インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

130 / 211
今回はとってもまったりモード。


第126話 平穏な臨海学校(中編)

 

 IS学園臨海学校、初日の夜。

 2年1組担任の織斑千冬は、傍迷惑な親友の突撃を受けていた。

 

「ちーちゃん。あ・そ・ぼ・う・よ」

「ええい。こら、ひっつくな。あ、オイ、帯を解くな馬鹿者が!!」

 

 1日の仕事を終え、ホテルの部屋で休んでいたところを突撃訪問され、挙句物理的にも突撃され、今現在進行中で腰に抱き着かれている。

 そしていつのまにか手癖の悪くなっていた親友は、浴衣の帯をスルスルと解いていく。が、素直に剥かれる気なぞ無い織斑先生は、脳天への鉄拳制裁でそれを強制中断させた。

 

「いった~い!! 何するのさ、今ので“天才”束さんの脳細胞が傷ついたらどうするのさ」

「ふん。いきなり突撃してきて、親友の服を剥くような奴の脳細胞なぞ、少し減った方が世の中の為だ」

「ひ、酷い!! 世の為人の為頑張る束さんに、なんて事を言うのさ!!」

 

 涙をウルッとさせて上目遣いする親友の姿は、何も知らなければ騙されてしまいそうな程に可憐だった。だが付き合いの長い千冬が、騙される筈も無い。

 

「まったく、どこでそんな手管を覚えたんだ? いや、1人しかいないな。あいつ(薙原)め、引き篭もりにいらん事を教えおって」

「だって、こうしたら凄く優しくなるんだもん。だから、ちーちゃんにも通じるかなって」

「ヤツも男という訳か。後でそれは欺瞞行動だから騙されるなと、教えておいた方が良さそうだな」

「ふふんだ。そんな忠告如きで、晶がこの私に優しくしなくなるなんて、ある訳ないじゃないか」

 

 お惚気全開絶好調の束さん。

 それどころか、速やかな反撃を開始してきた。

 

「でもいいの? そんな事言うんだったら、ちーちゃんともう模擬戦しないでってお願いしちゃうよ?」

 

 以前、織斑先生は学園配備のパワードスーツ“武御雷”を使い、晶と模擬戦を行った事があった。以来、近接特化機という機体特性と、ブレード1本で世界を取った自分と張り合える相手がいるという楽しさが相まって、すっかりバトルジャンキーと化していた。

 尤も、戦闘速度だけを見れば、たかが時速300キロオーバー程度だ。大した事はない。

 だがハイパーセンサーによる思考加速なし、慣性制御なしという中で、己の肉体と精神を駆使して、先の読み合いとフェイクの掛け合いを行い、相手の一撃を避わし、凌ぎ、逆に一撃を叩き込む事に全力を尽くす。

 織斑千冬にとっては、モンドグロッソでも望めないような刺激的な時間だった。

 それを、止める?

 

 ガシッ!!

 

 気付けば、親友の顔をアイアンクローしていた。

 

「ちょっ、ちーちゃん!?」

「束、私は少しばかりお前に厳しく接する事はあっても、基本的には笑って許してきた。そうだな?」

 

 割と肉体言語な事もあったような気がするが、何故か言ってはいけない気がした。

 コクコクと肯く束。

 

「だが私でもな、怒る事はあるんだぞ。親友的に、その辺りはどう思っているのかな?」

「そ、そうだね。ちーちゃんは何かあっても、結構笑って許してくれるよね」

「そうだろう」

 

 何故かミシミシッと力が入る。

 

「ちょっ!! ちーちゃん痛い。ロープロープ!!」

「その私から、楽しみを取ると? 私は、私の親友をそんなロクデナシだったとは思いたくないんだがな」

 

 束は何故か、今の千冬に某アニメの主人公機である、紫の巨人の姿を見た。電源ケーブルが必要なのに、時折暴走して稼働限界を超えたり、偶に敵を食べちゃったり、勢い余って友人の乗るコクピットを潰しちゃうヤツだ。

 

「ち、ちーちゃん。ギブ、ギブギブ。痛い、ホント痛いから!!」

「私はまだ、お前の返事を聞いてないんだがな?」

「分かった。分かったから!! 止めたりなんてしないから!!」

 

 その返事を聞いて、織斑先生はようやく手を離した。

 

「全く、私の数少ない楽しみを取るな」

「もう、暴力反対だよ。でもそんなに、晶とのバトルが面白いの?」

「ああ。モンドグロッソでも、あれほどの興奮を覚えた事はないな」

「興奮って、すっかりバトルジャンキーになっちゃって。束さんは悲しいよ」

 

 ワザとらしい泣き真似をする束。

 しかし織斑先生は止まらなかった。

 

「あの一進一退の時間を味わえるなら、バトルジャンキー大いに結構」

「え~、ちょっとは手加減してよ。2人が使った“武御雷”をメンテするのは私なんだよ。毎回毎回毎回機体を限界まで酷使してさ。大変なんだからね」

「そこは感謝している。そしてこれからも酷使するから頼む」

「労わるっていう選択肢はないの?」

「無いな」

 

 迷う余地などない即答であった。

 

「全くもう。本当、感謝してよね」

 

 迷惑なはずなのだが、嬉しそうに答える束。

 親友同士だからこそ出来るやり取りだった。

 

「ああ、感謝してるさ。――――――という訳で、付き合え」

 

 ここで織斑先生は、冷蔵庫からノンアルコールビールを取り出し、親友に放り投げた。

 

「およ?」

「どうせ泊まっていく気だったんだろう?」

「勿論。でも、ちーちゃんも悪い子になったね。一応、今は臨海学校の最中だよ? その最中に教師がアルコールなんて」

「ノンアルコールだから問題無い。ついでに言えば、お前が法を説くか?」

「違いない」

 

 お互いニヤリ。

 そして束も、伊達に織斑千冬の親友をやっていない。

 密かに持ち込んでいた、大量の酒のつまみを取り出しては開けていく。

 

「準備が良いじゃないか」

「久しぶりに来たんだよ。この位はね」

 

 そうしてこの後、2人は時間を忘れて語り合うのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、学園にいるたった2人の男達。

 薙原晶と織斑一夏は、温泉に入っていた。

 

「「あ゙ぁ~。くつろぐ~」」

 

 そして揃って、気の抜けた声を漏らしている。

 他人から見たら、あらゆる意味で羨望の視線を集める2人だが、実際のところは気苦労も多い。

 だがこうして温泉に浸かっていると、日頃の気苦労が解き解されていくようだった。

 また入り口にはしっかりと“男性入浴中”と立て札が立っているので、女性が乱入してくるようなドッキリイベントも無い。

 このため2人は、本当にノンビリとお湯に浸かっていた。

 そんな中で、一夏が口を開いた。

 

「なぁ晶」

「ん?」

「晶ってさ、学園卒業したらどうするんだ? やっぱり束さんと宇宙開発するのか?」

「そうなるかな。アンサラーは動き、日本とフランス案を筆頭に、宇宙開発も動き出した。後はそれを推し進めて、かな。――――――お前は、何かやりたい事ってあるのか?」

「正直、ちょっと分からない。強くなるっていう目標はあるんだけど、それは理不尽に奪われない為の実力が欲しいってだけで、例えばモンドグロッソで優勝するとか、世界最強になりたいとか、そういう感じじゃないんだ。でもさ、他の子達を見てると、先を見てるだろう?」

「なるほどな………」

 

 ここで晶は少し考えた。

 恐らく一夏は実力を身に着けた先、それを何に役立てるか、という事で悩み始めたのだろう。

 そして普通の男なら選択肢は沢山あるのだろうが、“男でISを使える”という立場が、普通の選択肢を許してくれない。

 

(………思えば一夏も、不自由だよなぁ)

 

 人並み外れた才能を持ってはいても、一夏は普通の人間なのだ。

 強化人間というチート、最強のIS(NEXT)というチート、篠ノ之束というチートに恵まれた自分とは違う。

 それでここまでやっているのだから、本当に凄いとしか言いようがない。

 だからだろうか。

 気付けば、晶は口を開いていた。

 

「俺が思うにさ、お前って何かを壊すより、護る方が性に合っている方だよな」

「俺もそう思う」

「なら、さ。あくまで1つの案だけど、要人警護とかどうだ? お前が直接護衛に入る、チームを率いる、形は色々あるけど。それ系の事なら俺も協力できる。ただお前の“男でISを使える”っていう特殊性を考えると、依頼を餌にして、お前自身が狙われる可能性を排除できない。それに多分、箒と鈴も心配する」

「心配?」

 

 首を捻る一夏。

 晶はやれやれと肩を(すく)めながら答えた。

 

「あのな、護衛=襲撃の危険性があるって事だぞ。自分の男がそんな危険な場所にいるって分かっているのに、心配されないような仲なのか?」

「ゔっ」

「まぁ、その辺りはお前達がしっかり話し合えば良い。そういう選択肢もあるってことだ」

「なら、幾つか聞いても良いかな」

「いいぞ」

「俺が直接護衛に入るっていうのはイメージし易いんだけどさ、チームで護衛ってどういう風にやってるんだ?」

「俺は束の専属で1人で動いていたから、部下の仕事を見てなんだけどさ、特に決まった形は無いよ。単純に役割分担しているだけだ。例えば1人で護衛していると、周囲360度全てに気を配らないといけない。だけどチームなら、例えば直衛が1人、遠くから護衛対象の周囲を監視する人間が1人って感じで、より周囲を警戒しやすくなる。直衛の視点からでは見えない事も、遠くから俯瞰(ふかん)(=高い所から見下ろすこと)的に見ると気付ける事ってあるだろう。他にも護っているだけじゃ埒の明かない時に、背後関係を護衛しつつ洗って、根本的な対策を取ったり、チームがあると色々な事ができるかな」

「なるほど………。でも、そういう仕事を一緒にする人を集めるのって、大変そうだな」

「お前がその気なら、すぐに集まるよ」

「あんまりこういう事って言いたくないけどさ、世の中、悪い事を考える人もいるだろう」

 

 一夏なりに、信用できない人間がチームに入ってくる事を心配しているのだろうか?

 だが恐らくは大丈夫だろう。

 無論100%ではないが、彼はその点で世界一恵まれていると言って良いのだから。

 

「確かにな。だけど、まぁ、束と楯無が背後関係を洗って、俺の方でも情報収集して、恐らく織斑先生も色々な手段で安全確認するだろうから、これを抜けられたら、相手が上手だったと諦めるしかないな」

「え、でも、俺の為にそんなに手間を掛けさせるなんて、悪いよ」

「それだけ大事にされてるって事だよ。受け取っておけ。だけどもしもそれを借りと思うなら、結果を出す事が、一番借りを返す方法だ」

「結果。人をしっかりと護る事かな」

「そうだ」

 

 だが実のところ晶は、結果という意味でも、獅子身中の虫という意味でも、余り心配していなかった。

 何故なら一夏は他人の意見を聞いて、色々と調整が出来る人間だ。チームを上手く動かして、結果を出していくだろう。本人の実力的にも、現時点ですら、ISが使えるなら弾丸の切り払い程度の事はできる。この先の成長分も含めれば、相当なレベルになるだろう。

 そして獅子身中の虫という意味では、もっと心配していなかった。天然人たらしジゴロのこいつなら、例えスパイのような人間が紛れ込んだとしても、気付けば骨抜きにしていそうだからだ。

 

(………で、いつの間にか綺麗で忠実な部下が増えていく、と。うわぁ、将来コイツが、嫉妬に狂った箒や鈴に押し倒される姿が目に浮かぶようだ。いや待てよ。命の危険があると激しくなるって言うからな。案外、一夏の方から箒や鈴を押し倒して、逆に円満になるのか?)

 

 色々な妄想が脳裏を過り、思わずニヤニヤしてしまいそうになる。

 しかしそれは、一先ず心の中にしまい込んでおく事にした。

 こんな面白そうな妄想を1人でするのは勿体ない。後で束と、一夏の将来を予想してみるのも良いだろう。

 そんな思いからだ。

 加えて、せっかくの男2人なのだ。男同士でしか話せないネタで盛り上がった方が、楽しいに決まっている。

 という訳でこの後彼らは、女の子達には聞かせられないようなネタで(実に男らしいネタで)、暫しの間盛り上がるのだった。

 

 で、終われば何も問題は無かったのだが………。

 

 トラブルの発端は、長湯になり先に上がった一夏が着替え、浴場の入り口で仲居とぶつかった事だった。

 この時に“男性入浴中”の立て札が倒れ、壊れてしまう。

 当然、仲居はすぐに代わりの立て札を用意したのだが、数分の間そこには何も無かったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(ん~、良いお湯だ)

 

 温泉の中で大きく伸びをして、グテッと力を抜く晶。

 その時、脱衣所の方から声が聞こえてきた。しかも複数。声からして、同じグループの子達だ。

 

(えっ!? ………いや、立て札は立ってたよな? なら今は男の時間だし、コソコソする必要は無いよな?)

 

 至って合理的な思考の元、彼は堂々と湯船に浸かり続けた。

 しかし、入って来ていきなり男がいては、彼女達も恥ずかしいだろう。

 そう思った晶は、脱衣所の出入り口からは、直接見えない位置にまで移動した。

 直後、扉が開く。

 そこで晶は、軽く注意をした。

 

「お~い。まだ立て札があったと思うんだけど」

「えっ、晶くん!?」

「嘘っ!!」

 

 驚いているようだが、それはこちらも同じ。

 むしろ立て札があるはずなのに、何故入って来たのだろうか?

 そんな疑問に答えるかのように、ラウラの声が響いた。

 

「何を言っている? 立て札なぞ無かったぞ」

「えっ? いや、俺が入る時には確かにあったぞ」

「だが、今私達が来た時には無かった。つまり不法侵入者はお前の方、という訳だな。覗きに来たのか?」

「覗くつもりなら、声なんて掛けないよ」

「確かにそうだな。ふむ………まぁいいか。実害がある訳でもない」

「はい?」

「のぼせないうちに出ると良い。こっちはこっちで勝手に入る」

 

 異性同士という事を欠片も気にしていないラウラさん。

 クラスメイト達の動揺した気配が伝わってくる。

 

「いや待て。今出るから」

「勝手に出れば良いだろう」

「お前が良くても、他の子が恥ずかしいだろう」

「そうなのか?」

 

 首を捻るラウラ。

 軍という組織で育った彼女には、この辺りの羞恥心というものが、今一つ理解できていなかった。

 例えるなら、“文章で知っている”と“リアルに想像できる”では、理解度が全く異なるのと一緒だ。

 故に一般人がこういう時に、どういう感情を抱くのかも、上手く想像できていなかった。

 そして普通であれば、ここはラウラがグループの子にちょっとばかり注意されて、何事もなく終わりという流れだっただろう。

 だが、そうはならなかった。

 

「しょ、晶くんなら大丈夫だよ。この前の時だって、凄い紳士だったんだから」

 

 口を開いたのは宮白(みやしろ)加奈(かな)。愛称かなりん。ショートボブの髪型をした大人しい子で、割と恥ずかしがり屋さんだ。

 そんな子が、以前雨でずぶ濡れになり困っていたところを車に乗せて貰い、とても紳士的に対応してくれた事を話し出したのだ。

 また隣にいた友人、赤坂(あかさか)由香里(ゆかり)が、所々説明の足りない部分を補っていく。特に雨に濡れて服が透けてしまっていたのに、紳士的にタオルを渡して、カラードのシャワー室まで使わせてくれたという辺りは事細かに。

 

(………これは、何て言うか、とてもこそばゆいぞ。というか2人とも、今それ言わなくても良いよね?)

 

 自分の行動を、他人が好意的に受け止めてくれているというは、とても嬉しい事だ。

 しかしこの状況で持ち上げられるという事は、余計に紳士的な対応を心掛けなければいけないという事でもある。

 そして晶は、必要であれば紳士的にも振る舞うが、健康的な男でもある。

 好き好んで、“蛇の生殺し状態”になりたいとは思わなかった。

 だが、宮白(かなりん)の話を聞いたラウラが――――――

 

「なんだ。やはり問題無いではないか。よし、みんな入るぞ」

 

 足音が温泉の方へと近づいてくる。

 晶は、最後の抵抗を試みた。

 

「ゆ、湯船に入る時は、体を洗ってからな」

「心配無い。これで今日は二度目の入浴だ」

「お前、いつから風呂好きになったんだよ」

 

 ここでラウラ、爆弾発言。

 

「お前と一緒に露天風呂を作って入った時からかな。あれで風呂の気持ち良さを知ってしまった。以来、入浴剤にも凝るようになってしまってな」

「えっ!?」

 

 グループメンバーの声が重なり、一斉にラウラの方を見る。

 

「ん? あれ? そういえば、言っていなかったか?」

 

 うんうんと首を振るメンバー達。

 

「そうか。いやな――――――」

 

 昨年の夏頃の事(第102話)を話し始めるラウラ。

 帰還途中にあったミッションについては、話せないので適当に省略したが、そんな事はメンバー達にとってどうでも良かった。

 大事なのは、色々と悩んでいたクラスメイトの為に彼が一肌脱ぎ、気分転換の為にキャンプに連れ出し、露天風呂を一緒に作り、入ったということ。

 しかも行く時は、お姫様抱っこされてというではないか!!

 皆の目がキュピーンと光り、一瞬でアイコンタクトが完了する。

 結果、メンバー達は彼を追い出すという選択肢を選ばなかった。ちょっとした行き違いがあったようでもあるし、今追い出すのは流石に可哀想という心情もあった。宮白(かなりん)赤坂(あかりん)が雨に濡れた時、とても紳士的な対応をしていた事も大きい。

 だが何より、ラウラと露天風呂に入った時の事を根掘り葉掘り聞きたいという好奇心が勝っていた。

 このためグループメンバー達は、湯船の中にある大きな岩を挟んだ反対側に陣取り、お月見をしながらの会話(尋問)と洒落込んでいったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして時は流れ、翌日。

 時間は日が昇る前、まだ皆が眠っている頃。

 ふと目が覚めてしまった晶の理性ゲージは、いきなりガリガリと音を立てて削られ始めていた。

 

(………いや、分かってはいたさ。分かっては。しかし、甘く見過ぎていた!!)

 

 今回の臨海学校で晶は個室ではなく、グループメンバーと同じ大部屋で過ごす事になっていた。

 同い年の女の子達と、同じ部屋である。加えてこのホテルは和風の作りとなっている為、寝る時は布団で、用意されている寝間着は浴衣だった。

 そして浴衣というのは、とてもはだけやすい。寝相の良い子もいるが、ちょっと動けば脚は大きく露出してしまうし、胸元も見えてしまう。

 寝返りを打って右を向く。

 布団を蹴とばしたラウラのスラリとした、綺麗な脚が見える。しかも暗くてよく見えないが、どうやら履いていないっぽい。夜は履かない派のようだ。上もはだけ、成長途中の小高い丘が丸見えだ。

 寝返りを打って左を向く。

 寝相の良い宮白(かなりん)が、寝返りを打ってこちらを向いていた。

 僅かに乱れた浴衣の胸元から、予想以上に深い谷間が見える。

 今度は上を向く。

 これなら誰も視界に入らない。

 気分を落ち着けようと深呼吸。

 既に幾人もの女性と関係を持っている身だ。据え膳を頂いちゃう事に抵抗は無い。だがこの状況がクラスメイトからの信用・信頼の結果だと言うなら話は別だ。下手に手を出せば、色々と裏切ってしまう事になる。

 

(全く、みんな警戒心無さ過ぎだろう。俺だって男だぞ。パクッと食べたくなっちゃうじゃないか)

 

 恐らく束や楯無を知らなければ、早々にパクッとしていたかもしれない。

 そして心の中では悪魔くんが、『たべちゃえよ。たべちゃえよ。こいつらもそれを望んでるんだぜ。ケケケケッ』等と激しく誘惑してくる。

 しかし人間、時折無性に頑固になりたくなる事ってないだろうか?

 

(いや、絶対食べない。ふん。強化人間様の鉄壁の理性を舐めるなよ!!)

 

 だがそういう時に限って、試練というのは訪れるのだ。

 意外と寝相の悪いラウラが、ゴロゴロと転がって晶の布団に侵入。しかも抱き枕のように抱き着いてきたではないか!!

 具体的に言うと、右腕はガシッと胸元にホールドされ、右脚にも彼女の脚が絡んでいる。

 しかも彼女は、浴衣の下は何も身に着けていないのだ。

 薄布一枚越しの柔らかい感触が伝わってくる。

 

(おぉい!!)

 

 思わずコイツ起きてるんじゃないかと思ってしまうが、どう見ても完全に寝ている。

 そしてこういう状態で下手に起こすと、逆に事態を悪化させてしまうのが常だ。

 なので彼はこのままやり過ごそうと思い――――――そこに、第二の試練が訪れた。

 隣で寝ていたかなりん(宮白)がトイレに行った後、寝ぼけていたのか、晶の布団に潜り込んで寝てしまったのだ。

 こちらの寝相は良いのだが、顔の位置が近い。振り向けば、柔らかそうな唇がすぐそこにある。

 

(ワザと? ワザとだよね、これ?)

 

 しかしどう見ても、寝ている。

 呼吸は意識の影響を強く受けるが、規則正しい呼吸は、演技しているようには見えない。

 完全に寝ているようだ。

 

(いや、だけど流石にコレで打ち止めだろう)

 

 と思ったところで、ガサゴソと動く音がした。

 

(今度は何だよ!?)

 

 首を動かして何事かと見てみれば、あかりん(赤坂)がこちらを見ている。

 そして視線が合った彼女は近づいてきて、晶の枕元に体育座り。

 小さな声で話し掛けてきた。

 

「中々、面白そうな事になっているね」

「そう見えるか?」

「うん。とっても。やっぱり、男の子的には嬉しいの?」

「それは嬉しいさ。でもこれで手を出したら、色々なものをブチ壊す事になるからな。手は出さない」

「晶くんって、やっぱり紳士だね。私の知っている男の子で、そんな事を言う人っていないよ。なんだか、ガツガツしている子ばっかり」

「お前の知っている男って、入学前の知り合いとか、そういう一般人だろう? 比較されてもな」

「そういうところって、一般人も有名人も変わらないと思うな。むしろ有名人の方が、モラルが低いっていう事もあるんじゃないの? 権力持っている人って、色々握り潰せちゃうみたいだから」

「そういえば、ウチの部下(ハウンド2)に色々聞いたんだっけ?」

「うん」

「なら正直に言うけど、確かに有名人が御立派とは限らないな。一皮剥けばドロドロなんてのはザラさ」

「晶くんはどっち側なの?」

「少なくとも聖人君子じゃないな。どちらかと言えば、悪党側」

「世間一般じゃヒーローなのに」

「偶像を作りたい奴が、勝手に言っているだけ」

「なら何で、今ラウラさんやかなりんに手を出してないの? 今の2人の姿って、男の子的にはとってもそそるんでしょう?」

 

 ここで晶は、少しだけ考えた。

 適当にはぐらかす事も出来るのだが、彼女は一年次実地研修時に、誘拐された被害者の1人だ。

 どんな意図があっての質問かは分からないが、恐らく本人にとっては、大事な質問なのだろう。

 なので、真面目に答える事にした。

 

「そうだな。そして俺も男だからね。可愛い子と色々したいっていうのはあるよ。でもそれ以上に、ここで2人に手を出して、今後ギクシャクする方が嫌だ。良くも悪くも、そういう関係になったら後戻り出来ないから」

「大事にしてるんだね」

「今の回答で、何でそんな言葉が出てくるんだ?」

「ギクシャクしたくないって言った。相手の事を考えてないと、そんな言葉は出てこないよ。人間、どうでもいい相手に配慮なんてしないんだから」

「………まぁ、そうかもしれん。ところで、何か聞きたい事があるんじゃないのか?」

「そう見える?」

「そう見えた」

「聞いてくれるの?」

「こんな体勢で良ければ」

「締まらないね」

「全くだ」

 

 お互いクスリと笑った後、赤坂が改めて口を開いた。

 

「聞きたいのは、私の方向性について」

「方向性?」

 

 予想外の話題に、晶は意外そうな表情を浮かべた。

 てっきり、まだ誘拐事件の事を引きずっていて、そっち関係の話題だと思っていたのだ。

 

「あ、その顔。まだ誘拐事件の事、引きずってると思ったんでしょ」

 

 図星を指されたので、素直に肯く晶。

 

「ブブー、ハズレ。気にしてない訳じゃないけど、あれはもう気にしても仕方ないから、突っ走ろうって決めたの。だから今聞きたいのは、どっちに向かって突っ走ればいいのかってこと。具体的に言うと、パイロットの方向性とか進路とか」

 

 どうやら赤坂(あかりん)は、晶が思っていたよりも遥かに強かったらしい。

 カラードで話してから2週間足らずなのに、ここまで立ち直ってきたのだ。

 本当に凄い。

 そしてこういう相手には、敬意を払うのが彼の流儀だ。

 些か締まらない体勢ではあるが………。

 

「方向性か………。今までの訓練データから何が得意かは言えるけど、得意な事と本人の成りたい形が一致するとは限らないからな。まずは赤坂さんが、どんなパイロットを目指しているのか、かな」

「どんな?」

「そう。戦う人、テストパイロット、レスキューみたいに助ける人、宇宙開発をする人、一言にパイロットって言っても色々あるからさ」

「えっとね。私が成りたいのは、しいて言えば助ける人かな。でも、レスキューじゃないの」

「と言うと?」

「あの事件の時、晶くん達がしてくれたみたいに、暴力に晒されている人を助けたいって思った」

「どちらかと言えば警察寄りの仕事だな」

「うん。例えばの話、人身売買組織とかあるでしょう? あの事件までは、テレビの中だけの話だった。だけど、身を持って本当にそういうのがあるって分かっちゃったから。そういう理不尽な暴力に晒されている人を助けたいって思ったの。でも普通のISパイロットに、そういう事って出来るのかな?」

 

 晶は数瞬考えて、ハッキリと答えた。

 

「無理だな。可能性があるとしたら軍属だが、軍組織は上からの命令が絶対だ。そんな中でお前がやりたい事を実現させようとしたら、莫大な手間と時間、政治力が必要になる。多分、本当に人生を捧げるくらいの大仕事になるだろう」

 

 残酷な答えだが、ここで下手な夢を見させる事は、彼女の人生を破壊しかねない。

 可哀想と思わなくもないし、他の方法が無い訳でもないが、それも晶から言い出す事は出来なかった。

 彼女が思いつかないならそれまでの話だし、彼女の為に行うものでもない。

 何より一度この道に入れば、確実に一般人の範疇からは外れてしまう。

 だから………これで良いのだ。

 内心の悩みを押し隠し、晶は返答を待つ。

 しかし、意外なところから援軍が現れた。

 

「薙原。意地悪をしてやるな。未来を選ぼうとしている人間に、選択肢の1つくらいは提示しても、バチは当たらないと思うが?」

 

 右腕に抱き着いていたラウラだ。

 はだけた胸元から見える成長途中の小高い丘。裾から覗く綺麗な脚。姿だけを見れば完全に事後だ。

 だが今、そこに関心を払う者はいない。

 

「何を言っている?」

「そのままの意味だ。確かに今現在、赤坂の希望を適えられる場所はない。普通の方法で実現させようとしたら、本当に人生を掛けた大仕事になるだろう。だがそれは、既存の組織なら、という但し書きがつく」

「ラウラ!!」

「お前がコイツらを大事にしているのは分かる。だが選択肢の1つも提示してやらないのは卑怯ではないか? 彼女達は、お前の人形ではないのだぞ」

「確実に一般人の範疇から外れるぞ」

「それの何が悪い? お前は裏側の非道さを知っているからこそ、コイツらをその道に進ませたくないのかもしれん。だが本人の幸せ………では意味が大き過ぎるな。満足度というのは、他人の価値観で決められるものなのか?」

「それは違うが………」

「ついでに言うと、お前は以前(第102話)、私にこう言ったな。『お前はお前のなりたい人間になれば良い。お前が魅力溢れる人間なら、結果なんて後からついてくる』と。アレは、相手によって変わる言葉なのか?」

「………痛い事を言ってくれる」

「だろう。そして今選択肢を提示してやれば、考える時間もあるだろう。選んだ結果がどうなるのかも、十分に考えられるはずだ」

「クソッ、お前にこんな事言われるなんて、なんだか凄い悔しいんだが」

「フフン。伊達に煮え湯を飲まされ続けた訳じゃないからな」

 

 2人の姿と雰囲気は、赤の他人が見ればピロートークを連想させるものだった。

 しかし当人達に、そのつもりは全くない。

 説得された晶が、口を開いた。

 

「………今カラードには、試験機のテスト依頼が結構来ている。そして今後の予定として、幾つかの機体はそのままカラードで使う予定になっているんだが、何に使うかはこちらで決められる。つまりお前達が望むような運用も、出来なくはない。だけど、出来なくはないだけで、やるかどうかは別問題だ。そして仮にやるとしたら、人選の第一基準は腕だ。生半可な腕では使えない。加えて言うとな、お前の言った道は失敗したら、誘拐された時以上のことをされると思っておいた方がいいぞ。あの時救出出来たのは、単純に運が良かったからだ。次があるとは思わない方が良い」

 

 今後の人生に関わるだけに、晶は残酷な事実を述べていく。

 しかしそれを聞いても、少女の意志は変わらなかった。

 

「うん。それは考えた。晶くんの部下(ハウンド2)も言ってた。弱者と敗者にはとても厳しい世界だって」

「なら何故? IS学園を卒業できたなら、もっと安全で楽に稼げるところなんて、幾らでもあるだろう」

「私が納得できないから。助けたいから。ううん。それは理由の半分。取り繕わずもう半分を言うとね、叩き潰したいから。あんな理不尽な暴力は許しちゃいけない。だから、それ以上の理不尽で叩き潰すの。それが私の本心。酷いかな?」

 

 正義感というよりは、復讐という感情の方が近いだろうか?

 世間一般から見れば、決して褒められた感情ではないだろう。

 だが晶は、その感情を否定しなかった。

 何故なら、時として突き進む事が何よりも大事な場合がある。そう思うからだ。

 

「………分かった。お前を使うかどうかの確約は出来ない。だが、場所は作ろう。後は、お前の実力次第だ。言っておくが、厳しいぞ」

「うん。でも、ありがとう。後は、頑張るだけだね」

「進める道は、これだけじゃないからな」

「それも、分かってる。でも、私は――――――」

 

 こうして少女の決意を切っ掛けに、そう遠くない将来、カラード内部に新チームが結成された。

 人身売買組織をメインターゲットとするそのチームには、複数機のISが配備され、幾多の犯罪組織から畏怖されるようになっていく。同時に、幾多の警察組織から最後の頼みの綱として、頼られるようになっていくのだった。

 そしてこのチームの有効性に最も早く気付いたのは、この場にいるラウラであった。

 

「ほう。面白そうだな。私も一枚噛ませろ」

「どういうつもりだ?」

「なに、私もあの一件では思うところがあった、という事だ。そして私には黒ウサギ隊という心強い部下達がいるが、本国の立場や状況次第で使えない場合もある。そんな時、外部に信用できる実働部隊があるというのは心強い」

「なるほど」

「分かってくれたか」

「十分に」

 

 打てば響くような、小気味良い会話。

 それを見ていた赤坂は、ふと尋ねてみた。

 

「ねぇ。晶くんとラウラさんって、本当に何でもないの?」

「「何が?」」

 

 見事に重なる声。

 

「だって………恋人というほど甘い雰囲気じゃないんだけど、距離感が近いというか、お互いがお互いの事を理解している感じが凄いというか、挙句、ラウラさんそんな恰好なのに全然恥ずかしがってないし、晶くんも平然としているし………」

 

 無言のまま、晶とラウラの視線が重なる。

 そして彼の視線が下に向かい、上へ戻り、「はぁ」と溜め息をついてから一言。

 

「こんなに堂々と見せられても嬉しくない」

 

 抱き着かれた時はドキッとしたのだが、そんな記憶はデリート済みだった。

 断じて、そんな事実は無かったのである。

 

「なっ!?」

 

 魅力全否定の言葉に、ちょっと傷つくラウラ。

 だが次の迂闊な一言が、彼女に反撃の機会を与えてしまった。

 

「こんなに堂々とされたんじゃ、勃つものも勃たないな」

「ほほぉ~。言ったな?」

「言ったとも」

「覚えてろ。この屈辱は、いずれ必ず返してやる」

「気長に待ってるよ」

 

 余裕の表情で答える晶。

 だが数年後、美しく成長したラウラは、見事リベンジを果たす事に成功する。

 “チラリズム”という、対男性用の究極技法を身に着けた彼女に、一瞬とは言え視線を奪われてしまったのだ。

 その時の彼の悔しがり具合と、彼女の喜び具合と言ったら、まるでやんちゃ坊主のそれだったという。

 

「………やっぱり2人とも、本当に何にもないの?」

「「ない!!」」

 

 再び、見事に重なる声。

 

「ふ~ん。あ、という事は、晶くんって、こういうのがお好みなの?」

 

 赤坂(あかりん)が、晶の隣で寝ている宮白(かなりん)の肩に、人差し指を滑らせていく。

 途中で指に浴衣が引っ掛かり、少しずつ、少しずつ、白い肩が露わになり、胸元の開きが大きくなり、清楚な下着が見え始める。

 フェチな人間にはたまらない色っぽさがあった。

 しかし、強化人間の鉄壁の理性を崩すには至らなかった。

 少し、少しだけ努力を要したが、極々自然に切り返す。

 

「あ~、寝ている友人にそういう事をするのは、止めた方が良いと思うぞ」

「え? 寝てないよ。初めは寝てたかもしれないけど、私が話している途中で薄っすらと目、開いてたもん」

 

 ビクッとなるかなりん。

 しかし、それ以上は動かなかった。

 

「ね。それに、これはお仕置きも兼ねてるの。だって一緒に悩んで、一緒に考えて、一緒に聞こうって言ってたのに、目が覚めてるのに、寝たふりしてるんだよ。そんな友人は、ちょっと恥ずかしい思いをしても良いと思うんだ」

 

 どんどんズラされていく浴衣。

 だが、それがはだける事は無かった。

 寝ていたはずのかなりんの手が、肩を滑るあかりんの手をガシッと掴んだのだ。

 

「聞いていれば酷い。約束破って先に話し始めちゃったのって、あかりんじゃない。私は、途中で話の腰を折ったら悪いと思って口を挟まなかっただけ」

「ちゃっかり晶くんの布団に潜り込んでいたクセに」

「寝ぼけてただけだもん」

「ウソ」

「ホント。素でこんな恥ずかしい真似出来る訳ないじゃない」

「酔っている人が酔っていないって言うのと同じね」

「違うから。本当だから」

 

 この後、2人のキャットファイトですっかり目が覚めてしまった班員達は、そのまま朝までお喋りをして過ごしたのだった――――――。

 

 

 

 第127話に続く

 

 

 




書いてから思ったこと。
ラウラさんにヤバイものを覚えさせたかもしれん………。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。