インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回も新入生を絡めたお話しとなっております。
そして一夏君。パイロットになってから1年が経ち、大分強くなってまいりました。


第120話 先輩達の実力

 

 旧1年1組、現2年1組が放課後に行なっている訓練は、今やIS学園の名物と化していた。

 何せ実戦が想定されている訓練だ。

 つまり専用機持ちが、敵と対等な状況下で戦闘に入れるなどという、生易しい状況は想定されていない。

 連戦、多対一、機体機能の低下、通信妨害、護衛、強襲など、最高の性能を持つが故に、最高難易度のミッションに投入される事が前提の鬼畜シチュエーションの数々。

 そして今日行われているのは、織斑一夏を対象にしたものだった。薙原晶を除けば唯一の男性ISパイロットである彼は、何かと狙われ易い。その為、晶も心を鬼にして(喜んで)、鬼畜なシチュエーションを用意していた。

 まずは普通に一対一で、シャルロットの駆るラファール・フォーミュラと対戦。その最中に一夏を誘き出す為の罠である事が発覚し、作戦目標が離脱に切り替わる。

 そして5分間シャルロットから逃げ切れば、作戦領域からの離脱と判断して次のシチュエーションへ。敵役のラウラと部下2人(クラスメイト2名)が、逃げた先で待ち伏せしているという心折れそうな状況下で戦闘開始だ。勿論、シールドエネルギーの回復なんて甘い事はない。無補給での連戦である。

 

『これは、流石にキツイな!!』

 

 オープン回線から流れ出る愚痴。

 そして白式・刹羅の高出力ブースターが唸りを上げた直後、レーゲンから放たれたレールガン(WB14RG-LADON)が、機体の数ミリ横を駆け抜けていく。と同時に、クラスメイト2名によるフラットシザース(平面機動挟撃)。下は大地。左右から打鉄が迫る。

 

(クソッ!!)

 

 思わず舌打ちしてしまう。

 刹那の思考。離脱? 距離を取る? ダメだ。ラウラなら必ず、距離を取ったら遠距離攻撃で削りにくる。3対1でそれをされたらジリ貧だ。

 

(生き残る為には、この場で、最速で仕留める!!)

 

 加速する思考が、ハイパーセンサーから情報を拾い上げた。

 左右敵機の踏み込みに、僅かなズレがある。左の方が僅かに遅い。

 この瞬間、一夏は決断していた。

 脚部パワーアシスト全開。大地を蹴り右方向へ跳躍、と同時に左ウイングブスターとサイドブースターで加速。吐き出された膨大な推力で自身を弾丸と化し突撃。加えて雪片弐型を逆手に持ち替え、肘打ちの動作を応用して最速・最短の動作で刃を向ける。

 

「えっ!?」

 

 右から迫るクラスメイト(相川清香)がそんな言葉を漏らした時には、既に撃墜判定が出ていた。

 瞬時に発動した零落白夜と自身を弾丸とした質量攻撃により、打鉄のエネルギーシールドを食い破り、絶対防御を発動させていたのだ。

 だが仕掛けられたのはフラットシザース(平面機動挟撃)。一夏が行動している間にも、もう1人のクラスメイト(鷹月静寐)が背後から迫る。ガラ空きの背中に刃が振り下ろされ、エネルギーシールドに接触するコンマ一秒の刹那。

 一夏は右手で逆手に持っていた雪片弐型を大地に突き刺し、同時に左ウイングブースターのみでイグニッションブースト(瞬時加速)を発動。

 吐き出された膨大な推力が、大地に突き刺さる雪片弐型を支点にして回転力へと転化され、超高速ターンを実現する。

 結果、背後から振り下ろされた刃は空を切り、一夏は270度ターンでクラスメイトの右側面に移動。そしてタップリと遠心力の乗った左腕に装備されているのは、多機能武装腕“雪羅”。左手五指に発動している零落白夜が束ねられ、手刀となって打ち込まれる。

 

「まさか!?」

 

 次の瞬間、軍人として常に冷静なラウラをして、驚愕の表情を隠せなかった。

 フラットシザース(平面機動挟撃)を仕掛けた側が、カウンターで2機とも撃墜判定を貰うなど、本国で最精鋭が揃う総合軍事演習ですら記憶に無い。

 

(これは、もう本当に新兵(ルーキー)とは言えんな)

 

 思わず、ニヤリと笑みを浮かべてしまう。

 そして冷静に勝率を計算したラウラは、右肩に装備されているレールガン(WB14RG-LADON)を量子化。実体化を解き、機体重量を軽減させる。悠長に射撃戦を行えるような余裕は無い、という判断だ。

 

『いくぞ。準備は良いか?』

『今日は新兵(ルーキー)っていうのは無しかい?』

『ふん。図に乗るなよ。だがまぁ、そろそろ昇進試験をしてやっても良いだろう』

『なら勝って、明日の昼飯は上官殿に奢ってもらおうかな』

『勝てたらな!!』

 

 イグニッションブースト(瞬時加速)

 第3世代機の中では比較的重量級に位置するシュヴァルツェア・レーゲンが、弾丸の如き加速力で白式・雪羅に迫る。

 この光景を見ていた、観客席にいる他学年の生徒達(見学者達)は、ラウラの戦術ミスを疑った。

 白式・雪羅の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)は零落白夜。対象のエネルギーを消滅させる力だ。

 対してレーゲンが持つ近接武装は、両腕手首から出現するプラズマ手刀。エネルギー兵装だ。

 相性が悪いどころの話ではない。

 近接戦闘において受け流す、打ち合わせるといった防御行動がとれないのだ。

 つまり全ての攻撃を回避のみで凌ぐ事になるのだが、そんな事は、余程実力差が無ければ出来ない。

 だがラウラの近接格闘戦は、そんな素人考えの遥か上をいっていた。

 プラズマ手刀二刀流の連続攻撃に加え、両肩およびリアアーマーに計6機装備されているワイヤーブレード全てを使った、単機による包囲格闘戦攻撃だ。

 しかも流石ラウラと言うべきか、人体の構造上・意識上(ハイパーセンサーの補助があろうとも)どうしても死角になりやすい頭上・足元・背後にワイヤーブレードを回り込ませる事で、一夏の注意力を分散させている。

 

(これは、マズイッ!!)

 

 一夏にとって、射撃戦で多角的にビットで狙われるだけなら、まだ対処のしようはあった。

 ある程度動けるだけの空間と白式・雪羅の機動力があれば、回避なり撃ち落とすなりして、一基ずつ処理していけば良いだけの話だからだ。

 しかし格闘戦の場合、どうしても“敵に近寄る瞬間”というのがある。その瞬間を包囲攻撃で狙われては、如何に近接格闘戦特化の白式・刹羅といえど、被弾は避けられない。

 思わずバックブーストで距離を取る。

 そして判断に要したたった数回の交錯で、白式・雪羅の純白の装甲は至る所がヒビ割れ、傷だらけになっていた。辛うじて推進系への直撃は防いだが、これ以上のダメージは内装系にダメージが入る。

 

(ホンッと、流石だよな。機体性能はこっちが上のはずなのに。………これが腕の差ってやつかな)

 

 近接特化機である白式・刹羅をここまで一方的に追い込める辺り、流石は元特殊部隊隊長というところだろう。

 

(………どうする?)

 

 眼前の敵機(ラウラ)に注意を払いながら、最良の選択肢を模索する。今のシチュエーションは“離脱中”だ。従って無理に倒す必要は無い。なので逃げの一手という選択肢もあるのだが………。

 

(無理だよなぁ)

 

 今の状況が連戦でなければ逃げ切れただろう。

 だが初戦で削られた上に、今の攻撃を見切れなかったのは痛かった。エネルギー残量が既に3割を切っている。対してあちらは待ち伏せしていた側だ。どれだけ甘く見積もっても、8割を切っている事は無いだろう。

 悩む一夏。

 しかし、悩み過ぎはしなかった。

 

(………やめた。初心に帰ろう。俺は俺に出せる全力を。この白式・雪羅の限界を引き出す事だけを考えれば良い。そして俺は、限界性能を引き出したか?)

 

 自問自答。

 答えは否だ。

 上手く制御はしているかもしれない。しかしそれは、限界性能じゃない。

 もっと、先があるはずだ。

 そうして思いついた逆転の一手を実行するべく、一夏は大きくバックジャンプ。アリーナ中央にいるラウラから距離を取り、観客席を守るエネルギーシールド付近まで下がる。

 

(何を考えている? 戦意を喪失した訳では無さそうだが………)

 

 ラウラの疑問を余所に、一夏は大地を踏みしめ、上体を前に倒した。あからさまな前傾姿勢だ。

 次いで、背部ウイングブースターが甲高い作動音を響かせ始める。

 

(まさか、助走を付けての突撃か? 如何に速かろうが、これだけ距離があれば簡単に見切れるぞ)

 

 だがそれが分からない一夏ではないはずだ。

 そんな事を考えている間に、白式・雪羅は第3世代機中最速の加速力を持って突撃を開始。しかし短距離で最高速を出すのに必要な、イグニッションブースト(瞬時加速)を使っていない。

 

(本当に、何を考えている?)

 

 明らかに、何か策がある動きだ。

 よってラウラは取り敢えずの様子見として、ワイヤーブレードを2本差し向けた。

 

(さぁ、どう動く?)

 

 そしてワイヤーブレードがエネルギーシールドに接触する直前、一夏が動いた。イグニッションブースト(瞬時加速)を発動し、迫るワイヤーブレードを置き去りにする形で、更に加速してきたのだ。

 しかし、この程度で焦る彼女では無い。

 全く焦る事なく置き去りにされたワイヤーブレードを戻しつつ、残る4本とプラズマ手刀二刀流で迎撃態勢を取る。

 そしてこの時点で、ラウラは一夏の策に嵌っていた。

 格闘戦特化機体である白式・雪羅が頼るべきは、言うまでもなく格闘戦。突撃して来ているのが何よりの証拠だ。そしてエネルギー残量が心許無い今、一発逆転の手段は零落白夜の直撃のみ。

 だから間違いなく格闘戦を挑んでくる。

 例えワイヤーブレードとプラズマ手刀二刀流による、包囲格闘戦攻撃に晒されるリスクを負ってでも、それしか勝ち目がないのだから。

 

 ――――――とラウラは思い込んでしまった。

 

 だが、現実は違った。

 近接格闘戦の間合いに入る直前、一夏が構えたのは右手の雪片弐型ではなく、左手の多機能武装腕“雪羅”。しかも掌には、眩い光が見えている。荷電粒子砲(月穿)だ。

 

(甘いな!!)

 

 即座に反応するラウラ。

 雪羅の荷電粒子砲(月穿)は掌を敵に向けるという仕様上、この上なくモーションが読みやすい。

 回避は造作もないことだった。

 

 ――――――攻撃対象がラウラ本人であったなら。

 

 一夏が狙ったのは、近接戦闘に邪魔なワイヤーブレード。

 荷電粒子砲を拡散放射することで、ラウラの周囲に展開していた4本を纏めて薙ぎ払ったのだ。

 収束率を落として拡散させているため、ダメージは期待出来ない。だがそれでも、細いワイヤーを焼き払う程度の威力はある。

 

(やるな。しかし!!)

 

 この後、2人は高速三次元機動戦闘(ドッグファイト)へと突入した。

 純粋な機体スペックで言えば白式・雪羅の方が上だが、ラウラはパイロットスキルでその差を覆す。

 プラズマ手刀二刀流と残っている2本のワイヤーブレードで、ジリジリと白式のエネルギーシールドを削り始めたのだ。

 結果、レーゲンのエネルギーシールドが残り6割となったところで、決着が着いたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 いつもは非公開とされている放課後の訓練だが、一夏とラウラの訓練が終わると、観客席から歓声が上がっていた。

 ナターシャ(1年1組担任)が1年生の今後の為に、という事で見学を申し込んだところ、本日のみ学生と教員に対して公開されたためだ。

 このため観客席には1年生のみならず、2年生や3年生まで揃っている。加えて言えば、教師陣まで観戦に訪れていた。

 そんな中でナターシャは――――――。

 

(一夏くん。動きのキレが恐ろしいわね。本当にパイロットになって1年しか経っていないのか、疑いたくなるわ)

 

 米国のセカンドシフトパイロットにそう思わせる程、一夏はパイロットとしての才能を開花させ始めていた。

 “ドイツの冷氷”とまで言われたラウラと正面からやり合えるなど、並大抵の腕ではない。勿論機体性能もあるだろうが、専用機持ちの実力は、専用機込みのものだ。十分に誇って良い実力だろう。

 

(でも今の彼なら、量産機に乗っても結構行けるんじゃないかしら?)

 

 機体制御を見る限り、性能に振り回されているようには見えない。むしろ機体の隅々まで意識を張り巡らせて、しっかりと手綱を握っているように見える。

 

(………末恐ろしいわね。卒業まであと2年。これから先、どれだけ伸びるのかしら? でもそういう意味では、他の子達もそうね)

 

 思い出すのは、ラウラの部下役として登場した2人の一般生徒だ。

 専用機持ちばかりに注目して、彼女達の動きに注目していない生徒も多いようだが、彼女達の練度も大したものだった。

 レールガンの狙撃に合わせてフラットシザース(平面機動挟撃)に入るなど、2年生になったばかりの生徒が行うような機動ではない。しかも動きがかなり滑らかだった。

 

(どう見ても「一応そういう動きが出来ます」っていうレベルじゃないわ。単機では敵わない相手に、連携で勝つために磨き上げた技術よね。あれって)

 

 現2年1組の環境を考えれば、ある意味で当然の流れだった。

 あのクラスに揃っている専用機は、最新鋭の第3世代機にワンオフチューニングを施したモンスターマシンばかり。

 そんなもの相手に一般生徒が、学園貸し出しの量産機で勝てる訳がない。

 しかし単機では勝負にならなくても、2対1なら勝負になるかもしれない。

 だから一般生徒達は、連携という技術を磨いてきたのだろう。

 

(結果だけを見れば瞬殺だけど、あれは相手が悪かったと言うべきね。エネルギーシールドが有効に働く他の機体が相手なら、まだ勝負になったでしょうに)

 

 そんな事を思いながら生徒達に視線を向けると、皆、実に分かりやすい表情をしていた。

 1年生は初めて見るIS同士の模擬戦に興奮し、無邪気に騒いでいる。

 だが2年生と3年生は違う。素晴らしい模擬戦を行ったパイロット達に、歓声も送るし拍手もする。しかし内心は複雑そうだった。

 既にISという物に触れている彼女らは、今の模擬戦がどれほどのものか、理解出来てしまったのだ。

 特に3年生。全て負けているとは言わない。だが確実に勝てるとも言えない。今年1年の過ごし方次第で、簡単に追い抜かれてしまうほど迫られている。

 そんな感想を大半の者が抱いていた。

 

(でも晶くんも憎らしい援護をしてくれるわね。初めにこんなものを見せられたら、浮かれている新入生達も、嫌でも練習に熱が入るでしょうに。――――――あ。来年からはこの時期に、先輩達の模擬戦を見せるイベントがあったら面白そうね。上級生のレベルを知れば、新入生達も目標が出来て張り合いが出るでしょうし。今度、職員会議で提案してみようかしら)

 

 ナターシャが意外と教師らしい考え事をしていると、生徒の1人に声を掛けられた。

 

「先生」

「どうしたの?」

「あの、クロエさんが他のクラスの子達に………」

 

 何事かと思って見てみれば、綺麗な銀髪にミラーシェードという目立つ姿のクロエが、他クラスの生徒達に囲まれていた。

 そのクロエを背後に庇っているのは、ルームメイトの五反田蘭だ。

 

(大方紹介して欲しいとか、そういう理由よね。多分)

 

 内心で溜め息をつきながら近づき、声を掛けてみる。

 

「みんな、どうしたの?」

「あ、先生」

 

 答えたのは五反田蘭。表情にはありありと「助かった」という感情が浮かんでいる。

 次いで、取り囲んでいた者の1人が口を開いた。

 

「何でもありません。ただクロエさん色々と詳しそうだったので、解説をお願いしていたんです。そしたらこの人が邪魔をして」

「嘘ばっかり。さっきハッキリと、「専用機持ちとお話し出来ませんか?」って言ってたじゃないですか」

「話の流れでそういう風に聞こえたのかもしれませんね。でもあの人達(専用機持ち)とお話ししたいなんて、この学園の生徒なら当然じゃありませんか? それとも貴女は、話したくないとでも?」

 

 卑怯な問い掛けだった。

 蘭が返答に詰まる。

 すると、クロエが前に出た。

 

「余りこういう言い方は好きではないのですけど、紹介しても良いですよ。貴女がパイロットとしての実力に、伸びしろに、絶対の自信があるのなら。ただし紹介するからには、覚悟して下さいね」

「ど、どういう意味かしら?」

「分かりませんか? もしあの人の目に適わなかった場合、その事実を他の指導者がどう捉えるかを考えて下さい。そして想像出来て、それでも紹介して欲しいというのであれば、どうぞ。もう一度私に声を掛けて下さい。――――――ああ、もう1つ言っておく事がありました。確かに私から紹介出来なくもありませんが、それでも1回か2回が限度です。失敗した場合、同じ様な事を考えている他の方々のチャンスも潰す事になりますので、その辺りも考えて下さいね」

 

 取り囲んでいた者達の表情が強張る。

 有名人とお近づきになるチャンス、などと単純に考えていた者達にとって、クロエの言葉は余りにも重たかったのだ。

 

(あらあら。これは、私の出る幕は無いわね。でもまぁ。少しだけフォローはしておきましょうか)

 

 そう思ったナターシャは、取り囲んでいた生徒達に声を掛ける。

 

「少しだけ補足するとね、彼の元には世界中から教導依頼が舞い込んでいるの。下手にお近づきになって周囲から“出来る”なんて思われたら、後が大変よ。例えばプロスポーツの選手で、前評判と実力がかみ合っていない選手がどうなるか、想像して貰えれば分かりやすいかしら」

 

 悲惨。見世物。笑い者。

 そういったネガティブな単語が、生徒達の脳裏を過る。

 

「そ、そうですね。相手の都合もありますし、お話を伺うのは、またの機会にしたいと思います」

 

 取り囲んでいた生徒達が、クモの子を散らすかのように去っていく。

 それを見送ってから、クロエはナターシャに向き直った。

 

「ありがとうございました。先生」

「大した事はしてないわ。貴女だけでも、どうにか出来たんじゃないかしら?」

「先生の最後の一押しが無ければ、ああも簡単には諦めてくれなかったと思います」

「どうかしら? 無くても折れていたと思うけど。でも有名人に引き取られると大変ね」

「この程度、苦労の内には入りません。それにあの人達の気持ちも、分からなくはありませんから」

 

 穿った見方をするなら、クロエ自身も晶と関係する事で、今の生活を手に入れたのだ。

 だから先程の者達の思いも理解出来なくはない。

 しかし優先順位としては、あの人の足を引っ張らない事が最優先だ。軽々しい紹介など出来るはずもない。

 

「優しいのね。まぁ、対処に困ったら私に言いなさい。相談に乗るから」

「ありがとうございます」

 

 こうしてちょっとしたトラブルがありながらも、生徒達は模擬戦を見学していくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、その日の夜。1年生学生寮。

 自室のシャワーで汗を流したクロエは、純白のショーツにブラ、そして肩にバスタオルを掛けただけという、少々はしたない姿でベッド端に座り、携帯端末を弄っていた。

 他の学校に進学した、自分と同じように引き取られた子達とのやり取りで、近況報告のようなものだ。

 それによると皆、友達も出来て、今のところは楽しく過ごしているらしい。

 だが困った事も起きているようで、入学早々軽薄そうなイケメンに告白されて断ったところ、しつこく付き纏われている子もいるようだった。

 

『無理しないでね。危ないと思ったら私でも、他の人でも、すぐに相談してね』

 

 とメッセージを送っておく。

 すると背後から声を掛けられた。

 

「クロエさん、服も着ないで何しているの?」

 

 やり取りに熱中して、結構な時間が経っていたらしい。

 クロエの後にシャワーを浴びた蘭が出てきていた。

 もう服を着ていて、薄手のキャミソールにショートパンツというラフな格好をしている。

 

「私と同じように引き取られた子達と近況報告かな」

「へぇ~。どんな人達なの?」

「こんな子達よ」

 

 携帯端末を操作し、入学前に撮った写真を画面に表示させる。

 

「うわっ、みんな可愛いね。女子高みたいな此処と違って、すぐに彼氏とか出来そう」

「もう告白された子もいるみたい」

「え、はやっ!? 入学式って、ここと余り変わらない日だよね?」

 

 蘭も女の子。

 この手の話題には目がないようだった。

 

「うん。でも随分遊び慣れている感じの、軽そうな人だったから断ったんだって。ところで、そっちはそういう人っていないの?」

「いるにはいるけど、遠い人になっちゃってね」

「遠い人? 故人なの?」

「違う違う。う~ん………まぁ、クロエさんにならいいか。織斑一夏さん。兄貴が友人で、入学前からの知り合い。あの人がIS学園に行った時から追いかけようって決めてたんだけど、たった1年で凄い遠い人になっちゃって。迂闊に知り合いです、なんて言おうものなら、どんな事になるか」

「他で言わなくて正解ね。言ったら、私みたいになってたわよ。でも、どうして私に?」

「まず私と同じように人を追いかけてIS学園に来たクロエさんなら、言いふらされる心配は無いって思ったから。そして一夏さんって、薙原さんと結構一緒にいるみたいなの。で、クロエさんは薙原さんと近い。つまり協力して欲しいってこと」

「意外と計算高いのね。でも、出来る範囲でよ。あの人の迷惑にならないっていうのが、私の最優先なんだから。そして言わせてもらえば、私はあの人を追ってきた訳じゃないのよ」

 

 すると蘭は、意地悪な笑みを浮かべた。

 

「あの人の迷惑にならないっていうのが私の最優先、なんて真顔で言っておいて、それは通じないわよ。何処の誰が聞いても、完全に恋する乙女の台詞じゃない」

「ち、違います!!」

「真っ赤になって否定するところが怪しいなぁ~」

「わた、私の感情は、命の恩人に対する感謝の念です。断じて、そんな浮ついた感情ではありません」

「本当? 一欠片もそんな感情は無いって断言できるの?」

 

 じーーーーっと見つめる蘭。

 微妙に目を逸らすクロエ。

 

「い、1%くらい」

「本当の本当に?」

「じゅっ、10%くらいは」

「嘘は心に良くないよ。あんな台詞を真顔で言えちゃうくらいだもん。本心はもっとじゃないかなぁ」

 

 何故かキュピーーンと目を光らせてジリジリと詰め寄る蘭。

 そんな迫力に押されてクロエは、ベッドの上へと後ずさってしまう。

 美少女が下着姿でベッドの上を後ずさるという、イケナイ妄想がモリモリと膨らんでしまいそうな光景だ。

 

「ちょっと、蘭さん? 目がなんだか怪しいんだけど」

「気のせいだよ。ちょっと色々聞いてみようだなんて思ってないから」

「なら、なんでジリジリ近寄ってるの?」

「えもの………じゃなかった。今日も色々あって気疲れしているだろうから、少しばかりマッサージしてあげようと思って」

「いま獲物って?」

「気のせい気のせい」

 

 この後が何が起こったのかは当事者達だけの秘密だが、強い思いを持つ者同士、色々と通じるものがあったのだろう。お互いの事を今よりも、もう少しだけ深く分かり合っていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。

 薙原晶は束宅の自室で、IS委員会議長殿(クソじじい)と電話で話をしていた。

 

『――――――お久しぶりです。貴方からの電話とは珍しいですね。今日はどういったご用件で?』

『今日学園で模擬戦をしたじゃろう。その映像を見た企業連中が、IS学園近郊で企業説明会を行うのは良いのか、と気にしておっての』

『普通の企業説明会なら、良いんじゃないですか。というよりこの質問、わざわざ貴方にお願いするようなことですか?』

『一緒に映像を見ていた友人達が、お主の意向を気にしていたからの。ホレ、以前スカウト合戦の過熱を心配していた(第73話)じゃろう? だからちょっと聞いといてあげようかな、と思っただけじゃ』

『なるほど。友人思いですね。ですが今日の模擬戦、そんなに驚くようなところがありましたか?』

『お主のクラスにとってはいつも通りなのじゃろうが、こちらとしては驚きじゃよ。専用機が強いのは分かっておった。最新鋭の第3世代機に、ワンオフチューニングしたモンスターマシンじゃからな。だから驚いたのは、一般生徒達についてじゃ。どの娘も極自然に、チームを組んだ専用機が、最大の戦闘力を発揮できるように動いておる。確かに対白式戦は瞬殺じゃったが、あれは相手が悪い。他の試合、例えばブルーティアーズと組んだ娘は、敵を遠距離に張り付けにし、甲龍と組んだ娘は猟犬の如く敵を追い回して、甲龍との接近戦を強要する。言葉にすればこれだけじゃが、中々どうして、学生とは思えぬほどに視野が広い。動きもかなり様になっておったしの』

『皆が聞けば喜ぶでしょうね』

『そこで初めの話題に戻る訳じゃが、企業説明会、問題ないんじゃな?』

『会場に来た者に、自社の説明を行うという普通の説明会なら、特に目くじらは立てませんよ。俺が心配したのは、加熱し過ぎてクラスメイトに悪影響が出ることですから』

『特に口を出す気はないと?』

『念入りですね。良心的な範疇で行われている分には何もしませんよ』

『ちょっと熱が入り過ぎた場合は?』

『さぁ? 俺は警察じゃありませんから、何とも言えませんね』

 

 大嘘であった。

 IS学園近郊は彼と束のホームであると同時に、更識の強い影響下にある。

 つまり電子ネットワークの情報は丸裸であり、所轄の警察も楯無の意向1つで、どうとでも動員できるのだ。

 良からぬ事を考えればどうなるかは、想像力のある者なら分かるだろう。

 だから相手も、深くは聞かない。

 問題無いという言質を取れただけで十分だからだ。

 

『そうじゃったな』

『要件はそれだけですか?』

『まぁ、仕事の話はこれで終わりじゃな』

『仕事の話は? 他に何か?』

『いや………その、のう。少し相談なんじゃが』

 

 妙に歯切れが悪い。何だろうか?

 厄介事を警戒しつつ、先を促す。

 

『最近孫娘が可愛くなくての。何かと金をせびりにくる。おまけに女尊男卑の風習に染まってしまったのか、妙に尊大での』

『………俺に何を言えと?』

『お主、ドイツで何人か引き取ったじゃろ。で、それなりに上手くやっているんじゃろ。人付き合いのコツでも教えて貰えればと思っての』

『いや、ちょっと待て。交渉なら俺より貴方の方が100倍上手いだろう』

『交渉じゃないんじゃよ。仲良くする方法なんじゃよ。昔は「お爺ちゃん」ってなついていてくれて可愛かったのに、最近では金蔓扱いじゃ』

『知るか!! というかそういうのは、両親の教育とかお友達の問題じゃないのか? 俺に言われても困るわ』

『そうかもしれんけどさ。お主は良いよな。引き取った可愛い年頃の娘達(※1)に囲まれて、「お兄さん」とか、「薙原さん」とか、言われて懐かれて、さぞかし良い気分じゃろうな。ちょっとくらい、ワシもそういう思いをしたいわい』

『昔はそうだったんだろう?』

『今したいんじゃ』

『諦めろ』

『いやじゃ。可愛い孫娘にお小遣いとか渡して、「お爺ちゃん大好き」とか言われたいんじゃ』

『欲望丸出しだなオイ』

『老い先短い老人の、ささやかな楽しみと言ってくれんかの』

『夢って叶わない事もあるよな』

『努力するから夢ってかなうんじゃろ』

『言ってる事は真っ当だな』

『欲望は人の活力源だからの。――――――そうじゃ!!』

 

 何かを思いついたのか、IS委員会議長殿(クソじじい)はとんでもない事を口にしだした。

 

『お主の引き取った娘達に会わせてくれんかの』

『いきなり何を言い出すんだ』

『いやな、仲良くなったら「おじ様」とか言って、懐いてくれないかと思っての』

『それでお小遣いとかあげたら、絵面的に売春だぞ。やめとけ』

『むぅ。残念じゃ』

『というかそういう事がしたいなら、他の親戚でやったらどうだ? 何もこっちの引き取った子達でやる事は無いだろう』

『ワシの子達に子育ての才能が無かったのか、良くも悪くも孫達は俗物での、可愛くないんじゃ。両親の方は至って普通なんじゃがな』

 

 この後、IS委員会議長殿(クソじじい)は何故か、孫娘の愚痴を垂れ流すお爺さんと化した。

 可愛さ余って憎さ百倍というやつだろうか?

 内容が外部に漏れる事は無かったが、もしも居酒屋に居たのなら、確実にヤケ酒&泥酔コースだろう愚痴っぷりだったという――――――。

 

 

 

 ※1:引き取った可愛い年頃の娘達

  本編でクロエ以外が出る事は無いと思いますが、

  作者的に容姿は↓みたいなのが良いなぁ………などと夢想しております。

  

  ・冬月茉莉

  ・鳴神唯乃

  

  ちなみに名前で検索すると画像が出てきますが、良い子の皆様は

  “くれぐれも”他に人がいない時に検索した方が良いかと思います。

 

 

 

 第121話に続く

 

 

 




作者いつも話の冒頭は結構悩む方なのですが、今回の一夏くんの模擬戦のシーンはノリノリで書いてしまいました。
近接特化機体である白式・雪羅を上手く扱えている感じが出ていれば良いなぁと思います。

そしてクロエ&蘭ちゃんのシーンは………はい。暴走しました。
百合百合しいシーンが書いてみたかったんです。orz

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