インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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少し蛇足のような気もしたのですが、折角イギリスにいるという事で、少しばかりセシリア&チェルシーさん周囲の掘り下げ回です。


第109話 イギリスを発つ前に

 

 オルコット家で数日を過ごした晶は、その中で、どうしても気になる事があった。

 

(………セキュリティ、薄いよなぁ)

 

 オルコット家に導入されているセキュリティシステムは、玄関や人の目の届き辛い場所に設置されているカメラの他は、窓ガラスが割られた時などに反応する警報機程度。普通の会社に設置されているような、極々一般的な警備システムと大差ない。プロが相手なら、気休めにもならないだろう。

 そしてチェルシー・ブランケットは、セシリアが最も大切にしている者の1人だ。

 

(セシリア本人のガードは固い。でもセシリアが大事にしている人のガードは薄い。――――――俺が悪党なら、絶対狙う)

 

 イギリス政府がブルーティアーズ・レイストームをどのように扱うつもりなのかは、晶の知るところではない。

 だがブルーティアーズ・レイストームはセシリア専用機(※1)であり、その性能は単体戦略兵器と言える程のものだ。

 何せ数多の敵の武装だけを撃ち抜ける、マルチロックオン精密誘導レーザーは、通常兵器に対して圧倒的な優位性を持つ。生身の人間が持つ銃であろうと、パワードスーツであろうと、戦闘機であろうと、戦車であろうと、戦闘ヘリであろうと、狙った相手の狙った部位に当てられるのだ。圧倒的な防御力を持つ巨大兵器か、レーザーを切り払えるISという、極少数の例外を除き、ブルーティアーズ・レイストームの攻撃は、決して避わせない魔弾の雨と同じなのだ。

 つまり多対一という状況下でも、相手を生かしたまま戦闘不能に追い込めるということ。

 セシリア・オルコットの“不殺”という願いを形にした超兵器だ。

 だが逆説的に言うならば、必中の命中精度を持つ誘導レーザーは、数多の人間を効率的に虐殺出来る力でもあった。

 加えて強化された通信能力と新たに構築された多目的オペレーションシステムは、味方機との効果的な連携を可能としている。ISという人間サイズの一個体が、戦闘艦に搭載されるようなイージスシステムを搭載している、と言えばイメージし易いだろうか。

 極端な例を挙げるなら、ISにより強化された思考速度と、セカンドシフトで強化された通信・管制能力を使えば、セシリア1人で艦隊規模の味方を統率できるという事だ。

 

(チェルシーさんを使えば、そんな単体戦略兵器(セシリア)を揺さぶれる。――――――って考える人間は絶対いるよな)

 

 晶にしてみれば、極々普通の発想だ。

 強い敵に正面から挑む必要など無い。攻略が難しいなら、相手が力を発揮出来ないようにしてしまえば良いだけのこと。精神的に揺さぶるだけで相手の調子を乱せるなら、幾らでもやるだろう。

 そんな事を思いながら、晶は両隣で眠る女性達を見た。右側にセシリア、左側に使用人(メイド)のチェルシーだ。

 今3人がいるのは、オルコット家当主の寝室。天蓋付きのキングサイズのベッドの上だ。

 全員生まれたままの姿で、抱き着かれている両の腕からは、柔らかく心地良い感触が伝わってくる。

 数時間前まで行っていた運動のせいか、その寝顔はとても穏やかだ。

 晶は更に思う。

 セシリアのウィークポイントに成りえるチェルシーの安全は、確実に確保したいところだ。だがチェルシーは一般人だ。カラードの連中のように、ある程度の装備を渡せば、自分の身は自分で守れる連中とは違う。

 加えて、日頃過ごしている場所が離れ過ぎている。片やIS学園、片やイギリスだ。これでは、何かあった場合に駆けつけるというのも難しい。

 一番安全なのは日本に来てもらって常にセシリアと一緒にいる事だが、彼女にはセシリアの実家を管理するという大事な仕事がある。現実的な案ではないだろう。

 

(困ったな。良い案が思いつかないぞ。何か、ないかな………)

 

 晶は2人が目覚めるまで、そんな事を考えながら過ごしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして時間は過ぎていき、朝食後のティータイム。

 結局良い案が思い浮かばなかった晶は、まずは2人と話をしてみる事にした。

 

「セシリア、チェルシーさん。ちょっと良いかな。少し、真面目な話がしたい」

「何かあったのですか?」

 

 尋ね返すセシリアを見た使用人(メイド)のチェルシーは、主の言葉を遮らないよう、彼女のやや左後方に控えた。

 

「いや、何かトラブルがあった訳じゃないんだ。ただ、ちょっと不安があってね。それを解消しておきたい」

「不安、ですか。どのような?」

「セシリア。IS学園に行っている間、チェルシーさんの安全確保ってどんな風に行われているのかな?」

 

 尋ねてから、晶は朝方考えていた事を話した。

 チェルシーを使ってセシリアを揺さぶるという、悪党の考え方だ。

 するとセシリアは何故か、嬉しそうに微笑んだ。

 

「チェルシーの事を、気にしてくれるのですね」

「当たり前だ。お前の大事な人だろう。彼女に何かあれば、お前が悲しむ。自分の手の届く範囲で潰せる不安要素は潰しておきたい」

「嬉しいですわ。私の事は気にしても、チェルシーの事を気にしてくれる人って、余りいなくて」

 

 そこでセシリアは紅茶を一口飲み、再び話し始めた。

 

「私が専用機持ちになって、関係者保護プログラムが使えるようになった時に、チェルシーにも護衛を付ける事が出来るようになりましたわ。担当はロンドン警視庁・特殊作戦部(日本の警備部に相当)。ただ私がセカンドシフトした事で、少し困った事になっていまして………」

「困ったこと?」

「はい。セカンドシフトするまでは、チェルシーが外出する時は女性のボディガードが同行する。他はこの周囲を定期的に巡回して、不審者がいたら取り締まる、という形でしたわ。ですがセカンドシフト以降、軍が警備に口を出し始めてきて、ついこの間など「警備は特殊空挺部隊(SAS)(※2)で行いたい。ついては屋敷内部に人員を常駐させたい」と言い出してきて………」

 

 セシリアの表情は、嫌がっているように見えた。

 だが、どんな理由だろうか?

 練度という一面だけを見るなら、特殊空挺部隊(SAS)(※2)はロンドン警視庁・特殊作戦部よりも遥かに格上だが………。

 

「セシリアは、今までの方が良かったのかな?」

「迷っていますの。チェルシーの安全だけを考えるなら、素直に特殊空挺部隊(SAS)にお願いするべきですわ。でも、特殊空挺部隊(SAS)に女性隊員はいませんもの。なのに、屋敷に人員を常駐させたいと言っていますのよ。何かあったらと思うと………。それに私自身、見知らぬ他人を屋敷に入れたくありませんもの。でもここで断って、万一があったらと思うと、どうしたら良いのか分からなくて」

「なるほど」

 

 聞き終えた晶は、暫し考えた。

 特殊空挺部隊(SAS)が介入しようとする理由も分からなくはない。セカンドシフト者に近しい人間という事で、警備レベルを上げたいのだろう。だが屋敷への常駐を許せば、チェルシーは1つ屋根の下で、見知らぬ男と常に一緒に過ごす事になる。いくら自国の人間とは言っても、男と女だ。万一の“間違い”を考えてしまうのも、仕方のない事だろう。

 そして仮に特殊空挺部隊(SAS)の提案を断った場合、警備は引き続きロンドン警視庁・特殊作戦部が行うだろう。しかし特殊空挺部隊(SAS)が、そう簡単に引き下がるはずも無い。現代に至るまで世界最強と評される特殊部隊の実力は、伊達ではないはず。態々格下の特殊作戦部に、最重要警護対象を譲ってやる理由はどこにもない。

 

(長引いて迷惑を被るのは、セシリアとチェルシーさんだ。なるべくなら短期間で、かつ遺恨の残らないように解決したいところだな………)

 

 晶の思考は続いていく。

 そうしてある程度考えが纏まったところで、再び口を開いた。

 

「セシリア、チェルシーさん。確認したい。屋敷への常駐は断りたい。チェルシーさんの護衛には女性が付いて欲しい。それでいて安全には万全を期したい。でもロンドン警視庁・特殊作戦部と特殊空挺部隊(SAS)を比べたら、女性のいない特殊空挺部隊(SAS)の方が実力があるから、どちらが良いか選べなくて困っている。――――――という事で良いのかな?」

 

 2人が肯くのを見て、晶は更に続けた。

 

「なら仮に、ロンドン警視庁・特殊作戦部が特殊空挺部隊(SAS)の強襲を防げるくらいの実力があれば、今まで通り特殊作戦部に護衛をお願いしたい、という事で良いのかな?」

「はい。出来れば今までの方にお願いしたいと思っています。ですが特殊空挺部隊(SAS)の実力は………」

 

 IS学園に入学する前の彼女であれば、ここまで両者の差を意識する事は無かっただろう。

 しかし自身が厳しい訓練を乗り越えてきた事で、世界最強と評される特殊空挺部隊(SAS)の訓練密度と実力を、自然と意識するようになっていたのだ。しいてはそれが、実力差の理解に繋がっていた。

 

「実力差があるのは分かっている。だからその分は、装備で埋める。これを見て欲しい」

 

 そう言って晶はテーブルの中央付近に、大きめの空間ウインドウを展開させた。

 画面に表示されているのは、タワー型デスクトップPCサイズの武骨な四角い箱と、直径20cm・高さ60cm程の円柱だった。武骨な四角い箱と円柱は、それぞれケーブルで繋がれている。

 

「これは?」

 

 セシリアが尋ねる。

 ISパイロットとして一通りの軍事知識を持つセシリアだが、表示されているものについては覚えがなかったのだ。

 

「これはカラードの元IS強奪犯(カラード3人娘)が、野営用に考案して、カラード内部で自作した警戒用ユニットだ。ユニットの構成は、四角い箱がサーバーユニットで、円柱状の物がセンサーユニット。搭載されているセンサーは、光学・熱源・振動・音響・ミリ波レーダーなどだな。――――――セシリアが認めてくれるならこれを屋敷に設置して、異常を感知した際には、特殊作戦部に警報がいくという風にしたい」

「詳しい性能が分からなければ、判断のしようがありませんわ。あと、とりあえず気になった事として、何故サーバーがあるのですか? 今言ったセンサー程度なら、サーバーユニットを用意する必要は無いと思うのですが」

「センサーとして稼働させるだけなら、確かに必要無い。だけどこれの優れたところは、事前に地形情報を読み込んでおけば、過去と現在の情報を比較して、移動した物体の有無を自動的に判定してくれるところだ。この機能だけでも、「隠れてこっそり屋敷に忍び寄る」という方法が使い辛くなる」

「センサーユニットが4つという事は、四方への配置を考えているのだと思いますけど、1つでも故障、或いは破壊されたら、大きな隙が出来てしまいませんか?」

「標準ではセンサーユニット4つだが、これは後から幾らでも増設可能なんだ。ちなみにサーバーユニットも、メインとサブの2系統があるから故障にも強い」

「では判定の頻度と精度は?」

「頻度は1秒毎でも1時間に1回でも、ユーザーの設定次第だ。精度についてだが、さっき言ったセンサーを全て同時に誤魔化さない限り、逃れるのは難しいかな。どれかのセンサーに反応があった時点で、他のセンサーも反応のあった場所を注視するから」

 

 尤も更識に配備されているパワードスーツ、“YF-23 ブラックウィドウⅡ”のステルスなら逃れられるが、存在そのものが秘密の為、今教える訳にはいかなかった。

 

「全てのセンサーが注視してしまうのでは、例えば犬などの囮でセンサーの注意を引き付ければ、容易く欺かれてしまいませんか?」

「同時補足数512。その辺りは大丈夫だと思うよ」

「では次の質問です。如何にセンサーが優れていても、チェルシーが扱えなければ意味はありませんわ。1日中サーバーの前にいる事など、出来ませんわよ」

「そこも大丈夫」

 

 言いながら、晶は画面を切り替えた。

 次に表示されたのは、イヤリング、ペンダント、ブレスレットなどのアクセサリーだ。

 

「この装備、元々はパワードスーツのパイロット装備(衛士強化服)で情報を受け取る事が前提だったんだけど、パイロット装備が使えない状況下もあるという事で、私服にも合わせやすい情報受信端末が作られたんだ。それがこれら。大人しいデザインだから、メイド服にも合わせやすいと思う」

「どのように使うのですか?」

「初期設定はサーバー側で作業が必要だけど、一度設定してしまえば、後は音声コールだけで使える。例えば「全体MAP」と言えば、予め設定しておいた範囲が簡易MAPとして空間ウインドウに展開されて、そこにセンサー情報が重ねて表示される。他には敷地内を予め区分けしておいて、「1番拡大」と言えば、区画1番を拡大して表示したりも出来る」

「凄いですわね。では、不審者を発見した場合は?」

「円柱のセンサーユニットには、センサーと連動した武装を取り付けられる。だけど一般人のチェルシーさんが使う事を考えると、殺傷能力のある武装はお勧めできない。強力な武装は、自分自身も傷つける事があるからね。だからゴム弾とか粘着弾、投網弾で襲撃者の足を鈍らせて、救援到着までの時間稼ぎを目的とした方が良いかな」

「銃が剥き出しですと、著しく景観を損ねると思うのですけど」

「オプションで武装は隠せるから、景観を損ねないように、家の置物に偽装できる」

「サーバー管理しているという事は、ハッキングの可能性も考えられますけど、その対策は?」

「サーバーとセンサーユニット間のやりとりは、無線2系統。有線1系統。どの系統でエラーが出ても、使用者にエラーメッセージが通達されるようになっている。それに時間毎に送受信用の暗号が切り替わるから、攻略するなら全系統を同時に攻略しないと気付かれる。加えて言うならサーバーのメインとサブは相互監視しているから、ハッキングで落とすならメインとサブも同時にやる必要がある。ハッキング対策としては、それなりのレベルだと思うよ」

「それなり………比較対象が無いと分かり辛いですわ」

「IS学園の電子防壁を抜けるくらいの奴が作って、作った当人がカラードの仕事で野営する時に使っている。と言えばどの程度か分かってもらえるかな」

 

 言うまでもなく、IS学園はISという超兵器を扱っている以上、セキュリティレベルは非常に高い。

 並の腕では、瞬く間にカウンターハックをくらってしまうだろう。

 そんな電子防壁を抜ける人間が、野営という危険なシチュエーションで命を預ける装備として使っている。この事実は、信頼性という点で非常に大きかった。

 

(性能的に問題は無さそうですわね。でも………)

 

 まだ1つ、大きな問題が残っていた。

 果たしてイギリス政府は、セカンドシフトパイロットの自宅に、元IS強奪犯が作り上げた物を置く事を許すだろうか?

 

(厳しい、ですわね)

 

 セシリアは、晶を信頼している。

 そして話を聞く限り、とても優秀な装備だ。これを使う事が出来れば、チェルシーの安全が護りやすくなるのは想像に難くない。

 だが信頼だけで、世の中が回っている訳ではないのだ。

 国がセカンドシフトパイロットの関係者と自宅を護るのに、元犯罪者が作った装備を使っているというのは、外聞として悪過ぎる。

 そんな事を思っていると、晶が再び口を開いた。

 

「まっ、セシリアの自宅に設置するとなると、色々クリアしなきゃならない問題が多いだろうから、とりあえず政府に2つ渡そう。1つは試験運用用。もう1つは解析用だ」

「解析!? 良いのですか。それはカラードの人達が、仕事の為に作った大事な装備でしょう。一度他人に渡して解析などさせたら、装備の欠点といった情報も必ず出回ってしまいますわ」

 

 思わず席から立ちあがってしまったセシリアに、晶は「ありがとう」と答えて続けた。

 

「ウチの社員、元犯罪者だけど心配してくれるんだ」

「今は貴方の大事な部下でしょう。それに、学園の役にも立っています。危険に晒して良い理由などありません」

「その点については大丈夫かな。ウチの社員は元犯罪者のせいか、装備が他人の手に渡る事を初めから想定している。後ね、この装備意図的に小型化してないから、パーツ換装しての性能向上が簡単なんだ」

「それは、つまり………」

「そ、バージョンが1世代違えば、性能がまるで違ってくる。古い攻略方法は使えなくなる。それに、流石に渡すのは最新型じゃない。セシリアの自宅に設置するのに相応しい性能への改良は、そちらでやってもらう。加えて言えば、後からバックドアを仕掛けられた、なんて難癖を付けられても嫌だからね。自宅に設置する前に、そちらで必ず解析してもらう。これなら設置するためのハードルは、大分下がるんじゃないかな?」

 

 セシリアにとって、全く不利な点の無い提案だった。

 事前に十分な解析が出来るなら、後は「どう使うか」という問題だけだからだ。

 極端な話、アイデアだけを貰って新規に作り上げたものなら、“元犯罪者が作った物を使用している”と非難される事もない。

 

「多分、それなら出来るかもしれませんわ」

「よし。なら後は――――――」

 

 続く言葉を、セシリアは遮った。

 

「ですがその前に、チェルシー。小切手を」

「はい。お嬢様」

 

 そうして、晶の前に小切手が差し出された。

 

「好きな額を書き込んで下さい。チェルシーの事をこれほど考えてもらって、何もしなかったのでは我が家の名を貶めてしまいます」

 

 すると晶は0を書き込み、差し出しながらこう切り出した。

 

「別に商売をしようと思ってした話じゃない」

「ですが………」

「建前が欲しいなら………そうだな。「こちらが試験運用を委託した」とでもしておこうか。これなら依頼を出したのはこっち。そっちは依頼された物を使ってみるだけ。で、使うにしても、どんな性能の物なのか分からないと使えないから調べると。完璧じゃないか」

「そういうのを詭弁と言いますのよ」

「なら正式採用された時に、そちらが値段を付けてくれ」

「分かりましたわ。びっくりしないで下さいね」

「受け継いだ資産は大事にな」

「それ、本当なら私の台詞ですわよ」

「違いない」

 

 この後、晶がイギリスにいる間は、何事もなく平穏に過ぎていった。

 護衛という建前はあれど、日中はセシリアやチェルシーと行動を共にし、夜はオルコット家で、暖炉を3人で囲んで穏やかな時間を過ごす。彼女たちはかつて失った生活を、一時とは言え取り戻していたのだった。

 しかし彼がイギリスを発ち、入れ替わるようにカラードから警戒用ユニットが届くと、にわかに騒がしくなり始めた。

 当初の予定通り、1機は政府での解析作業に回された。こちらの方は、想像以上の性能と使い勝手の良さに驚きこそされ、順調に進んでいた。

 騒がしくなったのは、特殊空挺部隊(SAS)の方だ。

 ことの発端はオルコット家の警備権をかけて、ロンドン警視庁・特殊作戦部と特殊空挺部隊(SAS)が勝負をした時のことだ。

 勝負のルールは簡単だった。

 場所はオルコット家を模したキリング・ハウス(部隊の訓練用の家)。そしてハウスには警戒用ユニットが設置されていて、中にはチェルシーが1人で待機している。そのハウスを特殊空挺部隊(SAS)が強襲。離れた場所にいるロンドン警視庁・特殊作戦部が異変を察知して救援に駆けつけるまでに、チェルシーが確保されたら特殊作戦部の負け、確保できたら特殊空挺部隊(SAS)の勝利というものだ。

 結果は10戦1勝9敗。9敗が特殊作戦部だ。

 余人が見れば、特殊空挺部隊(SAS)の圧倒的な勝利だろう。

 だが当人達にとっては、とても納得出来るものではなかった。

 何故なら、1戦目を敗北しているからだ。

 特殊部隊の任務に、同じ状況など存在しない。任務の全てが真剣勝負であり、本来なら2戦目などあり得ないのだ。また勝利した時も、想定した時間を遥かに超えて粘られている。

 この結果は、いたく特殊空挺部隊(SAS)のプライドを傷つけた。

 しかしここで禍根を残すのは、後のためにも良くない。

 そしてこんな時のために、セシリアは少しばかり晶と相談して、仲裁案を用意していた。

 勝負が終わった後、彼女はこう言ったのだ。

 

「やはり、警備はこのまま特殊作戦部にお願いしようと思います。ですが最精鋭の名に恥じない実力を見せてもらいました。ですので、1つ提案をさせて下さい。特殊作戦部の方々へのご指導をお願い出来ませんか。貴方たちのような実力者にご指導頂けるなら、彼らはその実力をより伸ばしていけると思うのです。また鍛えて頂いた人材は、今後各所で活躍出来る有望な人材になっていくでしょう。お手数とは思いますが、どうかご一考頂けませんか」

 

 他の者が言えば、断られていたかもしれない。

 だが名門貴族の当主にしてセカンドシフトパイロットが、深々と頭を下げながら頼むのだ。

 断れる人間が何人いるだろうか。

 彼女のこの行動により、オルコット家の警備を巡る問題は、遺恨を残すことなく収束する事となった。それどころかこの件が切っ掛けとなり、両者の人材交流がスタートするのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少しだけ巻き戻る。晶がイギリスを発った当日の夕方。

 貴族のマナーではないが、セシリアはチェルシー(使用人)と一緒に夕食を摂っていた。

 身分に五月蠅い客人がいる訳でもないのだ。家族(チェルシー)と別々に食事をする理由は何も無い。

 そしてセシリアは、ふと思い出したかのように口を開いた。

 

「そうだわチェルシー。言っておこうと思っていた事があるの。晶さんが泊まっていた部屋。あそこは晶さん専用にしておいて。まず無いと思うのだけど、誰か客人が来ても入れてはダメよ」

「勿論です。なにせお嬢様の旦那様に、私のご主人様になる方のお部屋ですからね。他の人なんて入れません」

「良かった。同じ考えだったのね。それにしても、随分嬉しそうね」

「会う前は、どんな人か分からなくて不安だったんですよ。でも話してみたら気さくな方で、お嬢様の事をとても大切にしてくれているじゃないですか。それどころか、使用人(メイド)の私の事まで気にかけてくれている。今までそれっぽい事を言う人は沢山いましたけど、ここまで行動で示してくれた人はいませんでしたから」

「そうね。私もチェルシーの事を、あんなに気にしてくれるとは思っていなかったわ」

「あの人にしてみれば、あくまでお嬢様の安全確保の一環のようですけど」

「ついでのように見られるのは、不満?」

「いいえ。お嬢様の安全確保のためとは言え、あれほど大事にされて嬉しくないはずがありません。それに先日の、小切手を出した時の断り方も良かったです。他のロクデナシ貴族共に、見習わせたいくらいですね」

「本当に高評価ね」

「はい。私としては、このまま是非旦那様になって欲しいと思っています。それに主が思いを寄せる人に抱かれても主が怒らないなんて、使用人(メイド)としては望外の幸運です。旦那様(晶さん)をお出迎えする時に、お嬢様と一緒に素直に喜べるんですから」

 

 世間一般の良識に当て嵌めれば、爛れた関係と言えるだろう。

 だが当人達にとっては問題で無かった。

 何せ主従共々仲良く美味しく頂かれてしまったのだ。今更何を問題にしろというのか。

 

「そうね。私も2人で喜べて嬉しいわ。でも、これからどうしようかしら」

「どう、とは?」

「だって、私はIS学園で毎日晶に会えるけど、チェルシーはそうもいかないでしょう。普段は学園にいるから、会えるのは基本的に夏と冬の休みだけ。しかも急な用事が入る事も多いから、確実に会えるとは限らない。下手をしたら年単位で会えないわ。チェルシーは、それでも良いの?」

 

 彼女は、返答に詰まってしまった。

 考えてみれば当然の事だ。

 薙原晶とチェルシー・ブランケットでは住んでいる場所が違う。世界が違う。

 まして使用人(メイド)の身で、主の手を煩わせるなど本来あってはならない。

 だがそれでも、一時身体を重ねてそれきりというのは嫌だった。

 始まりが肉体関係という不健全なものかもしれないが、折角の出会いなのだ。少しは夢を見てみたいというが、彼女の偽らざる本心だった。

 

「………その、出来れば、もう少し会いたいと思います」

「正直ね。なら主として応えないと」

「でも、その、良いのですか?」

「何が?」

「私が会いに行けるという事は、色々お嬢様の手を煩わせてしまうのでは………」

「そんな事、気にしなくていいわよ。だって、チェルシーが今まで私に、どれだけの事をしてくれたと思っているの? それを思えば、貴女が時々日本に来れるようにするくらい何でもないわ」

 

 彼は厳しくはあるが、情の深い人間だ。無茶な事さえ言わなければ、決してチェルシーを無碍にはしないだろう。

 そんな確信が、セシリアにはあった。

 また彼女は言葉にこそしなかったが、少しばかり腹黒い事も考えていた。

 チェルシーをダシにして、自分も会う(デート)時間を増やそうと思っているのだ。何せシャルロットの今までの態度やメールを思い返せば、自分は恐らく、かなり出遅れている。遅れを取り戻す戦力が必要だった。チェルシーが嫌がるなら決して使えない手段だが、彼女自身が会いたいと望んでくれるなら、何も気兼ねする事はない。2人で仲良くアタックするまでだ。

 

(でもそう考えると、生徒会長室に行くことが多いという事は、楯無会長とも? それに簪さんも、晶さんにすり寄っている事が多いような………)

 

 恐るべき女の勘というべきか。

 セシリアは晶の女性関係を、直感だけでほぼ正確に推測していた。

 そして推測したからこそ、大胆な手段に出た。セレブだからこそ出来る力技だ。

 

「だから、そうね。日本に1つ別荘を買いましょう。そして管理の名目で、偶に日本に来なさい」

「えっ!? で、ですがお嬢様。お屋敷の管理は?」

「最近は市販の物でも、性能の良いお掃除ロボットがあるでしょう。それを導入すれば、チェルシーの労力も大分軽減されると思うのだけど、どうかしら?」

「あの、良いのですか?」

「良いのよ。使用人(メイド)の労力を減らすのも、主の務めだわ」

 

 こうしてオルコット家は、テックボット(市販Ver)の導入を決定。ドラム缶型のボディに細いメカニカルな手を持つ可愛いロボットが、床掃除や窓拭き(※3)をするようになっていった。これによりチェルシーの屋敷管理の労力は大幅に減り、彼女は定期的に日本を訪れる事が出来るようになった。

 また日本の別荘にも同じタイプの物が導入され、長期不在の後でも最小限の掃除で、すぐに使える状態を保つ事が出来るようになったのだった――――――。

 

 

 

 ※1:ブルーティアーズ・レイストームはセシリア専用機

  セシリア専用機として進化しているため、セシリア以外ではまともに運用できない。

  (白式も一夏以外ではまともに運用できない)

 

 ※2:特殊空挺部隊(SAS)

  リアルで現存する特殊部隊の中では世界最強と評される特殊部隊。

  現在の各国に置かれている特殊部隊の手本となった。

  「特殊空挺部隊」と訳されるが、現在の兵科は空挺・海挺・偵察・山岳に分かれており、

  破壊工作や敵陣付近での軍用車による偵察活動だけでなく、イギリス国王など国内外の

  要人の警護、テロ行為に対する治安維持活動(北アイルランド)、および、人身および

  捕虜の救出作戦の実行など、幅広い分野で活躍している。(Wikipediaより一部抜粋)

 

 ※3:床掃除や窓拭き

  市販Verなので、調度品などの細かいところを行うのはとても苦手。

  指定された床の掃除や、窓・テーブルの拭き掃除と行った用途が主。

  細かいところは人の手が必要。

  でもこれのおかげで、チェルシーさん労力大幅減。

 

 

 

 第110話に続く

 

 

 




これで今後、チェルシーさんも(作者的に)登場させやすくなりました。

そして原作とはずいぶん雰囲気の変わってきたセシリアさん。
従者思いの貴族と感じて頂けたなら嬉しい限りです。

後は小道具としてテックボット久々の登場。
何故か満足感を覚える作者でした。

PS
 3月中は作者としてはとても更新速度が早かったのですが、4月からはまた月1~2回程度になるかと思います。

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