インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第13話 夜、1日の終わりに

 

「・・・・・つ、疲れた」

 

 掛け値無しの本音だった。やっとの思いで部屋に帰ってきて、そのままベットに倒れ込む。

 授業が終わった後に第三アリーナで始めた特訓は、千冬姉のシゴキに勝るとも劣らなかった。

 でもそれを受けるだけの価値があった。手応えがあった。

 出来なかった事が少しずつ出来るようになっていく確かな感覚が。

 

「・・・・・全く、何が他人に教えたことなんて無いだよ。バッチリじゃないか」

 

 晶は山田先生みたいに優しくは無かった。

 動きが止まろうものなら容赦無く攻撃してきたし、酷い時なんて、アリーナ外壁まで蹴り飛ばしやがった。

 でも、こっちがやろうとしている限りは根気良く付き合ってくれた。

 相手が遠距離戦タイプだからと、態々セシリアのIS、BT(ブルーティアーズ)と同じようにスナイパー装備までして付き合ってくれたんだ。

 それに晶が声をかけたあの子。シャルロットって言ったっけ?

 あの子も教えるのが上手かったな。

 晶の説明が分からなくて悩んでいたら、分からないところを噛み砕いて教えてくれるんだ。

 この時は、こう。身体はこう動かす。注意するところ。事細かに。

 ベッド上で仰向けになり、何となく天井に向かって手を伸ばし、拳を握る。

 

「・・・・・誰かを護れるようになりたい」

 

 言葉に出して、やっぱりそうだと思う。

 いつだって千冬姉に護られてきた。負担ばかりかけてきた。

 もうそろそろ、そんな関係を終わりにしたい。

 

「その為の手段が、方法が目の前にあるんだ。頑張らなきゃな」

 

 よっと言って身体を起す。

 まずはシャワーでも浴びて気分をスッキリさせよう。

 特訓があるからって、座学をおざなりにして良い訳じゃない。

 レポートを止めてもらってる分、しっかりやらないと後がツライからな。

 文武両道。昔の人は良い事を言ったよ。

 制服を脱ぎ散らかして・・・・・はやらない。男同士の相部屋とは言っても、マナーは必要だ。

 ハンガーにかけてから浴室に入り、熱めのお湯で身体を洗っていく。

 本当ならゆっくり湯船に浸かりたいところだけど、それだと時間が無くなるからシャワーだけだ。

 そうしてそろそろ出ようかと思ってたら、部屋の方でガサガサする音が聞こえた。

 晶の奴、帰ってきたのか?

 ちょっと用事があるって言ってたけど。

 バスタオルで適当に髪と身体を拭いて、ハーフパンツとTシャツに着替えて洗面所から出て行く。

 

「晶か、戻って・・・・・え?」

 

 視界に入ったのは、IS学園の白を基調とした制服。

 でも男物のものじゃない。スカートだ。

 そしてポニーテールにして尚、腰まで届く長い黒髪。

 

「ほ、箒? なんでここに? ここ、俺の部屋だよな? もしかして俺、部屋間違ったか?」

「ば、馬鹿者。そんな訳あるか。お前の同室、薙原さんに食事を持って行くように頼まれただけだ。『俺は少し用事があるし、あいつ夕食も食べてないから、出来れば持って行ってくれないか』とな。それよりも大丈夫なのか?」

「何が?」

「全部だ。いきなり代表候補生と戦うのも、特訓するのも。ISに関わって日が浅いお前でも、代表候補生がどれほどの実力者かは知っているだろう。それをたった一週間で越えるなんて無茶もいいところだ」

「無理でも無茶でも無謀でもやるしか無いんだよ。箒。この前な、千冬姉に言われたんだ。ISが出るっていうのは、もう負けが許されない場面で、負けた時に失われるのは自分だけじゃなくて、護ろうとした何かも失われるってね。だから素人だからって、準備不足だからなんて逃げる訳にはいかない。それに特訓中、晶にも言われたよ。『これから先、戦いに関わるかどうかは別にして、強くなければ選ぶ事すら出来ない』ってね。その通りだと思う。だからやるんだ」

「一夏・・・・・」

 

 箒が、何故か心配そうな顔でこっちを見てくる。

 だけど顔が少し赤い。もしかして熱でもあるのか?

 

「大丈夫か? 顔、赤いぞ」

 

 額に手をあててみるけど、うーん。平熱みたいだ。気のせいか。

 

「い、いきなり何をする!!」

「いや、顔が赤かったから熱でもあるのかと思ってさ。お前って昔から風邪とかひいても、『こんなものすぐに治る』って無理するところあったろ」

「無理ではない。休む程体調が悪くなかっただけだ」

「で、結局寝込んで俺に看病されたんだよな」

「む、昔の事を持ち出すな!! 男子たる者の態度ではないぞ」

「悪い悪い。でも俺の事はもう良いから、お前も部屋に帰って休めよ」

「言われなくてもそうする。届け物はしたからな。使った食器は、洗って朝食堂に返せばいいそうだ」

「分かった。ありがとな、箒」

「この位は何でもない。これから先長いんだ。余り無理はするなよ」

 

 そう言いながらドアを開けて出て行く箒が、とても嬉しそうな表情をしていた事に、後ろにいる一夏が気付くはずも無かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――IS学園某所、篠ノ之束邸。

 

 表舞台に引きずり出された束博士の処遇については、各国が揉めに揉めた。

 何せ彼女を獲得出来れば、IS分野において圧倒的な優位に立てるのは間違いない。

 だがそんな揉め事も博士の、

 

「何だか面倒臭いね。2人でまた雲隠れでもしようか?」

 

 という一言で見事に収束した。

 どこも、また隠れられるよりは良いと思ったんだろう。

 だがここで何かが狂った。

 いや違うな。あの一言で、(薙原晶)が博士に意見出来る人間だと思われたようだった。

 その後色々な人から、どうにかして雲隠れだけは止めてくれと泣いて頼まれる始末。

 鬱陶しい事この上なかったが、逆にこれは博士の安全を確保するチャンスかと思い直した。

 なぜなら博士の安全は、何処まで行っても綱渡りで危険なものだからだ。

 どこかの国に行くというのは論外。

 一度国家のベールに覆われてしまえば、抵抗手段を一枚ずつ剥ぎ取られて、最後は籠の鳥だろう。

 人に言う事を聞かせる方法なんて幾らでもあるし、何より博士は只の科学者だ。

 手段と道具があれば並大抵の事は出来そうだが、無ければ何も出来ない。

 となれば雲隠れするしか道は無さそうだが、束博士の事を考えるとそれもやりづらい。

 本人は言わないが、親友(織斑千冬)(篠ノ之箒)にいつでも会える場所には居たいだろう。

 そうして考えた結果がIS学園に居を構える事。

 一種治外法権下とも言える学園なら、とりあえず国籍の帰属問題は回避できる。更に言えば、色々な意味で監視が厳しい。

 どこかの組織が出し抜こうとすれば、敵対組織の横槍が期待できる。勿論、期待し過ぎるのは危険だが。

 こんな考えを2人きりになった時に話すと、大いに乗り気になってしまい手が付けられなくなった。

 屋敷の設計図を自分で書き上げ、どこからか資材を調達し、お手製の建築ロボットであっという間に家を建てていた。

 ちなみに、俺は重機の代わりにこき使われた。

 まぁそれはセキュリティ上の問題を考えれば仕方ないんだが、結果、お偉いさんに変な風に認識されてしまった。

 どんな風にかと言えば、

 

「これから博士の事は、まず君に相談させてもらおう。頼むよ」

 

 とイイ笑顔で言われるくらいだ。勘弁してくれ。

 そんな思い出がぎっしり詰まった博士の家で、俺と家主は何かの設計図が散乱している簡素なテーブルを挟んで向かい合い、これまた簡素なイスに腰を下ろして話をしていた。

 

「――――――という訳で、1日目は無事終了。一夏の奴、今頃部屋で寝てるんじゃないか?」

「アリーナでの特訓はカメラで見ていたけど、やり過ぎじゃないの? 幾らPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー=慣性制御)をコジマ粒子による擬似慣性制御エミュレートモードにして、機動力を落としていると言っても、第三世代機を越えているんだよ。仮想敵機にしてはレベルが高過ぎると思うな。それにいっくんが使っているのは訓練用ISの打鉄だよ」

「今の速度に慣らしておけば、BT(ブルーティアーズ)戦で戸惑う事も無いだろう。それに本人自身がやる気だからな」

「幾らやる気があるって言っても怪我はさせないでね。ちーちゃんはあれで心配性なんだから」

「シールドエネルギーは常にモニターしてあるから大丈夫。アリーナの設備を使えばすぐにエネルギーの補給が出来るから、うっかり攻撃し過ぎて絶対防御発動。生命維持モードにまでなるなんて事は無いよ」

「なら良いんだけど」

 

 博士が一息ついて紅茶を飲むのを見てふと思った。

 この紅茶、誰が入れたんだ?

 余りに自然に出されたから気にしないで飲んでたけど。

 

「なぁ、この紅茶って誰が入れたんだ?」

「この家には私しかいないんだよ。私以外の誰が入れるのかな?」

「いや、博士がこういうのを入れる姿が想像出来なくて」

「酷いな。何事にも気分転換は必要だよ。1人分入れるのも2人分入れるのも同じさ。でもティーバッグを考えた人は偉大な発明をしたね。お湯を入れるだけでお茶が飲めるなんて便利だよ」

「言われてみれば確かにそうだな。ああ、それを言うならカップラーメンとかレトルト食品とかもだな」

 

 自分でも物凄くどうでもいい話をしているとは思うが、博士が楽しそうに話しているんで、ついつい話し込んでしまう。

 軍用レーションは不味いのが定番だと言えば、最近は多少、味も考慮されるようになっているとか。

 多分軍事分野にも、女性の社会進出が進んでいるせいだろう。

 そして気付けば、既に22時を回りそうになっていた。

 

「もうこんな時間か。そろそろ戻るかな」

「泊まっていってもいいんだよ」

「魅力的な提案だけど、何かあるとしたら向こうの方が狙われ易い」

 

 すると博士はとても分かり易くワザとらしく、ヨヨヨと泣き崩れて、

 

「薙原は私を見捨てるんだね」

 

 と遊んでいる。

 

「言ってろ。GA製AF(アームズフォート)、グレートウォールの装甲技術を流用しているこの家以上に、安全な場所なんて無いだろう」

「うん。家を建てる時にちょっとだけデータを公開したけど、みんな驚いてたね」

「ネクスト級兵器、その最大火力ですら突破不可能な装甲だ。それをどうにかしようとするなら、博士が敵を招き入れるか、博士自身が外に出るかのどちらかしかないんだから」

「うん。だから、ちーちゃんと箒ちゃん。あといっくんの事、よろしくね」

「任された。じゃぁお休み」

 

 そう言って俺は博士の家を後にしたんだが、部屋に戻る前に、第二アリーナ前で意外な人物と出会った。

 

「セシリア・オルコット?」

「薙原晶、何故ここにいますの?」

「野暮用の帰りだ。そっちこそ、何故ここに?」

「アリーナから出てきた人間に、かける言葉ではありませんわね」

「それもそうか。トレーニングご苦労様」

 

 特に話す事も無いので、そのまま離れようとする。

 が、

 

「随分余裕ですこと。私は貴方に模擬戦を申し込んだのですよ」

「一夏に勝ったら受けると答えたはずだが?」

「素人に、この私が負けるはずないでしょう!! 完璧な形で勝利して貴方を引きずり出して差し上げますわ」

「そうか。楽しみにしている」

 

 そうして離れようとするが、また声をかけられた。

 

「お待ちなさい」

「何だよ」

「1つ、質問に答えてくれませんか」

「ものによる」

「大丈夫です。今回の事についてですから。――――――なぜ、素人を私にぶつけたのですか? あれから随分と考えましたが、その理由が分かりません。代表候補生たる私と、ISに触れ始めたばかりの素人。誰がどう考えても実力差は歴然としています。貴方が、両者の実力を比較出来ない無能とも思えません。故に分からないのです。何故ですか?」

 

 原作で一夏が戦った相手だからと言うのは論外として、どう答えようか?

 しばし思考する。

 まぁ、本当の事を話す必要も無い。

 相手が納得出来そうな理由を話せばいいか。

 完全に嘘という訳でも無いし。

 

「立ち話もなんだ。歩きながら話そうか」

 

 そう言って、2人で寮に向かいながら俺は話し出した。

 

「お前なら分かってくれると思うけど、ISが出る局面というのは、大体の場合において最終局面。すなわち、絶対に負けてはいけないという場面が殆どだ。プレッシャーにならないはずが無い。敗北は自分だけの問題じゃないんだからな」

 

 頷くセシリアを見て、更に続ける。

 

「俺がお前に求めたのは難しい事じゃない。強力な敵である事。それだけだ。これから先、あいつが自分より強い敵と戦った時に今回の事を思い出して、『あの時に比べれば大した事無い』そう奮い立てるくらいに強力な敵としてあってくれれば良い」

「・・・・・貴方では、駄目なんですか?」

「駄目な訳じゃないんだけどな。先に、あいつに鍛えて欲しいと言われたから、今は先生役なんだ。だからだよ」

 

 言い終えると、セシリアはプイと横を向いてしまった。

 気分を悪くさせてしまったか?

 

「そ、そのような期待のされ方なら悪くはありませんわね。―――ええ、分かりましたわ。私は織斑一夏に対する強力な敵として立ち塞がりましょう。そして、全身全霊全力で持ってお相手しますわ」

「分かってくれて嬉しいよ」

 

 どうやら上手くいったみたいだ。

 内心で安堵していると、予想外の言葉が。

 

「でも、友達思いなのですね」

「ん?」

「だってそうじゃありませんか。自分で特訓相手を務めるだけでなく、先の事を考えて敵まで用意しておくなんて、友達思いじゃなきゃ出来ませんわ。初めて話した時は噂話など信用ならないと思いましたが、そうでも無いのですね」

 

 真顔でそんな事を言われると、少々気恥ずかしいものがある。

 だが折角の言葉だ。素直に受け取っておこう。

 そうして話終えて寮へ戻った俺達2人だったが、意外な事に最後の難敵が待ち構えていた。

 

「「お、織斑先生」」

 

 2人の声がハモる。

 しまった。

 織斑千冬って、確か一年の寮長じゃなかったか?

 すっかり忘れてた。

 

「そういえば言ってなかったな。私は一年の寮長も兼任している。しかし前代未聞だな。入学初日で門限破りとは。しかも2人揃って正面から堂々と帰ってくるとは。何か言う事はあるか」

 

 すると隣のセシリアが、堂々と言い始めた。

 

「一週間後の模擬戦に向けて第二アリーナで特訓していましたの。で、帰ろうとしたところで薙原さんと会ったので、一緒に帰ってきたところですわ」

「では薙原は何をしていたんだ?」

「博士のところで色々と話を。その後はセシリアさんの言った通り」

 

 嘘をつく理由も無いのでありのままを話すと、はぁ、と溜息をつかれた。

 

「お前達が色々と熱心なのは分かった。本来なら十分な説教の後に厳罰のところだが、今回はその熱心さに免じて許してやる。いいか。今回だけだぞ。以後、時間には十分に気をつけるように」

 

 意外と温情のある対応に内心驚いていると、それを見透かしたかのように織斑先生は続けた。

 

「教師として、生徒のやる気を汲んでの事だ。嘘の1つでもついてくれれば厳罰にしたんだが、アリーナ管理部門、保安部門それぞれから聞いていた話と矛盾が無かったからな。だがもう一度言っておく。二度目は無いぞ」

 

 どう考えても門限の事を忘れていたこちらが悪いので素直に謝っておく。

 セシリアも同じように謝って、2人揃って寮内へ。

 

「いきなりやっちゃったな」

「ええ。全くですわ。訓練に熱中し過ぎて時間を忘れるなんて」

「頑張れよ」

「必ず引きずり出して差し上げますわ」

 

 そう言ってお互い笑顔で分かれる。

 こうして、俺の学園生活初日は終わるのだった。

 

 

 

 第14話に続く

 

 

 


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