インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ふつーのキャンプの予定が………。


第102話 ラウラとのキャンプ

 

 IS学園でラウラを拉致ってキャンプに向かう(NEXT)は、飛行中、コアネットワークで束に連絡を入れていた。

 

(――――――という訳で、ちょっとキャンプに行ってくるから)

(うん分かった。良いよ。クラスメイトって大事だもんね)

 

 いやに聞き分けの良い返事が返ってくる。

 彼女はラウラの事を快く思っていないはずなのに何故か?

 それは、今日の夜の事情に関係していた。

 

(ちょっと晶!? 今日の夜は私と――――――)

 

 このコアネットワークに接続しているもう1人の人間、生徒会長・更識楯無が抗議の声を上げるが、その行為は束を喜ばせるだけだった。加えてこの上なく上機嫌な声で、正妻らしい正論を振りかざす。

 

泥棒猫(楯無)は黙ってなよ。せっかく晶が、クラスメイトと楽しい一時を過ごそうとしてるんだよ。仮にも正妻を目指しているお妾さんなら、笑顔で送り出してあげるのが正しいんじゃないかな? それとも、自信が無いの? 最近は妹共々盛っているようだけど)

(そ、それとコレとは別問題よ!! だいたい貴女だって、同じ事されたら怒るでしょう!!)

(ふふん。私の時に晶はそんな事しないもん。アレ? という事はやっぱり、泥棒猫(楯無)は愛されてないのかな?)

(そんな訳無いじゃない。この間だって色々と――――――)

 

 このままだと色々話が長引きそうだったので、晶は口を挟む事にした。

 

(楯無、すまないな。今度埋め合わせはするから。今は先に、こっちの問題を片付けさせてくれないかな)

(もう!! まぁ確かに、聞いた限りだとメンタルサポートが必要な感じみたいだし。良いわ。学園の方はこっちで処理しておくから)

(助かる)

(でも、埋め合わせは忘れないでね)

(勿論だ)

(サービスもね)

(分かってる)

(じゃあ行ってらっしゃい。――――――あと、引きこもり(束博士)

(なに?)

(無断外泊その他諸々色々あるんだけど、織斑先生への説明、手伝いなさいよ)

(え~~。やだよ面倒臭い)

(正妻でしょ。なら尻拭いも仕事の内じゃないかしら? あ、それとも正妻って口だけ? なら織斑先生と楽しいお話が出来そうね(に色々吹き込めそうね)

(こっ、この泥棒猫!! ちーちゃんに何を吹き込むつもりなのさ!!)

(あら、吹き込むだなんて人聞きの悪い。私はただ単に、「正妻さんがちゃんと面倒見てないから、晶くんが無断外泊なんて悪い事をするようになったんです」って言うだけよ。他にも色々と面白そうな話はあるし………。あ、やっぱり来なくて良いわよ。今忙しいんだもんね。束博士様のお仕事を邪魔するなんて、私にそんな事は出来ないわ。織斑先生には、私から、ちゃ~~~~~んとお話しておくから、何も心配しなくて良いわよ。お仕事頑張ってね)

(泥棒猫の分際で!!)

(何よ、引きこもり)

 

 2人がいつも通りのやりとりを始めたので、晶はこそっと通信を終えた。

 あの様子だと、暫くやりあってるだろう。

 そうして一息ついた後に視線を下に向けると、至近距離でラウラが睨んでいた。

 体勢はお姫様抱っこで、高度は約1万メートル。

 生身の人間にとっては命に関わる高度だが、気温や酸素濃度、有害な光線といったものは、ISのパイロット保護機能を拡大展開させればどうとでも出来る。なのでラウラが感じる気温や風は、地上にいるのと大差ないレベルだろう。

 そしてお姫様抱っこと言えば、首に手を回してもらって抱きついてもらうのが定番だが、今の彼女がそんな様式美を守るはずが無かった。

 むしろ胸元で腕を組み、更に足まで組んで、「私は不機嫌です」と全身でアピールしているくらいだ。

 

「不機嫌極まりない表情だな」

「攫われて機嫌が良くなるとでも?」

「極稀にいるんじゃないかな?」

「そんな奴がいるか」

 

 ラウラが付き合いきれないとばかりに顔を背ける。

 だが、晶は構わず話し続けた

 

「それよりも、首に手を回して抱きついたりしないのか?」

「お前、分かってて言ってるだろう。というか、私を物理的か精神的か社会的か知らんが、消す気なんだな? そんな体勢を束博士に見られたらどうなるか」

「うん。やらないって分かってて聞いた」

 

 完全に遊んでる晶の態度に、ラウラの額に青筋が浮かぶ。

 しかし怒らない。突っかかってもこの男を喜ばせるだけだ。

 だからなるべく平常心を保ちつつ、まずはこの体勢から脱出する事にした。

 

「とりあえず離せ。レーゲン(IS)を展開する」

「え? やだよ。展開したら逃げるだろ」

「残念極まりない事だが、お前と追いかけっこをしても勝てないからな。素直について行くよ」

「え~本当かなぁ?」

 

 明らかに不真面目で怪しさ全開の棒読みな台詞に、額の青筋が更に増える。

 だが怒らない。この男は遊んでいるだけなのだ。

 苦労して平常心を保ちつつ、会話を続ける。

 

「本当だ。だから離せ」

「いやいや。ラウラは今、寝不足で疲労困憊で目の下に隈が出来てフラフラだからな。優しく丁寧に運ぶべきだと思うんだが、どうだろうか?」

「拉致っておいて優しくも何も無いと思うが? それに本人が良いと言っているのだ。問題無いだろう」

「でもなぁ~。そう言って、何日徹夜したんだ? 2日? 3日?」

「………3日だ」

「そんな人間に単独飛行なんてさせられないなぁ。フラフラな人間飛ばせて、万一があったら困るからな」

「クッ、お前、こんな時ばかり正論を」

 

 恐らく誰しも、正論を言われて妙に腹の立つ経験をした事があるだろう。

 今の彼女はまさしくそんな心境だった。

 そんな中、NEXT()が高度を下げ始める。

 

「さて、一度監視の目を撒くかな」

「勝手にしろ。今の私は運ばれるだけのお荷物だからな。ただ、濡れないようにはして欲しいな」

「勿論」

 

 IS学園を出発してから、晶はステルス装備を一切使っていない。

 このため、ほぼ確実に衛星などから監視されているはずだった。だが2人の間に“どうやって監視の目を撒くのか”という会話は一切なく、ラウラは当然のように“濡れないようにして欲しい”という注文をつけた。

 それは2人が、極々自然に同じ方法を考えていたからだった。

 高度を下げたNEXT()は雲の中に突入し、まず衛星からの光学探査を無効化。次いで下降しながら、ISのパイロット保護機能を再設定。ラウラの周囲に海水を弾くフィールドを形成し、彼女を抱えたまま海に潜っていく。

 この方法なら特殊な装備を使わなくても、お手軽に雲隠れ可能という訳だ。

 

「鮮やかな手並みだな。私に見せても良いのか?」

「こんなの誰でも思いつく。特殊部隊なら、尚更じゃないのか?」

「違いない」

 

 この後しばらく海中遊泳をした2人は、日も暮れた夕闇に紛れ、日本国内のとある海岸から上陸した。そして川を遡り、山の中へと向かって行くのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして晶がキャンプに選んだ場所は、人の手が全く入っていない川辺だった。

 山の谷間で豊かな緑が生い茂り、MAP情報を確認する限り、周囲20km圏内には村も何もない。

 念の為にセンサーで周囲をサーチしてみるが、熊のような危険生物の動体反応はなし。川の中に幾つかある反応は魚だろうか? 既に日も落ちているので肉眼では見えないが、サーチ情報によれば水もかなり綺麗なようだ。

 

「よし、この辺にするか。おいラウラ、着い――――――」

 

 着いたぞ、と言おうとして下を見ると、少々予想外な事が起きていた。

 

「えっと、寝てる?」

 

 ラウラは誰がどう見ても、センサーでバイタル状況を確認しても、完璧に眠っていたのだった。

 そして眠るという行為は、人間が最も隙だらけになる場面の1つだ。軍人が信用できない人間の前で眠るなど、本来あってはならない事だろう。だが彼女は眠っていた。

 それは何故かと言えば、彼女のささやかな八つ当たりだったからだ。

 人が悩んで疲れてヘロヘロになっているところを傍若無人に拉致され、抵抗したら言葉遊びで翻弄され、しかも拉致った相手は悩みの原因()ときたものだ。

 ちょっとばかりストレスが溜まって八つ当たりしたくなっても仕方の無い事だろう。

 だが無理に逃げたところで、捕まると分かりきっている彼女は思ったのだ。

 

(どうにかしてこの男()を悔しがらせてやりたい)

 

 ここに来る途中の会話で、晶は敵意が無い事を示していた。束博士からの横槍が無い事も示していた。なら少なくとも今この場、この時に限って言えば、この身を害されることは無いだろう。

 そこでラウラは、ふと閃いたのだ。

 もしも今眠ったら、どうなるだろうか?

 この男は自分を抱えたまま立ち尽くし、1人退屈な時間を過ごす事になるのではないだろうか?

 折角キャンプに来たのに、自分を抱えたまま1人立ち尽くしているこの男の姿を想像するのは、とても愉快だった。

 現実になればもっと愉快だろう。

 

(………決めた。楽しい事なんてさせてやらない)

 

 だから彼女は、アッサリと意識を手放した。

 無防備な姿を晒す事に抵抗を感じなかった訳ではないが、この男()、暴力という一点については信用が置ける。何より殺る気なら、もっと確実に殺れる方法を取るはず、という奇妙な確信があった。

 こうして彼女はNEXT()の腕の中で、眠りについていたのだ。

 そして一方、晶はというと――――――。

 

(おいおい。まさかこの体勢で寝るとは思ってなかったよ………)

 

 ラウラの予想通り、彼女を抱えたまま立ち尽くしていた。

 一応“休ませる”という目標はこれで達成している事になるのだが、この敗北感はなんだろうか?

 彼が思い描いていた予定では、色々とキャンプならではの遊びをして、疲れ切らせて休ませる――――――という予定だったのだが、一歩目でいきなり躓いてしまった。

 

(しかもこんなに熟睡しやがって。休ませるっていう目的が無かったら即叩き起こしてるんだが………ここで起こすのは色々と負けな気がする)

 

 仕方なく彼は、彼女を抱き抱えたままその辺りの岩に腰を下ろし、そのまま一晩を過ごすのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――翌朝10時。

 

「ん、ん~~。良く寝た。ああ、おはよう。ベッド役ご苦労」

 

 雲一つ無い青空の下、伸び伸びと両腕を伸ばしたラウラは、如何にもワザとらしい態度で口を開いた。

 

「お前、やっぱりワザとか。というか拉致った相手の腕の中で寝るとか、どんな神経してるんだよ」

「世界一安全な場所だろう? それとも何か? お前は寝ている相手の寝首をかく様な奴だったのか?」

「殺るならもっと疑われない状況で殺るよ」

「だろう? だから、安心して眠らせてもらった」

「まったく………」

 

 NEXT()がラウラを抱き抱えたまま、やれやれと器用に肩をすくめる。

 すると彼女は、NEXTを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

 

「―――で、こんなところまで連れてきたんだ。何か用事があるのだろう? そちらを先に済ませてしまわないか?」

「………うわぁ。何だか色々台無しだ。こういうのって、俺から言うべき事じゃないか?」

「言われるのを待っても良かったんだがな、一度寝たら頭がスッキリした。そしてお前に振り回されるのは嫌だ。だから先に済ませてしまう事にした。合理的な判断だろう」

「合理的過ぎて情緒の欠片もないな」

「なんだ。情緒的なのを期待していたのか? なら、やり直した方がいいか?」

「例えばどんな風に?」

「そうだな………例えば泣きながら抱きついて、日本のサブカルチャーのヒロインのように、助けを求めてみるのはどうだ?」

「頼むから止めてくれ。気持ち悪くて仕方が無い」

「だろう」

 

 ニヤリと笑うラウラ。

 何故だか妙な敗北感に襲われ、がくっと肩を落とすNEXT()

 

「まぁいい。本人がその気なら、さっさと話を済ませるか。じゃあ改めて聞くけど、お前何に悩んでいたんだ」

「平たく言えば、お前との関係だな」

 

 そうして彼女が話し始めた内容は、予想通りのものだった。

 今までは軍人として、ISパイロットとして、優秀でありさえすれば良かった。だが薙原晶(NEXT)の名声が高まり、シャルロットやセシリアが突出した成果を示すようになると、それだけでは本国の要望を満たせなくなってきたのだ。

 だが生まれてからずっと軍人として教育され、それ以外の事を余り知らない彼女にとって、軍人やISパイロット以外での成果の示し方など知らないし出来ない、というものだった。そこに加えて過去のトラブルだ。信頼関係を築かなければいけない相手とのトラブルなど、マイナス要因以外のなにものでもない。

 確かに国益を考えなければいけない人間としては、頭を抱えたくなるような状況だろう。

 

「――――――にしては、妙に態度が堂々としているのは気のせいか?」

「お前に私をどうかしようという意思がなさそうだったからな。正面から突撃してみる事にした」

「それはまた思い切った戦術を。俺がネチネチとお前をいたぶるつもりだったら、どうする気だったんだ?」

「お前がさっき言ったではないか。殺るなら疑われない状況で殺ると。それに私はな、お前の暴力に対する姿勢は信用しているんだ。こんな所にまで連れ出して、下らん小細工はしないだろうよ」

「本当に正面突破だな」

「躊躇は突破力を鈍らせる。――――――話を戻そう。私はお前と、どういう関係を築いていけばいいのかを悩んでいるところだ」

 

 晶の答えは、とてもシンプルなものだった。

 

「まず俺の基本的な方針を答えておこう。味方とは仲良く。第三者とは適度に仲良くだ」

「敵は?」

「身を以て体験してるだろう?」

「そうだったな」

「で、お前は俺の敵になるのか?」

「そんなつもりはない」

「利用するつもりは?」

「少しある」

「素直だな。じゃあもう1つ質問だ。出会った時のような事をするつもりは?」

「ない」

「ならそれで良いだろ。難しく考え過ぎなんだよ。大体シャルロットやセシリアの突出した成果って言うけど、あれは偶然が絡んだ結果だ。アレを基準にしたら、世の中の成果の基準が上がりすぎて、大変な事になるだろう」

「それはそうかもしれないが、成果を望まれている身としては、どうしても焦ってしまう。同じ欧州出身だけにな」

「あ~~、なるほど。欧州3人娘って、一括りに見られる事もあるからなぁ」

 

 言いながら、晶は考えた。

 ここで何らかの成果を与える事はとても簡単だ。だがそれは、決して彼女の為にならないだろう。

 そして彼はふと思う。

 

(………こんな事考えてる時点で、答えなんて出てるじゃないか)

 

 ようするに薙原晶はラウラ・ボーデヴィッヒに、ただ与えられたものを受け取るだけの人間になって欲しくないのだ。

 そう自覚した彼は、慎重に言葉を選びつつ口を開いた。

 恐らくこの言葉は、彼女の今後を左右する。

 何故だか、そんな確信があった。

 

「なぁラウラ」

「なんだ、改まって」

「昔どこかの偉い人が、「自分の価値は自分で決める」と言った。意味は分かるか?」

「エレノア・ルーズベルトの言葉だな。確か、本人の行いがその人間の価値を決める、という風な解釈だったと記憶している」

「お前はどんな人間になりたいんだ? 俺におねだりをするだけの人間になりたいのか? それとも、他人に胸を張れる人間でいたいのか? どっちだ?」

「そんなの後者に決まっている」

「なら一々俺との関係なんて考えるな。お前はお前のなりたい人間になれば良い。お前が魅力溢れる人間なら、結果なんて後からついてくる」

「簡単に言ってくれる。それに色々突っ込みたいところはあるが………その、なんだ。ありがとう。私を堕落させる事も出来たのに、私が私自身を見失わないようにしてくれて。お前、意外と良い奴なのだな」

「意外とは余計だ」

「本当か?」

「いや、嘘。今回のは只の気まぐれだ。お前は運が良かったんだよ」

「そう思っておく事にしよう。さて――――――」

 

 ラウラは喋りながら、NEXTの腕の中から地面に降り立った。

 そして振り返った彼女の表情は、何故だかとても晴れやかだった。

 

「――――――今日は絶好のキャンプ日和だな。まず、何からしようか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日、2人は日頃の訓練など忘れて遊び倒した。

 中でも彼女の記憶に残ったのは――――――。

 

「お前、キャンプに来てから釣り下手をカミングアウトするとはどういうつもりだ!?」

「いや~。なんて言うか、勢いで出てきたもので、つい」

 

 この男()、学園ではキャンプで焼き魚が食べたいと言っていたのに、いざ釣りをしようとしたら「俺、実を言うと釣り下手なんだよね」と恥ずかしげも無くカミングアウトしたのだ。

 そして普段なら鍛えたサバイバル技術で釣りなど苦としないラウラだったが、彼女も昨日の昼から何も食べておらず腹が減っていた。よって、ちょっとイカサマをしたのだった。

 

「………薙原、秘密だぞ」

「何をだよ」

「こういう事だ」

 

 なんとレーゲン(IS)を部分展開し、AICで川の中の魚の動きを止め、そこをブレードワイヤでブッ刺して釣り上げるという、風情も情緒も何も無い実力行使に出たのだった。

 

「ちょ!?」

「食糧の確保は重要だからな」

 

 しれっと言うラウラだが、彼女の表情には「些細な事はどうでも良い。腹が減ったから早くご飯が食べたい」と書いてあるかのようだった。

 この後2人は起こした焚き火でご飯を炊き、釣った(?)魚を焼いて、実に1日ぶりの食事にありついたのだった。

 他にはその日の夜に――――――。

 

「身体が汗でベタつくな………」

「ああ、ベタつくな」

 

 そして何を思ったのか2人して(ISを使って)穴を掘り、川から水を引っ張って水貯めを造り、そこにビーム兵器を突っ込んで即席の露天風呂を作ったりしていた。

 IS学園の先生方に知れたら、とても面白い事になるだろう。

 ちなみに入浴は男女別々で仕切りも完備しているので、世の中の青少年が期待するような事は一切無かった。

 そうして心身共にサッパリしたところで――――――。

 

「さて、そろそろ帰るか」

「そうだな」

 

 晶の言葉に、ラウラが肯きながら答える。

 そして夜中にこっそり帰るのは、勿論理由がある。というか理由なんて1つしかない。昼間に帰ったら目立ち過ぎるからだ。

 来た時とは違い、ツーマンセル(二機連携)でIS学園へ向かう途中、コアネットワークで通信が入った。

 

(楯無か。どうした?)

(移動を始めたみたいだし、問題は片付いたと思って良いのかしら?)

(ああ。迷惑かけたな)

(そこは簪ちゃん共々サービスしてもらうって事でお願いね。ただ、帰ってくる前に1つ頼まれてくれないかしら)

(ん?)

(本当は貴方に頼むような仕事じゃないんだけど、進路上に大きな客船があるでしょう。それを航行不能にして欲しいの)

(何故かな?)

(客船を隠れ蓑にした密輸。人をハッピーにしちゃういけないお薬とか、銃器とかが沢山積まれてるわ。ウチ(更識)のエージェントが乗り込んでるから、ウチで仕留めても良いんだけど、出来れば日本の警察のお手柄にしてあげたいの。だから、大手を振って人を送り込める理由が欲しいのよ)

(警察にいる子飼いを昇進させるため。もしくは日本政府への貸しってところかな)

(理解が早くて助かるわ。ちなみに両方よ)

(オーケーだ。しかしラウラもいるけど良いのか?)

(問題無いわ。一応公共の利益のためだもの。仮に難癖をつけられたところで、どうとでも出来るわ。あとね、貴方とラウラが動いているっていう噂は、尾ひれが沢山ついて面白い事になっているわよ。あ、姿は見せないようにね。人間、見えないものの方が怖いんだから)

 

 言いながら楯無は、晶とラウラが姿を消してからの時間を思い出していた。

 ドイツで違法工場を消滅させたという実績がある彼と、その時(表向き)協働していたラウラが監視網から消えた事は、裏社会の人間を大いに震え上がらせていたのだ。

 “天災()”の“鉄槌(NEXT)”が何処に振り下ろされるのか。この1日、裏社会はその話で持ち切りだった。

 そして楯無は、この機会を最大限に利用した。

 普段は尻尾をつかませない数々の敵対組織が、噂に踊らされて慌てて動いてくれたおかげで、有力な情報を幾つも得られたのだ。これらの情報は、今後敵対組織を攻略していく上で大いに役立つだろう。

 

(了解した。じゃあ、帰る前に一仕事していくよ)

(報酬は口座に振り込んでおくわ。お願いね)

 

 こうして通信を終えた晶は、ラウラに当たり障りのない部分で事情を説明し、仕事に取り掛かるのだった。

 そして翌日の新聞の一面には、昨年の麻薬押収量を上回る量の麻薬が押収されただけでなく、軍隊に配備されるような強力な火器が多数押収された事が載り、ゴールデンタイムのニュースではキャスターやコメンテーターが、過去最大の大捕物である事を、興奮気味に伝えていた。

 また裏社会では、今回被害を被った組織が更識と敵対していたこと、NEXTの消えた時間と学園に戻ってきた時間から、更識の(正確には楯無の)背後に誰がいるのかを、強烈に印象付ける結果となっていた。

 加えてその時一緒にいたラウラの立ち位置も、(多分に勘違いを含んだまま)認知されていくのだった――――――。

 

 

 

 第103話に続く

 

 

 




ふつーのキャンプの予定が、全然普通になりませんでした。
これでラウラも少し動き易くなったかなぁ………。

そして転んでもタダでは起きない楯無さん。
やる事はしっかりやっているようです。

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