インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
――――――IS学園第三アリーナ観客席
「ここ、いいかな?」
「あ、ショウ。いいよ」
そこでシャルロットを見かけたので、隣に腰を下ろす。
今日は一夏とセシリアの模擬戦が行われる日。
周囲を見渡せば、どうやら今日のイベントの事は、一年生全体に広がっていたみたいだ。
埋まっている観客席の数が、明らかに1組の人数よりも多い。
「どう見る?」
「本人の筋も良いし、出来るだけ教え込んだけど、やっぱり厳しいと思うな。何よりセシリアは本気だよ。一体何を言ったのさ」
「特に何も。ただ侮辱の意味で一夏をぶつけたんじゃなくて、目的があってぶつけたって話したら納得してくれたくらいかな」
「ちなみに目的って?」
「これから先あいつが強敵と戦った時、『あの時に比べれば大した事無い』そう思えるくらいに強力な敵であって欲しいと言っただけだ」
「・・・・・ねぇショウ」
「ん?」
「煽ったね? まだ同じクラスになって一週間しか経ってないけど、セシリアの性格でそんな言葉をかけられたら絶対やる気だすよ」
「だろうな。でも一夏にとってもその方が良いんじゃないかな。慢心した相手と戦うよりも、相手が全力で戦ってくれた方が、得るものは多い」
「それは確かにそうだし、君とボクとの訓練を耐え抜いた今なら瞬殺される事はないだろうけど、でもそれだけだよ。勝てる訳じゃない。何より性能の差が絶望的過ぎる。第三世代と訓練用ISじゃ」
「ギリギリで専用機の白式が間に合った。性能差はある程度何とかなるだろう」
ちなみに白式の方に、俺は一切タッチしていない。
完全に原作通りの性能だ。
「それでも厳しいと思うよ。ショウも一緒に訓練していたから分かるでしょ。一夏の適性は完全にクロスからショートレンジ。対してセシリアはミドルからロングレンジ。下手したら一方的に撃たれて終わりだよ」
「逆に言えば、踏み込んでしまえば一方的にやれる訳だ。そろそろ始まるな」
視線をアリーナに向ければ、丁度一夏が灰色のIS、白式を纏って出てきたところだった。
やはりフォーマットとフィッティングは終わってないか。
そうして始まる模擬戦。
ここで俺は、セシリアの本気の意味を知る。
「ビットと機体の同時制御だと!?」
そう。原作で一夏につかれた弱点。
ビット制御時に機動が止まるという弱点が見当たらない。
クロスレンジでも同じように出来るかどうかまでは分からないが、少なくともミドル、ロングレンジでは完璧にやってのけている。
これは厳しいぞ。
あえてこの弱点を一夏に教えていなくて良かった。
下手に教えていたら、本当に瞬殺されかねなかった。
それほどの猛攻。
あえて敵の視界内に数機のビットを配置。注意を引き寄せ、残りのビットを死角に配置して攻撃。
これだけでも厄介なのに、更にスナイパーライフルで狙撃なんて。
彼女は俺に宣言した通り、自身の弱点をこの短い期間で克服し、全身全霊全力でもって倒しにきた。
だが一夏も負けていない。
ビット攻撃の雨を紙一重で避け、本当に当たってはいけない本命の攻撃は、ブレードで防ぐ。弾く。エネルギーシールドを削らせない。
予想以上の攻防に、アリーナがヒートアップしていく。
だがこのままでは勝てないぞ。
「問題は、どこで仕掛けるかだね。このままだとジリ貧だよ」
隣に座るシャルロットも同じ事を思ったようだった。
「ああ。どこで
ビットの配置が微妙に変化している。
ランダム配置のパターンの1つと言われてしまえばそれまでだが、さっきまでは一夏との間にビットを配置し、一直線に行けないようにしていた。
それが今は、
「・・・・・本当だ。少しだけ道を空けている」
シャルロットも気付いたようだ。
この少しだけというのが厄介だ。
完全に空けてしまえば誘いだと感づかれる。完全に閉じてしまえば相手はそれをこじ開けようと、油断無く慢心無く攻略を考える。
だが、少しだけなら。
もしかしたらという思考が、相手の無茶を誘発する。
「・・・・・セシリアって意外と良い奴だな」
「どうしたの、急に」
「俺が言った事を、本当にやろうとしてくれている」
「『あの時に比べれば大した事無い』っていうくらい、強力な敵になってくれっていう話のこと?」
「ああ。懐に誘い込んで、勝ったと思わせた瞬間に叩く気だろうよ。遠距離型に、白兵型が最も得意とするクロスレンジで負ける。こんな心が折れる負け方はそうない」
話している間に一夏が動いた。
誘いに――――――乗った。勝負に出たか!!
途中にあったビットをすれ違い様に両断。爆発の輝きを背に突き進む。
ここから先は、俺の予想を楽に越えていた。
セシリア、スナイパーライフルを上空に放り投げ一言。
「インターセプター!!」
右手に集まる量子の輝き。顕現するのはショートブレード。
ブレードを防いで一夏の動きを止めた瞬間、直上に展開していたビットの斉射。
文字通り降り注ぐレーザーの雨。
しかし一夏は、瞬時加速でもう一回加速。最小限の被弾で攻撃範囲を離脱。
ここで、まるで映像を巻き戻したかのようにショートブレードが手の中から消え、放り投げられていたスナイパーライフルが手の中に戻ってくる。
「終わりですわ!!」
放たれる閃光。
全力で離脱し、体勢を崩している一夏に避ける術は無い。
着弾。更に直上に展開していたビットによる追い討ち。温存していたであろうミサイルもここで発射。
静まり返るアリーナ。
誰もが終わったと思った中、セシリアは未だ戦闘態勢を解いていない。
「まさか煙に紛れて不意打ちなど、紳士にあるまじき行いはいたしませんわよね?」
「戦いの最中、終わる前に油断する方が悪いって教わったからね。隙があれば行く気だったよ」
「この私が、そのような無様を晒すとお思いですか?」
「いいや。流石代表候補生だと思ってたところだ」
一夏を包んでいた煙が晴れていく。
そこにはフォーマットとフィッティングを終えて純白の白となり、本来の性能を発揮出来るようになった白式をまとう一夏の姿が。
「まさか・・・・・
「ああ」
言葉少なく構えられた
その切っ先がセシリアに向けられる。
「俺は――――――勝つ!!」
初期状態とは比べるべくもない圧倒的な突進力でもって、セシリアの領域を侵し切り裂いていく。
「くっ!!」
初めて見せる焦りの表情。
緊急展開されるビット。だが白式の突進力はそれを上回る。
ライフルは間に合わないと判断したのか、放り投げられ、
「イ、インターセプ――――――」
「遅い!!」
完全展開する前に
ニノ太刀で大上段に構える一夏。避わせないと諦めたのか、恐怖に負けたのかは分からないが、目を閉じてしまったセシリア。
観客の誰もが振り下ろす姿を想像し――――――裏切られた。
「負けを認めてくれ。決着はついた」
喉元に
おいおい、格好良過ぎだろう。
沈黙がアリーナを包み、負けを認めると同時に湧き上がる大歓声。
ここで俺は席を立った。
「どうしたの?」
「約束通り全身全霊で戦ってくれた相手に礼を言いにいく。正直、想像以上だった」
◇
―――第三アリーナ、セシリア・オルコット控え室
涙が止まらなかった。
まさか、まさか負けるなんて!!
自身の情けなさに、幾ら拭っても涙が滲んでくる。
油断したつもりは無かったし、慢心したつもりも無い。
でも結果は・・・・・敗北。
あれだけ素人と罵った相手に、敗北。
本当に、あまりの情けなさに涙が止まらない。
そんな時に聞こえた、控え目なノック。
今は誰の顔も見たくなかった。見せたくもなかった。
淑女にあるまじき行いとは分かっていても無視した。
でも、相手はそれを許してくれなかった。
「薙原だ。今回の件で礼を言いに来た」
馬鹿にして!!
扉を怒りに任せて開け放つ。
「礼!? 素人と罵った相手に負けた私を、笑いにきたのでしょう!!」
廊下に声が響いても、情けないと分かっていても口は動き、醜い言葉を吐き続ける。
「強力な敵であって欲しいと貴方は言った。でも私は負けた!! 挙句、最後は降伏勧告までされて!! ISに触れ始めたばかりの素人に!! 笑いたければ笑えばいいわ!!」
「そんなつもりは毛頭無いし、誰にも言わせない」
「嘘だわ。内心では笑っているんでしょう?」
俯く。顔を上げていられない。
涙が落ちるのを止められない。
すると彼は、背を向けてから口を開いた。
「・・・・・敵の事は、当然戦う前に調べ上げた。ビット制御と機体制御を同時に出来ない事。クロスレンジでの戦闘に不安がある事。圧倒的な狙撃技能のおかげで表面化しなかった弱点。覚えがあるだろう?」
私は何も言わない。
でも彼は勝手に続けていく。
「あいつの為にならないから、それらの弱点は教えなかった。でも始まってみればどうだ? それらの弱点が綺麗に消えてるじゃないか。それだけで、お前がこの一週間どれだけ努力したのかは見て取れる。俺の言葉通りに強力な敵であろうとしてくれた相手に、感謝こそすれ侮辱なんて出来るはずがない。だから、礼を言いに来た。ありがとう」
「・・・・・ずるい人。そんな風に言われたら、怒れませんわ」
勝利以外で、こんな風に言われたのは初めてだと思う。
「まぁ、俺が言いたかったのはこれだけだ。疲れてるとこ悪かったな」
「お、お待ちなさい!!」
片手を上げて、振り向きもせずに去って行こうとする彼を、反射的に呼び止めてしまう。
そして、やっぱり彼は振り返らない。
「何かな?」
「そ、その――――――」
用があって呼び止めた訳じゃないから、話なんてある訳が無い。
でも何かを言おうとして必死に言葉を探して、閃く。
「そ、その、放課後のトレーニングというのはこれからも続けるのですか?」
「一夏がやる気の限りは続ける予定だ」
「なら私も参加して良いですか?」
いつの間にか、涙は止まっていた。
そしてようやく彼は振り返った。
「構わないが、急にどうしたんだ?」
「素人を一週間であれほどまでに鍛え上げたのです。それほどの指導が出来るなら、私にも得るものがあると思いますわ」
「俺だけの力じゃない。シャルロットが居たからこそ出来たんだ」
「フランスの代表候補生ですわね。御二人を見ていて思いましたけど、知り合いだったんですか?」
「ここに来る前に、ちょっと世話になった」
「ちょっと、ですか?」
「そう。ちょっとだ」
それこそ嘘でしょう。口にこそ出さなかったが、セシリアは素直にそう思った。
詳しい情報は機密のベールに包まれているが、ここに来る前に関わっていたなら、ちょっとであるはずが無い。
少なくとも、仲良くなる程度の時間は一緒に過ごしたはずだ。
何せ学園生活初日から、普通に話していたのだから。
だけど彼は、私のそんな内心に気付きもせず、今度こそ立ち去って行く。
しばらくその方向を何となしに眺めていると、後ろから声をかけられた。
「大丈夫か? オルコット」
振り向くと、そこにいたのは織斑先生。
何故ここに?
「何、気分転換の方法でも伝授しようと思って来たんだが、思ったほど落ち込んでいないな」
「ええ。挑発した相手に励まされてしまいました」
「ほう。姿が見えないと思ったら、そんな事をしていたのか。ちなみに、どんな風に励まされたんだ?」
「特別な事は何も。ただ、全力で戦ってくれてありがとうと、それだけですわ」
「・・・・・やる事にソツが無いな。そういうのは、そう出来るものじゃない」
「私も、そう思いますわ」
もう一度、彼が去って行った方を見ていると、
「ああ、これだけは言っておこう」
と織斑先生は私を振り向かせ、続く言葉を口にした。
「ビットと機体の同時制御。近接戦闘での対応。見事だった。しいて言えば初心者用の音声コールを使ったくらいだが、勝ちに拘った結果なら悪くは無い。今後は音声コールを使わないでも呼び出せるようにな」
厳しい事で有名な先生からの、掛け値無しの褒め言葉。
嬉しくないはずが無かった。
「は、はい!! ありがとうございます!!」
こうして、私のIS学園での初の模擬戦は終わりました。
黒星スタートというのは残念ですけれども、得るものの多い一戦でしたわ。
第15話に続く。