インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第148話 2年1組の立ち位置

 

 とある日のIS学園。

 暑い日差しが降り注ぐ中、アリーナでは2年1組の実機演習が行われていた。

 

『α1、反応が遅い。ついでに背中がガラ空きで、僚機への指示も出てないぞ。どうする気だ?』

『はい!!』

『α2、仲間の位置は常に確認しろ。数で劣るのに単独で戦ってどうする。敵の数は100や200じゃないんだぞ』

『わ、分かりました』

 

 ただし教えているのは薙原晶で、織斑先生も山田先生もサポート役に徹していた。

 普通なら、おかしな話である。幾ら地位や名声があっても、彼は一生徒だ。先生2人を差し置いて、しかも厳格な事で知られる織斑先生を差し置いてなど、あり得ないだろう。

 しかし今、先生達はサポート役に徹していた。

 このような形になった切っ掛けは、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲を退けた直後にまで遡る。

 

 ―――IS学園応接室。

 

 織斑先生は呼び出した薙原晶を待つ間、目を閉じて考えていた。

 

(確かにあいつの成した事は大きい。だが頼りすぎだろう。何のための国家であり権力だ)

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲後、彼女の元には薙原晶が学生である必要があるのか、という問い合わせが多数舞い込んでいた。確かに戦闘能力という一面のみで見るなら、必要無いだろう。織斑千冬をして、世界最強の単体戦力と言わせるだけの強さがある。だが、それが学生を辞めなければいけない理由にはならない。座学だって学ぶ事は沢山あるのだ。むしろ今後を考えれば、座学の方こそ彼には必要だろう。

 そんな状況の中でIS委員会議長から、薙原晶を学生という立場に留めておく為に、一芝居うって欲しいという依頼があった。

 理由は―――。

 

(まさか議長が、私と同意見だったとはな)

 

 信用し過ぎるのは危険だが、味方をしてくれると分かったのは大きな収穫だろう。

 なお今回議長が動いた本当の理由は、当然の如く晶の為ではない。ここで味方をしておけば彼の義妹達に、「お爺様」と呼んで貰えるかもしれないという超個人的欲求からだった。ブレないジジイである。

 

 ―――閑話休題。

 

 そんな事を考えていると、ドアがノックされた。

 

「薙原です」

「開いている。入ってくれ」

 

 晶が入って来て応接用ソファに腰を下ろすと、織斑先生は早速と口を開いた。

 

「いきなりで済まないが、まずは確認させて欲しい」

「何をですか?」

「これからも、学生を続ける気はあるのか?」

「何かと思えばその事ですか。退学にならない限りは、ここを卒業しようと思ってますよ」

「分かった。暫くは多少外が煩いかもしれんが、それは私の方でどうにかしよう。勉学に励むといい」

「ありがとうございます。でも頼りっぱなしというのも悪いので、学生らしい形で学園に貢献して………」

 

 織斑先生は、彼の言葉を途中で遮った。

 

「既に学園はお前から、有形無形様々な形で色々なものを受け取っている。これ以上は不要だ」

「そうですか?」

「そうだ。というか、自覚が無い訳ではないだろう。むしろこれ以上は受け取りすぎだ。賄賂の意思が無いなら、やめておいてくれないか」

「そこまで言うならやりません。代りに、我が儘を言っても良いですか?」

「お前の我が儘か。聞くのが怖いが、何だ。言ってみろ」

「今後の2年1組のIS実機演習の時間を、全て自分にくれませんか」

「どういう意味だ?」

「放課後のトレーニングと同じような事を、授業時間でもやらせてもらえればと思いまして。ああ、勿論先生の授業がつまらないという訳ではないですよ」

「お前以外の人間がほざいたなら、ふざけるなとはっ倒すところだ。どういう意図でだ?」

絶対天敵(イマージュ・オリジス)と直接戦って思ったんですが、やつらの戦術は物量で押してくるだけじゃないと思うんですよ。だって、ちょっと考えてみて下さい。遠く離れた異文明を侵略するのに、数だけを頼りにするなんてあり得ますか? 確かに降下船の戦闘能力はそれなりにあった。生産能力の高さも驚異的だった。恐らく母艦の戦闘能力も高いでしょう。地球側からしてみれば、これだけでも十二分に脅威です。でも敵側からしてみたらどうですか? 十分ですか? 俺はそう思わない。俺なら、敵の反抗心を圧し折るもう一手を用意します」

 

 織斑先生は聞きたく無いと思った。

 だが、これは聞かなければならない話だ。

 

「どんな手だ?」

「数で押せない相手を完膚無きまでに叩き潰す高性能ユニットの投入です。地球で言えばISでしょう」

 

 この伝え方は、晶と束が相談して決めた事だった。何せ敵の高性能ユニットをワープゲートの先で見てきているのだ。警告しておかないという選択肢は無い。だが馬鹿正直に情報を流せば、人類に更なる混乱をもたらしてしまう。誰もが強い心を持って侵略者に抗える訳ではないのだ。だから2人は、予想という形で伝える事にした。織斑先生には晶から伝えたが、各国政府にはカラードから、束と晶の連名で文章が送られている。

 観測情報を見せるよりもインパクトは弱いが、晶は物量による質の圧殺を予期していた男であり、束はアンサラーにより絶対天敵(イマージュ・オリジス)の奇襲を防いだ女だ。一定の理解は得られるだろう。

 

「その予想。国には伝えているのか?」

「勿論です」

「ならその予想が、実機演習とどう繋がる?」

 

 織斑先生も先は予測出来ていたが、これは晶にハッキリと口にさせなければいけない事だった。

 

「今後ISパイロットになれば、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘に駆り出されます。地球人同士で戦うのと違って、ISでも安全じゃない。むしろ最も危険なミッションに投入される分だけ死亡率も跳ね上がるでしょう、これは可能性じゃなく、確実に訪れる未来です。だから手の届く限り、生き残れるようにしてやりたいと思ったんですよ」

「お前なら出来ると?」

「確実にとは言えません。俺にも優先すべき事があるし、全部俺1人で出来るなんて自惚れる気もありません。でも幸いな事に、仲間がいる。専用機持ちの連中も事情を話せば協力してくれるでしょう」

「なるほど、な」

 

 織斑先生は暫し考え込んだ後、口を開いた。

 

「確認するが、やるのは放課後の訓練とそう変わらないな?」

「はい。あらゆる条件下でシミュレーション戦闘をしてもらいます」

「なら条件付きで許可しよう」

「条件とは?」

「教師として、学園としても、パイロットの質を保証するという意味でカリキュラムは無視できん。そのカリキュラム内容を自然と行えるように、トレーニングに組み込んでくれ。お前、そういうの得意だろう」

「カリキュラムで「~出来るようになること」とあるなら、トレーニング終了後にそれが出来るようになっていれば良いんですよね?」

「そうだ」

「結構ハードになりますよ」

「生き残らせるんだろう。私も生徒を死なせたくないからな。山田先生と一緒にサポートしよう」

「いいんですか?」

「お前が教え上手なのは、私も山田先生も認めるところだ。そして実機演習の時間内で行うなら、私の権限でどうとでもなる。いや待て、一つ確認したい。お前、シミュレーションに本物の絶対天敵(イマージュ・オリジス)のデータを使う気か?」

「はい。幸い俺自身が直接戦っているので、敵についてのデータはありますから」

 

 数舜、織斑先生は考え込んだ。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃を受けた人里―――特に都市部―――の状況は、軍人ですら目を背けたくなるほどだったという。

 そんな状況をシミュレーションとは言え、生徒に見せればトラウマになりかねない。

 すると彼女の懸念を察したのか、晶が口を開いた。

 

「初め、犠牲者についてはシミュレーション映像から除外します。あくまで数字として伝えて、トレーニングが進んでいったら徐々に具体的な形で伝えていこうかと思います」

「そうだな。それが良いだろう。初めから伝えるには、刺激が強すぎる」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲で犠牲になったのは、直接的な死亡者だけで45万人を超える。

 地球の全人口から見れば誤差の範囲だろうが、都市が瓦礫の山となり、全住人の死に絶えた現場がどれほど凄惨なものか、リアルに想像できる者がいるだろうか?

 いきなり現実を突きつければ、クラスメイトの心を折りかねない。

 それ故の配慮だった。

 

「はい。なので初めは、数に抗う戦闘方法をメインにしようかと」

「数の暴力を体験させるのか。お前から見て、敵の物量はどうだった?」

「厄介ですね。最悪を想定するなら、知性ある物量と見るべきでしょう」

「根拠は?」

「喀什に落着した敵降下船を攻略する際、敵は強力だが数の少ないISに対し、広域拡散戦術を取りました。あのお陰で参加した殆どのISが、余計な補給をさせられている。比較データが無いので確実とは言えませんが、奴らは数の利点を十分に熟知していると見るべきでしょう」

「それほどか」

「ええ。更に言えば、やつらは地下構造物を自爆させています。情報の取り扱いにも注意を払っていると見ていいでしょう」

「聞けば聞くほど厄介だな」

「星の海を越えて来る奴らですからね。外見だけで判断するのは危険って事でしょう」

 

 あえてお気楽な口調で答えた晶に肯いた織斑先生は、この話は終わりとばかりに話題を変えた。

 

「そうだな。ところで薙原。お前、今後クラスメイトをどうする気だ?」

「どう、とは?」

「既に特別扱いしているこちらが言うのもなんだが、実機演習をお前メインでやるとなれば益々特別扱いだ。いっそのこと、全員カラードで引き取るか?」

「最近、それをよく考えるようになりました」

 

 彼女としては冗談半分のつもりだったが、ちょっと予想外な返事だった。

 

「本気か?」

「俺の手の届く範囲でなら、生き残れるようにしてやりたい。そう思うんですよ」

「お前の手は長い。やろうと思えば出来るだろうさ」

 

 織斑先生は言いながら思った。2年1組の生徒数は35人。ここから専用機持ち(晶、一夏、シャルロット、セシリア、ラウラ、箒、簪、本音、鈴)を引けば26人。メカニック志望は半分だから、パイロット候補は13人になる。

 今後カラードに補充されるISコア数と現在の保有数を考えれば、全員専用機持ちにする事も可能だろう。

 ここで、荒唐無稽な想像が脳裏を過ぎった。

 もしも2年1組の連中がこのまま成長していき、パイロット候補が全員専用機持ちになったらどうなるだろうか? 絶対天敵(イマージュ・オリジス)という人類を滅ぼしかねない敵に対し、世界最強の単体戦力(NEXT)が率いる専用機持ち集団が中心となって立ち向かう。そんな未来があり得るのではないだろうか? だがすぐに、彼女は否定した。一般生徒達が主戦力になるという事は、国家の主戦力が敗北したことを意味する。人類の歴史、特に近代史を紐解いて、学徒動員までした国家の行く末は悲惨なものが多い。立ち直った国家も無いではないが、認めて良い選択肢ではない。しかし一度過ぎった考えは中々消えなかった。

 

(皮肉だな。こいつの手腕は既に知れ渡っている。クラスメイト達を生き残らせたいと思い手を尽くせば尽くすほど、実力あるパイロットが出来上がる。結果、将来必ず戦地に呼ばれるだろう)

 

 これは、どうしようもない事だった。

 戦場に立つのが嫌なら、ISパイロットを諦めるしかない。だが少なくとも2年1組の中で、そんな事を言っている者はいなかった。

 

(こいつへの信頼故だろうな。もしかしたらクラスメイト達も、将来については察しているかもしれん)

 

 リスクは勿論ある。カラードの活動上、就職したら最前線に投入される可能性は非常に高い。しかし装備やバックアップについては、業界最高峰の水準なのだ。

 諦めるという選択肢を選んでない以上、まず間違いなく第一選択だろう。

 ここで織斑先生は、ふと気になった事を尋ねてみた。

 

「ところで薙原。お前、今後クラスメイトをどうする気だ?」

 

 先程と同じ問いだが、問う内容は大きく違っていた。

 

「さっきと同じ質問、ではないですよね? どういう意味ですか?」

「今後もずっと、将来に渡ってクラスメイトの面倒を見ていくのか、という意味だ。お前と彼女達はクラスメイトという関係だが、逆を言えばそれだけだ。将来に責任を持つ必要は無いんだぞ。彼女達の人生は、彼女達のものだ」

 

 彼女なりの気遣いに対し、晶は暫し考え込んでから答えた。

 

「確かにその通りで、出会いがあればいずれ別れもある。ただなんて言うか………ちょっと恥ずかしい話なんですけど、俺って友人が殆どいないんですよ。いるのでは全部、此処(学園)に来てからのです。そして卒業してしまえば、もう友人を作るなんて事は出来なくなる」

 

 そんな事は無い、と否定するのは簡単だ。

 極々一般的な普通の社会なら、話の合う同僚から友人関係になったりもする。

 だが地位や名声が絡むと、人間関係は途端に複雑で面倒になる。

 何せ“ブリュンヒルデ”という名声だけですら、多くの有象無象が寄ってくるのだ。

 彼が持つ権利や名声となれば、どれだけの人間が寄ってくるか分からない。

 だから少々お節介とは思いつつ、織斑先生は言っておくことにした。

 

「お前が友人と思っていても、向こうは違うかもしれんぞ。昔から言うだろう。男と女で友情は成立しないと」

「それは分かっています。ただ彼女達が俺の手の届かないところで理不尽に死ぬ。そう考えると、自分でも不思議な程に心が揺れるんですよ」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲が無ければ、晶もクラスメイト達の進路を見守れただろう。進んだ先で仮に不幸な出来事があったとしても、友人として力を貸す以上の事はしなかっただろう。だが絶対天敵(イマージュ・オリジス)という人類の敵が出現した今、パイロットになれば確実に戦場に立つ事になる。ワープゲートの先で敵の高性能ユニットを見ている晶は、その戦場がどれほど厳しいものになるか予測出来てしまう。人類同士の戦いと違い、ISですら死ぬ可能性がとても高い戦場だ。

 

「だから、か。分かった。そこまで言うなら面倒を見てやれ。ただし無理はするなよ。お前にしか出来ない事もある。そちらが疎かになっていると判断したら、すぐにでも止めるからな」

「分かりました」

「あとは、そうだな。明日の一時間目はLHRか。薙原、適当な用事を作って少し遅れて来い」

「何故ですか?」

「クラスに少しばかり言っておく事がある。お前がいては、彼女達も本音は言えんだろうさ」

「生徒が教師に本音を言うって言うのも中々難しいと思うんですけど」

「お前に関わることだ。本人の前では言い辛い事もあるだろう」

「何を言う気なんですか?」

「それなりに真面目な話だ。言っておくが、盗聴なぞするなよ」

 

 束が学園内に張り巡らせているシステムを使うな、という意味だろう。

 しかし束が2年1組の様子をモニターしていないはずもない。そして束が知ったなら、晶が知ったも同然だ。

 分かっているはずなのに、態々念を押す必要はあるのだろうか?

 晶は内心で首を傾げながらも、一応肯いておいたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして翌日。

 IS学園一時間目のLHR。

 教壇に立った織斑先生は、生徒達を見回してから口を開いた。

 

「今日のホームルームは予定を変更して、お前達に選んでもらいたい事がある」

 

 担任の厳しい表情に、生徒達は何事かと身を正す。

 そうして生徒達に心構えするだけの時間が与えられた後、続く言葉が放たれた。

 

「用事があって今日は遅れてくる薙原から、実機演習について提案があった。今まで放課後のトレーニングで行っていたような事を、実機演習の時間でも行わせて欲しいというものだ。そして奴の手腕は、私も山田先生も認めるところだ。が、もし受けた場合、お前達の将来に無視できない影響が出る。だから選んでもらいたい。奴の提案を受けるか否かを」

 

 ここで真っ先に挙手。質問してきたのはラウラだった。

 

「織斑先生。無視できない影響とは?」

 

 この提案を受ける意味は、恐らく彼女が一番理解しているはずだ。そこをあえて質問してくるのは、周囲に聞かせる為だろう。軍では副官が連絡事項を周知徹底させる為に、あえて質問して言葉にさせる、というのはよく使われる方法だ。

 

「この提案を受ければ、パイロットとしての実力は大きく伸びるだろう。だが代わりに、進路選択の自由は無いと思った方がいい。理由は―――」

 

 織斑先生は一度口を噤んだ。

 本来なら、生徒に聞かせるような内容ではない。だが選択の機会を与えるという意味で―――実質選択肢が無いようなものでも―――話しておかなければならない内容だった。

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)という外的要因にある。将来的に、アレとの戦闘にISが駆り出されるのは確実だ。そして腕の良いパイロットほど、より過酷な戦場に送られるのは間違いない。分かるか? 腕の良いパイロットほど、だ。そして薙原の指導を卒業まで受け続ければ、恐らくお前達は一角のパイロットになるだろう。メカニック志望も同じだ。実戦を想定して機体メンテをしている以上、他のメカニックより深い知識と確かな技術を持つに至っているだろう。平和な世の中なら、これは進路選択の幅を広げるとても喜ばしいことだ。だが絶対天敵(イマージュ・オリジス)という明確な敵がいる今、確かな腕を持つという事は戦場に近づくことと同じなんだ」

 

 ここまでは一般的な話だ。厳しい話ではあるが、理不尽な話ではない。

 だが次の内容は、世の不条理な理についてだった。

 

「そして、な。人というのはとても身勝手なものだ。恵まれた人間には、それ相応の働きが求められる。分かるか? 今お前達が外部からどう思われているか。お前達自身が望んだ訳ではないかもしれん。偶々1年1組になり、そのまま今に至っている者もいるだろう。だが外部から見たら、お前達は極めて恵まれているんだ。放課後のトレーニングで薙原や他の専用機持ちから直接教えを受け、共に練習する事ができる。世界中のISパイロットが望んでも得られない環境の中に、お前達はいるんだ。それだけに、卒業した時に求められるものは極大だと思え。他人が行えば笑って許されるような些細な失敗ですら、足を引っ張る重荷になるかもしれない。今までの環境ですら、そうなのだ。これに実機演習の時間まで使って奴の教えを受けるようになれば、どうなるか想像できるか?」

 

 専用機持ち連中は今更と言った表情だった。

 特に欧州3人娘は愛人の娘、名門貴族の当主、特殊部隊の隊長、いずれも他者からの厳しい視線に晒された者達だ。確かに今更かもしれない。

 また簪も最近は自信がついてきたのか、平然としている。本音はいつも通りだ。

 箒と鈴の表情が少し硬いが、あれは自身を律する思いを新たにしている、というところだろう。

 そして一夏は――――――。

 

(意外と落ち着いているな。いや、入学してからあいつも努力してきた。他者からの厳しい視線というのは、常に意識していただろう)

 

 一番初めに、彼女は一夏に色々と言っていた。今でも鮮明に思い出せる。「お前はこれから先、望むと望まざると、ずっとコイツと比べられる事になる」、「鍛錬を怠るな。努力は必ず身を結ぶ。そしてコイツから学び取れ」、「覚えておいてくれ。ISが出る場面というのは、もう決して負けが許されない場面だ」、「負けた時に失われるのは自分だけじゃない。お前が護りたいと思った何かも失われる」、厳しい言葉だったと思う。だが曲がる事無く学び、伸びてくれている。

 内心で弟の成長を喜びながら、他の生徒達を見ていく。

 すると、やはりというべきか。困惑している一般生徒が多数いた。

 

(こちらはまぁ、無理も無いか。学園内で特別扱いされてはいても、その結果として社会に出た時にどうなるかを想像しろと言う方が、社会経験の無い子達には無理な話か………)

 

 しかし織斑先生の考えは、良い意味で外れるのだった。

 鷹月静寐が挙手をして、口を開く。

 

「先生。今更ですよ」

「なに?」

「私達がどれほど恵まれているかは分かってます。だって一般入学の私達に専用機の話が来たくらいなんですよ。他のクラスにいたら、多分あり得なかったと思います」

 

 鷹月静寐の成績は上位ではあるが、世界最大の軍需企業が自国民を差し置いて、名指しで専用機持ちに指名するほどではない。にも関わらず以前、一度専用機持ちとして指名されている。これがどれほどの事かは、業界関係者でなくとも分かるだろう。

 そして彼女の言葉を皮切りに、生徒達が次々と口を開いた。

 

「先生怖い顔してるから、何事かと思っちゃった」

「うん。でもそんなの前から思ってたよ先生」

「特別扱いされて、レールから外れたら色々言われる。失敗しても言われる。今まで通りってね」

「晶くんが1人で、学園内を歩くのが大変になってきた頃から考えてたかな」

「そうそう。晶くんといると、周りからの視線が凄いの」

 

 特別である事のデメリットを正しく認識できる者は意外と少ない。

 多くの場合において、メリットがデメリットの危険性を掻き消してしまうからだ。

 

「そうか。お前達は、ちゃんと見れていたんだな。なら、もう一歩踏み込んで伝えよう」

 

 織斑先生は改めて全員を見渡してから、続く言葉を口にした。

 

「今回の話を受ければ、恐らくお前達は今後、奴の私兵と認識されていくだろう。理由の分かる者はいるか?」

 

 恐る恐る手を上げたのは宮白加奈(みやしろかな)だった。愛称かなりん。ショートボブの髪型をした、クラスでは比較的おとなしい子だ。

 

「放課後のトレーニングに参加させてもらっているのとは違って、今回は晶くんの発案です。将来に向けて部下の育成を始めた、ととられても不思議じゃありません」

「そうだ。今まで頑なにIS学園からの指導教官依頼を断っていた奴が、実機演習の時間だけとは言え、このクラスで指導すると言ってきたんだ。更に言えば、この状況でカラード以外に就職してみろ。周囲からの圧力が凄い事になるだろうな」

 

 教師として、言うべき言葉ではなかった。しかし現実を理解してもらう為には、言っておく必要のある言葉だった。

 

「なるほど。だから無視できない影響、なんですね。でもそんなに決定的に変わるんですか? 放課後のトレーニングと同じような事を行うだけなら、そんなに変わらないと思うんですけど」

 

 次に口を開いたのが、赤坂由香里(あかさかゆかり)だった。愛称あかりん。長い赤髪をポニーテールにしている子で、性格はサッパリとしていて面倒見が良く、着物を着てキセルを咥えればヤクザの若奥様に見える、などとクラスメイトから面白半分に言われている子だ。

 

「お前達からしてみればな。だが他人から見たら、間違いなく、決定的に違う。1年にも満たない間にセカンドシフトパイロットを2人も生み出した奴が、卒業までの実機演習の時間を全てくれと言ってきたんだ。他人から見たら、お前達は間違いなく奴の私兵候補だろうよ」

 

 この返答に彼女は納得したようで、実にあっさりと自身の考えを口にした。

 

「なら問題無いかな。元々カラードに行く気だったし。私兵って思われるならそれでも良いよ。だって私の希望は、ハウンドチームと同じように悪党ども叩き潰すことだもん。みんなはどうなのかな? カラード以外に行く気だった人っている?」

「私はあかりん(赤坂)と同じだよ」

 

 真っ先に同意したのは、宮白加奈(かなりん)だった。そしてこの2人は1年次実地研修において誘拐され、衣服を全てはぎ取られ手錠で拘束されたという過去を持つ。犯罪を憎む気持ちは、他の生徒達よりも強かった。

 また予期せぬ出会いにより、ハウンド2(ユーリア)とちょっとした関係があった。親友と言える程に親しい訳ではないが、覚えておいた方がいい現場の知識、というのは時折教えて貰っている。

 尤も良い事ばかりではなく、男に貢がせていた悪女らしい、アダルトな知識も一緒に教え込まれていた。朱に交われば赤くなる、である。

 

 ―――閑話休題。

 

 2人の言葉を切っ掛けに、他の生徒達も進路について語りだしていく。

 全員、カラードだ。

 

「そうか。最後に確認するが、お前達は本当にそれで良いんだな? 今ならまだ考え直せる。だが選んでしまったら、もう後戻りはできんぞ。あいつは、お前達を本当の意味で特別扱いする気でいる。恐らく見ている景色も、周囲からの視線も、大きく変わるだろう」

 

 この後、織斑先生は一度教室を出た。LHRの残りの時間を使って、教師という余計な目の無いところで十分に考えてもらうためだ。本当ならもっと時間を掛けて考えさせてやりたい。だが恐らくこの後、悠長に考えている時間など無くなるくらい、状況は一気に変わっていくだろう。

 そうしてLHR終了間際に教室に戻ると、生徒達から返事があった。

 

「――――――そうか。それが、お前達の決断か。分かった。なら私は、お前達が生き残れるように全力を尽くそう」

 

 後に織斑先生は語る。

 この日の出来事が、地球圏最強の武力集団誕生の切っ掛けだったと。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後。

 晶はカラード社長室で、アレックス社長(シャルのパパ)と話をしていた。

 空間ウインドウに映る彼の顔は、控え目に言ってホクホク顔だ。

 

『まさか、こんな美味しい話を持ってきてくれるとはね』

『これは純粋に使い易さを考えた結果です。ラファール・フォーミュラの汎用性は、カラードでの使用に十二分に耐えるものです』

『にしたって新品のフォーミュラ4機とミッションパックをフルセットで購入なんて、今期の売上は凄い事になる。社員に沢山ボーナスを払ってあげられるよ。でもそっちの財政は大丈夫なのかい? 日本とイギリスとドイツにも声をかけているみたいだけど』

『ご心配なく、全部現金一括払いをしても余裕がありますよ』

 

 晶は将来に向けた準備として、フランスからラファール・フォーミュラを4機、ドイツからシュヴァルツェアタイプを2機、イギリスからブルーティアーズタイプを2機、日本から打鉄弐式タイプ2機の購入を進めていた(なお九尾ノ魂は色々と特殊であるため、適性のあるパイロットが見つかり次第準備される予定だった)。

 いずれも最新鋭第三世代機で、普通なら売ってくれるはずがない。しかし買い手がカラードとなれば、どの国も反応は一緒だった。作ろうと思えばブッチギリの高性能機を作れる会社が、態々第三世代機を買うと言っているのだ。売らない道理は無いだろう。

 

『羨ましいねぇ。ところで、パイロットはどうするのかな?』

『暫くは調整作業なので、募集する予定はありませんよ』

 

 カラードの名前があれば、募集をかければすぐにパイロットは集まるだろう。にも関わらず募集しないという事は、答えを言っているようなものだった。

 

『そうですか。ああ、そうだ。話は変わりますが、シャルロットは元気ですか?』

『ええ。元気ですよ。この前もシチューを作ってくれてね。これが美味しいのなんのって』

『ほほぅ』

 

 画面外でグッと拳を握るシャルパパ。どうやら娘はこの男と、良い関係を築いているようだ。

 

『で、その後は一緒に片付けをして映画を見て』

『うむうむ。ところでその映画は、勿論恋愛ものだろうね?』

『いえ、スパイアクションものですよ』

『確か娘は恋愛ものが好きと言っていたな』

『この前恋愛ものを一緒に見たので、今度はスパイものを一緒に見たんですよ』

 

 なお恋愛ものの映画には中々激しいラブシーンがあったし、スパイものを見た後は小道具がお部屋に散らかっていた。

 楽しみ方は色々である。が、どんな楽しみ方をしたのかをこの場で言う必要は無いだろう。

 

『そうかそうか。仲良くやってそうで何よりだ』

『勿論ですよ。って言うか、連絡取ってないんですか?』

『取ってるさ。だが君の事になると途端に口が堅くてな。すぐに切られてしまう』

 

 客観的に見て、彼氏とのイベントを聞きたがる父親というのはかなりウザイのではないだろうか?

 喉元まで出かかった言葉を、どうにかオブラートに包む。

 

『あ、あ~、そうですね。いや、シャルも年頃だし、父親に言いたくない事の1つや2つくらいは………』

『君は父親に言えないような事をしているのかね?』

 

 たっっっくさんしてます。と正直に言う事は出来なかった。

 

『まさか。健全で清く正しいお付き合いをしてますよ』

『この上なく胡散臭く聞こえるのは気のせいかね?』

『100%気のせいでしょう』

『やれやれ。まぁ娘が君の事を話す時は、とても良い顔をしているからな。嘘では無いだろう』

 

 娘に免じて、仕方ないから騙されてやる。そんな言葉が聞こえてきそうな返事に、何となく気まずい晶はさっさと話題を変える事にした。

 

『ところでアレックス社長(シャルパパ)、アイザックシティの方はどうですか?』

『下層ブロック(※1)の建造を終えて、今は中層ブロックを建造中だ』

『早いですね。少し前倒しになってるじゃないですか』

『世界初の地下都市建造。何より自分達の住む場所を作るということで、作業要員の士気が高い。そのお陰さ』

『なるほど。でも士気が高いからと言って、無理はさせないで下さいね。事故の元ですから』

『分かっているさ。報告書に上げている通り、しっかり食べて休んで貰えるようにしてある』

 

 無理な作業やストレスは、ミスを誘発する。

 よって計画開始初期の頃から、アレックスは抜かりなく手を打っていた。

 分かり易いところで言えば、8時間3交代制で週休2日、食事も安くて量の食える食堂が用意されている、というところだろう。

 また人間の3大欲求の1つ、性欲についても対策が取られていた。

 こちらは主に更識家がダミー会社を通じて介入していた事だが、作業要員の為の歓楽街が作られていたのだ。しかも安心して楽しんで貰えるように、会社持ちの費用で定期的な健康診断が義務付けられている。

 何故か?

 短期的に見れば更識家にとって、従業員の健康診断費用を持つなど余計な出費でしかない。

 しかし長期的に見れば、安心して楽しめる街というのは何ものにも代え難い宣伝材料であるし、安心して働ける場所というのは良い人材も集まりやすい。加えて夜の街を押さえるという事は、情報収集の面でも計り知れないメリットがある。

 だから、先行投資として行われていたのだった。

 またこういうところに犯罪組織が手を伸ばすのは世の常だが、更識家には他には無い圧倒的な強みがあった。

 面倒な相手は、ISを派遣して叩き潰すという裏技である。

 更識家が保有している非合法ISを投入してもよし、楯無と晶の関係を使ってハウンドチームを投入してもよし、先日動き始めたRaven's Nest(渡鴉の巣)を使って“ラナ・ニールセン”を投入してもよし、方法はより取り見取りだ。敵対組織にとっては悪夢だろう。

 晶がそんな事を思っていると、アレックス社長は別の話題を口にした。

 

『―――っと、そうだ。以前から相談しようと思っていたことがあってね』

『何ですか?』

『娘の別荘を日本に用意しようと思っているんだが、何か良い物件はないかね?』

『セーフハウス程度の小さなものから大きなものまで色々ありますけど、どの程度が良いですか?』

『夫婦とその親、あと子供が5人くらい住めて、数人の使用人が住み込みで働けるくらいの広さだな』

 

 いやに具体的な要求だった。

 と言うかストレート過ぎるだろうこのオヤジ。

 

『無くはないですけど、セキュリティを考えたら新築した方が早いですね』

『ほほぅ。都心かね? 郊外かね?』

『それは住む本人が決めることです。あと住む家についてシャルと話したことあるんですけど、使用人はいらないって言ってましたよ』

『なっ!? いや、しかし、もう苦労はしなくて良いんだ。面倒な事は使用人に任せて、少しくらい優雅な生活をしても』

『本人は他人がいた方が落ち着けないって』

『む、むむぅ。しかし、家に1人というのは………』

『寂しい思いはさせません。まぁ、一般的な形ではないかもしれませんが』

 

 薙原晶の周囲には、篠ノ之束を筆頭に美しい女性が多い。複数人と関係を持っている事は容易に想像がついた。

 世間一般的に“真っ当”とされる父親なら、非難するべきなのかもしれない。だがアレックスにその気は無かった。娘が幸せであれば他に何人いようと構わないし、何より娘からハッキリ言われているのだ。

 

「他に相手が沢山いるのは知ってる。でも僕は、晶のところが良い。もし他の男を紹介しようとしたら、もう絶交だからね。代表候補生なんて肩書き放り投げて、晶のところに駆け込んでやるんだから」

 

 父親としては悲しい反面、嬉しくもあった。

 こんな台詞、愛されているという自負が無ければ出てこないだろう。

 

『そうか。なら娘の家は、君に任せるとしよう』

『はい。任されました』

 

 別荘がいつの間にか家と表現されていたが、ここで気にしたら負けだろう。

 そうして後日のこと。

 シャルロットは晶から、とても大きなプレゼントを受け取ったのだった――――――。

 

 

 

 ※1:都市のライフラインが集中する下層ブロック

  アイザックシティは下層、中層、上層に分かれていれ、

  それぞれ下記のように機能が分かれています。

  

  下層:都市ライフラインの基幹システム、水の浄化装置、

     予備電源、食料生産プラントなどが設置されている。

     全ての機能は正・副・予備の3系統あり、

     厳重なリスクマネジメントが行われている。

  中層:市街地や中流階級の居住区となるブロック。

  上層:企業社屋や上流階級居住区、

     企業直営の大規模店舗が置かれる予定のブロック。

 

 

 

 第149話に続く

 

 

 




さて、晶くんもそろそろ腹を決めてきたようです。
あと娘にしっかり宣言されちゃってて、悲しいような嬉しいような複雑なシャルパパ。
でも娘の幸せ第一なので、これからも全力でバックアップしていくでしょう。

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