インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回はとっても平和なのです。


第141話 IS委員会議長の学園視察

 

 とある平日の夜。

 薙原晶は、自室で考え事をしていた。

 

(あんのクソじじい(IS委員会議長)、本当に来るのかよ)

 

 IS委員会の議長が、IS学園に視察に来る。

 これは別にいい。職責の範疇だろうし、見られて困るような事もない。

 そもそも本来なら、気にするような事でもない。視察など勝手にやらせておけばいいのだ。

 なのに気にするのは、視察に来る本当の理由がふざけたものだからだ。

 本人の言葉を借りるなら、正統派銀髪美少女のクロエに「お爺ちゃん」と呼ばれたい。そんな子にお小遣いをあげたいからだという。

 

(議長にまでなった人間が、そんな事をしたら社会的に死ぬって分からないはずないんだけどな。かと言ってコネクション目当てというのも考え辛い)

 

 晶とクソじじい(IS委員会議長)は、既に直接連絡を取れる程度の間柄だ。

 クロエを使う利点が無いとは言わないが、可能性が高いかと問われれば低いだろう。むしろこちらの警戒心を煽るだけマイナスと言える。

 では何かの策謀だろうか?

 確かに下衆な考えをするなら、クロエには色々と使い道がある。

 

(う~ん。でも他の奴ならいざ知らず、議長にまで上り詰めた人間だぞ。俺がそれを許す気無いってのは分かるよな)

 

 この後、晶は暫しの間考え込んだ。だが導き出したどんな答えも、何か違和感がある。

 そして結論から言えば、これは無駄な労力であった。

 あのクソじじい(IS委員会議長)は、本当に孫娘が可愛くなくて癒されたいだけだったのだ。

 少し、議長の立場に立って考えてみよう。

 IS委員会というのは、言うまでもなく各国の激烈な思惑がぶつかり合う場所だ。言葉という弾丸が飛び交う戦場である。その中で利害を調整し、物事を決め、実行に移す。どれほど難しいかは、会議をした経験のある者なら分かるだろう。一言でも間違えばこれ幸いと、足元を掬いに来る奴らが沢山いる。友好的な顔で粗探しをして、議長という立場から引きずり降ろそうとする輩なんてもっといる。

 ストレス溜まりまくりの仕事なのだ。

 何か癒しが欲しい、と思うのは当然だろう。

 そして数年前までは、孫娘が癒しだった。「お爺ちゃん」となついてくれていた。だが最近は金の無心ばかり。下手くそな猫被りなど、見ていて吐き気がする。挙句チャラい男まで侍らせているとなれば、癒しを感じられるはずもない。イライラするな、という方が無理だった。

 そんな時に薙原晶(NEXT)が、ドイツで元生体パーツ候補だった8人を引き取った、という話を耳にした。

 最重要監視対象の行動だけに、当然調べさせた。結果ジジイは、世の不公平さを嘆く羽目になる。

 年の頃は孫娘と同年代で、いずれ劣らぬ美少女揃い。しかも命の恩人(薙原晶)を慕っているという。加えて女尊男卑の風習にも染まっていない。

 この報告を聞いた時、ジジイは思った。

 あの男(薙原晶)なら、全員をしっかりと育て上げるだろう。娘達(というには年齢が近すぎるが)から感謝され、尊敬されるだろう。もしかしたら「お義兄様」とか言われているかもしれない。手作りのプレゼントとか貰っているかもしれない。更にはお茶を入れて貰ったり手作り料理を振る舞われたりしているかもしれない。

 羨ましさと妬ましさが入り混じり、どうしてやろうかと思った。だがジジイは、すぐに希望を見出した。

 あの男(薙原晶)と仲良くなり気のいいお爺ちゃんポジションに収まれば、「お爺ちゃん」とか「お爺様」と呼ばれたり、お茶を淹れて貰ったり、手料理を振る舞われてもカンッッペキに合法なのだ。ついでに肩揉みとかしてくれたら最高だろう。

 癒しを求めるジジイにとって、万難を排してでも実現する価値のある理想郷だった。

 そして理想郷を楽しむ為には、自身の体制が盤石でなくてはならない。このため動機は超絶的に不純だが、ジジイはめっちゃ仕事に励んだ。政敵を懐柔し、駄目なら策謀の限りを尽くしてぺんぺん草も生えない程に叩き潰し、組織内の規律を引き締めていく。

 同時進行で引き取られた子達も調べ続けたところ、結果は思った通りであった。

 美少女達はあの男(薙原晶)の娘として、相応しくあろうとしている。淑女になろうとしている、と言い換えてもいい。

 中でもクロエ・クロニクルは別格と言えた。

 あの男の役に立ちたいという一心で、IS学園に入学した健気さ、首席入学した頭脳、妖精のような美しさ、相手に媚びない高い精神性、非の打ち所がないとはこの事だろう。

 本人は漆黒の眼球という常人には無い特徴を気にしているようだが、ジジイに言わせれば気にする必要はない。むしろ外見が綺麗なだけの魑魅魍魎より、彼女のあり方の方が万倍価値がある。

 だから、晶が幾ら考えても無駄だったのだ。

 策謀なんて欠片(?)もなく、只々自分の欲望に正直なジジイが自分の為に、IS学園視察という仕事をでっち上げたのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 次の日の夜。

 晶はクロエに電話を掛けていた。

 

『――――――久しぶりだな。元気にしてたか』

『はい。晶さんこそ、お変わりはありませんか』

『今のところは平和かな』

『それは良かったです。ところで、今日はどうしたのですか?』

『多分近々発表されると思うけど、IS委員会の議長が学園に視察に来る』

『まぁ。それでは晶さんも、忙しくなってしまいますね』

『いや、俺の事はいいんだ。問題はその議長様が、学園の案内をクロエにして欲しいって言ってることなんだ』

『え? ええっと………何故、私なのでしょうか?』

 

 唐突な話に、返答にも戸惑いの色が混じる。

 当然の反応だろう。

 なので晶は、事情を説明した。

 保護者としては変態ジジイに近づいて欲しくないので、「お爺ちゃん」とか「お爺様」とか呼ばれたがっている、という部分を特に強調しておく。

 

『――――――とまぁ、こんな理由からなんだ。話は断っておくから、クロエもジジイに近づかないようにな』

 

 だがここで、晶としては予想外の返答が返ってきた。

 

『いえ、そのお話、私は受けてもいいと思っています』

『え?』

『確かに晶さんが懸念する通り、私が議長を案内した場合、色々と注目を集めてしまうでしょう。でもそれが何だと言うのですか。私は貴方の役に立ちたくてここに来ました。他人の声など関係ありません』

 

 普通のISパイロットを目指すだけなら必要無いかもしれない。しかし世界で活躍する薙原晶の役に立とうというのなら、こういう機会に顔を繋いでおいた方が良いと考えたからだ。

 対する晶は、余り良い顔をしなかった。

 権力者と顔見知りになるというのは、良い事ばかりではないからだ。むしろ下手な顔繋ぎは、策謀に巻き込まれやすくなる。

 彼は暫し迷った。

 クロエに対する基本方針は、自由意志の尊重だ。そして今回の件は強権を持って止める事もできるが、道理の通らない我が儘を言っている訳ではない。なら、無理矢理止めるのは違うだろう。

 だから1つだけ、言っておく事にした。

 

『………分かった。止めないよ。でも1つだけ約束してくれ。間違ってもあいつを「お爺ちゃん」とか「お爺様」とか呼んじゃいけない。そういう仲だと疑われる事は、クロエの将来に致命的なマイナスになる。勿論俺にとっても大きなマイナスだ。だから、これだけは守ってくれ』

『分かりました。心配、ありがとうございます』

『保護者だからな』

 

 クロエにとっては、嬉しい反面もどかしい一言だった。

 保護者だからではなく、もっと近い関係になって、自分を見て欲しいと思う。

 理性では望み過ぎだと思っていても、感情が言うことを聞いてくれない。

 なのでつい、こんな一言が漏れてしまった。

 

『いつの日か、義娘から仲間になれますか?』

『卒業したら、カラードに来るんだろう。その時まで我慢だな。というか、1つ言っていいか』

『なんですか?』

『義娘って言われると、なんだか凄い違和感というか背徳感があるんだが………』

 

 クロエは、少しだけ笑ってしまった。

 今更の話だろう。

 同じ運命を辿るはずだった8人を引き取ったあの時から、年齢的な事はさておき、立場的にはお義父様なのだ。でも本人が違和感を覚えるというなら――――――。

 

『分かりました。なら私達は義妹。晶さんはお義兄様ということで』

『ええっと、冗談だよな?』

『本気ですよ』

『冗談、だよな?』

『私としては、この上なく素晴らしい呼び方だと思っていますよ』

 

 困っている声が面白くて、ついつい調子に乗ってしまう。だが良い呼び方だと思っているのは本当だ。議長を「お爺様」と呼ぶのは嫌だが、この人を「お義兄様」と呼べるなら、それはそれで悪くない。むしろ凄く良い。何故なら「お兄様」だとそれ以上はちょっと問題だが、「お義兄様」ならそれ以上も問題ないのだ。

 

『勘弁してくれ。お前、いやお前達か、そんな風に呼ばれたら変な趣味に目覚めちゃいそうだ』

『では目覚めて下さい』

『嫌だから普通に呼んでくれ』

『駄目ですか?』

『駄目』

『なら私達(8人)だけの時でも』

『だーめ。というかお前、遊んでるな?』

『分かってしまいましたか?』

『ったく。でもまぁ、明るくなって何よりだ。ルームメイトに恵まれたかな』

『ええ。本当に蘭がルームメイトで良かったと思います』

 

 ここでクロエは、蘭の事を話し始めた。

 寮でのこと。教室でのこと。2人で買い物に行った時のこと。注目を集め過ぎている自分と、クラスメイトとの仲を取り持ってくれていること。大事な友達の事を知って欲しくて、色々と話していく。

 そうして晶が聞き入っていると、別の声が飛び込んできた。

 

『クロエ。シャワー出た―――あ』

 

 状況的に、蘭がシャワーから出てきて声を掛けようとしたら、電話中で声を潜めた、というところだろう。

 

『うん。電話終わったら入るね。それで晶さん。蘭ったら料理も上手なんですよ。この前なんてパスタを作ってくれて、とても美味しかったんです。作り方を教えて貰ったので、今度―――』

 

 作りに行っても良いですか。という言葉をクロエは呑み込んだ。只でさえ薙原晶が保護者とバレて周囲が煩いのだ。ここで作りに行ったりしたら、もっと煩くなってしまう。

 その思いを知ってか知らずか、晶は何も聞いていなかったかのように尋ねた。

 

『そう言えば最近、皆とは電話ばかりで直接会ってないな。クロエ、他7人の予定って知ってる?』

『え、あ、はい。部活とかある子もいますけど、夜なら空いてると思います』

『そっか。なら来週の金曜。久しぶりに皆で夕食でもどうかな。いや、それぞれ予定があると思うから、無理なら別にいいんだが』

 

 クロエの反応は、日頃の姿からは想像もつかないほど情熱的だった。

 

『集まります!! 断るなんて有り得ません。全員絶対集まりますから』

『そ、そうか』

『はい。皆喜ぶと思います。ところで、場所は何処にするんですか?』

『そうだな………』

 

 晶は暫し考えた。

 外でバーベキューでもしながら、なんていうのも気楽で良いかもしれない。だが、すぐに駄目だと思い直した。

 もしも誰かに見つかったら、野次馬が集まって楽しむどころではなくなってしまう。

 なので室内を選ぶことにした。

 

『場所はホテルにしようか。部屋を借りておくから、ホームパーティーみたいな感じでやろう』

『ホテル、ですか。9人で集まれる場所となると、それなりの出費になってしまうと思いますけど』

『そのくらいは出すよ。偶には保護者みたいな事もさせてくれ』

『偶に、ではありません。住む場所、着る物、日々の食事、安全な生活、教育、未来の選択肢、全て貴方がくれたものです』

『保護者だからな。ところで――――――』

 

 この後も暫しの間、2人の会話は続いていく。

 その最中、ルームメイトの蘭はクロエの横顔を見ながら思った。

 

(クロエちゃん、良い顔してるねぇ)

 

 普段のクールな感じなど微塵も無い。

 只々、好きな人と話せて嬉しいという、女の子の表情をしているのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、翌日のIS学園。放課後。

 クロエは担任のナターシャ先生に呼ばれ、教務室に訪れていた。

 そうして告げられた要件は――――――。

 

「来週の金曜日、午後からIS委員会の議長が視察に来るの。で、貴女には学園内の案内を頼みたいのよ」

 

 学園の案内だけなら、約束の時間には間に合うだろう。

 彼女は晶と話していた通り、受ける事にした。

 

「分かりました。スケジュールの詳細はありますか?」

「これよ」

 

 スケジュール表が手渡される。サッと目を通せば有り難い事に、学園側として案内して欲しい所が、既にリストアップされていた。

 これなら、案内した場所の説明だけを考えれば良い。

 

(でもどうせ説明するなら、実際に設備を稼働させた方が分かりやすいわよね)

 

 そんな考えが過ったクロエは、助手が欲しいと思った。

 

「先生、1人同行させたい生徒がいるのですが良いでしょうか」

「誰かしら?」

「ルームメイトの五反田蘭です」

「理由は?」

「学園内の説明をするにあたって、設備やISを実際に動かす助手が必要です」

「そうね………。確約は出来ないけど、多分大丈夫だと思うわ」

 

 五反田蘭の身辺は、既に徹底的に洗われて白だという事が分かっている。またクロエからの頼みとあれば、先方も断らないだろうという目算があった。

 

「ありがとうございます」

「受けてくれて嬉しいわ。準備には協力するから、当日頑張ってね」

「はい。学園を良く理解して貰えるように頑張ります」

 

 こうして話し終えたクロエは、教務室を後にしたのだった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ちなみにその夜。IS学園寮。

 クロエは蘭にものすごーーーーく問い詰められていた。

 

「ねぇねぇクロエ。そこで、どうして私の名前を出したかな?」

 

 声は穏やかだが、目が笑っていない。

 

「だ、だって、案内の時に設備を動かす助手が必要で、蘭以外なんて考えられなかったんだもん」

「それは嬉しいんだけど、その案内する人達って超偉い人達ばっかりだよね?」

「うん」

 

 蘭がクロエの両頬を無言で掴み、ぐにぃと横に広げた。

 一般市民である彼女にしてみれば、視察メンバーとして来る議長以下数名は、雲の上の人達なのだ。そんな人達の中に相談も無く放り込まれるとなれば、ちょっと怒ってしまうのも仕方無いだろう。

 

「い、いひゃい」

「少しは悪いって思ってるの?」

「ご、ごめんなヒャイ」

「なら良し。協力してあげる」

「ありがとう」

 

 赤くなった頬をさすりながら安堵するクロエだが、次の言葉で表情が固まってしまった。

 

「でも、お礼は貰わないとね」

「えっ!?」

「え~、クロエは勝手に巻き込んだルームメイトを、タダ働きさせる気なの?」

 

 言いながらニタッと笑った蘭は、手をワキワキさせながら近づき始めた。

 

「えっと、何を考えてるのかな?」

 

 ジリジリと後ずさりするクロエ。

 

「ん~、疲れているルームメイトへのマッサージかな?」

「お、お礼を要求されてる私がマッサージされるのって、おかしい気がするのだけど」

「なぁ~~~~~~~~んにもおかしくないよ。クロエをマッサージする事が、私にとってのご褒美だから」

 

 更にジリジリと近寄る蘭。

 身の危険を感じ、ジリジリと下がるクロエ。

 しかし部屋のスペースは有限だ。

 すぐにベッドサイドへと追い詰められてしまう。

 

「ねぇ蘭、私、マッサージしてもらうほど疲れてないのだけど」

「うふふふふふ。自覚の無い人は、みんなそう言うんだよ。大丈夫。痛くしないから」

 

 蘭の最近の楽しみは、この頑張り屋さんなルームメイトをリラックスさせる事だった。何せ生真面目なクロエは、ちょっと強制的に息抜きさせないと、自分を追い込み過ぎてしまう。

 だからこれは善意なのだ。決して偉い人達の中に放り込まれる腹いせに、タップリネップリ悪戯してやろうなんて思っている訳ではない。

 両手をワキワキさせて目をキュピーンと光らせ、ジリジリと近寄る姿は危ない人そのものだが、ルームメイトを思っての行動なのだ。

 そんなルームメイトを見て、クロエが更に後退する。しかし背後のベッドに足がぶつかり、ストンと腰を下ろしてしまう。

 

「素直にマッサージを受けてくれる気になったのかな?」

「これは、違うのよ」

 

 今度はベッドの上を後ずさるクロエ。

 蘭はベッドに膝を乗せ、ゆっくりと追い詰めていく。

 ちなみに2人の服装は、キャミソールにショートパンツというとても薄着なものだ。

 そんな格好の美少女2人が、ベッド上でゆっくりと距離を詰めていく。

 もし第三者がこの場にいたら、イケナイ妄想がモリモリと膨らんでいただろう。

 

「ちょっと、蘭さん? 目がなんだか怪しいんだけど」

「気のせい気のせい」

 

 触れ合える程に距離が詰まると、クロエの体が後ろに倒れた。綺麗な銀髪がベッド上に広がる。

 だが彼女の表情に嫌悪感や拒否感は無い。むしろやんちゃな妹にお願いされた姉のように、やれやれといった感じでうつ伏せになった。

 

「全くもう。痛くしないでよね」

「もちろん!!」

 

 こうしてクロエは、蘭にマッサージをされて過ごしたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、翌週の金曜日。

 視察に訪れたIS委員会の議長様(クソじじい)は、クロエの説明に聞き入っていた。

 

(ほほぅ。よく勉強しておるな)

 

 学園を案内される中で、議長は随所で質問をしていた。

 IS本体の事は言うに及ばず、設備で注意すべき点、人が扱う際の注意点、いずれも彼女は滞りなく答えてみせた。それどころか実際に設備や機体を動かし、更に学園内外問わず過去に起きた事故の事例まで出して、聞く者に配慮された分かりやすい説明を行っていたのだ。

 

(ふむ………これなら少し、質問のレベルを上げても良いかもしれんのう)

 

 そう思った議長は、次の場所に向かう途中で尋ねてみた。

 社会的な知見を問う内容で、普通の学生には少々難しいかもしれない。

 だが議長は、目の前のこの少女が答えられないとは欠片も考えていなかった。

 

「ところで、少し聞いてもいいかの?」

「なんでしょうか?」

「ここ一年ほど、ISの活躍する機会が増えておる。それについてはどう思っておるのかな?」

「レスキューや宇宙開発方面の事でしたら、とても良い事だと思います。パワードスーツでは困難なミッションも、ISなら格段に難易度が下がりますから」

「今後、そういう使われ方が増えていくかの?」

 

 学生としては同意して、夢や希望を語っていくのが正しい姿なのかもしれない。だがクロエの答えは違っていた。

 

「増えてはいくでしょう。ですがそれ以上に、武力として扱われていくと思います」

「ほほっ、ハッキリ答えたのう。理由は?」

「良くも悪くも、カラードは活躍し過ぎました。確かに世間はISをレスキューや宇宙開発に使う事で、どれだけの事が出来るかを知ったでしょう。ですが華々し過ぎる戦果が、それを覆い隠してしまっています」

 

 議長は内心でニヤリと笑った。

 やはりこの子は、良くわかっている。

 だから返答にある種の期待感を持って、敢えて尋ねてみた。

 

「華々し過ぎる戦果とは?」

「主だったところで言えばフランスのバイオテロ、ダーティボム未遂事件、サウジアラビアでのEMP兵器使用と巨大兵器侵攻でしょうか。これらに依頼という形で介入したカラードは、以後当該地域で一定の影響力を持つに至っています」

「確かにそうじゃな。じゃがその影響力は、依頼達成によってのみ成されたものではなかろうて」

「はい。その後のアフターフォローあっての話です。ですがそのアフターフォローこそ、企業の得意分野ではありませんか? そしてカラードの影響力拡大を見た他者は、必ずこう考えるでしょう。ISを使えば、自分達も同じような事が出来るはずだ、と。――――――後の動きは、議長の方がお詳しいのでは?」

 

 事実であった。

 ISを保有している超巨大軍需企業体は、揃ってカラードの真似事を始めている。

 そしてこの返答を聞いた議長は、好々爺とした雰囲気でカラカラと笑いながら思った。

 

(ふぅむ。これならもう少し、難しい話も出来そうじゃな)

 

 そう思った議長は、話の流れで更に尋ねてみた。

 

「ではこの後、世界情勢はどう動いていくかの? ワシとして平和が一番なんじゃがのう」

「難しいと思います。企業はISを使って物事に介入する事が、お金になると知ってしまいましたから」

「夢も希望も無いのう。ならお主は、どうしていくのが正しいと考える?」

「一番良いのは委員会がより強い権限と強力な実行力を持つことでしょう。ですがそれをした場合、国連と同じ問題を内部に抱えてしまう事になります」

「そうじゃな。それをするなら、多くの国から金と人員と、何よりISを集める事になる。必然的に、一番金と人員を出しているところの発言力が一番大きくなってしまうな。ついでに組織が巨大になる分、動き出すのにも時間がかかるのう」

「はい。だから今あるものを使います」

「何をじゃ?」

「カラードやその真似事を始めた企業達を、です」

「悪い事をするようなら、対抗依頼を出すということかの? 案としては悪く無いが、それだと自作自演をして、委員会から金だけを毟り取る事も可能になってしまうのう。ついでに言えば、依頼料はどこから捻出する気かの? 対抗依頼でISを動かすとなれば、安くはないぞ」

「利益がお金だけとは限らないでしょう」

「言葉で言うのは簡単じゃが、動くに足るメリットが無ければ、企業は指一本動かさんぞ」

「ええ。そうでしょう。企業はその辺り、とてもドライですから。でも逆を言えば、明確なメリットが存在するなら動くという事でもあります。そして私が考えるメリットとは、他者を上回っているという評価です。例えば委員会が企業ISの活動を評価してポイント化、ランキング付けして発表したとしたらどうでしょうか?」

 

 これを聞いた瞬間、議長はハッした。

 競争原理を勝ち抜いてきた企業は、基本的に上を目指す性質がある。

 ポイントランキング等というものを付けられたら、ライバル企業の下になる事を決して良しとはしないだろう。

 加えてこのランキングはIS委員会という公の組織が、企業の活動をどの程度評価しているか、という事を広く知らしめる目安にもなる。

 ランキング上位というのは、企業にとって格好の宣伝材料になるだろう。

 案としては悪くない。

 故に議長は、あえて否定的な意見をぶつけてみた。

 

「ランキングだけで、企業が理性的になるかのう?」

「裏側で動こうとする輩は必ずいるでしょう。ですが面子を考えれば、ある程度は分かりやすい慈善事業に、ISを投入する必要があります。その分だけ、悪用は減らせると思います。後はポイントを付ける時、戦闘関連よりもレスキュー等の人助けになる事の方がポイントを高くする、というのも良いかもしれません」

「なるほど。じゃがまだ理由としては弱いかの。ポイントランキングというのは、広く認められてこそ意味を持つ。無視されてしまえば、それまでじゃよ」

お義兄様(薙原晶)と議長は、それなりに親しい間柄と聞いています。この話をしてみては如何でしょうか。カラードの名が入っているランキングなら、他も無視はできないでしょう」

 

 議長は暫し考えた。

 委員会で勝手にランキング付けするにしても、登録制でランキング付けするにしても、業界最高と言われるカラードの名があるのなら説得力を持たせられる。

 勿論これだけで企業の動きを完全にコントロールするなど出来ないし、委員会の権限では元々そんなこと不可能だ。

 だがこの方法なら、少なくとも一定数のISは世間の目の監視下における。

 

「ふむ。本格的な検討に値するかもしれん。戻ったら、委員会に掛けてみようかの」

「学生の浅知恵ですが、いいのですか?」

「無論詰めるべき点は多々あるが、少なくとも一定の効果は見込めるじゃろう」

 

 この発言に驚いたのは、議長周囲の取り巻き達だった。

 IS学園首席入学者とは言え、たかが一学生の意見を、IS関連の最高意思決定機関であるIS委員会で取り上げると言ったのだ。

 そして付け加えるなら、今現在委員会内部において、議長に逆らえる者などいない。

 つまりこの案は、(現実的な形で細部が詰められるにせよ)既に可決されたも同然であった。

 

「評価して頂き、ありがとうございます」

「なに、良い案は取り入れる。至極真っ当な姿勢だと思うんじゃがな」

 

 ここで一度言葉を区切った議長は、少しばかり気になった事を尋ねてみた。

 

「ところで先ほど言ったお義兄様とは、保護者(薙原晶)のことかの?」

「はい。保護者という事もありお義父様とお呼びしたところ、「違和感がある」と言われてしまいまして。なので年齢的な事を考えて、お義兄様と呼ぶ事にしました」

 

 この時ジジイ(議長)は思った。

 

(あんの若造!! なんて羨ましい!! いやけしからん!! こんな美少女に、本当に「お義兄様」と呼ばれているじゃと!?)

 

 だが表情には出さない。

 理性を総動員して温和な表情を保ち、情報収集を続ける。

 

「そ、そうか。他にも引き取られた子達がいたと思ったが、その子達もそう呼んでいるのかの?」

「先日話したところ皆乗り気でしたので、恐らくそう呼ぶのではないかと。本人は難しい顔をしていましたが、命の恩人に対して尊敬の念を込めて呼ぶのは、間違いではないでしょう」

 

 クロエは当然の事とばかりに言い切り、晶の外堀を埋めていく。

 そして「お爺様」と呼ばれたい議長は、これに乗った。

 

「ほっほっほっ。そうかそうか。可愛い義妹が沢山出来て喜んでいるじゃろうて。――――――ああ、そうじゃ。あやつがお義兄様なら、ワシの事はお爺様でどうかの?」

 

 渾身のタイミングで今回の目的を切り出したジジイ(議長)だったが、世の中そう甘くは無かった。

 

「申し訳ありません。私はIS学園の生徒で、貴方はIS委員会議長という要職にあるお方です。軽々しい呼び方は、決してお互いの為にならないと考えます」

「この流れなら隙を見せるかと思ったが、流石は首席入学者。見事な倫理観じゃ。ISパイロットには誘惑も多い。今後も気をつけるんじゃぞ」

「はい。肝に銘じておきます」

 

 一礼するクロエ。

 それを微笑ましい表情で見ながら、議長は思った。

 

(むぅ。残念じゃ。今の流れならいけるかと思ったんじゃが………。まぁ焦っても良い事は無いし、気長にいくかのぅ。今回は予期せぬ収穫もあったことじゃしな)

 

 対するクロエも、優等生らしい笑顔の下で思っていた。

 

(孫娘が可愛くないという心情は察しますが、その代わりに「お爺様」と呼んで欲しいなどいい迷惑です。お義兄様の活動に影響を与えられる立場でなければ、もっとハッキリ言えたのですが………まぁ、これで暫くは大丈夫でしょう)

 

 こうしたやり取りが行われながらも、議長のIS学園視察は平和裏に進んでいったのだった――――――。

 

 

 

 第142話に続く

 

 

 




議長さんミッション失敗!!
クロエ防衛成功!!(何が?)
でも議長さんは今後の行動方針をゲットしました。

あとクロエ&蘭がユリユリしているのはウチの仕様なのです。

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