インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第11話 IS学園へ

 

「――――――は?」

 

 俺(=薙原晶)は、束博士が発した言葉が信じられず、思わずそんな気の抜けたような声を出してしまった。

 ここはフランス・イギリス・ドイツ3国合同演習艦隊旗艦、空母シャルル・ド・ゴール。その艦内格納庫。

 周囲には、ISの登場によって無用の兵器となったと思われている戦闘機やヘリ、及びその整備員やパイロットの姿が見える。

 だが今はどうでも良い事だ。

 問題は、周囲を完全武装のIS11機に囲まれているにも関わらず博士が言った言葉。

 

「薙原、聞こえなかった? ISを解除しても良いって言ったんだよ」

「護衛として、それは出来ない」

「大丈夫だよ。向こうがこちらを害する気なら、ここに来た時点でもう決着はついている」

「言い分は理解出来るが・・・・・」

 

 言葉を濁し、返答に困っているフリをしながら、コアネットワークを使って博士にコンタクト。

 

(博士。何を考えている?)

(色々。君の安全についてもだよ)

(何?)

(こういう事態になった以上、君が男であるというのはいずれ、必ずばれる。事実もうNEXTの正体に勘付いている人がいるんじゃないかな?)

 

 尤もらしい博士の言葉を裏付けるのは、ハイパーセンサーが拾い上げた周囲の情報。

 殆どの人間が俺と束博士の2人に注目している中、明らかに俺にしか注意を向けていない人間が1人。シャルロットだ。

 沈黙する俺に対して、博士はさらに言葉を続ける。

 

(だから今のうちに、君というカードを切っておく。そして日の光の下を歩けるようにする。これはささやかなお礼だよ)

(お礼?)

(君はアジトが包囲されたと知った時、迷う事無く駆けつけてくれた)

(借りを、いや恩返しをしようとしただけだ。貴女はこの世界で俺に生きる術をくれた)

(それでも、だよ。後は私に任せてくれないか。決して悪いようにはしない。それにこれは――――――)

 

 一瞬言いよどむ博士。

 だが、すぐに続く言葉が放たれた。

 

(――――――私の親友を守る為の布石でもあるんだ。君という人間を見込んで依頼したい)

(・・・・・卑怯者め。そんな言い方をされたら断れないだろう)

(存外甘いんだな。君は。異性には気をつけないと、小悪魔に引っかかるぞ)

(もう引っかかってる気がするのは気のせいか?)

 

 お互い表情には出さず苦笑。

 リアルでの会話に戻る。

 

「いや、分かった。貴女の決定に従おう」

 

 脳内でISに解除コマンド。

 全身を覆う装甲が緑色の量子の光に包まれ、分解されるように消えていくと、中にいた俺の姿が顕になっていく。

 そして光が消え去ると、静寂が格納庫を包む。

 

「ま、まさか・・・・・・男」

 

 という誰かの声に博士が、

 

「そうだよ。世界で2人目の男のIS操縦者。薙原晶」

 

 と答え、場所を譲るように一歩右にずれた。

 余程IS操縦者が男であるというのが衝撃的だったのか、沈黙が続いている中、俺は譲られた場所に立つ。

 ちなみに服装は、以前シャルロットに貰った黒いGパンにジャケット。白いTシャツという簡素なもの。

 

「故あって、束博士の護衛をしている薙原晶だ。見ての通り男だが、IS操縦者でもある。――――――そして、この場を借りて礼を言っておきたい。今回、そちらが理性的な対応をしてくれたおかげで、泥沼の状況にならなくて済んだ。ありがとう」

 

 こんな感じだろうか?

 人前で挨拶なんてそんなにした事が無いから、おかしくはなかっただろうか?

 そんな不安に駆られるが、

 

「こちらこそ、そちらの冷静な対応のおかげで無益な損害を出さずに済んだ。礼を言うのはむしろこちらの方だ」

 

 前に出てきて答えたのは、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。

 原作では間違った知識をラウラに教え込む困ったさんだが、こうして話していると出来る軍人にしか見えないから不思議だ。

 いや、時と場所が違えば人の見え方も違うのは当然か。

 

「さて、それじゃぁ偉い人のところに案内してもらおうかな。―――っとその前に」

 

 博士が前に出した足を止め、コアネットワークでコンタクトしてきた。

 

(ねぇねぇ。シャルロットって子は大事?)

(いきなり何だ?)

(ちーちゃんや箒ちゃん程じゃないにしても、それなりに可愛い子だよね)

(だから一体何が言いたい)

(だから、彼女が不幸になるような事があるとしたら、それをそのまま放って置くかって事)

 

 実のところ、この時点で原作知識から、男装してIS学園へ転入する事だと当たりは付けられるが、何故博士がそれを気にするのかが分からなかった。

 事情については俺と関係した時点で調べたんだろうが、確かこの人、身内以外はどうでも良いと思っている人じゃなかっただろうか?

 だがそれを口に出す訳にもいかないので、

 

(助けられる範囲でなら助けようと思う。流石に命懸けでとなれば、その時になってみないと分からない)

(うんうん。助ける意志はありと)

 

 何となく嫌な予感がするが、止めるよりも博士が口を開くほうが早かった。

 

「ああ、いたいた。えーと、そこにいるのはシャルロット・デュノア君だね」

「え? あ、はい!!」

 

 声をかけられるとは全く思っていなかったのだろう。

 裏返った声で返事をしている。

 が、そんな彼女の様子を気にする事もなく博士は近付いていく。

 

「君の事は薙原から聞いているよ。彼を助けてくれてありがとう。君の助けが無ければ、彼はここに来れず。私もまた、笑顔でこうしてここに立つ事は出来なかったと思う」

 

 シャルロットの手を両手で優しく包み込み、そんな事を話す博士の姿はとても絵になるのだが、内心を知る者としては違和感たっぷりだった。

 

(ここでそんな事を言っていいのか?)

(本気で聞いてるの?)

(一応目的は理解してるさ。彼女の不幸の原因が何であれ、この場であんな風に言ってしまえば、世界最高の頭脳とそれをガードする俺と知り合いって事になる。手を出そうって馬鹿はそうそういなくなるだろう)

(そういう事。それに今後、君とは長い付き合いになると思うからね)

(なに?)

(続きは後で話すよ)

 

 そうして二言、三言とシャルロットと話した博士は、近くにいたクラリッサ大尉に、

 

「そろそろ偉い人の所に案内してもらっても良いかな?」

 

 と話しかける。

 相手も待っていたのだろう。

 すぐに、

 

「ではこちらに」

 

 と答え歩みだす。

 俺は護衛っぽく、博士の右後方45度付近にポジション。

 強化人間の機能(脳内レーダー等)をフルに使い周囲を探るが、特に怪しい動きは見られなかった。

 そうしてそこから先、お偉いさんに対する説明は博士の独壇場だった。

 拉致された状況の説明から始まり、その後、すぐに途切れそうな細い回線を必死に確保して俺に出した依頼。奪われ、悪用されそうな研究を潰してもらっていた事。自身の救出を一番最後にしてもらっていた事等々。

 一部真実を混ぜてはいるが、作り話であるはずのそれらが、圧倒的な現実感をもって語られていく。

 正直、博士に加担していなければ、只の第三者だったなら疑いもせずに信じただろう。

 いや、それは正しくない。

 疑った結果、信じざるを得ないような壮大な作り話だ。

 

「――――――なるほど。よく分かりました。こちらでも確認を取りますが、状況的に見て嘘では無いでしょう。では、幾つか質問してもよろしいですか? 博士」

「いいですよ」

 

 お偉いさんが幾つか質問してくるが、そんな事でボロが出るはずが無い。

 が、次の質問で博士が固まった。

 否、悲痛な表情でこちらを見た。

 

「彼は、何者ですか? 既存ISを遥かに上回る超高性能機を自在に操る彼は? 薙原晶という名前について調べましたが、何処の国のデータベースにもそんな人間は存在していません」

 

 刹那の間に、コアネットワークを使い博士と相談。

 

(どうするんだよ)

(君の生まれを語ってくれればいいよ。メモリーには入っていなかったからね。でも正直に話したら、多分研究所行きだよ?)

(随分難易度の高い話を振ってくれたな。オイ)

(私が迂闊な事を言う訳にもいかないだろう? 何せ君自身に関わる事だ)

(やれやれ。俺は博士ほど口が上手くないんだがな)

(十分上手いと思うけど? マズくなったらフォローするから)

(頑張ってみるよ)

 

 内心の愚痴はおろか、あらゆる感情を出来るだけ表に出さないようにして博士の隣に並び立つ。

 まさか、こんなテンプレ設定を真面目な顔で語る日がくるとは思ってもいなかった。

 テンプレは物語で見るから楽しいんであって、本人になったら地獄だろう。

 

「―――当然だよ。この名前は名無しの俺に、博士がくれたもの。実験体になったその日に言われたよ。『お前の過去はもう存在しない』って、ついでに言えば、その後脳味噌を弄られてね。研究所に連れて行かれる前の記憶が無いんだ」

 

 俺の言葉に、この場にいる全員が凍りつく。

 万一の時、俺を取り押さえる為にいる11人のIS操縦者も含めて、意味が理解出来ない者など誰もいない

 

「でもその後の事なら覚えている。博士との出会いは、そう・・・・・あの時だ。NEXT計画最終段階。限界性能を調べる為、全てのリミッターが外された時を狙い、研究所を潰して逃げ延びた後の事だった。もうボロボロだったんだ。俺自身も限界。ISの生命維持機能も限界。もうすぐ死ぬって時に、世界中の組織から逃げ続けていた博士に出会って、助けられた」

「じ、実験体。研究って・・・・」

 

 誰かの言葉に答える。

 

「単純に言えば、人を強化する研究だ。毎回毎回、ご丁寧に研究員が説明してくれたよ。これから俺の身体に何をするのかを。と言っても、これじゃ何をしていたのか分からないか。少し具体的に話そう。俺に施されたのは、単純に薬物や暗示で人体を強化するようなものじゃない。もっと根本的な部分で人そのものを強化するものだ。内容は様々。機械信号を脳内で直接処理出来る特殊な脳内ネットワークの形成。全神経組織の超高速化。及びそれに伴う反射速度の向上と認識力強化。身体機能増強による代謝機能と対G耐性の強化。どこの軍隊でも一度は計画された事がありそうな話だろう?」

 

 ここで博士から、ネットワークでコンタクトがあった。

 

(喋り過ぎだよ。それじゃぁ君が――――――)

(ここである程度話をしておかないと、必ず貴女にNEXTを作れという話が行くだろう。その時貴女は断れるか? 断れば貴女は、世界に対する野心ありと思われるだろう。秘密は時に、いらぬ不安を煽るからな。そして貴女にその気がなくても、周囲にそう思わせるだけの力がアレにはある。違うか?)

(違わないけど・・・・・)

(それを防ぐ為には、あれが操縦者に何を要求する代物なのか、そして何より機体だけを作っても意味が無い事を理解させなきゃいけない)

(代わりに君が危険に晒されるよ)

(今更だよ。ついでに言えば全てを貴女に任せたとしても、関係者である以上、俺に飛び火するのは確実なんだ。ならこちらで主導権を握れるようにしておいた方が遥かに良い)

(・・・・・分かった。任せるよ)

 

 沈黙が続く中、俺は言葉を続ける。

 

「――――――話を続けよう。博士に助けられた俺だけど、残念な事に、もう戻る日常ってのが無かったんだ。分かってくれるかな? 個人データは無い。記憶も無い。過去も無い。無い無い尽くし。だから博士に護衛として雇ってもらったんだ。幸い、NEXT計画はそれだけの力を俺に与えてくれたみたいだからね。その後暫くして博士が連れ去られた後は、君たちが知る通りだ」

 

 周囲を見てみれば、涙ぐんでいるのが何人かいる。

 シャルロットはまぁ予想出来たが、クラリッサ大尉が涙ぐんでいるのが予想外だった。

 実験というあたりでラウラの事を思い出したのだろうか?

 しかし、こういう光景を目の当たりにすると良心が痛む。

 100%作り話だからな。

 だがここで気を抜く訳にはいかない。

 肝心のNEXTについて話しておかなければ。

 

「そして、君たちが一番気にしているだろうNEXTについて話しておこう」

 

 一度言葉を区切り、全員の意識がこちらに向いたのを確認してから話を続ける。

 

「アレは、NEXTは、マシンマキシマム構想。つまり操縦者の事を全く考えず、機体の限界性能のみを追求して作られたものだ。当然、普通の人間には扱えない代物だ。だから研究者達は考えた。人で扱えないのなら、人以上のものに操縦させれば良いと。その結果が、俺に施された実験の数々だ」

「つまりアレは・・・・・」

 

 再び誰かが漏らした言葉に、俺は答える。

 

「そう。アレを使えるのは強化処置が施された俺のみ。そして、その強化人間を作る為の施設とノウハウを持つ者は、既にこの世にいない。博士は俺を助けた関係上、ある程度は知っているが、これに関しては決して口外しないで欲しいと言ってある。理由が分からない者は、この場にはいないと信じたい。だが、人が善意だけの生き物じゃないのは良く知っているからな。あえてここで宣言しておく。――――――俺の身に起こった事を繰り返そうとする輩がいたなら、俺はあらゆる手段を使って潰しにいく。組織も国境も国も関係無い。立ち塞がるものは全て粉砕してだ」

 

 静寂。誰も言葉を発しない。

 そんな中、一番先に口を開いたのは束博士だった。

 

「彼については、これで皆理解してくれたと思う。被害者なんだ。そこで私から提案なんだけど、彼の奪われた日常を、どうにかして返せないかな? 勿論、貴重な2人目の男のIS操縦者であり、単機最強戦力の一角たる彼の国籍は大きな問題なんだけど、幸い今は、それを先送りに出来る場所が、IS学園がある」

 

 周囲が一斉にざわつきだす。

 オイ待て。まさか親友を守る為の布石ってそういう事か!!

 気付くのが遅過ぎた。

 口を挟もうにも、既にそんな雰囲気では無く。

 ここで博士の言葉を否定するのは、色々な意味でダメージが大き過ぎる。

 何となく出し抜かれた感じがして悔しいが、受け入れるしかない状況だった。

 しかしそんな感情は横に置いといて、良く考えてみれば、これは俺にとってプラスではないだろうか?

 なにせ原作を知っている=原作にある事しか知らないだ。

 現実世界と似たような世界とは言っても、違う点は幾らでもあるだろう。

 それを知るのに丁度良い機会かもしれない。

 単純な武力だけで出来る事なんて、たかが知れている。

 なら学生の間に、他に出来る事を、武力以外に取れる選択肢を増やしておくのもいいかもしれない。

 こうして前向きに考えた俺は、IS学園へ通う話を受ける事にした。

 何回も読み直していたライトノベル『インフィニット・ストラトス』の舞台であるIS学園へ。

 

 

 

 序章終了。本章へ続く。

 

 

 

 


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