インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、晶君が引き取った子達の内、数人が名付きとして登場します。
なお一番最後に元ネタキャラを載せてありますが、画像検索をする際は“くれぐれも”周囲に人がいない場所でお願いいたします。


番外編第06話 クロエと義妹達のとある一日

 

 薙原晶に引き取られた8人の元生体パーツ候補の中で、最も注目されているのは誰かと問われれば、多くの者はクロエ・クロニクルと答えるだろう。

 妖精のような美貌と均整の取れた四肢、IS学園に首席入学した実力の持ち主となれば、企業から注目されないはずがない。実際、幾つかのIS系企業は既に専用機を打診をしていた。全て断られていたが、この結果から彼女の進路は、多くの人間にとって既定路線となっていた。入学した経緯を考えれば、カラード以外はあり得ない。

 また類い稀なる容姿と、保護者が絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃から地球を護った英雄という背景は、多くの企業にとって非常に魅力的であった。これらはどんなイメージ戦略よりも、強力な武器になるからだ。イメージガールとして起用できれば、商品を強力にアピールしてくれるだろう。

 そしてクロエと同じ背景を持つ者は、他に7人いる。

 金の臭いに敏感な企業人が、彼女達を使おうと動き始めるのは必然であった。

 

 ―――とある弱小企業の企画室。

 

「なぁ。どうにかしてモデル頼めないかな?」

「無理だろ。ウチみたいな弱小が、どうやって契約するんだよ。他の大手が桁違いの契約金を積んでもアッサリと断られたんだぞ」

「だよなぁ。でも諦めるには惜しいよなぁ」

「そりゃ誰だってそうだろう。こんな良い素材、撮りたくない奴なんていないよ」

 

 2人の前、テーブルの上には7枚の写真があった。

 晶に引き取られたクロエ以外の7人で、ノーメイクのすっぴん状態ですら、並のアイドルなど歯牙にもかけない美少女揃いだ。

 ファッション業界にいる者なら、彼女達を着飾らせたいと思うのも仕方が無いだろう。

 

「う~ん。どうにか出来ないかなぁ」

「無理無理。諦めて残ってる仕事片づけようぜ」

「いやでも、惜し………………あっ!?」

 

 ふと、髭面オヤジの脳裏に閃きが走った。

 

「どうしたんだ?」

 

 やせっぽち眼鏡が尋ねた。

 

「なんだ。簡単なことじゃないか。欲望に正直になればよかったんだ」

「お前それすげぇ危ない台詞だけど、刑務所には1人で行ってくれよ」

「ふざけんな。俺は至って正常だよ」

「なら自称正常者のカメラヲタク君。何を思いついたのか話してごらん」

「なら自称正常者のモデルヲタク君に話してやろうじゃないか。まず俺は、美人さんやカワイ子ちゃんを撮りたくて、カメラマンになった。だからぶっちゃけ、こんな美少女が撮れるなら報酬なんぞいらん」

「ただ働きは大反対だが、とりあえず続きを話せ」

「でだ、彼女達は大手の桁違いの報酬を断ってるんだ。だから金で釣ろうってのがそもそもの間違い。だから名で釣る」

「と言うと?」

「売り上げというか、報酬は全て絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃で被害を受けた人達に寄付するって事にして初めっから払わない」

「おいおい。相手にタダ働きをさせるのか? いや、仮に相手がそれで良いならいいけどよ。でもそれだと俺達もタダ働きな挙句、会社にも迷惑がかかるぞ。流石にそれは拙いだろう」

「勿論良くない。だから、スポンサーをつける」

「は? タダ働きなのにスポンサー? 訳が分からんぞ」

「いいから最後まで聞け。スポンサーって言っても、お金を払って貰う訳じゃない。彼女達に着せる服を提供してもらうんだ。そして彼女達が気に入った服は、写真を撮らせてもらった細やかな報酬として持って帰ってもらう」

「………なるほど。彼女達に服を着てもらえれば、企業は宣伝になる。俺達は写真が撮れる。それでいて報酬としてのお金は発生しないから、契約はかなりゆる~い感じにできる。でもそれだと、俺達の儲けってないぞ。お前は良いかもしれんが、会社的にはダメだろう」

「だからスポンサーなんだよ。まぁ1回目は様子を見るためにタダとしても、2回目以降は服を着てもらったら広告料として1着幾らって形で徴収しようと思ってる」

「お前、意外と頭良かったんだな。あ、でも広告料とか貰っちゃったら、全額寄付って言うのが嘘になっちゃうな」

「その部分は、先に言っておく。必要経費と俺達の給料分でこれだけ貰いますってね」

「ちょろまかせば良いじゃん」

「バーカ。被写体との信頼関係は大事なんだよ」

「お前カメラ馬鹿だけど、そういうとこはマメだよな」

「じゃないと良いモデルに逃げられるからな」

「結局ソレかよ」

「むしろ、ソレ以外に理由が必要なのか?」

 

 こんなやり取りがあった後日のこと。

 2人は撮影依頼を何処に出せば良いのか迷った挙句、ダメ元でカラードの社長(薙原晶)宛てに、撮影依頼のメールを出したのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 という訳で、カラード社長室。

 依頼メールを見た晶は、少しばかり考え込んでいた。

 

(雑誌のモデルかぁ。あの子達もこういうのに憧れたりするのな?)

 

 彼としては、余り乗り気ではなかった。元が良いので見栄えはするだろうが、こういう事をさせる為に引き取った訳ではないのだ。

 だがその一方で、何事も経験という思いが過ぎる。彼女達には彼女達の考えがあるだろう。全て保護者の一存で決めてしまうのは、何か違う気がしたのだ。

 

(ちょっと話してみるか)

 

 時計を見れば18時過ぎ。

 皆、食事中というところだろうか? 連絡を取るにしても、少し遅い方が良いだろう。

 なので全員に、「1時間後に話しがある」とメッセージを送っておく。

 そうして1時間後、晶の前には8枚の空間ウインドウが展開していた。

 

『みんな忙しいだろうに、すまないな』

『気にしないで下さい。お義兄様からのメッセージです。応えない者などいません』

 

 クロエの言葉に、他の義妹達も肯いていた。

 

『そこまで堅苦しい話じゃないんだ。ただ俺のところにこんな依頼が来てな。こういうのはお前達にとってどうなのかなって思ってさ。単純に話を聞きたかっただけなんだ』

 

 晶がデータを送ると、義妹達の前にもう1つ空間ウインドウが開いた。

 内容は雑誌のモデル依頼だが、金銭的な報酬は無し。撮影に使った服や靴、アクセサリーのみ協力してくれたお礼として渡す、というものだった。

 

『まぁ』

 

 義妹の1人が、驚いたような声を漏らした。

 他の子達も、文面をじっくりと見ている。

 

『お義兄様は、どう考えているんですか?』

 

 義妹の1人が尋ねてきた。

 長い黒髪をお団子ツインテールにした子で、年齢不相応な胸部装甲の持ち主だ。

 

『高額な報酬が発生するなら問答無用で断ってたけど、撮影に使用した服を貰う程度なら良いかなって思ってる。服の総額は抑えさせてもらうけどな』

 

 良くも悪くも、金が絡むと人は変わる。

 仮に高額な報酬を貰った場合、彼女達の学校生活に良くない影響を与えるだろう、というのが晶の考えだった。

 

『なら、やってみようかな』

『わたしも~』

『あ、わたしも』

『可愛い服あるかな。私も』

『私も参加するわ』

『同じく』

『なら私も』

『みんな、お義兄様に恥をかかせないようにね。私も参加するわ』

 

 最後にクロエが締めて、全員の参加が決まった。

 

『そっか。全員参加か。なら先方にはそう伝えておく。羽目を外し過ぎないようにな』

『あ、お義兄様。も、もしも時間があったら、撮影には来られるのですか?』

 

 義妹の1人が、気恥ずかしそうに確認してきた。

 

『最初からは無理かもしれないけど、急な予定が無ければ顔を出そうと思ってるよ』

 

 この返答により、義妹達にとって撮影会は絶対に手の抜けないイベントになった。

 お義兄様が直接見に来るのだ。無様な姿など晒せるはずもない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日、とある弱小企業の企画室。

 

「おい、本当にオーケー出たぞ。しかも全員だ」

「わぁお。1人2人出れば御の字と思ってたけど、全員か。腕が鳴るなぁ」

「俺、早速スポンサーについてくれるところ無いか電話してくるわ」

「頼む。俺はスタジオを押さえる。いや、待てよ。外の方が見栄えするか? 海? 山? 都会? まぁいいや。全部計画にブチ込んで企画書出しちゃえ」

「全部はやめとけって。あまり盛った企画にして、お嬢さん方に引かれたらどうするんだよ。初めは軽めな感じにしようぜ」

「あ、そっか。ギャラ無いし、お手軽感あった方がいいよな。ならスタジオだけにしとくか」

「その方が良いと思う」

「よし、じゃあその方向で」

 

 トントン拍子に話が進んでいく。

 が、カメラヲタク君(髭面オヤジ)モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)の苦労はここからだった。

 昼過ぎ頃から、会社の電話がひっきりなしに鳴り始めたのだ。

 しかも普段であれば、自分達など相手にされない大御所ばかりから。

 2人は少しだけ電話が鳴りやんだところで悪態をついた。

 

「おい、なんでこんなに電話かかってくるんだよ!!」

「知らねぇよ」

「お前何社に電話したんだ?」

「10社くらいだけど」

「もう100社くらい電話受けてる気がするんだけど、気のせいか?」

「気のせいじゃねぇな。っていうかちょっと休みたい」

「俺もだ」

 

 時計を見れば、既に15時過ぎ。昼飯を食ってから電話対応しかしていない。

 2人は心底一服したかったが、次から次へと鳴る電話が、タバコに火をつける時間すら与えてくれなかった。

 そうしてノンストップで働き続け18時頃。ようやく電話対応が一段落した。

 

「お、終わった………」

「もう鳴らないよな?」

「俺、一生分電話とった気がする」

「俺も」

「だけどあの子達スゲェな。ちょっと他に電話しただけでコレだぜ。どんだけ注目されてるんだよ」

「可愛い、美人、オッパイは平均からデカいまで選り取り見取り。腰は細くて足はスラッと長い。身長も高めからちょっと低めまで揃ってる。殆どの年齢層を狙い撃ちできる超優良物件だからな」

「更に英雄が保護者だもんな。そりゃ注目するか」

「でさ、着てもらう服はどうする? このままだと200着くらいは準備されそうなんだけど」

「それ最低ラインだよな?」

「ああ。下手したらもっと」

「そんなに準備されたらこっちが死ぬ。………よし。各社1着限定で、先に写真送ってもらってパンフレットにするか」

「パンフレットにしてどうするんだ?」

「着る服は、その中から本人達に選んで貰おうかなって」

「なるほど。あ、でも拙いかな?」

「何が?」

「いやな。申し込んできた企業的にはさ、服を着てもらえない可能性があるってのは納得しかねるんじゃないかなぁって」

「別に問題無いだろ。心配なら予め『申し込み多数につき、着用されない可能性があります』って言っておけばいい」

「それで相手が納得するか?」

「させる必要なんてないじゃん。無理に押し通して、英雄が保護者のお嬢様達に無理させるか? 幾ら大御所様だって、そんなこと出来ないって」

「あ~、確かにそうか」

 

 話が一段落した2人は揃ってタバコに火をつけた。椅子に寄りかかり、ボーッと天井を見ながら一服し始める。暫し無言の時間が流れたところで、モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)が口を開いた。

 

「ところでさ、お前どんな写真撮る気なんだ?」

「まだハッキリとは決めてないけど、なんで?」

「いや、そろそろ夏だろ。って事は薄着&水着は定番だし、どんなのを考えてるのかなって」

「流行りどころは押さえるけど、何かもう一押しインパクトが欲しいって思ってる」

「どんなのだ?」

「考え中。こう、なんて言うか、ビビッとくるものが欲しいなぁ」

「そっか。なら、こんなのはどうだ?」

 

 この後、2人のヲタクは遅くまでアイデアを練り続けた。

 片や被写体を美しく撮る事に情熱を燃やすカメラヲタク君(髭面オヤジ)

 片やモデルという素材を美しく見せる事に情熱を燃やすモデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)

 趣味を生き甲斐にして人生突っ走ってきた奴らだけに、時間経過など関係無い。

 時計の針が1周し、2周し、くるくる回って朝日が昇り始めた頃に、ようやく話が纏まるのだった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして一週間程が経った休日。

 とある街中の小さなスタジオでは、2人のヲタクがモデル達を待っていた。

 

「なぁ。今更だけど来てくれるかな?」

「来るって。オーケーの返事貰ってるだろ」

「いや。なんか夢みたいでさ。もしかしてドッキリなんじゃないかって」

「心配し過ぎだ。って言ってる傍から来たぞ」

 

 まず一番初めに来たのはクロエ・クロニクルだった。

 しかもIS学園の制服姿!!

 マニアの間ではSSR級にレアと言われ、この姿を写真に写してオークションにかけるだけで、ちょっとしたお小遣いになるだろう。

 が、変なところで潔癖な2人は、そんな欲望をあっさりと跳ね除けた。

 モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)が口を開く。

 

「今日はお忙しい中、ありがとうございます」

「こちらこそ撮影の事など何も知らない素人ですが、宜しくお願いします」

 

 クロエも一礼して答え、更に続けた。

 

「サングラスを着けたままですが、ご容赦下さい」

「はい。眼の事は知っていますので、お気になさらず」

「ありがとうございます」

 

 モデルヲタク君は、心底惜しいと思った。

 これで漆黒の眼球という特徴さえ無ければ、この子の将来は薔薇色だっただろう。

 だがそんな思いは、すぐに消えていった。自分の仕事は同情する事では無い。この最高の素材を最高に輝かせることだ。

 

「いえいえ。では………義姉妹でいいでしょうか? 皆さんが到着するまで、こちらのパンフレットを見てて下さい。取り寄せてある服の一覧が写真付きで載ってます」

「丁寧にありがとうございます。では、早速見せて頂きますね」

 

 近くの椅子に腰掛けたクロエが、早速とパンフレットをめくっていく。これを見てヲタク2人は、瞬間的なアイコンタクトを交わした。

 

(おい相棒。なんか座ってパンフ見てるだけなのに恐ろしく様になってるんだが)

(ああ。背筋がスラッと伸びてて、これだけで絵になるな。ヤバイ。スゲェ写真撮りたい)

(我慢しろ。というか、茶の一杯も出さないってのは失礼だな。ちょっと出すか)

(あんなお嬢様の口に合いそうな上等なやつ、ここにあったか?)

(こういうのは気持ちだよ、気持ち)

(お前、偶には良いこと言うな)

(偶には余計だ)

 

 以心伝心レベルの恐ろしく高度なアイコンタクトが交わされたところで、義姉妹達が続々と集まり始めた。

 皆、どういう訳か制服姿だ。

 そして制服など何処も同じようなもの、と思うこと無かれ。マニアの間では、制服にも厳然たるランクが存在する。

 トップを独走するのはIS学園。知名度に加え、純白に赤いラインと黒をアクセントとしたデザイン性の高さ、カスタム自由という特性も相まって、ズバ抜けて高い評価となっていた。だがこれは、他の制服が劣るという意味ではない。

 良いデザインの制服は他にもあるのだ。

 例えば昔ながらのセーラー服でも、色や細部のデザインを変更することで、マニアの間ですら高評価となっているものは幾らでもある。また学校によっては他と差別化するべく、ノースリーブワンピースにブレザー(※1)という斬新なデザインを売りにしている学校もあった。

 

 閑話休題。

 

 集まったクロエの義姉妹達を見て、ヲタク2人は息をのんでいた。

 写真で見て知っている気ではいたが、実物はやはり違う。本当に皆レベルが高い。

 例えば今クロエと何かを話しているお団子ツインテールちゃん。名前は冬祭(ふゆまつり)真理(まり)(※2)。幼い表情とは裏腹に、胸部から腰、臀部へのラインは扇情的極まりない。制服という体の線が分かり辛いものですらコレなのだ。もう少し分かり易い服装なら、どれほど魅力的になるだろうか?

 例えば今ポッキーを食べている金髪ロングの子。名前はアルベ・フィーリア(※3)。利発そうな表情と高い腰の位置、起伏に富んだ曲線は、どんな服を着ても見栄えするだろう。

 例えばクロエに後ろから抱きついている甘栗色の髪の子。名前はリルナ・メフィールド(※4)。ふわっとした温厚そうな表情からは、天然そうな雰囲気を感じる。だがスタイルの方は、とても生意気そうだった。

 

(………いいな。他の子達も、撮り甲斐がありそうな子ばかりだ)

 

 実物を見た事で、カメラヲタク君(髭面オヤジ)の脳内にはインスピレーションが閃きまくっていた。

 だが焦ってはいけない。

 相手は素人なのだ。プロに要求するようなやり方をしてしまっては、上手くいくものも上手くいかない。

 ここはまず、モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)のお手並み拝見といこう。

 そんな事を思っていると、相棒が出てきた。人数分のティーセットとケーキが準備された給仕用の台車(コスプレ用品)を押して、彼女達に近づいていく。

 

「皆さん。今日はお集り頂きありがとうございます。これから撮影ですが、その前にお茶でもどうですか?」

 

 プロ相手ならこんな事はしないが、相手は素人。

 リラックスしてもらうための一芝居だ。

 そうして少女達に紅茶とケーキが配られていくと、あっという間に騒がしくなり始めた。

 これが着たい。どれが似合いそう。これとこれを組み合わせたら可愛くなりそう。年頃の女の子達らしい会話が、暫し続いていく。

 

(おい、そろそろ良い感じじゃね?)

(だな。声かけてみるわ)

 

 以心伝心なアイコントを交わした2人は、撮影の準備に入った。

 カメラヲタク君(髭面オヤジ)がそれとなくカメラの準備を始め、モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)が声をかける。

 

「服と更衣室はあちらになります。気に入ったものがあればどうぞ」

 

 指し示された部屋の中には、所狭しと商品が並べられていた。

 服は一般的なカジュアルなものから、フォーマルなものまで多彩に取り揃えられており、それに合わせられるように、靴やアクセサリーも準備されている。

 更にヲタク2人は、服にちょっとしたアクセントを混ぜ込んでいた。

 流行りばかりを追いかけてはつまらないと、各国の民族衣装も(自腹で)準備していたのだ。

 日本であれば着物、中国であればチャイナ服、ロシアであればサラファン、インドであればサリー等々。実に様々な種類の服を準備していた。

 そしてコレが大当たりだった。

 物珍しさから真っ先に着られ、更衣室の中で義姉妹達の話のネタにされていく。

 

「クロエ、銀髪に着物ってなんか凄く不思議な感じ。でも似合ってる」

「そういう真理(※2)こそ、黒いチャイナドレス似合ってるわ」

「そうかな? ありがとう。でもこれ、胸がちょっとキツイの」

「それ、私の前で言う?」

 

 ちょっとだけジト目になるクロエ。

 彼女の密かな悩みは、胸部装甲が平均値よりも少しばかり薄い事だった。

 他人から見たら年相応なのだが、恋する乙女にとって“少し”というのは、果てしなく遠いとイコールだ。

 

「クロエってば気にし過ぎだよ」

「だって………」

 

 羨ましそうな表情で、たゆんと揺れる胸部装甲を見るクロエ。持つ者と持たざる者の残酷な差だ。

 だが本人は知らなくとも、将来は既に決まっていた。“遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)”が成人した際のスタイルは、起伏に富んだボディラインを持つナイスバディ確定である。

 だから悲観する事は全く無いのだが、今を悩む本人にとっては関係無いだろう。

 

「もう。お義兄様がそんなの気にしないのは、クロエが一番知ってるでしょ」

「そうだけど………」

 

 愛しい人の好みに近づきたいというのは、誰しも思う事だろう。

 そんな話をしていると、別の子が近づいてきた。

 来た時にポッキーを食べていた金髪ロングの子。アルベ・フィーリア(※3)だ。

 着替え途中なのでピンクのショーツに肌が透ける程に薄いキャミソールだけという姿で、片手にロシアの民族衣装サラファンを持っている。

 

「ほ~んと、クロエってば心配性よね。IS学園にまで追いかけて行ったっていうのに。そんなに見放されるのが心配なの?」

「そんなことないわよ。これっぽっちも心配なんてしてないわ」

「なら良いじゃない。大体、何の見返りもないのに私達を拾って、これだけの生活をさせて、育てて、話も聞いてくれる人なのよ。あの人がその気なら、とっくに私達は終わってるわ」

「そんなの分かってる。ただあの人の周りって、綺麗な人が多いから………」

「なら諦めるの?」

「冗談言わないで」

「でしょ」

 

 こんな話をしていると、先に写真を撮っていたリルナ・メフィールド(※4)が更衣室に戻ってきた。ふわっとした温厚そうな顔をしているが、義姉妹達は知っている。彼女は小悪魔系で、スタイルも生意気そのものなのだ。

 しかも今彼女が着ているインドの民族衣装サリーは、熱帯気候で着られるものだけに薄手かつ体の線が出やすい。大きめの胸部装甲は薄手の生地をピッと引き延ばし、無言で存在感を主張していた。それでいて高い腰の位置は、否応なくスカートに隠れた足の長さを連想させる。

 だが小悪魔系ではあっても、クロエを義姉と慕っているのは他の子達と同じであった。

 見た目的には逆かもしれないが、生体パーツ候補という本当に怖かった時の彼女の頼もしさが、自然とクロエを姉という立場に位置付けていた。

 

「クロエお姉ちゃん。また悩んでるの? 前も言ったけど、そんなに悩んでるなら、迫っちゃえばいいじゃない。きっと受け入れてくれるよ」

「あ、貴女はどうしてそういう言葉がポロポロ出てくるんですか。はしたない」

「絶対いっつも考えてるクセに。ムッツリスケベ」

「か、かか、考えてません!!」

「本当? 冷静沈着なお姉ちゃんがタジタジって事は、絶対考えてると思うな。言いふらさないから、ちょっと白状してみようか。ね」

 

 IS学園1年生の中では冷静沈着クールビューティで頼られる事の多いクロエだが、気心の知れた義姉妹達にかかれば、たちまちポンコツお姉ちゃんに早変わりだった。

 

「だから、白状も何も考えてないからね」

「でも役に立ちたくてIS学園に行ったんだもんね」

「そうよ」

「なら将来、役に立つイメージもしてるよね? 例えば秘書としてあの人の傍らに立って、オフィスラブとか」

「どうしてそういう方面にばっかり行くのよ!!」

「だって、ねぇ。ポンコツお姉ちゃんがトロトロのデレデレになるのが楽しみ………ううん。思いを遂げるを見たいなぁって」

「今、本音が90%くらい漏れてたわよね?」

「気のせい気のせい。1%くらいだよ」

 

 こんな感じで義姉妹達が仲良くやっていると、全員の携帯に同時にメッセージが入った。

 偶然携帯を手にしていたクロエが見ると、送信相手はお義兄様(薙原晶)

 内容は、『後5分くらいでそっちに着く』だ。

 

「みんな。後5分くらいでお義兄様がいらっしゃるわ」

 

 クロエの言葉に義姉妹達の表情がほころび、服選びに熱が入り始める。一番可愛い自分を見て欲しい、という共通の思いからだ。

 だが見向きもされない衣装が一種類だけあった。水着だ。

 時期的には定番中の定番で、スポンサー企業的には是非とも着て欲しいのだが、彼女達にとっては違っていた。

 見て欲しい相手には直接見せる。他の大多数に見せるものではない。

 乙女の肌は安くないのだ。

 そしてあっという間に時間が経ち、スタジオに晶が現れた。

 義姉妹達は全員で出迎え、クロエが代表して口を開く。

 

「お義兄様。お忙しい中、来てくれてありがとうございます」

「そんなにかしこまらないでくれ。ちょっと見に来ただけなんだ」

 

 何でもない事のような返事だが、義姉妹達は皆知っている。

 英雄である彼と面会を望む者は限りなく多い。世界を動かす本当の権力者達が、彼に面会を“申し込む”のだ。会って下さいと来る中で、自分達の為に時間を割くというのがどれほどの事か、分からない義姉妹はいなかった。

 

「今、お茶を用意しますね」

「不要だよ。それよりも、お前達の撮影シーンが見たいな」

 

 こうして晶がいる中で、撮影が再開されたのだった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 普通の感性なら、英雄の前で撮影する事に緊張してしまうのかもしれない。

 だが自分のやりたい事だけをやってきたヲタク2人にとっては関係なかった。

 むしろ―――。

 

(おおっ!? さっきの表情も良かったけど。今の方が良いな!!)

 

 テンションアゲアゲ天元突破で写真を撮りまくっていた。

 インスピレーションがドパドパただ漏れで、撮りたい写真の構図が次々と浮かんでくる。また2人の連携も素晴らしいものだった。同じような趣味を持つヲタク2人だからこそ通じる以心伝心なアイコンタクトで、シュパッと必要なセットが用意され、モデルに適切なポーズが指示され、ベストなタイミングで次々とシャッターが切られていく。

 人間的には少々アレな2人だが、ここだけを見れば完璧にプロの仕事であった。

 そうして順調に撮影が進んでいき、ついつい最後までいてしまった晶は、ついでとばかりに男2人に話し掛けた。

 

「写真撮影お疲れ様です。ちょっといいですか」

「へ? あ、はい。なんでしょうか?」

 

 まさか話し掛けられるとは思ってなかったモデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)が、少しばかりビビリながら答えた。

 

「今日撮られた写真って、雑誌に載るんですよね?」

「ええ。その予定です。でも彼女達は素晴らしいですね。こちらの意図を即座に理解して柔軟に表情やポーズを変えてくれる。プロの子でも中々難しいのに」

「指示が良かったからでしょう。で、ちょっとお願いなんですが、雑誌に載せる時、俺の名前や俺と関係があるような紹介は一切しないでくれませんか」

「えっ!? それは、どうしてですか?」

 

 純粋に発行部数を稼ぐ、という意味では大きなマイナスだった。

 彼女達自身も非常に魅力的だが、英雄が引き取った子達というのも大きな宣伝効果を見込める部分なのだ。スポンサーが良い顔をしないのは、容易に想像できる。

 

「本人達が本気でモデルをやるっていうならまだしも、今回は彼女達の経験の一環としてオーケーしただけなんだ。そんなのに、俺は自分の名前を使わせたくない」

「それは、この場では何とも。スポンサー様に聞いてみない事には………」

 

 極々一般的な対応であった。

 雑誌の発行は自分達の会社で行うが、スポンサー様の意向は決して無視できないのだ。下手に機嫌を損ねれば、弱小企業だけに仕事を干されて倒産まっしぐらというのも、十二分にあり得る。

 

「だろうな。だからスポンサーに今回の写真を送る時に、必ず今の言葉も添えて欲しい」

 

 モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)は内心でホッとしていた。

 彼の言葉として伝えられるなら、自分達の負担は限りなくゼロだ。

 大御所スポンサー様に睨まれる事も無いだろう。

 

「わ、分かりました。ところで、1つ確認しても良いですか」

「なにかな?」

「もし今回、貴方の名前を使わなくても売り上げが良かった場合、もう一度写真撮影を依頼しても良いですか」

「………彼女達次第だな」

 

 先ほど経験の一環と言っていたから、保護者としては乗り気でないのだろう。

 だが言質は取れた。これで上手く行けば、次の仕事に繋げられる。

 モデルヲタク君(やせっぽち眼鏡)は、もう一度内心でホッとしながら頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 この後、晶は義妹達と暫しの会話を楽しみ、ついでに夕食も一緒に食べてから帰ったのだった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして後日。

 クロエはIS学園寮の自室で、とある雑誌を見ていた。

 普段は買わない雑誌だが、自分達の写真が載っているという事で買ってみたのだ。

 

(みんな、綺麗に映ってるわね)

 

 各国の民族衣装に始まり、季節柄を押さえた流行りものまで。

 少々スカートが短かったり胸元が広いのもあるが、まぁ一般常識の範囲内だろう。

 パラパラと捲っていると、義姉妹達から連絡があった。全員参加の双方向通信だ。

 テレビ電話の前に移動し、スイッチオン。

 これはお義兄様が義妹達にくれたもので、立体映像による多人数双方向通信を可能にするハイエンドタイプだ。

 

『クロエお姉ちゃん。今大丈夫?』

『ルームメイトはシャワー中だから大丈夫よ』

『良かった。ねぇ、見た?』

『見た。みんな綺麗に写ってたわね』

『お姉ちゃんもね。色々騒がれたんじゃないの?』

『私の方はそうでも無いわ。お義兄様に引き取られたっていうのがバレてるから、「クロエだもんね」くらいで済んじゃってる』

 

 IS学園の生徒、例えば専用機持ち等はメディアへの露出が非常に多い。そのせいか有名人=メディアと関係がある、と極々自然に認識されているところがあった。このため多少写真について言われる事はあるが、日常会話の範囲内だ。殊更何か騒がしくなった感じはしない。精々が、これからもっとこういうのが増えるね、という程度だ。

 だが、他の子達は違うようだった。

 

『羨ましい』

『どうして?』

『こっちは凄いの。友達もこの話ばっかりで、芸能人と知り合いになれるねとか。近寄ってくる男の子も増えちゃって。今日なんて全然話した事もないサッカー部のキャプテンが来たんだよ。友達になろうって。顔はそれなりだけど、気持ち悪い』

『そういえばリルナは共学の学校だったもんね。何とか出来そう?』

『それは大丈夫。護衛もついてるし。ただ、気持ち悪いだけ』

 

 晶が引き取った子達には、例外なく専属の護衛(女性)が張り付けられていた。

 IS学園という鉄壁のセキュリティに守られているクロエにも、外出する時には付けられている。

 “世界最強の単体戦力(薙原晶)”の身内というのは、悪い事を考える連中にとっては非常に利用価値があるからだ。

 流石にISは投入されていないが、護衛にはパワードスーツ(YF-23)が支給され、並大抵の相手ならどうとでも出来る体制となっていた。

 

『何かあったら、遠慮なく話してね。身の危険を感じたら、お義兄様に直接連絡しても良いし』

『うん。そうする』

『皆は大丈夫?』

 

 クロエは皆に確認した。

 すると雑誌は今日発売したばかりなのに、出てくる出てくる。

 だが世の中、リルナに迫ったクズキャプテンのような男ばかりではないらしい。

 中肉中背フツメン男子が、校内ヒエラルキー最上位クラス男子から守ってくれた、なんて話もあるようだった。

 ちなみに守られたのはアルベ・フィーリア。

 相手はクラスで隣の席に座る男子ということ。

 そしてこの話を聞いた義姉妹達の目が、キュピーンと光った。

 こんな面白そうな話は、確実に共有しておく必要があるだろう。

 質問という名の尋問が始まるのだった―――。

 

 

 

 ※1:ノースリーブワンピースにブレザー

  元ネタは魔法科高校の劣等生

 

 ※2:冬祭(ふゆまつり)真理(まり)

  元ネタは冬月 茉莉(とうげつ まつり)。

 

 ※3:アルベ・フィーリア

  元ネタはTony'sヒロインコレクション 「フェアリー★ガーデン」 アナベル

  

 ※4:リルナ・メフィールド

  元ネタはシャイニング・レゾナンスのリンナ・メイフィールド。

 

 

 

 続く?

 

 

 




番外編はオリキャラ要素が非常に強いのですが、楽しんで頂けたなら幸いです。

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