インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、モブさんの死亡者数が半端ではありません。
でも絶対天敵と呼称されるくらいなら、これくらいの被害はあってもいいと思う作者です。


第145話 絶対天敵(イマージュ・オリジス)

 

 後の世において、中国の新疆ウイグル自治区喀什とカナダのサスカチュアン州アサバスカは、よく比較対象として用いられるようになっていた。

 何についての比較か?

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼称される敵性存在への対処方法についてである。

 両国が立案した対処方法は、実のところ途中までは全く同じだったのだ。だが被った被害には天と地程の開きがあった。

 大きいとは言え、200メートル級の降下船一隻の降下を許しただけで、である。

 では何が違っていたのか?

 繰り返すが、両国とも途中までは全く同じ考えだったのだ。

 自国内という地の利を生かし、通常戦力、巨大兵器、IS、近隣の動員可能な全戦力を集結させ、最大火力と物量をぶつけて叩き潰す。戦力を集結させる為に多少時間を与えてしまうかもしれないが、相手に補給の当てが無い以上、敵の戦力が増える心配は無い。よって投入可能な戦力をしっかり集めてから攻撃することで、リスクを最小にするという考えだ。無論、毒性物質などを散布されては堪らないので、敵が動き始めたら即座に攻撃を仕掛けられるように準備されていた。

 これは人類が戦争で積み重ねた戦訓と照らし合わせても、決して間違ってはいないだろう。やり過ぎて木っ端微塵になる可能性はあったが、破片からでも技術解析はできる。敵の耐久力もイギリスの対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)で、エネルギーシールドを抜いて物理装甲にもダメージを与えたのだから、大まかに逆算できる。決して、勝算が無かった訳ではないのだ。

 違ったのは、ふと疑問を抱いた科学者がカナダにはいたこと。

 この一点だった。

 その疑問は何か?

 広大な宇宙で版図を広げる存在がいたとして、補給船を待つなんて事が現実に可能なのだろうか、というものだ。

 人類の常識に照らし合わせれば、戦線があるなら補給線が存在し、兵站という概念がある。

 だが宇宙は広い。光の速さですら移動には年単位の時間が必要だ。ワープ航法が実用化されていたとしても、必要な物資を毎回毎回運ぶとなれば、労力は計り知れない。なら現地調達出来たなら………更に考えを推し進めれば、現地ではどんな機材が必要になるのかも分からない。なら現地で材料を調達して生産出来れば、無駄が無いだろう。

 現代の常識を幾つか吹っ飛ばした科学者故の発想であり、徹底的なリアリストである軍人には出来ない発想だ。

 この科学者も、自信があった訳ではない。

 ただ未知の事態に、「こんな可能性もあるんじゃないですか」という事を、偶々軍にいた知人を通して伝えただけだ。

 結果として、この行動がカナダを救った。

 平時であれば、冗談として笑い飛ばされていただろう。しかし異文明からの侵略者という現実が、それをさせなかった。助言を受けた軍人は可能性の1つとして上官に伝え、上官は未知の存在を我々の常識に当て嵌めるべきではない、と更に上の上官に伝えていったところ、話がカナダ統合作戦軍司令部まで伝わったのだ。

 そこで参謀達は、ある可能性に思い至る。

 仮に、仮にだ。敵が生産能力を持っていたとして、今最も必要なのは何か? 時間だ。

 敵は今、厳重な監視下にある。

 人類の常識とはかけ離れた、ラクビーボールが地面に突き刺さったような形で着陸し、そこから微動だにしていない。

 動きがあればすぐに分かる。偵察衛星、航空機、パワードスーツ、ありとあらゆる距離から、機械だけではない、人間の目でも監視している。どれかが誤魔化される可能性はあるが、全てを掻い潜るのは至難の業だろう。

 本当に? 電波欺瞞の技術は人類も持っている。光学迷彩も実用化されている。最新のステルス技術では、空間潜行によって電波的・光学的探査をすり抜ける方法まである。宇宙という大海原を渡ってくる連中が、それらを上回っていないという保証があるのか? 無いだろう。

 参謀達は時間を確認した。

 タイムスケジュール通りなら、動員戦力の集結完了まで、後15時間ある。待つか? 待たないか? 集結完了まで待てば、IS8機、巨大兵器RAIJINが3機、他にもパワードスーツ、戦車、砲兵といった各部隊の配置が数個大隊規模で完了する。航空戦力も最寄りの空軍基地に集結中だ。

 そして敵の主兵装と思われるレーザー兵器の性能は、宇宙でNEXTや代表候補生達が戦ってくれたお陰で既に知れている。射程距離だって仮に距離減衰を考えないで水平線まで全て射程圏内だったとしても、全高が200メートルと分かっている以上、反撃可能距離は精々50キロ程度と分かる。

 これに対し砲兵が使用する自走多連装ロケット砲HIMARS(ハイマース)の射程は、曲射弾道のため100キロを超える。つまり水平線という絶対の盾に身を隠したまま、一方的な攻撃が可能なのだ。

 また敵のサイズを考えれば歩兵に相当する物が搭載されているかもしれないが、その時はISやパワードスーツ、戦車部隊の出番だった。

 考えられる限りの対策はしてある。

 後は時間だけなのだ。時間さえあれば、戦力を集中させて間違いなく叩き潰せる。敵がすぐに動かない理由が不明だが、喧嘩を吹っかけてきた相手に遠慮する必要は無い。黙って動かないというのなら、こちらは遠慮なく準備して全力で殴らせて貰う。

 これは軍人として、何も間違った考えではないだろう。

 だが敵の不気味な沈黙が、参謀達の不安を煽る。

 

 ―――何か見落としているのではないか?

 

 何も見落としてはいない。

 人類側は今この瞬間まで積み重ねた知識と経験を、間違いなく生かしていた。しかし残念な事に、知識と経験の積み重ねは、敵側にもあるのだ。

 敵は他の星々を侵略した経験から、一定水準にある知的生命体の行動パターンには、ある程度の類似性がある事を理解していた。今回の場合で言えば、戦力の集中投入である。

 

 ―――だから敵は、それを利用する。

 

 侵略の邪魔になる敵が集まってくれるなら好都合だ。纏めて叩き潰せば、暫く反撃は無い。

 理性的な存在が大ダメージを受ければ、次の行動は高確率で様子見となるのだから。

 

 ―――だから敵は、待っているのだ。

 

 十分な戦力が集結するのを。

 異文明を侵略した経験の無い人類が、この行動ロジックに気付くはずもない。

 

 ―――だから明暗を分けたのは疑問だった。

 

 積み上げた知識と経験に従い、集結を待った中国。これに対しカナダは、集結率が7割を超えた時点でISによる強行偵察を決定した。理由は「侵略者が侵略目標に降下してきて動きが無いのは不自然である。我々の監視が未知の技術で欺かれている可能性もある。よって機動力と防御力に優れたISで接近し、詳細な情報を収集する」というものであった。

 そして今回の一件は世界的な事件であるため、他の国々にも行動を起こす事が伝えられていた。反対意見が無かった訳ではないが、敵が動かない事は他国も不自然に思っていた為、偵察情報の速やかな共有を条件に賛成していた。

 何も、何も問題は無い。

 人類は東西の垣根や今までの不仲な歴史を乗り越え、理性的に行動する事が出来ていた。人類は手を取り合えるという素晴らしい例だろう。

 しかし、良い行いが常に最良の結果を導くとは限らない。

 敵は宇宙での戦闘で学習していたのだ。

 人型サイズの戦闘体(IS)が、自身を撃破しうる高脅威目標であると。情報共有も行われていた。電波というアナログな技術ではない。ISのコアネットワークとは似て非なる未知の方法で、人類には知られないように、4隻の降下船は情報共有を行っていたのだ。

 このためカナダの降下船がISの接近を感知した段階で、地球に降下した4隻は戦闘態勢へと入っていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 カナダの部隊集結率が7割を超えたのは、サスカチュアン州アサバスカの現地時刻で、14時25分のことだった。天候は雲一つ無い快晴で、見晴らしは極めて良好。強行偵察に投入されるISは4機。パイロットは最精鋭。2人1組(ツーマンセル)で東西から挟み込むように接近する予定であった。小隊編成(4機編成)で纏まって接近しないのは、未知の攻撃で一網打尽にされるリスクと情報を持ち帰る為の生存性が考えられた結果だった。

 司令官が告げる。

 

『作戦開始』

 

 司令部の大型モニター上で、ISを示す4つの光点が動き始めた。

 表示されているMAPの東西から、中央の降下船を示す座標へと向かっていく。

 静寂の中、誰もがモニターを凝視している。

 何も無ければ良い。新たな情報を持ち帰れればなお良い。敵の攻撃があったとしても、ISなら生還出来るだろう。砲撃部隊も水平線の向こう側で攻撃準備を完了している。戦車やパワードスーツ部隊だって、前進可能な状態だ。巨大兵器RAIJINは空中待機しているし、他の航空部隊だって、いつでも緊急発進(スクランブル)出来るようにしてある。

 宇宙での戦闘データを見る限り、十分に撃破可能な戦力が揃っている。

 これだけの戦力が揃っているのだから、大丈夫なはずなのだ。

 だが異文明との戦闘経験が無い人類には分からなかった。

 星々の海を渡り侵略してくるような連中が、どれほどの戦闘能力を持っているのか。

 

 ―――虐殺の幕が上がる。

 

 敵が動いたのは、強行偵察のISが10キロ圏内まで近づいた時だった。

 降下船の一部が開き、直径1メートル程の球体が14個、直上に打ち上げられた。高度10000メートル程まで上昇し、ピタリと静止する。

 自前の監視衛星で現場をモニターしていた束は呟いた。

 

「やっぱりあったんだ………」

 

 計測されているエネルギー反応は、降下船がレーザーを屈折させた特殊なフィールドと同じもの。つまりアレは、呼び方は色々あるだろうが、分かりやすく言えばリフレクタービットだ。1回屈折出来るなら、2回も3回も同じだろう。

 宇宙で使わなかった理由は、恐らく速度だ。本体ほどの推進力は無いだろうし、降下の為にかなり速度が出ていたから、展開しても有効利用できないと判断したのかもしれない。

 しかし今は違う。移動していない今なら精密照準も可能だろうし、移動にエネルギーを割かなくて良い分、武装にエネルギーを供給できる。

 そして高度10000メートルなら、水平線までの距離は約378キロにもなる。

 言うまでもなく、集結中の全部隊が射程圏内だ。

 加えてエネルギーシールドを持っているのはISと巨大兵器のRAIJINのみ。他は全て通常戦力。低出力レーザーで撃たれただけで撃破されてしまう。

 

「終わったね」

 

 後は敵の索敵と目標捕捉能力がどれくらいかだが、そこに期待するのは望み薄だろう。

 束は集結中の部隊が、一方的に狙い打たれ全滅する光景を想像したが、現実は少し違っていた。

 カナダには2つ、幸運があったのだ。

 1つは敵が、宇宙での戦闘でISを高脅威目標と認識していたこと。もう1つが強行偵察に投入されたISパイロットが、即座にリフレクタービットの撃破を決断したこと。これにより攻撃の半数以上がISに集中したお陰で、通常兵器群の損害が減り、先制攻撃を生き残った部隊が反撃出来たのだ。

 そして支援を受けたIS部隊は多大な損害を出しながらもリフレクタービットを撃破していき、リフレクタービットが減った分だけ、味方の損害が減っていく。そうして最終的には残り4機のISも投入され、辛うじて降下船の撃破に成功するのだった。

 だが支払った代償も大きかった。

 集結した通常戦力の87%を喪失。巨大兵器RAIJINも大破2、中破1。最前線で戦ったISに至っては8機全て大破。コアにもダメージが入った挙句、パイロット6名が意識不明の重体、最後まで戦い抜いた2人も重症である。どれほどの激戦だったのかは、容易に想像できるだろう。

 

 ―――これで、幸運だったのだ。

 

 カナダから偵察情報を得るという事で待機していた中国軍は、降下船のレーザー攻撃をモロに受ける形となってしまった。

 半径378キロ圏内の全通常戦力が狙い打たれ全滅。エネルギーシールドを持つ巨大兵器も射程距離の差で封殺されて全て大破。高脅威目標と認識されているISに至っては、明らかに集中砲火を浴びせられていた。これにより中国は投入したIS全10機をパイロット及びコアごと喪失してしまう。

 

 ―――だが、本当の悪夢はここからだった。

 

 部隊が全滅した3時間後、中国保有の偵察衛星が敵の新たな動向を捉えた。

 降下船の地下100メートルで、新たなエネルギー反応を感知したのである。同時に、地下を四方八方に掘り進んでいる“何か”が存在する事も判明していた。それは地下を猛烈な勢いで掘り進んでおり、移動経路から蟻の巣状の地下構造物を形成していると思われた。加えて構造物が拡大していくほど、感知されたエネルギー反応は奥深くへと移動していく。

 この行動の目的は、誰の目にも明らかだった。

 敵は拠点を作っているのだ。

 しかも性質の悪い事に、地球側の最高戦力であるISにとって、地下空間は最も戦い辛い場所の1つであった。過剰な火力は下手をすれば崩落を招き、自分自身を生き埋めにしてしまう。大空を自在に舞う優れた機動力も、地下という閉鎖空間では活かせない。

 ここに至って、中国は事態の深刻さを認識した。

 地上を大軍で侵攻してくるなら、まだ戦いようはあったかもしれない。だが地下という閉鎖空間では、あらゆる行動が制限されてしまう。そんな場所で、未知の敵と戦う? 最悪の未来しか想像できない選択だ。

 では中枢と思われるエネルギー反応を直接叩くのはどうだろうか?

 幸い場所は分かっている。降下船の真下だ。だが降下船の真下という事は、降下船をどうにかしなければならない。射程378キロのレーザー迎撃網を掻い潜り、降下船を粉砕して、地下の新たなエネルギー反応を破壊する? 荒唐無稽過ぎる作戦だ。ならICBMはどうだろうか? 自国内への核攻撃など正気の沙汰ではないが、中国軍は大真面目に検討し、結果としてその案を破棄した。敵レーザー迎撃網の命中精度を見るに、まず間違いなく迎撃されるのが明らかだったからだ。同じ理由で、バンカーバスターによる攻撃も却下されていた。

 また現実問題として、近隣の部隊が軒並み全滅している上に、切り札たるISは殆ど残っていない。巨大兵器や通常部隊は再編制でどうにかなるが、それにしたって時間が必要だ。今すぐ投入など出来ない。

 こうして中国軍が手をこまねいている間に、敵は更なる一手を繰り出してきた。

 監視の目が無くなったところで降下船の一部が開き、兵隊と思われるものが40体ほど出てきたのだ。

 大きさは自動車サイズ。地球人的な感覚で言うなら、“カマキリ”が一番良く敵の姿を現しているだろう。

 無機質で非生物的な外殻で構成された前後に長い体。6本の脚のうち、前脚は鎌状で多数の棘があり、中脚と後脚は細長い。頭部は逆三角形で2つの複眼と大顎がある。

 こんな奴らが四方へと散らばって行き、このたった40体の為に中国は、政治的にも多大な出血を強いられる事となった。

 南に向かった10体は通り道にあった街や村の住人を虐殺しつつ国境を越え、発見が困難な山脈地帯を更に南下し、内戦頻発地帯であるジャンムー・カシミールで暴れはじめた。鬱蒼と生い茂る木々が奴らの姿を隠し、1人、また1人と現地の人間が狩り殺されていく。

 西に向かった10体も国境を越えて、タジキスタンで暴れはじめた。中央アジアの中で最も貧しい国の1つだが、人がいない訳ではない。奴らの通り道にあった村や町の住人は尽く狩り殺されていった。

 東に向かった10体は人の気配に引き寄せられたのか、人口200万人を超える中央アジア最大規模の都市ウルムチで暴れはじめた。中国国内の都市なので、平時なら軍がすぐに出動して対応出来たのかもしれない。だが近隣の部隊が根こそぎ壊滅している今、都市を護る戦力は存在しない。軍が到着して殲滅するまでに1万人以上が犠牲となり、更にパニックがパニックを呼び、その10倍以上の死傷者数が出ていた。

 北に向かった10体は国境を越えて、キルギスに足を踏み入れた――――――ところで逆に狩られていた。

 薙原晶(NEXT)ではない。束が手を回した訳でもない。代表候補生達でもなければ、ハウンドチームでもない。

 殺ったのはかつて巨大兵器に敗北し、IS神話に泥を塗ったとして後ろ指を指されていた者だった。

 

『パープルゼロより各小隊へ。状況を知らせなさい』

『α小隊、大破1。α4が負傷していますが、応急手当は済んでいます』

『β小隊、小破1。β3の左腕がステータスイエロー。反応がかなり鈍いです。パイロットに負傷はありません』

『γ小隊、中破2。γ2の右跳躍ユニットがステータスイエロー。γ3は左マニュピレーターが損壊。武器を保持できません。パイロットに負傷なし』

『そう。ならこの場で部隊を再編制するわ。γ小隊の無傷の2名をα・β小隊に振り分けなさい。そしてγ小隊はダメージを受けたαとβの隊員を編入後、後方に下がりなさい。応急手当を受けた者について、復帰の判断は後方のドクターに任せます。他の者は機体修理が済んだら戻ってくること。補給物資も忘れずにね』

『『『了解!!』』』

 

 かつて敗北した者の名は、パルプルス・ファリア。

 キルギス軍所属のISパイロットだ。

 あの後、彼女は経験を活かすという名目でIS学園に呼ばれ、NEXT主催の教導を受けていた。

 そうして帰国すると大尉に昇進の上、新設されたパワードスーツ部隊を任されていたのである。

 

『ところで大尉』

『どうしたの?』

『こいつらやたら硬いんですけど、アレってやっぱりエネルギーシールドですか?』

『そうね。センサーの反応がISと少し違うから、原理は違うかもしれないわ。けど、攻撃を軽減するっていう意味では同じね』

 

 ISの火力なら簡単に倒せる。だがパワードスーツの火力だと、小隊火力を集中してどうにかダメージが入る程度だ。分が悪いどころではない。戦車砲クラスなら十分なダメージも入るだろうが、パワードスーツ並の機動力で動き回る相手だ。直撃させるなら、他部隊との綿密な連携が必要になるだろう。

 

(近づいて殴るしかしてこない相手に、損害4………。こんなのが沢山いたら、正直手に負えないわよ)

 

 彼女の懸念は、後日現実のものとなる。

 拡大していく地下構造物の最奥で、敵は先兵の生産を始めていたのだ。

 また人類は知る由も無い事だが、今地上に出て来ているカマキリモドキは、異文明の戦力の中では最下層に位置するものだった。

 

『隊長。この後はどうしますか?』

『暫くは国境に張り付いて警戒を続けるわ』

 

 一戦交えた後、彼女はすぐに独自の情報収集を始めていた。

 自国の情報部門が余り強くないため、自衛の為にである。

 そしてすぐに情報が欲しい彼女が頼ったのはカラードだった。余り高額な依頼料を払える訳ではないが、あの会社なら払った分の仕事は確実にしてくれる。

 

(流石………と言いたいところだけど、こんな情報知りたくなかったわ)

 

 先ほど送られてきた情報によれば、集結中だった中国軍は敵の先制攻撃で全滅したという。しかも軍事的な意味での全滅(約3割の全滅)ではなく、文字通りの全滅らしい。加えて中央アジア最大規模の都市ウルムチに敵が侵入し、ありとあらゆるものに多大な被害が出ているらしかった。

 

(つまり喀什に降りた敵降下船の行動を遮るものは何も無い、ということよね)

 

 現在キルギス軍も戦闘準備をしているが、その規模は中国軍よりも遥かに小さい。必然的に地形を利用した防御戦闘にならざるを得ない。しかし物量で勝る中国軍すら殲滅してのけた敵に、どれほど戦えるだろうか?

 そんな不安を抱きながら、彼女は国境を護り続けたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 国というのは国益があってこそ初めて動く。

 世界最強の軍事国家であるアメリカも、当初は敵降下船を技術解析して、自国の為に役立てようと考えていた。

 国を富ませるという視点で考えるなら、至極真っ当な発想だろう。

 だがカナダと中国の甚大極まりない被害を見て、アメリカは即時殲滅へと舵を切った。

 そして真っ先にターゲットとしたのは、アルゼンチンに降りた降下船であった。

 即時投入可能なIS8機に追加ブースターを装備させ、超スピードで敵迎撃網を強行突破させた後、近距離からISの火力を叩きつけたのである。またISが集中砲火を浴びるというのが分かっていたため、アメリカはこれを逆手にとった。

 ISが囮になってくれるなら好都合と言わんばかりに、南アメリカ近海を活動領域とする第4機動艦隊(※1)で、巡行ミサイルによる飽和攻撃を行ったのだ。最大射程3000キロという超々長距離攻撃。しかも火力という一点において、ISをも凌ぐ艦載ミサイルの飽和攻撃だ。

 敵がISにだけ気を取られていたなら、それで決着がついていただろう。

 しかし残念な事に、多くは迎撃されてしまった。だが全く問題は無い。

 敵が迎撃にリソースを割いた分だけIS部隊が楽になる。楽になったIS部隊が降下船を攻撃してくれる。だから機動艦隊は、文字通り最後の1発まで撃ち尽くした。

 アメリカにしかできない物量戦である。

 そうして濃密な支援を受けたIS部隊は、たった半数の損害で降下船の撃破に成功していた。

 パイロットも負傷こそしているが、命に別状は無い。

 カナダや中国に比べれば、損害は極々軽微と言えるだろう。

 しかし如何に世界最強の軍事国家とは言え、全てに対応できる訳ではない。

 アフリカ近海を活動領域とする第6機動艦隊は、中央アフリカ共和国に降りた降下船の動向を掴んではいたが、攻撃に踏み切れなかった。即時投入可能なISが2機しかなかったのである。今までの交戦情報を考えるなら、2機で挑むのは無謀という判断だ。加えてアルゼンチン戦に投入したISは全機オーバーホールが必須な状態であった。とてもではないが連戦などさせられない。他国から援軍を頼むにしても、死亡率が極めて高いと分かっている作戦に、自国の最高戦力を送り込む馬鹿はいない。もし撃墜されでもしたら、後のパワーゲームで極めて不利になると分かり切っているからだ。

 なおこの時、カラードには世界の首脳陣から連名でNEXT(薙原晶)への出撃依頼が出されていた。

 しかし束は、それを断っていた。

 彼女は撃破した母船が、救難信号やガイドビーコンを発する装置を放出していなかったかを気にしており、調査の為にNEXT(薙原晶)を再度宇宙に上げていたのだ。

 このため中央アフリカ共和国に降りた降下船への対処が遅れ、同国の地下には広大な地下構造物が作られてしまう。

 そうして地下の最奥では大陸の豊富な資源により、敵の先兵が量産され始めていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は瞬く間に流れ1週間後。

 ISの派遣に消極的だった保有国は、一転して中央アフリカ共和国への派遣を決定していた。

 理由は単純極まりない。

 束博士がNEXT(薙原晶)の投入を発表したのだ。つまり勝ち戦である。

 そして勝てると分かったなら、より多くの利益を得たいと思うのが人の性だろう。

 パイロットは危険な死地に自ら赴いて人類の為に戦ったという名誉を、各国は攻略後に手に入るであろう異文明の技術の為に、派遣という投資を行ったのだ。

 これにより50を超えるISが集まった上に、攻略作戦にはアメリカ第6機動艦隊の全力ミサイル飽和攻撃が確約されていた。

 結果として中央アフリカ共和国に降りた降下船は、圧倒的火力と物量の前になす術なく撃破されていた。また地下の先兵量産設備も確保され、人類は未知の技術を手に入れ――――――られなかった。

 攻略最終段階。残敵の掃討中に地下設備がオーバーロードし、地下構造物ごと吹き飛んだのである。

 幸い晶をサポートをしていた束の分析が早かったお陰で、退避勧告が間に合い爆発に巻き込まれた者はいなかった。しかし敵が自爆したという事実は、各国に最後の降下船がある喀什への派遣を躊躇わせるに足るものであった。何も手に入らない上にISまで失う可能性が高いとなれば、二の足を踏んでしまうのも仕方がないだろう。

 だが攻略をNEXT(薙原晶)に任せるという選択肢も無かった。一番楽な手段ではあるのだが、単機で攻略された場合、後の世論が怖い。また彼なら“何か”を持ち帰る可能性もあった。そんな時に外側から見ていただけの者と、危険な場所で協力した者とでは、確実に扱いが違うだろう。

 よってIS保有国の政治家共は、引き続きISを派遣することとした。が、勿論タダではない。金の亡者共にとって、これほどむしり取りやすい案件もないだろう。

 何せ中国は自らの意思で降下船を自国に引き入れた結果、対処に失敗したのだ。つまり完全に尻拭いだ。迷惑料が支払われて当然だ。自国の民が傷つけられた国は、慰謝料もだ。

 この考えの元、特に中国の台頭を快く思っていなかった国々は、ここぞとばかりに要求を突き付けた。単純な金だけではない。金を生む為の各種利権―――湾港、空港、鉱山、土地、株、ありとあらゆるものが請求されていた。

 これにより中国は大きく国力を落とす事になるのだが、かの国の不幸は更に続いた。

 中央アフリカ共和国の降下船を攻略した時、敵の先兵量産設備は降下船の直下数百メートルの位置に丸見えだった。縦穴を掘って、設備を真下に下ろしただけの状態、と言えば分かりやすいだろうか。だが喀什の場合は、降下から時間が経ち過ぎていた。

 降下船を破壊した時、縦穴は既に塞がれており、代わりに1キロほど離れた複数の地点から、敵が穴を掘って出てきたのだ。

 しかも先立って確認されていた“カマキリ”型のみならず、“ハチ”のような飛行型まで確認されていた。

 ISの戦闘能力なら問題無く倒せる程度の相手だったが、問題は数だった。センサーの数値が100、200をあっという間に超え、1000、2000と跳ね上がっていく。

 そして敵は狡猾だった。出てくるなり四方八方へと散らばり、地球側の包囲網を強引に押し広げ始めたのだ。

 これは数の少ないISに対して、極めて有効な作戦であった。何故なら一点突破を図ろうとかたまれば、戦闘能力の差で一網打尽にされてしまう。しかし大きく広がれば、範囲攻撃で巻き込まれる数は格段に減る。加えて数の少ないISは戦域を駆け回らなければならなくなり、結果として包囲網の穴はより大きくなっていく。大きくなった穴から逃げ出す敵を始末する為に、IS部隊は更に駆け回らなければならなくなる。負のスパイラルであった。

 また地球側の被害が大きくなった要因は、他にも2つあった。

 1つは喀什が内陸部にあるということ。最も近い海ですら約3500キロも離れている。そしてアメリカ機動艦隊が装備している巡行ミサイルの射程は約3000キロ。つまり支援攻撃を受けられないということだ。ならば陸上からの支援を考えるのが普通だが、敵レーザー迎撃網を突破できる数と質を、内陸部まで運ぶというのは非現実であった。

 もう1つはISの継戦能力だった。継戦能力が桁違いのNEXTと直率のハウンドチームを除き、派遣されているIS部隊は広い戦域を駆け回らされた挙句、弱いが数多くの雑魚敵を相手にさせられたお陰で、エネルギーと弾薬が枯渇しかけたのだ。幸いローテーションを組んで補給をする事で敵中での孤立は無かったが、敵に包囲網の突破を許してしまっていた。これにより近隣地域の被害は更に拡大し、屍の山を築かれてしまう。

 不幸中の幸いだったのは、NEXTとハウンドチームが早期に地下構造物に突入し生産設備を破壊したお陰で、敵がこれ以上増えず自爆もされなかったことだろう。これによって人類は、残骸から辛うじて未知の技術の極一部を入手できたのだった。

 だが得たものに対して、犠牲は余りにも大きかった。

 カナダのアサバスカにあった豊かな森は、ISと野砲の全力攻撃で焼け野原となった。集結した通常戦力も87%を喪失し、投入した巨大兵器も大損害を受けていた。

 アルゼンチンの州都サンタローサは、レーザー攻撃で住民の殆どが死に絶えた。人口10万人を数えた都市がゴーストタウンとなり、その後の攻略作戦で瓦礫の山となった。

 中央アフリカ共和国のバンバリは敵の自爆で都市ごと灰燼に帰し、後には巨大なクレーターしか残らなかった。

 中国の喀什も、アルゼンチンと同じであった。人口35万を数えた都市からは人の声が消え、後の攻略作戦で瓦礫の山となった。更に包囲網を突破した敵によって、近隣の都市でも虐殺が起きていた。異文明の先兵に直接殺された者だけでも数万人であり、パニックも含めれば数十倍という規模で人が死んでいたのだ。加えてISコアを10機喪失し、集結した通常戦力と巨大兵器は全滅という、国家戦略を根本から見直さなければならない程の大損害であった。

 これがたった4隻の降下船を撃破するのに、人類が支払った代償である。

 後の世の人間が「あと1隻少ないだけで、どれだけの人命が救われただろうか………」と言ってしまうのも無理からぬことであった――――――。

 

 

 

 ※1:機動艦隊

  本当なら空母打撃群というのが正しいのですが、作者的に機動艦隊と呼ぶ方が好きなので………。

 

 

 

 第146話に続く

 

 

 




 とりあえず人類は降下船をお掃除して、どうにか貴重な時間を手に入れる事が出来ました。でもたった4隻でこの有様なので、12隻全部降下していたら詰んでいたと思います。
 ちなみに今回、ISABのゲーム中におけるボス級ユニットは一切出ておりません。

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