インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ようやく次のお話がUPできました。
更新していない間も、読んでくれたり感想をくれた読者様方、とても励みになりました。
ありがとうございます。
それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。
例年であればキャノンボールというIS高速レースで賑わい始める頃、今年の世間は別の話題で賑わいを見せていた。
しかも発表された教官達は、現在望み得る最高の布陣だ。
普通これだけのメンバーから教導を受けようと思えば、最低限相当額の報酬を用意し、かつ同じように教導を受けたい同業者との、熾烈な交渉戦を勝ち抜かなくてはならない。
つまり一部の大国以外は不可能と言っていい。
だが今回選ばれたISパイロット達の中に、先進国のパイロットは1人も入っていなかった。選ばれたのは皆、第3世代機を自力開発できない中級国家のパイロット達だ。
そしてこの発表があった時、多くの者が首を傾げた。何故、自らの利益に敏感な先進国が何も言わないのか、と。それどころか先進主要7ケ国は、早々と教導の辞退を宣言していた。
しかし、すぐに皆気づいた。教導を辞退した先進7カ国(日、米、英、仏、独、露、中)は、全てNEXTの元に専用機持ちを送り込んでいる国だ。
つまりここで数少ない参加枠を争わなくても、労せず対巨大兵器戦術を手に入れられるからこその辞退だった(尤もパイロット達からは“熱心な”希望があったようだが)。
そうして教導が始まる2日前、日本にとあるISパイロットが入国していた。
彼女の名はパルプルス・ファリア。
キルギス軍所属のIS乗りだが、世間では巨大兵器に敗北したISパイロット、と言った方が分かりやすいだろう。
(………ここが、日本。私を助けた人がいる国)
宿泊先に向かうタクシーの窓から外を眺めつつ、彼女はそんな事を思っていた。
この場合の助けたとは、戦場で助けられた事だけではない。
社会的な意味でもだった。
何せISという超兵器を扱っていながら、巨大兵器とは言え通常兵器に撃墜されたのだ。
軍内部では、事件後即座に人事異動、つまりISパイロットからの降格が検討されていた。
そしてそれは九分九厘決定されており、後は事務的な手続きを残すのみだった。
正式に決定されればエリートから一転、左遷された“元”エリートという屈辱的な扱いが待っていただろう。
もしかしたらプライドだけが高い、無能な男の下につけられたかもしれない。(というか事務手続きが長引いたのは、誰が彼女を玩具にするか、という事で上が揉めた結果に過ぎなかった)
そんな彼女を救ったのも、
パルプルス・ファリア個人に、以前から噂になっていた対巨大兵器戦用の教導参加依頼が来たのだ。
この話を聞いた時、彼女は思わず首を傾げた。
何故依頼なのか、と。
依頼という形なら、相手にどんな思惑があるにせよ、参加したら報酬が貰えるということだ。
本当なら“受けさせてもらう”立場なのに、報酬を貰って参加するなど意味が分からない。
なので依頼メールに添付されていた連絡先、IS学園経由で本人に確認したところ、何と当人から連絡があった。
あの時の会話は、今でも鮮明に思い出せる。
『一応初めまして、と言うべきかな。パルプルス・ファリア中尉。で、依頼の件だったかな?』
眼前の空間ウィンドウに映った彼、
『はい。あの依頼内容は本当なのでしょうか?』
『勿論。どんな形であれ、君は巨大兵器と戦って生き延びた。その経験を買わせてもらう。一緒に教導を受ける他のパイロット達に、戦った時の事を話して欲しいんだ。現役パイロットをこちらの都合で呼びつけるなら、それ相応の報酬があるべきだろう?』
『そうかもしれませんが、正直私より腕の良いパイロットは沢山います。何も撃墜された人間を、依頼料を払ってまで参加させる必要は無いでしょう。それに戦闘経験なら、教官を務める貴方の方が余程あるのでは?』
『確かに俺の方が戦闘経験はあるだろう。だが普通のISで戦った君の言葉は、恐らく俺の言葉よりも他のパイロット達に響く。だから参加して欲しいんだ』
こうまで言われて悪い気はしない。
だが彼女は、参加するにあたって幾つかの問題を抱えていた。
『そういう事ですか。ですが、今の私には――――――』
対巨大兵器戦で大破した彼女の機体は、現在生産元メーカーに送られて修理中だった。
自国で予備パーツから機体の再構築も不可能ではなかったが、ダメージがコア周辺にまで及んでいたため、オーバーホールも兼ねて設備の整っているメーカー修理となったのだ。
加えて言えば人事の件は彼女の耳にも入っている。左遷されそうな人間を教導に送るなど、軍上層部は認めないだろう。
そう思っていると、彼が続く言葉を遮った。
『――――――ああ、1つ補足しておこう。先ほどは階級を付けて呼んだが、この依頼はパルプルス・ファリア個人に対して出したものだ。君が軍人でなくなっても、機体を持っていなくても関係無い。もし先の撃墜が君の立場に関係し、機体を持ってこれないというならそれでも良い。機体は武装込みでこちらが用意する。ああ、後は往復のチケットと宿泊用のホテルかな』
『え?』
余りの好条件に、彼女は自分の耳を疑ってしまった。
普通なら有り得ない。
今回の教導がどれほどの高倍率かは、彼女とて知っている。
噂に聞く限りでは、どこも最高のバックアップ態勢を整えた上で、参加申し込みをしているらしい。
そんなところに、身1つで来て良いと言ってくれているのだ。
『で、ですが、それではそちらの負担に』
『構わない。必要な労力だと思っている』
ここまで言われては、彼女に否は無かった。
『分かりました。この依頼、受けさせて貰います』
『ありがとう。ではキルギス政府の方にも連絡しておこう』
そうして送られてきた
決まりかけていた人事が瞬く間に撤回されただけでなく、教導終了後は大尉に昇進の上、新設されたパワードスーツ部隊を任される事になったのだ。ちなみにIS乗りにパワードスーツ部隊を指揮させるというのは、ドイツ黒ウサギ隊の活躍が各方面で噂になり始めたため、キルギスもテストケースで行ってみる事にしたためだ。
そんな事を思い出しながらホテルについた彼女は、フロントでチェックインを済ませ、明後日の教導に備えるのだった――――――。
◇
時は進み、2日後の午前9時。
空高く晴れ渡った、青空の綺麗な土曜日だ。
そんな中、IS学園第1アリーナ入り口前には、今回の教導に選ばれたメンバー7名が揃っていた。
勿論その中には、先日入国してきたパルプルス・ファリアもいる。
だが彼女は、その中で1人浮いていた。
(予想はしていたけど、ね)
周囲からの視線は、決して友好的なものではなかった。
特に女尊男卑を盲信する類の人間からしてみれば、巨大兵器とは言え通常兵器如きに墜とされた彼女は、女性の権威を傷つけた罪人に等しい。
(………薙原晶。この人達に私の経験を話しても、役に立たないかもしれませんよ)
周囲を見てみれば、他6人の顔には自信が満ち溢れていた。
元々腕に覚えはあったのだろう。それに加えて、今回の教導に選ばれたという事実だ。
何せ今回選ばれたメンバーは、
そんな事を思っていると、IS学園の白い制服に身を包んだ男が近付いてきた。
この学園に、男は2人しかいない。
そして彼の顔を知らないISパイロットなど誰もいない。
「全員揃っているようだな。初めまして、今回君達の教導を行う薙原晶だ。今週と来週の土日、計4日間という短い間だが、よろしく頼む」
皆軍属なのだろう。
彼が挨拶をすると、全員が背筋を伸ばし敬礼で返した。
「楽にしてくれ。――――――では早速だが予定を伝えておこうか。まずは事前に連絡してある通り、準備運動として打鉄装備の織斑先生と、ナターシャ先生の扱う
予め知らされていたとは言え、こうして改めて聞くと、今回の教導がどれほど規格外なのかがよく分かる。
“
“
どちらか片方だけでも普通は有り得ない。それがこの教導では両方適うのだ。ISパイロットとして、この上ない飛躍のチャンスだろう。
参加者達の表情が引き締まっていく。
そんな中、彼は言葉を続けた。
「ちなみに先に言っておくが、先生方2人の機体にはリミッターがかけられている。所謂手加減モードだ。だが君達は全力でやるように。じゃないと、一瞬で堕ちるぞ」
暗に「貴様達などその程度だ」という挑発的な言葉に、幾人かの表情が変わる。だが喉元まで上がってきた言葉を、口にした者はいなかった。
ISパイロットなら織斑千冬の伝説的な強さは知っているし、セカンドシフト機がどれほどの化け物か、知識として知っているからだ。
しかし、純然たる疑問から口を開く者はいた。
「教官。ある程度、とはどのくらいでしょうか?」
「ふむ。そうだな………本格的に始める前に余り疲労されても困るし、1対1で3分持てば合格ラインかな。あと忘れないで欲しいんだが、今回の教導はあくまで対巨大兵器戦を目的としたものだ。そこを間違わないように」
彼の忠告は、“もう1つの合格条件”に繋がる大きなヒントだった。
別に言ってしまっても良かったのだが、参加者達がどの程度の目的意識を持ち、織斑千冬という餌に釣られないで物事を判断出来るか、それを見たかったのだ。
まして織斑千冬が近接特化なのは広く知られている。アウトボクサーのように、アリーナを広く使って戦えば、どうとでもなると殆どの者は思っているだろう。
だが、忘れる事無かれ。
織斑千冬はブレード1本で世界を取った人間だ。
そんな化け物相手の3分がどれほど長いか、参加者達はすぐに身を持って知るのだった。
◇
「………なに、あれ?」
パルプルス・ファリアが思わず漏らした言葉は、その場にいる全員の思いを代弁していた。
参加者の機体はノーマルラファール。織斑千冬の機体はリミッターがかけられた打鉄。
本来の機体性能に大きな差が無い分、リミッターがかけられた織斑千冬の方が明らかに不利なはずなのに、開始僅か1分弱で参加者の喉元に刃が突きつけられている。
「歯応えが無いな。それでも現役か? まぁいい。次、出て来い」
そうして次の参加者がアリーナに出て行くが、結果は変わらない。
参加者が放つ弾丸は最小限の見切りで避わされるか、尽く切り払われるかでダメージを与えられない。
(これが、ブリュンヒルデ!!)
近接型相手に射撃戦で戦うのは基本だ。
3次元機動で立体的に攻撃を加え続ければ、どんなに回避や防御が上手くてもいずれ削りきれる。
だが仮に、遠距離からの攻撃では、ダメージを見込めないとなればどうだろうか?
猛烈な勢いで減っていく弾丸。減らないシールドゲージ。相手の懐に飛び込まなければいけない恐怖。そして何より、一歩ずつゆっくりと近付かれる威圧感。つまり今までの常識が通じない相手――――――ここでパルプルスは気付いた。
(もしかして!?)
織斑千冬の役割は擬似的な巨大兵器だ。
遠距離射撃に対する圧倒的な防御力と、ゆっくり近付くという動作は、巨大兵器の特性と概ね一致する。
そして開始前に、薙原晶の言っていた言葉が思い出された。
―――今回の教導はあくまで対巨大兵器戦を目的としたものだ。
(つまりあの忠告の意味は、織斑千冬という個人を相手にするのではなくて、織斑千冬を巨大兵器に見立てて戦えということかしら)
巨大兵器との交戦経験があるからだろう。
この準備運動の目的を看破した彼女は、その場で機体調整用の空間ウインドウを開いて、急いで機体パラメーターの変更を始めた。
(もしこの考えが正しいなら、この準備運動で必要なのは人を相手にするような運動性能や小回りじゃない。巨大兵器の懐に入るための突破力!!)
そうして参加者が次々と成す術なく敗れていく中、彼女の番が回ってきた。
周囲からの視線は変わらず冷たい。
誰も言葉にはしていないが、「何故貴様のような奴がここにいる」という思いはヒシヒシと感じられた。
だが彼女は気にしない。というより気にしている余裕などない。
何せこれから、ブレード1本で世界を取った人間の懐に飛び込むのだ。
一切の雑念を捨てて挑まなければ、文字通りの瞬殺だ。
「ほぅ。面白い」
パルプルスの装備を見て、千冬は微かな笑みを浮かべた。
右手のアサルトライフルはまだしも、左手のバズーカは対IS戦用装備としては不適切だろう。高速戦闘を行うISに、バズーカのような弾速の遅い武器は当たり辛い。まして相手は、あの織斑千冬だ。余程の幸運に恵まれた上で、辛うじて当たる可能性がある、というところだろう。
しかし、対巨大兵器戦用の装備として考えれば、あながち間違いではない。
連射性と命中精度のあるアサルトライフルはミサイルの迎撃に使えるし、バズーカは巨大兵器のシールドを削るのに有効だ。
そうして開始前、彼女は1つだけ確認をとった。
「開始位置は、どこでも良いのですか?」
「構わない。ただし逃げ回っているだけでは、ここに来た意味が無いぞ」
「勿論です」
返事を聞いた彼女は、大きく後ろにブーストジャンプ。アリーナの壁際まで下がった。
この行動に、他の参加達が失笑を向ける。今のブリュンヒルデの言葉を聞いていなかったのか、と。
しかし千冬だけは、黙ってブレードを正眼に構えた。
そして一言。
「来い」
「行きます!!」
代わりに脚部パワーアシスト機能を最大にして大地を蹴り、反動で機体を動かすと同時にブースター最大出力。事前に調整されていたエネルギー配分に従い、効率度外視で大量消費されたエネルギーが膨大な推進力へと変換される。
(勝負は一瞬。
最大加速からすれ違い様の一撃。
織斑千冬を巨大兵器と位置づけるなら、そして非力な装備で巨大兵器と相対するなら、一撃離脱こそが正解のはず。
巨大兵器相手に火力戦など、普通のISにとっては悪夢でしかない。
そして思っていた通り、千冬は静かに構えたまま、パルプルスの接近を待っていた。
アリーナ内に発生するソニックウェーブ。音を置き去りにした彼女は、千冬の間合いに踏み込み必中のタイミングでトリガーを――――――引けなかった。
たった一歩で射線を外され、二歩で間合いを詰められ、三歩目で閃光が煌いたと思った瞬間には、アサルトライフルも、バズーカも、両断され使い物にならなくなっていたのだ。
(まだ!!)
両断された武装を投げ捨てながら思う。
幸いスピードはまだある。
勢いそのままに一度離脱し、新たな武装を
「ふむ。お前はここに来た意味を理解しているようだな。合格だ」
パルプルスは機体を急制動させて、千冬に向き直った。
「え? それは、どういう事でしょうか?」
いきなり合格と言われて戸惑う彼女に、千冬は口を開いた。
「お前はIS装着のまま第2アリーナへ向かい、今度はナターシャと戦え。そして他6名。お前らは何故駄目だったか分かるか?」
そのまま暫し待つが、誰も答えられる者はいなかった。
「やれやれ。どいつもこいつも私の名に惑わされているな。――――――お前達!! ここには何の為に来ている。巨大兵器との戦い方を身に付ける為だろう。なのにお前達の動きはなんだ? 明らかに対人戦を、それも対近接戦に特化した動きばかりだ。私が本格的な機動戦闘を何故していないのか、ゆっくりとしか間合いを詰めなかった理由を考えた者はいないのか?」
そんな中、千冬はブレードを地面に突き立てながら続けた。
「まぁいい。そんなヒヨっ子どもに1つ良い事を教えてやろう。私もシミュレーションでしか体験してないがな、巨大兵器の懐に飛び込むのは、恐らく私の懐に飛び込むよりも遥かに怖いぞ。何せ個を磨り潰す為の圧倒的物量が、自分という存在を圧殺しに来るんだ。弾幕の突破に失敗したら、何も出来ずに叩き潰される」
「ま、まさか………」
信じられないといった表情の参加者達だが、千冬はそんな彼女達に現実を突きつけた。
「事実だ。何せシミュレーションでは私も何度か墜ちている(※1)。そしてお前達がこれから学ぶのは、
そしてこのあからさまな区別に、他の参加者達はいきり立った。
何せ1人だけ次に行くということは、世界に数機しか存在しないセカンドシフト機と、優先的に戦えるということ。
しかもよりによってIS神話に終止符をうった女が、自分達より先に行くなんて!!!
その思いが、残りの参加者達の心に火をつけた。目に、力が篭る。
「ほぉ、良い顔になったな。ならば、全身全霊を掛けて挑んでくるがいい。この機会、無駄にするなよ」
この後、残っていた6名は何度も叩きのめされた。
しかし繰り返し挑んだ努力が認められ、どうにか合格をもぎ取る事が出来たのだった――――――。
第98話に続く
※1:何せシミュレーションでは私も何度か墜ちている
勿論シミュレーション内容は今回の教導で使うものとは別物で、束さん監修のスペシャルハードモード。
ようやく始まった教導。
次はナターシャさんの出番ですが………サラッと流すかちゃんとやるかは考え中の作者です。