インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は新1年生がメインのお話しとなっております。
つまりクロエちゃんがメイン。

そしてあの娘も登場。
読み終わった後に、「こいつイラッとくる」と思って頂ければ作者的には嬉しいところです。


第119話 新入生たち

 

 IS学園新入生代表、クロエ・クロニクル。

 少々特殊な背景を持つ彼女だが、入学してしまえば只の一生徒である。如何に特殊な背景があろうと、生徒である事に変わりは無いのだ。唯一の特別扱いと言えば、漆黒の眼球に金色の瞳という常人とは異なる特徴のため、対人関係を考慮して、常時ミラーシェイドの着用を許可されているくらいだろうか。

 しかし学園外の、ある程度の情報収集能力を持つ者にとっては違う。彼女は間違いなく“特別”だった。

 

 何故か?

 

 原因はクロエを含めた、引き取られた8人に用意された環境だった。

 まず一般論として、人間は興味の無い相手に手間暇を掛けたりはしない。反対に興味のある相手には、時間も手間も惜しまない。例外として権力者や資産家は、興味が無くても見栄から、金を使って手間暇を掛けているフリをする。

 このような前提で晶が用意した環境を見ていくと、色々と勘違いされても仕方がない程の手間の掛けようだった。

 将来困らないように手配された進学先(教育)。渡された必要十分以上の生活費。引き取られた経緯から、万一に備えて配置された護衛。これらに加え、定期的にテレビ電話で話し、かつ時折だが直接会いにも行っている。

 引き取られた8人について調べた者達が、このような情報を入手したらどう思うだろうか?

 多くの者達が、実質的に義理の娘として扱っていると判断していた。その上、1万倍以上という桁外れの入試倍率を主席で突破したクロエは、娘達の中でも最優秀と目されていた。

 このためIS学園関係者(スポンサー)達は、どうにかして接触する機会を得られないかと考え、学園側にとある提案を行っていた。

 建前としては、今後暫く寮生活で家族と会えない生徒達の為に、入学式前は家族と過ごせるようにする、というものだった。またこの為に式の開始時刻を13時とし、昼食時に食堂を開放して軽食の提供を行えば、家族の話も弾みやすくなるのではないか、という提案がなされていた。

 あくまで生徒達の事を考えた上での提案であり、(やま)しいところなど何もない。表向きは。

 この提案の本当の目的は、“誰もが自由に出入り出来る場所”を作る事で、“来賓が生徒と接触できる場所”を作ることだった。

 勿論、学園側は提案者達の真意に気付いていた。が、一般生徒達の事を考えれば、全くの悪い話という訳でもない。

 結果、今年はテストケースという事で実施し、評判なようなら継続、不評のようなら来年以降は行わない、という形に落ち着くのだった。

 こうして多少の干渉がありながらも、無事に迎えた入学式当日。時刻は11時。

 開放されたIS学園の食堂は、入学式を控えた生徒達と、娘の晴れ舞台を楽しみにしている家族とで賑わっていた。

 そんな中、人混みに紛れて何気ない顔で入って来る来賓達。

 目的の人物(クロエ)がここにいると、部下達から報告を受けた上での行動だ。

 見渡せば、彼女はすぐに見つかった。

 窓際の席で、長い赤髪に大きなヘアバンドをした子と、一緒に食事をしている。新しくできた友人だろうか?

 来賓の脳裏にそんな考えが過ぎり――――――すぐに現状が、大きなチャンスであると理解した。

 一緒にいるのは五反田蘭。

 IS学園における最重要人物の1人。織斑一夏と近しい関係にある娘だ。

 だが、焦って飛びつくような真似はしない。

 大人数で押し掛けるような事をして、万一背後にいる者(薙原晶)に睨まれようものなら、色々と拙い事になるからだ。

 だから適度に軽食を頼み、他の来賓達と他愛の無い雑談に華を咲かせ、そうしてふとした拍子に“主席入学した逸材(クロエ)”に声を掛けに行く。

 決して、勧誘のような真似はしない。

 あくまで“主席入学した逸材”に対する軽い挨拶だ。

 (保身の意味もあるが)相手に迷惑をかけないようにする、非常に抑制的な行動と言えるだろう。

 しかし主席入学とは言え、あくまで一生徒という扱いの者に、何人も挨拶に訪れれば嫌でも目立つ。

 初めは大して気にしていなかった他の新入生達も、徐々にクロエへと意識を向け始めた。

 周囲の者達が、ヒソヒソと話し始める。

 

「ねぇ、あそこの子。また誰か挨拶に来てるよ」

「どの子?」

「ミラーシェイドをかけてて、綺麗な銀髪の子」

「本当だ。――――――あ、今話している人って、ハヅキ(※1)の社長じゃない?」

「言われてみれば。あれ? 次に来た人って、ミューレイ(※1)の社長だよね?」

 

 どちらもISスーツメーカーとして凌ぎを削るライバル同士。

 そのトップが、立て続けに1人の少女に話し掛けている。

 この光景だけで、クロエは周囲の視線を独占してしまっていた。

 一緒にいる赤髪の少女などは、固まってしまっている。

 しかもこれで終わりではない。次々と訪れる者達の業種が、実に多彩なのだ。

 ISパーツメーカー、宇宙開発産業、化粧品やブランドウェアなどのアパレルメーカー等々。如何に主席とは言え一個人が、入学式の段階でこれほど多くの業界から注目されるなど、普通ではあり得ない。

 尤もクロエ本人としては、誰が挨拶に来ても心動かされる事はなかった。将来行くところは、既に決めているのだ。それ故か対応も落ち着いたものになり、それがまた、彼女の評価を上げていく。

 他人から見れば、実に順風満帆な船出だろう。

 だが忘れてはいけない。

 世の中には、自分が物事の中心にいなければ、気が済まない輩もいるのだ。

 クロエが次々に話し掛けられる光景を、忌々しい思いで見つめる者が1人いた。

 

(何なのあの女。この私を差し置いて、有力者達とあんなに親しそうに)

 

 その者の名は、アリエノール・プリンシパル(※2)。

 入試における席次は第10位。

 可愛い、というよりは美しいという容姿。手間暇かけて整えられた、艶やかな金髪の縦巻きロール。早熟で男好きしそうなスタイル。

 これらに加え、デュノア社と付き合いのある会社の社長令嬢でもある。

 地元では、さぞかし持て囃されただろう。

 だがそれ故か、形成された人格は些か以上に傲慢なものであった。

 強い権力志向と、一般市民を下級市民と蔑む精神。試験官も彼女の本性を知っていれば、合格などさせなかっただろう。

 IS学園はISという超兵器を扱う以上、精神的な部分までも、試験の評価対象に含まれているのだから。

 加えて入試直前に発覚した、父親が入試に不正介入していたという疑惑。しかし調査の結果、父親は限りなく黒に近いグレーではあったが、決定的な証拠までは見つからなかった。このため彼女は、入学試験を受ける事ができた。

 並大抵の成績ならば疑惑という逆風もあり、合格など出来なかっただろう。が、第10位という席次と、他人を利用する為に磨かれた演技力(猫かぶり)が、それを可能にした。

 そして地元でつるんでいた2人の友人(下僕)は落ちたが、自分は合格したという事実が、彼女の考えを更に歪めていった。

 

 ―――私は優秀なのだから、何があっても大丈夫。

 

 確かに合格出来たのは、本人の実力あってこそだ。しかし一生徒、一企業の社長令嬢程度が“何があっても大丈夫”など、思い上がりも甚だしい。

 しかし彼女には、それを指摘してくれる友人も家族もいなかった。

 試験に合格出来なかった2人の友人(下僕)は遥か彼方だし、下手を打った家族など近くにいたら、自分の優秀性まで疑われてしまう。故に家族には、迷惑は掛けたくないという尤もらしい理由を付けて、来ないでもらっていた。

 だから彼女は気付かない。気付けない。

 忌々しい視線を向けている相手が誰なのかを。

 そして今まで常に甘やかされ、褒められ、叱られず、YESマンという人の輪の中心にいた彼女にとって、自分を差し置いて有力者と話すクロエの存在は、許しがたいものだった。

 だが如何に気にくわないとは言っても、此処で手を出すような真似はしない。

 流石に人目が多過ぎる。

 

(でもこのまま見ているだけ、というのも悔しいわね。何か引きずり降ろせるような弱点でもないかしら)

 

 アリエノールの胸中に、ドス黒い感情が渦巻いていく。そしてこういう時にこそ、聞きたくない言葉というのは耳に入ってくるのだ。

 

「凄いね。今あの子に挨拶しているのって、ロッキード・マーティン社の営業部長よ」

「今度はキサラギだわ」

「その次はシャネル、エルメス、ドルチェ、本当に何者かしら?」

 

 本来ならば自分に向けられるべき言葉が、顔が良いだけの下級市民に向けられている。

 そんな勘違いした思いがあるだけに、余計に制御出来ない感情が膨れ上がっていく。

 

(全く、顔は良いようですけ………顔?)

 

 ここでアリエノールは気付く。

 あの子(クロエ)は室内で、しかも有力者と話しているのにミラーシェイドを外していない。

 何と失礼な、マナーのなっていない娘だろうか。

 思わず、ほくそ笑んでしまった。

 

(ここは同じ新入生として、注意してあげるべきでしょうね)

 

 勿論、建前だ。

 彼女の思い描く注意は、世間一般の注意とは全く違う。

 気に食わない相手に大勢の前で恥を掻かせる、自己満足の為の注意だ。

 しかし、それが実行される事は無かった。

 食堂に入ってきたとある人物が、クロエに話し掛けたからだ。

 その人物の名は、アレックス・デュノア。

 今欧州圏で最も勢いのある企業の1つ、デュノア社の社長だ。

 

「こんにちは。お嬢さん」

「初めまして。アレックス社長」

「おや、私の事は知っているのかね? 初対面だと思ったが」

あの人(薙原晶)とお付き合いのある会社の社長ですもの。存じております。で、ご用件は何でしょうか? 今の私に、貴方ほどの方が直接時間を割くだけの価値があるとも思えませんが」

「随分と自己評価が低いな。IS学園の主席入学ともなれば、それ自体がステータスの1つだろうに。ついでに言うと、大抵の者は私を前にすると、必死に自分を売り込もうとするのだがね」

「私が私自身を売り込みたいところは1つしかありません。なので、売り込む必要が無いだけです。あと主席入学はステータスかもしれませんが、挨拶に来られた方々の目的は、私ではないでしょう」

 

 するとアレックスはニヤリと笑った。

 

「沢山声を掛けられて浮かれているかもしれないと思ったが、状況は認識出来ているようだ」

「私としては、呑気に浮かれられる要素がどこにも無いのですが」

「ふむ。少しばかり肩の力を抜いた方が良いと思うがね。今のままだと、どこかで擦り切れてしまいそうだ」

「これだけ注目されている中で、ですか?」

「君はこれから常に注目を集める身だ。心穏やかに生活する為には、必須のスキルだと思うがね」

「御忠告ありがとうございます。ですが、恐らくは大丈夫かと」

「ほう。それはどうしてかね?」

 

 するとクロエは、隣で固まっていた赤髪の少女を紹介した。

 

「幸いな事に、同室者に恵まれましたので。――――――こちら、五反田蘭さん。私のこの眼を見て、『そんなの、只の個人の特徴でしょ』と笑い飛ばしてくれた人です」

 

 掛けていたミラーシェイドを少しだけズラし、漆黒の眼球に金色の瞳という、常人ではあり得ない眼を見せる。

 クロエの事を事前に調べていたアレックスは、全く驚く事なく言葉を返した。

 

「なるほど。出逢いに恵まれたようだね。友人は大事にしたまえ。――――――そして初めまして。美しいお嬢さん」

「い、いえ。こちらこそ初めまて。ご、五反田蘭と言います」

 

 緊張しているのが、ありありと分かる表情だった。

 だが、これが普通の反応だろう。

 将来ISに関わる事になるIS学園の生徒が、ISメーカーの社長を前にしているのだ。緊張しない方がおかしい。

 この後、もう少しだけ話をしてから、アレックスは満足そうな表情で去って行った。

 勿論、アリエノールなどと言う小物には目もくれない。

 それがまた、彼女の神経を逆撫でしていくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、現在の時刻は15時。

 無事に入学式を終えた新入生達は、クラス分けに従い各教室へと入っていた。

 これから、いよいよ新しい学園生活が始まるのである。

 期待と不安に胸を膨らませる乙女達。

 そんな中、新1年1組では担任の自己紹介に、驚きの声が上がっていた。

 

「――――――という訳で、1組の担任は私、ナターシャ・ファイルスが受け持つ事になったわ。みんな、これから宜しくね」

 

 世界最大の軍事大国であるアメリカの、それも現役ISパイロットにして、世界に10人といないセカンドシフトパイロットが担任なのだ。

 如何に諸事情があり元々教師として派遣されているとは言っても、担任ともなれば拘束時間も責任も各段に増える。アメリカ本国がナターシャをISパイロットとして使うつもりなら、こんな人事は行われなかっただろう。しかし行われたという事は、別の目的があるということ。

 アメリカ本国がこの人事を捻じ込んだ理由、それは本年度主席入学を果たしたクロエ・クロニクルの担任に据える為だった。

 この人事には、少なくない手間と費用が掛かっている。

 何故“たかが担任教師を決める程度でそんな事を”と考えてしまうのが普通の感性だろう。

 理由は簡単である。

 アメリカは、焦っていたのだ。

 現2年生の専用機持ちの集まりに、アメリカは殆ど干渉出来ていない。昨年度専用機持ちを送り込んでいなかったため、同学年という最も関わりやすい関係を持てなかったのだ。それでも“福音事件”の後にナターシャを教師として送り込み、ある程度の関係構築には成功していたが、親密とは言い難い。

 なのでアメリカは、“世界最強の単体戦力(薙原晶)”が娘として可愛がるクロエに、ターゲットを変更したのだ。

 なお本当なら、“アメリカの息のかかった生徒が同室者になり親友となる”というのが最も理想的だったのだが、同室者というポジションは競争倍率が高く、熾烈な工作合戦の末に日本が確保していた(裏側で糸を引いていたのは、勿論更識である)。

 このため次善の策として、ナターシャが担任として送り込まれたのだ。

 

 閑話休題。

 

 そして教師の自己紹介が終われば、次は生徒達の番だ。

 端から順番に行われていき、クロエの番となった時のクラスメイトの反応は、ある意味で予想通りのものだった。

 何せ先の食堂での一件に加え、既に主席入学という事は知れ渡り、加えて本人の俗人離れした美貌だ。

 ざわめきが起こり、普通の生徒とは違うという印象が、皆に強烈に刻まれていく。

 そんな中、心穏やかでない者が1人いた。

 

(本来なら私が、私がいるべき立場に、何なのですかあの女はっ!!)

 

 アリエノールが自己紹介をした時は、こんなざわめきなど無かった。好意的な視線も無かった。普通の、極普通の自己紹介としてクラスメイトに処理されてしまった。なのにクロエという女は違う。同じ自己紹介なのに、これほど注目されている。一度は収まったドス黒い感情が、再び胸中に渦巻いていく。

 そんな事を思っている間に全員の自己紹介が終わり、ナターシャが最初の仕事に取り掛かった。

 

「では皆さん。まずはクラス代表を決めましょうか。自薦、推薦は問いません。成りたい人、成って欲しい人はいますか?」

 

 クラス代表とはクラス対抗戦に出場するだけでなく、生徒会の開く会議や委員会へ出席する役職だ。クラス長と言った方が分かりやすいだろうか。基本的に、一度決まると1年間変更は無い。

 そしてナターシャの予想では、クラス代表はクロエにすんなりと決まるはずだった。何しろ存在感がまるで違う。座学では間違いなくトップだし、IS操縦能力も元生体パーツ候補というだけあり、既に一定のレベルにある。

 実際、推薦でクロエを推す者は多数いた。

 が、それに異を唱える者がいた。

 

「わ、私が立候補しますわ。そしてクロエさんの代表就任には反対です」

「おや、何故かな?」

 

 ナターシャの問いに、アリエノールが答える。

 

「クラス代表は言うまでもなくクラスの顔です。なのにクロエさんは、室内であっても他人と話す時にミラーシェイドを取りません。話している相手に対して、失礼ではありませんか? 眼鏡ならまだしも、その行為は決して良くは受け取られません」

「確かに一般的にはその通りね。でも彼女の場合は――――――」

「――――――先生。そこから先は私が」

 

 理由を説明しようとしたナターシャの言葉を遮り、立ち上がったクロエがアリエノールに近づく。

 

「これが、その理由です」

 

 そうしてミラーシェイドが外されると、漆黒の眼球に金色の瞳という、常人にはあり得ない特徴が晒された。

 この行動に、恐怖心が無かった訳ではない。世の中には、他人と異なる特徴を嘲笑う人間も多いのだ。

 なのに何故行えたかと言えば、既に認めてくれている人間がいるからだ。

 少なくともあの人(薙原晶)と、あの人(薙原晶)に引き取られた他の子達は、この眼を受け入れてくれている。この学園に来てからは、同室者(五反田蘭)も笑い飛ばしてくれた。

 加えて言えば、これは初めから避けて通れないと分かっていたことだ。眼を理由に他人を避けてしまっては、あの人()の役に立てなくなる。

 だからこれは、クロエ自身が越えなければいけない壁。本人はそんな風に思っていたのだ。

 そしてアリエノールの反応は、悪い意味で予想通りのものであった。

 

「――――――!?」

 

 明らかに変わる表情。続いて汚物を見るような視線。

 言葉にこそされなかったが、その表情と視線を、クロエが間違えるはずもない。

 この眼を見た生みの親(科学者達)が、自分に向けてきたものと同質のものだ。

 だからこそ、堂々と言い放つ。

 ここで引き下がるようでは、今後前に進んではいけないのだから。

 

「このミラーシェイドは、お会いする人に対する配慮です。今、貴女は驚いて言葉が出なかったでしょう? 初対面でそういう事があると、色々と気まずいじゃないですか。そういう事故を防ぐ為のものですよ」

「そ、そうでしたか。でもクラス代表になったら、委員会とか、多くの人の集まりに出る事もあるでしょう。そういう場でミラーシェイドというのは、貴女を選出したクラスの常識が疑われてしまいますわ」

「必要であれば外しますし、説明もします」

「でも日頃は眼を隠しているんですよね? 私、視線を隠す人って信用されないと思いますわ。ほら、何を考えているか分からなくて不気味なところがあるじゃないですか」

 

 今この場で言う必要があるかどうかは別として、アリエノールの言葉は、ある一面において事実だった。

 国や地方によって習慣やマナーといったものは異なるが、話し相手に対して目を隠したまま対応するという行為は、決して褒められたものでは無い。

 

「………つまり貴女は、このミラーシェイドは外していた方が良いと?」

「ええ。そういうことね」

 

 アリエノールは尤もらしい表情で、肯きながら答える

 だがその内心は――――――。

 

(恐らくこの女(クロエ)にとって、あの眼はコンプレックスのはず。だからミラーシェイドで隠しているのでしょう? ここで外すと公言させてしまえば、もうコンプレックスのある眼を隠す手段はない。そうしたら、後は少しずつその眼をからかって、貶めていってあげる。貴女が、調子に乗っているからいけないのよ)

 

 だが言われた当人にとって、この程度のことは入学を考えた時点で、当然のように予想された事態だった。

 よって、迷う事なく返答する。

 

「でも、お断りするわ」

「それは何故かしら? 私は今、言いましたよね? 視線を隠す人って信用されないって」

「ええ。言いましたね」

「信用されない人間が、クラス代表になれるとでも?」

「沢山の方が推薦して下さいましたよ」

「新入生代表という肩書きがあってこそでしょう。でもクラス代表になれば、皆の代表として恥ずかしく無い振る舞いが必要になります」

「そうですね」

「なら最低限、世間一般のマナーは守るべきでは?」

「守っていますよ。そして入学に際して、この眼の事は学園に伝えて、ミラーシェイド着用の許可は頂いてますもの」

「入学式前に随分沢山の方とお話ししていたようですが、その時は外していませんでしたね?」

「あら、見ていたのですか。ええ、外しませんでしたよ。あの場は、世間話をする為に用意されたものですから。第一、初対面の方に一回一回眼の話をしては、気軽に話せるものも話せなくなってしまうでしょう。なので外さなかったのは、場に合わせた行動ですよ」

「私はそうは思いません。貴女が本当に礼節を貴ぶのであれば、説明するべきでしょう」

 

 担任という事で、事前にクラスの個人情報を目にしていたナターシャは、ここまでの会話で2人の性格に概ねのあたりを付けていた。

 

(クロエさんは、自分のやるべき事を淡々とやっていくタイプかしら。精神的にも強そう。眼の事は心配していたけど、どうやら心配なさそうね。対してアリエノールさんは代弁者という形を取る事で、周囲を強制的に巻き込んで味方にしていくタイプ、と………でも、まぁ、甘いわね)

 

 そんな事を思っていると、窓際に座っていた一般生徒(紫色の髪の活発そうな子)が挙手をして、発言を求めてきた。

 ナターシャは名前を思い出しつつ、発言を促す。

 

「リア・フェルトさんでしたか。どうぞ」

「はい。えっと、アリエノールさん。ちょっと良いですか?」

「なんでしょうか?」

「貴女が礼儀作法を重んじる人っていうのは分かったんですけど、じゃあ貴女の長所、アピールポイントを教えてくれませんか。さっきから話を聞いていると、クロエさんの眼について追求しているだけで、貴女自身がクラス代表になる為のアピールポイントっていうのが全然見えてこないんですよ」

 

 この質問に、アリエノールは即答出来なかった。

 彼女の入学時の席次は第10位。誇れる順位ではあるが、対抗馬(クロエ)は主席入学者。純粋な学力で負けている以上、この場で誇る事は出来ない。容姿も優れてはいるが、ここはIS学園。つまり学び舎だ。そのクラス代表を決める場で、容姿を誇るなど愚策の極みでしかない。

 では何を持って、どんな餌をチラつかせれば、この場にいるクラスメイトを操れるだろうか?

 数瞬、そんな思考が脳裏を過る。だが迷った僅かな間に、事態は動いてしまった。

 先程質問してきた娘が、クロエに同じ質問をしたのだ。

 

「私のアピールポイントですか? そうですね。そう多くはありませんが、クラスに勝利を、というところでしょうか。入試の時のIS動作試験では、ギリギリでしたが試験教官に勝っています。なので他の方を選ぶよりは、代表戦やタッグマッチトーナメントでの勝率も上がるのではないかと思います」

 

 質問した少女がナターシャ(先生)を見ると、補足説明がなされた。

 

「事実よ。ついでに言うなら彼女はギリギリと言ったけど、謙遜が過ぎるわね。初めてISに乗った子が、試験で手を抜いていたとは言え、教官と3次元立体機動(ドッグファイト)でやりあうなんて普通じゃないわよ」

 

 この言葉に、教室内がザワつく。

 主席入学かつ、試験教官とやり合える程の腕を持つとなれば、代表は決まりだろう。

 そんな空気すら流れている。

 だがアリエノールは諦めが悪かった。そして焦った彼女は、自身に止めを刺す最悪の話題を口にしてしまう。

 

「で、ですが眼が黒いという事は、何らかの遺伝子異常を抱えているということでしょう? 今は大丈夫でも、それが将来ISの動作に影響を及ぼす可能性だって!!」

「私は入学にあたって、全ての健康診断をパスしてここにいます。それを疑うという事は、学園の健康診断そのものを疑うという事ですよ」

「ISコアはブラックボックスです。絶対無いとは言い切れないではないですか」

 

 もしこの言葉をクロエ以外の者が言われていたのなら、覆すのは難しかっただろう。

 だがクロエは覆す事ができた。

 引き取った晶は彼女が希望した道を歩めるように、しっかりと手を打っておいたのだ。

 将来心無い者に眼の事を言われ、夢を諦めなくてすむように。

 

「言えますよ。ISの生みの親のお墨付きですから」

 

 サラッと言われた言葉に、教室内が大きくザワめく。

 広く知られている事実だが、ISの生みの親である篠ノ之束博士は、興味の無い事は行わない人間だ。

 まして今は発電衛星アンサラーの建造に関わっており、たかが一学生の為に時間を割くなど考えづらい。

 だが時間を割いたという事は――――――。

 

「あ、貴女は、もしかして束博士と関係が!?」

「貴女には関係の無い事です。ただ私の健康診断書には、『この眼がISに悪影響を及ぼす事も、ISを操縦する事にも問題は無い』という束博士の意見書が添えられていた、という事実があるだけです」

 

 この時クロエの内心には、アリエノールに対する忌々しい感情が満ち溢れていた。

 自身の背後関係について口外する気は無かったというのに、パイロット適正そのものに疑念を持たれるような言い方をされては、それを払拭しない訳にはいかなかったからだ。無論口を閉ざすという事も出来たが、その場合、この女はずっと言い続けただろう。邪魔な事この上ない。だから一切疑念の余地を残さない形で、早々に決着を付ける必要があった。

 そんな理屈は理解していても、背後関係を一部とは言え喋らされたという事実が、クロエの感情を荒立てていく。

 だがクロエとアリエノール、双方にとって不幸な事に、この話はこれで終わらなかった。

 先程質問してきた子とは別の子が、口を開いた。

 

「あ、もしかして!! ねぇ、クロエさんの国籍って何処ですか?」

「日本ですが、それが何か?」

「じゃあ生まれた国は?」

「………ドイツ、です」

「最後の質問。日本国籍になったのは何時ですか?」

「………………昨年末、ですね」

 

 言いたくないという感情が、返答までに不自然な時間を作ってしまった。

 そしてこの不自然な時間が、質問者の予想を確信に変えてしまう。

 

「そういえば丁度昨年末、この学園随一の有名人(薙原晶)がドイツに行った時、孤児を引き取ったっていうニュースが流れたよね。引き取られた子の映像は無かったけど、もしかして、クロエさんの事だったりするのかな?」

 

 ここで嘘をつくのは簡単だった。

 しかし、あの人(薙原晶)に頼る気は無くても、関係無い赤の他人と言う事は、心情的に出来なかった。

 生体パーツとしてバラされるはずだった運命を変えてくれた人。

 面倒事の種でしかない自分を引き取り、何不自由ない生活をさせてくれている人。

 そんな恩人との関係を、自分の都合で嘘で塗り潰してしまうのは、これ以上ない冒涜に思えたのだ。

 よって彼女は、正直に答えた。

 

「………はい。私は、あの人(薙原晶)に引き取られました」

「やっぱり!! なら、クラス代表は決まりじゃない?」

「先に言っておきますが、私をクラス代表にしても、あの人(薙原晶)との繋がりは得られませんよ。コネクション目当ての人間に、あの人(薙原晶)は厳しいですから」

「束博士のパートナーにして“世界最強の単体戦力(NEXT)”、そしてカラードの社長なら、身辺に注意するのは当然でしょ。でもこれで納得がいったわ。入学式前に、貴女があんなに沢山の人に挨拶されていたことに」

 

 ここで、事の成り行きを見守っていたナターシャが口を開いた。

 

「――――――では、もう一度決を採りましょうか。クラス代表に、クロエさんを推す人は挙手を」

 

 クロエ以外の全員が手を上げる。

 

「あら、アリエノールさんは立候補を取り消すのですか?」

「は、はい………。私がなるよりも、クロエさんがなった方がクラスの為になるでしょうから」

 

 これ以上は傷を広げるだけ、と判断して引き下がる。

 だが、既に遅かった。

 この一連のやり取りでクラスメイト達は、クロエ・クロニクルが誰の関係者かを知り、同時にアリエノール・プリンシパルは最も噛みついてはいけない人間に噛みついた、と認識された。

 しかも個人の特徴に難癖を付けるという、人として決して褒められないやり方は、アリエノール本人に対する心象を大きく損ねていた。

 そしてこの話は、瞬く間に拡散していく。

 クラスメイトはルームメイトに話し、ルームメイトは別のクラスで話し、別のクラスの子は新しく出来た友人に話し、学園内に広がっていったのだ。が、これだけでは終わらなかった。親と仲の良い生徒はメールに書き、それを知った親が職場の同僚や友人に話し、親が収集した情報が子にフィードバックされるという事態が発生していたのだ。

 その結果、1年生の中でクロエという存在は、一般生徒からかけ離れたものになってしまったのだった――――――。

 

 

 

 ※1:ハヅキとミューレイ

  共に原作に登場しているISスーツメーカー。

  ハヅキ社はデザイン重視で性能はそれなり程度。

  ミューレイは性能重視でお値段高めというメーカー。

 

 ※2:アリエノール・プリンシパル

  家名の由来はNX、及びLRに登場する女性レイヴン。

  エド・ワイズ曰く、「実力はあるが、あまり賢い女ではなく、同情に値するらしい」

  というところから採用。

  なおゲーム本編での乗機はフロート型ACの「サンダイルフェザー」。

  NXではランキング10位のランカーレイヴンとして登場する(本編には登場しない)。

  LRではアライアンス戦術部隊に所属しており、同隊唯一の女性レイヴンとして登場する。

  NX時代、ランク10位と上位にいたためか、自信過剰でかなり女王様な性格である。

  機動力と両肩の垂直ミサイルを始めとした火力はかなり高いが、いかんせん乗機がフロート脚部であるため脆い。

  さらにFCSの関係でサイトが狭く、マシンガンが活かせないという残念構成。

 

 

 

 第120話に続く

 

 

 






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