インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そしてチラッとISABキャラ出演。
2年生最後の月。IS学園生徒会長室。
部屋の主である更識楯無は薙原晶と話していた。
応接用セットでテーブルを挟んで向かい合ってではなく、ソファで隣り合って。
「私もついに卒業ね」
「長い間、お疲れ様」
「ありがとう。これからは、貴方がそこに座るのよ」
「気が重い」
「仕方ないじゃない。生徒の誰だって、貴方以外が生徒会長なんて認めないわよ。もしなっても、実質的には貴方が動かしていると思うでしょうね」
「それが分かるだけに、尚更な」
「ふふ。頑張ってね」
次期生徒会長を選ぶにあたり、一応学園内で投票は行われていた。が、結果は予想通りのものであった。どんでん返しなど起こるはずもない。
そして次期生徒会長となった晶は、生徒会役員を指名していた。こちらも予想通り、2年1組の専用機持ちが名を連ねている。
「頑張るよ。ところで、卒業後の準備は大丈夫か?」
「勿論よ。向こうでの引き継ぎも終わってるわ」
晶は楯無に、卒業後は更識家当主代行として支えて欲しいと伝えていた。
理由は2つ。更識家を使うなら彼女以上の適任はいないという真っ当なものと、自分の女を手元に置いておきたいという我が儘だ。
後者の理由に喜んだ彼女は、多くのISパイロットが求めて止まない国家代表の地位をアッサリと捨てていた。既に国籍もロシアから日本に変更されている。また代表引退に伴い専用機はロシアに返却されているが、束がこれまでの稼働データを完全移植した上で、基礎スペックを向上させた同型機を与えていた。書類上はカラードに登録されている正規の機体で、表で活動する事があっても何ら問題は無い。
尤も、彼女が今後表で活動する予定は一切無かった。表の煌びやかな世界で得られる名より、当主代行として晶を裏から支える実を取ったのだ。この結果、更識家の影響力は比類なきものになっていく。
今現在のように日本や欧州だけという限定的なものではない。更に多くの国々、そして人類が太陽系を飛び出す未来において、地球外の経済圏にまで影響力を広げていたのだった。
―――閑話休題。
「そうか。なら、これでもう足元は心配しなくていいな」
「ええ。些末事は全部私の方で片付けておくわ」
これまでも楯無は学生兼ロシア代表という、拘束時間の極めて多い中でも十二分に働いてくれていた。ならば当主代行として陣頭指揮を取れるようになれば、どれほどの働きを期待できるだろうか。最側近として、これほど頼もしい人財もいないだろう。勿論女としても、とイケナイ妄想が少しばかり脳裏を過ったが、今は真面目な時間だ。我が儘で楯無を手元に置き、ロシア代表を引退させたデメリットを確認しておく。
「頼もしい。ところで後任に引き継いで、
「こんな感じよ」
晶の前に幾つかの空間ウインドウが展開され、彼女の代表引退に伴う変更点の概略図と各項目の詳細情報が表示された。
それによると後任の国家代表はログナー・カリーニチェ。*1腕は楯無が「そこそこ動ける」と評する程度にはある。だが能力的にはあくまで一パイロット。通常部隊と上手く連携して動けるタイプではない。
また楯無を通じて行われていたレクテナ施設関連については、今後エネルギー省が窓口となり、彼女の子飼いが要職についていた。
「大丈夫だと思うけど、子飼いが裏切るとか、篭絡される可能性は?」
「人選は厳選してあるけど、無いとは言い切れないわ。だから向こうで民間警備会社を作って、手足として使えるようにしてあるの。子飼いがいるといないとじゃ、大分違うから」
建前上の話だが、ロシアでは
「なるほど」
更に資料に目を通していくと、人材発掘の項目で気になる者がいた。
新しくロシアの予備代表候補生になったクーリェ・ルククシェフカ*2だ。
まだ幼女と言える年齢だが、年上の代表候補生に勝てるだけの実力を備え、更にコア適正値Sを叩き出している。才能だけで言えば相当なものだが、臆病な性格からロシア式の教育方法には耐えられないだろうという但し書きがあった。
「楯無はどうしたい?」
「引き抜こうと思ってるわ。ロシア式の教育方法が合わないというだけで、ちゃんと育てれば間違いなく一線級になるもの」
「言い切ったな。それ程の逸材か」
「ええ。だから
「良いんじゃないか。ただパイロットの道しか知らない、なんて育て方は無しだぞ」
「
「何故そこで義妹達が出てくる」
「綺麗で、教養もあって、対人関係も良好。丁度良い例えだからよ」
楯無は口にしなかったが、晶と夜通し語り合える程に懐いている、という意味でもだった。
そしていずれは、クーリェも同じようになるだろう。
(晶の性格を考えれば引き取った子を放置するとは思えないし、関わるようになれば後は勝手に………よね)
この読みは見事に的中する。
更識本家に引き取られたクーリェは美しく成長していき、将来においては
◇
一方その頃。アメリカ。
対
タンカー2隻を「H」型に繋いだ双胴船のような外見で、全高約400メートル、全長約800メートルという巨体である。
装備はスタンダードな
勿論ギガベースは、海でしか運用できないような欠陥品ではない。
キャタピラの装備によって海から陸へ、或いはその逆と、スムーズに移動可能という汎用性すら備えている。
これに加え巨体という圧倒的積載量を活かして、パワードスーツ母艦としての機能まで併せ持っていた。建造開始当初は最大でも
そして搭載兵器の全てがギガベースとリンクし統制射撃を行えるため、巨体故の死角というのが極めて少なくなっている。
(―――さて、これを何処に配備するかだな)
世論だけを考えるなら、本国配備の一択だろう。
(運用方法は空母が一番近い。となれば、やはり海か)
大統領の脳裏に、第一~第七機動艦隊の司令官達が浮かぶ。
能力的にはどの司令官も大差無いが、政治を考えれば太平洋を所轄領域とする第七だろう。
中国は先の第一次
そうして考えを纏めた大統領は、次の重要案件を考え始めた。
世間一般では偽アンサラーと言われている国産発電衛星、“スター・オブ・アメリカ”についてだ。
(こちらは後1ヵ月程度と報告を受けているが………)
自然と、ため息が出た。
あらゆる性能がアンサラーに劣ると分かっているのだ。発電能力という一点だけを見ても天地程の開きがある上に、維持・運用だけで
このため発電・送電機能は実験用と割り切り、アメリカは軍事基地として運用する方針を固めていた。対
(これも2年前であれば、圧倒的なアドバンテージだったんだが………)
今現在は違っていた。
日本主導で建造されているクレイドルには多くのISパイロットが乗船し、IS用VOBを使った緊急展開・強襲降下訓練を重ねている。完全に対
自前で宇宙基地を持っている事が強みと言えば強みだが、空母外交と同じように使えば、間違いなく束博士の反感を買うだろう。一個人に国の方針が左右されるなど腹立たしい事この上ないが、下手に波風を立てようものなら国が傾いてしまう。
そして運用にデメリットが多いスター・オブ・アメリカだが、要らないのかと言えばそうでもない。この手の物は作って終わりではないのだ。運用して、使う人を育て、改良して、技術力を高めて、国として総合的な経験値を高めていかなければ、より高性能な物は作れない。
よって今後の宇宙開発を見据えるなら、莫大なコストを払ってでも運用しておくべきと大統領は判断していた。
(しかし、我が国が日本の後塵を拝するとはな………)
次の重要案件に思考を切り替え、手元にあるクレイドルの調査報告書に視線を落とす。書かれている内容は、時代を一つ飛び越えたかのような最先端であった。
慣性・重力制御により地上と変わらぬ1G環境を再現しているというだけではない。先日、ついに数機の食糧生産用の実験ユニットが稼働を始めたのだ。実験室レベルの小さなものではない。大規模生産に耐えられるかを検証する高度にオートメーション化された宇宙農園だ。試験段階だが栽培されているのはレタス、ホウレンソウ、ニンジン、トマト、ネギ、ラディッシュ、ピーマン、イチゴ、 ハーブ、キャベツなど多岐に渡る。更に次の予定としては、イモ、大豆、小麦、米、ピーナッツなどが上がっていた。
そしてこれを見たNASAの科学者連中は、日本の連中は惑星間長期有人ミッションに必要不可欠な食料の生産、物質のリサイクル、水や空気浄化の3つを連動させる閉鎖生態系生命維持システム(Controlled Ecological Life Support System、略してCELSS(セルス))の構築段階に入っていると言っていた。
(“天才”これほどのものか。本当に身柄を確保出来なかったのが悔やまれるな)
アメリカの為にその才能を使ってくれればどれほど良かったか。しかし今となっては、どうしようもない。もし彼女に手を出そうとしている、等と言う話が出ようものなら、政権支持率は一気に下がるだろう。野党とマスコミも騒ぎ立てるに違いない。よって考えるのは、アメリカの利益になる付き合い方だ。博士の性格的に過去を水に流したりはしないだろうが、宇宙開発を前面に押し出す事で協力関係を演出していく事は可能だろう。幸いクレイドル計画は束博士直轄ではなく日本主導だ。政治取引の余地はある。連動しているマザーウィル計画も同じだ。
(ふむ………物資と資金、後は人も派遣するか。今の最先端はどう考えてもあっちだしな。NASAのエリート共は良い顔をしないかもしれんが、もしエリート思考で嫌がるようなら、民間の人間でも行かせるか)
この時の大統領の判断は正解であった。
圧倒的開発速度で突き進む日本とフランスに対し、今は下積み期間と割り切り技術蓄積や人材育成を怠らなかったのだ。この今ではなく未来を見た判断のお陰で、後世の宇宙開発時代において、主要開発国の一国として名を連ねる事が出来たのだった。
尤も派遣された技術者達は
◇
場所は変わり、中国。
彼の国は今、国際的な孤立を深めていた。
第一次
単純な人的被害だけでも、人口35万を数えた喀什が消滅し、近隣の都市を含めれば死者は40万人を超える。一般市民だけでだ。これに加え降下船の先制攻撃により、集結していた半径378キロ圏内の通常戦力が全滅。エネルギーシールドを持つ巨大兵器も射程距離の差で封殺されて全て大破。高脅威目標と認識されていたISに至っては明らかに集中砲火を浴びせられ、投入されていたIS全10機をコアごと喪失していた。
国家戦略を根本から立て直さなければならない程の大損害である。
しかも独力で降下船の排除が出来なかったため、排除に他国の手を借りなければならなかったのだ。
分かり易く言えば自らを強国と言っていた主権国家が、敵対的異星人を招き入れた挙句排除に失敗し、近隣国家にも被害を出し、他国に超兵器を派遣してもらってようやく排除に成功したのである。
控え目にいって面子丸潰れで今後の困難が容易に予測出来る程の被害だが、予測出来る程度の被害では収まらなかった。
敵対的異星人を招き入れたというだけでも非難の嵐だが、降下船の降下地点が喀什と分かっていて降ろしたのは致命的だった。あの地域は以前から少数民族が弾圧されているとして、諸外国から人権問題で注視されていたのだ。そこに敵対的異星人を降ろして、自らの手を汚さずに
第一次
迎撃ミッションに参加していたドイツ代表候補生との通信記録が決定的だったのだ。
『了解した。我々は攻撃を中止し、以降No.01への対応は中国政府に任せる事とする。―――今No.01と呼んだものは、先だって束博士が発表した降下リストのNo.01、中国新疆ウイグル自治区喀什への落下軌道をとっていたもので、今我々が攻撃していたもので間違いないか確認したい』
『ドイツの代表候補生は話が分かるようだ。間違いない』
正規の通信回線を使った公式な通信であり、同じ内容が現イギリス国家代表であるセシリア・オルコットの専用機、ブルーティアーズ・レイストームにも残っている。これを陰謀だという事は、“中国は公式回線を使った通信ですら、証拠として使えないならず者国家である”と宣伝するに等しい行為だった。
これにより中国は喀什に降下船が降りると認識していながら、迎撃チャンスを潰したと世界的に認識されたのだ。
そしてこうなると、企業としても行動しない訳にはいかなくなる。
企業の力の源泉である金は、商品が買われてこそ集められるのだ。今中国で商売をするのは企業イメージを著しく損なうと判断され、投資資金、生産工場、多くのものが海外へと引き上げられていた。
結果として景気は大幅に後退し、失業率の増加は治安の悪化に繋がっていく。治安維持対策で民衆を押さえつければ政府への不満が蓄積し、押さえつける為により強硬な対応が取られ、より不満が蓄積されるという負のループが発生していた。
この時点で十二分に国難と言える局面だが、事態は更に深刻化していく。
束博士が発表したISコア倍増計画において、中国は「ISの使用方法に疑念がある」と言われ、他国のIS配備数が倍増する中で、たった4機しか補充されなかったのだ。これに加え、同時期に政府の中枢コンピューターがハック*5され、上層部の腐敗っぷりが曝露されたのだ。一部を抜き出しただけでも、企業との癒着、身内への優遇、不都合な事件の揉み消し、挙句ISパイロットを護衛と称して寝室まで同行させていたという。
追い打ちは更に続く。
ISの第二世代コア配布についてはIS委員会に一任されていたのだが、配備数0という屈辱的な扱いまで受けていた。
―――中国、某所。
煌びやかな執務室に、軍服を着た男女がいた。
男の方は初老と言える肥満体系で、階級章には中将とある。
女の方は若い。制服という体型がある程度画一化される服を着ていて、なお女性的な色香が滲み出ている。ISパイロットに詳しい者が彼女を見れば、今の中国では希少な専用機持ちだと分かるだろう。
「日を追うごとに、状況は悪くなっているな」
「はい閣下」
「やはり、外科手術が必要か」
「今の政府に………いえ、昔から自浄能力を期待するのは無理でしょう」
「そうだな。コネに賄賂。生まれで全てが決まってしまうクセに、形だけは平等を謳う腐った社会だ」
本人は正義感に燃えているのかもしれない。もしくは自分に酔っているのかもしれない。
だが女性にとってはどちらでも良い事だった。結局、同じ穴の狢だろう。
コネと金で階級を買い、成果は自分のもの、失敗は部下のせい、そうして上に取り入り、今の地位にまで登り詰めた豚。
「今なら民衆の不満も高まっています。立ち上がればついて来る者も多いかと」
「いや、まだだ。そうだな………あと4ヵ月もあれば不満も最高潮になるだろう。行動を起こすなら、その時だな」
「では現政権の汚点が、表に出るようにしておきましょう」
「ああ。愚ぶ………一般市民が分かり易いようにな」
「はい」
女は恭しく一礼して下がり、自室に戻る途中でコアネットワークに接続した。
(豚がようやく腰を上げるわ。後4ヵ月ってとこ)
(了解。準備を進めておくわ)
中国の最精鋭ISパイロット達は、
そうして選ばれた彼女と通信相手に与えられたオーダーは、権力者の傍に控え、虜にし、都合の良い情報を吹き込み、破滅への道を歩ませる毒となる事であった。
(ふふ。楽しみだわ。でもあの豚、途中で梯子を外したらどんな顔をするかしら?)
(豚は豚。自分に都合の良い事をブヒブヒ喚いて、お決まりの「ワシの命だけは助けてくれ!!」だと思うわ)
(それもつまらないわね。もっと歴史に残るような無様な終わらせ方ってないかしら)
(このご時世にクーデターを起こしたってだけでも十分不名誉だと思うけどね)
(やるなら、もっと叩き落としたいと思わない?)
(どこまで?)
(尊厳が地の底に落ちるくらいまで)
(埃はもう十分過ぎる位に集まってるし、映像データも沢山あるわ。暴露タイミングさえ間違わなければ、多分やれるわよ)
(ならクーデターを成功させて、最高権力者になる直前とかどうかしら。念願の最高権力者になる直前で、今までの悪事を映像付きで暴露されて、愚物・愚衆って蔑んでいる奴らに引きずり降ろされるの)
(民衆の為に立ち上がった正義の味方が、実はクーデターで追い出した奴らと何も変わらない悪党って演出ね。良いわね。それでいきましょう)
こうして政情不安定な中国に、毒が密かに回り始めたのだった――――――。
◇
時間は2週間程進む。
晶は更識家本邸で、楯無と話をしていた。
「―――という訳で今の中国、かなり拙いわね」
「あれだけの事をやらかしたんだ。1年や2年じゃ済まないだろう」
「そうね。でも本当に政情の不安定さはかなりのものよ。何かちょっとした切っ掛けがあれば、本当にクーデターが起きると思うわ」
現時点において楯無は、そして世界中の何処の情報機関も、クーデターの動きを掴んではいなかった。
有り得る選択肢の1つとは思われているが、内情が混沌とし過ぎていて正確な動きを掴めていないのだ。
「中で荒れる分には構わないけど、流石に無政府状態は困るな。13億の難民とか、笑えないぞ」
「仮にクーデターが起こっても、アメリカとロシアが傀儡政権を作りたくてうずうずしているから、多分無政府にはならないと思うわ。現政権側とクーデター側のどちらが残るかは、今後の動き次第ね」
「どっちの傀儡政権が出来ても、こっちにとっては面倒だな」
「なら介入する?」
「リソースに余裕があれば介入だけど、更識に余裕なんて無いだろう」
「残念な事にね。このレベルのものに介入するとなると、人も機材も拠点も、何もかもが足りないわ」
「だよなぁ。あ、でも機材については良い物をプレゼント出来るかな」
「あら、何かしら?」
「俺からじゃなくて、束からなんだけどな」
「
嬉しそうな表情から一転、露骨に警戒する楯無。
最初期から2人に協力している彼女は、束と悪友、恋敵、宿敵と書いて友と呼ぶ、というような関係になっていた。
晶から見ると「実は仲良いだろお前ら」と思うのだが、本人達は決して認めようとしない。
「ああ。これからは当主代行として支えてくれるって話をしたら、まぁ色々言っていたが、仕事をし易くしてあげるって言ってな」
楯無にコアネットワーク経由で、何かのパスコードが送信されてきた。
暗号解凍ツールも一緒だが、セキュリティレベルが尋常ではない。
「なんかすっごく重いんだけど、何かしら?」
「アンサラー中継衛星群へのアクセスコード。優先順位が、束、俺に続く第3位」
「へっ?」
渡されたものの大きさに、思わず変な声が出てしまった。
現在2機稼動しているアンサラーの中継衛星は全部で48機ある。地球を取り囲むように配置されているそれらは、レクテナ施設に正確にスーパーマイクロウェーブを照射する為に、既存の偵察衛星を遥かに上回る地表探査能力を与えられていた。また通信能力は、宇宙開発時代の基幹インフラとしても使えるように作られていた。
そして第3位のアクセス権限を使えば、中継衛星が持っている情報を覗ける。つまりこの贈り物は、楯無に地球上の如何なる場所も見れる目と耳を与えたに等しい。暗部の人間にとって、如何なる武器よりも強力な武力になるだろう。
尤も、ここで有り難がらないのが2人の関係の面白いところでもあった。
「ねぇ晶。あの
「いや、まぁ言ってたけど、仕事をし易くしてあげるって意味だったよ。うん」
「貴方には怒らないから、アイツの言ってたこと、一言一句違えずに言ってみてくれないかしら」
「ほ、本当に大したことは………」
「お・し・え・て」
顔を近づけてニッコリする楯無。
笑っているが、笑っていない。
が、言う訳にはいかなかった。絶対喧嘩になる。
しかし晶の努力は無駄であった。狙いすましたかのように、束が2人にコアネットワークで接続してきたのだ。
(やっほー。
(受け取ったわよ。有り難く使わせてもらうわね)
(うん。私を拝んで感謝の念を捧げながら使ってね。弱っちい子猫ちゃんの為に、わざわざプレゼントしてあげたんだから)
(相変わらずイラつくわね。
(え~、そんなこと言って良いの? 使わせないよ?)
(あら、別に良いわよ。無かったら無かったでやりようなんて幾らだってあるもの。でもそっちこそ良いのかしら? この手の情報は、私の方がずぅ~っと上手く使えるのよ。まぁ、貴女の夢の実現が遅れても良いって言うなら止めはしないわ。自己満足の為にコレ、取り上げなさいよ。で、余計な手間を増やして自分の首を絞めると良いわ)
(
(貴女ほどじゃないわ)
コアネットワーク越しだが、晶は2人の間に飛び散る火花が見えたような気がした。
絶対こうなると思っていたから言葉を濁したのに………。
その後暫し罵り合いが続いたが、唐突に話題が元に戻ってきた。
(まぁ良いわ。使わせてあげる)
(仕方ないから使ってあげるわ。―――ところで確認しておきたいのだけど、
(あれだけの事をやらかしてるのに数年で許したら、それこそ舐められるよ。だから暫くはこのままかな。あ、でも、
(あら、どうして?)
(みすぼらしい機体で、いっくんの隣に立って欲しくないんだよね)
(ふぅん。どの程度の扱いにするの?)
(今後機体のメンテは、如月で受けて貰おうかな)
(へぇ。そういうこと)
(うん。そういうこと)
ついさっきまで罵り合いをしていたクセに、急に通じ合う2人。
楯無は束の意図を正確に理解していた。凰鈴音を中国から切り離す気なのだ。
(方法は任せて貰えるのかしら)
(いっくんの周囲に波風が立たないなら、どんな方法でも良いよ)
(なら難しくないわね)
こういう時に一番難しいのは本人の心だが、凰鈴音の心は既に織斑一夏にある。また中国本土は政情不安定で状況をコントロールする為の介入は難しいが、切り離し工作をするなら不安定な方が都合が良い。ここまでお膳立てが整っているなら、後は本国の人間にちょっと贈り物をして、気分良くなってもらって、後の心配を少しばかり減らしてやれば、簡単に動いてくれるだろう。
こうして本人のあずかり知らぬところで、鈴の未来は変わっていったのだった――――――。
◇
時間は進み、春休み初日。
“
―――依頼内容―――
依頼主:ギリシャ政府
2時間前に我が国の国家代表、ベルベット・ヘルが消息を
絶ちました。
中東で行われていたミッション中のことです。
内容は元代表候補フォルテ・サファイアの捕縛。
彼女はIS学園卒業後に行方不明となり、テロ組織への関与
が強く疑われている人物です。
当初は我が国独力での調査予定でしたが、国家代表の機体
から常に発信されているはずの
ています。
直前の定時連絡は正常に行われており、送信されている機
体のセルフチェックログでも異常は確認されていません。
この事から何らかのトラブルが発生した可能性が極めて高
いと判断しての依頼です。
パイロット及び機体の回収をお願い致します。
またフォルテ・サファイアの捕縛に成功した場合、報酬を
上乗せ致します。
ベルベット・ヘルの行動履歴及びフォルテ・サファイアの
情報に関しては、添付資料をご参照下さい。
成功報酬(1EUR=124.38円)
パイロット回収:5000000EUR
(日本円にして約6億2千万円)
機 体 回 収:5000000EUR
(日本円にして約6億2千万円)
元代表候補捕縛:3000000EUR
(日本円にして約3億7千万円)
備考
添付資料1:ベルベット・ヘル行動履歴
添付資料2:フォルテ・サファイアの個人情報及び経歴
―――依頼内容―――
仮に相手がISを使用していると仮定した場合、2時間というのは逃走するのに十分過ぎる時間だ。
生身の人間の徒歩や乗用車程度なら行動範囲を絞り込めるが、ISが全力で逃げれば行動予測範囲は直径数千キロになる。
その中から逃走経路や隠れ家を絞り込むのは非常に困難だろう。
―――普通なら。
だが今のカラードに、普通は当てはまらない。
地球を取り囲むように配置されている48機の中継衛星群は常に地上を監視し、幾つかの条件が揃うと、自動的に情報収集を開始・追尾している。戦闘出力のISなど、その最たるものだ。
晶は中継衛星群にアクセスし、該当時間の該当地域の情報を呼び出した。
「………これか」
1対1の機動格闘戦中に増援2で3対1。包囲網完成前に離脱できなかったのが決定的だった。ダメージの蓄積で瞬く間に動きが鈍くなり、被弾が増え、更にダメージが蓄積していくという悪循環。程なくしてベルベット・ヘルは大地に叩き墜とされ、動きを止めた。映像情報のみでの判断になるが、ダメージレベルは軽くてC、重くてDクラス*7だろう。そして依頼メールの添付資料を見ると、大地に叩き墜とされた時間とビーコンが発信されなくなった時間が一致していた。
この後、敵はベルベット・ヘルを抱えて移動を開始。1000キロ程離れた洞窟に身を隠している。
晶は受託の返信をした後、コアネットワークでハウンドチームに命じた。
(緊急ミッションだ)
直後、彼女らは地下格納庫に向かって駆けだしていた。
何故? どうして? そんなやり取りは無い。命令と同時にコアネットワークで依頼内容が提示され、加速された思考で理解する。次いでリモート操作でIS用VOBがアイドリングを始め、地上への隔壁が開いてリフトアップしていく。
格納庫に飛び込んだ彼女らはISを展開し、IS用VOBとドッキング。自己診断プログラムがロードされ、チェックが完了するとリフトアップの終了を待たずに出力を上げ始めた。
(ハウンド1。エリザ・エクレール。準備完了)*8
(ハウンド2。ユーリア・フランソワ。準備完了)*9
(ハウンド3。ネージュ・フリーウェイ。準備完了)*10
(行け)
飼い主のゴーサインと共に、猟犬達が飛び立っていく。
そしてこの分かり易い出撃はあらゆる勢力に伝わっていたが、ベルベット・ヘルを嵌めた奴らには伝わらなかった。
非合法ミッション故に外部と通信を行っておらず、亡国機業という裏社会の住人故に、危険を犯してまで助けてくれる仲間もいなかったのである。
◇
結果は一方的な蹂躙で、
(社長。要救助者の確保に成功しました。ダメージレベルはCですが、意識ありで受け答え可能です。また元代表候補のフォルテ・サファイア、他2名の非登録ISパイロットを捕らえています)
(よくやった。ところで、要救助者は何か言っているか?)
(いいえ。ただ、フォルテ・サファイアをじっと見ているだけです)
晶とハウンドチームは依頼メールに添付されていた情報から、ベルベット・ヘルとフォルテ・サファイアが親友と言える関係だったのを知っていた。
(フォルテ・サファイアの方は?)
(その、脳筋な
(ちょっと、何サラッと私のこと悪く言ってるのよ。
脳筋と言われた
(私は必要なところだけ壊してスマートに相手を戦闘不能にしたの。貴女はブレードで滅多切りにして蹴り飛ばして、岩にめり込んで動けないところにフルバーストじゃない。もうちょっとで絶対防御抜いて殺してたわよ)
が、脳筋には脳筋なりの理由があったらしい。
(別に1人生きてれば十分でしょ。むしろキッチリ殺って、他の奴への見せしめにしといた方が後で楽じゃない)
(なに尤もらしいこと言ってるのよ。戦闘中に殺るより、目の前でじっくりやった方が効果的じゃない。大体、フォルテ・サファイアの捕縛には成功報酬があるのよ。やるなら他の奴でしょ)
(はぁ~い。反省してまーす)
全く反省した様子は無いが、ある意味でいつものやり取りであった。
因みに会話に参加していない腹黒な
こうして状況を確認した晶は3人に告げた。
(今、回収機を向かわせてる。それで帰還してくれ)
速度だけを考えるならIS用VOBを再展開して抱えた方が早い。だがその状態で襲撃を受けると、対応が非常に面倒なのを考慮してだった。
(了解ですが、多少待つ事になります。現地政府の介入があった場合はどうしましょうか?)
(サウジにはもう話をつけてある。もし介入してくる奴らがいたら、政府以外の奴らだ。遠慮はいらない)
(了解しました)
この後、幸か不幸か介入してくる勢力は無く、ミッションは無事終了となったのだった――――――。
◇
後日のこと。カラード社長室。
部屋の主である晶はコーヒーを飲みながら、眼前に展開された空間ウインドウを見ていた。
ギリシャ政府からのメールだ。
―――メール内容―――
送信元:ギリシャ政府
先日は速やかな依頼遂行、ありがとうございます。
貴社のお陰で、我が国は貴重なパイロットとISを失わずに
済みました。
そして今回の件を教訓として、IS運用体制の見直しを図る
事となりました。
つきましてはIS運用で最先端の知見を持つ貴社にパイロッ
トとオペレーターを派遣して学ばせたいと考えております。
ご了承頂けた場合、以下2名の派遣を予定しています。
ISパイロット:ベルベット・ヘル
オペレーター:セレーナ・エイレネ*11
運用するIS及び2人の経歴については添付資料をご参照下さい。
備考
添付資料1:運用IS「ヘル・アンド・ヘヴン」性能概要*12
添付資料2:ベルベット・ヘル経歴*13
添付資料3:セレーナ・エイレネ経歴*14
―――メール内容―――
晶は暫し考えた後、このメールを美人な秘書さんに転送して指示を出した。
『この2人の背景を洗って欲しい。白なら戦闘部門かレスキュー部門で受け入れる』
『了解しました。後は、こちらの方で手配致します』
『任せた』
内線を切ってコーヒーを一口。次いで空間ウインドウの表示内容を切り替える。先日行われたミッションの追加報告書だ。
それによると元代表候補のフォルテ・サファイアと非登録パイロットの2名は、ポツリポツリと自白を始めているということだった。今後どうなるかは分からないが、罪を償っていく事になるだろう。
(………まぁ、消されなければだが)
裏社会で活動していたISパイロットが情報を吐いたとなれば、どんな対応がされるかは想像に難くない。また回収されたIS3機の新たな所属先は、IS委員会内部での激烈なロビー合戦の末、アメリカ2、ロシア1で決着がついていた。他に手を上げた国も多かったようだが、この辺りは流石大国というところだろう。
こうして追加報告書を一通り確認したところで、晶はふと思った。
(カラードも随分と大きくなったな)
設立当初は大きくする気など欠片も無かったが、気づけば第一世代コアの量産型IS26機を保有する大所帯だ。内訳は戦闘部門4機、レスキュー部門4機、宇宙開発部門18機と、社の方針が如実に現れている。これにクラスメイト達に与えた第二世代コア27機分が加われば53機となり、専用機持ちを含めれば総数は60機を超える。*15
各国からリース契約で借りている機体があるとは言え、アメリカの現在の第一世代コア公式保有数が25機程度なのだ。束のコア倍増計画と第二世代コアの配布で最終的には同数程度になる予定だが、僅かでも政治力学に関心があるなら、どれだけの影響力になっているかが分かるだろう。
これに加えアンサラーの発電能力と圧倒的な戦闘能力は、世界経済の潤滑油であると同時に地球を護る盾であり、核やISを遥かに凌ぐ抑止力となっていた。
(今や世界に最も影響を与える企業、か)
最近、よく言われる言葉だ。確かにここまで大きくなれば、間違っているとは言えないだろう。
(でも弱点が無い訳じゃない)
カラードは強力な影響力を持つ反面、人員規模が小さい事でも有名だった。
つまり人員の大量投入が必要となるような事案には強くないのだ。高度なオートメーション化とAIの活用、無人機の配備である程度は対応出来ているが、あくまでもある程度でしかない。
(今後宇宙開発を続けていくなら、増員は必須だよなぁ)
束の望みである宇宙開発を進めていく為には、組織力も必要になってくる。
全てを自前で揃える必要は無いが、他と提携する時に規模も大事な要素の1つなのだ。
(となれば社員はもっと増えるし、本社の増築が必要か)
なお本社移転という選択肢は初めから無かった。
地下深くの大深度には海底ドックに通じる地下工場があり、そこには束が
最先端テクノロジーが詰まったこの施設の存在は、決して他に知られる訳にはいかない。
(どういう風に増築したら良いかな? 上に伸ばして高くするか? いや、上に伸ばすとエレベーターの移動が多くなってダメだな。となれば横か………お、そうだ。ペンタゴンみたいに周囲を囲っていく形にするか。防衛という点から見ても、あの形ならやり易い。よし、これでいくか)
こうして本社の増築方針が決まり、晶はラフスケッチを書き始めた。
本社を中心として多層リングで覆うようにし、一番内側になる第一リングの建物はクラスメイト達の社員寮とIS格納庫―――便宜上第二格納庫とする*16―――、オフィスを兼ねるようにデザインしていく。
(社員寮とオフィスの内装は後で意見を聞くとして、健康を担う医療ルームや
楽しくなってきたせいか童心に返り、「ぼくのかんがえたさいきょうのひみつきち」を思いのままにスケッチしていく。
なので彼は気付いていなかった。
多層リングで覆うように増築して、そこに社員寮を一体化させると、見方によっては愛人を囲う後宮のように見えるということに。
尤も気づいたところで、止めなかっただろう。
現在本社にいる基幹社員も、クラスメイト達も、手放す気は無いのだから――――――。
第158話に続く
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・そして仕込まれた特大の厄種。クーデターのタイミングは第二次来襲の直前。
・楯無さんがついに学園卒業して、更識家の当主代行になりました。本人は若妻気分でウキウキ。
・本妻の束さんとはこれからも仲良く口喧嘩(?)していくでしょう。
・楯無さんに中継衛星群へのアクセスコード付与。優先順位は束、晶に次ぐ第三位。
恐らくこれが更識家大躍進の切っ掛け。
・鈴ちゃんの中国からの切り離し工作開始。
・ISABからクーリェちゃん登場。でもヒロイン枠ではありません。
彼女は何年も経ってから晶くんを“御義父様”とか呼んじゃうポジです。
・ISABからベルベットさん登場。現在ヒロイン枠ではありませんが、
作者的にはお気に入りキャラ。
・アメリカは地力があるので地道に頑張ってる。
・本社増築方針決定。第一リングの建物は内部に余裕があるので
クラスメイト以外も受け入れ可能。
というところでしょうか。