インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
――――――依頼内容――――――
依頼主:
ミッションを説明させて下さい。
本ミッションの目的は、アラビア半島の湾港都市マスカットまで、輸送船を無事に送り届ける事です。
そして本件の依頼背景ですが、同海域が海賊被害の多発エリアである事はこちらも承知していたため、大手PMCのパワードスーツ1個中隊(=12機)を護衛として雇う事で、積み荷の安全を確保しておりました。
ですが昨日、パワードスーツ16機及び武装した小型巡視艇2隻による襲撃を受けました。パワードスーツはともかく、船は小型とは言っても外洋航行可能な船です。入手難度を考えれば、援助者の存在を疑わざるを得ません。
なお今のところ、襲撃そのものは護衛部隊の活躍もあり、退ける事が出来ています。ですが船体の数か所にダメージを負ってしまった結果、内部に異音が響くようになり、加えて速力の上がらない状態になってしまいました。現在は応急処置で何とか航行する事が出来ていますが、接近中のサイクロンで船体に負荷がかかった場合、どうなるか分からない状態です。
以上のような経緯から、貴社に依頼する事となりました。
何卒、宜しくお願い致します。
成功報酬
10万$(日本円で約1200万円)
備考1
添付資料:海賊の装備情報について
備考2
同海域で未確認ISの目撃情報あり。
これに対し国際IS委員会より、以下2点の希望が出されています。
・発見した場合、可能ならパイロットは生かしたまま確保。
・非合法ISの撃破。
詳細な情報や報酬につきましては、国際IS委員会にお問い合わせ下さい。
以上となります。
――――――依頼内容――――――
時間は、少しだけ遡る。
依頼を受けた晶が、日本を発つ少し前のこと。
同行メンバーとして選んだセシリア、簪、本音を前に、彼はカラードでブリーフィングを行なっていた。
「―――という依頼な訳だけど、何か質問はあるかな?」
全員専用機持ちであるため、コアネットワークで既に状況は知らせてある。にも関わらず、こうやって直接顔を合わせてブリーフィングを行なっているのには、幾つかの理由があった。
1つは、本音さんにとって今回が初出撃ということ。つまり初心者だ。そんな人間相手に通信のみでブリーフィングを済ませてしまっては、どんな不測の事態が起きるか分かったものではない。ある程度慣れてきたなら良いかもしれないが、少なくとも初めのうちは、こうして直接顔を合わせるべき、というのが晶の考えだった。
1つは装備の問題だ。晶が単独で依頼を受ける場合、VOBで現地に向かいつつ、束とコアネットワークでブリーフィングという場合が多い。だが
1つは時間の問題だ。ここでブリーフィングに時間を割いても、デュノア社が用意してくれているコンコルドMkⅡなら、
こんな理由から、晶はブリーフィングに時間を割く事にしたのだった。
そして―――。
「質問ですわ」
まず、セシリアが尋ねてきた。
「何かな?」
「このメンバーを選んだ理由はなんでしょうか?」
「確かにこの依頼、達成のみを考えるなら、本音さんと俺で事足りる。そこにセシリアと簪を加えたのは、襲撃に対する抑止力という以上に、今後を考えてのことだ。まずセシリアだが、セカンドシフトしているからこそ、今後断れない依頼が出てくる可能性が高い。そんな時に場慣れしていませんっていうのは厳しいだろう? だから、経験を積んでもらおうと思ってね。そして簪の方だが、こちらも同じような理由かな。本人達には話してあるが、今後打鉄弐式と九尾ノ魂はコンビ運用が前提になる。これが、2人を加えた理由だよ」
「なるほど、分かりましたわ。では今回、晶さんは居るだけ、と考えた方が宜しいのですね?」
「いや、場合によっては3人の傍らを離れて、未確認の非合法ISを狩りに行くかもしれん。その場合、現場の指揮はセシリア、お前に任せる」
この回答に、セシリアは息を呑んだ。
まさか
「あの、宜しいのですか?」
「ああ。やる事は至って単純だからな。襲撃者が来たら、本音さんと船を守る。それだけだ。ブルーティアーズの広域索敵能力と打鉄弐式の防御力なら、並大抵の事はどうとでもなるだろう」
「分かりましたわ。精一杯、務めさせていただきますね」
「硬くなり過ぎないようにな」
「カチカチのガチガチになったら、優しく解き解してくれますか?」
「俺スパルタなんだ。ミサイルカーニバルとスナイパーキャノンとロケット、どれが良い?」
選択肢は全て実弾だった。爆発力で吹っ飛ばされるか、着弾の衝撃力で吹っ飛ばされるかの違いしかない。
「酷いですわ!? 淑女にはもう少し優しくするべきだと思いませんか?」
「淑女の前に仲間だからな。依頼中は早く立ち直ってくれないと困る。とまぁ冗談はさておき、厳しいと思ったらすぐに呼んでくれ。非合法ISを狩るのはあくまでついでだ。メインの依頼を疎かにしてまでやる事じゃない」
「絶対、呼びませんからね」
「無理はするなよ」
「回線は繋げておきますから、大事無く依頼が遂行される様をしっかりと見ていて下さいね」
「分かった。期待している。――――――他に、何かあるかな」
今度は、簪が尋ねてきた。
「輸送船を襲撃したという海賊の情報ですが、他にはありませんか?」
「いや、今のところ添付資料以上の情報は無い。だがバックに資本の疑いがある以上、これだけと考えるのは危険だろう。加えて言えば、今回の作戦区域はソマリアに近い。あそこは皆も知っている通り、世界最貧国の1つだ。資本が悪巧みをするには、持ってこいの場所だろう。決して気は抜かないように」
「分かりました」
こうしたやり取りが行われていく中、本音さんが戸惑いの表情を浮かべていた。
なので、彼は声を掛けた。
「どうしたのかな? 何か、分からないところでもあったかな?」
「う、うん。分からないというか、2人とも凄いなって。ちゃんと色々考えてるんだなぁって」
初出撃を前に緊張が高まってきたのか、いつもの、のほほんとした雰囲気と口調がナリを潜めている。
その様子を見て、晶は思った。
適度な緊張は必要だが、緊張のし過ぎは良くない。
なので彼は、ちょっとだけ恥ずかしい思い出話をする事にした。
これで少しでも緊張が解れるなら、過去の失敗にも意味はあったのだろう。
「慣れれば大丈夫さ。誰にでも初めてってのはあるからね。緊張するのも仕方のないこと。何せ俺ですら、実戦でボコボコにされた事があるからね」
「「「えっ!?」」」
3人の言葉が重なる。
そして3人同時に、己の耳を疑った。
その彼が、ボコボコにされた? 放課後の訓練では、未だに専用機持ちが束になっても敵わない彼が、ボコボコにされた? 何かの冗談だろうか? いや、冗談に決まっている。
3人の思考は申し合わせたかのように、同じ結論を弾き出していた。
だが――――――。
「まぁ具体的な場所とか時間は言えないけど、俺も酷く痛い目を見た事があってね。一度死にかけた。だからその不安も緊張も、ある程度は分かるつもりだ。色々考えちゃうんだよな。普段は考えもしない“もしも”が頭から離れなくなる」
本音さんは何度も肯いている。
それを見て、晶は更に続けた。
「精神的な事だから、特効薬みたいな便利なものはない。だけど1人だった俺と違って、本音さんには同じ場所に立つ仲間がいる。セシリアは実戦経験もあるし、簪がどれほど打鉄弐式を上手く使えるかは、整備を手伝っている本音さんなら、良く分かっているだろう。だから、遠慮なく頼ればいい」
硬かった彼女の表情が、少しだけ柔らかくなった。
「うん。晶くん、ありがとう。まだちょっとドキドキしてるけど、頑張るね!!」
「ああ。そして2人も、頼むな」
「ええ。専用機持ちの先輩として、色々教えて差し上げますわ」
「一緒に頑張ろうね」
こうしてブリーフィングが行われていき、その最後に、晶の部下から内線で連絡が入った。
飛行機の準備が整いました――――――と。
◇
そうして時は進み、現在。
晶達一行はアラビア海に到着していた。
既に暗雲が垂れ込め、風も雨も強くなってきている。
気象情報と照らし合わせれば、もう1時間もしないうちに、暴風と豪雨に変わるだろう。
そんな海域を暫く進んで行くと、
晶は、通信回線を開いた。
『こちら
『NEXT!? もしかして依頼のか? 助かった!! こちらはマレーシア船籍のアンギン号。国連からの依頼で、支援物資を運んでいる』
『マレーシア船籍のアンギン号。確認した。では貴船の護衛に入るにあたり、そちらの状態を教えて欲しい』
『海賊のお陰で散々さ。動力系が不調な上に、速度を上げたら船が軋む。いいとこ10ノット(約18km/h)出せるかってところだな』
聴きながら、NEXTのセンサー系で船をサーチ。結果は相手の言葉を裏付けるものだった。
横っ腹に喰らったのは、小型のロケット弾だろうか? 隔壁のお陰で浸水こそ止まっているようだが、船体後方と側面の数か所が、明らかに歪んでいる。
確かにこの状態でサイクロンの暴風と荒波に揉まれれば、沈没の可能性は高いだろう。
『酷いものだな。護衛部隊に損害は?』
『報告では、死者は出てない。だがパワードスーツ4体が行動不能。2体も調子が悪い。実質的に戦力半減と言ってた』
『分かった。次海賊が出たら、こちらで対処する』
『頼む。で、本命のサイクロンの方はどうにかできるのかい?』
『でなければ依頼を受けたりはしない。すぐに取り掛かろう。風が強くなり始めた』
そして予定通りなら、この後気象コントロールを行い、
この瞬間まで、晶はそう思っていた。
だがどれほど入念に情報収集を行い、ブリーフィングを行い、チーム内で意見のすり合わせを行い、準備していたとしても、全てのトラブルに対処できる訳ではない。時には、前提条件そのものがひっくり返る事すらあるのだ。
カラード本社より、緊急通信が入った。
『社長!! ミッションの中止を進言します。至急撤退して下さい!!』
『何があった?』
『アラビア半島全域で大規模な通信障害が発生しています。原因は不明ですが、一般レベルの回線は全てダウン。電話、Web、公共放送、全てです』
『なに? 無線、有線問わずか?』
『はい。先ほどからあらゆる回線を使ってアクセスしていますが、全く反応がありません。Web上でのデータ経路を見ても、アラビア半島を通過するデータは全てアウト。反応そのものが消失しています』
晶は自身のアクセス権限を使って、中継衛星から視認可能なアラビア半島の都市を幾つかピックアップ。
現地の映像情報を取得する。
それによると、都市に目立った被害は見当たらない。
『どういう事だ? 少なくとも都市そのものが消失している、という訳ではなさそうだが? 軍事レベルでの回線はどうだ?』
『そちらは現在確認ちゅ………いえ、確認しました。サウジアラビアの軍部、及び王室で通信が行われています。ですが、これは………』
『どうした?』
『混乱の極みにあるようで、現状確認の情報収集ですね』
『とりあえず、壊滅という訳ではないか。しかしこの被害、広域での通信障害だと。まさか………』
晶の脳裏に、EMP兵器という可能性が過る。
これは高層大気圏での核爆発を利用したもので、発生した強力な
そして発生した
現代文明において、日常的に使用している電子機器がいきなり止まればどうなるか、少し想像力のある者なら、どれほどの被害が出るか分かるだろう。
まず日常生活を支えているインフララインが全てストップする。電力、水道、信号、電話、テレビ、車、パソコン、ありとあらゆる物だ。病院も例外ではない。手術中であろうが、呼吸器がついていようが、一切合切全ての物が動かなくなる。
どれほどの混乱が発生するか、想像に難くない。
『恐らく、社長の想像通りEMP兵器かと………』
『チッ、目的はなんなんだ?』
『それも大事ですが、それよりも社長。改めて、ミッションの中止を進言します。このまま護衛して入港しようものなら――――――』
『分かっている』
部下の懸念は、晶も理解できた。
今回の依頼は、輸送船をアラビア半島の湾港都市マスカットまで護衛する事なのだ。
混乱の真っただ中にある現地に、5万人分の支援物資を満載した船を入港させる………下手をすれば余計な混乱を招きかねない。いや、確実に招くだろう。
(しかし、しかしだ!!)
彼は自身が暴力によって立つ人間である事を自覚していた。
そんな人間が、現地の状況が変わったからと言って依頼を放棄する?
(駄目だろう。少なくとも、荷物の安全は確保する必要がある。この際、マスカットでなくてもいい。別の港まで送り届けて、支援物資の安全を確保する事が、依頼に対する最低限の義務だろう)
晶は方針を決め、告げた。
『緊急避難措置として、輸送船を目的地に送り届ける事ではなく、積み荷の安全確保を優先とする。
『了解しました』
『セシリア、簪、本音さん。悪いが練習ミッションとは言っていられなくなった。船の護衛は継続するが、恐らく入港先は変更になる。詳細は今送ったから、確認してくれ』
情報を確認した3人の顔から、血の気が引いていた。
当然だろう。流石に、事前にこんな事態は想定していない。
『………あ、あの、しょーちん。これ、本当?』
経験の浅い本音さんが、恐る恐る「冗談だよね?」と言わんばかりに尋ねてきた。
ここで、晶は思う。
(怯えてるな………。まぁ、ファーストミッションでこんな事が起きれば当然か。だけど俺がここで緊迫感タップリに物事を告げたとしても、事態は好転しない。むしろ初心者には重圧でしかない。なら、お気楽に振る舞うのが適切かな)
意図的に、砕けた口調で答えた。
『ああ。事実だ。でも、それがどうかしたのか?』
『え?』
『確かに、今起きているのは大変な事だ。だけど俺達にしてみれば、船の行き先が変わる程度の事でしかない。行き先の手配は本社の連中がやってくれるし、仮に海賊が出たら俺が叩く。つまり、本音さんが行う事は何一つ変わらないんだ。この荒れ始めた空をちょっとだけ穏やかにして、船が沈まないようにする。それだけ。ついでに言うと直衛には簪が入って、セシリアが遠距離を見張る。ホラ、近距離も遠距離も防御はバッチリ。何も心配する事は無いよ』
『そう………なの?』
『勿論。他に何かあったら、俺の方で対処する。専用機持ち成り立ての初心者に、難しい事なんてさせないよ』
『うん。ありがとう』
本音さんは硬い表情ながらも、少しだけ笑ってくれた。
無理をしている、と分かる顔だ。
(クソッ。こういう時、楯無なら何て言うんだろうな。アイツなら、もう少し上手い言葉が掛けられるんだろうが………)
だが彼女は、この場にはいない。
今いる人間で、事を進めて行くしかないのだ。
『よし。じゃあ、始めようか。ちょっと雑音が入っちゃったけど、やる事は変わらない。まずは、船を護り通すぞ』
『了解ですわ』
『了解』
『うん。頑張るね』
こうして布仏本音のファーストミッションは、波乱含みの幕開けとなったのだった――――――。
◇
時間は進み、10時間後。
目的地をインドの湾口都市コーチンへと変更した一行は、今のところ無事に進む事が出来ていた。
予定より風も波も強いが、船は沈んでいない。ファーストミッションという事を考えれば、十二分な成果だろう。
そうして気象情報を確認した晶は、本音さんに声を掛けた。
『――――――よし。今日はもう十分だ。休もうか』
『ふぅ~。疲れたぁ~』
気象コントロールに集中して余計な事を考えなくなったせいか、口調がいつもの本音さんに戻っていた。
後はこのまま寝て貰えれば、余計な疲労を残さずに済むだろうか?
そんな考えが脳裏を過ぎる。
何せ休憩を挟んではいるが、1回2~3時間はぶっ続けだったのだ。
疲労しない方がおかしい。
『お疲れ様。シャワーでも浴びて、ゆっくり休むといい』
『うん。そうするぅ~』
『簪も、長時間お疲れ様』
『ううん。私はくっついていただけだから』
『でも、気は張ってただろう? 休める時に休んでおくといい』
『うん。ありがとう。先に休むね』
そうして高度4000m付近にいた彼女達が、ゆっくりと降りて行った先には、輸送船のヘリポートに停まる
これは数日に渡る作戦行動中、拠点としても機能するように、積載量を減らした代わりに居住スペースが追加されたモデルだ。
快適さはそれなり程度でしかないが、ベッド、シャワー、トイレなど、必要最低限のプライベートスペースが確保できるようになっている。
今回の依頼が数日掛かりになる事は初めから分かっていたので、メンバーを後追いさせる形で運ばせておいたのだ。
『ああ。お休み。――――――さて』
2人が降りていくのを見ながら、晶はこれからの事を考え始めた。
今のところ、開始前に想定外のトラブルこそあったものの、護衛自体は順調に進んでいる。このペースなら、5日程で入港できるだろう。本当ならもう少し早めたいのだが、増速して船体に負荷を掛けた結果、沈没してしまっては元も子も無い。
このため後5日間は、次の依頼を受けられないのだが………。
(向こうにしてみれば積み荷なんぞ放っておいて、早く来てくれって話だよなぁ)
カラードに駐日サウジアラビア大使から、依頼が入っているのだ。
内容は「祖国に雲を作って日差しを遮って欲しい」と「雨を降らせて欲しい」の2つ。
返事は保留しているが、どちらも理由としては良く分かる。
何せアラビア半島の気候は砂漠気候。最高気温はほぼ必ず30℃を超え、40℃を超える事も珍しくない。
そんな地域のインフララインが完全に止まるという事は、冷房が使えなくなり、かつ海水を水に変える海水淡水化プラントも動いていないということ。
恐らく今、現地は地獄だろう。
人道的に考えるなら、受けるべき依頼だ。
しかし人道的、というだけで受ける訳にはいかない。
(俺1人なら、どうとでもなるんだが………)
残念な事にNEXTの装備で、気象コントロールを行えるものは無い。
つまり依頼を受けるという事は、
そしてセシリアに行動を縛る枷は無いが、彼女の性格なら、恐らく同行するだろう。
ISが計4機。戦力としては、申し分無い。
(でも駄目だな。危険過ぎる)
本拠地から遠く離れ、碌なバックアップ環境が無い場所に、最新鋭装備を保有した美少女3人を連れていく。
晶にしてみれば、襲って下さいと言っているようなものだ。
パイロットの容姿的にも、装備の価値的にも。
しかし4人揃っている時の襲撃なら、どうとでもなる。問題は確実に混乱しているであろう現場で、分散しての対処を求められた場合だ。
例えば国内の複数ヵ所で、一般人が暴徒に襲われている、という状況だ。
受けている依頼としては、気象コントロールだけなので助ける義理は無い。だがその場合、ISが4機もいて暴徒に襲われている一般人を見殺しにした、等と言われる事を覚悟しなければいけない。また正式に依頼として出された場合、無理なく断る事はほぼ不可能だろう。
もし断れば、今後に大きな禍根を残す事になる。
そうして各機を分散させた後に仕掛ければ、鹵獲も不可能ではない。
どの機体も強力だが、弱点はあるのだ。加えて本音さんは、専用機持ちに成り立ての素人。立ち回りに不安が残る上に、もし人質にでもされてしまったら、簪も成す術なく囚われてしまう可能性が高い。
加えて彼は、もう1つ思った。
(誰かは分からない。だけどEMP兵器で国家機能を麻痺させるくらいの事をしたんだ。必ず続きがあるだろう。そしてテロリストにとって、俺は何だ? 天災や死神、そんなところだろう。なのに俺が近くにいる時に事を起こした………呼び込む事が目的か?)
考えれば考えるほど、罠にしか思えない。
やはり、受けない方が良いだろう。
幸いにして今は、別の依頼を遂行中という建て前がある。
そんな事を思っていると、セシリアが通信を繋いできた。
眼前に空間ウインドウが展開される。
『晶さん。今、お話ししても宜しいでしょうか』
『構わないが、どうした?』
『私の思い違いでしたら申し訳ないのですが、気象コントロールの新しい依頼が入っているのではありませんか?』
一瞬誤魔化そうかとも思ったが、すぐにバレる嘘ほど、人間関係を壊すものもない。
彼は正直に答えた。
『確かに、駐日サウジアラビア大使から入っているよ。が、こちらの依頼が先だ。金額の大小で、受けた依頼を放棄する気は無い』
『それは分かっていますわ。ですが新しい依頼は、私達でなければ対応できないのでしょう?』
『ああ。だが受けた依頼を投げ出せば、今後に響く』
『依頼を別の者に引き継げば、私達が投げ出した事にはなりませんわ』
『とは言っても、誰に頼む? それなりに信用できる相手じゃないと無理だぞ』
『私のコネクションを使って、すぐに紹介できるところが2つ、ありますわ』
『どこだ?』
『2つともイギリスのPMCで、1つはコープス・セキュリティ社。女王陛下に直接会っての報告が、許されているほどの会社ですわ。そしてもう1つがG4S社。世界125か国に、従業員約65万人を擁する世界最大規模の警備保障会社です』
『お前、そんなところとコネクションが有ったんだな』
素直な感想を口にする晶。
するとセシリアはニッコリと微笑んだ。
『私、こう見えても名門貴族の当主ですのよ』
『なるほど。だが、駄目だ。バックアップ環境の無いところに、お前達3人を長期間滞在させるなんて、危険過ぎる。貴族のお前なら分かるだろう。戦闘力を無力化する方法は、結構多いんだ』
『滞在時の安全を心配されているのでしたら、束博士が与えてくれた12体の自動人形がありますわ。今は持ってきていませんが、すぐに運ばせれば移動中に合流できるでしょう』
『アレを統括するのはお前だ。負担が掛かり過ぎる』
『貴方に管理者権限を渡せば、労力は2分の1ですわ』
『1人当たりの警備時間が12時間か? それでは予想外の緊急事態が発生した時、全く余力の無い状態で動く事になる。俺は体力があるからどうにかなるかもしれないが、お前は持たないだろう。そして体力が限界まですり減ったお前を残して緊急事態に対処なんてしたら、お前を狙ってくれと言っているようなものじゃないか』
なお自動人形の管理者権限を簪に渡し使わせる、という選択肢は初めから存在しなかった。
アレは束がセシリアの為に作った物なのだ。晶ならまだしも、他の者に使わせるなど論外である。
加えて言えば複数機の同時オペレーションというのは、セシリアとブルーティアーズ・レイストームが揃って、初めて十全に機能するものだ。それを違う機体で、練習も無しに行えというのは、余りにも酷な話だろう。
『ですがこの依頼を断るのは、貴方にとっても、カラードにとっても、デメリットが大き過ぎます。数百万の人間を見捨てるのと同じ事なんですよ。今後貴方と束博士が
セシリアの言う事にも、一理はあった。
しかしチームを纏める者として、危険を軽視する事はできない。
迷った晶は、逆に尋ねてみた。
『十中八九、罠だと思うぞ。それでも受けた方が良いというのか?』
『はい。この状況、断れば臆病者。受ければ私達の身の危険。どちらを選んでも、カラードが傷を負う可能性は高いです。なら、最大のメリットが望める方を選ぶべきですわ』
『チップはお前達の命だぞ』
『貴方が私達の身を第一に考えてくれているのは分かります。ですがその為に、貴方が臆病者の謗りを受ける事などあってはなりません。それは今後に響く、猛毒になるでしょう』
『………分かった。2人にも聞いてみて、反対しないようであれば受ける方向で考えよう』
『なら話は早いですわ。今の会話、2人にも聞いて貰っていましたから』
『なに?』
『2人とも、どうしますか?』
『困っている人がいるなら、行くべきだと思う』
まず簪が答え、
『怖いけど、助けを待っている人がいるなら、行った方が良いと思う』
次いで本音さんも、その意思を示した。
『本当に良いのか? 身の危険、装備強奪の危険、綺麗事では済まないぞ』
『でもここで引けば、多分私達は専用機持ちの資格を失う。私達自身の気持ちとしても、社会的な信用としても』
簪の言葉で、晶は決断を下した。
『分かった。セシリア、さっき言った両社に連絡を取ってくれ。早くこの海域に到着出来る方に引き継ぐ』
『分かりましたわ』
『簪、可能な限り情報収集を頼む』
『了解』
『本音さんは現地に到着するまで休憩。恐らく到着後、相当酷使する事になると思う。しっかり体力を回復させておいてくれ』
『うん!!』
こうして晶達一行は、どんな罠が有るかも分からない現地に、飛び込んで行く事になるのだった―――。
第130話に続く
今回、仕掛け人の情報は意図的に伏せております。
なので晶くん達も、事件が起こったその瞬間の情報しか知りません。
つまり誰が味方で誰が敵かも分からない。
依頼人そのものが敵かもしれないし、依頼人は良い人かもしれないが、それ以外の黒幕がいるかもしれない。
そんなところに飛び込む事になった一行………。
本音さんのファーストミッションは、ハードモード仕様なのでした。