インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第144話 降下船撃破ミッション

 

 地球への降下軌道に乗った異文明の降下船は6つ。

 束が算出した予測降下地点は、即座にカラードから全世界に向けて発表されていた。

 

 ・No.01:中国 新疆ウイグル自治区喀什

 ・No.02:中央アフリカ共和国 ワカ州バンバリ

 ・No.03:カナダ サスカチュアン州アサバスカ

 ・No.04:アルゼンチン ラ・パンパ州都サンタローサ

 ・No.05:オーストラリア 首都キャンベラ

 ・No.06:南極大陸

 

 そして現在宇宙にいる晶とシャルロットは、次のような作戦を立てていた。

 まず最も近いNo.06に対して、速度に優れるNEXT()が先行して攻撃・情報収集・撃破を行う。分かれたラファール・フォーミュラ(シャルロット)がNo.05へと向かっている間に、束がNo.06に対する攻撃結果を分析し、ラファール・フォーミュラの火力が通じそうなら攻撃を実行する。通じない可能性が高ければ、交戦せずに離脱するという流れだ。NEXTはNo.06を撃破後、速やかにNo.05へと向かう、という事になっていた。

 また一刻を争うだけに、背部に接続している改良型ロケットのリミッターは既に解除されている。自壊すら厭わない超高出力状態だが、地球降下前に捕捉可能なのはNo.05とNo.06のみだった。No.01~04には、どうやっても届かない。

 しかしそれが、全力を出さなくて良い理由にはならないだろう。

 早く追いついた分だけ、地球降下前の交戦時間が稼げるのだ。

 そして手札を晒す事に抵抗が無い訳ではないが、アレが地球環境にとって致命的な毒にならないとも限らない。排除出来るなら、可能な限り地球から離れた位置で排除すべきだった。

 なら、やるしかないだろう。

 晶は拡張領域(パススロット)から武装をコールした。

 

 →R ARM UNIT :HLR01-CANOPUS(ハイレーザーライフル)

 →L ARM UNIT :FLUORITE(プラズマライフル)

 →R BACK UNIT :XAMB-R500(追加ブースター)

 →L BACK UNIT :XAMB-R500(追加ブースター)

 

 右腕に呼び出されたHLR01-CANOPUSは、かの名銃「カラサワ」をアーマードコアネクスト規格で作り直したというハイレーザーライフルだ。威力・弾速・精度・リロード性能の全てが高次元で纏まっている。

 左腕に呼び出されたFLUORITEは、旧アクアビットの業をトーラスが昇華したプラズマライフルだ。同種兵装中最大の火力と装弾数を両立させているあたり、トーラス(変態)の面目躍如といったところだろうか。

 両背部に呼び出されたXAMB-R500は、ローゼンタール社が設計のみを行ったという試作追加ブースターだ(ムック本より。型式番号を本作独自)。優美さと堅実さを旨とするローゼンタール社らしく、形状は翼。しかし性能の方は、ローゼンタール社らしからぬ狂気の仕様であった。片翼4発。計8発の追加ブースターは、重量級ネクストですら軽量級並の加速性能を実現する。

 

(シャル。また後でな)

(うん。直ぐに来てね)

(勿論だ)

 

 並走する両機が軽く手を上げて別れの挨拶。

 こういう時、言う言葉は決まっている。

 

((good luck(幸運を)!!))

 

 両機の軌道が離れだしたところで、晶は翼を展開した。

 計8発の追加ブースターに火が入り、機体が猛烈な勢いで加速していく。

 そうしてシャルロットと別れたNEXT()がNo.06を捉えた時、自己診断プログラムが警告を発した。

 予めセットしていたプログラムで、使用限界まで300秒を切った、というものだ。

 だから驚く類の警告ではない。

 晶は束に声を掛けた。

 

(じゃあ始めるか。分析、頼むぞ)

(任せて。全力でやっちゃって)

(了解した)

 

 セーフティ解除。トリガー。

 楕円形状の敵船体後方に、ハイレーザーとプラズマ弾頭が次々と突き刺さる。

 様子を見ながらなんて真似はしない。

 今は1秒でも早く、こいつをガラクタに変える。

 

(いいよ。シールド減衰を確認。ダメージは通ってる。そのまま続けて)

 

 しかし敵も、一方的に撃たれている訳ではなかった。

 内部に高エネルギー反応。船体の先端から後端まで、上下左右の装甲版に1本ずつ赤いラインが走る。

 次いで赤いラインに沿って展開された装甲版の下から、レンズ状の物体が露出した。

 1列に7個。4列で28個。

 その全てに光が灯る。

 嫌な予感。サイドブーストを吹かして回避機動。

 レンズ状の物体からレーザーが放たれた直後、直角に曲がり直前までNEXTのいた位置を貫いていく。

 命中精度は悪くない。むしろ意図的に散らされた方が面倒だ。

 晶はそんな感想を抱きながら攻撃を続けていった。敵も反撃してくるが、攻撃の手は緩めない。回避と同時にトリガーを引き続け、絶え間なくハイレーザーとプラズマ弾頭で敵シールドを削っていく。

 地球にいる束は、恐るべき正確さと早さで己の仕事をこなしていた。

 

(うん。分析終了。レーザーはレーザー自体に誘導性能を持たせてるんじゃなくて、特殊なエネルギーフィールドを使った単なる屈折。屈曲させるタイミングも、発射直後の1回だけ。射角は広く取れるけど、大したものじゃないね。あとシールドの方もこのまま攻撃を続ければ………3………2………1………はい突破)

 

 敵降下船のエネルギーシールドが消失し、物理装甲に直撃弾が入った。晶は高熱で融解しかけている箇所に、攻撃を集中させていく。

 戦いの原則は、相手の嫌がる事を徹底的に、だ。

 すると敵も焦りを覚えたのか、弾幕を張るかの如くレーザーの連射速度を上げだした。

 

(レーザーのエネルギー反応が下がってる。弾幕の為に威力を下げたのかな)

(だろうな)

 

 だが、甘い。

 獣に噛み付かれた獲物が、逃げられると思うな。

 強化人間の直感が、如何なるコンピューターよりも正確に弾幕を見切り、機体を隙間に滑り込ませていく。

 勿論、トリガーを引く事も忘れない。

 そうしてついに、ハイレーザーの一撃が物理装甲を貫通した。次いで叩き込まれたプラズマ弾頭が、持っている熱エネルギーを周囲に撒き散らし、内部構造を融解させていく。

 

(ふむ。ダメージコントロールの限界を超えたみたいだね。晶、離れて。爆発する)

 

 晶は離れつつ、爆発する最後の瞬間まで観測を続けていた。

 何せ未知の相手だ。どんな切り札を隠し持っているか分からない。

 そうして敵の反応が完全に消失したところで尋ねた。

 

(で、どうだ。他のISで撃破出来そうか?)

(時間があって複数機でかかれば、まぁある程度の腕があればどうにかなるんじゃないかな。でも今回の場合だと、ラファール・フォーミュラ単機じゃ厳しいかな。しかも地球降下前となると、絶対的に時間が足りない)

(分かった。なら予定通り、このままシャルと合流して叩く)

(うん。その方が良いと思う。あ、でもそれなら、スクランブルで上げたセシリアとドイツの候補生じゃ、撃破は不可能だね。撤退命令を出した方が良いんじゃないかな)

(仮に対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)を使ったとして、相手のエネルギーシールドは抜けるかな?)

(使わせる気なの? まぁ抜けなくは無いけど、1発じゃ無理。寸分違わず動力部に当てられたとしても2発。いや3発かな。それもカタログスペックを完璧に発揮してだよ。ただの命中弾なら、ダメージは与えられても墜とせない可能性がある)

 

 対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)は巨大兵器に対して使用された際、カタログスペックを十分に発揮できずセシリアを窮地に追い込んだことがあった。原因は既に改修済みらしいが………。

 晶は数瞬考えた。今攻撃させても、撃破出来る可能性は低い。だが彼の判断は攻撃だった。

 理由は降下船が何を搭載しているか分からないからだ。もし地球環境にとって致命的な毒を持っていた場合、逃せば取り返しのつかない事になってしまう。

 そして宇宙で撃破出来ない降下船が幾つかあるが、だからと言って降下する船を増やして良い理由にはならない。

 

(降下前に撃破できる可能性があるなら、やるべきだろう)

(そうだね。連絡は晶からする?)

(ああ。俺から――――――いや、向こうも同じ考えみたいだ。データリンクに情報が上がってきた)

(へぇ、分かってるみたいじゃない)

 

 束は感心したかのように呟きながら、データリンクに新たな情報をアップロードした。

 NEXTとの交戦情報から得られた、敵降下船の分析データだ。

 これで向こうも、多少は楽になるだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は、少しだけ遡る。

 セシリアは宇宙(そら)へと駆け上がりながら考えていた。

 更新された情報によれば、相手は200メートル級。幸い攻撃は通じるようだが、巨大兵器と同等以上の強力なエネルギーシールドと反撃手段を備えている。加えて自分達の上昇軌道は、敵降下軌道の正面。相対速度を考えれば交戦可能時間は一瞬だ。手持ちの武装では、1撃か2撃を叩き込むのが精一杯だろう。

 そしてセシリアのブルーティアーズ・レイストームもラウラのシュヴァルツェア・レーゲンも、瞬間火力に優れた機体ではない。

 真っ当に考えれば、撃破は難しいと言わざるを得ない。

 よってセシリアは、手持ち以外の武装を使う事にした。

 本国との通信回線を開く。首相への直通回線である。

 

『こんにちは。首相閣下』

『連絡が来る頃だと思っていたよ』

『あら。では、要件も既に承知していると?』

『この状況で、君からの要望など1つしかあるまい。対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)だろう? 既に起動状態にしてある。使いたまえ』

『少々拍子抜けですわね。もう少しゴネると思っていましたが』

『正直を言えば、私も少々混乱している。だがアンサラーが“何か”と交戦したのはイギリス政府も確認している。そしてカラードからの発表通り、地球への降下軌道に乗っている正体不明の物体がある事も。イギリスの兵器が世界平和の役に立つというなら、是非使ってくれたまえ』

 

 流石、権力と名誉欲にまみれた俗人であった。

 力の使いどころを弁えている。

 強力な“力”というのは使いどころが難しい。必要以上に強力な“力”というのは、時として諸刃の剣になるからだ。

 だが今この瞬間に限って言えば、気にする必要はない。

 平時なら試射ですら綿密な根回しを必要とする対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)だが、世界の危機に抗う為、という大義名分があるなら全力稼動が出来る。加えて対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)は一度切られたカードだ。他国に対する見せ札とするには申し分ない。

 今回の結果次第では、首相に製造元の軍需企業から大量の献金が流れ込むのだろう。

 そこまで考えて、セシリアは思考を切り替えた。

 今気にするべきは、俗人ではない。

 アレを、如何にして撃破するか、だ。

 セシリアは暫し考えた後、ラウラにコアネットワークを繋いだ。

 

(ラウラさん。ちょっと作戦があるのですが、聞いてもらえますか)

(ほぅ?)

 

 これから提案する内容は、初手からして正気の沙汰ではない。

 だが彼女には、アレを止める方法がこれ以外に思いつかなかった。

 

(相手の速度が速過ぎて交戦時間が足りないなら、私達が今背負っている改良型ロケットをぶつけてやりましょう。これで大分速度を落とせると思うのですけど)

 

 確かに正面からブチ当てれば、相手の速度を大きく落とせるだろう。

 ただし今の相対速度でやるとなると、離脱タイミングが相当にシビアだ。

 早ければ誘導が甘くなって上手く当てられないだろうし、遅ければ200メートル級の巨体から体当たりを貰ってしまう。最悪の場合は、敵とロケットに挟まれてペシャンコだ。

 危険過ぎる。

 しかし他に有効な手段も思いつかない。

 だからラウラは、続きを聞いてみた。

 

(その次は?)

(ラウラさんのAICで更に減速させて下さい。出力差も質量差も桁違いでしょうから完全には止められなくても、足を鈍らせる事はできるのではないですか?)

(それは流石にやってみなければ分からん。で、仮に足を鈍らせたとしてどうする? その案だと、私はAICの維持で攻撃に参加できないぞ)

(狙える速度まで下がっていたら、聖剣で仕留めます)

(なるほど。危険だが、その案しか無さそうだな)

 

 こうして作戦の大枠が決まった時、データリンクが更新された。

 NEXTが南極大陸への降下軌道にあったNo.06を撃破したのだ。

 

(流石ですわね)

(ああ。やはり最強の名は、伊達ではないか)

 

 返事を聞きながらセシリアは、作戦概要をデータリンク上にアップロードした。

 これで束博士や晶も、こちら側の動きが分かるだろう。

 そうして動き始めようとしたところで、再びデータリンクが更新された。

 何かと思い確認してみれば、敵降下船の分析データだ。

 シールド強度、船体強度、反撃手段、更には動力炉の推定位置まで。

 

(これは………)

 

 言葉が出ないとは、まさにこの事だろう。

 異文明の船を、この短時間で分析したというのか。

 そしてこのデータに目を通した2人は作戦の細部を修正して、ついに行動を起こした。

 

(では、行きましょうか)

(了解だ)

 

 縦一列に並んだ2人は、改良型ロケットの出力を最大にして加速していく。

 まず初手からして、尋常ではない難易度だ。

 敵降下船のサイズは200メートル級で、ラクビーボール状の楕円形をしている。ぶつけた運動エネルギーを余さず敵船体に伝える為には、時速数万キロという相対速度の中で、先端に正確に改良型ロケットを正面衝突でぶつけなければならない。

 離脱タイミングが僅かでも狂えば、如何にISの絶対防御が優れていても死亡は免れないだろう。

 

(代表候補生になった時、こんな事をするようになるとは思ってもいませんでしたわ)

 

 速度計が未体験ゾーンに突入していく中、セシリアが気を紛らわせるかのように口を開いた。

 恐怖に固まるよりは余程良い。そう思い、ラウラも応じた。

 

(私もだ。だが世界の為に戦えるというのは、軍人冥利に尽きるな。お前は何の為にだ?)

(私が勝利を捧げる相手は1人だけですわ。私は、あの人の2番機なのですから)

 

 こんな状況だが、ラウラは少しばかり気まぐれを起こした。

 

(ほう。今あいつと一緒にいるのはシャルロットだが)

(ふふん。一緒にいるだけが全てではありませんわ。万一の為のレスキュー要員として私を配置したこと。この場を任せてくれていること。信頼の証ですもの)

(なるほど。人間変われば変わるものだな。初めて見た時は、ISをアクセサリー扱いするいけ好かない小娘だったが)

(さらりと失礼な事を言いますわね)

(事実だからな。だが今は、背中を預けるに足ると思っているよ)

(ひ、卑怯ですわよ。こんな時に下げて上げるなんて)

(この程度の軽口は叩ける奴と踏んだんだが、見込み違いだったか?)

(全く、貴女という人は)

 

 尤もここで、やられっぱなしにならないのがセシリアだ。

 

(でもそれを言うなら、貴女も変わりましたわね)

(そうか?)

(そうですわ。初めて会った時は、規律と効率しか頭にないロボット軍人と思いましたもの。でも今は、とても人間らしくなったと思いますわ)

(まぁ学園に来る前、来てから、色々揉まれたからな)

(ええ。昔の事(第31話)は聞いていますわ。よく生きていられたものです)

(本当にな)

(でもそれが今では、一緒に露天風呂に入ったり、臨海学校では同じ部屋で、しかも浴衣の下には何も着けないで一緒に寝たりとか。本当に、変われば変わるものですわ)

(露天風呂は成り行きだ。ちょっと色々追い込まれていたからな。あと臨海学校の時は………まぁ、それなりに信用できる奴だと分かっていたからな)

(信用があれば、他の殿方の前でも同じことをするのですか?)

(したいとは思わんな。無防備な姿を晒すのは抵抗がある)

 

 つまり彼の前では、無防備な姿を晒しても良いと思っている、ということだった。

 本人に自覚が無い辺り、色々と拙いかもしれない。

 帰ったらシャルロットと協力して何か対策を考えよう。

 そう思ったところで、作戦領域が近づいてきた。

 2人は意識を切り替る。

 

(では、ここから先は打ち合わせ通りに)

(ああ。手筈通りに)

 

 縦一列に並んだ2人。先頭はラウラ。後ろにセシリア。

 そしてラウラは拡張領域(パススロット)に格納されていた物理シールドを4枚呼び出した。両腕と両肩に装備し、前方で4枚重ねとする。

 ここで敵も、正面衝突する物体があると気づいたようだった。上下左右の装甲板が展開し、計28個のレンズが露出する。

 エネルギー反応を感知。直後、誘導レーザーが先頭のラウラに殺到していく。

 瞬く間に鉄屑となっていく物理シールド。だがラウラが使っているのはISだ。無くなったなら、取り出せば良い。

 拡張領域(パススロット)から新たに物理シールドが呼び出され、呼び出された端から鉄屑へと変えられていく。

 永遠とも一瞬ともつかぬ時間が流れ、拡張領域(パススロット)に予備の物理シールドが無くなった時、2人はついに敵の懐へと潜り込んだ。

 2人とも完璧なタイミングでロケットをパージ。狙い違わず敵降下船の先端にブチ当てる事に成功する。

 だが喜んでいる暇はない。

 敵が立ち直る前に――――――。

 

(とまれぇぇぇぇぇぇ!!)

 

 ラウラの叫びが、コアネットワーク上に木霊する。

 シュヴァルツェア・レーゲンのアクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)が発動し、効果範囲内の慣性運動が停止していく。

 しかし敵のサイズは200メートル級だ。人間サイズのISとでは圧倒的に出力が違う。船を動かす為の推進力が、徐々にAICの効果を上回っていく。

 そしてこの時点で、レーゲンの内部システムは悲鳴を上げていた。弾丸を止めるのとは訳が違うのだ。これだけの質量体を止めるとなれば、システムへの負荷は計り知れない。

 更に敵は、ダメージコントロールも優秀だった。

 ロケット衝突の衝撃で、一時的に途絶えていたレーザーへのエネルギー供給が回復したのだ。

 計28個のレンズに、再度のエネルギー反応を感知する。

 

(クッ!!)

 

 今撃たれたら、AICを全力で発動しているラウラは避わせない。物理シールドも既に使い切っている。

 この時、距離を取っていたセシリアは選択を迫られた。

 対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)を確実に当てる為には、ブルーティアーズ・レイストームによる間接照準が絶対に必要だ。助ける為に動けば、正確な観測情報を得られない。チャージ率は78%。束博士の分析を信じるなら、シールドは抜けるが、装甲は恐らく抜けない。後22%。10秒もあればチャージが完了する。100%なら装甲を抜いて、内部にまでダメージを与えられる。だが10秒待てば、ラウラは生きていない。物理シールドを使い切っている今、攻撃を受ければ間違いなく墜ちる。

 

 ―――セシリアはトリガーを引いた。

 

 狙いは完璧。束が動力炉の推定位置とした箇所に命中している。計算通りエネルギーシールドは抜けた。だが物理装甲は融解止まりで抜けなかった。

 

(離れて!!)

(すまない!!)

 

 ラウラが直前までいた場所を誘導レーザーが貫いていき、AICという枷の無くなった敵降下船が再加速を始めてしまう。

 そしてこの動きで、敵は地球への降下を優先させている事が分かった。

 なら、何としても防がないといけない。

 セシリアは対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)に第二射をコマンドする。

 以前の欠点は既に対策されており、チャージ時間は短い。

 このままいけば相手が加速しきる前に第二射を撃ち込める――――――というところで、予期せぬ横槍が入った。

 中国政府からの直接通信だ。

 

『イギリス代表候補生並びにドイツ代表候補生。貴官らの奮戦に敬意を表す。だが我が国への降下軌道を取っているというなら、我が国の問題だ。我が国が責任を持って片づけよう。若い命を危険に晒す必要は無い。通したまえ』

 

 代表候補生という地位にある以上、いや正式な代表パイロットだったとしても、国からの正式な要請とあれば断れない。

 まして他国からの直接要請を、一介のパイロットが勝手に断ったとなれば間違いなく国際問題だ。

 それを分かっているから、セシリアはYESともNOとも言わずに聞き返した。

 

『何を搭載しているかも分からないものを地球に入れるのですか!!』

『仮に地球環境にとって良くない物が搭載されていたとして、その位置で撃破された場合、広域にそれがばらまかれる可能性がある。我が国はそれを良しとしない。地球環境の為に、我が国が危険を引き受けようというのだよ』

 

 これを信じる人間がどれだけいるだろうか?

 異文明の船。それも稼働状態を保った物を確保して技術解析できれば、そのアドバンテージは計り知れない。

 技術面でアメリカやロシアの後塵を拝する中国にとって、降下船を手に入れるメリットは多少のデメリットなど無視して余りあるものであった。

 するとラウラが、割って入った。

 

『了解した。我々は攻撃を中止し、以降No.01への対応は中国政府に任せる事とする。―――今No.01と呼んだものは、先だって束博士が発表した降下リストのNo.01、中国新疆ウイグル自治区喀什への落下軌道をとっていたもので、今我々が攻撃していたもので間違いないか確認したい』

『ドイツの代表候補生は話が分かるようだ。間違いない』

『確認感謝する。セシリア、我々の仕事は終わりだ。戻るぞ』

 

 元軍人のラウラにとって、理不尽な命令というのはありふれたものだった。

 そしてこのような場面において、押し問答というのは決して良い結果を生まない。

 むしろ不用意な発言から、隙を晒してしまう事の方が多い。相手が上位者である場合は特に、だ。

 だから一度仕切り直すべく割って入ったのだ。

 また分かり切っている事をあえて言葉にして確認したのも、意味があっての事だった。

 こういう時に物事を曖昧にしておくと、後で良いように解釈されてしまう可能性がある。よって相手が何に対して権力を行使したのか、ハッキリさせておいたのだ。

 これで相手は、アレを自国の問題として処理できる。イコール独占出来ると考えただろう。

 

(ハッ、甘いなぁ)

 

 権力というのは魔物なのだ。

 使い方を間違えれば、容易く己も傷つける。

 かつて篠ノ之束と薙原晶に情報戦を仕掛け、手痛い目にあったように。

 先ほどセシリアとも話したが、本当によく生きていたものだ。

 尤も生きているからこそ学び、こういう真似が出来るのだが――――――。

 

『ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒから、ドイツ軍総司令部へ』

『識別コード確認。どうされましたか?』

 

 通信を受け取ったオペレーターが尋ねてくる。

 

『先ほど中国政府の正式な要請を受けて、敵降下船の撃破を断念せざるを得なくなった。今後の対応について確認したい』

『本当ですか!? 敵性存在を、撃破の可能性を潰してまで地球に入れるなんて。何か記録は残してますか?』

『勿論残してある』

『衛星経由で送って下さい』

 

 今ドイツ軍の中で衛星経由とだけ指定した場合、それは束博士に制御コードを委譲した衛星群を指す。

 つまり知らせて良いという判断だ。

 ただ一介のオペレーターが下して良い判断ではないのだが………。

 

『誰の判断だ?』

『総監(正しくはドイツ連邦軍総監:ドイツ連邦軍における軍人の最高位の役職)が先だって判断されていました。博士が降下リストを公開し、貴女が宇宙(そら)に上がった時点で、可能性ありと考えられていたようです』

『そうか。リストにあった他の国はどうだ?』

『カナダとオーストラリアは撃破を宣言していますが、アルゼンチンは態度を保留しています。ただ中央アフリカ共和国は………』

 

 オペレーターが言葉を濁す。

 あの国は世界最貧国の1つだ。自前の戦力で撃破など出来る訳がない。

 つまり対応する為には他国を当てにするしかないのだが、この状況で力を貸してくれる国などあるのだろうか?

 悪い予感しかしない。

 だが悩んでいても仕方が無いので、彼女は話を進めた。

 

『わかった。衛星経由で送信する。本国はどう動く?』

『政府も軍も未経験の事態に混乱しています。流動的としかお答えできません』

『無理も無いか。方針が決まったらすぐに連絡が欲しい。頼めるか』

『了解しました』

『ありがとう。交信終了』

 

 情報をアップロード。

 これで打てる手は打った。後は国の問題だ。

 そう思い地球の方に振り向くと、膨れっ面のセシリアがいた。

 

『不満か?』

『理性では正しい対応だったと理解してますわ。止めてくれた事に感謝もしています。でもあの要請を断れなかった事が悔しくて悔しくて』

 

 貴族として外見を取り繕う事に長けている彼女が、即座に仮面を被り直せない。どれほど無念だったか分かろうというものだ。

 

『武力を持つ者が好き勝手やってはルールが崩壊する。軍人として、それはできん』

『そう、ですわね。いえ、少し頭が冷えましたわ』

 

 セシリアはラウラの理性的な対応に関心した。悔しさはあるが、これこそが武力を持つ者の姿だろう。だが続けられた言葉に、決して納得しての行動ではないと知った。

 

『だからな、より上の権力者にお仕置きしてもらう事にした』

『と言いますと?』

『束博士の意思は撃破だ、ということさ』

 

 この言葉で、セシリアはラウラに親近感を抱いた。はらわたが煮えくりかえっているのは、自分だけではないらしい。

 

『ふふ、そうですわね。代償はどれほどのものになるのかしら?』

『体験者として言わせてもらえば、生半可ではないな』

『楽しみですわ』

 

 だが結論から言えば、束は手を出さなかった。

 いつもの気紛れ、ではない。情けを掛けた訳でもない。

 後日中国は、彼女が考えていた以上の代償を、敵性存在によって強制的に支払わされたのである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。

 シャルロットと合流した晶には、戦線離脱の危機が迫っていた。

 背部に接続している改良型ロケットが悲鳴を上げ始めたのだ。

 元々リミッターを切って無理をさせていた上に、戦闘機動まで行ったせいだろう。

 出力が安定しなくなってきた上に、変な振動が混じり始めた。自己診断プログラムが弾き出していた使用限界までのカウントが、いきなり30秒も短くなって残り25秒しかない。だが速度を落とせば、敵降下船No.05に追いつけなくなる。

 並走していたシャルロットが、コアネットワーク通信で叫んだ。

 

(晶、パージして僕の背中に乗って!!)

(すまん)

 

 晶は彼女の意図を即座に理解した。

 NEXTをシャルロットの固定武装兼追加ブースターとして使えば、火力を落とさずに追撃スピードを上げられる。

 息の合った機動で互いの位置を調整し、晶はロケットをパージ。同時に両手に持っていた武装を拡張領域(パススロット)に格納して、シャルロット側のロケットに着地した。

 

(助かった)

(こういう時に助け合うのがパートナーでしょ)

(だな。さて、なら早いところ壊しに行こうか)

(うん)

 

 晶はロケットを両足で挟み、シャルロットの両肩を掴んだ。横から見れば、バイクに乗っているような姿勢だ。

 更に交戦に備えて、背部装備を変更する。

 

 →R BACK UNIT :HLC02-SIRIUS(ハイレーザーキャノン)

 →L BACK UNIT :HLC02-SIRIUS(ハイレーザーキャノン)

 

 HLC02-SIRIUS(ハイレーザーキャノン)は、AC世界におけるレーザー兵器のリーディングカンパニー、旧メリエス社が高負荷と引き換えにしてまで性能を追求した武装だ。

 そして背部装甲板を展開すると、大口径ブースターが露出する。

 

 ―――オーバードブースト、Ready。

 

(シャル)

(なに?)

(とばすぞ)

(オッケー!!)

 

 ―――GO!!

 

 吐き出された膨大な推力が2人を加速させ、No.05との距離が瞬く間に詰まっていく。

 すると、敵も行動を起こした。

 エネルギー反応を感知。上下左右の装甲板が展開され、28個のレンズが露出する。即座に放たれる誘導レーザー。

 

(晶。ちょっと振り回すよ!!)

 

 言うなり、彼女は敵の弾幕の中に飛び込んで行った。

 NEXTという最大火力を活かす為に、あえて攻撃圏内に飛び込んだのだ。

 

(随分思い切りが良いな)

(日本には“死中に活あり”って言葉があったよね。良い言葉だと思うよ)

 

 そしてシャルロットの万能性は、ここでも遺憾無く発揮された。

 セシリアのような特化した能力は無いが、相手に合わせるという事にかけて彼女の右に出る者はいない。

 NEXT()が最も照準し易い位置を選びながら弾幕の間を駆け抜け、避けられない攻撃は、拡張領域(パススロット)から呼び出した物理シールドで防いでいく。

 次々と撃ち込まれていくハイレーザーキャノン。

 物理シールドの方は数発で壊れてしまうが、ラファール・フォーミュラは“飛翔する武器庫”と言われたラファールの後継機だ。壊れた端から取り替えたところで問題無い。

 そして彼女の背中にいるのは、“世界最強の単体戦力(NEXT)”だ。

 予備のシールドが無くなる前に――――――。

 

(ブチ抜いた!!)

 

 ハイレーザーキャノンが敵エネルギーシールドと物理装甲を貫通し、内部に突き刺さる。

 こうなれば、後はワンサイドゲームだ。

 損傷で弾幕が薄くなれば、攻撃チャンスも増える。次々と叩き込まれたハイレーザーが敵の攻撃能力を更に奪い、戦闘の天秤が一気に傾いていく。

 程なくして、敵のダメージコントロールが限界を越えた。

 まばゆい光を放ち爆散する。

 

(何とか、間に合ったか)

(うん。ギリギリだったね)

 

 シャルロットはロケットを停止させた。

 使用限界まで残り15秒。もしも間に合わなければ、敵に振り切られていたところだ。

 

(ところでシャル。怪我は無いか?)

(大丈夫。そっちは?)

(問題無い)

(良かった)

(お互い無事で何よりだ。さて、帰るか)

(うん。でもこのロケット、もう使えないね)

 

 晶は一応、データリンクで詳細なステータスを確認してみた。

 結果は怖くて再起動できないくらい、見事に赤一色だ。

 

(ならロケットをパージして、今度は俺の背中に乗ってくれ)

 

 言いながら晶は、拡張領域(パススロット)からヴァンガード・オーバード・ブースター(VOB)を呼び出した。

 改良型ロケットよりは遅くなるが、無いよりは良いだろう。

 

(いいの?)

(構わない)

(ありがとう)

 

 この後、晶はセシリアとラウラも回収して地球へと帰還した。

 人類初の異文明との戦闘から、全員無事に生還したのだ。

 だが全てが上手くいった訳ではない。

 無傷の降下船が3隻、小破したのが1隻、地球へと降下してしまっている。

 後世の者は言った。

 あと1隻少ないだけで、どれだけの人命が救われただろうか………と。

 

 

 

 第145話に続く

 

 

 




未知の技術という餌に釣られた中国さん。
さてはて、どうなる事やら………。

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