インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
如月とデュノアが公開したVTRに対する反響は、両社の予測を遥かに超えるものであった。
『いやはや、日本には嬉しい悲鳴という言葉があるそうだが、まさしくその通りだな』
デュノア本社の社長室。
部屋の主であるアレックス・デュノアは、モニターに映る晶と上機嫌で話していた。
『ま、インパクトは絶大だったでしょうね』
『絶大なんてものじゃない。至るところから問い合わせが殺到していて、対応が追いつかないくらいだ』
『スパイには注意して下さいね』
『分かっている。これ程のプロジェクトだ。守り切れば社の利益は計り知れん』
現段階において、宇宙開発はフランスと日本の独壇場になっていた。次いでアメリカとロシアだが、篠ノ之束というチート存在+カラードの協力は、とてつもなく大きな差となっていた。ほんの一例を上げれば、宇宙というあらゆるものが制限される場所でエネルギーが使いたい放題、月という荒れ果てた荒野で実現した水資源の採掘と飲料水化、ISの重力・慣性制御を使った物資の大量輸送、宇宙開発競争でどれだけ有利に働くかは、言うまでもないだろう。
なお欧州の主要国であるイギリスとドイツは、フランスに協力するという形で宇宙開発に食い込んでいた。フランスとしても周辺国とは仲良くしておきたいので、今のところは上手くいっている。
これに対し凋落激しいのが中国であった。
国としての体を保っているのは、大量の難民発生を嫌った他国が傀儡政権をつくるために秘密裏に援助しているからだ、という噂まで流れている。
『ええ。後は………まぁ妬ましいと思う奴らは損得勘定抜きで仕掛けてくる事があるので、本当に気をつけて下さい』
『君がそこまで言うという事は、何か掴んでいるのかね?』
『具体的な計画は何も。ただ他人の足を引っ張る為ならなんだってする連中がいるのは、あなたも知ってるでしょう』
『確かにな。分かった。全社に再度安全確認を徹底するように指示しておこう』
『頼みます。後は、貴方自身も』
『君が護衛してくれれば完璧なのだがね』
『束に聞かれたら殴られますよ、それ』
『冗談だ。私だってむさ苦しい男に護衛されたいとは思わん』
『言うじゃないですか。じゃあ今は美人さんに護衛されているんですね』
『正直勿体ないと思うのだが、社のISを護衛につけている』
『妥当な判断でしょう。貴方に何かあればデュノアが揺らぐし、シャルが悲しみます』
『私としては護衛のISも、月かクレイドルに投入したいのだがね』
『シャルが泣いても良いと?』
『それ、普通は私の台詞だろう』
『自身の安全を疎かにしないで下さいってことです』
『分かっている。―――で、話を月の事に戻すが、今後月の防衛体制をどうする気なのか、考えはあるのかね? 予測される
マザーウィル計画には莫大な巨費が投じられており既に一定の成果が出ているが、
これに対する晶の返答は、待ちに待っていたものだった。
『もうじき、アンサラー2号機が
『ついにか!!』
アレックスが喜ぶのも無理はなかった。
アンサラー本体の戦闘能力は未知数だが、マザーウィル計画において月が
『はい。ついに、です』
『また世間が騒ぐな。――――――ところで投入する位置は、東経15度の静止衛星軌道で良いのかな?』
『ええ。心配しましたか?』
『正直に言えば、少しな。君が契約を違えるはずはないと思っていても、ロビー活動が活発だったからね』
アンサラー2号機と3号機は、初めから投入位置が決まっていた。2号機は東経15度*2の静止衛星軌道、3号機は西経105度*3の静止衛星軌道である。これは1号機が日本を縦断する東経135度の静止衛星軌道に投入されていたため、地球の全方位をカバーする為に決められた位置だった。だが
『まぁ心情的には分からなくもないですけど、こちらにも考えがあります。なので、予定通りですよ』
『今の言葉、外に出しても良いかね?』
『近日中に予定通りの軌道に投入予定、となら良いですよ』
『助かる。不安がっている輩も多くてね』
『じゃあ安心させてあげて下さい』
『そうさせて貰おう。30秒程待ってくれ』
するとアレックスはモニターをONにしたまま、キーボードで何か文章を打ち始めた。
『何をしているんですか?』
『広報部にメールを打っている。君から近日中に予定通りの軌道に投入予定と言質を取れたとな』
『仕事熱心ですね』
『
話を聞きながら、晶はデュノア社のホームページを開いてみた。
すると重要告知として、アンサラーの話がアップロードされている。
『仕事が早い』
『この件は地球全体の関心事だ。多分これから、そちらの電話もひっきりなしに鳴ると思うぞ』
『こちらはもう定時過ぎなので、対応は明日ですね』
現在の時刻は18時。優秀な社員達は、定時迄にしっかりと仕事を終わらせていた。何人か残っているが、個人的な用事であって仕事が残っている訳ではない。
むしろ大変なのはデュノアの方だろう。フランスとの時差は7時間。向こうは午前11時だ。昼前にこんな発表があれば、広報部の連中は昼食抜きでの対応になるかもしれない。
『君が残っているのに、皆退社しているのかね?』
『俺に合わせる必要はない、といつも言っているんです。じゃないと、多分帰り辛いでしょう』
『カラードの社員は上司に恵まれているな』
『ブラックな職場にはしたくないので。これでも環境には気を使っているんですよ』
人は人財と考える晶にとって、働きやすい職場環境を整えるのは当然の判断であった。だが世間一般で管理職に必要とされているような、小難しい理論などさっぱり分からない。だから極々単純に考えた。給料と残業代がちゃんと出て、定時に帰れれば嬉しい。人間関係のギスギスした職場では働き辛い。これに注意して、後は大方針を示しておけば、優秀な社員達が勝手にやってくれるだろう、と。幸いにして電力事業もIS派遣事業も好調なので、資金的な問題は全く無いのだ。
この結果、カラードは福利厚生も含めて大変なホワイト企業になっていた。余りの充実ぶりに口の悪い者は、「薙原晶の後宮だからだ」等と陰口を言っているらしい。*4
『そういう言葉が出てくるあたり、君もすっかり社長だな』
『部下がいなければ、何も出来ませんけどね』
『つまり部下に仕事を割り振っている、という事だろう。君は元々戦う人間だから、自然とそういう形になっているのかもしれないな。そして人の育て方は色々だが、仕事を任せるというのもひとつの方法だ。君はそのタイプなのだろう』
『出来る人がいるなら、任せた方が良いでしょう。アレックス社長はどうしているのですか?』
『昔は色々口出しもしたが、今では部下に任せるようにしている。でないと、この規模の会社は経営できんよ』
この後2人は暫しの間、社長特有の気苦労について話し合った。
愚痴り合いと言っても良いかもしれない。上には上の苦労があるのだ。
そうして通信を終えて部屋から出ると、部下が1人待っていた。
ハウンドチームのリーダー、エリザ・エクレールだ。
クセの無い銀髪のセミロングと切れ長の瞳が、見る者にどこか冷たい印象を与えている。
だがそんな外見とは裏腹に、彼女が帰るのは常に晶が帰った後だった。
誰に言われた訳でもなく、飼い主の送迎を買って出ていたのである。
「お前も本当にマメだな」
「私が好きでやっている事なので、どうぞお構いなく。それに帰宅中、何か雑事が発生しないとも限りません。対処要員が必要でしょう」
「自分でどうにか出来る」
「私が貴方の手を煩わせるのが嫌なのです。つまり私の我が儘です」
「最近は俺じゃなくて、お前達を目的にしている奴らも多いだろう」
ハウンドチームが元IS強奪犯なのは周知の事実だ。世間一般的には重犯罪人であり、普通なら社会的立場がある者ほど、接触は痛くも無い腹を探られかねない。だが最近は、彼女達を目的として近づいてくる者が目に見えて増えていた。理由は分かっている。賞金首狩りだ。司法の手を逃れ一般人ではどうしようもない場所まで逃げた奴らを、ハウンドチームは悪党が振るう以上の超絶の暴力を持って叩き潰し、警察に引き渡してきたのだ。被害者達にとって、これほど痛快な事はないだろう。
そうして次々と示される感謝に、まずマスコミが興味本位で乗った。すると人気取りに熱心な有名人が乗り始め、更には正義の味方を気取りたい政治家連中まで乗り始めた。
尤も――――――。
「社長に近づく為にでしょう。相手をする必要などありません。ユーリアとネージュも面倒臭がっていましたね」
彼女らにとっては、欠片ほどの価値も無いようだった。
「そうか。まぁ、適当にあしらっておけば良いさ。ああ、でも近づく人間が増えてくると、仕事がし辛いか。何か対策が必要かな」
「ご心配なく。社長が以前購入してくれた専用輸送機のお陰で、現地での活動拠点確保という面倒な仕事から解放されてます。お陰で、かなり楽になっているんですよ」
晶が以前、ハウンドチームの移動拠点として購入した輸送機は
物理装甲のみで対ISミサイルを凌げるという航空機としては破格の防御力に始まり、再設計されたメインエンジンは無補給かつ24時間以内に、地球上の如何なる場所にも到着可能な機動力を実現している。これに不整地での離着陸能力、イージスシステム並の探知能力、CIC相当の電子設備、小型のシールドシステムやチャフ、レーザー迎撃システム、小道具として使うガンヘッドやパワードスーツの運搬能力、狭くはあるが居住環境まで完備されているとなれば、空中要塞と言っても良いだろう。
そして「楽になっている」という言葉通りの結果を、ハウンドチームは叩き出していた。
「分かった。何か必要なものがあったら、いつでも言ってくれ」
「では早速1つお願いします。私に社長をヘリで送らせて下さい」
「了解した」
説明されずとも、ヘリが選択された理由は分かっていた。
デュノアからアンサラーの話が出たお陰で、外ではマスコミ連中が張って待っているのだ。
車で出たら餌食だろう。
そうしてエリザはヘリという密室で
「ちょっと、なんでアンタ達がいるのよ」
「え? 今日は使うなら車じゃなくって、こっちかなぁ~って思って」
「ムッツリなエリザの考えなんてお見通しよ」
ヘリポートに着くと、何故かハウンドチームの仲間2人が先に来ていた。
先に喋った、向かって右側に立っているのがユーリア・フランソワ。コールサインはハウンド2。
腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性だ。性格は外見通り勝気で高飛車。男は自分に貢ぐ為に存在すると思っている女王様。だがそれも昔の話で、今貢がせている男はいない。むしろ彼女は自分自身を社長への貢ぎ物にしていた。
次いで喋った、向かって左側に立っているのがネージュ・フリーウェイ。コールサインはハウンド3。
腰まであるストレートブロンドに蒼い瞳。整った、清楚とも言える顔立ち。裕福な家庭に生まれたお嬢様と言える外見だが、3人の中では一番腹黒い女であった。尤も社長に対してはこの上なく忠実で忠犬なあたり、内心がユーリアと同じなのは見え見えである。
「………社長は私が送っていくから、貴女達は帰ってて良いわよ」
「1人より2人、2人より3人って言うじゃない。他の仕事も無いし、行って帰ってくるだけでしょ。それに社長の話し相手には私達がなるから、エリザは運転お願いね。事故を起こさないように、ちゃんと前見てね」
ネージュは邪魔する気満々らしい。
イラッとする事この上ない。
「そうそう。運転手はちゃんと前見て安全運転でね。あ、社長はお疲れみたいだから、移動中にちょっとマッサージしてあげる」
ユーリアも邪魔する気満々らしい。
エリザの額にピキッと青筋が浮かんだ。
「あんた達ね………」
ここで、晶が口を挟んだ。
「ホンッと仲良いなお前ら。じゃあネージュは運転。ユーリアはサブシート。エリザは膝枕」
「「えっ!?」」
2人がちょっとだけポカンとしている間に、エリザは勝ち誇った表情で晶の腕にスルリと手を回し、これ見よがしにくっついた。
「じゃあネージュ、ユーリア、安全運転でお願いね」
ざまぁ見ろお前らと言わんばかりの態度だ。
こうして穏やかなトラブル(?)があった後、晶は自宅へと帰ったのだった―――。
◇
翌日のIS学園。昼の食堂。
壁面の大型モニターから流れているニュースは、昨日デュノアから発表があったアンサラーの話一色であった。
そして12時丁度になった時、速報が入る。
『今、カラードから追加情報が発表されました。2号機の投入は―――え!? 今!? 映像も一緒? ライブ映像に切り替わります』
1号機が
モーゼの十戒の如く海が割れ、キロメートル単位の超巨大物体が空へと上がっていく。そして同時に上がっていくのは、防御衛星ソルディオスが6機と、24機の中継衛星だ。
「なるほど。こんな情報がどうしてデュノアから出てきたのかと思ったら、今日だったからお父さんに話したんだね」
隣に座るシャルの言葉に、晶は肯きながら答えた。
「そういうこと。話した時には、もう準備は殆ど終わってたんだ」
「もしかして、お父さんに気を使ってくれたの?」
「いいや。ただ、不安に思ってる人が多いって言ってたからね」
ちょっとしたサービスという意図が無かった訳ではないが、言う必要は無いだろう。だが言われずとも、シャルロットとアレックスは正確に理解していた。アンサラーの建造状況は、世界中のあらゆる情報機関が追い求め、洗っても、欠片も出てこなかった特別な情報なのだ。教えられたという事は、明確に他とは扱いが違うという事に他ならない。
そしてこの特別扱いは、企業人としてのアレックスの価値を跳ね上げていた。今現在でも高く評価されているが、薙原晶から特別な情報が降りてくる、というのを多くの者が重くみたのだ。
「そんな話をしてたんだ。ならお父さん、多分物凄く助かったと思うな。教えてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
こんな話をしている間にも、アンサラーは
テレビに映るニュースキャスターが、興奮した様子でアナウンスしていた。
『ご覧ください!! 地球のエネルギー事情を大きく改善するのみならず、異星人の侵略からも地球を護る盾が、
『本当にですね。ではここで、公表されているアンサラーの情報を纏めてみたいと思います』
相方のキャスターが話を引き継ぎ、
中継衛星1機で
アンサラー本体を護る防御衛星ソルディオスの射程は数万キロであり、
分かっている事は多くないが、そこはプロの仕事だった。
中継衛星の話にはレクテナ施設の話が絡められ、今まで電力供給が安定していなかった地域にも、安定した電力供給が行われるようになったと褒めちぎっている。余りの持ち上げっぷりに、聞こえている晶が若干気恥ずかしさを覚えてしまうくらいだ。だがこれは、ある意味で仕方のない事であった。1号機が上がった時、束と晶は幾らでも金儲けできる地域を捨て置き、コロンビア、ウクライナ、カシミールという貧困地域に衛星を投入しているのだ。目的あっての事だが、世間一般的には完全に慈善事業である。特にインド・パキスタン・中国の対立が絶えなかったカシミール地方への投入効果は絶大で、政治面での対立はあるが、武力紛争がピタリと止まった程だった。理由は極々単純で、レクテナ施設に被害を出したらどうなるかを考えた時、3ヶ国とも武力紛争という選択肢を取れなかったのである。
防御衛星ソルディオスについては、
そして暫くするとキャスター達の話が、何故か束と晶の足跡へと移り始めた。
晶はすぐに離脱を決断した。どうせ背中がむず痒くなるような内容だろう。が、両脇を固めるシャルとセシリアに腕を掴まれてしまった。
「ちょっ、ちょっとやり忘れてた事があったんだ。離してくれないか」
「後で手伝うから、一緒に聞いていこうよ。セシリアも手伝ってくれるよね?」
「勿論ですわ」
阿吽の呼吸で妨害に入る金髪コンビ。これにラウラが悪乗りして、晶の膝の上に座ってきた。絵面的に美女3人を侍らせる悪い男である。そして一夏、ササッとテレビのリモコンを使って音量アップ。皆によく聞こえるようにという彼らしい配慮だ。
「お、お前ら!!」
もがく晶に、膝の上に座るラウラが言い放った。
「お前は世間からどう思われているのか、もう少し認識した方が良い。丁度良い機会だから、世間の声を聞いていけ」
「知ってる。十分知ってるから」
「ならその認識が合っているかどうか、確認してみるといい」
メディアが褒めちぎるのを強制的に聞かされる。
虚栄心の強い者にはご褒美かもしれないが、晶にとっては羞恥プレイだ。何とかして逃れようとする。だが逃したくないラウラは、ここで禁じ手を使った。自身にAICを使って座標を固定したのだ。晶に使えばNEXTの力で弾かれてしまうかもしれないが、自身に使って座標を固定する分には、恐らく彼は何もしない。そう判断しての事だった。
結果は―――。
「ちょ、それ卑怯!!」
「ふふ、お前から卑怯という言葉を聞けるとは、今日は気分良く寝れそうだな」
ラウラの読み勝ちだった。
「放課後の訓練で覚えてろ」
「楽しみにしている。うむ。今が良ければ後はどうでも良いという破滅思考をする者の気持ちが、少し分かった気がするぞ」
「変なところで悟りを開くな」
「これはこれで楽しいものだな」
本人としては嫌味たっぷりに言っているつもりだったが、傍から見ると背中を預けて甘えているようにしか見えなかった。
普段クールな彼女がやると、破壊力抜群である。
ちなみに健全な青少年諸君には全く関係無いかもしれないが、1年生の時は低身長かつ起伏の少ないストーンなまな板体形だったラウラさんは、色々ところがとても成長していた。2年生も終盤に差し掛かった今では、人並な身長と双丘、キュッとしたくびれ、脚部へと続く魅惑的な曲線という、くっつかれると男性としては大変嬉しい良い女になっている。
更に以前ちょっと聞こえてきた話によると、まだ成長が止まっていないらしく、服をよく買い替えているらしい。
―――閑話休題。
そんな美少女が無警戒に膝乗りして、背中を預けてくる。嬉しくない男はいないだろう。
欲望に正直な晶くんはあっさりと脱出を諦め、柔らかい感触を堪能するのであった。
メディアが褒めちぎるのを強制的に聞かされる羞恥プレイ? そんなものは右から左に聞き流せば良い。
こうしてIS学園の昼休みは過ぎていくのだった―――。
◇
一方その頃。世界最強の軍事国家であるアメリカでは、対
NASAとアメリカ宇宙軍が全面協力して行われている新戦術の名称は、“オービットダイブ”。
パワードスーツを軌道降下カプセルに入れて衛星軌道から投下、目標地点に直接降下させるという革新的なものだ。これまでの実験結果は上々で、降下カプセルの動作確率は
そして今現在進んでいる最終段階とは、実戦試験であった。
某テロ国家の中枢を
1年前であれば、立案した人間も許可した人間も、愚か者と嘲笑の的になっただろう。
だが今は―――。
「素晴らしい!! “オービットダイブ”とはこれほどのものか!!」
オペレーションルームは歓喜の声に包まれていた。
作戦対象となった某テロ国家は地上も空も偏執的なまでに防備が固められていたが、衛星軌道から降り注ぐ質量弾には無力だった。発電所、通信施設、対空レーダー網、軍事基地、全てが同時攻略され瓦礫の山となっている。そして叩く時は徹底的に叩くのがアメリカの流儀だ。
続いて降下してきた第2世代パワードスーツ“F-14 トムキャット”が、辛うじて難を逃れた敵を排除しながら、独裁者の住まう宮殿の如き豪邸に迫る。勿論独裁者らしく大量の護衛部隊がいたが、全く問題は無い。“F-14 トムキャット”が両肩に装備している大型クラスターミサイル“フェニックス”は、広範囲に子爆弾をばら撒く面制圧兵器だ。第1世代パワードスーツ“激震”の機動力では逃れられないし、主力戦車並みの物理装甲が無ければ耐えられない。結果として独裁者の住まう豪邸は僅か数分で陥落し、豪邸からは数々の悪事の証拠が押収されていた。
そして混乱している敵軍を尻目に、オービットダイバーズは悠々と沿岸部まで脱出して行く。
「如何ですか大統領。予算をつぎ込んで正解だったでしょう」
大統領にしたり顔で言っているのは、アメリカ宇宙軍の人間ではなかった。管轄が全く別の人間、太平洋を活動領域とする米第七機動艦隊の司令官だ。
「うむ。まさか、これほどの成果とは。素晴らしい。しかし君は、何故この計画を推したのかね? 新規空母の建造予算を宇宙軍に渡してまで。身内から恨まれただろうに」
「私は常に、アメリカの為を考えて行動しているのですよ」
「建て前はいい。本音を言いたまえ」
「今後を考えれば新規空母より、この計画で開発される
「なるほど。他の者達も、君のように柔軟な思考の持ち主なら良いのだがね」
理由の一部でしかないのは明白だったが、深く追求する気は無いらしい。
「お褒めに預かり光栄です」
話が一段落したところで、大統領は話題を変えた。
「ところで1つ聞きたいのだが、君は日本に行った際にある人物と会食をしている、というのは本当かね?」
「会食というほど堅苦しいものではありませんが、会っている人物がいるのは確かです」
「そうか。確か次の艦隊寄港日は一ヶ月後だったか」
「はい。大統領」
「では一ヶ月後、艦隊の寄港日に合わせて首脳会談を日本で開く。その人物と会食出来るようにセッティングしておいて欲しい」
「首脳会談はついで、ですね」
「何か問題があるかね?」
「いいえ。何も。友好国ですし、最近は話題にも困りません。不自然さは無いでしょう。ただ、1つお願いがあります」
「何かね?」
「
「分かった。言っておこう」
第七機動艦隊の司令官が会っている相手とは、薙原晶であった。
知り合いになった切っ掛けは、とある一件で亡国機業を裏切った*6為、消されたくないと泣きついたことだ。
以来、渡された情報と幾多の幸運が重なり、辛うじて生き延びていた。だが奇跡が続く事などあり得ない。このため司令官は、一世一代の大勝負に出ていた。亡国機業のスコール・ミューゼルに接触して、取引を持ち掛けていたのだ。内容は、「お前のフロント企業に金儲けさせてやるから、もう狙わないでくれ」である。そして返答は「出来たなら、考えてあげる」だった。
「考えてあげる」だけであって確証は無い。だが自身の命が掛かっているとなればやるしかない。だから海軍内部から恨まれるのも構わず、新規空母不要論をでっちあげて予算を凍結させ、浮いた金をスコール・ミューゼルのフロント企業が絡んでいる、宇宙軍と第2世代パワードスーツの開発に流れるようにした。艦隊司令という立場の人間がやったのだ。海軍内部からどれだけ恨まれたかは、想像に難くないだろう。
そしてこのお陰で狙われなくはなったが、今度は海軍内部で針の筵になってしまった。部下からは白い目で見られ、他の艦隊司令からは会う度に裏切り者と言われ、気の休まる暇もない。しかも一度航海に出てしまえば逃げ場も無い。神経のすり減っていく日々だが、司令官は意外としぶとかった。
艦隊が日本に寄港したとある日のことだ。
以前助けてくれたお礼をしに行く、という名目でコネクションを繋ぐべく薙原晶に面会を申し込んだところ、アポイントメントが取れたのだ。指定された場所はIS学園近郊にあるホテルのラウンジ。オープンスペースの指定は深い話をするつもりは無い、という意思表示だが司令官にとっては好都合だった。今や巨大な権力を手中にしている彼と直接話している姿を、多くの者が目撃してくれる。後は、友好的な雰囲気を演出出来れば完璧だ。
そうして司令官は、話す話題を選びに選んだ。まず金や女の話はダメだ。本人が全く困ってないだろうし、俗物過ぎる。本人の戦闘能力を褒めるのもダメだ。多分聞き飽きてるだろう。なら何が良い? やはり宇宙関連か? しかし海で生きてきただけに、宇宙の事などさっぱりだ。ヤバイ、本当に何を話したら良いんだろうか? 考えすぎて話題選びが迷走を始め、司令官は何を思ったのか迷いに迷った挙句、自虐ネタに走ってしまった。
「いや実はね、新規空母の予算を宇宙軍にあげたら、海軍の中で針の筵になっちゃったんですよ」
これが、ウケた。まさか艦隊司令からそんな話が出てくると思っていなかっただけに、クリティカルヒットで大爆笑である。晶がオープンスペースで腹を抱えて笑っていたというのだから、本当にクリティカルヒットだったのだ。
そしてこれが切っ掛けとなって硬さがとれた司令官は、酒場の飲んだくれたオヤジ並みに愚痴を吐き始めた。
「大体、あいつら頭硬いんですよ。今空母作ってどうするってんですか。確かに新造艦ってのは船乗りの憧れ。初代艦長ともなれば経歴に箔もつく。でも、今作らなきゃいけないのは違うでしょう。今後を考えれば宇宙軍の拡大は必須だし、オービットダイブだって必要になる。そこに予算をつぎ込むようにして何が悪い。私だって出来るなら、自分の艦隊の空母を最新鋭にしたいですよ。でも、空母なんて強力な艦載機があってこそでしょう。今なら航空機メーカーが良いの作ってるじゃないですか。パワードスーツだって、一昔前のSF並みの性能だ。純軍事目的の第2世代型ならもっと凄い。強力な兵器があれば、兵士が生き残る可能性も高くなる。艦だけ良くってもダメでしょう。それが他の艦隊司令は分かってない。第一艦隊の司令はチビだし、第二はデブだし、第三はハゲだし、第四はロリだし、第五は愛人囲ってやがるし、第六は短足だし、どいつもこいつも一癖も二癖もあるクセに、私に対しては揃って裏切り者って言うんだ。部下達も白い目で見てくるしさ。腹立つことこの上ない」
普通は面会相手に、こんな話をぶちまけたりはしないだろう。
社会通念的に言えば失礼極まりない。だが晶は、束と同じような気質を持っていた。
即ち、「面白いならオッケー!!」である。
そしてこの司令官の話は、かなりクリティカルだった。
ここ最近で一番笑ったかもしれない。
なので対応も、自然と柔らかくなる。
「貴方の話はよーーーーく分かりました。次の艦隊寄港日が決まったら連絡を下さい。ランチかディナーかは分かりませんが、一緒に食事でもしましょう」
司令官の目論見が成功した瞬間だった。
尤も軍人としての威厳は異次元の彼方に投げ捨ててしまったが、とりあえずは成功である。
不特定多数の人間が、カラードの社長が次を約束した光景を見ていたのだ。
これにより、司令官の軍内部での扱いが一変する。
今まで裏切り者扱いしてきた第一から第六艦隊の司令達が、それとなーく言う事を変え始めたのだ。例えば「司令官たるもの、常に先を視なくてはいけない」「自分の管轄だけを見てはいかんな。全体を見ないと」「これからは横の連携も大事にしないといかんな。例えば宇宙軍とか」等々。そして白い目で見てきていた部下達も、次の日からは何故かビシッと敬礼を返すようになっていた。見事なまでの手の平返しである。
―――閑話休題。
こうして食事に1回呼ばれ、2回呼ばれ、回数を重ねていく毎に、司令官の扱いは変わっていった。様子見をしていた連中も、回数を重ねた事でコネクションとして使えると踏んだのかもしれない。今では何故か、大統領と直接話が出来る立場だ。
(でもこれって、薙原晶とのコネクション失ったら終わりってことだよな。つまり進むも地獄、引くも地獄ってやつか。はぁ………これからどーしよ)
赤の他人からみれば順風満帆な司令官だが、実際は超綱渡りであった。
まず身辺調査をキッチリされたら企業との裏取引がバレてアウト。裏取引が表沙汰になりそうになったらトカゲの尻尾切りで消されてアウト。薙原晶というコネクションを失ってもアウト。亡国機業の機嫌を損ねてもアウト。良くも悪くも力を借りたところがデカイため、関係を損ねた時の被害も洒落にならないのだ。
(はぁぁぁぁぁぁ。無事定年迎えられるかな? 本当ならちょっとだけ小遣い稼ぎをして、老後は悠々自適な生活のはずだったのに………)
ぶっちゃけて言えば、もう無理である。
だが悠々自適な老後を諦められない司令官は、とりあえず大統領の狗になる事を決めた。権力者のYESマン。長い物には巻かれろの精神で全力で尻尾を振る事にしたのだ。尤もコレだけだったなら、適当に使い捨てられて終わっただろう。大統領という立場にある者にとって、軍人との距離が近すぎるのは決して良い事ではないのだ。だが人生は、何が切っ掛けでどうなっていくか分からない。
切っ掛けは、スコール・ミューゼルの行動だった。彼女は何を思ったのか、金儲けさせてくれた礼のつもりなのか気紛れなのか分からないが、フロント企業を通じて第2世代パワードスーツや艦隊が必要とする装備を優先供給してきたのだ。中には企業の試作品まで混じっている。明らかに他の艦隊よりも補給面で優遇されているのだ。他の艦隊司令にしてみれば、面白くないことこの上ない。何故あそこばかりと陰口を叩かれ、仕舞には「装備が良いからこのくらいは楽勝だよね?」と、面倒事が回されてくるようになった。だが捨てる神あれば拾う神あり。予算面で助けられた宇宙軍が、情報面で助けてくれるようになったのだ。
そうしてミッションが効率的に遂行されるようになると、大統領からは単なるYESマンではなく、使えるYESマンとして認識され始めた。更に薙原晶ともコネクションがあるなら、重用する価値は十二分にある。こう判断された結果、司令官がトップを務める第七機動艦隊には、更に多くのミッションが割り振られるようになったのだった。
―――ちなみに、少しだけ未来のお話。
第七機動艦隊は司令官を妬む口の悪い者達から、“便利屋第七艦隊”と揶揄されているのであった。
第155話に続く
最後の方はちょっと蛇足かと思いましたが、今後小道具として使えるかもしれないと思い少し掘り下げてみました。
とりあえずはうまーく小遣い稼ぎをしようとしていたオッサンが、気苦労の絶えない苦労人なオッサンにクラスチェンジしたと思って頂ければ良いかと。
そしてラウラさん。めっちゃ成長してきました。寮でシャルと相部屋なのは原作通りなので、ファッションについても大分改善されております。
あとロリ仲間だった鈴ですが、(書いてませんが)こちらも成長しています。作者の独断と偏見で彼女の成長した姿は、平均より少し高い身長、平均程度の双丘、スラッとした美脚、というのを妄想しております。
次回は