インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
今回の主役は2年1組のモブさん達。
でも、とっても成長してきてます。
とある休日の昼頃。
晶は更識家邸宅で、楯無と一緒に昼食を摂っていた。メニューはご飯に味噌汁、鮭の焼き魚、ほうれん草のおひたし、デザートにオレンジ。特別豪華という訳ではない。どこの家庭でも出るような、極普通のメニューだ。だが料理の上手い彼女が手作りしてくれたものとなれば、どんな高級レストランでも食べる事のできない特別な料理だ。
美味しさ100%アップと言っても、言い過ぎではないだろう。
そうしてご飯と味噌汁をおかわりした彼が、食後のお茶を飲んでいる最中のこと。
「――――――ところで晶、最近そっちに3年生の子たちって行ってないかしら?」
「いや、来てないけど、どうかしたのか?」
「最近ね、私の所に貴方に取り次いで欲しいって子が結構来ているのよ」
「就職活動かな?」
「ええ。でもまぁ、気持ちは分からなくもないんだけどね。
「そんなにか?」
「そんなによ。
現在カラードには、晶、シャルロット、セシリア、ラウラ、簪、本音で計6人の専用機持ちがいる。これに量産機が欧州から3機、日本から1機で計10機がカラード所属となっていた。また将来的には、一夏、箒、鈴も加わるだろう。
更にまだ未確定ではあるが、幾つかの国がISの派遣を検討している様子だった。
「確かに。あとウチって依頼があれば何処にでも行くから、国際舞台で活躍したい子にとっては、そういう面でも魅力的なんだろうね。でもメカニックとしてもってのは?」
「貴方のとこって、多種多様な最新鋭装備を遠慮無く実働部隊に使わせてるじゃない。つまりメカニックも、最新鋭装備に触れられる場所ってこと。あと貴方のとこって、待遇良さそうだもん」
「待遇については気を使ってるさ。後方要員に
「同感ね。でも組織が大きくなると、どうしても一定の割合で裏切り者って出るから気を付けなさい」
こればかりは如何に優れた防諜システムが有ろうと、最後は人の領域なのだ。
そして今日上手く行っているからといって、明日上手く行くとは限らない。
だから、晶の答えは決まっていた。
「肝に銘じておく」
「そうしてちょうだい。で、話を戻すけど3年生の誰が行っても、話を受けちゃダメだからね」
「随分念入りだな。もしかして
「確定じゃないんだけど、背後がグレーな子も多いの。純粋に目指している子も多いんだけどね」
「やれやれ。面倒だな」
「人気者は辛いわね」
「全くだ」
「で、3年生の就職活動に関連して、もう1つあるのよ」
「今度は何かな?」
「貴方に、というよりは2年1組全体が関わる事なんだけどね。ある3年生が、企業関係者にこう言われたらしいのよ。今年の3年生は、今の2年生と比べてどの程度出来るのかってね」
「マジ」
「大マジ」
「ちょっと勘弁して欲しいなぁ………」
2年1組は、何かと特別視される事が多い。
理由は色々だ。
専用機持ちが多く在籍しているというのもある。コネクションとして有用というのもある。だがメリットとデメリットをシビアに判断する企業人にとって、それだけで2年1組全体を特別視する理由にはならない。にも関わらず特別視する理由は3つあった。
1つ目はパイロットとしての能力。個々の能力は平均より少し上程度かもしれないが、各国最新鋭機の行動に平然と合わせられる能力は、使う側としては是非とも押さえておきたい能力だった。まして性能の違う最新鋭機を性能を引き出せるように動けるパイロットというのは、ある意味で職人とすら言える貴重な才能だ。それがクラス単位でそうなのだから、企業としては押さえておきたい人材だろう。
2つ目はメカニックとしての能力。これは意図されたものではないが、訓練の度に機体が破損したりするせいで、否応なくメカニックとしての能力も引き上げられていた。流石に内装系を自由に弄れる人間はまだ少ないが、装甲の換装や機体パラメーターの調整程度なら、既にお手の物だ。まだ2年生になったばかりという事を考えれば、先が楽しみと言えるだろう。
そして最後の3つ目は、オペレーターとしての能力だった。
これは本来、IS戦闘においては必要無いと思われていたものだった。
何せISにはハイパーセンサーという、パイロットの知覚補正とコンピューター並の思考速度を可能とするシステムがある。
普通の人間がオペレートしたところで、邪魔になるだけと考えられていたのだ。
だが、現実は違っていた。
対IS戦闘に突入したパイロットは、余程の隔絶した能力差が無い限り、その全能力を対IS戦闘へと振り向ける。肉体・精神・機体性能全てだ。
そして試合のような1対1の対戦で、他に気にする要素が無ければ、それで良かったのかもしれない。
しかし実際のミッションとなれば違う。
刻一刻と状況は変化するのだ。増援の有無、気象条件、敵の装備と残弾等々。極限状況に投入される事の多いISだけに、把握しなければならない事は多い。それを機動格闘戦の最中に1人で全て行うなど、多くのパイロットにとっては至難の業だ。
つまり極限的に言ってしまえばオペレーターの仕事は、パイロットの思考的負荷を減らす事にある。
当初この試みは、表だっての批判こそ無かったが無駄と思われていた。
ハイパーセンサーでコンピューター並の思考速度が可能なのに、なぜそんな無駄な事をするのかと。
だが、結果はすぐに出た。
一般生徒同士の対戦において、オペレーターの有無は勝率という形でハッキリと出てきたのだ。
無論、オペレーターがいるから全戦全勝という訳ではない。
それでも勝率として明らかに有用な数字が出ている以上、企業も無視は出来なかった。
試験的な試みが次々と行われ、結果として企業側も、オペレーターの有効性に気づき始めていた。だからこそ、オペレーターがどんなものかを知っている2年1組に価値を見出していたのだ。また暗部に近い人間は、世界の裏側で戦っていた
閑話休題。
そんな事情もあり、企業は2年1組に注目していた。
しかしこんな比較のされ方をした3年生は、さぞかし気分が悪かっただろう。
「でね、その話を聞いた一部の3年生がちょっと興奮しちゃって」
「まさか………」
「先に言っておくけど、酷い事をしようとした訳じゃないからね」
「ならいいや。で、どうしようとしたのかな?」
「2年1組に、模擬戦を申し込もうって話になったみたいなの」
「それはまた……。でもまぁ、良いんじゃないか。それで気がすむなら、やらせてあげれば良い」
「私もそう思うんだけど、企画しているのが1対1の模擬戦じゃないの。貴方が教導で使ったフルダイブシステム。アレを使った実戦想定シミュレーションをやろうって言い出してるのよ」
「つまり証明したいのは単なるパイロットとしての技量じゃなくて、総合力ってことか」
「そういうこと」
「俺としては別に構わないが、織斑先生にも話を通しておこう。あのシステム、フィードバックの設定間違うと痛いじゃ済まないからな」
「大丈夫。もう話は通してあるわ。先生も、貴方が良いなら良いって」
「分かった。なら今度クラスで話してみる」
「お願いね」
◇
時間は流れ、とある平日のホームルーム。
「――――――という訳で、3年生が模擬戦を希望している。こっちとしては断ってもいい話だと思うけど、皆どうする?」
教壇に立っている晶が皆を見渡す。
すると相川清香が答えた。
「私は良いと思う。3年生の胸を借りられる機会なんて滅多に無いし、こっちは負けて当然なんだから。全力でガツンとぶつかってみたいかな」
スポーツマンらしい、とても前向きな意見だった。そして同じ様に考えたクラスメイト達が、次々と賛成していく。
このまま行けば、問題無く決まるだろう。
そんなタイミングで、晶は追加情報を出した。
「ただ幾つか言っておくと、今回は企業のお偉いさんが見に来る。つまり3年生は本気も本気、手加減無しの全力モードだ。気を抜いたら、一瞬だぞ」
ここが普通のクラスなら、先輩達の全力は恐れるに足るものだろう。
だがクラスメイト達の反応は違っていた。
鷹月静寐が代表して答える。
「も~、何言ってるの? 晶くん主催の模擬戦で、気を抜けるヤツなんてあった? ねぇみんな?」
全員、一斉に首を横に振る。特に専用機組み。
「無いもんね。基本的に鬼畜な難易度。意地悪をこれでもかっていうくらい詰め込んだ凶悪シミュレーション。騙して悪いがはあって当たり前、連戦も当たり前、ダメージを負ってからが本番とばかりに増援多数、ついでに遠距離特化のセシリアに近接特化の一夏くんと近接縛りエトセトラエトセトラ。ねぇ?」
皆が「うんうん」肯く。
気持ちは分かるが、全て実戦ではよくある事だ。何せISが出る場面というのは、基本的に後が無い状況だ。つまり必然的に、相手はあらゆる手段を使ってこちらを仕留めにくる。それに対応する事を考えれば、この程度はあって当たり前だろう。
「それをここまでやって来たんだ。しっかり、みんなの血肉になっていると思うぞ」
「3年生に、勝てそうかな?」
今度は、
「それは分からないかな。向こうだってこれまで必死にやってきたんだ。簡単に勝てるような相手じゃないだろう。でも俺は、専用機持ち用の訓練プログラムに参加しているみんななら、勝てない相手じゃないと思っている」
「本当?」
「本当さ。ただしいつも通りにやれれば、だけどね。お偉いさんが見てるからって、固まるなよ」
学生にとって企業の採用担当者は、遥か彼方上のお偉いさんだ。
もし何か失敗をして、「コイツはいらない」等と思われたら………と思うのは当然だろう。
だが幸か不幸か2年1組の面々は、その辺りを余り気にしなかった。
全く意識に上らなかったと言えば嘘になるが、今の彼女達にとって大事だったのは、採用担当者に与える印象ではない。晶がこの模擬戦を如何に評価するか、という事だった。
当然だろう。
まして彼は既に2人セカンドシフトさせ、内1人は対巨大兵器戦を生き残った上で、ISを3機撃墜している。説得力がまるで違っていた。
なのでクラスメイト達にとって採用担当者は、殊更意識しなければならない相手では無かった。
「大丈夫。いつも通りにやれるって。放課後の訓練よりハードモードなのは、流石に無いでしょ。無いよね?」
自信満々に答え、急に疑問系になったのは
1年生の時に宮白加奈と一緒に誘拐され、衣類を剥ぎ取られた過去のある彼女達だが、最近では大分立ち直ってきた様子だった。
むしろ晶としては、最近
「無い、とは言えないな。詳細はこれから詰める事になるけど、公平を期す為に状況設定は直前まで知らされないと思った方が良い」
「残念。楽は出来ないんだね」
「当然」
この後トントン拍子に話は進んで行き、数日後のこと。
3年生との模擬戦は以下のような規定で行われる事が決まった。
・3年生側の参加メンバーは、学年から選抜された20名とする。
・3年生側の参加メンバーに、専用機持ちは含まれない。
・2年1組側は専用機持ちを除外した、パイロットコースの者が参加する。
・3年生側、2年1組側共にツーマンセルでチームを作る。
・シミュレーションは2on2形式で基本的に1チーム1回のみ。
ただし専用機持ちを除外した分、2年1組側は複数回の参加を許可する。
・量産機チームに勝利した者のみ、専用機持ちへの挑戦権が与えられる。
・状況設定は当日に知らされる。
・状況設定は対戦毎に更新される。
・オペレーターの配置についてはクラスに一任する。
・3年生側は選抜メンバー以外からオペレーターを選んでも良い。
・2年1組側はクラス内からオペレーターを選ぶこと。
・状況設定に対する情報収集は任意で許可する。
織斑先生としても、晶としても、概ね予想通りの内容であった。
手間暇を考えれば、選抜メンバーで行うのは順当な判断と言えるだろう。
だが1つだけ、予想外な事があった。
何処から情報を仕入れたのか、企業が「我々に状況設定を作らせて欲しい」と口を挟んできたのだ。
意図は分かる。
優秀な人材を確保したいのは企業の常だから、今回のシミュレーションをテスト代わりに使うつもりなのだろう。
企業側としては、至極真っ当な考えだ。
そして織斑先生も晶も、特に反対はしなかった。3年生の就職活動が絡んでいるため、ブチ壊すのも悪いという思いがあったからだ。
ちなみに学園内の事に企業が大手を振って絡んだりしたら、学園の中立性が疑われてしまう。このためシミュレーション用の状況設定は、IS委員会を通じて提供される事となっていた。
◇
そうして時は流れ、とある平日の放課後。
3年生の選抜メンバーと2年1組の一般生徒達は、模擬戦開始前に接触が無いよう、別々に用意されたアリーナ控え室に集まっていた。
既にツーマンセルのチーム分けは終わっており、後は1戦目の状況設定の開示を待つのみである。
「どんなのが来るんだろうね?」
スポーツドリンクを飲んでいた相川清香が、隣にいた鷹月静寐に声を掛けた。
いつもと変わらぬ口調からは、これから3年生と戦うという緊張感は感じられない。
「どんなのだろう? 実戦想定のシミュレーションみたいだけど………………流石に晶くんの作った専用機持ち用シミュレーション以上の難易度は、無いと信じたいかな」
「アレ、鬼畜だもんねぇ」
2人の脳裏に蘇るのは、本当に“あらゆる”手段を使ってこちらを葬りにくる、数々の
先日のホームルームで鷹月が言っていたが、本当にエグいのだ。
例えばほんの一例だが、地下施設に誘い込んで追って来たところを爆破、土砂や瓦礫でISを絶対防御もろとも押し潰す、なんて真似をされた事もある。
その時は流石に食ってかかったが、晶の返答は平和な世界に生きてきた一般人にとって、信じられないようなものだった。
「俺の時は侵入した地下施設ごと、核融合爆弾で消されかけたな。だから、絶対無いとは言えないよ。人間ね、本当に拙いと思ったら、どれだけ被害が出ようが、犠牲が出ようが、やるから。ついでに言えば今回のシミュレーションでは、ISのセンサー系をちゃんと確認していれば、爆発物反応が分かるようにしておいた。駄目だよ。目の前の敵ばっかり見ちゃ。あともう1つ、自分達が用意したバトルフィールド以外は、初めからトラップの存在を疑っておいた方が良い。今なら理解できると思うけど、如何にISが強いとは言っても、対IS戦闘の真っ最中なら1秒の隙が致命傷になる事がある。トラップは、その1秒を作り出す事ができる。だから敵がこちらを誘導するような動きを見せたら、何かあると思った方が良い。とは言っても本当に上手い奴は、そんな事を気付かせたりしないんだけどね」
この話を聞いてから、多くの事に注意するようになった。
何せ“
そうして暫し鬼畜なシミュレーションについて話していると、壁面のモニターに織斑先生が映し出された。
騒がしかった控え室が、一瞬で静かになる。
『これより3年生の選抜メンバーと2年1組による模擬戦を開始する。既に知っていると思うが、今回の模擬戦には見学者もいる。各自、全力を尽くせ。そして先に言っておくが、画面に表示されている情報以外、お前達に与えられる情報はない。また如何なる質問にも答えられない。各々で状況を判断して行動しろ。では、状況開始』
織斑先生の姿が消え、代わりに情報が表示された。
―――3年生側モニター オペレーションオーダー ―――
目的:物資回収
場所:南緯48°西経72°サンマルティン湖付近
捕捉情報
つい先ほどアンデス山脈のサンマルティン湖付近に、輸送機が墜落しました。
この機には我が社から強奪された、研究用資料が搭載されています。
回収物の大きさはW415×D245×H310mmのジェラルミンケース。
ISの巡行速度で、到着まで30分ほど掛かります。
加えて、敵対勢力がISの派遣を検討しているとの情報もあります。
急ぎ出撃し、必ず奪回して下さい。
ISは2機編成で出撃。
コールサインはアルファとブラボー。
アルファをリーダー機として、ブラボーはその指揮下に入って下さい。
以上、健闘を祈ります。
――――――――――――――――――――――――――
―――2年1組側モニター オペレーションオーダー ―――
目的:物資回収
場所:南緯48°西経72°サンマルティン湖付近
捕捉情報
つい先ほどアンデス山脈のサンマルティン湖付近に、輸送機が墜落しました。
搭乗者の生存は絶望的ですが、積み荷には我が社の研究成果が入っています。
回収物の大きさはW415×D245×H310mmのジェラルミンケース。
ISの巡行速度で、到着まで30分ほど掛かります。
加えて、敵対勢力がISの派遣を検討しているとの情報もあります。
急ぎ出撃して、先に確保して下さい。
ISは2機編成で出撃。
コールサインはチャーリーとデルタ。
チャーリーをリーダー機として、デルタはその指揮下に入って下さい。
以上、健闘を祈ります。
――――――――――――――――――――――――――
少ない情報だ。
だがこれを見た3年生選抜メンバーと2年1組は、その受け取り方が決定的に違っていた。
まず3年生側は、この情報を2on2の為の只の背景情報だと思った。
実戦想定なら、現地の情勢や気象情報などはあって当然と思っていたのだ。
しかし2年生側は違っていた。
「ねぇ、これって………」
「うん。ガチだね」
「そうだね。やっぱり現場って、こんな感じなんだね」
クラスメイトに実戦経験者がいる。
それも緊急展開を必要とするような、切迫した場面の経験者だ。
だから知っている。
事前情報が殆ど無いにも関わらず、ISに出動要請が出るという事がどういう意味なのかを。
2年1組の面々の行動は早かった。
「一番初め、誰出る?」
クラスメイトの言葉に、相川清香と鷹月静寐のコンビが答えた。
「鷹月さん、出ようか?」
「うん。良いよ。オペレーターどうしようか?」
「あ、なら、私が」
立候補したのは、
「オッケー。じゃ、行こうか」
あっという間に一戦目のメンバーが決まり、控え室を出て行く。相川と鷹月は機体格納庫に。宮白はオペレーションルームに。
そして生徒達は知る由も無い事だが、今回の規定において生徒達の出撃順を決めていなかったのは、この時点から生徒達の動きを見る為であった。もう既に、企業の者達は見ているのだ。
観客達が、学生らしい前向きな姿勢に感心する。
「積極的で良いですね」
が、そんなものは数ある評価項目の1つに過ぎない。
「しかし、ブリーフィングをしていない。学生らしい勢いとノリではないかね? 作戦無しで乗り切れるような、生易しい状況設定にはしていないぞ」
VIPルームの大型モニターには、3年生と2年生の控え室、機体格納庫、オペレーションルームがそれぞれ映し出されている。
そしてオペレーションルームで宮白加奈がヘッドセットを付け、パイロット2人が機体に搭乗して通信を繋いだあたりから、観客達の表情が変わり始めた。
何故か?
3人の様子が、余りにも手慣れていたからだ。
『こちら宮白加奈。以後コールサインはマザーでお願いします』
『こちら鷹月静寐。搭乗機は打鉄。以後コールサインはチャーリーでお願いね』
『こちら相川清香。搭乗機はこちらも打鉄。コールサインはデルタで」
『こちらマザー。では以後鷹月をチャーリー、相川をデルタと呼称。 オペレーションオーダーに従い、
『
『事前情報殆ど無しで物資回収なんて、疑って下さいって言ってるも同じでしょ。』
『そうだね。でも敵対勢力の出現が予告されているだけ良心的じゃない?』
3人はコールサインを決めていく傍ら、マップ情報を確認していく。
作戦領域である南アンデスは、寒冷な気候と西風による降水で、氷河地帯が形成されている場所だ。
加えてチリとアルゼンチンとの国境付近でもあり、両国の関係は悪かった。
ミッションに時間を掛ければ、どんな横槍が入るか分からない状況と言えるだろう。
しかしこの程度の状況設定なら、2年1組の面々は幾度となく行っている。
『だね。それじゃ装備選択に入ります。
『ん~、そうね………』
数秒考えたデルタが、幾つかの追加装備をオーダーする。
こうして両機の装備が決定すると、
『
『
『目標回収後、西に向かって下さい』
『西? というと海? 大丈夫なの?』
『オペレーションオーダーでつい先ほどって言ってたから、気象条件は現在のを使って大丈夫だと思う。そして現地では今雨が降ってて、予報では嵐になる。だから嵐に紛れて、水中に逃げ込んで下さい。空で逃げ切るのは大変だけど、水中なら、そして船底にでも貼りつけば、まず発見されないと思うから』
『なるほどね。
『
『なんですか?』
『かなりんって、オペに入ると性格変わるよね。あとISに乗った時も』
『そうですか?』
『うん。普段は内気なのに、こういう時はハキハキしてる』
『やりたい事ができたから、行きたい場所ができたから、かな?』
『もしかして、すっごく倍率高いとこ狙ってる?』
『秘密です』
『え~、教えてよ』
『こんなところで言える訳ないじゃないですか。あとインストール完了したので、発進シークエンスに入ります。――――――
『
『ちぇっ、
ロードされた自己診断プログラムが、機体と装備のステータスをチェックしていく。
そうして全てのチェックが終了すると、フルダイブシステムが本格的な稼働を始めた。ISからパイロットに入力される五感情報が、シミュレーション用データに置き換えられていく。
『
『
『
今パイロット2人の視界に映し出されているのは、IS学園アリーナの格納庫ではない。
ここでは無い別の場所。IS用の発進カタパルトだ。
そしてIS用ハンガーのロックが外れ、
『
『
『
この淀みのない一連の作業に観客達は、一瞬2年1組が学生という事を忘れかけた。
VIPルームに騒めきが走る。
「これは、想像以上だな」
漏れ出た呟きが、その場にいる者達の思いを代弁していた。
同じモニターに映る3年生と比較しても遜色ない。いや、3年生がどこか学生らしさが抜けていないのに対して、2年1組はどうだ?
実戦経験者と言われたら、信じてしまいそうな安定感がある。
観客の1人が、解説役として入室してきた織斑先生に尋ねた。
「ミス織斑。2年の今出ている生徒は、一般生徒の中でも特別な存在ですか?」
「いいえ。1組の中では平均的な生徒達です。しいて言うなら、相川は近距離が得意、鷹月は中~遠距離が得意、宮白は全距離で平均的な能力ですがオペレーターもこなせる、というところでしょうか」
「なんと。アレが平均レベルと?」
「はい。まぁ発進シークエンス程度なら、回数をこなせば誰でも出来るようになるでしょう」
「しかし装備選択で、殆ど迷わなかったようだが?」
「この手のミッションは薙原が作ったシミュレーションで散々やってましたからね。恐らくそのせいでしょう」
「ちなみにそのシミュレーションは、どの程度のレベルを要求されるものですか?」
ここで織斑先生は、数秒考えた後に答えた。
仮に隠したとしても、遠からずバレる事だ。
言ってしまっても良いだろう。
「噂程度は聞いているかもしれませんが、最高難易度なら専用機持ちでもクリア出来るかどうか、というレベルです」
「専用機持ちと言ってもピンキリだろう」
「確かに。ですがまぁ、結果は私が色々言うより、直接見て頂いた方が良いでしょう」
「自信がありそうですね」
「担任としての贔屓目が全く無いとは言いません。ですが2年生という事を考えれば、それなりのレベルと言えるでしょう」
「ほう!? ブリュンヒルデにそこまで言わせる一般生徒達ですか。これは、期待できそうですね」
こうした会話がVIPルームで行われている中、2年生と3年生は、架空の作戦領域へと飛び立って行ったのだった――――――。
◇
そして始まった模擬戦は、回収目標を発見する前に敵機を発見した事から、純粋な2on2の様相を呈していた。
大空を自由に舞うISらしい、空というバトルフィールドを存分に使った
―――レッドアラート!!
喧しい警報音が、否応なく狙われている事実を知らせくる。
『あっぶな!!』
辛うじて回避に成功するが、アラートは続いている。ロックオンを振り切れない。
盾を構えつつ乱数回避しながら、右手の突撃砲で反撃。が、流石は3年生。回避と同時に見事な偏差射撃で、弾丸を回避軌道上に置いてくる。
盾が瞬く間に削られていく。
その最中、背後からもう1つの影が迫る。
『
通信に飛び込んでくる
味方が抜かれたという事実を認識するより先に、右側方へ全開ブースト。
直後、
だが即座にその選択肢を破棄。全力で回避機動に専念した。
(思った、通り!!)
同じラファールを使う片割れが、いつの間にか距離を詰めている。
武装もいつの間にか変わっていて、両手にショットガンというダブルトリガー。
味方の隙を素早くフォローする動きは、流石3年生だ。
(だけど、やれないほどじゃない!!)
何故なら、知っているから。
本当の格上がどういうものか。
今のパイルバンカーだって、シャルロット・デュノアならもっと鋭い。
フォローだって、ラウラ・ボーデヴィッヒなら退避する間もなく撃ち込まれていたはずだ。
だから避わせるし、防げる。
無論、完璧にではない。
機体の至る所にはダメージが入っているし、盾は既に鉄屑同然だ。
しかしそれでも、3年生の連携攻撃を凌いだのだ。
VIPルーム内に、騒めきが走る。
「なるほど。ミス織斑が、それなりのレベルと言うだけはある」
観客達から見ても、今の連携攻撃の練度は中々のものだった。
流石3年生と言って良いだろう。
「だが耐えるばかりでは勝てない。貴女の生徒達は、3年生に勝てますかな?」
この問いに、織斑先生としては珍しい、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「あの生徒達が日頃相手にしているのは、2年1組の専用機持ち。最新鋭の第3世代機がフルカスタムされたハイエンドモデル。操るパイロットは
「ですが未だ、回収目標は発見出来ていないようですが?」
「本当に、そうでしょうか?」
「なに?」
織斑先生は観客の前に空間ウインドウを展開させ、模擬戦中の両チームの行動ログを表示させた。
一瞬首を捻る観客だが、あるデータを目にした事で納得の表情を浮かべる。
―――2年生リコン使用率95%
―――3年生リコン使用率12%
ここで織斑先生はもう一つ空間ウインドウを展開し、リコンの散布状況をマップに表示させた。
すると、両チームのリコンの使い方が一目瞭然だった。
3年生が接敵前にしか使っていないのに対し、2年生は
しかもミサイルやロケット等の爆発兵器に紛れるように、コッソリと。加えて言えば散布領域が重ならないよう、オペレーターがしっかりと管制している。
「上手い………」
素人の手管ではない。
そして状況設定を作った企業の人間だからこそ、疑問に思う事がある。
「散布されたリコンの探索領域内に回収目標があるのだが、何故回収に動いていないのかね? 使用しているリコンの性能を考えれば、見落としというのは考え辛いのだが」
「恐らく3年生の動きから、相手がまだ発見していないと踏んだのでしょう。だから確実に回収できるように一芝居打っている最中、というところでしょうか」
「まさか、2年生にそれ程の事が?」
「実戦で回収目標を素直に回収させてくれる相手などいないでしょう。極々当然の対処です」
ここで観客はこの模擬戦の流れが、初めから2年生の手の内であった事を理解した。
確かにパイロットとしての腕は、3年生の方が上だろう。被弾率や命中率という点から見れば、それは明らかだ。
しかしパイロットとしての腕と、戦闘の流れをコントロールする腕は別物という事だ。
2年生は自身の腕が3年生より劣るという事実すら利用して、回収目標を安全に回収する瞬間を作りだそうとしている。
そしてそういう視点で2年生の動きを思い返せば、全ての動きが繋がるのだ。
普通なら、一方的に押されているピンチと言えるだろう。
だが見方を変えれば、
そして
ISなら、瞬く間に辿り着ける。
―――状況が動いた。
『させないよ!!』
そうして3年生が回避運動を余儀なくされている間に、
同時に
しかしここで、予想外の事が起きた。
3年生チームが
『『『え、嘘!?』』』
通信に、驚きの声が漏れる。
確かに打鉄とラファールの性能に、大きな差は無い。既に最高速に到達している打鉄に追い付くのは難しいだろう。
だがこうまでアッサリと回収目標を諦めて、敵機の撃墜を優先するとは思っていなかったのだ。
しかし驚きはしても、足を止めるような真似はしない。
『こちら
『大丈夫?』
『何とかする』
『分かった。頑張って』
『オッケー。
『分かりました』
オペレーションルームで
『今送った。これでどうにかなりそう?』
『3:7かな?』
『あと出来る事は?』
『いつも通りにお願いね』
『分かりました』
3年生2人の追撃を受ける
発生したソニックブームが山々を震わせ、所々で雪崩を引き起こす。
だが本人に、気にしている余裕はない。ひたすらに駆ける。
仕掛けるポイントまで、あと10キロ。単独飛行ならあっという間の距離だが、3年生の追撃を受けながらとなれば別だ。遠い。
しかも3年生は渓谷を飛ぶ
1機が真後ろから迫る。こちらは直撃弾を狙う本命だろう。
そしてもう1機が高度を取り、
2方向からの同時攻撃。鳴り止まないアラートが、精神を削る。エネルギーシールドも削っていく。既に危険域だ。だが、間に合った。
仕掛けると定めたポイント。何の変哲もない橋が見えてきた。
右手に持っていた突撃砲を振り向きもせず、背後に向かって盲撃ち。当たるはずがない。
3年生は僅かに機体を動かし回避。
VIPルームに騒めきが走る。
一体何が?
いや、行った事は分かる。
学生が行ったという事実が信じられないのだ。
「相川め、無茶をする」
言葉とは裏腹に、織斑先生の口元は笑っていた。
やはり担任である以上、生徒の成長は嬉しいのだろう。
「ミス織斑。今のは………」
観客の1人が目の前の事実を信じられず、解説を求めてきた。
「
大した事ないように言っているが、恐らく3年生にとって、
シールドエネルギーが一瞬でゼロになり、絶対防御が発動している。
「ミス織斑。アレで、平均レベルですか?」
「厳密に言えば
「いやしかし、アレで、平均?」
とっさの閃きが、既に学生ではない。
ISを飛行機と同じように考える人間は多いが、人型であるという利点を十二分に理解しているからこその行動だ。
またパイロットの要望に応えた
裏方であるが故に華々しさはないが、欲しい情報がすぐに送られてくるというのは、敵機に集中したいパイロットにとって変え難い存在だろう。
「ええ。平均です。そして――――――」
大型モニターを見た織斑先生は続く言葉を飲み込み、新たな言葉を紡いだ。
「あいつら、離脱ではなく完全撃破に切り替えたか」
「えっ!?」
観客の視線が
既にシールド残量は危険域。機体にもガタが来ている。
対して、残っている3年生はほぼ無傷。戦って、勝てる状態とは思えなかった。
すると織斑先生は、スッと大型モニターの端を指さした。
つい先程まで、離脱中の
しかし今は違う。
遠く離れた場所。連なる山脈の頂上に陣取り、特徴的な装備を身に付けていた。
身の丈を超える長大な砲身。バックパックとして背負われる弾道計算用の専用コンピューター。
その装備の名は撃鉄。
日本製IS“打鉄”の専用装備として開発された超長距離射撃装備だ。
観客達が叫ぶ。
「あの距離で当てる気か!?」
「馬鹿な、正規パイロットでも難しい距離だぞ」
「いや待て。3年生は気付いてないぞ」
「という事は間接照準か!?」
照準に纏わる基本的な話として、射手が対象を直接ロックオンして攻撃する直接照準と、他から観測情報を貰って攻撃する間接照準がある。
命中精度が高いのは、勿論前者だ。
しかし今この場、この瞬間に限っては違う。
敵機の近くには高精度センサーの塊である味方機がいて、作戦領域全域にはリコンがばら撒かれ、全てはデータリンクで繋がっている。
だから分かるのだ。
長距離射撃に必要な風向き、温度、湿度、その他弾道計算に必要な全てが。
そして残っている3年生は、今の出来事に理解が追い付かず、動きを止めてしまっている。
―――静かに、引き金が引かれた。
放たれた弾丸が、空を駆けていく。
そして3年生にとって、これは完璧な奇襲だった。
何せ離脱したと思っていた(思い込まされた)相手からの一撃だ。
直撃弾を貰った瞬間、意識に一瞬の空白が生じる。
出来るという確信があった訳じゃない。個人練習でも10回に1回出来れば良い方だ。
だが今迄、クラスの専用機持ちと沢山模擬戦を行なってきた。何回も見てきた。あの鮮やかで、鮮烈な、鋭い機動を。
―――
専用機持ちから見れば、まだ甘いタイミングだ。
しかし瞬時にトップスピードへと到達した突撃は、確実に3年生の虚を突いた。反応が、決定的に遅れる。
右手に持っていた長刀が突き出され、敵エネルギーシールドに突き刺さる。だが絶対防御の発動には至らない。如何に速度という追加要素があるとは言え、長刀の一撃では軽いのだ。
だからこそ、
ロープを手放した左手に、新たな武装が現れる。ショットガンだ。
(離脱なんて、させない!!)
ここで逃がして機動戦闘に持ち込まれたら、もう捉えられない。
(だから、ここで墜とす!!)
トリガー。
本来拡散する弾頭が、残らず敵エネルギーシールドに叩き付けられる。
まだ絶対防御は発動していない。瞬間火力が弱い。
殆ど無意識にそう思った彼女は右手の長刀を手放し、新たな武装をコール。散弾バズーカ。
実体化が完了する前に、3年生は離脱を開始する。
だが直後に実体化が完了。即座にトリガー。
拡散した弾頭が、敵エネルギーシールドを叩く。
爆発、轟音、衝撃。3年生の体勢が崩れる。
(逃がさない!!)
自ら距離を詰め、追撃のダブルトリガー。
3年生は体勢を立て直そうと足掻くが、極至近距離から叩き付けられる弾丸の嵐が、それを許さなかった。
瞬く間にエネルギーシールドが危険域に突入し、更に削られていく。
そうして
※1:迎撃後衛(Gun Interceptor)装備
マブラヴ オルタネイティヴの部隊内ポジションで用いられる装備の一例。
基本装備:突撃砲×1、長刀×1、短刀×2、盾
部隊の中心に位置し、前衛・後衛両方の支援を担当する。
中~近距離戦闘に対応し、なおかつ現状を瞬間的に把握・判断する高い能力が求められるため、
中隊長や大隊長などの部隊指揮官がこのポジションにつくことが多い。
※2:リコン
ACVより登場した小型偵察機。
リコンの索敵範囲内にいる敵を障害物越しに確認、さらにスペックを読み取ることができる。
リコンには地面に設置するタイプ。
空中に浮遊してその場に滞空するタイプ。
自機に追従するタイプの3種類がある。
※3:撃鉄(げきてつ)
日本製IS“打鉄”用の超長距離射撃装備。
命中率の世界記録を保持装備である。
原作の公式武装ですが原作にイラストが出ていないため、
「身の丈を超える長大な砲身。バックパックとして背負われる弾道計算用の専用コンピューター」
というのは本作独自となっております。
※4:突撃前衛(Storm Vanguard)装備
マブラヴ オルタネイティヴの部隊内ポジションで用いられる装備の一例。
基本装備:突撃砲×1、長刀×2、短刀×2、盾
部隊の最前衛に位置し、敵陣への切込みを担当する。
敵との混戦になることが多いため、白兵戦が重視されている。
その性格上、操縦技能や近接格闘適性に優れた衛士が配置されることが多い。
第134話に続く
今回、モブさんで初のイグニッション・ブースト使用者が出ました。
使わせるかどうか少々迷いましたが、今まで専用機持ちと沢山模擬戦しているので、恐らくこの位の経験は積んでいるだろう、という事でやってしまいました。
後悔はしていません。
ちなみに今回の発進シークエンスは、作者の大好きなSTGの1つ、フィロソマのオープニングを参考にさせてもらっています。