インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
晶が束や楯無との相談を終えた後、事態は最悪の方向へと転がり始めていた。
スコールの用意した都合の良い証拠に野心を刺激された紛争国の役人や軍人が、警察や軍に大規模な動員命令を下してしまったのだ。
普段ならば、これほど拙速な命令など出ない。出そうとしても誰かが止めただろう。だが“束博士と
あの2人が動いているなら、間違いなく存在するだろうと思われてしまったのだ。今までの2人の行動―――敵対者に対する断固たる対応―――が、そう思わせてしまったのだ。スコールの狙い通りに。
そしてこの動きはカラードが予測していた通り、紛争国で蠢いているテロ組織に筒抜けであった。
動員の為に動き始めた矢先、仕掛けられていた爆弾や組織的な襲撃により、大損害を被ってしまう。
これにより国内の治安維持能力は激減。混乱は拡大の一途を辿り、全ては悪党共の計画通りに推移していた。
だがそんな中でも、か細い希望が繋がっていた。
しかしそれでも尚、状況は厳しかった。
(………ここまで予想通りだと笑えてくるな)
(流石にね)
(ええ)
晶の言葉に、コアネットワークで繋がる束と楯無が頷く。
仕掛けられているのは、予想通りに農業や工業地帯だった。そして場所を絞り込んだなら、後は一気に処理してミッションコンプリート!!
――――――とはならなかった。
最後まで分からなかったたった1つの問題が、3人に決断を迷わせていたのだ。
(可能性が高いのは何だと思う?)
(ここまで悪魔的な計画を進めた相手よ。どんな方法を使っていても不思議ではないわ。せめて、製作者が分かれば推測も出来るのだけど………)
晶の言葉に、楯無が力無く答える。
最後まで分からなかったのは、爆弾の起爆方法だった。というのも今の技術で作られる爆弾は、技術の進歩に伴い、実に様々な起爆方法があるからだ。ドラマなどではよく、最後に残った2本のコードのどちらかを切れば解除できる――――――というのが定番だが、現実はそれほど甘くない。
爆弾とは、人の悪意を形にしたものなのだ。
振動センサーと熱源センサーを組み合わせ、人が近づいただけで爆発するもの。
解体の為にネジを回しただけで爆発するもの。
最後に残った2本のコードのうち、どちらを切っても爆発するもの。
複数の爆弾をデータリンクで繋げ、1つでも解体されたら全部爆発するもの。
内部構造を調べようとセンサーを向けたら爆発するもの。
実に様々で、人の悪意の数だけ起爆方法があると言っても良いだろう。
(クソッ、悩ましいな。あと一歩なんだが………………)
晶が悔しそうに呟く。
実際3人の頭の中には、様々な爆弾の解体方法が浮かんでは消えていっていた。
オーソドックスなところでは、液体窒素で冷却してからの解体や、大量の土砂を被せての爆破解体だろうか。
だが一定以上の知識があれば、どちらも簡単に対応策が取れる方法だった。
液体窒素での冷却は、極低温にして機械部品や電子部品が正常に動作しないようにしてから処理する、という方法だが、温度センサーで「一定温度以下になったら起爆」という対策が取れる。
大量の土砂を被せての爆破解体も、振動センサーが使われていたら、土砂を被せ始めた段階でボンッだ。
そうして有効な手を打てない間にも、時は過ぎていく。
如何に超絶の武力と世界最高の頭脳、広範囲な情報収集能力と幾多の情報提供があろうとも、出来ない事は出来ないし、分からないものは分からないのだ。
だが直接の手は打てずとも、彼らは諦めていなかった。
無力化方法が判明した場合に備えて仲間達と連絡を取り、いつでもダーティボムの設置予想箇所に向かえるよう準備を進めていた。
しかし最終的に絞り込んだ予想箇所は15。対して
そして国内に
またこの時点で、誘拐された教員や生徒達は全員救出され、各紛争国にある大使館で保護されていた。
こうして時は進み、それに伴い準備も整えられていく。
だが結局のところ、爆弾の起爆方法が分からなければ、問題の解決にはならないのだった――――――。
◇
一方その頃、アメリカの某ホテル。
バスローブに身を包んでいるスコールは、テレビを眺めながらチラリと時計を見た。
(あと、1時間ね。今頃は、色々と頭を悩ませている頃かしら?)
薄暗い笑みを浮かべながら、彼女はそんな事を思う。
教員や生徒達を救出後、すぐに帰還していない事から、恐らく
だがなまじ知識があるだけに、彼と彼女らは迂闊に触れられない。
爆弾解体の困難さも、失敗した場合の被害も大きさも、直ぐに理解できる聡明な面子だからこそ、触れられない。
確証を求めて情報を集め、洗い直して、散々考えるだろう。
(そうよね。万一
そうして慎重になればなるほど、時間の進みはスコールに味方する。
何故なら束博士が絡んでくる事は、初めから予想の範囲内だった。故に今回作成した起爆装置には、最高のハッキング対策を施してある。それは一度物理的にスイッチを入れたら、あらゆる外部入力から物理的に遮断され、ある時刻になったら爆発する仕組みだ。
そう、今回の起爆装置の作りは、動作の確実性のみを追求したアナログなタイマー型。スコール自身が今まで何度も使い、確実に動作する事が分かっている手製の起爆装置だった。
なお本計画の立案時には、爆弾のプロを雇って作らせる予定だった。が、爆弾のプロというのはどこの組織もガッチリマークしているため足がつき易い。勿論亡国機業が抱えている爆弾職人もいるが、今回は計画の隠密性を最優先したため、同じ組織内の人間にも声を掛けなかったのだ。
そしてこういうものは、知っていればどうと言う事はない。爆弾のプロが起爆装置を見たら、解除方法など一瞬で分かるだろう。
(だけど束博士も、
故に、スコールは勝利を確信していた。
今更動いたところで、もう遅い。
彼女の中で、それはもう決定された未来だった。
―――だから、流れたニュース速報に注意を払えなかった。
むしろその速報を見た時、晶に同情してしまったほどだ。
(あら、ミャンマーで地震。規模はマグニチュード7。大変ね。只でさえ治安組織がガタガタで混乱しているのに、大地震じゃない。もっと混乱して手が付けられないんじゃないかしら。いえ、むしろ
だがこの時、彼女は忘れていた。
計画完遂を目前にして、緊張が緩んでいたのかもしれない。
それは策謀に関わる者ならば、誰しもが知っていることだ。
即ち、綿密に練られた計画ほど、たった1つのイレギュラーで崩壊するということを――――――。
◇
時間は少しだけ遡る。
束、晶、楯無の3人がコアネットワークで話していると、晶が異変を感知した
(………何だ。揺れている? いや、大きいぞ、コレ!!)
(なに、どうしたの? 地震?)
(大丈夫?)
束、楯無のそれぞれが声をかけてくる。
と同時に、この2人は己の仕事を忠実にこなしていた。
束は衛星監視網を使って、爆弾設置予想箇所の現状を確認。楯無も現地に派遣しているエージェントに、即座に現場確認の指示を出していた。
その結果――――――。
(晶、
楯無が慌てた様子で2人に呼びかけ、同時にとある映像データが送られてくる。
添付情報によれば、送信元は今現在
そして映し出されている物を見た時、束と晶は思わず固まってしまった。
(………これは、幸運と言って良いのかな?)
(多分、良いんじゃないかな? 爆発してないし)
晶の言葉に、束が答える。
映し出されている映像は、積み上げられていた2tコンテナの山が、地震により崩れて周囲に散乱している状況だった。元々重量がある物体だけに、崩れ落ちただけでもコンテナの形は大きく歪み、中身が丸見えになっている物もある。
そして中身が見えているコンテナの内1つこそ、
もしも起爆条件が開封や光センサーを使った光源感知だった場合、この時点で終わりだった――――――が、爆発しなかった今、それはどうでも良いことだ。大事なのは爆弾が起爆せず、中身が丸見えになり、起爆装置の詳細な情報が入手できたことだった。
この結果、事態は急速に動き出す。
情報の分析により、起爆条件がタイマーの時間経過のみ、という事が割れたのだ。
そしてタイマーが示す起爆時間まで、残り60分。勿論、全ての
しかし束も、晶も、楯無も、誰一人として焦ってはいなかった。
何故ならここに至るまでの時間を、無駄にしていなかったから。
起爆条件が分かった時の為に、誰が何処に向かい、何をするべきか、全ての行動指示は終えているのだ。出来る事は、全て行ってある。
後は、動き始める号令さえあれば良い。
晶は今回一緒に来てくれた全ての仲間達に、通信を繋いだ。
『
5機のISと同行しているパワードスーツ部隊(※1)が、各々に割り振られた目標に向かい、一斉に行動を開始する。
そして土地勘の無い初めての地であるにも関わらず、誰一人、暴徒と化した群衆にも、テロ組織の妨害にも、何の障害にも遭わず目標に向かい突き進んでいく。
これは奇跡、などでは無かった。
“天才にして天災”“電子の女帝”様々な2つ名を持つ束博士が、現地の電子ネットワークと各作戦領域上空の衛星群を根こそぎハック。あらゆる情報を掌握した上で、
そしてこの時、現地にいる更識のエージェント達には、幾つかの別命が降っていた。
1つは、現地にダーティボムを運んだ実行犯を探すこと。
1つは、紛争国で動員命令を下した奴の身辺調査をすること。
1つは、
この3つだった。
1つ目の命令の目的は、実行犯から黒幕を辿るという正攻法での調査だ。
2つ目の命令の目的は、計画の規模からして、恐らくいるであろう扇動者を始末するためだ。こういう奴を残しておくと、ロクな事にならない。
そして3つ目の命令の目的は、万一
こうして表と裏で、一斉に状況が動き出した。
そしてここで、スコールが計画の隠密性を最優先としてきた事が、裏目に出る。
彼女は束博士の介入を過剰に警戒するあまり、亡国機業と実行犯との間に、常に複数人のフリーランスを挟んで行動してきた。それはつまり、命令は常に伝言ゲームのような形になるということ。このように状況が一気に動いた場合の対応力は、無きに等しかった。だが計画は、スコールにとっては間一髪、
晶班、シャルロット班、ラウラ班、クラリッサ班は、無事に
国内の治安維持能力が激減した今を好機と見たのか、インドからの分離・独立派が活動を活発化。自治権問題が再燃してしまったのだ。
そして自治権問題と言えば聞こえは良いが、この問題は隣国との宗教問題が絡んでおり、過去3度の戦争が起きているほど血生臭いものだった。
何せ国連の介入によりようやく停戦が実現したものの、国境に張り付いている軍は常に臨戦態勢。ことある毎に銃撃戦が発生する緊張状態だったのだ。
そんな問題を抱えている国の治安維持能力が激減。国境に張り付いている軍の後方が大混乱状態に陥ったとしたら、どうなるだろうか? 加えて言えば、最近急速に普及が進んでいるパワードスーツは、只の歩兵では不可能な侵攻速度と重武装を可能とする。具体的に言えば、
結果インドの国境は食い破られ、隣国の軍が国内に流入――――――までなら良かった。ここまでなら、セシリアはこの問題には関わらず、
しかし、それは出来なかった。
隣国の軍の侵攻方向にあるのは、人口100万都市のアムリトサル。その進路上にある農村に、
仮にここで
セシリアがこの情報を聞いた時、真っ先に想像したのは憎悪の連鎖だった。
仮に
この際、どちらが傷ついたかは関係ない。傷ついた側が、「相手が使った」と思い込み、非難するだけだ。偶然進路上に、テロリストが仕掛けた
そして悪い事というのは、重なるものだ。
本来
つまり、
過去から現在に至るまで、宗教問題が絡んだ時に人がどれだけ残酷になれるかは、歴史が証明している。どのような惨事が引き起こされるかは、今更言うまでもないだろう。
そんな中で、セシリアは己が決意を伝えていた。
コアネットワークから聞こえる揺ぎ無いその声に、晶は――――――。
(私、行きますわ)
(こういう時は、何て言えば良いんだろうな? 止めろ、か? それとも頑張れ、かな?)
(私としては、頑張れ、の方がやる気が出ますわ)
(なら、頑張れなのかな)
この時晶は、珍しく理性と感情の狭間で揺れていた。
ことは既に、“テロリストが仕掛けた
理性的に判断するなら、撤退させるべきだ。
2度目の情報提供は、既に正式なルートで行われている、両国がその気になれば、自らの手で
後は現地の人間に任せるべき――――――と割り切れたらどれだけ楽だろうか?
現地の状況を見ていれば分かる。
任せたところで、確実に失敗するだろう。
何せ協力するべき相手が、過去3度に渡り戦争をしている隣国だ。しかも今現在、旅団規模の軍勢をもって国境を破り、人口100万の大都市を目指している。衛星を使って現地をモニターしている束によれば、侵攻側の総数は、歩兵、パワードスーツ、その他すべての機甲戦力を合わせて約4000。更に後続として通常戦力が次々と国境付近に集結しているだけでなく、ISや巨大兵器にまで、投入の動きがあるらしい。
対してインド側は、国内の混乱で殆ど無防備状態なのだ。国境で頑張っている軍とて、後方が混乱したままでは長くは持たない。
つまり今、事態の主導権は完全に隣国側にあった。
そんな中で仲良く協力して、
無理だろう。できるはずがない。
加えて隣国にしてみれば、今のうちに穀倉地帯と大都市を叩いておけば、インドの国力そのものに相当なダメージを叩き込む事ができる。攻め込んだ以上、行わない手は無かった。
そしてそれを許せば、後に続くのは報復の連鎖だ。積み上げられた憎しみの上に、更なる憎しみが積み上げられていく。
よって、誰かが止めなければならない。だが普通であれば、この状況で止める方法などない。
しかし、晶は知っていた。
止められる可能性のある存在を。
不殺というセシリアの願いに応えて進化した、ブルーティアーズ・レイストームの真価を。
彼女と彼女の駆るISであれば、止められる。
だが感情が、それを許さない。
御伽噺のようなご都合主義、報復の連鎖を止める代償は、恐らく彼女の自由だ。
今までは、世界で10人といないセカンドパイロットとして知られているだけだった。その影響度も、パイロットとしての実力と機体性能から“このくらいは出来るだろう”という予測を含んだものに過ぎない。
しかしその判断の前提条件となる機体性能が、リミッターのかけられているダミー情報だとしたら、どうなるだろうか?
勿論セカンドシフトして以降、イギリス本国でも入念に稼働データは取られている。が、全力稼働のデータは晶と束しか知らない。その圧倒的な制圧能力故に、セシリアを自宅に招いた際、束が言ったのだ。秘密にするべきだ、と。
しかし今日この時を持って、セシリア・オルコットとブルーティアーズ・レイストームの名は、名実共にNEXTと同ランクの単体戦略兵器として、世界に名を連ねることになる。
(ええ。では、行ってきますわ)
返ってきた迷いのない言葉に、晶も決断する。
(分かった。全力で行ってこい。どうなろうと、後始末はこちらで引き受ける)
(あら、良いのですか? そんな事を言って)
(構わない。見せてやれ、お前の願いの結晶。その力を)
(はい!!)
こうして、セシリア・オルコットは飛び込んでいった。
侵攻してくる正規軍の真正面へ。
いつ
◇
そうして舞台の幕が上がる。
雲1つ無い青空の元、天空に舞う1機のIS。
まず目につくのは、有機的な
そして本体。セカンドシフトしているブルーティアーズ・レイストームの各部装甲は、大胆なシェイプアップにより、生身の人間が纏う防具と変わらないサイズにまで小型化されている。
多くの者が見て抱く第一印象は、純白のドレスに蒼い鎧を纏った天使だろう。
そんな彼女が眼下を見下ろしながら、オープン回線で告げる。
『私は、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。繰り返します。私は、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。今この地で活動している全ての者にお話しします。現在私の足元には、どこかの誰かが仕掛けた爆弾――――――
だが国境を破って侵攻してきた軍が、突然こんな事を言われて止まるだろうか?
答えは否だろう。御伽噺では無いのだ。
これで止まるなら、世界はとっくの昔に平和になっている。
故に、彼女は続ける。
『そうですか。では警告します。止まりなさい。止まらなければ、撃ちます。無用な殺生をする気はありません。なので初めは武器だけを。仮に、それでも止まらないというのであれば、全滅を覚悟して下さいませ。繰り返します。止まりなさい。止まらなければ――――――』
これに対する返答は、幾多の兵の嘲笑と、数十発のミサイルという攻撃の意志だった。たった一機のIS。有名人かもしれないが一介の代表候補生に過ぎない小娘。物量でどうとでもなるという慢心が見て取れる。
実際、それは正しいのだろう。
最新鋭の第三世代ISであろうと、この状況を止める事など出来ない。
虐殺という行為に走れば、もしかしたら止められるかもしれない。だが倫理観に優れた先進国のエリート様が、そんな事できるはずがない。もし行えば、大量虐殺者の汚名を着る事になる。輝かしい未来を捨ててまで、そんな事はしないだろう。
隣国の指揮官は、そこまで見越した上で、攻撃命令を下していた。
確かにその通りだった。普通に考えれば、全くその通りなのだ。
相手がセシリア・オルコットとその乗機、ブルーティアーズ・レイストームでさえなければ。
『そうですか。争いを、望むのですね』
この後の光景を、居合わせた者達は生涯忘れないだろう。それほど圧倒的で、一方的で、幻想的な光景だった。
セシリアの腕の一振りで放たれたレーザーが、迫るミサイル群を一発残らず撃墜する。続く第二・第三波も結末は変わらない。
自由自在に軌道を変えるレーザーが、数多のミサイルを悉く蹂躙していく。旅団規模という物量を持ってして、小娘1人を一歩も動かせない。
そして聞こえてくる声は、大人が子供に言い聞かせるかのように、優しいものだった。
『下がっては頂けませんか。貴方達では、ここを突破出来ません。その命、無駄に散らす事も無いでしょう』
しかしその内容は、正気を疑われても仕方がないものだった。
何せ4000対1だ。
普通であれば狂人の戯言として、誰も耳を貸さないだろう。
だが彼女の言葉には、虚勢も恐れもなかった。ただ事実のみを告げている自然体の声。
それ故に、信じられなかった。否、認められなかった。
如何にISが優れた超兵器と言えど、旅団規模の軍勢を持って抗う事すら出来ないなど、認められるはずがない。
だからこそ、全力攻撃の命令が下された。
本来都市攻略に用いられるはずだった、全機甲戦力のセーフティが解除され、数多の銃口・砲口が彼女をロックオン。
――――――瞬間、天使の翼が羽ばたいた。
たった1機のISが、旅団規模の軍勢がいる空を駆けていく。
先手は、通常兵器による濃密な対空砲火だった。
だが、当たらない。
当たり前だろう。
今まで彼女が訓練を積んできた相手は、
『――――――警告は、しましたわよ』
オープン回線で流れていた優しい声は、背後から忍び寄る死神の声となった。
ハイパーセンサーにより拡大された知覚が、作戦領域にいる敵を残らず捉える。
連動したFCSが対象をロックオン。
そうして放たれたレーザーは、“レイストーム”の名の如く、光の嵐となって敵軍を蹂躙していった。
歩兵の持つ銃が、パワードスーツの跳躍ユニットが、戦車の
御伽噺にあるご都合主義の如く、誰も死なないままに武器が壊され、移動力が奪われ、軍としての行動が不可能になっていく。
進軍してきた隣国の者達は、恐らく激烈な死闘を想像してきたのだろう。
だが進んだ先に、そんなモノはなかった。
只々圧倒的な力の差により、全てが蹂躙されていく。
そんな中、再び声が響いた。
『――――――選びなさい。今ここで、何の意味もなく散るか。生きて帰るかを』
戦場に、静寂が訪れた。
誰も、何も、言葉を発しない。
立ち尽くす兵は隣の仲間に視線を送り、部下は上官を見る。
そうして待つこと数十秒。オープン回線で返答があった。
『――――――我が方に死傷者を出さなかったこと、感謝する。これより、全軍撤退する』
平静を装ってはいるが、声には抑えきれない感情が滲み出ていた。
しかし冷静な判断をしてくれただけでも、良しとするべきだろう。
これでもし自暴自棄にでもなられていたら………撤退していく隣国の軍を見ながら、セシリアの脳裏に、あり得たかもしれない未来が過る。
だが彼女は、脳裏に浮かんだ最悪の光景を振り払った。今は無事撤退に追い込んだ、それで良いだろう。同時に、同行していた
セシリアはランサーズの面々に労いの言葉をかけた後、肉眼では見えない遥かな彼方に視線を送りながら、コアネットワークに接続した。
(晶さん。その危なそうな代物、もう降ろしてくれても大丈夫ですわ)
(気付いていたのか?)
(勿論ですわ。「どうなろうと、後始末はこちらで引き受ける」 レディとしてはとても嬉しい言葉ですけれども、貴方が最悪を想像しないはずありませんもの。万一私が失敗した場合、全てを消し去って、私の責任は無かった事にするおつもりだったのでしょう?)
(買い被り過ぎだ。そんなに都合の良い想像ばかりしていると、いずれ悪い男に騙されるぞ)
(ご心配なく。メイド共々、もう騙されていますから。むしろ自分勝手で悪い人のはずなのに、何故か色々な事を抱え込んでしまう誰かさんが心配ですわ)
(言ってくれる。――――――というか俺、そんなに抱え込んでいるように見えるか?)
(自覚が無い辺り、ダメダメですわ。貴方がどんな人であれ、今は学生。本分は勉学。教導したり、他のクラスの為に本職のISパイロットを用意する事ではございません。少しは御自愛下さいませ)
(そう、か。いや、そうだよな。ありがとう。何だかそんな言葉、久しく聞いていなかったよ。でもそれを言うなら、セシリアもこの後大変だぞ)
(周囲が騒がしいのは貴族の常。気にしませんわ)
気軽に答える彼女だが、それが強がりと分からないほど、晶は鈍くなかった。
(やれやれ。ああ、俺は騒がしいのが嫌いでな。もしかしたら、周囲が勝手に静かになっているかもしれん)
(まぁ、でもいけませんわ。そんな事をしては、また抱えものが増えてしまいます)
(知るか。勝手に増えたものは、どうしようもない)
(もう、本当に自分勝手な人。そんな事を言われたら――――――)
続く言葉は、突如乱入してきた第三者によって遮られた。
(はいストーーーーップ。続きは後にしなさい)
(あら、帰った後なら続きを認めてくれるのですか? 束博士)
(今回のご褒美? 報酬? まぁどちらでも良いけど、そんな感じかな)
そうして一度言葉を区切った後、束は珍しく真面目な口調で続けた。
(後は、セシリア・オルコットに感謝を、かな。今回は良く止めてくれたね。もし今回の件が最悪の方向に転がっていたら、私の夢にまで影響が出るところだった。だから、ありがとう)
この台詞を親友の千冬が聞いたら、泣いて喜ぶか、衝撃の余り固まるかのどちらかだろう。それほど珍しい光景だった。
何せ束に面と向かって礼を言われた人間など、世界中探しても、片手の指で足りるくらいしかいない。
また
そして言われた当人はと言うと――――――。
(い、いえ、そんな。私は、私に出来る事をしただけですわ)
予想もしていなかった言葉に、大いに驚いていた。
そこに、晶も続く。
(さっきの警告も戦いも、流石だな。随分堂々としていたじゃないか)
(や、やめて下さい。私、無我夢中だったんですよ)
(本心だよ。そしてもう1つ。やったじゃないか。お前は、お前の実力で夢を形にした。誇って良い事だと思うぞ)
凡人が聞けば、夢物語の戯言と切って捨てられるような夢。戦場での不殺。
それを叶えたセシリアに、晶は惜しみない称賛を送った。
(ありがとうございます。貴方が、色々と教えてくれたからですわ)
(本人の努力あってこそだ)
愛しい男からの誉め言葉に、頬が朱に染まっていく。
この後、束博士を交えて暫しの会話を続けたセシリアは、1つだけ気になったことを、晶に思い切って尋ねてみた。
(あの、1つだけ聞いてもよろしいですか?)
(何だ、改まって)
(先程構えていたアレは、何ですか?)
(ん~難しいかな………)
(いえ、答えられないのでしたら、無理にとは)
(ただ今回の活躍を考えると、全部秘密ってのもな………束、どうする?)
(そうだね。概要だけなら………まぁ良いかな。状況的に推測されちゃうだろうし。ただし他人が推測するのは勝手だけど、君が他人に漏らす事は許さない。ISの戦闘メモリーからも消しておくこと。学園に戻ってきたらチェックもさせてもらう。それでも聞きたい? ある意味
この言葉だけでも、アレがどれほど危険なものか分かろうというものだ。
そしてセシリアは、ハッキリと答えた。
(私、思いを寄せる殿方を危険に晒すような女には、成りたくありませんわ)
(この私を前にして、堂々とそんな言葉を吐くとはね。下手な綺麗事を言おうものなら、適当に誤魔化そうとも思ったけど。良いよ。教えてあげる。――――――アレは元々、対
一応この言葉は、嘘では無かった。
だが本当のことでもなかった。
正確に言うならば、
ORCA旅団が活動した後世。もしかしたら有り得たかもしれない未来において、
後世の騒乱で完全な設計図が消失し、性能を大幅にダウングレードする事で、どうにか実用化された
宇宙への道を切り開くため、クレイドルを地に落とす事すら厭わなかったORCA旅団が、設計段階で封印を決めたほどの大量破壊兵器。オリジナル・ヒュージキャノン。
ダウングレードモデルでは核弾頭が使用されていたが、オリジナルモデルでは更にその上、純粋水爆弾頭が使用されている。その威力は、実に核弾頭の数千倍。
そんな兵器を、束博士は更にブラッシュアップしていた。
改造箇所は無数にあるが、中でも特筆すべきは、効果範囲を使用者がある程度自由に設定できる、という点だろう。
これはISの空間制御技術と重力制御技術の応用によって実現したもので、空間そのものを固定して檻とする事で、純粋水爆弾頭によって発生する超高温・超高圧(※3)を閉じ込め、全てを焼き尽くすというもの。
この一撃ならば、どんな汚染物質だろうと関係無い。
文字通り、チリ一つ残さず消滅させられる。
そして本当の威力が想像の埒外にあろうとも、セシリアは今日この場面で
(分かりましたわ。お答え頂き、ありがとうございます)
(あれ、こんな説明で良いの?)
(お戯れを。貴族社会には「知りたがりは早死にする」という言葉がありますわ。今回は強力な武器である、というお答えを頂けただけで十分です)
(賢明な判断だね。――――――あ、晶)
(ん?)
(色々呼び止められるかもしれないけど、早く帰ってきてね)
(勿論だ。俺も早く帰りたいよ)
(セシリア・オルコットも、周囲が騒ぎ始める前に帰っておいで)
(はい。ありがとうござます)
こうして3人の話が終わると、晶は今回の作戦に参加してくれた全ての仲間達に通信を繋いだ。
パワードスーツ部隊もいるので、通常の通信だ。
『
反応は、劇的だった。
通信越しに、多種多様な喜びの声が飛び込んでくる。無理も無い。今回の件は一歩間違えば、数百万人規模で難民が出かねない大事件。それを防いだのだ。喜んで、誇るに足る結末だろう。
こうして、IS学園の教員と生徒達の誘拐に端を発した大事件は、収束していくのだった――――――。
※1:同行しているパワードスーツ部隊
晶に同行しているカラードは変則編制でパワードスーツ×3とガンヘッド×1。
晶以外の4人に同行しているのは、それぞれパワードスーツ1個中隊(12機)。
つまりパワードスーツが51機+ガンヘッドが1機。
※2:CL-20
リアル世界でなら量産されている爆薬の中では最大の威力を持つ物で、
砲弾などの軍用品に広く使用されている。
この情報は、他で爆弾の無力化に成功した為にわかったこと。
※3:純粋水爆弾頭によって発生する超高温・超高圧
リアルで水爆を起爆する為には、約1億℃という温度が必要らしいです。
そんな物が閉鎖空間内で炸裂したらどうなるかは、推して知るべしでしょう。
今回のセシリアさんのシーン。実を言うとセカンドシフトさせた時からやりたかったシーンなので、作者的には「やっと出来たよ」というところです。
アーンド、前回出した「アレ」は多くの方が予想していた通りヒュージキャノンでした。ただ、盛大に設定を盛らせて頂きました。あの設定なら、「全てを焼き尽くす」というオーバードウェポンのキャッチコピーに偽りなしかと思います。
お楽しみ頂けたなら幸いです。
なおひじょぉぉぉぉぉぉにどうでも良い話ですが、ミャンマーで晶くんが助けたのはクラスメイト&美人教師でした。勿論、しっかりと記憶に焼き付けて、最高画質で記録もしている彼でした。
そして次回は、色々な後始末回となります。