。最高じゃないか」
「でしょでしょ」
夢広がる、とは正にこの事だろう。そしてこの時、束は強く思った。この未来は誰にも邪魔させない。
◇
時は進み、平日のIS学園。
2年生が進級して3年生になったからと言って、何か特別な事がある訳ではない。授業内容がより高度で専門的になり、将来必要となる知識や技能を学んでいく毎日だ。
そんな中で3年1組は、一般生徒達だけの平均訓練スコアがB-1という値を示していた。これがどれ程の事なのかは、訓練スコアがどのように分類されているかで分かるだろう。*5
A-1:モンドグロッソの決勝レベル
A-2:モンドグロッソの上位レベル
A-3:モンドグロッソ出場者の平均レベル
B-1:国の代表レベル
B-2:国の代表候補の上位レベル
B-3:国の代表候補の平均レベル
C-1:代表候補生上位レベル
C-2:代表候補生平均レベル
C-3:代表候補生下位レベル
上記の通りB-1より上は、モンドグロッソという世界最高峰の舞台が基準になっている。従って多くのIS関係者にとって、B-1到達はモンドグロッソ出場条件の1つとなっていた。例年なら学年に1人か2人いれば将来有望と持て囃され、大口のオファーが沢山転がり込んでくるレベルだ。
勿論、訓練スコアは所詮訓練スコアに過ぎない。如何に訓練で優秀な成績を残そうとも、墜とされる時は墜とされるのだ。だが公式な目安として用いられる訓練スコアの計測方法は、実力の無い者が良い値を叩き出せるほど、甘い作りになっていないのも事実であった。
因みに専用機持ちになったばかりの一般生徒達がB-1なら、入学当初から専用機を持っている代表候補生達はどうなのか、という話になるだろう。
結果は、恐るべきものであった。
最低ラインがA-2であり、ラウラとシャルロットに至ってはA-1を叩き出していた。
ここでセカンドシフトしている一夏とセシリアの事を思い出して、何故と思った者は多いだろう。これは多種多様な状況で訓練スコアを計測する仕様上、特化型ではどうしても不利になってしまう状況があるためだった。従って特化型としての機能を最大限に活用できる状況ならば、評価は逆転する。
また専用機持ちとなりミッションに出始めた一般生徒達は、戦闘力だけでなく人間的な意味でも、現場からは概ね好評であった。
訓練で散々、執拗に、とことん状況把握の重要性や不意打ちの危険性を叩き込まれているお陰で、新人ISパイロット*6とは思えない程に落ち着いていたというだけでなく、味方への注意喚起や情報提供まで行っていたのだ。
現場の人間からしてみれば、お高いだけのISパイロット様よりずっと良いだろう。
そんな3年1組は内外で“奇跡のクラス”と呼ばれ、昨年以上に注目を集めていたが、休憩時間にクラスで交わされる会話は年相応なものであった。
「これ良いなぁ」
スマホの画面を見ながら呟いたのは、出席番号1番の相川清香。
クセの無い赤紫色の髪をショートカットにしている子で、趣味はスポーツ観戦とジョギング、更にハンドボール部所属という元気っ子だ。
「何見てるの?」
偶々聞こえた呟きに反応したのは、近くにいた鷹月静寐。
黒髪のショートカットを両サイドのヘアピンで止めている子で、委員長タイプの真面目な性格だが、一方でジョークを好むという柔軟性も持ち合わせている。
「これ。ミューレイの新作。色合いもデザインもすっごい好み」
鷹月の前に差し出されたスマホの画面には、今期の新作ISスーツが表示されていた。
元気っ子な彼女らしく、スポーティな黒い競泳水着タイプだ。ただ背面がレーシングバックタイプで、側腹部にもスリットが入っているせいか、少し肌色面積が多く見える。
「ちょっと攻めてない?」
「そう? じゃあ、
「ん~。これかな」
画面を数回スクロールして、直感的にピピッと来たのを指差す。
「私とあんまり変わんないでしょ」
「違うよ。ここのワンポイントとか、スリット入ってないとことか」
「え~。こういうのが似合うんじゃない?」
相川が更に画面をスクロールさせて表示させたのは、背面がバックリと開いて正面の局部以外は殆どシースルーというエチエチなヤツだった。*7
実際に着たら、周囲にいる男性諸君はとっても目のやり場に困るだろう。
尤も本当に着る事は無いだろうし、お互い冗談と分かっているだけに返答もノリと勢い任せだ。
「じゃあ、
再び画面がスクロールされて表示されたのは、イブニングドレスのような形状をした珍しいタイプだった。ただし肌色面積が極めて多いデザインで、北半球がよく見える上にお臍付近の布地もバッサリとカットされ、更に背部に至ってはほぼ全面的に布地がなく、臀部を覆う布地も割れ目が見えるほどに深い切れ込みが入っていた。*8ヒラヒラした部分がISの装甲部分に引っ掛かって危険ではないかと思うのだが、商品説明によればIS展開時は体にフィットした部分のみが残る仕様になっているらしい。
そしてこんな話をしているとクラスメイト達が1人2人と集まってきて、話が徐々に脱線(?)し始めた。ISスーツとしての性能なんぞそっちのけで、ちょっとばかり卑猥な方向に盛り上がっていく。
「これ見せる系だよね? 殆どスケスケ」
「こっちなんて横から手を入れられそう。あ、この部分外れるんだって。――――――えっと何々、万一応急処置が必要になった場合を考え分解性能にも配慮しました?」
「へぇ~。これって肌に吸着するタイプなんだ。あれ? でもスイッチ壊れたら肌から剥がれちゃうんじゃないかな?」
エトセトラエトセトラ。
そんな中で窓際に固まっていた
欧州三人娘や簪と本音は、
なおこの時、晶と一夏は意図的に素知らぬ顔で別の話をしていた。話に乗ってしまうと色々拙いので、2人でISとは全く関係ない話をして、聞こえないフリという自己防衛をしていたのだ。だが相川清香がふと思い出した事を切っ掛けに、自己防衛はアッサリと突破されてしまうのだった。
「そう言えば前に晶くんがさ、「結構業者から営業が来てて、カタログとか試供品を置いていくんだ」って言ってなかったっけ?」
「あ、確かに言ってたね」
鷹月静寐も同じように思い出した。
更に猟犬どもからプレゼントされたISスーツでちょっと弄られていた
「この前行った時、今見てたやつの大半はあったと思うな」
「うん。あったあった。みんなも着てみたらどうかな。気に入るのがあるかも」
この流れをヤバイと思った晶は、そっと立ち上がり教室から出ようとして………。
「しょーちん。どこ行くの?」
天然な本音さんの台詞が騒がしいはずの教室に妙に響き、ニヤリと笑った相川さんが近づいていく。
「ねぇ晶くん」
「えっと、何かな?」
「試供品って、まだあるかな?」
「確か、あったと思うな」
「なら今度の土曜日、行って良いかな?」
「わ、態々確認しなくても、みんなはもう出入りできるじゃないか」
「そうだけど、やっぱり将来上司になる人には部下がどんなISスーツを選ぶのか、ちゃんと見てもらった方が良いと思うんだ。ねぇみんな」
うんうんと肯く一般生徒達。そして相川さんは晶が口を開く前に、逃げ道を塞いできた。
「勿論、セシリアさん達も一緒だよ。元々専用機持ちの人は契約で自由にスーツを変えられないかもしれないけど、個人的に着てみる分には問題無いでしょ」
「そうですわね。偶には気分転換に良いかもしれませんわね」
「そうだね」
「付き合いは大事だな。私も行こう」
「私も行こうかな」
「私も~」
セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、本音が次々と乗り始めた。
これに対して箒と鈴は一夏の腕に左右から腕を絡ませながら、さも偶然とばかりに言った。
「土曜日は丁度予定が入っていて、残念ながら私は欠席だ」
「私もね」
本当に予定が入っているかどうかは分からないし、一夏は何も喋らせて貰えなかったようだが、3人揃ってという事はそういう事だろう。なお健全な紳士諸君にはどうでも良い事かもしれないが、幼馴染コンビも色々な部分が成長していた。
元々豊かな胸部装甲と恵まれたスタイルを持つ箒は、姉の助言もあって昼は大和撫子のような淑女、夜は娼婦のような妖艶さを持つに至っていた。ぶっちゃけて言うと姉妹揃って夜は男を狂わせるサキュバスのようだが、どちらも対象がたった1人の男に向いているので、他の男が干からびる心配は無いだろう。
ちびっ子まな板元気っ子だった鈴は、外見的にも精神的にも大きく成長していた。まず外見的には平均より少し高い身長、平均程度の双丘、スラッとした美脚という、チャイナドレスが非常に良く似合う美女となっていた。精神的にも
―――閑話休題。
これにより次の土曜日は、カラードでISスーツの試着会となったのだった―――。
◇
時は進み日曜日の午前中。カラード応接室。
昨日1日かけて大変良い目の保養をした晶は、少々真面目な案件で客人を迎えていた。
小太りな中年男性で、穏和そうな表情も相まってとても誠実そうに見える。だが政治に関わる者の表情ほど信用ならないものも無いだろう。
奴らにとっては表情も言葉も仕草も雰囲気も、全てが相手を攻略する為の実弾なのだ。
今、応接用テーブルを挟んで晶の前にいるのは、在日アメリカ大使デイビッド・ジュアル。政権中枢に強力なパイプを持つと言われている男だ。
「――――――という訳でアームズフォート"ギガベース"を中核とした第七機動艦隊が日本に来ますが、これは中国国内に睨みを効かせるため、と御理解下さい」
「確かに最近あの国から聞こえてくるのは政情不安の話ばかり。お得意の情報統制も出来ていないようですから、相当なんでしょうね」
「ええ。シンクタンクではクーデターもあり得る。いや高確率で起こると分析しています。そしてあれだけ巨大な国で政変となれば、影響は相当なものでしょう」
「嫌でも巻き込まれるでしょうね」
最悪なのはクーデターが実際に起きて、更に長引いて血で血を洗う内戦になることだった。人口13億を超える国でそんな事になれば、影響があるどころではない。もし国としての秩序が失われ周辺諸国に難民が溢れ出したら、治安悪化等と言う生温い話ではなくなってしまう。
また実際に起きなかったとしても、不安の種は尽きない。現在の政情不安な状況は、テロ屋にとって好都合極まりないのだ。隠れ蓑にするも良し。密輸に使うも良し。正規軍の武器を横流しするも良し。麻薬をばら撒いても良し。思いつく限りの悪事をやりたい放題だろう。そして取り締まろうにも、広い国土と13億を超える人口が立ち塞がる。必要とされるのは少数精鋭ではなく、純粋なマンパワーだ。今の中国に、それを捻出できるだけの余力は無い。
「いいえ。少なくとも我が国は、日本を巻き込ませる気はありません」
「何故ですか? 貴国としては、少々荒れてくれた方が都合が良いでしょう」
「御冗談を。今の我々は、最悪を想像しなければなりません。もし束博士と貴方がいる日本が巻き込まれている最中に、
人類の為を考えた素晴らしい姿勢と言えるだろう。だが政治家の言葉を鵜呑みにしてはいけない。ここで肯くという事は、中国への干渉を黙認するのと同じなのだ。そしてアメリカという国は、干渉する時は徹底的にやる。現政権を打倒した後に親米政権を樹立する、程度なら可愛いものだろう。下手をしたら中国という国を解体して、周辺諸国と分割統治――――――くらいまで考えているかもしれない。
かと言って否と返答したら協力を余儀なくされ、宇宙開発の為のリソースを削られてしまう。
よって晶の返答はYESでもNOでもなかった。
「なるほど。貴国の意向は分かりました。その上で、こう答えましょう。こちらの活動方針に変わりはありません。ただ好き好んで厄介事に関わりたいとも思いませんので、そちらが色々やってくれるなら、特にこちらから言う事も無いでしょう」
この返答で大事なのは、「こちらの活動方針に変わりはありません」と「好き好んで厄介事に関わりたいとも思いません」だ。前者だけだと介入の意思ありとも取れるが、これに後者が加わることで、積極的には関わらないという解釈ができる。
そしてこの返答は大使にとって、ベストでは無いがベターなものであった。あらゆる盤面を理不尽にひっくり返せる勢力が、少なくとも表向きは静観するというのだ。後方に払う注意を少なく出来るという意味で、収穫と言えるだろう。
「十分な返答です」
答えながら大使は、次の一手について考えた。話したい案件は沢山ある。だがこの場で話すのは適切だろうか? 今後を睨むなら個人的関係を築いておきたいところだが、性急に進めても良い事は無いだろう。
そこまで考えて、大使は彼と仲良くなっている人物を思い出した。丁度話に出ていた第七機動艦隊の司令であるし、この場で話題にしても不自然ではないだろう。極々自然に、さも世間話をするかのように切り出す。
「そう言えば貴方と第七艦隊の司令は、とても仲が良いと聞きました。何か共通の趣味でもあったのですか?」
「切っ掛けは本人のちょっとした失敗談ですよ。どんな内容かは本人の名誉の為に伏せておきますけど、とても面白くてね。あんなに笑ったのは初めてかな」
「艦隊司令にまで上り詰めた男の失敗談ですか。興味はありますが、教えてはくれないのでしょう?」
「それは勿論。本人の名誉に関わりますから」
大使は失敗談の内容を知る立場にあったが、ここで言うような真似はしなかった。相手が伏せておくと言った配慮を、態々台無しにする必要は無いだろう。また第七艦隊の司令は多方面に顔がきく。特に今後主力となるであろう宇宙軍とは良好な関係を築いている。暴露するよりも、配慮に乗って良好な関係を維持していた方が良いだろう。政治に関わる者として真っ当な損得勘定を働かせていると、晶が続けて話し始めた。
「―――ああ、そうだ。今日は大事な事を伝えようと思っていたんです」
カラードの社長が“大事なこと”と前置きする程の内容となれば、世界情勢に関わる話だろう。
そう思い続く言葉を待っていると、予想の右斜め上をいくものだった。
「今広報の方で発表準備中なのですが、後4ヵ月ほどでアンサラー3号機が
「なるほど。確かに大事な事ですね。多くの人が喜ぶでしょう」
言葉とは裏腹に、大使としては複雑な気分だった。
そんな心情を他所に、晶の言葉は続いていく。
「これで3機体制を構築出来れば、宇宙開発を更に加速させられます。地球のエネルギー問題にも、大いに貢献出来るでしょう」
「安定した経済活動は安定した電力供給があってこそです。3機体制の構築完了は、多くの人が望んでいるでしょう」
電力供給に不備でもあれば、安全性を高めるという名目で、共同管理の話を出せたかもしれない。だが
唯一つけ込めるとしたら、レクテナ施設から電力の消費地までを結ぶ地上の送電網だろう。そこは既存の送電網が使用されているので、妨害工作自体は簡単に行えるのだ。だが地上部分の送電網は地元の電力会社がメンテナンスを担っている為、幾ら害したところで束博士の失点にはならない。契約的に言えば地上のレクテナ施設にまで電力を届けるまでが束博士側の責任で、届けられた電力を消費地まで運ぶのは受け取った側の責任なのだ。
「そう言って貰えると嬉しいですね」
「むしろ望んでいない人などいないでしょう」
社交辞令で答えた大使は、次の話題を切り出した。
「ところで話は変わりますが、仮にこちらからパイロットを出向させたいと言った場合、受け入れは可能ですか?」
「状況によるので確実にとは言えませんが、恐らく大丈夫でしょう。ただ、一応こちらでも背景調査はさせてもらいます」
「受け入れ側としては当然の対応でしょう。そしてこのような事を聞いたのは、ナターシャ・ファイルスを貴方のIS学園卒業に合わせて、カラードに出向させようという話が出ているからです。まだ話が出ただけで確定でも何でもないのですが、カラードの都合もありますし、可能性の話として先にお伝えしておこうと思いまして」
これはアメリカの焦りの証明でもあった。
現在カラードの保有ISは60機を超え、最低でも内2機は単体戦略兵器に分類されている。只の一民間軍事企業が、世界の超大国と正面から殴り合えるだけの武力を持っているのだ。またアンサラーというエネルギー問題に対する回答は、各国に対する強烈な牽制となっていた。仮に他国にだけエネルギー供給をされた場合、自国の企業はエネルギーコストの増大から、国際競争力の大幅な低下が避けられないからだ。
そして敵対するのが得策でないとなれば次善策は協調路線であり、対外的に一番分かり易いのは人を送り込んでメディアの前で活動させることだろう。だが多くの有名人が所属するカラードに送り込むなら、相応の人選をしなければ実力も話題性も負けて埋もれてしまう。特に欧州の3人と比べられて格下に見られるような人選は、政治的にも許容できないという背景があった。
「そうでしたか。彼女なら大歓迎ですよ。ですが良いのですか? ナターシャ・ファイルスはセカンドシフトパイロット。本国に置いておきたいでしょうに」
「先程の話でも少し出ましたが、我々は最悪を想像しなければなりません。そして対
「私が心配する事ではないかもしれませんが、本国の守りはどうするのですか?」
「
「これは失礼な事を聞きました」
「いえいえ。隣人に心配して貰って、気分を害する者などいませんよ」
こうして動き出したアメリカの行動は、メリットとデメリットを考慮した至って真っ当な判断の元に行われたと言えるだろう。
だが事実として、1つだけ認識しておかなければならない事があった。アメリカが保有する質と量の最高戦力が、少なくともこれから数ヵ月は極東に集中する、という事実だ。*9
これがどういう結果をもたらすか、現時点で答えられる者はいないのであった――――――。
第160話に続く
・
・束&晶くんのお引越し計画。自宅にワープゲート設置予定とか、自重する気など欠片も無いようです。
・ISスーツ試着会では、ちょっとしたハプニングが頻発していたかもしれません。必然ではなく偶然。あくまで偶然なのです。
・最近はISスーツも技術革新が進んでいるため、デザインの自由度が大幅に上がっております。
・アメさん今後を見据えて行動開始!! でも未来の事は誰にも分からない!!(邪悪な笑み)