インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
第01話 イレギュラー
背部にある大型ブースター、正式名称『OVERED BOOST』、通称『OB』を巡航モードで吹かし大空を駆けながら、俺はこの世界に来てからの事を思い出していた。
全ての始まりは1ヵ月前、元の世界で、『ARMORED CORE for Answer』で遊んでいた時の事だ。
今思い出しても訳が分からない。
自宅で、自分の部屋で、遊んでいたらいきなり停電。
数秒して電気がついたと思ったら、何故かいるのは自分の部屋じゃなくて全く見知らぬ場所。
使用方法の分からない機械が幾つも無造作に置かれた研究室らしき場所。
目の前に立つ、空色のワンピースにエプロン。ついでにウサミミヘアバンドという出で立ちの美女。
「・・・・・アンタ、誰だ?」
「そういう君こそ誰かな? ここのセキュリティは完璧だと自負しているんだけどね」
目の前の美女は細い腰に両手を当てて、そんな言葉を返してきた。
これが、この世界で初めて他人と交わした言葉。
「・・・・・と、とりあえず、自己紹介でもするべきか? 俺の名前は薙原晶(なぎはら しょう)。アンタは?」
「いきなり現れたにしては随分と日常的な対応だね。私の名前は篠ノ之束(しののの たばね)。それで君は何の用があってここに来たのかな?」
「いや、俺も用事があった訳じゃなくて、むしろ気がついたら何故かこんな場所っていう状況で・・・・・・・・」
「要領を得ないね? つまりアレかい? 気がついたら何故かここにいたっていうファンタジーな話かい?」
「そうだって言ったら信じてくれるのか?」
「信じるに足る根拠があればね。ちょっと待ってて――――――」
そういうと、束と名乗った女性は手元のウィンドウパネルを手早く操作し、何かのデータを呼び出し始めた。
待つこと数秒。
「ふーーーーーん。極限定空間に大量の重力子と空間湾曲現象? 極至近距離にいた私に全く影響を及ぼさずに? それによる人間の転送現象? 可能性としてありえない話じゃないけど・・・・・・・ちょーーーーとすぐには信じられないかな」
「いや、信じられないのは分かるんだが、こうして俺がここにいる以上信じてもらうしか」
「まぁいいわ。私も科学者。こうして『結果』がここにある以上信じてあげるけど、もう一度聞くわ。あなた何者?」
「何者って言われてもな・・・・・」
名前以上の事を聞かれているのは分かる。
が、何て答えれば良いのかが分からない。
返答に困った俺は、―――部屋でゲームをしていた体勢―――胡坐をかき直そうとして、視界に入った自分の身体を見て硬直する。
正確には自分の格好を見て。
(何だ? この格好は?)
改めて見てみると、黒を基調としたパイロットスーツ・・・・・のようなものを着ていた。
当然、部屋でこんなコスプレをしている訳が無い。
(何だコレは!?)
思考が一気に混乱する。
停電して、電気がついたら見知らぬ場所。そして覚えの無い格好。
「す、すまない。鏡は、鏡はないか」
「鏡? それなら君の後ろに――――――」
相手が喋り終わるのを待たずに後ろを振り向く。
丁度良くあったのは、全身を映し出せるスタンドミラー。
そこに映る自分の姿を見て言葉を失う。
(何が、一体何が起こっているんだ!?)
映し出されたのは慣れ親しんだ自分の姿では無く、見知らぬ男。
首筋程度まである黒髪。ややツリ目気味の黒目。それなりに整った容姿とスタイル。
これで眼鏡でもかけて、手帳やノートPCでも片手に持っていればさぞかし参謀役が似合いそうだ。
「どうしたのかな? 自分の姿に何か違和感でもあるのかな?」
「・・・・・は、はは・・・・・そ、そうだ・・・・・って言ったら・・・・信じてくれるか? 正直、訳が分からない・・・・・何が、どうなってるんだ」
余りに突然の事態に、取り繕っていた冷静さが剥がれ落ちていく。
理性では理解していても、感情が止められない。
幸いだったのは、現状を表す言葉が見つからなかった事だろうか?
もしも、今の状況を表す言葉があれば、それを、恥も外聞も無く叫んでいたかもしれない。
結果として鏡を見たまま硬直してしまった俺に、しばらくすると背後から声がかかった。
「どうやら、自分でも何が起きたのか把握出来ていないようだね? もし良かったら、今の君の身体がどうなっているのかを検査してあげるよ」
「・・・・・頼む」
喉の奥から搾り出すように返事をした俺は、その後、徹底的な精密検査を受けた。
結果分かった事は全くの健康体だったという以外に、
・機械信号を脳内で処理出来る特殊な脳内ネットワーク。
・全神経組織の超高速化。及びそれに伴う反射速度の向上と認識力強化。
・身体機能増強による代謝機能と対G耐性の強化。
というものがあった。
これが何を意味するのかは、ACを旧作からのやっている人間ならイヤでも分かる。
強化人間。そして最強の戦闘兵器“ネクスト”を操縦する為のAMS適正。
だがそれも、“ネクスト”が無いこの世界じゃ意味が無い。
何でそんな事が分かるのかって?
精密検査を受けている間にようやく少し落ち着いた。
篠ノ之束(しののの たばね)といえば、俺の好きなラノベ、IS(インフィニット・ストラトス)の主役メカ、ISを作り出した天才科学者。
だがISは女性しか起動出来ないという欠陥兵器。
そんな世界じゃ、AMS適正も宝の持ち腐れだ。
が、検査結果の最後に付け足された言葉に俺は言葉を失う。
「しかし、IS起動適正EX-S。理論上の限界値とはね」
「どういう事だ?」
「言葉通りの意味だよ。私が開発したISというものがあるんだけど、それは万人が扱えるものじゃない。ある一定の才能を操縦者に要求する。君はその要求される才能が、理論上の限界値まであるというだけの話だ。ところで話は変わるが――――――」
束博士が、ずいっと俺に顔を近づけてくる。
「君の世界の兵器は凄いな。そして君自身も」
「なに?」
「君が着ていたパイロットスーツにあったメモリーを覗かせてもらったよ。凄いな。全長数キロにも及ぶ巨大兵器。そして、それを単機で沈められるネクストと、その搭乗者リンクス」
束博士の視線が俺を射抜く。
背筋に嫌な汗が流れた。
彼女の言葉は更に続く。
「人類の明日を切り開く為に、数千万、数億の犠牲を許容するその精神」
「な、何を・・・・・」
「隠さなくても良い。最後のORCA」
全く記憶に無い話が彼女の口から語られていく。
だが同時に、酷く聞きなれた話。
そう、彼女が俺の事として語っているのは、ACFAのORCAルートの話。
彼女はどういう訳か、俺を“最後のORCA”として見ている。
数瞬の思考。
どうする?
全く身に覚えの無い話だと正直に言うか?
いや、そんな事を話してどうする。何の特技も無い一般人ですと言うのか?
そんな馬鹿な。
何故、こんな話を持ち出してきたのかを考えてみろ。
恐らく、何か意図があるはずだ。
ならそれを聞き出す為にも、それらしく演じてやろうじゃないか。
覚悟を決める。
ウソだとばれたなら、その時はその時だ!!
「・・・・・見たのか」
「かなり強固なプロテクトだったけど、メモリーは全て解析させてもらったよ。勿論、君が乗っていた愛機の情報も全て」
「確かに俺はリンクスさ。只の1人で、単機で戦場を蹂躙するネクスト傭兵。だが、それも全てはネクストがあっての話。商売道具が無ければ一般人とそう大差無い」
「ここまで自分の身体を弄っておいて良く言うよ。まぁそれはともかく、私ならISで君の機体を再現できる。もう一度傭兵をやる気は無いかな? 私の専属傭兵として」
「飼い犬になれと?」
「無茶な事を言う気は無いし、メモリーから君がどういう人間かもある程度は分かっているつもりだ。変な仕事をさせるつもりはないよ」
「・・・・・受けるかどうかは、出来上がった愛機を見てからだ」
受けなければ確実に、色々な意味で詰んでしまうが、向こうがこちらを“凄腕の傭兵”としてみているのなら、この程度の悪あがきは許されるだろう。
「まかせなさい。誰であろうこの篠ノ之束がつくる機体よ。生半可なものなど出さないと約束しよう。期待して待っているといい」
そうして彼女の研究室で過ごす事2週間。
案内された格納庫に、俺がレギュ1.15で使っていた愛機が佇んでいた。
アセンブルは、
―――ASSEMBLE
→HEAD:063AN02
→CORE:EKHAZAR-CORE
→ARMS:AM-LANCEL
→LEGS:WHITE-GLINT/LEGS
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
→R HANGER UNIT :-
→L HANGER UNIT :-
―――STABILIZER
→CORE R LOWER :03-AALIYAH/CLS1
→CORE L LOWER :03-AALIYAH/CLS1
→LEGS BACK :HILBERT-G7-LBSA
→LEGS R UPPER :04-ALICIA/LUS2
→LEGS L UPPER :04-ALICIA/LUS2
→LEGS R MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01
→LEGS L MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01
くすんだ黒を基調とした配色。各所に走る白いライン。蒼いカメラアイ。
全てパーフェクトだ。
が、やはり1つ気になる事がある。
「質問だが、ネクストの動力源はコジマ粒子だ。コレには?」
「あんな危険物質使うはずないでしょう。でも性能的には同等よ」
「動かしてみても?」
「勿論良いわ」
ゲームの中にしか無かったはずの、自分の愛機に近づき身に纏う。
戸惑う事は無かった。
ISが、自分の愛機が、装着方法を教えてくれる。
その後、思い通りに動く事を確認した俺は彼女専属の傭兵に、いわゆる首輪付きになり仕事を請け負う事になった。
傭兵に、自分が命のやり取りをする類の人間になる事に、恐れを感じなかった訳じゃない。
だが、その迷いは押し殺した。
この2週間散々考えたさ。
この世界で頼れる相手のいない俺が、人並みに生きていこうとするなら、恐らくこれが最善。
そして苦戦なんて論外だ。
何せ、束博士が再現した俺の愛機はレギュ1.15環境下のもの。
それは必然的に、メモリーに記録されていたであろうネクスト戦闘も、音速など余裕でブッちぎる超音速戦闘である事が容易く想像できる。
そんな世界で戦いぬいた“凄腕の傭兵”と、束博士は勘違いをしているのだ。
従って、求められる戦果は“完璧”の二文字以外は無いだろう。
元一般人相手になんてハードルの高い。
だがやらなければ・・・・・。
―――ミサイル接近中。数6。弾速、形状特性から高速ミサイルと推定。
AIからの無機質なメッセージが脳内を流れ、俺を現実に引き戻す。
今は束博士から受けた依頼に集中するとしよう。
強化人間になった影響か、自分でも不思議なほど落ち着いてそう思う。
作戦内容は秘密組織の秘密基地殲滅。
ネクスト向きの作戦だ。
ISにコマンド。
OBを巡航モードから戦闘モードに移行。
―――エネルギーシールドが減衰します。Y/N
Yesを選択。
束博士は、どうやらシステム系もしっかりと再現してくれたらしかった。
まぁ、時間と共に回復するあたりも再現されていたから、使いどころを考えれば問題ない。
―――オーバードブースト戦闘モードへ移行。エネルギーシールド減衰開始。
脳内を流れる無機質なメッセージと共に、俺の身体は一瞬にして音速を突破。
相対速度の差からミサイルは目標(=俺)を見失いあらぬ方向に飛び去っていく。
―――ミサイル第二波接近中。数24。弾速、形状特性からVTF(近接信管)ミサイルと推定。
チッ。軽く舌打し、左腕装備の
進路を塞ぐミサイルを迎撃。
だが警告は更に続く。
―――IS確認。数1。デュノア社製ラファール・リヴァイヴ。以後α1と呼称。
「来たか」
小さく一言呟き、アサルトライフルを握り直す。
―――α1、射撃用レーダー作動。発砲確認。
反射的に
一瞬前までいた場所をレーザーが貫いていく。
―――α1を敵性ターゲットに変更。
AIが無機質に、α1を『敵』と認定する。
降伏勧告はしない。
警告無しでのミサイル攻撃と発砲。
十分に交戦の意志ありと判断できる。
「行くぞ!!」
機体を軽く左右に振り、続く攻撃を回避。
と同時にメインブースター最大出力。
刹那の間に超音速領域に到達。距離という盾を一瞬で踏み潰し、格闘戦へ。
敵ISが回避機動に入るが、もう遅い。
振るわれるのは右腕装備の07-MOONLIGHT。
ACユーザーお馴染みの最強のレーザーブレードは、敵ISのエネルギーシールドを一撃で切り裂き、エネルギーを大量消費させる絶対防御を強制的に発動させる。
そしてブレードを振り抜いた俺は、すれ違い様にOBをカット。QBで高速反転。
背後からアサルトライフルを接射。
後、バックブーストと同時に右背部装備の
回避もまま成らない敵ISの背部推進機関を狙い撃つ。
―――敵IS、主推進機関に致命的損傷。サブスラスターによる浮遊落下開始。
(今なら絶対防御も発動出来ないだろう。撃てば確実に殺れるが・・・・・)
そんな事を思い銃口を向けるが、結局引き金は引かなかった。
戦闘能力は既に奪った。基地破壊後、まだ転がっているようだったら回収して尋問でもすれば良い。
今は依頼の達成を優先する。
そう考えた俺は、再度OBを起動し目標に向かう事にした。
この数分後、某国監視衛星が黒煙を上げる未登録の施設を発見。
驚異的な速さで調査部隊が編成され送り込まれたが、大規模戦闘でもあったかのような徹底的な破壊により、有力な情報は何一つ得られなかったという。
第2話に続く