インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第134話 2年1組 VS 3年生選抜メンバー(後編)

 

 とある日の放課後。

 2年1組と3年生選抜メンバーで行われた模擬戦は、6勝4敗と3年生の勝ち越しであった。

 一応上級生としての面子は保てた、というところだろう。

 だがVIPルームの観客達(企業の採用担当者達)は――――――。

 

「ふむ。流石は3年生、というところか」

「確かに腕は悪くない。例年であれば、十二分に合格ラインだろう」

「だが2年1組を見た後だと、どうしても、な………」

 

 試合内容は、いずれも接戦であった。

 純粋なパイロット技量で見るなら、終始3年生が押していたと言えるだろう。命中率や回避率といったデータを見ても、それは明らかだ。

 しかし状況を利用する力に関して言えば、2年1組に軍配が上がっていた。

 

「常に最悪の一手が予測されている。5試合目のアレ、本当に学生かと思ったぞ」

「アレか。第三勢力の介入に合わせて乱戦に持ち込んで、本人達はちゃっかり離脱だからな。手慣れているにも程があるだろう」

「7試合目の敵部隊増援の時も、取り乱した様子が無かったな。引けば負けが確定すると分かっていても、無駄な損害を嫌ってさっさと引いていた」

「単純に敵わない、と思ったから引いただけかもしれんぞ」

「確かにミッションとしては失敗だが、無駄に損害を出さなかったという点は評価できる。世の中、常に勝てるとは限らないからな。負け方も大事だろう」

 

 3年生が悪いという訳では無い。

 しかし負け越している2年1組の方が、企業からは高評価であった。

 主な評価点は3つ。1つ目は驚異的な粘り強さ。第3世代機のフルカスタムマシンを相手に訓練を積んでいる2年1組の一般生徒達は、格上たる3年生に追い込まれても、早々に墜ちたりはしなかった。それどころか如何に劣勢に追い込まれていようが、戦場に存在するあらゆるモノを利用して、常に逆転の一手を狙っている。敵としては、決して気の抜けない相手であった。

 2つ目は損害の見極めだ。シミュレーションで行なわれている今回の模擬戦は、機体ダメージが修理費用として算出されている。そして修理費用の総額を比べたところ、2年生の方が低く抑えられていた。これは決して偶然ではない。何故なら晶が行っている訓練プログラムは、“作戦目標の達成”ではなく“生還”が最終目標として設定されている。そして生還する為には、無茶のしどころは選ばなければならない。単純に、その結果である。現実のミッションは目の前の敵を倒せば終わり、と言う訳では無いのだ。

 3つ目は、粘る事と損害を抑える事という、相反するものを上手く両立させている点だ。どちらか片方だけなら、そこそこ状況が見れるなら可能だろう。だが両立となると、パイロットとして一定以上の腕に加えて、状況をしっかり把握できる頭も必要になる。

 企業としては、高評価を下すに足る模擬戦内容であった。

 尤も観客全員が、一戦一戦を真面目に評価している訳ではない。

 中には普段入る事の出来ない女の園に来ているせいか………。

 

(あの娘、いいな。発育具合、容姿、いずれも好みだ。スカウトして、パイロットの座を餌にして色々と――――――)

 

 というちょっとイケナイ事を考えている奴もいた。選ぶ側と選ばれる側という力関係を利用して、パイロットを食い物にしてきたゲス野郎だ。

 だがそんな奴らでも、2年1組に手を出すのは躊躇していた。

 何せ担任が織斑千冬(ブリュンヒルデ)で、クラスメイトに薙原晶(NEXT)がいる。

 この2人を同時に敵に回すなど、自殺行為に等しい。

 

(チッ、惜しいな。スカウトして傍らに置く事ができれば、色々と便利なんだが………)

 

 現時点ですら高評価なのだ。

 卒業時は間違いなく、更に強く美しく、それでいてコネクションとしての価値も上げているだろう。

 スカウトして影響下に置く事が出来れば、社内の昇進レースを有利に戦えるのは間違いない。

 故に観客達は考える。

 どうにかして、接点を持ちたいと。

 そんな欲望渦巻くVIPルームで、織斑先生に声を掛ける者がいた。

 

「ミス織斑、少し宜しいですか?」

「どうしましたか?」

「いえ、2年1組が噂以上なので、担任としてはどうなのかと思いまして」

「私から見れば過分な評価です。まだまだヒヨッ子でしょう」

「厳しいですね。ですが現時点でアレなら、先が楽しみなのでは?」

「生徒の成長を楽しみにしない教師はいないでしょう」

 

 織斑先生としては、この場で1組を褒める気は無かった。只でさえ特別扱いで特別視されているのだ。ここで褒めて“売り込んだ”等と思われたら、些か以上に面倒な事になる。

 それ故に、返答も抑制の効いたものになっていた。

 しかし相手は、1組を持ち上げ続けた。

 

「いやはや、アレだけ出来るのに、更に鍛え上げられるのですか。卒業時はどうなっている事やら。もしかしたら、新しい専用機持ちが生まれるかもしれませんね」

「それは本人達の努力次第でしょう」

「その通りですが、協力者がいても良いとは思いませんか?」

「彼女達に必要な人材も、機材も学園に揃っています。無用な気遣いかと」

 

 暗に口を出すなと言っているのだが、相手は気付かぬフリをした。

 

「流石に貴女や薙原さん以上の人材となると厳しいのですが、機材という点では協力できるかと思いまして」

「機材ですか? 定められた分は納入されてますし、今年は既に多くの方々から御支援頂いてます。これ以上頂くのも悪いでしょう」

 

 織斑先生としては、この提案を受ける訳にはいかなかった。

 現状、只でさえ2年1組は特別扱いされているのだ。そこに機材供給なんていう目に見える形で優遇されたら、不公平感から他の生徒が爆発しかねない。

 尤も企業とて、そんな事は百も承知だ。

 だからこそ、3年生を煽って今回の模擬戦に漕ぎ着けたのだ。

 実戦想定のシミュレーションで3年生に勝ったという事実があれば、2年1組の生徒を専用機持ちに指定したところで、誰も文句は言えない。

 結果こそが全てのパイロットが結果にケチをつけるなど、自ら小物と宣言するようなものだ。

 しかし内心をそのまま告げては、纏まる話も纏まらないだろう。

 

「そんな事はありません。優秀な生徒を発掘し、その才を更に伸ばす事は、学園にとっても我々にとっても益のあること。手間を惜しむものではありません」

 

 本心を隠し綺麗事を並べていく。

 企業人にとってはいつもの手段であり、作業だ。

 男は饒舌に続けた。

 

「その証拠に、我々はIS学園にISを提供する用意があります。勿論オプション装備はフルセット。今回3年生を相手に実力を示した生徒には、是非我が社のISを使って、その才能を伸ばして欲しく思います。――――――おっと、申し遅れました。私、こういう者です」

 

 男が懐から名刺を取り出し、差し出しながら自己紹介をしてくる。

 そうして明らかにされた相手の立場に、織斑先生は一瞬言葉を失った。

 

(ロッキード・マーティン社IS部門本部長!?)

 

 言わずと知れた、アメリカ最大の軍需企業体。

 軍事部門の売り上げだけで4兆円を超える超々巨大企業だ。

 そこのIS部門本部長となれば、権限も動かせる金額も、並の大企業を遥かに超える。

 軽々しく動ける立場の人間ではない。

 だが織斑先生の驚愕は、これだけに止まらなかった。

 近くにいた2人の男性が、同じ様に自己紹介をしてきたのだが――――――。

 

(ノースロック・グラナン社とボーイング社のIS部門本部長!?)

 

 アメリカが誇る三大軍事企業。

 この三社の軍事部門の売り上げだけで、10兆円を超える。

 日本の軍事予算が約5兆円である事を考えれば、如何に巨大な売り上げなのかが分かるだろう。

 そして新たに自己紹介してきた2人が、話に割り込んできた。

 

「2年1組にISを提供する、というのであれば我が社も一枚噛ませてもらいたい。今回のシミュレーション結果を見れば、文句を言う奴もいないでしょう」

「そうですね。勝ち方、負け方、共に良く心得ている。投資する価値は十分にあるでしょう。腕の方も、卒業まで彼に鍛えて貰えるとなれば、保証されたも同然ですしね」

 

 織斑先生は思った。

 生徒の未来を思えば、決して悪い話ではない。名実共に世界最大企業からISを提供されたという事実は、キャリアという意味では大いに役立つだろう。だが同時に、進路を縛る枷でもあるのだ。

 つまりこのISを受け取った者は、今後提供元企業と関係していく事を余儀なくされる。そして企業関係者から見れば、受け取った者に声を掛けるという事は、世界最大の軍需企業に対して(しかも機密情報の塊であるISに触れたパイロットに対して)引き抜きを掛けるのと同義なのだ。

 実質、受け取った時点で将来が決まる選択だろう。

 そして一般生徒にとって、この指名を断るのは不可能に近い。

 誰もが憧れる専用機持ちになれるチャンスを逃すなどあり得ないし、狭いIS業界において大企業の指名を断るという意味は、決して軽くない。過去に断った人間は殆どいないが、断った人間が望んだ場所に行けたという話は聞いた事がないのだ。よりハッキリ言ってしまえば、(企業が認める事は決してないが)後の企業同士の関係を考慮して、それとなく遠ざけられるという方が正しい。

 

(どうする?)

 

 迷う織斑先生。

 加えて言えば、一般生徒達の腕は平均より上だが、突出している訳ではない。

 世界最大企業の専用機持ちとして、相応しいかと問われれば否だろう。

 つまりこの専用機持ちの話は、2年1組というブランド名があってこそだ。

 ブランド名ありきで専用機持ちになって、それが本当に生徒達の為になるのだろうか?

 

(どうする?)

 

 再度迷う。

 しかし迷っている間に、話が動き出してしまった。

 周囲にいた企業関係者が、先を越されまいと本社に連絡を取り始めたのだ。

 話し声が聞こえてくる。

 

『私だ。開発中の機体。アレ、学園に回せるか?』

『パイロット選考を白紙に戻せ。こっちで良い人材が見つかった』

『想像以上です。こちらの生徒を使うべきかと』

『2年後には、十分ウチの看板パイロットとして使えます。今の内に契約しておくべきです』

 

 拙いというのが、率直な思いだった。

 繰り返しになるが、2年1組の一般生徒達の実力は突出している訳ではない。平均より少し上程度。強く見えるのは、連携と戦術が上手く機能しているからに過ぎない。事実量産機同士の模擬戦で負けたケースは全て、1対1に持ち込まれ連携を断たれた場合だ。

 そして織斑先生の目から見て、2年1組の一般生徒に、専用機持ち足り得る実力の持ち主はいない。後1年あれば届くかもしれないが、少なくとも今はまだ無理だ。(なお布仏本音は専用ISの用途が戦闘以外なので除外である)

 だからこそ織斑先生は、企業の動きを止めたい。

 専用機持ちとして恥じぬ実力を身に着けさせてから、専用機持ちを名乗らせてやりたい。

 ブランド名に後押しされ、未熟なまま専用機持ちになっても、良い事など何もないのだ。

 しかし同時に思ってしまう。

 パイロットを目指している以上、専用機は夢の1つだ。それを叶えるチャンスがあるなら、手を貸してやるべきではないか、と。

 少なくとも卒業まで後2年近くあるのだ。その間に実力を伸ばしてやるのが、教師の務めではないか、と。

 

(どうすればいい………)

 

 この決断には、生徒達の未来が掛かっている。

 先延ばしにはできない。

 時間を掛ければ、必ず生徒達の耳に入ってしまうだろう。

 何らかの返答をして方向性を決めておかなければ、無秩序な噂が流れ生徒達が混乱しかねない。

 そんな時だった。

 VIPルームに彼が入ってきたのは。

 

「あれ、随分騒がしくなってますね。織斑先生、どうしたんですか」

「薙原か。なに、1組の実力が予想以上で、皆驚いているところだ」

「ああ。なるほど」

「ところでお前から見て、量産機同士の模擬戦はどうだった?」

「ここでそれ、聞きます?」

「この後、どうせ嫌という程聞かれるんだ。それともここに居る人間一人一人に、個別に話すか?」

 

 逆説的に、個別対応はさせないという意味である。

 晶は面倒事を省いてくれた織斑先生に、ニヤリと笑って答えた。

 

「良くも悪くも練習通りですね。格上相手に良くやったとは思いますが、やっぱり地力が足りない。ついでに言えば入ってきた時に専用機持ちなんて言葉が聞こえてきましたけど、専用機持ちにするなら地力に優れる3年生でしょう。確固たる地力の無い専用機持ちなんて、カモでしかない」

「一応1組に、ISを提供する用意がある、と言っている人もいるんだが?」

「専用機という意味なら要らないな。さっきも言った通り、今なってもカモでしかない。というか俺ならこれ幸いと狙う。こんなに強奪し易い相手もいないだろう」

 

 織斑先生は教師という立場や生徒の夢を考慮した故に迷ったが、晶は安全という面から即答だった。

 だが企業側も、簡単には引き下がらない。

 いや、引き下がれない理由があった。

 そもそも如何に模擬戦でそれなりに見れる戦いをしたからと言って、いきなりISを提供する、という話が出る方がおかしいのだ。

 しかもアメリカ最大の軍事企業の専用機持ちなら、自国民から選ばれるのが普通だろう。

 なのに何故、学園の生徒からなのだろうか?

 理由はNEXT()の周囲を固める、専用機の国籍にあった。

 

 日  本機:白式・雪羅、打鉄二式

 イギリス機:ブルーティアーズ・レイストーム

 フランス機:ラファール・フォーミュラ

 ド イ ツ機:シュヴァルツェア・レーゲン

 中  国機:甲龍

 ロ シ ア機:ミステリアス・レイディ

 

 これに束博士オリジナルの紅椿が加わる。

 気付いた者はいるだろうか?

 世界最大の軍事力を誇るアメリカの機体が1つも無いのだ。

 これは企業として、無視できないデメリットであった。

 何故なら“世界最強の単体戦力(NEXT)の仲間”という地位は、どんな宣伝よりも客を引き付けるからだ。また客側の当然の心理として同レベルの機体を比較した場合、最強の近くにいる機体を選びやすい、というのは間違いない傾向であった。

 だからこそアメリカの三大軍需企業は、多少無理をしてでも1組にISを送り込みたいのだ。本心を言えばパイロット共々送り込みたいのだが、その場合は難易度が跳ね上がってしまう。

 故に苦肉の策で1組にISを提供しようとしたのだが、断られてしまった。

 しかしこの場にいる者達は、子供の使いではない。

 速やかに切り返してきた。

 

「とは言いましても、次代を担う才能ある生徒に、我が社のISを使って頂きたいというのが本心でして」

「であれば3年生を勧誘するのが筋でしょう」

「こちらは伸びしろ、という点を踏まえてのことです。確かに現時点では、3年生の方が地力は上でしょう。ですが我々が見たところ、僅差で上回っているに過ぎない。そして3年生は残り1年、2年生は残り2年。生徒の才能が同じなら、2年1組を選んだ方が確実でしょう。何せ、貴方と織斑千冬(ブリュンヒルデ)がいるのですから」

 

 ここで企業は搦め手を使わず、人材確保という真っ当な理論で攻めた。無論本心は別なのだが、そんなものをこの場で正直に言う必要は無い。

 そして企業はここを攻め時と判断したのか、更に続けた。

 

「貴方はもしかしたら、これを受ける事で3年生を蔑ろにし、結果として2年1組の立場が難しくなるかもしれない、と考えているのかもしれません。ですがハッキリ申し上げておきましょう。杞憂です」

「理由を聞いても?」

「この場に、3年生に目をつけている者達もいるからですよ」

 

 誰もそんな事は言っていない。だが観客全員が思った。

 ここで3年生が専用機持ちに指定されたなら、少なくとも2年1組だけが優遇されている、と言われる事はなくなる。そうなれば薙原晶や織斑千冬の心理的ハードルも下がるだろう。また模擬戦という誰の目にも分かる形で結果が残っているのだ。優れた結果を残している3年生を指名する事に、何ら不自然はない。

 つまり何処かの企業が3年生を指名すれば(貧乏くじを引けば)、他が2年1組を指名し易くなるということ。そしてここで、企業間の力関係が働いた。

 まず絶対的な強者であるアメリカの三大軍需企業は3年生を指名しない。他の最上位企業も同様だ。

 従って3年生を指名するのは、それ以外の企業となる。尤もこの場にいる企業は世界の軍需企業トップ100の常連レベルであり、尚且つISの保有が認められるような巨大企業ばかりだ。一般市民の感覚で言えば、そんな企業から専用機持ちの打診をされたら、トップエリートの仲間入りを果たしたと言っても良いだろう。

 

「………3年生を指名しようと思っているところは、幾つあるのかな?」

 

 3年生の指名が口から出まかせというのは、直感的に分かった。

 ならばこの問いに、速やかに返答できる企業は無いだろう。

 そして返答無しを反論の切り口にと考えていたのだが、現実は違っていた。

 スッと3人ほどが手をあげ、3年生を指名したのだ。

 

(なに?)

 

 内心で驚く晶を余所に、指名した者の内1人が口を開いた。

 

「元々あの生徒は狙っていましたからね。――――――と、そうだ。カラード社長としての薙原様に提案なのですが、御社には世界中から依頼が入っていると思います。その幾つかをこの生徒に行わせる事はできませんか? 無論斡旋料は、報酬から差し引いて貰って構いません」

 

 転んでもタダでは起きないのが企業人である。

 確かに3年生の指名は貧乏くじかもしれないが、多数のISを擁するカラードと繋がりを持てるなら悪くない。

 また付け加えるなら、初めは只の斡旋先でも実績を上げていけば、より重要なミッションを割り振られるようになる、という目論見もあった。すなわち、影響力の拡大が見込めるということだ。

 そしてこの提案は、瞬く間に他へと伝播した。

 

「ならば我が社もお願いしたい。優秀な生徒には、より良い環境で経験を積んでもらいたいですからね。勿論生徒の学業に、影響の出ない範囲で行なわせます。先ほど仰った生徒の安全についても、万全を期しましょう。怪しい輩など近づけさせません。ミッションも厳選致します。どうでしょうか?」

 

 ここで否、と言えればどれだけ楽だっただろうか。

 この提案の厄介なところは、表向き誰も損をしないところだ。

 まず企業は、優秀な人材を得る事ができる。何せ今回の模擬戦に出ている3年生は選抜メンバー。つまり成績上位陣だ。例年なら、超巨大企業が持っていくレベルの人材である。それを超巨大企業に邪魔されず得られる、というのは大きい。またISの稼働データという意味でも、社内の限られた環境を使うより、遥かに多く得られるだろう。

 次いで3年生は、専用機を得る事ができる。パイロットである以上、誰しもが抱く夢だ。嬉しくない人間はいないだろう。

 そしてカラードには、依頼を斡旋するだけで手数料が入る。相手は簡単なミッションで良いと言っていたが、ISを動かす以上、依頼の基本金額が他とはケタ違いなのだ。手数料だけでも相当な収入になるだろう。

 

(………ヤバイ。詰んだ)

 

 晶の偽らざる本心であった。

 企業が2年1組だけをターゲットにしていたのなら、幾らでも断る方法はあったのだ。だが相手は先に、3年生を釣り上げてきた。しかも3人もの生徒に専用機を与えるという大盤振る舞いだ。

 これでは2年1組だけが優遇されている、という断り方は使えない。

 

(まさかこの場で、専用機というカードを切ってくるとは………)

 

 安全、という意味では断りたい。

 量産機パイロットとISを所有する専用機パイロットでは、狙われるリスクが桁違いだからだ。

 まして1組の一般生徒達に、同じクラスの専用機持ちのような後ろ盾は存在しない。とても狙われやすいと言い換えても良い。

 企業側は全力で警備に取り組むと言うだろうが、それが信用できるならISの強奪事件など起こらないだろう。

 しかしそれは晶の考えであって、クラスメイトの意思ではない。

 リスクを負ってでも専用機持ちになりたいというなら、無理に止める事は出来ないだろう。

 

「分かりました。誰を指名したいのですか?」

 

 結局、晶は断り切れなかった。隣にいた織斑先生も同様だ。

 そして企業側は、これで最大の障害を突破したと思ったのだが、後に知る事になる。

 ただの小娘と思っていた1組の一般生徒達が、思いの外したたかだった事に――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、2年1組専用機持ち控え室。

 出番を待つ一夏達は、量産機同士の模擬戦をVTRで検証していた。

 油断? 慢心? そんなモノはドブに捨ててしまえ。

 せっかくクラスメイト達が戦って、色々と情報を引き出してくれたのだ。

 キッチリと活用するのが筋だろう。

 そうして一通りの検証を終えた後、ラウラが口を開いた。

 

「ふむ。流石にエース級はいないか。これなら問題無く勝てるだろう」

「油断大敵って、晶なら言いそうだな」

 

 一夏の切り返しに、ラウラは最近膨らみだした胸を反らしながら答えた。

 

「油断と戦力差を分析した結果を言うのは違う。それともお前は、アレらに自分が負ける姿を想像できるのか?」

「簡単に負けるとは思わないけど、どんな時でも逆転の可能性はあるだろ。例えば相川さん達がやったみたいに」

「確かにそうだが、それを含めてもそう強いとは思えん。無論、牙を隠している可能性はあるだろうがな」

 

 2人がそんな話をしていると、壁面モニターに晶の姿が映し出された。

 

『みんな、そろそろ出番なんだが、ちょっとルールの変更がある。量産機4 VS 専用機2になった』

 

 えっ!?

 全員の口から同じ言葉が漏れる。

 だが不平不満が出たりはしない。

 戦場において、敵が数的優位を確保しようとするのは当然のことだからだ。

 むしろ単機で挑まされないだけ良心的だろう。

 ここで鈴が尋ねた。

 

「ふ~ん。で、理由は? 決定が覆るなんて思ってないけど、理由くらいは教えてくれてもいいでしょ」

『ああ。3年生が指定したコンビが余りにチャレンジャーだったから、こっちから提案した。少しハンデをあげないと勝負にならない』

「どういうこと?」

『3年生の指定してきたコンビなんだがな。一夏とラウラ、シャルロットとセシリア、一夏と箒だ』

「あ、そういうこと」

 

 指定されたコンビは、いずれも2年1組で行われている訓練ですら、余り推奨されないコンビだった。

 理由は簡単で、色々な意味で凶悪だからだ。

 まず一夏とラウラの場合は、AICと零落白夜のコンボが凶悪過ぎる。AICの拘束力と白式・雪羅の加速力が組み合わさったら、中距離以内ならほぼ必殺だ。

 次いでシャルロットとセシリアの場合は、圧倒的な攻撃密度だった。というのも只でさえブルーティアーズ・レイストームは、巨大兵器の攻撃を正面から凌げる桁違いの迎撃・弾幕性能を誇る。これにラファール・フォーミュラの性能とシャルロットの“ラピットスイッチ(高速切替)”が加わると、文字通り手が付けられないのだ。これを凌ぐなら白式・雪羅クラスの機動力か、紅椿クラスの総合性能が要求される。

 そして一夏と箒の場合は、言うまでもないだろう。第4世代機(紅椿)の圧倒的な機体性能に加え、ワンオフ・アビリティ(単一仕様能力)“絢爛舞踏”によるエネルギー無限回復だ。これにより白式・雪羅は、零落白夜を使いたい放題、荷電粒子砲を撃ちたい放題、挙句エネルギーシールドは削ったところで回復されていく………殆どムリゲーである。

 

『そういうことだ。まぁ多分、向こうも分かってて指名したんだろ。こんな機会でもないと、このコンビとはやれないからな』

「ちぇっ、私の出番は無しか」

『そう言うな。コンビになったら凶悪ってだけで、お前の腕が劣っている訳じゃない』

 

 実際、彼女の腕は悪くない。

 それどころか今の一夏と近接戦闘で張り合えるという時点で、才能の塊と言って良いだろう。

 

「ありがと」

『気にするな。――――――で、話を戻そう。そろそろ出番なんだが、誰から出る?』

「その前に質問。状況設定ってどうなってるのかな?」

 

 シャルロットが尋ねてきた。

 

『ルール変更に伴って、状況設定は無しになった。普通にアリーナで戦ってもらう。だからシミュレーションじゃなくて実機だな』

「了解」

『だけど随分落ち着いてるな。倍の敵と戦うなら、もう少し反応があると思ってた』

「誰かさんが、日頃から厳しくしてくれたからね」

『なら3倍でも良かったか?』

「流石に厳しいかな。セシリアならどう?」

「シャルロットさんがコンビなら、2対6でも勝ちを狙えますわね」

 

 謙虚過ぎる程に謙虚な答えだった。

 彼女は巨大兵器の支援を受けた、本物の実戦IS部隊を相手にして生き残ったのだ。今更、普通の3年生が相手になる筈もない。

 

『ま、順番はそっちで適当に決めてくれて構わない。ただ、俺からのオーダーが1つある』

「それは?」

 

 話していたセシリアが、代表して尋ねた。

 

『何も難しい事じゃない。単純に専用機がどんな存在か、3年生にも、観客にも、分からせてやれ』

「いいのですか? あまり3年生の面子を潰してしまうと、後で面倒の種になるかもしれませんよ」

『構わない。というか今のお前達が苦戦するようなら、今迄の3年生の評価が不当だったってことだ』

「分かりましたわ。では御期待に沿えるよう、全力を尽くしますね」

 

 この後に行われた模擬戦は、多くのパイロットを見てきた企業の人間をして、驚きを隠せないものだった。

 まず一試合目。一夏・ラウラコンビの試合時間は48秒。単純計算で3年生1人当たり、12秒しか持たなかった。勿論、舐めていた訳でも油断していた訳でもない。当初の作戦では数の利を活かして、キッチリ削っていくはずだったのだ。だが試合開始直後、ラウラの放った一撃が全てを狂わせた。散開して包囲網を敷こうとした3年生に対して、偏差射撃で(以前束博士から提供された)レールガン(WB14RG-LADON)をブチ当てるという絶技をやってのけたのだ。これに一夏が反応する。直撃弾を貰って一瞬動きの止まった3年生1番機に対して、イグニッション・ブースト(瞬時加速)で突撃。速やかに懐へと飛び込んでいた。そうして1番機を零落白夜で瞬殺したところで、今度はラウラが、一夏を最大限活かすべく行動を起こしていた。ワイヤーブレード全6本を駆使して2番機と3番機を牽制し、注意を引き付けたのだ。

 そしてこの瞬間3年生の4番機は、白式・雪羅との一対一を余儀なくされた。時間にしてみれば、10秒にも満たない短い時間だ。

 だが、一夏にとっては十分だった。

 何故なら、そもそもの機動力が違う。量産機程度がどれだけ足掻こうが、子供と大人の競争でしかない。4番機は瞬く間に追い込まれ撃墜判定を貰い、数の利を失った2番機と3番機も、程なくして後を追う事になったのだった。

 

「………噂以上、ですね。ブリュンヒルデの弟。NEXTの一番弟子。噂ばかりが先行していると思っていましたが、これほどですか。なるほど、シルバリオ・ゴスペル(銀の福音)を単機で屠っただけはある」

「ラウラ・ボーデヴィッヒも流石は特殊部隊隊長、というところか。ドイツは安泰だな」

 

 VIPルームで、観客達が口々に感想を口にしていく。

 そして興奮冷めやらぬ中で行われた二試合目。

 シャルロット・セシリアコンビの試合時間は1分32秒。

 この試合も、3年生は何もさせて貰えなかった。相手に遠距離戦のプロフェッショナルがいると分かっているから接近しようとするのだが、必中の命中精度を誇るブルーティアーズ・レイストームの誘導レーザーが、3年生の目論見全てを悉く打ち払った。機動力での撹乱も、ミサイルやグレネード等の牽制も、連携攻撃も、全てだ。

 そして強力無比な後衛が仕事をしたなら、今度は前衛の番だった。“飛翔する武器庫(ラファール)”の後継機であるラファール・フォーミュラが、その豊富な武装を展開。“ラピット・スイッチ(高速切替)”でミサイルやグレネード級の高火力兵器を絶え間なく叩き付けていく。

 そうしてアリーナ内に爆音と閃光が溢れかえる中、セシリアは静かに狙いを定めていた。爆発から逃れようとする3年生の機動は、とても読み易い。

 

 ―――トリガー。

 

 狙いすまされたスナイパーライフルの重い一撃が、量産機のエネルギーシールドを穿っていく。だが墜ちてはいない。3年生は即座に体勢を立て直………そうとして、表情が歪んだ。シャルロットが申し合わせたかのように、グレネードで追撃していたのだ。勿論、1発なんてケチな真似はしていない。ダース単位で撃ち込んで念入りに、だ。

 こうして1機目が撃墜されると、試合は一気に決着へと向かっていったのだった。

 

「セシリア・オルコットとブルーティアーズ・レイストーム。なるほど、束博士が引き抜いたのも納得だな」

「確かに。そしてシャルロット・デュノアも良い仕事をする。味方の攻撃に合わせてしっかり追い打ちをかけ、確実に敵戦力を削っている。3年生はさぞかしやり辛かったろうな」

 

 格の違いを見せつけるかのようなワンサイドゲーム。

 こうなってくると、観客達の期待は否が応でも高まってくる。

 だが、最後の試合が行われる事は無かった。

 これ以上は悪い意味で見世物にしかならないと判断した3年生側の教員が、模擬戦の中止を宣言したのだった――――――。

 

 

 

 第135話に続く

 

 

 




今回一般生徒に対する専用機のお話しが出ましたので、次回はその辺りを書いていきたいなぁ、と思います。
はてさて、どうなる事やら………。

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