インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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大変間が空いてしまいましたが、ようやく次のお話しをUP出来ました!!
今回のお話しは、学園ものではよくある「研修」についてです。
でも世界中から生徒を集めているIS学園だけに、ちょいと規模が大きかったりします。


第112話 1年次実地研修(前編)

 

 IS学園はISパイロットやメカニック、その他ISに関わる人間を育成する機関である。

 そして学園側は、学生の内に現場を知る事は、授業をより深く理解する手助けになると考えていた。このため学園では、1年・2年・3年のそれぞれで、カリキュラムに実地研修が組み込まれていた。

 各学年で研修内容は異なるが、基本的には幾つかのグループに分かれて、ISが配備されている現場で現役パイロットやメカニックなどから話を聞き、現場でISがどのように使われているのかを学ぶ、というのが主な内容だ。

 そんな研修が目前に迫ったとある日のこと。

 晶は織斑先生と、面談室で向かい合っていた。

 

「――――――ところで薙原。お前、研修で行きたいところはあるか?」

「随分唐突ですね。何かあったんですか?」

「お前が研修に来てくれるなら、旅費やホテル全て面倒を見る、という国や企業が沢山立候補していてな。正直学園側も困っている。なのでいっそのこと、お前に選んで貰おうと思ってな」

「あーなるほど」

 

 そのまま暫し考え込む晶。

 実を言うとこの研修、研修先が日本国内とは限らないのだ。本人の語学力は考慮されるが、世界中から生徒を集めているIS学園だけに、海外も研修先のリストに含まれていた。そして企業は、そこに目を付けていた。

 この研修を上手く使えば、2人もセカンドシフトさせている晶を、穏便かつ合法的に招く事が出来る。

 このため研修先の決定権を持つIS学園に対して、熾烈なアピール合戦が繰り広げられていた。その結果が、先の織斑先生の言葉である。だが意外な事に、裏側での暗闘、というのは殆ど発生していなかった。

 確かに企業の人間は当初、どんな手段を使ってでも招く気でいたのだが、あるビジネスマンがふと気付いたのだ。

 

 あの天災が、自身の切り札(NEXT)の研修先について何も調べないなど、あり得るだろうか?

 

 答えはNOだろう。

 確実に調べるはず。その時に、表沙汰に出来ない事まで知られるのは非常に都合が悪い。そして束のリサーチ能力を知らない者などいない。裏側にドップリ浸かっている人間ほど、彼女のリサーチ能力の高さは良く知っている。

 このためアピール合戦は、比較的穏便かつ常識的な範囲内で行われていた。

 なお本人は知らぬ事だが、如月やデュノアは立候補していなかった。既に関係が出来ているため、無理をする必要が全くないのだ。むしろ両企業は、この際に他をじっくり見学して貰って、後で話を聞かせて貰おうとすら考えていた。

 

「そうですね………。あっ、その前に、他の専用機持ちに同じような話ってないんですか?」

「例年他国の専用機持ちは、その国の企業で研修することが多い。まぁ専用機の機密レベルを考えれば当然とも言えるが」

「確かに。なら所属の決定していない一夏や箒は?」

「揉めに揉めているが、恐らく日本だろう。外国勢は「最高の警備体制を約束する」と言っているが、束がそれを信用する事は無いだろうな」

「あれ、日本って信用されているんですか?」

「日本が、というよりは更識が、だな。お前のお陰で、2人の仲は良好みたいじゃないか」

「俺の前だと喧嘩ばかりですよ」

「アイツが他人と喧嘩すること自体、私にとっては驚きだよ。――――――で、話を戻そうか。お前はどうしたい? 学園としても余程おかしな希望でない限り、お前の意向には配慮する方針だが」

「嬉しい話ですが、どこをどう選んでも波風立ちそうな気がしますね」

「気のせいではないな。何せお前の研修先に選ばれたとなれば、それなりの箔になる。来て欲しい輩は多いぞ」

「たかが一学生の研修先に、大袈裟な話です」

「そう言うな。2人セカンドシフトさせているという事実は、それだけ重いんだ」

 

 織斑先生の言葉に、晶は困ってしまった。

 この分では研修に行ったとしても、学生ではなく指導者として扱われる可能性が高いだろう。

 

(困ったな。本当に何処を選んでも、面倒臭い事にしかならない気がするぞ)

 

 しかしサボる訳にもいかない。進級の為の単位取得に必要な研修だからだ。

 

(いや、待てよ………)

 

 ここで晶は、ふと思った。

 何も無理に選ぶ必要は無いのではないだろうか?

 他の専用機持ちが機密レベルの関係で自国の企業で研修を受けるなら、NEXTだって同じ理由が適応出来るはずだ。

 晶は暫し考え、ものは試しと尋ねてみた。

 

「分かりました。ところで先生、仮にですが、カラードで研修って可能だと思いますか?」

「無理だろうな」

 

 即答だった。

 

「理由を聞いても?」

「勿論だ。まず第一に、お前の会社にはISが無い。この時点で大きなマイナスだ」

「腕の良いパイロットならいますよ」

「ああ。だが元裏社会の人間で、お前の会社で更生の為に働いている人間だ。どう考えても研修先に相応しいとは言えないだろう」

「やっぱり駄目ですか。これなら面倒事を避けられると思ったんですが」

「それが可能なら、こちらから提案しているさ」

 

 再び考え込む晶。

 それを見た織斑先生が、一つ提案してきた。

 

「薙原。もしお前が良ければだが、ドイツはどうだ? 昔私が教官をしていたから、あそこなら色々と伝手がある。万一何かあった時も、サポート出来ると思うが」

「なるほど。その方が面倒が無さそうですね」

「おや、素直だな」

 

 織斑先生が意外そうな表情を浮かべながら言うと、晶はふかーーーーーい溜息を吐きながら答えた。

 

「それだけ面倒臭そうってことです。ところで、一つ確認しても良いですか」

「なんだ?」

「さっきの沢山立候補した国や企業の中に、ドイツはありましたか?」

「無いな。政府は元より、ドイツ系企業もだ」

 

 これも即答だった。

 つまりドイツとしては、余り来て欲しく無いという事だろう。

 

(今までの事を考えれば仕方が無いか)

 

 だが、考えを翻す理由にはならなかった。むしろ今までの事がある分、面倒事は全力で排除してくれるだろう。

 

(そう考えれば、悪くない話だな。それに黒ウサギ隊もいるなら、研修中カラードも連れて行って模擬戦とかさせてみるか。特殊部隊とやれる機会なんてそうは無いだろうし)

 

 ドイツの人間が聞いたら全力で遠慮するところだが、晶にとってはこの上ない名案に思えた。

 

「では先生、研修先はドイツでお願いします」

「分かった」

 

 こうして晶の研修先が決まり、その数日後、伝えられたドイツ本国では――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「そ、それは本当なのか!?」

 

 ドイツ政府内のとある会議室。

 そこで2人の高官が話をしていた。

 片方には驚きの表情が浮かび、信じられないという思いが見てとれる。

 

「本当だ。つい先日、IS学園から打診があった。ブリュンヒルデ(織斑千冬)の名前でな」

「我が国は、彼の研修先に立候補していなかったはずだが?」

「逆にそれが目を引いたようだ。昔の件があるからな。ドイツなら全力で露払いをしてくれると思ったんだろうよ」

「受けるのか?」

「上は受ける方向で動いているようだ。というより受けなければ、痛くもない腹を探られかねん」

「そうだな。なら研修先は?」

「黒ウサギの一択だろう。一応良好な関係を築いているあそこなら、彼も無茶はしない………と、期待されている」

「後ろ向きな考えだが、確かに黒ウサギが適任か。しかし研修であれば、他の一般学生も来る。そちらはどうする気なんだ?」

 

 特殊部隊の基地には、外部の人間には見せられないものも多い。

 特に最新鋭装備を有する黒ウサギ隊の基地ともなれば、一般学生が気まぐれに撮った写真一枚の流出ですら問題になりかねない。

 その点を心配する高官だったが、解決策は既に用意されていた。

 

「研修を担当する黒ウサギ隊の人員には、期間中、国内演習場への移動命令が下る。併設されている基地は野戦用だから、必要最低限の設備しかない。これなら機密の心配は各段に減るだろう」

「なるほど、上手く考えたものだ。そして学生達にとってもIS運用部隊の行動を見れるのだから、研修目的にも沿っている」

「後は一応、彼と一緒に来るメンバーの背景を洗っておけば大丈夫だろう。まぁ、あの“天災”が、自身の切り札に同行する人間を洗っていないはずないと思うが、念には念を、だ」

 

 そう言いながら高官は懐から一枚の紙を取り出した。

 そこには――――――。

 

 班 長:薙原晶

 副班長:ラウラ・ボーデヴィッヒ

 班 員:相川(あいかわ)清香(きよか)

    :鷹月(たかつき)静寐(しずね)

    :四十院(しじゅういん)神楽(かぐら)

    :谷本(たにもと)癒子(ゆこ)

 備 考:研修期間と同じ日程で、カラード(PMC)が訪独するとの情報あり。

     黒ウサギ隊との模擬戦を希望しているとのこと。

 

 研修メンバーの名前が書かれていた。

 恐らく現段階でこれを情報屋に流せば、相当な高値が付くだろう。

 命と引き換えになるだろうが………。

 

「………流石に、他国の代表候補生をねじ込んでくるような真似はしなかったみたいですね」

「フランスとイギリスは、余裕の表れだろうな。研修先のアピール合戦に、一切参加している気配がない」

「中国は?」

「完全にもう一人(一夏)狙いだな。研修先も、恐らく日本だろう」

「中国にとっては苦渋の選択でしょうね。他国で自国の専用機持ちを研修させるなんて」

「仕方ないさ。織斑一夏と篠ノ之箒を海外で研修させる事に、束博士は絶対首を縦に振らないだろう。もしもその為の裏工作の素振りでも見せてみろ。どうなるかなど想像もしたくない。だから次善策で、同じ研修先にねじ込むだろうな」

 

 中国は面子に拘る国だが、あの“天災”を敵に回せばどうなるかが分からないほど、愚かでも無かった。

 彼女の鉄槌が振り降ろされたらどうなるかは、過去のドイツが証明しているのだから。

 勿論、中には「自分なら大丈夫」と思っている者もいたが、そんな人間がどうなったかは………闇に堕ちた者のみぞ知る、というところだろう。

 

「確かに。でもまぁ、他国の事はどうでも良いさ」

「だな。こちらはこちらの仕事をしよう」

 

 2人の高官が、互いに肯く。

 薙原晶への対応は、彼が厄介事に巻き込まれないようにする、という一点に尽きる。

 色々と考えなければならない事は多いが、目標が明確な分だけ、行動方針が立てやすいのが救いだろう。

 だが問題は、もう1つあった。

 

「しかし、カラードも来るのか」

「ああ、厄介な事にな………」

 

 高官達の表情は、明らかに歓迎していないものだった。

 確かにカラードの主力3人は、元IS強奪犯。来ると言われて手放しで喜べるような相手ではないが、今は首輪により、万一の時は即座に処理可能な駒でしかない。

 よって2人が心配しているのは、破壊活動やスパイ活動といったものでは無かった。

 

「カラード経由でNEXT(薙原晶)に接触しようとする奴、絶対出るよな?」

「卵を落としたら割れるくらい確実にな」

 

 ここで高官達が気にしているのは、カラードが真っ当な民間軍事企業(PMC)として活動している、という点だ。

 つまりドイツ政府は、余程怪しい人間でない限り、カラードと第三者の接触を止められないということだ。

 これでは幾ら晶の周囲から厄介事を排除したところで、カラード側から厄介事を持ち込まれてしまう可能性を排除出来ない。

 それが高官達の心配事だった。

 

「………まぁ、こればっかりは相手次第だ。だが一応、注意喚起の文章だけは送っておこうか」

「そうだな」

 

 こうしてドイツ高官が動き始めた頃、IS学園では――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 研修に向けて、各教室でオリエンテーションが始まっていた。

 そして1年1組の教壇に立った織斑先生は、生徒達の視線が集中するのを待ち、口を開いた。

 

「――――――さてお前たち、同じ班員が誰なのかは把握したな。ではこれ以降の行動は全て班単位で行う。全員速やかに班長の元に集まれ」

 

 こうして研修用に分けられた班は、次のようになっていた。

 

 第1班(研修先:日本国内)

  班 長:織斑一夏

  副班長:篠ノ之箒

  班 員:4名

 

 第2班(研修先:ドイツ)

  班 長:薙原晶

  副班長:ラウラ・ボーデヴィッヒ

  班 員:4名

 

 第3班(研修先:フランス)

  班 長:シャルロット・デュノア

  副班長:岸原(きしはら)理子(りこ)

  班 員:5名

 

 第4班(研修先:イギリス)

  班 長:セシリア・オルコット

  副班長:(かがみ)ナギ

  班 員:5名

  

 第5班(研修先:アメリカ)

  班 長:国津(くにつ)玲美(れみ)

  副班長:宮白(みやしろ)加奈(かな)

  班 員:5名

 

 この班分けにクラスメイト達が、何者かの意図を感じなかったと言えば嘘になるだろう。

 しかし表立って文句を言う者はいなかった。特に所属問題が絡む第1斑の一夏と箒については、誰に言われずとも生徒達は理解しているようだった。が、第2班については――――――。

 

「センセー。2班で晶くんとラウラさんが一緒なのはどうしてですか? どちらかが5班の班長をしても良いと思うんですけど」

「尤もな質問だな。それについては………そうだな。厄介事を避けるため、としか言えんな」

「どういう意味ですか?」

「言葉通りだ。簡単に言うとだな、薙原の研修先に立候補したところは沢山あるんだが、一番学習に適した条件を出したのがドイツだった、という訳だ」

 

 ものは言い様であろう。

 ドイツは立候補などしていないし、条件も提示していない。むしろ来ないで欲しいと思っていたが、過去の経緯から、全力で面倒事を排除せざるを得ない。

 

(まぁ対外的に見れば「上手くやった」という事なんだろうが、複雑な気分だな………)

 

 ラウラは敬愛する織斑先生の話を聞きながら、そんな事を思っていた。そして話は更に続いていく。

 

「………とは言っても、何か便宜を図ってもらうという訳ではない。群がる有象無象からそいつを守り、勉強しやすい環境を提供する、と言うだけの話だ。――――――決して、薙原と同じ班だから楽な研修になるとか、そういう訳ではないからな」

 

 便宜や条件と言った言葉に楽な研修を想像した班員達だったが、淡い期待はすぐに打ち砕かれてしまった。尤も、本気で期待している者などいなかったが。

 

「さて、それでは研修の本格的な説明に入る前に、専用機持ち以外に渡しておく物がある」

 

 そう言って織斑先生は、持ち込んでいたダンボールから、アナログの腕時計を1つ取り出した。シンプルなデザインの、女の子なら誰でも持っていそうなものだ。

 

「これは見た目は只の腕時計だが、中身はGPS発信機及び、学園直通の無線機になっている。勿論完全防水だし、パワードスーツで踏んでも壊れない程度には頑丈だ」

「先生、何でそんな物が配られるんですか?」

「未成年の学生達が学園外に出て研修をするんだ。万一の為の用心だよ。――――――もしもお前達が迷子になっても、すぐに場所が分かるようにな」

 

 織斑先生は珍しく冗談めかして言ったが、実を言うと九割がた本音だった。

 何せIS学園と言えば、世界に名だたる有名校。しかも美少女揃いで将来のエリート達。

 研修地の安全性は充分に考慮されているが、それでもIS学園の生徒というステータスは、良からぬ輩を引き寄せてしまうかもしれない。そのための備えだった(なお口の悪い者は過剰な配慮というが、IS学園は頑なにこの方針を堅持していた。世界中から生徒を集めているIS学園にとって、備えを怠った結果の事件・事故など、悪夢以外の何ものでもなかったからだ)。

 そうして時計が配られた後、織斑先生は研修の説明を始めた。

 

「研修資料にもある通り、今回の研修目的はISの使用現場を知る事にある。とは言っても、1年生の研修で難しい事は考えなくて良い。正規パイロットやメカニックから話を聞いて、現場での注意点などを学べればそれで充分だ。簡単だろう?」

 

 この話だけを聞けば、とても簡単な研修に聞こえるだろう。

 しかし様々な事が起きる現場での注意点となれば、知らなければいけない事は多岐に渡る。

 加えて研修中正規パイロットに「~について調べてきて」と言われれば、生徒は調べてレポート等の形で提出しなければならない。

 つまり生徒達としては、素直に肯く事など出来ないのだ。

 こうして研修に関する様々な事が説明され始め、翌週から1年生の面々は、それぞれの研修先に向かう事になるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして翌週、ドイツ。

 夕刻に引率の先生や他クラスのドイツ研修班と一緒に、研修先のオンボロ基地に到着した晶達第2班は、ブリーフィングルームでクラリッサ・ハルフォーフ大尉から研修の説明を受けていた。

 

「さて、君たちはこれから4日間ここで研修を受ける訳だが………まず初めに問おう。君達はISを扱う上で、大事な事は何だと思う?」

 

 いきなりの質問に、生徒達は互いに顔を見合わせた。

 授業で習った事は沢山ある。安全確認、確実な整備、パイロットやメカニック間の十分なコミュニケーション等々。

 だがそれらが求められている答えではないと、多くの者が察していた。

 故に、どこからも答えはでなかった。

 

「答えられる者は………いないようだな。なら、恐らく最も理解が深いであろう者に答えてもらおうか。薙原晶(NEXT)、君の答えは?」

「奪われないこと。ISはその隔絶した性能故に、常に悪党に狙われている。そして万一心無い者の手に落ちれば、大量破壊兵器と化す。だが逆に、ちゃんと使ってやればとても役立つ代物だ」

「そうだな。今、彼が言った通りだ。ISを使う現場で最も気をつけるべきは、ISの略奪だ。無論この答えは、安全を蔑ろにして良いという意味ではない。現場においてISを安全に運用するとは、十分な整備や安全確認がされ、その上で略奪されないということだ。まずは、それを覚えておいて欲しい」

 

 現場を知る者(クラリッサ)の言葉に、生徒達の表情が引き締まる。

 研修に来た、という実感が湧いてきたのだろう。

 そしてこの後は、明日から始まる研修の注意事項と、使用する宿舎についての説明を受けて、解散となったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その夜。

 晶達第2班の面々は、割り当てられた大部屋で、明日からの研修について話していた。

 

「ねぇねぇ。明日からの研修、どんな事をすると思う?」

 

 兵士の宿舎らしい簡素なベッドに腰掛けながら、相川清香が口を開いた。

 

「ん~研修要項を読む限り、ISパイロットから話を聞いて、実際に動かすところを見学して、私達が大事と思った事をレポートにするっていうのが基本的な流れみたいだけど………」

 

 答えたのはクラス一のしっかり者、鷹月静寐。だがその言葉の歯切れは悪く、視線がチラリと、晶とラウラを捉えていた。

 何せこの2人がいるのだ。普通の研修になるかどうかは、とても疑わしい。

 

「研修要項から大きく外れることは無いと思いますよ」

「その心は?」

 

 その話の流れに乗ったのは、四十院神楽。聞いたのは谷本癒子だ。

 

「研修要項は「こういう研修を行います」という決まりごとですから、ルールを厳守する軍人さんが、そんなに外れた事はしないでしょう」

「でもでも、先輩から聞いた話だと凄く怖い人もいるって」

「そればかりは実際に研修に入ってみないと何とも。ただ織斑先生の話が本当なら、晶さんのいる班に、滅多な事は言わないでしょう。――――――どう思いますか、ラウラさん」

 

 話を振られたラウラは、「そうだな」と前置きしてこたえた。

 

「四十院のいう通り、滅多な事は言わないだろう。だがそれが緩い研修とイコールではないぞ。元隊長として言わせて貰えば、1年生の研修範囲でも、やろうと思えば十分に搾れるからな」

 

 不吉な言葉に震え上がる面々。

 だがそこで、晶が口を挟んだ。

 

「ラウラ、あまり脅すな。緊張させて良い事なんてないぞ」

「適度の緊張は、訓練に欠かせない大事な要素だ。いつもお前がやっている事だろう」

「今回それは、向こう(黒ウサギ)の役目だろうに」

「確かにそうだな。が、それを抜きにしても我らが班長殿はクラスメイトに甘いからな。代わりに引き締めを図っただけのことだ」

「気遣いありがとう。でも初日の夜くらいはゆっくりしないか。今から色々気にしても仕方がない」

「ふむ。それもそうか」

 

 そうしてラウラが話を終えようとしたところで、今度は相川が口を開いた。

 

「ねぇ、ラウラってもしかして、研修の事に詳しいの?」

「詳しい、というほどではないが、立場上知っている事は多いな」

 

 すると相川はラウラにススーッと近づき、ガシッと両手を掴んだ。

 

「お願い!! 色々教えてちょうだい!!」

「班長殿はゆっくりしろとのことだが?」

「それはそれ、これはこれ。不安にならない範囲で、何か参考になるようなことを、ね」

 

 同性相手には無意味な行動だが、相川の上目遣いに、ラウラは「どうする?」とばかりに晶の方を振り返った。そして肩をすくめるという返答を、彼女は最大限好意的に解釈した。

 

「分かった。研修に差し支えない範囲で教えてやろう」

 

 こうしてラウラは班員達に、研修のちょっとしたコツのようなものを教えていった。

 彼女にしてみれば初歩の初歩。大した内容ではなかったが、初めての研修となる一般生徒達にとって、その内容は後日大いに役立つ事になるのだった。

 なお非常にどうでも良い事だが、室内にいる班員達の姿はホットパンツにキャミソール等々、IS学園の寮にいる時と同じくとてもラフなもので、一夏の親友(五反田弾)あたりがこの場にいれば、血の涙を流しそうな光景であったという――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、黒ウサギ隊基地は緊張感に包まれていた。

 と言っても、何か問題が起きた訳ではない。単純にカラードとの模擬戦があるからだ。

 予定されている戦闘は1回。晶が研修を受けている期間中に、カラードが黒ウサギ隊基地を襲撃する、という極めて実戦に近い形式で行われる。

 そして本模擬戦のルールは単純明快であった。

 黒ウサギ隊は襲撃してくるカラードから一定時間基地を防衛する。或いはカラード全機の撃破。

 カラード側は基地の固定目標(司令部・レーダー施設・格納庫)の破壊判定を出すこと。

 なおその他に特別ルールとして、ISが戦闘に参加した時点で、陽動成功という意味でカラード側の勝利とされていた。つまりクラリッサは、指揮官としてしか戦闘に加われないということだ。

 

「………いつ来ると思う?」

 

 研修生への話を終え基地に戻ったクラリッサは、隣に立つ副官に問いかけた。

 

「早い内に、と予想します。セオリー通りならタイムリミットギリギリを狙う。或いは警戒ラインを何度もかすめて出撃を繰り返させ、こちらを消耗させるでしょう。ですがカラードの面々には、とても享楽的な面があると聞いています」

「つまり?」

「模擬戦なんてとっとと終わらせて、残りは休暇に当てるのでは、と予想します。――――――並の腕ならふざけた行為ですが、元裏社会のIS強奪犯なら、それでも我々と張れるでしょう」

「攻め方の手の内を見せたくない、とも取れるな」

「それもあるかと。従って、今回は正攻法でくるかと思われます」

「よかろう。ならば挑発してやろうじゃないか」

 

 そう言ったクラリッサは、命令を下した。

 

「警戒ラインとスクランブル要員の数を通常レベルに戻せ。コソ泥に正規軍最精鋭の実力を見せてやろう」

「良いのですか?」

「かまわん。復唱しろ」

「ヤヴォール。警戒ラインとスクランブル要員の数を通常レベルに戻します。――――――全員聞いたな!! ここでの敗北は、我々のみならず、ドイツ軍そのものに泥を塗る事になる。初動の遅れは許されんぞ!!」

 

 こうして黒ウサギ隊が動き始めた一方、襲撃側のカラードは――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 基地から離れたとある廃墟。その一室。

 部屋の中央に投影された空間ウインドウには、黒ウサギ隊基地とその周辺MAPが映し出されていた。

 視点は基地の直上からだが、基地上空を偵察機(ドローン)が飛べるはずもない。

 これは更にその上、偵察衛星からの映像だった。

 そして表示されているMAP情報に動きあったのを見て、首輪付きの1人、ユーリア・フランソワ(ハウンド2)は呟いた。

 腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性だ。

 

「へぇ、警戒ラインを下げたわね。随分と舐めた真似するじゃない。どうする?」

「模擬戦で手の内を見せる必要なんてないわ。軍人様が大好きな、教科書通りの強襲作戦で行きましょう」

 

 答えたのはエリザ・エクレール(ハウンド1)

 クセの無い銀髪のセミロングと切れ長の瞳が、見る者にどこか冷たい印象を与える女性だ。

 

「賛成。模擬戦なんか適当に終わらせて、後は休暇を楽しみましょう」

 

 最後に答えたのが、ネージュ・フリーウェイ(ハウンド3)

 腰まであるストレートブロンドに蒼い瞳。整った、清楚なお嬢様とも言える顔立ちとは裏腹に、戦闘とハッキングの2つを高レベルでこなすマルチプレイヤーだ。

 

「そのつもりだけど、ネージュ」

「なに?」

「今回、電子戦はほどほどにしておきなさい」

「勿論。こちらの上限を悟らせるような真似はしないわ」

 

 エリザの言葉に、ネージュは「分かってる」とばかりに肯いた。

 というのも、少数で動くカラードにとって、電子戦能力を正確に把握される事は死活問題に直結するからだ。

 そしてこういう情報は、一度他人に知れたらどこまでも広がっていく。

 故に全力は出さない、という方針だった。

 尤も――――――。

 

「代わりにユーリア」

「なに?」

「貴女には、派手に働いてもらうわよ。最近、社長が相手(模擬戦)をしてくれなくて欲求不満でしょ」

「その勘違いを誘う言い方を止めなさい。――――――で、私の役目は?」

「じゃぁ、これから作戦を説明するわね」

 

 エリザ(ハウンド1)が手元の端末を操作すると、MAP上の黒ウサギ隊基地が拡大表示される。

 

「まずユーリア(ハウンド2)の役目は、基地北西側の森を匍匐飛行(NOE)で突っ切って、そのまま基地を一撃。防衛部隊を屋外に引きずり出してもらうわ」

「夜間の森で匍匐飛行(NOE)って、相変わらず無茶振りね」

「出来ないの?」

「出来ないと思う?」

「まさか。任せたわよ」

 

 カラードで使用しているパワードスーツ(F-5)の最高速度は時速約100km。

 そんな速度で夜間の森を突っ切るなど、常人からしてみれば頭のおかしい行為だ。だが裏社会でIS強奪という、恐らく最も困難な仕事を遂行していた人間にとっては、今更の話だった。

 ユーリア(ハウンド2)は軽口を叩きながら、そのイカレタ行為を請け負う。

 

「次にネージュ(ハウンド3)。貴女の役割は2つよ。1つ目は突入したユーリア(ハウンド2)の支援をしてもらうわ。ただしエレメント(二機連携)は組まないで、後方からの遠距離攻撃限定」

「それだとユーリア(ハウンド2)がきついわよ。それに単機突入なんて、何かあると教えるようなものだと思うけど」

「別に良いのよ。ユーリア(ハウンド2)の役目は防衛部隊を屋外に引きずり出すだけ。その後は一目散に離脱してもらうんだから」

「じゃぁ2つ目は?」

「夜の闇と支援攻撃に紛れて、座標観測用のポッドを基地周辺に打ち込んでちょうだい」

「あ、エリザ(ハウンド1)悪い事考えてるわね」

「苦労は最小で最大の戦果を、教科書通りでしょ。――――――ポッドで座標を観測したら、後はガンヘッドの(ペイント弾に換装した)120mm砲撃とクラスターミサイルの斉射で終わり。固定目標にこれらを防ぐ術なんてないもの。反撃なんてさせる間もなく、模擬戦を終わらせるわ」

「もしも凌がれたら?」

 

 ネージュ(ハウンド3)の確認に、エリザ(ハウンド1)はクスリと笑いながら答えた。

 

「その場合は、素直に撤退戦ね」

「プランは?」

「ガンヘッドは自律モードで敵に突っ込ませて時間稼ぎ。撃破判定をもらうまで暴れてもらうわ。その間に私達は全速で離脱。ポイントαで再集合」

「「了解」」

「よろしい。では、始めましょうか」

 

 こうして晶達第2班が研修を受けている裏側で、カラードと黒ウサギ隊の模擬戦の幕が、切って落とされようとしていたのだった――――――。

 

 

 

 第113話に続く

 

 

 




以前からこういう研修ネタをやってみたかったのですが、このほどようやく書く事が出来ました。ちょいとばかり嬉しい作者です。

そして班分けは悩みましたが、今回の相棒はラウラさんと相成りました。
さてはて、この研修ではどうなる事やら、です。

ちなみにカラードVS黒ウサギ隊の模擬戦ですが、カラードの先制パンチで終わったりはしませんのでご安心を。

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