インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
一般生徒達も無関係ではいられないのです。
とある平日。2年1組の朝のホームルーム。
教壇に立った織斑先生は、意識的にいつも通りの口調で話し始めた。本来なら喜ばしい内容なのだが、裏事情を知る者としては、素直に喜べない一面があったからだ。だが生徒の前で、それを出す訳にはいかないだろう。
「さてお前達、色々噂は聞いていると思う」
生徒達の背筋が伸び、緊張を帯びた表情になっていく。
如何に特別扱いされているクラスとは言え、噂が本当なら、平静でいられるはずもない。
「だからまず、結論から言おう。1組の生徒が、専用機持ちに指名されているのは事実だ。しかも1人ではない。先日3年生から3人の専用機持ちが誕生しているが、それを上回る指名が来ている」
つまり最低4人以上ということ。
教室内に騒めきが走った。
誰だろうか? 何処の企業から? 提供される機体は? 様々な考えが生徒達の脳裏を過る。
そんな中で、織斑先生は答えた。
「まず指名が来ているのは4名。相川清香、赤坂由香里、鷹月静寐、宮白加奈だ。そして指名してきた企業だが、ロッキード・マーティン、ノースロック・グラナン、ボーイング、レイセオン。他にも幾つかの企業が名乗りを上げている。数日中に出そろうだろう」
先生の発表を聞いて、何人かの生徒がハッとする。気付いたのだろう。今言われた企業は、世界の軍需企業トップ5の内の4つ。規模も影響力も極大。機体も最先端。パイロット志望なら、ここの機体に乗る事を一度は夢見る。そんな企業だ。加えて言えば、全てアメリカ企業でもある。
教室内が騒つく。だがすぐ静かになった。
織斑先生の言葉には続きがあったからだ。
「提示された機体も、正式採用型ファング・クェイクのカスタムバージョンを始め、採用コンペで敗れたが高性能な機体、ステルス機、様々なバリエーションが提示されている」
これが無関係な第三者だったなら、単純に凄いという感想で良かっただろう。しかし当事者達にとっては違っていた。無論、専用機持ちになるチャンスが巡って来たというのは嬉しいことだ。
だが専用機持ちを身近に見てきた1組の一般生徒達にとって、強力な機体が責任の裏返しという事は、既に自明であった。
まして彼女達は知っているのだ。専用機持ちが投入される状況を。ここ最近の出来事だけでも、フランスのバイオテロ、ダーティボム未遂事件、サウジアラビアでのEMP兵器使用と巨大兵器侵攻などがある。
いずれも現場の働きで被害は最小限で済んだが、何か一つでも判断を誤っていたら、或いは遅かったら、数百万数千万人規模の被害が出ていた。
―――その現場に、自分が立つ?
指名された生徒達の背筋に、ゾワリとしたものが走った。
すぐに、では無いかもしれない。
しかし専用機を持つという事は、確実に他のパイロット達よりも早いだろう。まして1組出身となれば、投入される状況は………。
聡い故に、喜びより恐怖が先立つ。
だがここで、怯えてばかりでないのが1組の生徒達だった。
鷹月が挙手して尋ねる。
「先生、ちょっと晶くんに質問しても良いですか?」
「構わない。せっかく専用機持ちがいるんだ。疑問があるなら聞いてみるといい」
織斑先生が許可すると、生徒の視線が2人に集まった。
「専用機持ちになったら、普通のパイロットと何が変わってくるの?」
「まず機体を待機状態にして、個人で持ち歩けるようになる。そしてこれに伴って、色々な義務や責任が発生する。例えば緊急時の救助義務だな。目の前で火事や事故が発生したら、それに優先する事情が無い限り、必ず救助活動に参加しなきゃいけない。あと待遇は企業によって千差万別だけど、基本的に超高給取りと思っていい。多分、金銭感覚が狂うくらいに貰えると思うぞ。ただしそれは、実力があればこそだ。弱いと判断されたら、あっさり降ろされる場合もある」
「じゃあ注意しないといけない事は?」
「専用機持ちっていう立場になると、その立場を利用しようとする奴らが近づいてくる。量産機パイロットでもある事だけど、専用機持ちになると比較にならないくらい多くなる。だから身辺には注意しておかないと、要らん厄介事に巻き込まれるかな。あと一番注意しなきゃいけないのは、専用機の強奪だ。もし成功したら提供元企業や国に大ダメージを与えられるから、狙われる事も多い。ちなみに現実感が無いかもしれないけど、ニュースで放送されていないだけで、本当に起きているからね」
「防ぐには、どうしたら良いのかな?」
「これをやっておけば、確実に防げるっていう手段は無い。身辺に注意する、付き合う人間を選ぶ、出歩く際は信用のおける護衛を用意する等々、昔から言われている王道手段が一番効果的だ。だけどそれでも、相手が強奪の為にISを投入してきたら、自分で対応しなきゃいけない。しかも襲撃される側っていう不利な状況からスタートだ。そして大体の場合において、狙われるのは対応し辛い状況にある時だ。例えば近しい人間と一緒にいる時とかね。如何に強力な専用機とは言っても、パイロットに実力を発揮させなければ脅威足り得ないから」
「私達に、護衛を雇うお金なんてないよ」
「お金って意味じゃ心配しなくても良いかな。生徒である間は学園が責任を負う事だし、卒業した後は、多分国や企業の専属護衛チームが付くと思う」
「でも、あるんだもんね?」
「ある。そして専用機持ちになったら決して避けては通れない」
「晶くんとか、他の皆はどうしているの?」
「流石にそれは言えないかな。ただこの場にいる専用機持ちには全員、有形無形の護衛がついている」
「じゃあ仮に私達が専用機持ちになったとして、どの位の護衛が見込めるのかな?」
「それに答える前に、1つ質問。今回の指名、どう思う?」
これは確認しておかなければならない事だった。
もし無邪気に喜んでいるようであれば、オブラートに包んだ優しい説明で良いだろう。
しかし現実を正しく認識しているようであれば、今後の為にも誠意を持って説明するべきだった。
「広告塔、かな? 指名してきたのは全部アメリカ企業。そしてこのクラスにアメリカの専用機持ちはいない。多分どうしても、何としてでも捻じ込みたいんじゃないかな?」
「どうして、そう思う?」
「最近のIS雑誌とか、業界の動向コラムとかを見てたら一目瞭然だよ。注目されているのは、やっぱり晶くんの周囲にいる機体で、アメリカ製はその次になってる。スペックデータは悪くないんだけど、知名度っていう点でどうしても負けている。世界最大を自認する企業にとっては、大分悔しいんじゃないかな? そして今までは漠然とそう思ってただけだけど、今回の指名で確信した。じゃなきゃ、私達から4人も指名されるなんて、絶対におかしいもん」
「良かった。その辺りの事情は見えているんだ」
「うん。だから本当のところがどうなっているのか、教えて欲しいな」
「分かった。ならハッキリ言おう。鷹月さんが言った通り、今回の指名は広告塔にしたいって面がかなり強い。だから実力の方は、将来の伸びしろ分を含めた期待値で見られている。で、それを踏まえた上で護衛について言うと、企業側も手は抜かないだろう。何せ広告塔として使うんだ。機体の強奪やパイロットの負傷なんてマイナスイメージは、何としてでも避けたいだろうからね。ひたすらクリーンにいくだろう」
「でも狙われる可能性はゼロじゃない」
「ああ。で、ついでに言うと一度専用機持ちになったら、その企業からは離れられないと思った方が良い。量産機パイロットならまだしも、専用機なんて機密情報の塊を知る人間だ。そう簡単に縁を切れるとは思わない方がいい」
「という事は、一度なったらもう進路は変えられないっていうこと?」
「そう思っていい。そして専用機の運用方針は、確実に最高レベルの意志決定が絡む。国の組織なら政府だし、企業なら
ここで、別の生徒が口を開いた。
「先生、私今回の話断ります」
「私もです」
赤坂由香里に、宮白加奈が続いた。
織斑先生は安心とも勿体ないとも分からない、複雑な感情を抱いたまま聞き返した。
「理由を聞こうか。事はお前達の将来に関わる。もっと時間を掛けて考えても良いんだぞ」
「私、もう行くところは決めているんです。そして私のやりたい事は、今回指名してきた企業じゃ出来ない事ですから」
「宮白もか?」
「はい。私も赤坂さんも、もう行き先は決めています。多分凄い倍率だと思いますけど、行くならそこ以外は有り得ません」
「そうか。ちなみに何処だ?」
「「秘密です」」
2人の声が重なる。
織斑先生の視線が、チラリと晶を捉えた。
だが彼の表情は変わらない。
「………まぁ、後で分かることか。真っ当なところだろうな?」
「勿論です」
「はい。とても」
「なら良い。では鷹月、他に何か聞きたい事はあるか?」
「じゃあ最後に、仮に専用機持ちになったとして、その場合カラードに登録って出来るかな?」
「登録自体はIS提供元の本社が認めれば可能だろうし、その場合はこっちから依頼を回す事もできる。でも待遇面は、IS提供元の本社が決定権を持つ。あくまで仕事繋がりにしかならない。ちなみにウチから依頼を回した場合、依頼におけるあらゆる責任は依頼を受託した側が負う事になる。つまり放課後の訓練でよくやるシチュエーション、“騙して悪いが”が起きても、責任は受託した側だ」
「依頼した側じゃないの?」
「生き残れれば反撃も出来るけど、そういう時は敵も必勝の準備を整えている。死人に口なしって言うだろう」
少々酷な内容だが、晶はこれをオブラートに包んで言う気は無かった。
パイロットになれば、必ず直面する現実だからだ。
「厳しいんだね」
「勿論。ワンオフの専用機は、それ自体が攻略目標になる」
「そっか………。うん、ありがとう。私はもうちょっと考えたいかな」
「また何か聞きたい事があったら言ってくれ。答えられる限りは答えるから」
こうして鷹月の質問が終わると、今度は相川清香が尋ねてきた。
「ねぇ晶くん。量産機を専用機として提供して貰うって事はできるのかな?」
「え? いや交渉次第だけど、出来なくはないんじゃないかな? でもそれだと専用機の意味が無いって言うか、専用機の恩恵が殆どないって言うか、余り意味があるとは思えないんだけど」
「んーーーーっと思ったんだけど、専用機持ちが企業と縁を切れないのって、最新技術が他に漏れるから、だもんね?」
「うん。ぶっちゃけて言うとそうなる」
「なら打鉄とかラファールみたいに、他国への販売前提の量産機なら大丈夫じゃないかなぁって」
「専用機持ちをやってたっていう実績だけ作って、行きたいところは別のところってことかな?」
「うん。というか、行きたいのは
後に、晶は思った。
彼女のこの一言が、1組を突き動かす切っ掛けだった、と。
「俺のところ以外でも、良い所は沢山あるぞ」
「でも信用も信頼もパイロットの待遇も装備も、晶くんのところ以上に安心できるところなんて無いと思うんだ。だから第一志望はカラード。多分、みんなそうじゃないかな」
専用機持ちに指名された4名だけではない。他の生徒達も肯いていた。
「専用機より俺のところの方がいい、か。そう言ってくれるのは嬉しいが、本当に良いのか? せっかくのご指名だぞ。それに対して、俺のところは入れるかどうかすら分からない。もし入れたとしても、機体が与えられるとは限らない。かなり分の悪い賭けだと思うけどな。それに言わせてもらえば、専用機パイロットになった後で他に移ったらスパイ行為を疑われる。決して自分の為にならない」
「なら断る。確かに分の悪い賭けかもしれないけど、今専用機の話を受けたら所属は軍需企業で、戦う事以外にISは使えない。でも晶くんのところなら、他の事にも使えるでしょ」
「使えるには使えるけど、パイロットである以上どの部門に配属されても、襲撃される可能性は常にある。宇宙開発部門だったら最新テクノロジーを扱う関係上、むしろ襲撃される確率は高いぞ」
「カラードの宇宙開発部門って、物凄く将来の為になる事をやっている部門でしょ。そういう事に、私はISを役立てたい」
「本当にいいのか? 今なら専用機持ちっていうエリートコースに乗れるんだぞ」
「馬鹿な選択かもしれないけど、これでいい。今妥協したら、多分後悔すると思うから」
若者らしい無鉄砲さ、とでも言えば良いのか。
それとも夢に向かって突き進む若者らしい姿、と言えば良いのか。
「分かった。そこまで言うなら俺から言う事は無い。しっかりと腕を磨いて、知識を蓄えておくといい」
「うん。そうする。入社試験、面接は晶くんがやってね」
「やれたらね」
こうして指名された生徒達は、各々の意志を示していった。
そして彼女達の賢明なところは、今回の一件の裏事情まで考えていたことだろう。
もし現時点で話を受けていたら、未熟な腕で専用機を持ち、それでいて広告塔として露出は多いという、かなり頭の痛い状況になっていたからだ。
だからこそ晶は、皆の考えを聞いて安堵していた。
裏事情まで分かっているなら、言われるがままに受け入れ、契約するような事はないだろうと思ったのだ。
しかし、立場が異なれば見方も変わる。
2年1組以外の生徒達にとって、今回の一件は――――――。
◇
昼休み、食堂。
至る所から、同じような話が聞こえてくる。
「ねぇ。1組の話、聞いた」
「聞いた聞いた。やっぱり“特別”は違うわね」
「4人でしょ。専用機持ちに4人も指名されたって」
「やっぱり1組だから?」
「じゃない。しかも全部アメリカ企業。名実共に最大手からの指名だって」
「え、じゃあ、あそこから? いいなぁ。私も1組だったら専用機持ちに成れたのかな?」
「なれるんじゃない。だって1組っていうだけで特別扱いだもん。羨ましいったらないわ。成績だって突出している訳じゃないのに。確かに3年生には勝ったかもしれないけど、辛勝だったって言うじゃない。なのに専用機持ちの話が出るなんて、絶対実力以外のものが関係しているに決まってるわ」
「でも断っているって聞いたわ」
「ポーズよポーズ。すぐに受けたら決まり切った予定調和に見えちゃうから、一応断りましたっていうポーズ。あんな超一流企業からの話、普通断らないでしょ」
「そうよね。あ、でもそう言えば指名された子の中に、確か前の事件で誘拐された子が2人もいたわね。ISパイロットにそういうのって、マズイんじゃないかしら?」
言うまでもなく、
発見時の状況は緘口令が敷かれているが、厳重な機密保持が要求されるISパイロットに、“誘拐されて何かをされた過去がある”というのはマイナスでしかない。よほど突出した“何か”を持っていない限り、選ぶ側としては背景の白い方を選ぶだろう。
なのに、あの2人は専用機持ちに指名された。世界最大手の企業に。成績が突出している訳でもないのに。
日頃から1組を羨む者達にとって、これほど腹立たしい事もない。
だから隣のボックスで2人が食事をしていると分かっていて、他クラスの生徒は話を続けた。
「たらし込んだんじゃないの? 大人しそうなのと元気そうなの2人揃って。男の人って、ああいうのに迫られるとコロッといっちゃうらしいから。上手くやったのよ。きっと」
「ずっるーい。そんな事で専用機が手に入るなら、幾らでもやるのに。――――――ねぇ、実際にはどうやったの? 私達にも教えてよ」
他クラスの生徒が、2人に声を掛けた。
勿論声に含まれているのは、嫉妬と侮蔑と嘲りだ。
怒らせて、ムキにならせて、その姿を笑ってやろうという浅ましい感情の発露だ。
だが2人は、全く動じていなかった。
理由? 最近付き合いのある
2人は顔を見合わせて苦笑した後、赤坂が答えた。
「ふ~ん。そういう事したいんですか? ならどうぞ。存分にやってきて下さい。上手くいけば、誰か引っ掛かってくれるかもしれませんね」
「選ばれたからって生意気ね」
「そうですか? あと勘違いしているようですから言っておきますけど、私達専用機の話断ってますから」
「どうせポーズでしょ。後になって推薦されたとか何とか言って、結局なるんでしょ」
「いいえ。もうノースロックの方に連絡して、正式に断ってますから。かなりんもレイセオンに連絡して断ってますよ」
「嘘でしょう? 世界最大企業からの指名、本当に断ったの?」
「ええ。私達、やりたい事があるので」
「超一流企業の指名を断ってまでやりたい事って、何なのよ」
「そこまで教える義理はありません。かなりん、行こう」
「うん」
面倒な手合いに、態々付き合う必要もない。
2人が席を立つと、周囲がザワリとして皆がサッと目を逸らした。
どうやらいつの間にか、随分と注目を集めてしまっていたらしい。
そんな中、遅れて食堂に入ってきたラウラが通りかかった。
「2人とも、何かあったのか?」
「ううん。ちょっと専用機のことを聞かれただけ」
答えたのは
「そうか。で、何て答えたんだ?」
「隠すような事でもないし、断ったって教えてあげたよ」
「それがお前達の選択なら何も言わんが、本当に良かったのか? 与えられる機体の性能は、間違いなく一級品だったはずだぞ」
「ラウラさん。分かってて聞いてるでしょ」
「まぁな」
ラウラはこの2人が、
だから今の問いは、今後の為の確認に過ぎない。
本題は、この次だ。彼女は他クラスの生徒をチラリと見た後に続けた。
「もしも行きたいところがダメだったら、私の処にくると良い。黒ウサギは流石に無理だが、幾つか伝手がある」
「ありがとう。でも良いの? ここでそんな事言っちゃって」
「お前達は最大手に指名された人間だぞ。加えて言えば、断って今はフリーなんだ。むしろ声をかけない方が不自然だと思うが?」
ラウラとしては、こんなものは出来レースだった。
恐らく彼女達は望みの場所―――カラード実戦部隊―――に行けるだろう。
あの
そしてドイツの武力を担う彼女としては、自身と
だからこの2人に声を掛ける。
将来あそこに行くというなら、繋がりを強化しておくに越したことはないからだ。
尤もラウラにとっては出来レースでも、他クラスの生徒から見れば印象は全く異なる。
入学時点で“ドイツの冷氷”という二つ名を持つエース級パイロットから、直接スカウトされているのだ。
その意味が分からない者などいない。
何処の所属になるかは分からないが、パイロットの座は確実という事だ
「ね、ねぇ。代表候補生から見て、この2人って使える方なの? 公開されている模擬戦データを見る限り、そうは見えなかったんだけど」
他クラスの生徒が、恐る恐るラウラに尋ねた。
「ふん。アレをそうは見えないと言うか。ならお前らの腕と戦術眼は、その程度だな」
あの時、目の肥えた企業の人間はこう言っていた。
「常に最悪の一手が予測されている。5試合目のアレ、本当に学生かと思ったぞ」
「アレか。第三勢力の介入に合わせて乱戦に持ち込んで、本人達はちゃっかり離脱だからな。手慣れているにも程があるだろう」
確かに、突出した腕はない。
しかし強者が常に戦場での勝者になるとは限らない。
格上たる3年生を相手に、彼女達は使えるモノを使い尽くす事で勝利をもぎ取った。
その戦い方は、国際試合に出るパイロットのソレではない。どちらかと言えば軍人寄り。いや、傭兵寄りの戦い方であった。
故にラウラは、彼女達を実行力足り得ると判断していた。
現時点ではまだ未熟だが、後2年近くあるのだ。卒業時には、それなりになっているだろう。
だが他クラスの生徒には、それが分からなかったらしい。
「その程度ですって!? 幾ら代表候補生だからって!! あんなの運良く敵を押し付けられただけでしょう」
「アレを運と言える時点で、お前の程度が知れるな。――――――そうだ2人とも、ちょっと一緒に来てくれ」
他クラスの生徒に言い放った後、ラウラは宮白と赤坂に声を掛けた。
「いいけど、どうしたの?」
「なに、ちょっとした相談だ」
「「?????」」
2人揃って首を捻るが、考えて分かるはずもない。
なので、後はもう下げるだけのトレイを持って大人しく付いていくと………案内されたのは、晶のいるテーブルだった。つまり他クラスの一般生徒達が近づく事の出来ない、2年1組専用機持ちが集うテーブルだ。
「「あの、ラウラさん?」」
意図せず、2人の言葉が重なる。
「ああいう手合いには、こういうのが一番効くからな」
大丈夫。全て分かっていると言わんばかりにイイ笑顔のラウラ。反対に、絡んできた生徒の顔は真っ青だった。それもそうだろう。
1組にいると感覚が麻痺しそうになるが、本来専用機持ちというのは雲の上の存在なのだ。それが集うこの席に案内されるということ自体が、特別である事を示している。
「で、でも私達、専用機のお話断ってるんだよ」
赤坂の言葉にラウラはワザとらしく首を傾げ、更に悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべながら答えた。
「何を言っている? この席に専用機持ちしか座れないという規則は無い。そして相談というのも他愛のない、お前の好きなISメーカーやISスーツメーカーを聞くだけのこと。学園内の至るところで行われている、極々ありふれた普通の会話だ。余人が聞いてどう考えるかは知らんがな」
相手の勘違いに任せる。
ある意味で、完全に詐欺師の物言いであった。
そしてラウラの意図を理解した他の面々が、親し気に2人に話し掛ける。
ISという共通の話題があるだけに、話も弾む。
これは嫉妬に塗れた者達に対する、あからさまなメッセージであった。
即ち2年1組のクラスメイト達は、専用機グループの庇護下にあるのだと――――――。
◇
一方その頃、2年1組教室。
お弁当で昼食を摂る相川・鷹月コンビの話題も、専用機についてだった。尤もこちらの雰囲気は食堂とは正反対で、返事を保留していた鷹月さんのお悩み相談室と化していた。
「で、
「迷ってる。色々裏事情があるみたいだけど、やっぱり専用機っていうのは憧れだもん。相川さんこそ、何でそんなにスッパリ断るって決断が出来たの?」
「やっぱり、夢と希望は大っきく持ちたいからかな。あと晶くんのところなら、他の何処よりも安心出来るから」
「それはそうかもしれないけど、多分凄い倍率だよ」
「それでも、だよ。だって、せっかくクラスメイトに晶くんがいるんだよ。カラードの社長がいるんだよ。世界最先端のIS企業で晶くん自身もパイロットだから、パイロットに理解のある社長だよ。それにバックアップも手厚いし、福利厚生も良い。今回指名してくれたところと比べても遜色ないんだよ。なら、狙ったって良いと思うんだ」
「もしもダメだったらって考えないの?」
「考えたよ。でも多分、ここで妥協したら後悔する。そう思ったら、断るの一択だった。最後は感性かな」
「んん~。どうしよう………」
悩む鷹月だが、これが普通の感性だろう。
専用機持ちになれるチャンスを棒に振って、不確かな可能性に賭ける………悩んで当然の選択だった。
「そんなに悩むんだったらさ、両方から話を聞いてみたら?」
「どういうこと?」
「迷うって事は不安があるからでしょ? なら色々聞いてみたら良いんじゃない。カラードの事は晶くんに聞けば良いし、指名してきたところだって、指名したパイロットからの質問には答えるでしょ」
「そっか………。うん。ありがとう。なら色々質問を纏めて、今度聞いてみるね」
「でも急がないと、どんどん周りが煩くなっちゃうからね」
「分かってる。今日の夜にでも纏めて、明日には聞くよ」
こうして指名された者達は、各々考え、決断し、行動していく。
その結果が――――――。
◇
翌週の土曜日。
日も沈み、月が昇った頃。
カラード社長室で晶は、IS委員会北米支部支部長からの通信を受けていた。
ブロンドの髪をキッチリと後ろに撫で付けた男は、細いシルバーフレームの眼鏡をクイッと押し上げながら口を開く。
『しかし貴方は、いったいどんなマジックを使ったのですか?』
『マジックとは人聞きの悪い。何もしていませんよ』
『本当ですか? 一般生徒に専用機の話を断らせ、我が国最大の軍需企業体にISを4機も出させるなど、どれだけの権力があれば可能なのか、私には皆目見当もつきませんね』
眼前に展開された空間ウインドウの中で、男は大袈裟に肩をすくめた。
『権力だなどと。私は何もしていません。断ったのはクラスメイトの決断ですし、リース契約もあちら側からの提案です』
『ええ。貴方は何もしていない。していないからこそ彼ら、企業体の連中は悔しいのでしょうね』
ロッキード・マーティン、ノースロック・グラナン、ボーイング、レイセオン。
世界の軍需企業トップ5の内の4社であり、規模も影響力も極大のアメリカ企業だ。
これらは当初、
用意したISの性能は一級品。与えられる報酬・名誉も量産機パイロットとは比較にならない。
つまり断られるはずがない。
だが蓋を開けてみれば、指名した生徒全員の辞退だ。
理由はいずれも「将来行きたいところがあるため、今専用機の話を受ける事はできない」というもの。
この回答に企業は焦った。
生徒達がもし何かを企んでいたなら、交渉テーブルにさえ付かせてしまえばどうとでも出来ただろう。だが相手にその意思がなければ、交渉自体が成立しない。
またある程度実績のあるパイロットが相手だったなら、契約金の積み上げという真っ当な手段が使えたのだが、今回指名した者達は皆学生だ。しかも企業の経営戦略上選んだだけなので、突出した実力は無い。
そして実力の無い外国人に契約金を積み上げたとなれば、国内の感情的な反発を免れないだろう。
よって企業は、方針を切り替えた。
何かと注目を集めるカラードにISを
そんな事情を思い出しながら、男は続けた。
『何せあの世界最大を自認する企業が、
『そう言われてもね。ただ企業も諦めが悪いというか。ちゃんと布石は残しているというか』
晶は空間ウインドウをもう1つ開き、リース契約の内容を表示させた。
契約内容自体に不備は無い。
カラード本社の事務方が十二分に内容を精査し、料金の支払い、メンテナンスに関わること、その他問題になりそうな部分は全て網羅されている。出し抜かれる心配は無いだろう。
だがその中に企業同士の契約内容としては、異例とも言える一文があった。
『リースした機体を2年1組生徒が使う事を認める、か。本当、諦めが悪い』
この一文、現時点では特に意味を持たない。
練習には学園のISを使うし、実力の足りていない者を本物のミッションに投入する気も無い。
そして機体に搭乗するパイロットの選定はカラードに任されているから、あえて入れる必要もないはずの一文だ。
しかしそれでも企業が明文化した理由は明白だった。
将来1組の生徒達が実力を伸ばしてきた時―――練習機では物足りなくなってきた時―――に、実戦配備型のISを使えるようにしておくためだ。
この一文がある事で、カラードは実戦配備型のISを練習機として扱える。
そしてリースしている機体を練習機として使い始めた時、改めて交渉を持ち掛けてくる気だろう。
『諦めが悪くなくては、企業の営業部門は務まりませんよ』
『それもそうですね。ところで話は変わりますが、今回委員会の動きが随分早かったですね。何かあったのですか?』
ISコアはアラスカ条約に則り、IS委員会が管轄している。
そして普通ならISコアの受け渡しには、かなりの時間を要する。
渡す理由の正当性や渡される側の背景が入念に調査される他、膨大な量の手続きが発生するからだ。
なのに今回は1週間程度で全て完了し、後は機体の移送を残すのみとなっていた。
『何もありませんよ。ただ規則に従って、企業からの申請を処理しただけです。IS委員会は、公平で公正な組織ですから。ああ、ですが私情が混じっていないとも言えませんか』
『どういう意味ですか?』
『軍需企業に使われるより、そちらに使って貰いたい、と考える人間が一定数いるということですよ。もしかしたらそういう人間が頑張って、手続きが早くなったのかもしれませんね』
『応援してくれる人間がいる、というのは嬉しいものです。ではこの後も仕事があるので、これで失礼しますね』
『ええ、では』
こうして通信を終えてから、晶は思う。
(こちらに使って貰いたい人間がいる、か。それが味方とは限らないってところが、怖いよなぁ)
アメリカは最大のISコア保有国だが、それでも4機という数は多い。これだけの数を動かせば、必ず何処かにシワ寄せがいく。にも関わらず、まるで最初から決まっていたかのように、すんなりと話が纏まっていた。これで疑わないなどあり得ない。
なので更識家を使って調査してみたところ、機体を売り込みたいという企業の思惑を利用して、アメリカ国内からISを追い出している存在が浮かび上がっていた。
そしてこの存在の上手いところは、現時点では何処にも損をさせていないところだ。
企業は何かと目立つカラードで、自社製ISをアピールできる。
カラードは使えるISを増やせる。
両者共にメリットのある良い契約だ。
だが、アメリカ本国にある機体数が減って一番喜ぶのは誰か、という視点で考えると話は異なってくる。
(
ライバルというのは、少なければ少ないほど良い。
だから今回の一件を後押しして合法的にISの配備数を減らし、その代替戦力としてアームズ・フォートを使う気なのだろう。
代替不可能な個人を嫌う企業らしい考えと言えた。
(そしてISは使い勝手の良い駒として、分かりやすい広告塔として使う、か)
確かにカラードの今までの活動を考えれば、軍需企業が自らISをアピールするより、カラードで活動させた方がずっと高い宣伝効果を見込めるだろう。
(だけどなぁ………)
厄介な懸念材料が1つあった。
調査を進めて行く中で、アームズ・フォート推進派とスコール・ミューゼルが接触していたらしい、という情報があったのだ。何を企んでいるのかまでは分からなかったが、もし両者が手を結んだなら今後の動きは要注意だろう。
(まったく、今後どうなっていくんだか………)
そんな事を思いながら、晶は仕事を片付けていくのだった――――――。
第136話に続く
物凄い難産でした………。
でもそのお陰で一般生徒達の方向性が結構固まってきた感じです。