インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回はエクシア・ブランケットさん(セシリアのメイド、チェルシーさんの妹)についてのアレコレ会です。


第151話 対IS用高エネルギー収束砲術兵器

 

 現在のイギリス首相は俗物であった。

 表向きは愚鈍で間抜けな一般大衆受けする紳士的な人物を演出しつつ、裏ではあらゆる手段を使って敵対者を蹴落としていく。

 勿論、証拠を残すようなヘマはしない。俗物であるが故の臆病さで、保身という一点において病的なまでに徹底していたのだ。

 そんな彼にとって、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)のコアユニットに年端も行かない少女が使われている、というのは無視出来ないリスク要因であった。

 

(チッ、使用者がセシリア・オルコットでさえなければ国家機密でどうとでもなるものを………)

 

 あの女の背後には、世界最強の単体戦力(薙原晶)世界最高の頭脳(篠ノ之束)が控えている。

 万一エクスカリバーの秘密が知られたら、どうなるか分からない。

 いや、既に知られていると考えた方が良いだろう。

 何故ならセシリア・オルコットの国家代表就任式の最中に、彼女の両親がエクスカリバー計画の暗部に関わっていたという物的証拠が、跡形も無く破壊されていたのだ。

 これで知られていないと考えられるなら、そいつは政治家など辞めた方が良い。

 

あの男(薙原晶)はやると言ったらやる男だ。束博士の方も、彼が動いたなら協力するだろう。逆もまた然り。うむ………どうするか………)

 

 自宅の自室で、ブランデーを傾けながら考える。

 秘密を守る為の原則として、秘密は知る者が少なければ少ないほど良い。一番良いのは消してしまうことだが、今回は不可能だ。やつらに喧嘩を売れば、こちらが死ぬ。セシリア・オルコットだけなら如何様にも出来るが、バックが強力過ぎる。

 

(いかんな。打つ手が………いや、待てよ。確かエクスカリバーの改良予算の申請が上がってきてたな?)

 

 改良、という言葉で閃く。

 エクスカリバー計画が発動したのは首相になる前だ。それまでは全く関わっていない。

 ならエクスカリバーの設計図を再度精査した結果、コアユニットを交換する必要があると分かった、という事にしたらどうだろうか? 暫し考え込み、メリットとデメリットについて考えていく。

 

(………恐らくは問題あるまい。これなら私の責任を回避しつつ、堂々とコアユニットを交換できる。うむ。大筋はこの流れで良いだろう。だが問題は、エクシア・ブランケットに使われている生体融合型ISの扱いだな)

 

 彼女に生体融合型ISが使われた理由は、心臓病の治療だ。当時の医療技術では治療出来なかったため、一縷の望みをかけて生体融合型ISが秘密裏に使われた、と資料にはあった。そして治っているなら良いが、もし治っていない状態で分離して死亡でもされたら厄介な事になる。地上からではパイロットの詳細まで分からないのだ。他の人間だったら秘密裏に処理するところだが、今回は間違いなく世界最強の単体戦力(薙原晶)世界最高の頭脳(篠ノ之束)が見ているはず。流石に隠し通せる自信はない。

 よって次善の策を考える。

 

(生体融合型ISを国内で扱うか………ある程度は人道的という言葉で押し通せるが、世論を考えると面倒だな)

 

 生体融合型ISには多くの可能性があると言われているが、研究は余り進んでいない。理由は機械との融合に生理的な嫌悪感を示す人間が多いからだ。政治家の立場で考えれば、強硬に進めれば自身の首が飛ぶかなりデリケートな問題と言える。

 

(小娘1人の為に、危ない橋を渡る? あり得んな。だが何らかの対応は必要だ。しかしリスクは回避したい………………待てよ。生体融合型ISなんていう厄介な問題が関わっているなら、世界最高の頭脳(篠ノ之束)に治療を依頼した、という形にしたらどうだろうか? IS関連で博士に文句を言える奴などいないし、これなら私の責任問題も回避できる。うむ。悪くないんじゃないだろうか。まぁ対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の情報が漏れると言って反対する輩はいるだろうが、そこは人道的という一般大衆が大好きな言葉を使って押し切れば良い。大体、アンサラーを作れる博士からしてみればエクスカリバーなど玩具だろう。だが首相として機密情報を蔑ろにも出来んし………そう言えば、薙原晶は契約に対しては割と真摯だったな。博士と守秘義務の契約を結んでも守るかは賭けだが、彼の名前で契約したなら、博士も守るだろう。何やらぞっこんという話だしな。ふん。博士も所詮は女か)

 

 実に俗物らしい思考である。

 全ては自分の利益と責任回避で、エクシア・ブランケットの事など欠片も考えてはいない。

 

(後は、コアユニットに代わる動力源か)

 

 初期型の生体融合型ISの出力は決して高くない。だがあくまでISというカテゴリーにおいて高くないだけなのだ。またISをコアユニットに使っているからこそ、エクスカリバーは全長15メートル程度で済んでいる。既存技術で代用するとなると、大型化は避けられない。本国に配備しているISを代用品として使えば解決する問題だが、それはISという高い機動力を持つ手駒が一枚減る事を意味している。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)という現実的な脅威がある中で行うには、リスクのある案だった。かと言って既に実績のあるエクスカリバーの性能を下げる、というのは議会が納得しないだろう。

 ブランデーを一口。暫し考え込む。時計の針が進んでいくが、中々良い案が浮かばない。

 そうして考えるのにも疲れてきた頃、ふと思った。

 

(待てよ。セシリア・オルコットは束博士のお気に入りだ。新規ISコアを我が国に提供してまで手元に置いたくらいだ。その彼女が使う切り札なら、裏工作ではなく正面から改良計画を持ち掛けても、真っ当な返事が返ってくるのではないか?)

 

 メリットとデメリットを検討してみる。

 まずメリットは何か?

 束博士の技術力ならコアユニットを交換しても、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の性能は一切落ちないだろう。むしろ上がる可能性すらある。また安定稼働という点においても、腹立たしいが自国の技術陣より信用できる。

 ではデメリットは何か?

 依頼する事そのものに、デメリットは無い。正統な取引なら、受けるも断るも交渉次第だからだ。条件が折り合わずに交渉が纏まらないなど、どんな業種でもよくあることだろう。だから問題は、束博士を動かす為の条件にある。あの気分屋が、国防の為なんていう大義名分で仕事を引き受けるだろうか? 断言できる。絶対に無い。ましてアンサラー2号機と3号機の建造を急ぐ彼女が、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の改良なんて仕事を引き受けるだろうか? 凡人でも分かるだろう。あらゆる意味で、アンサラーを先に完成させた方が良い。つまり仕事を受けてくれる可能性は無い、ということだろうか? それも違う。良くも悪くも、お気に入りというのは交渉材料になるのだ。

 

(セシリア・オルコットが博士にどの程度気に入られているかによるが、彼女に強力な武装を与えたい、という理由ならどうだろうか?)

 

 建て前を前面的に押し出した交渉より、こちらの方が博士好みだろう。

 勿論、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)ほどの兵器を個人の専用武装とするのは大きなリスクだ。シビリアンコントロール(文民統制)の観点からも、良いとは言えない。だが絶対天敵(イマージュ・オリジス)という現実的な脅威がある今、国家代表に強力な武装を預けるというのは、悪くない案に思えた。何せたった4隻の降下船の降下を許しただけで、50万を超える死者が出たのだ。現場の人間に強力な兵器を使わせ、市民の安全を可能な限り素早く確保する、という名目なら議会も通せるのではないだろうか?

 

(だがこの案だと、仲の良い友人達(権力者階級)が何と言うかな………)

 

 一般市民からの人気に反して、イギリス権力者階級の中で彼女は疎まれていた。あらゆるものを持ち過ぎていたからだ。恵まれた容姿。親から受け継いだ資産と地位。ISパイロットとしての実力。世界に十人といないセカンドシフトパイロットという名声。これに加えて最近は、天才のお気に入りというのまで加わっている。

 権力者階級の人間にとって、正直なところ目障りなのだ。コントロール下に置けないだけに、尚更たちが悪い。

 

(ふむ。だが、なぁ………)

 

 俗物にとって、大事なのは自分が権力の地位にあることだ。

 そして友人など、所詮は利権で繋がった代替のきく駒でしかない。

 

(そろそろ乗り換え時かもしれんな。生意気な友人も増えてきたし、一度掃除をしておくのも悪くない。うむ。この際だ。イギリスの未来の為に、老害には退場してもらおう)

 

 勿論、老害に自分自身は入っていない。

 今はセシリア・オルコットを立てておくことが、将来的に最も甘い汁を吸えるようになる。

 そう判断してのことだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後、束宅。

 束と晶は居間で話をしていた。

 

「ふぅ~ん。思ってたより真っ当な手段できたね」

「だな。あの俗物なら、ブラックオプスでもしてくるかと思ったけど」

 

 2人の眼前に展開されている空間ウインドウには、カラード経由で申し込まれた依頼内容が表示されていた。

 

 ――――――依頼内容――――――

 

 依頼主:イギリス政府

  対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の設計図を改良の為に精査したところ、

  コアユニットに欠陥が見つかり交換の必要があると分かりました。

  当方でも改修可能な欠陥ですが、今後激化が予測される絶対天敵(イマージュ・オリジス)との

  戦闘に備え、高性能コアユニットに交換するべきとの判断に至りました。

  つきましては御高名な篠ノ之束博士の力をお借りしたく、依頼させて頂きます。

  

 成功報酬

  3700万ポンド(日本円で約50億円)

  

 備考

  コアユニットの仕様及び取り扱いにつきましては添付資料をご参照下さい。

  以上となります。

  

 ――――――依頼内容――――――

 

「でもさ、私が今アンサラーを作ってるのはあっちも知ってるよね? そしてどう考えても優先順位はアンサラーの方が上だと思うんだけど。もしかして、そんな事も分かんないお馬鹿さんなのかな?」

「いや、流石に分かってるだろう。だからもう1つの報酬は、これじゃないかな?」

 

 晶は新たに空間ウインドウを展開し、イギリスの電子新聞を表示させた。

 内容は対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)のトリガーを、セシリアに預けるというものだ。シビリアンコントロール(文民統制)の観点から議会は荒れているようだが、意外な事に賛成派が優勢のようだった。彼女のこれまでの行いと、絶対天敵(イマージュ・オリジス)という現実的な脅威が、新しい英雄に強力な武器を持たせる事を後押ししているらしい。

 

「依頼文章には残せないから、メディアを使って大々的に宣伝して知らせる、ね。小賢しい真似を。あとこれってさ、子飼いを優遇するから頼みを聞いて下さいってことでしょ。厄介事込みで」

「ぶっちゃけそうだな。どうする?」

「本当にセシリアにトリガーが預けられるなら、考えても良いかな。勿論追加条件はあるけど」

「どんな?」

「コアユニット以外にも手を出して良い事と、トリガーだけじゃなくてコントロール権全てをセシリアに持たせること」

「全コントロール権か。セシリアのこと、本当に買ってるんだな」

「気に入ってるのは事実だよ。でもそれだけじゃない。現実問題として、絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦で晶以外にも確実に勝てる戦力が欲しい」

「一夏じゃ駄目か?」

「実力が伸びているのは認めるよ。でも装備特性的に、どうしても敵の高性能ユニットを狙ったジャイアントキリングが主になる。だけど広域殲滅能力を持つセシリアにエクスカリバーを使わせられれば、地下や海の中なんて局地戦以外ならどんな戦場にも投入できる」

「なるほどね。ところでコアユニット以外もって、どこまでやる気なんだ?」

 

 ニヤリと笑う束。嫌な予感がする晶。

 この笑みが出た時は、大体自重しないパターンだ。

 

「大した事は考えてないよ。ちょっとサイレントラインを守っていた衛星砲を小型化してみようかなって思っただけだから」

「アレって中でアーマードコアが戦えるくらい大きいんだが、どこまで小型化できるんだ?」

「設計図を見てて思ったんだけど、多分あの衛星砲って初めから衛星砲として建造されたんじゃなくて、基地に増設されたんだと思う。そう考えないと、整合性の取れない部分が幾つもあるの。つまり機能を衛星砲に限定するなら、かなり小さくできるよ。あと一応言っておくけど、今のエクスカリバーから外見も大きさも、そんなに変える気は無いからね。あくまで改修なんだから」

 

 この場に織斑千冬がいたら、親友が常識的な事を言ったと喜んだかもしれない。

 だが晶は騙されなかった。

 

「威力は?」

「目指せオリジナル!! 小さくしたからって、妥協なんてしちゃダメだよね」

「待て。アレの最大出力は地下都市(レイヤード)が一撃で崩壊するレベルだぞ。本気か?」

「本気だよ。彼女には正真正銘の単体戦略兵器になってもらう」

「今のイギリスの動きだと、セシリアが国家代表だからエクスカリバーのトリガーを預けられるって流れだ。もし国家代表から引きずり降ろされるような事態になったらどうする?」

「凡人共に使わせる気はないから、自壊プログラムを入れておくよ。でもまぁ、真っ当な判断能力があるんだったら大丈夫だと思うけどね」

 

 清々しいまでの依怙贔屓である。

 そしてもし今の会話を他のISパイロット達が知ったら、途轍もなく羨ましがっただろう。“天才”篠ノ之束にここまで言わせたのだ。既に成功者と言っても差し支えあるまい。だが当人は全く嬉しくなかったに違いない。何せ束博士に見込まれる=無理無茶無謀の三拍子揃った高難度ミッションに投入される事が確実なのだ。1年前なら同じように喜んだかもしれないが、今なら「代わって欲しい? 喜んで代わりますわよ」と即答したに違いない。

 尤も、だからこそセシリアは束に重宝されるようになったのだが。

 

 ―――閑話休題。

 

「利権や政治が絡むと、真っ当じゃなくなる事があるから心配なんだよ。だから………そうだな。前金というか前報酬として、使用者がセシリア・オルコットである事を前提とする、としておくか。後から契約内容に無いってごねられたら面倒だ」

「そうだね」

 

 こうして受け取る当人の全く知らぬところで、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の魔改造が始まったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日、とある連休中のこと。

 セシリアはイギリス政府から呼び出しを受け、一時的に帰国していた。

 今いるのは首相官邸。その応接室だ。

 

「急な呼び出しで済まないね。ただこれは通信ではなく、直接伝えた方が良いと思ってね」

 

 俗物な官邸の主は、一般大衆受けしそうな人の好さそうな表情を浮かべながら、対面の椅子に腰を下ろした。

 

「いいえ。政府からの呼び出しとあれば、国家代表として応じるのは当然のこと。首相が気にされるような事ではありませんわ」

「そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽というものだ」

 

 お互いが好意的な感情を抱いてないのは知っていた。だから両者が穏やかな笑みを浮かべているのは、面倒事を避けた結果でしかない。

 そんな中で、セシリアが尋ねた。

 

「首相もお忙しいでしょうし、早速用件を窺ってもよろしいですか」

「そうだな。伝える用件は2つ。1つ目は対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)についてだ。今後は絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦と認められた場合に限り、コントロール権が君に委譲されることになった」

「そうですか。認証条件は何でしょうか? 国防省の認証でしょうか? それとも首相が直接ですか?」

「君のいる戦場に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が確認された場合は、自動的にコントロール権が君へと移る」

 

 逆を言えば、コントロール権が委譲される為には出撃していなければならない。

 これは対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)が無制限に使われる事を防ぐ為に、首相としても、議会としても、国民を納得させる為にも、絶対に外せない条件であった。何故ならブルーティアーズ・レイストームの管制能力を持ってすれば、衛星の軌道変更計算も容易に行える。つまり、地球圏全域が攻撃範囲に入ってしまうのだ。

 

「そうですか。では、未確認体が出現した場合はどうなりますか?」

「速やかな委譲を行いたいところだが、時間が掛かるのは理解して欲しい。国防省で検討した後、私が認証する手順になっている」

「話になりません。最低でも、首相が独断で判断出来るようにして下さい。でなければ、この話そのものをお断りします」

 

 セシリアは穏やかな笑みを浮かべたまま、はっきりと要望を叩きつけた。

 実は彼女、帰国する前に晶と束の2人から、敵の高性能ユニットの存在について話を聞いているのだ。

 具体的な姿形やデータが教えられた訳ではないが、最低限巨大兵器クラスの戦闘力は想定しておいて欲しいと、“世界最強の単体戦力”と“世界最高の頭脳”から直接言われているのだ。

 そんな存在と戦いながら認証を待つなど、自殺行為に他ならない。よって首相が独断で判断する、というのはセシリアとしては最低条件であった。ちなみにここでセシリア自身の判断とする、としなかったのは彼女なりの自己防衛である。大量破壊兵器の使用権限をこちらから求めるというのは、口の悪い連中に攻撃材料を与えかねない。今は良いかもしれないが、将来的な事を考えればマイナス材料だからだ。

 

 ―――俗物が薄い笑みを浮かべた。

 

 この男は腐っても一国の首相である。つまり束博士と薙原晶から、敵高性能ユニットについて警告を受けているのだ。

 だから実戦を知るセシリアが、悠長に認証を待つという決定に異を唱える事は容易に予測できた。また首相としても国防省の決定が無ければ動けないというのは、自身の権力が削られるという意味で反対であった。しかし一般的には真っ当な手続きである以上、首相本人が表立って手続きに異を唱える事はできなかった。だが先の一言を言ってくれたお陰で状況が変わる。実戦を経験している新たな英雄である彼女が、「悠長に検討結果を待っている時間は無い」と言い、更に「それなら権限そのものをいらない」とハッキリ宣言してくれたのだ。

 現場に立つ者の意見に耳を傾けるのも、上に立つ者の務めだろう。

 

(後はこの意見を持ち帰って議会にかければいい。英雄様の意見に反対できる者などいないからな。そうすれば、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)に関する権限は私に集中する)

 

 正確に言えば発射権限を管理する立場という事になるが、言い換えれば「英雄様の必殺武装の管理者」だ。政治の世界において、肩書きがどれほど強力な武器となるかを、この俗物は熟知していた。

 感心したかのような表情を浮かべて返答する。

 

「なるほど。分かりました。ではこの件は、もう一度議会にかけてみましょう」

 

 そしてさっさと次の要件に入る。

 せっかく望み通りの返答をくれたのだ。余計な事は言われたくない。

 

「2つ目は貴女、というより貴女のメイドの家族についてです。実はチェルシー・ブランケットの妹が行方不明という話を聞いて調査させていたのですが、先日見つかりましてね」

「どこで、でしょうか?」

 

 セシリアの表情が僅かに動く。

 交渉相手に隙を与えまいとして無理に抑え込んだ。そんな印象を与える表情だ。

 

「生体融合型ISの実験材料にされた上で、対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)のコアユニットに使われていたのですよ」

 

 普通に考えれば、政府の大失点・特大の汚点とも言えるような内容だ。ここで馬鹿正直に言う理由など無い。だが首相にとっても、セシリアにとっても、この話の終着点は既に見えているものだった。

 首相にとっては彼女の両親がエクスカリバー計画の暗部に関わっていたという物的証拠を破壊された時点で、まず間違いなく束博士経由で知られていると思っていた。だから次善の策として、誠実っぽく見えるように過去の経緯を話しておき、さり気なく自分は無関係とアピールしつつ政敵に責任を擦り付けておく。

 一方セシリアは、首相の予想通りに束博士から詳細な情報提供を受けていた。このため大事な家族が発見された、という点にのみ反応して見せていた。実験材料という言葉に反応したなら、自身の反応が政争に利用されると危惧しての事である。

 

「大事な家族が………そうですか。首相と言えば激務でしょう。そんな中で、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げてから、彼女はすぐに続けた。

 表向き、今回の一件は借りとなってしまう。だから、すぐに返しておくのだ。

 

「では、私からお礼を1つ」

「いえいえ。お礼など。手の届く範囲で助けられる者を助けただけですよ」

「いえ、貴方自身に関わることですので」

「むっ?」

 

 自身の事と言われれば、耳を傾けざるを得ない。

 

「最近仲の良いご友人が増えたようですが、一度身辺を洗われた方が良いと思います。少しばかり、悪い噂を耳にしまして」

 

 これが他の人間の言葉だったなら、捨て置くか言った本人を権力で叩き潰しただろう。

 しかし彼女の情報源は、恐らく………。

 

「首相という立場になると、中々厳しい意見を言ってくれる者がいなくてね。もしかしたら噂に過ぎないかもしれないが、一応調査してみよう」

 

 ここで誰と聞き返さない辺り、首相も心得たものである。

 あくまでクリーンな政治家である事を証明するために自身の身辺調査をしたところ、間抜けが引っ掛かって自滅するだけなのだ。

 自身は何も悪くはない。証拠を隠滅しきれていない馬鹿が悪いのだ。

 また今のがメッセージである事も彼は理解していた。つまり敵対しない限りは、というやつである。普通なら小娘が粋がるなと怒るところだが、危険に敏感な俗物は違った。彼女の不評を買うのと、仲の良い友人達を売るのと、どちらが自分にとって利益となり権力を強化できるかを考えたとき、天秤が傾くのは驚くほど早かった。

 この決断により、彼の政治家としての人生は彼自身が思い描いていたものから、徐々にズレ始めていく。羽振りの良いお金持ちの友人が減り、貧乏人が近づいてくるようになったのだ。金にならない連中との付き合いなど御免被るというのが本心だったが、時折もたらされる情報が特大のスキャンダルで自身の足を引っ張るとあれば仕方が無い。利権であまーい汁を吸いたいのを我慢して、お金持ちな友人達を切り捨てていく。あくまで自分ファーストなのだ。

 するとあら不思議。世間では貧乏人の味方という妙な評価が付き始めた。そして政治家にとって、名声というのは武器である。

 お金持ちな友人達からの恨みを買った彼に、その武器を手放す決断など出来るはずもないのであった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は進み、1ヶ月程が経ったとある日のこと。

 対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の改修は無事に完了し、取り外されたコアユニットが日本に運び込まれていた。

 秘密裏に用意された施設で、束がエクシア・ブランケットの状態を見ている。

 

「………このセッティングを行った技術者は良い仕事をしたね。心臓も、その他機能も問題無いよ」

 

 同席しているセシリアに、束は振り向きながら答えた。

 ISのパイロット保護機能が示すステータスは健康そのもの。年単位で宇宙にいたのに骨の密度は正常で、筋肉も年齢相当で衰えていない。心臓以外の内臓機能も問題無し。完全に年齢相応の健康な肉体と言えた。更にISを分離した際の肉体状況を細胞単位でシミュレーションしてみたが、全く問題は出ていない。

 だが健康状態に問題は無くても、面倒な事はあった。元々予測されていた事ではあるが、生体組織とISコアが高度に融合しているため、剥離処置が結構面倒なのだ。因みに束だからこそ結構面倒という程度であって、他の科学者にしてみれば超絶級の難易度である。このため喜びの表情を浮かべたセシリアに、束はすぐに続けて言った。

 

「でも剥離処置が面倒だから、このままでいいかな。ぶっちゃけ剥離しない方が色々安全だから、このままの方が良いよね」

「えっと………その、良いのですか?」

 

 国家代表であるセシリアには、ISをこのまま個人所有するとするのが、どれほどの事なのか正確に分かっていた。

 確かにISを持っているのであれば、例え飛行機事故に巻き込まれたとしても無事だろう。病気にもならないだろう。毒も効かないだろう。通常兵器を使ったテロに巻き込まれても無事だろう。安全という意味では全くその通りだ。だがエクシアからISを分離しなかったが為に、束博士がイギリスから何かを言われたりしないだろうか? 詳しい契約内容は知らないが、今回は正式な取引と聞いている。もし違反したなら信用問題になってしまう。

 しかし返答は、全く気にした様子の無いものだった。

 

「別に問題無いよ。対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)を改修するにあたって、コアユニットはそのまま私が貰う事になってるから。それに元々、この子に使われているISコアはイギリス所有のものじゃないからね」

 

 安堵するセシリア。だがその安堵は、安堵させた当人によって破られた。

 

「あ、そうだ。ついでに今言っておくね。今度君のメイド、チェルシーって言ったっけ? 専用機調整するから」

「へっ?」

 

 突然言われた言葉の意味が理解できず、淑女にあるまじき返事をしてしまう。

 いや、意味は理解できるのだが、チェルシーと専用機がイコールで繋がらなかったのだ。

 何故、彼女に専用機?

 

「あれ? 理解出来なかった?」

「い、いえ、言葉の意味は理解できるのですが、何故と思いまして」

「自覚が足りないなぁ~。セシリア、君はもう晶と同じ単体戦略兵器なんだよ。本人の攻略が難しいなら、近しい人間を狙うなんて常套手段じゃないか。ましてあの俗物が、エクスカリバーのトリガーを預ける為に大々的に動いてくれたお陰で、アレに自由にアクセス出来ると知れ渡ってしまっている。国民を安心させる為に使用条件が幾つか設定されているみたいだけど、イギリスを仮想敵国とする奴らにとってそんなのは全く信用できない。地球圏全域を攻撃範囲に収めているのと同じなんだ。もし彼女に何かあった時、君は冷静さを保てるかい?」

「その………努力は、しますわ」

「正直でよろしい。だからだよ」

「ではエクシアからISを剥離しないのも?」

「それもあるけど、面倒ってのも本当」

「束博士」

「ん?」

「本当に、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げるセシリア。

 返答は如何にも“天才”にして“天災”らしいものだった。

 

「別に良いよ。私は気分屋だからね。だから君は君のままで、どこまで行けるのかを見せてくれればそれで良いさ」

「はい。そうさせて頂きます。でも突然のアドリブミッションとかは、自重して頂けると助かりますわ」

「ふふ。言うようになったねぇ。自重はしないけど」

 

 こうして束はブランケット姉妹にISを与えた。そしてこの判断が正しかった事は、残念ながらすぐに証明されてしまった。単体戦略兵器であるセシリアを利用する為に、有形無形様々な形で2人への接触が激増したのである。確かに第三者から見れば非常に狙い易いだろう。如何にセシリア本人に実力があろうとも、2人は違うのだ。多少護身術の心得があったとしても、所詮は女の細腕でしかない。純粋な力では劣るし、そもそも人間である以上力の強弱など関係無しに、薬剤で強制的に意識を刈り取られてしまえば何もできない―――と思っていた奴らは途轍もなく高い代償を支払う羽目になった。

 物理的な暴力はISという超絶の暴力で打ち破られ、あらゆる薬剤はISのパイロット保護機能で無効化されてしまう。

 よって彼女達をどうにかしたいなら、更なる暴力、つまり本格的な戦闘訓練を積んだISパイロットとISを用意するしかない。束と晶がいる日本でそんな事をしたらどうなるかは、言わずとも知れているだろう。またブランケット姉妹だけで帰国しなければならない時は、人知れず強力な護衛がついていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 なおエクシア・ブランケットは元の鞘に収まり、セシリア・オルコットにメイドとして仕える事になった。

 姉妹仲良く、睦まじく。

 そんな姉妹のとある日のこと。

 

「また来た。お姉ちゃん。どうしよう。お断りの手紙書くのも疲れたよ」

「そうね。まさか、こんなに暇人が多いとは思ってなかったわ」

 

 日本にあるオルコット家の別邸には、毎日のようにエクシア宛で、婚姻前提お付き合いの手紙が届いていた。セシリア本人が難攻不落なので、大事にしている使用人から落とそうという魂胆が見え見えである。

 送り主は上級貴族、政治家、大企業の上級幹部や社長etcetc。いずれも成功者と言われている人達で、世間一般的にみれば結婚相手としては申し分無い。

 だが見え見えの下心ほど冷めるものもないだろう。主の使用人としてついていったパーティで、1~2回会っただけの相手ばかりなのだ。如何に手紙の内容が美辞麗句で彩られていようが、目的など考えるまでもない。

 そうしてため息が漏れたところで、セシリアが通りかかった。

 

「2人とも、どうしたの?」

「あ、セシリア様。実は………」

 

 話を聞いた彼女の返答は明快だった。

 

「そう、ね。なら、一発で諦めてもらいましょうか」

「どうするのですか?」

 

 エクシアの疑問は尤もだった。

 面倒という以外は、手紙は礼節に則った正当なものなのだ。出す出さないは、当人達の自由意志だろう。

 

「簡単ですわ。自由意志で、出さないようになれば良いんですもの」

 

 答えるなりセシリアは、コアネットワークで晶をコールした。

 通信状態になったところで、姉妹2人にも通信を開放。4人でのグループ通信状態となる。

 

(急にどうしたんだ?)

(実は、晶に頼み事がありますの)

(2人がいるって事は、それ絡みだな)

(はい)

(何となく想像はつくんだけど、一応聞こうか)

(では遠慮なく。エクシアに婚姻前提お付き合いの手紙が多数届いて困っているんです。なので明後日のパーティーで、傍に控えさせて頂ければと思いまして)

(傍にいるのはいいけど、俺の近くにいたら余計に寄ってくると思うぞ)

(問題ありませんわ。貴方の傍にいる。この意味が理解出来ないようなら、相手にする必要もありませんから)

 

 薙原晶に甲斐性があるのは周知の事実だった。

 束博士を筆頭に更識家姉妹、シャルロット、ラウラの態度も最近怪しいし、引き取った義妹達や猟犬達もいる。これにセシリア本人とチェルシーだ。エクシアが増えたところで、不自然さは無いだろう。

 姉妹で、というところで何か妄想する輩がいるかもしれないが、彼の周囲に美女・美少女が多いのは今更のことだ。堂々としていれば良い。

 

(分かった。ところで明日、3人の予定って空いてるかな?)

(ええ、空いてますわ)

(なら、皆でパーティー用のドレスを買いに行こうか。オーダーメイドは間に合わないから、既製品で良いのを贈ろう。そっちの方が信憑性があって良いと思うんだ)

(ありがとうございます)

(別に構わないさ。お前の大事な側近だ。―――っと、そうだ。エクシアさん)

(は、はい!?)

 

 突然の呼びかけに、声のトーンが跳ね上がってしまう。

 主の良い人とはいえ、エクシアにとって薙原晶は雲の上の人なのだ。驚くな、という方が無理だろう。

 

(治療を受ける前とは色々状況が変わっていて大変かもしれないが、今後とも宜しく頼む)

(は、はい。こちらこそ、宜しくお願い致します。お、お姉ちゃんみたいな立派なお妾さんになります!!)

 

 確かに晶は、色々な女性とニャンニャンしちゃってる男だ。今更1人増えたところで、どうという事もない。だが正面きって本人から言われると、少々返答に困るものがあった。

 

(あ、ああ。うん)

 

 だがもっと面を食らったのは姉の方である。

 

(え、エクシア!? 急になにを言って!?)

(お姉ちゃん。気づかれてないと思ってたの?)

(な、なにを?)

(晶様が泊まりにくる度に、夜中になるとISはステルスモード。同じくらいの時間でセシリア様もそう。次の日は何故か洗濯物増えてるし。シーツを洗濯した次の日に、もう一回洗濯とかおかしいよね? 他にも色々あるけど、全部言った方がいい?)

 

 少しばかりジト目のエクシア。チェルシーの顔が、瞬く間に真っ赤になっていく。

 するとセシリアが姉に味方した。

 

(あら。じゃあ、これは何かしら?)

 

 エクシアのISに、セシリアから音声データが送信された。

 聞いた瞬間、今度はエクシアが真っ赤になっていく。

 

(セ、セシリア様!! これって!?)

(私のISって、とても耳が良いの。この屋敷の防音なんて、無いも同じよ)

 

 なおオルコット家の別邸であるこの家の防音性能は、言うまでもなく最高水準である。

 だがブルーティアーズ・レイストームのセンサー性能は、文字通り次元が違うレベルの超高性能であった。

 

(ぬ、盗み聞きなんて酷いです)

(あら、これがあったから晶に頼もうと思ったのよ。大丈夫。言ったりしてないから)

 

 内心では少々酷い事をしたと思うセシリアだが、後悔はしていなかった。

 何故って? 彼女だけが仲間外れというのは嫌だったのだ。どうせなら、3人仲良くしたいではないか。

 こうしてエクシア・ブランケットは、姉共々イギリス関連のパーティでは晶の傍らに控える事が多くなっていった。

 それに伴い、送られてくる手紙も少なくなっていったのだった――――――。

 

 

 

 第152話に続く

 

 

 




これにてエクシア・ブランケットに纏わるアレコレについては一段落です。
そしてセシリアさん、立場が変わったお陰で代表候補生の時より格段に動き易くなった感じです。
それに伴う責任とかはありますが………。

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