インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そして作者も方針変更!!
ちょいと以前言っていた内容を翻しております。
使わせる気は無かったのですが………。
サウジアラビアで晶達一行が、巨大兵器を撃破してから48時間後。
スコール・ミューゼルは亡国機業最高幹部会で、ミッションに失敗したゴミ虫を眺めていた。
(無様な姿ね)
視線の先にいるのは、元々同格の存在だ。
だが今は屈強な男2人によって、床に組み伏せられている。
本来なら、有り得ない。
最高幹部は皆、専用ISを持っているのだ。生身の人間がどうにか出来る相手ではない。
しかし、このゴミ虫に限っては違っていた。
高飛びしようとした為、スコールが直々に出向いて専用ISを破壊し、コアも抉り出した上で連れてきたのだ。
戦闘ですらない、一方的な蹂躙劇で。
そして他の幹部連中は、この結果を当然のものと思っていた。
何せ片や最高幹部でありながら、前線にも出る武闘派。片や金と色で人を操る事を覚え、ISの性能に胡坐をかいてしまった者。軍配がどちらに上がるかなど、考えるまでもなかっただろう。
「何か、申し開きはあるのかしら?」
暫しの沈黙が流れた後、最高幹部の1人が口を開いた。
ビクッ、とゴミ虫の肩が震える。
元々命じる側にいた人間だ。この後の展開を分からないはずがない。
故に懇願した。必死に。元々同格だった相手に対して。
だがその声が届く事は、決してない。
誰も、何も答えない。
無様な命乞いを見下す、冷たい嘲りの視線があるだけ。
それでも必死に、“元”最高幹部は懇願する。
「お願い。1回、1回で良いの。チャンスを頂戴。いいえ、下さい。何でもするから、ちゃんと組織の役に立つから。だからお願い、チャンスを!!」
「――――――と言っているけど、どうしましょうか?」
別の最高幹部が、さも困った、という態度で皆に問い掛けた。
しかし答えなど、初めから決まっている。
「こんな大損害出したヤツに、次なんてある訳ないでしょう。本当だったら今回の一件で、中東の盟主国家が力を失い、あの地域は泥沼の底に沈むはずだったのよ。なのに何処かの誰かさんが身の程知らずな欲を出したお陰で、どれだけの損害が出たか分かっているのかしら? 分かっててチャンスを下さい、なんてふざけた事を言っているのかしら? ねぇ、貴女自分で言ってみてくれない? どれだけの被害を出したのか」
「わ、私は、欲なんて………」
「出さなかったとでも?
違う、とは言えなかった。
自身がISという力を扱うからこそ、巨大兵器とISの混成部隊が、どれ程のものか分かる。
だからやれると踏んだのだ。
ましてあの時に連れていたメンバーは、セシリア・オルコット以外は足手纏い。他のメンバーを捉え、機体を鹵獲するという選択肢もあった。いや、行うつもりだった。
元々あの辺りに潜伏させていた、配下のISチームを使えば、未熟な小娘達などどうとでも出来る………はずだった。
これにより襲撃チャンスを失った配下のチームは、撤退を余儀なくされていた。
「沈黙は肯定と受け取るわよ。でもね、そんな実働部隊の被害なんてどうでもいいの。末端なんて幾らでもいるし、兵器は作ればいいんだから。だけど―――」
最高幹部の1人が
「―――末端を使い易い場所に配置して機能させる為には、それ相応の手間が必要なの。分かる? 分かるわよね? なのに貴女が失敗してくれたお陰で、イランとイラクの殆どの駒が使えなくなった。表側の人間は責任を問われ、軒並み配置転換、クビ、左遷。裏側に至っては何人消されたか。事実上、国家中枢への強力な干渉手段を失った。大損害よ。それに、何よりね」
ここで
ゴリッという鈍い音が、室内に響く。
「サウジアラビアにレクテナ施設が建造される事になったわ。管理は国王直轄。これが何を意味するか、分かるわよね?」
元々用意されていた計画は、どのように進んでも亡国機業にとって、都合良く終わるように準備されていた。
最善はイラン・イラクの侵攻が成功する事だったが、仮に失敗したとしても、問題は無かったのだ。何故ならEMP兵器で大ダメージを負ったサウジアラビアは、どうあっても復興に他国の企業の力を借りなければならない。国の人間としては国内企業を使いたいだろうが、EMP兵器で国内企業もダメージを負っているのだ。どうしようもないだろう。
そして企業が深く関与すればするほど、多くの利権を奪い取る事が出来る。
国が蓄え込んだ富を吸い尽くすまで搾取し、その後は先進国の体力を適度に削り取る為の紛争地域として、末永く使う予定だったのだ。
だがその為には、1つ前提条件があった。
それは絶対君主制国家であるサウジアラビアで、王族に力が無いこと。
1年前であれば、かなり難しい条件だった。しかし、今は違う。
そこにEMP兵器で、国土全域が被害を被ればどうなるか?
攻撃を防げなかったという意味でも、復旧にかかる費用という意味でも、権勢の更なる弱体化は避けられない。
つまり幾ら巨大兵器が墜とされようが、ISが撃破されようが、全て秒殺されていようが、EMP兵器が使用された時点で、亡国機業にとっての負けは無くなっていたということ。
戦略レベルでの目標を達成している為、戦術レベルでは幾ら負けても構わなかったとも言える。
しかし薙原晶の打った一手が、計算を狂わせた。
彼は災害対策用として運用されていた、中継衛星の内1機を国王本人に貸し与える事で、現代文明の根幹たるエネルギーで、国王の発言力を確保してきたのだ。また貸し出している中継衛星は、1年後に稼働予定の衛星No.020と入れ替える事が、合わせて決定されていた。
これにより計画に必要な、力の無い王族という前提条件が崩されてしまう。
そして取り交わされた契約文章の最後に添えられた言葉が、サウジアラビアの今後を決定付けた。
―――篠ノ之束博士は、この地域の不安定化を望んでいない。
つまりサウジアラビア国王は、この地域を平和裏に治める限り、莫大なエネルギー源という強力な交渉カードを握る事ができるということ。
これは国内と近隣諸国を纏めるのにあたり、大いに役立つだろう。
そして亡国機業にとっては、忌々しい事この上ない契約であった。
あの契約は、国王という地位にある者との契約。仮に現国王を暗殺したとしても、次の国王が契約を引き継ぐ。
契約不履行という状況に追い込むには、相当な手間が必要であった。
「貴女の失敗のお陰で、国王はエネルギー源という強力な権力基盤を手に入れてしまった。インフラの復旧事業である程度の影響力は残せるでしょうけど、当初の予定から比べれば雲泥の差よ」
ここで、別の最高幹部が口を開いた。
「そのインフラ復旧事業も、フランス、ドイツ、日本の動きが予想以上に早いわ。それにISが護衛として張り付いている。不幸な事故というのは、余り期待出来そうにないわね」
全員の前に空間ウインドウが展開され、情報が表示された。
日本からは自衛隊所属の量産機。
フランスからは代表候補生シャルロット・デュノア。
ドイツからは代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。
また配下にはパワードスーツ部隊が同行しているのに加え、多くの国が続々と、インフラ復旧用の支援チームを送り込み始めている。
最早、計画通りに事を成せる段階では無くなっていた。
室内に流れる、暫しの沈黙。
そんな中、今まで黙っていたスコールが口を開いた。
「まぁ、過ぎた事を嘆いてもしょうがないわ。暫くはフロント企業に頑張ってもらって、あの地域の駒とネットワークの再構築を急ぎましょう。他に何か、意見のある人はいるかしら?」
他の最高幹部は、誰も言葉を発しない。
至極真っ当な意見だった、というのもあるが、今下手に裏側から干渉すると、傷を広げる事になりかねない。
となれば後は、表側の仕事だ。今話す内容ではない。
「――――――ないようね。なら、そろそろ処分を決めましょうか」
すると他の面々が、薄暗い愉悦の笑みが浮かべた。
同時に、
これから行われるのは、全ての剥奪だ。
築き上げた財産は根こそぎ奪われ、表側の名声は誰かのスケープゴートとして浪費される。
だが本当に恐ろしいのは、そんな事では無かった。
よくある物語のように、一発の銃弾で終わらせてくれるなんて、優しい結末は有り得ない。
(あんな、あんなのはイヤッ!!)
今まで始末してきた人間の末路が、脳裏を過ぎる。
無意味に浪費され、最後はボロ人形のように捨てられる姿が。
そして最高幹部会の手口は、良く分かっている。つい先日まで、自分自身が行う側だったのだから………。
最高幹部の1人が、口を開いた。
「金と色でのし上がってきたのなら、本人に一度商品の気持ちを味わってもらって、マーケティングに生かして貰うというのはどうかしら?」
送り込まれた
それが自分の身に降りかかってくると理解した時、
そこに、スコールが近づいてくる。
「無様ね。でもお似合いよ。負け犬。ああ、そう言えば犬には首輪が必要よね」
いつのまにか、彼女の手には首輪が握られていた。
勿論、普通の首輪ではない。
監視装置も兼ねているが、この首輪の主な機能は、下処理が行われた装着者に対して、痛みと快楽を自在に与えられることだ。
「やっ、やめて!! それだけは、それだけは」
「今まで、沢山やってきたじゃない。今度は、自分の番というだけよ」
そうして無慈悲に首輪を嵌めた後、スコールは告げた。
「安心しなさい。殺すなんて酷い真似はしないから。ただ今までより、少しマナーに気をつけなければいけないだけ。だって、ペットが人間様を立てるのは当然でしょう? そして躾のなっていないペットが躾けられるのも」
優しい表情のままに行われた死刑宣告。いや、それよりも尚悪い。
今後“元”最高幹部は、ずっと飼い主の顔色を伺って生きていかねばならなくなったのだ。反抗は勿論の事、機嫌を損ねただけで激痛が。でなければ快楽が。
そんな事を24時間365日繰り返されて、耐えられる人間などいない。
徐々に人間性を擦り減らされ、従順な下僕へと成り下がっていくだろう。
まして女尊男卑に染まり、肥大化した自意識を持つ女に、耐えられる筈がなかった。
「―――連れて行きなさい」
スコールの命令に従い屈強な男2人が、“元”最高幹部の両脇を抱えて退室していく。
それを見届けたところで、別の最高幹部が口を開いた。
「ところで1つ確認しておきたいのだけど、今後NEXT陣営には、どう対応していくのかしら? 方針を決めておかないと、誰かの巻き添えでここにいる全員の首が飛ぶ、という事態になりかねないと思うのだけど」
普段であれば、取るに足らない戯言だ。
だが今回に限って言えば、誰も笑い飛ばす事は出来なかった。
迂闊に手を出そうものなら、どれほどの反撃を喰らうか分からない。
それでも亡国機業の組織力を全て使えば、ダメージは与えられるだろう。篠ノ之束博士の夢を頓挫させる事も出来るかもしれない。
しかし明確に敵対した時、この場にいる者の内、何人が生き残っていられるだろうか?
あちら側の力を考えれば、全滅という可能性すらある。
加えて、スコールは思った。
(………1年前なら、捕らえるという選択肢にメリットがあった。でも今、それにメリットはあるのかしら?)
博士は金の卵を産む鶏だ。
それは間違いない。だからこそIS発表後、世界は博士を狙った。
だが今博士を狙うのは、余りにもリスクが高すぎる。
(であるなら、付き合い方を考えるべきね。捕らえるという選択肢に拘っては、こちらが破滅しかねない)
ではどのように?
仲良く手を取り合う、などというのは有り得ない。
心情的な問題は抜きにしても、亡国機業という“悪”と手を組んでいる事が他者に知られた場合、博士自身の夢の障害となり得るからだ。
では敵となるしか道はないのかと言えば、そうではない。
単純に敵味方という二次元論で語れるなら、世界はもっと単純だ。
スコールは意見を交わす他の最高幹部達を眺めながら、暫し思考に耽る。
(博士は今、宇宙開発という目標に向かって突き進んでいる。そして
彼女の中で、徐々に未来予想図が形となっていく。
恐らく束博士は、人が宇宙へ出る為のハードルを大きく下げるだろう。
もしかしたら、本当にSFのような世界を作るかもしれない。
(いえ、もう秒読みでしょうね)
以前発表された、重力制御による軌道エレベーターが実用化されれば、超大質量物体を容易く宇宙に送れるようになる。
そして
宇宙開発は、飛躍的に進むだろう。
(………保険は、掛けておくべきよね)
本当の悪党というのは如何なる時も、生き残る為の準備を怠らない。
万一に備えられる用心深さが無ければ、裏社会でのし上がる事など出来ないからだ。
そしてスコールは、今回出した結論を最高幹部会で言わなかった。
教えてやる義理などないし、気付いた人間だけが実行すれば良い。
大体下手に教えて、教えた人間が下手を打てば、こちらの身が危ういのだから――――――。
◇
一方その頃、IS学園敷地内にある束自宅。
帰って来た
「それにしても晶って、相手の嫌がる事をするのが上手いよね」
「束の声を聞いたら、幾らでも燃え上がっちゃうからなぁ」
「馬鹿。そっちじゃない」
赤面した束のデコピンが、晶の額を打つ。
「イテッ。分かってるって。今回の一件についてだろう?」
「そうだよ。巻き込まれた時はどうなるかと思ったけど、終わってみれば完勝じゃないか」
「ギリギリだったけどな。多分相手がもう一手何かを用意していたら、こっちにも被害が出ていた。言うほど完勝じゃない」
「それでも結果は、十分満足いくものだったよ」
今回の一件で晶が取った行動は、あらゆる意味で絶大なインパクトがあった。
まず不当な侵攻に対する断固たる措置。巨大兵器を3機、IS5機を瞬く間に下したという結果は、国境問題を抱える国々にとって、恐怖以外の何ものでもなかった。仮に侵攻作戦を行って、敵側にNEXTを雇われた場合、
次いでサウジアラビアに中継衛星を貸し与えた条件。“平和裏にこの地域を治めること”というのが、どんな言葉よりも雄弁に晶の方針を示していた。すなわち報復行動は認めない。戦火の拡大は望んでいないという事である。
これによりサウジアラビア一帯は、被った被害からは考えられないほど、速やかに平穏を取り戻していった。無論、今回の一件で一般人の心に根付いてしまったものが、綺麗に消えた訳ではない。しかし少なくとも、国レベルでの報復の連鎖が始まる事は無かった。
王族としても「国を救ってくれた者との契約」、という建て前がある分、報復するべきという意見を抑えやすかったのだろう。
もし報復行動が行われた場合の流血量を考えれば、十二分な成果と言える。
そして肝心のインフラ復旧は、国際社会の支援により、速やかに行われ始めていた。
中でも日本、フランス、ドイツの動きは早く、土木用パワードスーツの大量投入により、大いに貢献しているとの報告が入っている。
ちなみに報告と一緒に、後で更識本邸に
今は、自分だけを見て貰う時間なのだ。
「お前にそう言って貰えると、頑張った甲斐があったな」
「ふふ。幾らでも褒めてあげる。あの地域が不安定化したら、こっちの計画にも影響が出たかもしれないしね。でも何より嬉しいのは、君がちゃんと帰ってきてくれた事かな」
言いながら束は、晶をギュッと抱きしめる。
反応は、とても素直だ。
「そんな事言われたら、また元気になっちゃうじゃないか」
「私は良いんだよ」
「俺も我慢する理由は無いな。でもその前に、確認しておきたい事がある」
「何かな?」
「今回の黒幕だ。まだ何も調べてないけど、どうする?」
「う~ん。そうだね。流石に目障りかな。かと言ってあれだけの事が出来る相手を潰すとなると、片手間ではちょっと不安が残るし………どうしよう」
言うなれば掛ける労力に対して、メリットが釣り合わないというところだろうか。
まして
そして晶は、その辺りをしっかりと理解していた。
「いや、お前の手を煩わせる気は無いよ。こっちで動く前に、お前の意思を確認しておきたかっただけなんだ」
「そうなの? でも潰すとなると、結構面倒そうだと思うけど」
「確かに面倒だろうから、完全に潰すなんて事は考えない。だけどウロチョロされるのも迷惑だから、ちょっと行動を控えてもらう」
「どうやって?」
「別件で、少し前から考えていたチーム構想があってね。もう少し時間を掛けて準備する予定だったんだけど、丁度良い機会だから発足させて、今回の一件を探らせようと思う。牽制としては十分だろう」
「なるほど。ところで、元々はどんな事に使おうと考えてたの?」
「元々考えていたのは、人身売買組織をメインターゲットにしたISチーム。予定とは違う形の立ち上げになるけど、何機か配備しようと思っていたから、こういうタイミングの方がやり易い」
何時の世も、例え良い事であろうと危険性のみを訴えて、足を引っ張ろうとする輩がいる。
無視するは簡単だし、排除するのも簡単だ。力で抑え付けるという手段もある。
しかしそれらは、余計な労力だ。積もり積もった時に、どんな反動が来るかも分からない。
だから晶は大事件の直後で、反対意見が出辛いであろう今、チームを立ち上げる事にしたのだった。
「凡人や俗物って、変なところで煩いからね。良いんじゃないかな。でも配備するISにあてはあるの?」
「カラードに試作ISのテスト依頼が来ていて、テスト後はそのままこっちで使って欲しいってヤツが幾つか」
「うーん。それだともしも提供元が機体を引き上げるって言ったら、こっちの動きを妨害できちゃうよね」
「確かにそうだけど、他にあてが無い」
束が新規ISコアを作れば直ぐに解決する問題だが、彼女は少なくとも人目に触れる範囲では、ISコアの総数を大きく増やす気は無かった。理由はISがパワードスーツのように、量産された場合を考えてみれば良い。
恐らくパワードスーツ以上に、戦火を拡大させてしまうだろう。
晶もそれを理解しているからこそ、「あてが無い」と言ったのだ。
なお余談ではあるが、束がセシリアを引き抜く際に新規ISコアを取り引き材料に使ったのは、機体込みとは言え、本人にそれだけの価値を認めたからだった。例外中の例外である。
閑話休題。
束としては、晶の構想を後押ししたい。
だがカラードにだけ新規ISコアを渡しては、凡人や俗人共が色々と騒ぎ立てるだろう。
煩わしい事この上ない。何か、良い方法はないだろうか?
そうして暫し考えたところで、彼女はふと思いついた。
「ねぇ、確か今回の一件で消し飛ばしたコアって、5つだったよね?」
「ああ。5つ、跡形も無く消しとばした」
「ならその補充分という事で新規コアを作ろうかな。幾つ欲しいの?」
「人選にもよるけど、当面は3つかな」
「パイロット候補は?」
「第一候補がレイラ・フェルト(※1)。探偵しているだけあってリサーチ能力に問題は無いし、依頼達成率も悪くない。ただ以前戸籍情報を偽装しているから、メディアに面が割れた場合ちょっと面倒な事になる」
「人の記憶まではどうしようもないからね。次の候補は?」
「第二候補が
「他に使えそうな候補はいないの?」
「残念なことにいない。腕だけで考えればいるかもしれないけど、チームの活動内容を考えれば、ヒモ付きというのは絶対に避けたい」
「確かにねぇ………」
思案する束だが、実のところ第一候補を認める気は無かった。何故ならレイラ・フェルトは、束が個人的に使っている大事な(しかも有能な)手駒なのだ。晶が使いたい理由も分かるが、正直なところ動かしたくない。
よって第二候補となるのだが、確かにこいつらを使うのは色々と拙い。拙いのだが………。
(ん? あれ? 問題なのは、悪事を働いた過去だよね? で、普通の人は罪を償う為に牢屋に入る。あいつらは、社会に貢献するという建て前でカラードにいる。なら今以上に貢献させれば、全然問題無くないかな?)
極論過ぎる考えだが、既に“社会に貢献する”という建て前でカラードにいる以上、結果を出せば問題無いはずだ。
―――ニヤリ。
“天才”が、悪党にとっての“天災”を閃いた。
(フフ、フフフ………なぁ~んだ。簡単な事じゃないか。コソコソする必要なんて無い。むしろ盛大にやってやれば良い。悪党に悪党を狩らせるだけじゃない。それを世界中の警察に貸し出してやれば良い。力が足りなくて悪党を捕らえられない警察に、悪を持って悪を滅ぼす力を貸してあげよう。そうやって獲物を狩っていけば、私の邪魔をする奴らの牽制にもなるかな)
目には目を、歯には歯を、暴力には暴力を、悪党には悪党を。
この時、束自身は自覚していなかったかもしれない。
しかし自分の計画の邪魔をする奴らに、容赦してやる気なんてこれっぽっちも無かった。
「晶、第二候補を使おう。委員会は私が説得する」
「良いのか? でもどうやって?」
「
「ISの設定そのものを弄って無力化する方法は?」
「晶の承認が無ければ、その項目は弄れないようにしておくよ」
「なるほど。でも、仕事を増やして悪いな」
「いいの。ウロチョロしてる鼠が邪魔なだけだから。あと晶のチーム構想だけど、少しだけ口を出しても良いかな」
「うん? ああ、どうしたんだ?」
ここで束は、晶をして驚きの言葉を口にした。
「まず一つ目。
「本気か?」
「勿論。宇宙開発があるから直接手を下さないだけで、結構邪魔だと思ってるんだよ」
「分かった。ちなみに、どんな機体にしようと思ってるんだ?」
「これを参考にしようと思ってる」
束は晶の眼前に、空間ウインドウを展開した。
そこに表示された情報は、C01-GAEA、CR-C90U3、フライトナーズ専用機(※2)の3つ。
どれもこれもとても懐かしく、鮮明な記憶が残っている。
特に
思わず、ニヤリとしてしまう。
「イクシードオービットでの攻撃力強化型、拡張機能による汎用性強化型、オーバードブーストによる機動力強化型か。良いんじゃないか。普通チームって機体構成を統一するけど、あいつらなら寧ろ、個人に合わせてチューニングした方が上手くやるだろう」
「オッケー。なら機体の方向性はコレで決まりっと」
「で、一つ目って事は二つ目があるんだな?」
「うん。二つ目はね、こいつらを世界中の警察組織に貸し出してあげようと思って」
「どういう事だ?」
今一つ意図が理解できず、晶は首を捻った。
「えっとね、例えばの話だけど、何処かの警察が犯人を特定したけど、モロモロの事情で逮捕に踏み切れない場合とかあるでしょ。そういう場合に依頼を貰うの。『犯人を確保して欲しい』っていうね」
「もしかして、奴らを本当の猟犬として使うつもりか?」
「うん。ISチームによる本当の猟犬。首輪付きの猟犬。過去が元IS強奪犯? そんなの関係無い。既に“社会に貢献する”という建て前でカラードにいるんだ。なら、本当に社会に役立ててあげればいい。騒ぐ奴らは、成果を持って黙らせる。そして私を狙った奴ら、計画を邪魔する奴らに、狙われる恐怖を教えてあげようじゃないか」
「なるほど。分かった。その方針で行こう。ただ、1つだけ心配がある」
「なにかな?」
「首輪の強制力がかなり強くなるだろう。首輪がある以上裏切りは無いと思うが、本人達のモチベーションがちょっと心配かな」
「大丈夫だと思うよ」
「そうか? 思考情報を丸裸にされて、それでも熱心に仕事をしてくれるとは正直思えないんだが」
「彼女達の今までの言動が本当なら、大丈夫だって。それに本当なら元IS強奪犯として、もう真っ当な人生なんて送れないはずだったんだ。それを晶の部下として働かせてあげている上に、首輪付きとは言え自由まで与えている。全てを捧げてもらっても足りないよ。尤も―――」
一度言葉を区切った束は、ニヤニヤしながら続けた。
「―――当人達は、とっくにそのつもりかもしれないけどね。首輪も嫌がるどころか、着けられたがっているみたいだし」
「まさか。外せるなら外したいと思ってるだろうさ」
「どうだろう。首輪付きって言われて悦んでるみたいだよ」
「演技だよ。演技。アイツら、俺を困らせて遊んでるんだ。PMCの同業者と会った時なんて、酷いんだぞ」
「どんな風に?」
「それとなく首輪を強調しながら、色香を振りまくんだ。しかも娼婦的なあざとい感じじゃなくて、荒っぽいPMC業界に余りいない感じのクール系やお嬢様系を装って。性質が悪い。他の男所帯のPMCから何て思われてるか………」
すると彼女は、極々当然の事実を晶に突き付けた。
「今更だよ。この私と一緒に住んでいて、周囲を可愛い専用機持ちの子に囲まれて、IS学園っていう女の園にいて、女性職員ばっかりのカラードの社長で………うん。言ってて何だか腹立ってきた」
「え゛!?」
「という訳で晶。この話はコレでおしまい。今日はこれから、私が満足するまで付き合いなさい」
言いながら、束は晶の上に跨った。
所謂
そしてお互いに、生まれたままの姿。
お互い好き合っているのなら、やる事は1つしかないだろう。
この後部屋の電気は消され、互いの影は重なり合っていくのだった――――――。
◇
翌日、放課後のIS学園。
その生徒会長室で晶は、楯無と話をしていた。
「―――今回の後方支援。助かったよ」
「何言ってるの。あんなのはEMP兵器の情報が入った時点で、当然の動きよ」
「それでもだ。インフラの復旧チームが速やかに到着してくれたお陰で、こっちもすぐに撤退できた」
今回、更識楯無は裏方に徹していた。
大戦果を上げたセシリア・オルコットのように、多くの人間から称賛されることも無い。
だが彼女の働きが無ければ、依頼は失敗していた。そう断言できる程に、重要な働きをしていたのだ。
中でも大きなものは2つ。
1つが、晶達一行が使う装備品を現地に送り届けたこと。セシリアが用いた12体の
人によっては、誰にでも出来る地味で簡単な仕事と言うかもしれない。しかし12体の
現地メンバーが全力を出せるように行われた、立派なバックアップだ。
そしてもう1つが、速やかにインフラ復旧チームを立ち上げて送り出したこと。表側に、一切彼女の名前は残っていない。しかし彼女は更識の持つ組織力を十全に使い、現地が必要としている機材を可能な限り用意し、コネクションのあったフランスとドイツにも準備をさせ、チームに持たせて送り出した。その手腕は流石としか言いようがない。
「貴方が足止めされない為に、すぐに送ったっていう部分もあるんだけどね」
「そこも含めて、やっぱり流石だよ。すぐに復旧チームが到着して、インフラが順次復旧していってくれたお陰で、最小の混乱で済んだんだ」
「それを言うなら、貴方が中継衛星を投入してくれたからよ。潤沢なエネルギー源があったお陰で随分やり易かったって、復旧チームから報告が入っているわ。それに、国王と直接契約した点も見事ね。被害でガタガタになった国の中で、国王だけがエネルギー源という強力なカードを行使できる。余程の無能でもない限り、政権は安定するでしょう。中々やるじゃない」
「ありがとう。でもギリギリだったよ。何処かで、何か一手でも相手が上回っていたら、こちらにも被害が出ていた」
「でも貴方は、ちゃんと全員無事に連れて帰ってきた。そういう結果が出ている以上、全てはifでしかないわ。反省点があるなら、次に活かせば良いのよ」
「そうだな。得た教訓は次に活かしてこそ、だもんな」
「ええ。ところでちょっと確認したいのだけど、本音の今後の扱いってどうなるのかしら?」
「基本は学業優先。受けるのは月に1つか2つくらいかな。あと依頼を受けた際は、必ず簪を護衛としてつけるつもりだ。それがどうかしたのか?」
「今回の一件で随分と有名になっちゃったから、実家が少し心配してたのよ」
「ああ。なるほど。あれだけ報道されれば、そりゃ心配もするか」
今回の一件で布仏本音と、その専用機“九尾ノ魂”の名は、大きく知れ渡っていた。
世界初の気象コントロールというだけでなく、灼熱の太陽から多くの人々を救ったという意味でも。
「世界中の天気の専門家が仰天してたものね。有り得ないって」
今回の一件が終わった後、世界中の気象専門家が、サウジアラビアの気象情報を分析していた。
事前に出されていた一般的な天気予報では、連日40℃を超える猛暑が予測されていたのだ。
しかし“九尾ノ魂”が現地に到着して以降、最高気温は30℃程度。かつ少量の雨と、砂漠の都市ではあり得ないほど柔らかな風が、人々を潤していた。
これだけであれば、偶然と片付けられたかもしれない。
だが
何せ天気図の時間経過を追っていくと、どう考えても自然現象ではあり得ない動きなのだ。これにより気象コントロールについて疑いの眼差しを向けていた者も、その効果を認めざるを得なくなっていた。
「そして今回結果を出したお陰で、依頼件数が凄いんだよなぁ」
「どれくらい来てるの?」
「朝の時点で30万件くらい」
「えっ?」
「いや、だから30万件」
「ちょっ、何それ」
「多いのは、主に農家かな。台風とかの天災に見舞われた時にどうにかして欲しいってやつ。今後確実に、もっと増えると思う」
「でも、学業優先なのよね?」
余りの依頼の多さに楯無は、思わずもう一度確認してしまう。
対する晶の返答は、揺ぎ無い明確なものだった。
「当たり前だ。彼女の学園生活を食い潰す気は無いし、彼女が生活を犠牲にして救う必要も無い。楯無は部下思いだな」
「あの子は、簪の大事な友人で側近よ。それに布仏家は、献身的に仕えてくれている大事な家。気遣うのは当然でしょう」
「なるほど。―――と、そうだ。今の内に伝えておく。近日中に、そっちに
「勿論そのつもりよ。でもこれで、
「だけどすり潰す手段は幾らでもある。今まで通り、慎重に頼む」
「分かってるわ。影は影であることが強み。目立っても良い事なんて無いもの」
こうして2人は話を続け、情報交換と今後の方針が確認されていく。
それが終わった後、晶は更識家本邸へと招待されていた。
楯無の発案で、簪と本音さんが手料理を御馳走してくれる事になったのだ。
彼に、断るという選択肢は無いのであった――――――。
※1:レイラ・フェルト
妹を人質に取られて止む無く悪行に加担した過去を持つISパイロット
序章で束&晶が戸籍情報を作り直し、以降は探偵として活動中。
ちなみに新しい戸籍を渡された時にISも渡されているので、
IS持ちの探偵というかなりのチート。(しかもステルスパーツ装備型)
妹はIS学園の1年生。
※2:C01-GAEA、CR-C90U3、フライトナーズ専用機
C01-GAEA:アセンはVIキットそのまま。
CR-C90U3:アセンはVIキットそのまま。
フライトナーズ専用機:アセンはAC2のオープニング機そのまま。
第132話時点での中継衛星の稼働状況
――――――中継衛星リスト――――――
稼働中
No.001:宇宙開発用
No.002:宇宙開発用
No.003:日本(照射地:北海道)
No.004:日本(照射地:関東)
No.005:日本(照射地:九州)
No.006:フランス(照射地:
No.007:フランス(照射地:
No.008:コロンビア
No.009:ウクライナ
No.010:カシミール
No.011:予備(災害対策で稼働中→サウジアラビアに貸し出し中)
No.012:予備(災害対策で稼働中)
作成中(半年後に稼働予定)
No.013:中国
No.014:イギリス
No.015:ドイツ
No.016:ロシア
No.017:アメリカ
No.018:日本(如月社使用予定)
No.019:フランス(デュノア社使用予定)
作成中(1年後に稼働予定)
No.020:サウジアラビア(1年後に貸し出しているNo.011と入れ替え予定)
No.021:未定
No.022:未定
No.023:未定
No.024:未定
――――――中継衛星リスト――――――
第133話に続く
今回、スコールさんに何やらピコーンとフラグが立ちました。でも仲良しこよしフラグではありません。
そしてカラード三人娘。
ISを使わせる気は無かったのですが………束さんの目に留まってしまったせいか、何か化学反応が起きてしまいました。
でもこのお陰で、誘拐されたクラスメイトが将来望みを果たせる場所が生まれました。
結果オーライという事にしておきましょう。
では!!