「結構立派だな」
それが浦原商店を見た俺の第一声だった。
アニメやコミックでは何度も見たことはあるが、実物を見るとやはり迫力(?)が違う。
一般的な駄菓子屋よりもがなり立派な店だった。
その店の前で箒をバットのように振り回している目つきの悪い少年と、その少年に話しかけている気弱そうな目をしたツインテールの少女がいた。間違いなく花刈(はなかり)ジン太と紬屋雨(つむぎやうるる)だろう。
そういえば話は変わるが、エルフィはここへの案内を終えるとすうっと消えてしまった。
ここに来る途中で聞いたのだが、エルフィは普段の時はステルスモードという力を使って姿を消し、常に俺の傍で控えているらしい。
正直それは俺にとっても有り難かった。エルフィの姿は相当目立つ為、否が応でも目を引いてしまう。姿を消せるのなら余計な騒ぎを起こさずに済む。
閑話休題
会話に横入りするのも悪いと思い、二人に気付かれないように俺は閉まっている戸を開けた。
ガラガラ
「すいませ~ん。店長さんはいますか~?」
「はいは~い。お待ちしていましたよ。吉波龍一郎さん」
「………は?」
いきなりの歓迎に思わず目が点になる。
「さあさあ~。取り敢えず中へどうぞ~」
甚平を羽織り、帽子を目深にかぶった人物。浦原喜助が店の奥に進める。
「あ…はい。お邪魔します」
まだ若干呆けている俺は進められるがままに奥に通されると、そこには卓袱台を中心に既に二人が座っていた。
一人は眼鏡をかけた見事な体格の男性。もう一人は褐色の肌にボニーテールが印象的な女性だった。
(表に鉄裁さんがいないと思っていたけど、ここにいたのか)
そんな事を納得しつつ、俺は鉄裁さんの横(さすがに女性の横は気恥ずかしかったからだ)に腰を下ろした。
そして俺が座ったのを確認して浦原さんが空いている場所に座る。
位置的には
夜一さん 鉄裁さん
卓袱台
浦原さん 俺
となっている。
「さて、まずは自己紹介と致しましょうか。あたしはこの店の店長をしています浦原喜助と申します」
「儂は四楓院夜一。喜助の友人じゃ」
「私は店長の補佐をしている握菱鉄裁と申します。お見知りおきを」
順々に名乗っていく面々。
「俺は吉波龍一郎。よろしく」
「我はエルフリーデ・クライスト。エルフィで構わない」
「どわっ!」
いきなり出現して名乗るエルフィに、俺は思わず仰天の叫びを上げてしまう。
しかし浦原さん達はチラリとエルフィを見ただけで後は「こちらこそ」と返すのみだった。流石というかなんというか。
感心している間に、浦原さんは先程まで見せていたおちゃらけた顔から一転させて、帽子を目深に被っていても判るほどの真剣な目で俺を見る。
「さて…あたし達は既に神と名乗る者から、予め事情を聞かされています。無論龍一郎さん…あなたのことも」
「正直儂も俄には信じられなんだのじゃが、現に御主という存在が現れた以上、信じるほかあるまい」
「この世界に危機が迫っているのであれば、私達も無関係ではありません。私達三人はあなたに力を貸そうと思っています」
三人の言葉に、俺は深々と頭を下げて「有り難う御座います」と礼を言って感謝の意を示した。
護廷十三隊の隊長クラスの実力を持つ三人が力を貸してくれるのだ。これほど心強いものはない。俺はこの三人に事情を説明してくれた神に始めて心から感謝した。
「では早速で悪いが頼みたいことがある」
「へ?」
いきなり割り込んできたエルフィに、俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。
「はいはい~。なんでしょう」
「神から事情を聞いているとは思うが、龍は能力を持ってはいるのだが、その能力を完全に使いこなすことはできていない。そこでこの店の地下にある勉強部屋を使わせて欲しい」
「成る程。確かに御主が戦力にならぬようでは話にならないからのぅ」
グサッ
「ぐほっ」
夜一さんの言葉が槍となって俺を容赦なく貫く。
「分かりました。どうぞ好きなだけ使ってください」
「助かる。それで鍛錬の事なのだが……(ぼそぼそ)……」
「ふむ成る程…それならば私達三人で……(ひそひそ)……」
「ふむ。確かにそれなら短期間で急激な成長が見込めるな。しかし龍一郎の体力的にも精神的にも相当の負担が……(ぶつぶつ)……」
精神的ダメージを受けている俺を尻目にエルフィと浦原さんとでトントン拍子になにか話が進んでいく。時々ぼそぼそと小声で話しているので所々聞こえないのだが、そこはかとなく嫌な予感がする。
「よし、方針は決まった。行くぞ龍」
ガシッ
話を終えたエルフィがそう告げると、鉄裁さんが俺を腕の下に抱えてそのまま運んでいく。
抱えられる時に俺は思わず「うぉっ」と声を出してしまった。はっきり言って鉄裁さんはかなりの長身なので抱えられると結構怖い。襟首を掴まれて持ち上げられたジン太の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
「ちょ…ちょっと待てよエルフィ!いったい俺を何処へ連れて行くんだ!」
「何を言っている?そもそも鍛錬をする為に此処に来たのだろう?」
「ぐっ!」
正論を返されて言葉に詰まる。
「で、でも情報収集とかもあるだろう!」
「それは既に浦原喜助と四楓院夜一に任せてある。心配は要らない」
「ぐぅ」
もはやぐぅの音しか出ない。
「これから十日間。勉強部屋で汝を徹底的に鍛え上げる事になった。心配する暇は無いぞ龍」
「は?」
「まずは汝の戦力を増強するのが先決だ。とりあえずこの十日間で鍛えれるだけ鍛える。浦原喜助と話し合って一応だが方針は決まった」
さっき感じた嫌な予感はこれか。
「ち…ちなみにエルフィさん。その十日間の日程(スケジュール)を聞かせて貰えないでしょうか?」
背中に伝う嫌な汗を感じつつ掠れた声でエルフィに聞く。
「まず最初の一日目で身体エネルギーと精神エネルギーを練りこみ、チャクラを生み出す技術をマスターしてもらう。
そして二日目で写輪眼と影分身の術を優先して習得してもらう。
三日目~九日目まで影分身を2体出して、握菱鉄裁に鬼道を。四楓院夜一に白打と歩法を教わってもらう。写輪眼を使えば習得も早いだろう。
そして本体は浦原喜助と木刀を使って斬術の訓練となっている。
そして最終日におさらいを兼ねてテストをする予定だ」
えぇ~ちょっと。いくらなんでもハードスケジュールではないでしょうか?
「ちょっと待「さて行きましょうか。時間は待ってはくれませんぞ」」
「同感だ」
俺の抗議の声を鉄裁さんが遮り、エルフィが同意する。
もがいて抵抗の意を示すが、鉄裁さんに抱えられているので全く意味を成さない。俺に出来ることは…
「エルフィの鬼ぃぃぃぃっ!!!」
心情を叫ぶことだけだった。
――夜一サイド――
「さて、行きましょうか夜一さん」
廊下に響く叫びを無視して、喜助は腰を上げた。
「しかし……いいのか喜助」
「なにがですか?」
惚けた様子で聞き返してくる。分かっている筈なのじゃが…相変わらずじゃな。
「龍一郎のことじゃ。いくら神に能力を授かっているとはいえ、あやつは気質(かたぎ)の側の人間じゃ。少々あの鍛錬は厳しくないかのぅ」
「優しいんすね。夜一さん」
「茶化すな」
軽薄そうな笑いを浮かべる喜助を軽く睨むと、奴は帽子を被り直して口を開いた。
「これ位で音を上げるようなら、この世界を救うことなど到底できません。いや、もし私達の力を借りてこの世界を救うことが出来たとしても、他の世界で潰されてしまう可能性が非常に高いです」
「成る程のぅ。それであの鍛錬か」
儂はこの時ようやく浦原の心情を理解した。
あの鍛錬で龍一郎を肉体的にも精神的にもなるべく短時間で鍛え上げ、更に今後あやつが向かう世界でも役に立つであろう能力を早めに身に付けさせる。
確かにあやつが他の世界に渡る事を考えれば、効率の良い鍛錬法といえるじゃろう。ただ―――
「あやつの根性が持てばの話じゃがのぅ」
「あたしは信じたいんすよ。神に選ばれたという彼を」
ほぅ。喜助がこう言うとは珍しいのぅ。
「それに…彼がこの世界に現れたことで、遅かれ早かれイレギュラーズが動き出す可能性があります。だからこそ「だからこそ、エルフィは儂等に情報収集を任せたのじゃろう」」
儂に台詞を喜助は「…そうっすね」と苦笑した。
「さて、儂は儂なりに伝手をあたってみる」
「あたしも色々と探ってみます。では、明後日に」
明後日には龍一郎の相手をしなければならぬからのぅ。
「あぁ」
頷き、儂等は各々の場所に向かった。
☆
――三人称サイド――
少し時間は進み、龍一郎が勉強部屋に入ってから数日後の尸魂界(ソウル・ソサエティ)。技術開発局のとある研究等の一室。否、一室と呼ぶには大きすぎる程の空間。
そこで顎に手をあてて思案に暮れる一人の男がいた。
護廷十三隊十二番隊隊長にして技術開発局の局長を兼任する涅(くろつち)マユリである。
「まさか黒崎一護が銀城空吾の遺体を現世に持ち帰るとハ……全く予想できなかったヨ」
悔しさと落胆をない交ぜにした声が、彼以外に誰もいない部屋に響いて消える。
「完現術者(フルブリンガー)の力。黒崎一護から奪った力。そして元から混ざっていた虚の力。
これらの力を身につけた銀城空吾…是非とも調べてみたかったのだがネ……………この際現世に行って彼の墓を暴こうかネ」
「おいおい。物騒のこと言ってんじゃねぇよ」
突然背後からかかった聞き覚えの無い低音の声に、マユリは反射的に斬魄刀の柄に手をかけて振り返った。
「誰だネ!?」
振り返ったマユリの視線の先には、黒い鬼がいた。
黒い筋肉質の体に袖とフードの付いた赤黒いマントを羽織り、手首と首には幾つもの棘がある皮製のバンドをはめている。
そしてその者を『鬼』と表現させたなによりのものが、その頭部にあった。
黒く四角い顔に白い髪が頬と顎の中間ほどまで伸び、その髪を押し上げるように短く黒い二本の角が眉間から丁度左右対称に伸びていた。
「ほゥ」
感心したように呟き、マユリの大きく見開いた目がスゥッと細くなる。
「始めて見る顔だネ」
「そうだな。直接顔を合わせるのはこれが最初だ」
まるで世話話にも似た『鬼』の返答にマユリの目がピクリと動く。
「その言い方。まるで君は私の事を知っているかのようだネ」
「俺は情報通なんだ」
「成る程ネ」
呑気とも思える会話をしながらも、斬魄刀の柄を握るマユリの手は離れはしない。何故ならば――
「1つ聞いてもいいかネ」
「何だ?」
「どうやってこの部屋に入ったのかネ?」
「どうって…普通に扉を開けて入ったぜ」
「ならば、この部屋の前に女が一人いた筈だが……一体どうしたのかネ」
マユリの問いに『鬼』は白い目を不気味に細め、ニヤリと歯を剥いて邪悪な笑みを浮かべた。
「あぁ。あの女か。邪魔だったからぶっ飛ばしちまったぜ」
「ほゥ!」
マユリの声がオクターブ高くなり、明らかに嬉しそうに細くなっていた目を見開いて口角が上がる。
「成る程!道理でネムの零圧を感じない訳だヨ!それにしても、私に気付かれる事無くネムを倒すとは!君の姿も!その戦闘力も!実に興味深い!!」
「おいおい。自分の部下が倒されて言う言葉がそれか?」
呆れたように言う『鬼』の方が正論だと突っ込みを入れる者は、残念ながらこの場には居なかった。
「部下?違うネ。あんなのは愚図の役立たずダ」
まともな者が聞いたら殺意すら抱かせる台詞を平然と口にするマユリ。
しかしマユリのそんな言葉を聞いた『鬼』の反応は「そうかい」だけだった。
「さてそんな事より、どうだネ?私の元で研究材料として働く気はないかネ?」
「ふっ」
「ん?どうしたのかネ?君が望むのなら最高級の待遇で迎えようじゃないかネ」
鼻で笑う『鬼』に尚も話し続けるマユリ。
「何故俺がお前の所に顔を出したか分かるか?」
『鬼』の口から出たのは、マユリに対しての返答ではなく、確認をするかのような質問だった。
不意に聞かれたマユリは「ん?」と虚を突かれたかのように勧誘(?)を止めて「私に会いに来たのだろウ?」と質問で返す。
「半分正解だ。もう半分は―――」
「は」の音が口から出た瞬間、『鬼』はその場から姿を消した。
突然姿を消した事に動揺したマユリは気付くのに一拍遅れてしまった。『鬼』が自らの懐に入り込んでいた事に。
「お前を殺す為だよ」
問いの答えと共に、『鬼』は突進の勢いを加えて威力を増した膝蹴りをマユリの腹部に打ち込んだ。
否。打ち込んだかに見えた。『鬼』の膝蹴りがあたる一瞬。マユリの姿も消え去っていた。
「やれやれ手荒だネ。まるで更木剣八のようだヨ」
『鬼』の後方に出現したマユリが、うんざりだといわんばかりに首を左右に振る。
「…瞬歩か」
マユリが何をしたかを理解して、振り返って笑みを深める『鬼』に対し、マユリは斬魄刀を抜刀することで応えた。
「まあいい。君が私の命を狙ってきたのなら、私は君を討たねばならなイ。その後でじっくりと君を研究させて貰うヨ」
「いいぜ。やれるもんならな」
『鬼』の挑発に、マユリは言葉ではなく別のもので応える。
「掻(か)き毟(むし)れ『疋殺地蔵(あしそぎじぞう)』」
斬魄刀第一の解放形態『始解』。
日本刀が変化し、鍔にあたる部分に赤子の様な顔が浮かび、そこから三本のうねった刀身が出現する。
「名を聞いておこうかネ……君の試験管に書く名ヲ」
挑発とも取れるマユリの台詞に『鬼』は白い歯を剥き出しにして笑う。
「バウス……俺の名はバウスだ!」
吠えてマユリへと駆ける『鬼』…否。バウス。
そして技術開発局の一室で、轟音が鳴り響いた。
☆
先日技術開発局で起こった謎の爆発の調査報告書
技術開発局のほぼ全員が重軽傷を負い、中でも十二番隊隊長の涅マユリ・同副隊長の涅ネムは意識不明の重体で、現在は四番隊の集中治療室にて治療中。
なお今回の件での死者は、四番隊の迅速な活動により幸い一人も出ていないとのこと。
追記
今回の件で懸念に思うことが一点。
重傷を負った涅隊長を発見した場所で明らかに戦闘をしたと思わしき痕跡が残されており、更にその場の残留霊圧を解析した結果、金色疋殺地蔵(こんじきあしそぎじぞう)の霊圧が感知された。
この事から涅隊長が何者かと戦い、卍解を使用しながらも敗れたと推察される。
軽症者から聞き取りをした所「黒い鬼に襲われた」と供述しているが、現在は不明である。