第二十六話
――龍一郎サイド――
一角さんとの鍛錬が終わってから三日後。
バウス達との決戦まで後二日にまで迫り、瀞霊廷中の空気がピリピリと緊張感を帯びたものとなっていた。
当然俺も日頃の鍛錬に熱を入れ、来るべき決戦の日に向けて己を鍛えている。
ここ最近ではただ才牙の力を引き出そうとするだけで無く、『冒険王ビィトエクセリオン』で主人公のビィトが天撃の達人であるシャンティーゴの四賢人に実際に受けた修行を真似た鍛錬を行い、それぞれの天撃の奥義を修得しようとしている。
炎の天力を集約させて巨大な剣の形にして一気に焼き切る『爆炎』のグリファスの業火烈断(ごうかれつだん)。
集中させた風の天力で相手の急所を貫く『涼風』のイーブルの風牙一閃(ふうがいっせん)。
超電撃を相手の体内に送り込み、一気に爆砕させる『瞬雷』のトンガの迅雷撃破(じんらいげきは)。
膨大な量の水を発生させ、自在に操る『流水』のレイモンドの水破爆裂(すいはばくれつ)。
どれも切り札となる技ばかりだ。
え?才牙の扱い自体がまだ未熟なのに、いきなり奥義に手を出してどうするって?
まぁ確かにその通りだ。
一角さんとの鍛錬で、なんとかバーニングランスの扱いが様になるようになったものの、まだまだ完全に力を引き出せている訳ではないし、他の才牙もサイクロンガンナーはやっと弾をフルに生成出来るようにはなったが、その時の調子によってムラが生じてる為に安定した生成とは言えないし、ボルティックアックスも普通に武器として振り回せるようにはなったが、振るったときに発生する斬撃の衝撃波はまだ上手く狙った所に飛ばせないでいる。
エクセリオンブレードとクラウンシールドは一応問題はないが、あくまでも『他の才牙と比べると』という前置きが付くレベルだ。
そんな未熟な身でいきなり天撃の奥義に手を出すなど、無謀以外の何者でもない。
だが俺の頭では、なるべく短時間で急激にレベルアップ出来る方法はこれしか思い付かなかったのだ。
なにせ三日後に戦う相手はバウス。並のヴァンデルやモンスターとは比べ物にならない程の強敵だ。
二本の指を挟むだけでエクセリオンブレードを止め、先程述べた『流水』のレイモンドが奥義・水破爆裂で作り上げた水のシールドを頭突き一発で粉砕する文字通りの怪物である。
破った奴と戦う為に破られた技を必死に修得するのも変な話だが、俺の持つ武器の中で奴に通用するのが才牙一択である以上、他に手はない。
そう思って始めたのだが、比較的順調なのはクラウンシールドとボルティックアックスの2つだけで、後は暗礁に乗り上げていた。
というのも、原作の『エクセリオン』の中で修業内容が細かく描写されていたのはこの2つだけなのだ。
風の天撃の修業は大気や空気といった動きを読むだけに終わっていたし、火の天撃ではそもそもその修業さえ行ってはいない。
『爆炎』のグリファスは主人公のビィトに一度技を見せただけで『見せたんだから、後は勝手に覚えたまえ』と言うだけに終わっている。
そんな放任なやり方で奥義を教えたつもりになっているグリファスがグリファスなら、その後見事に自力で修得してしまったビィトもビィトだ。
やはり流石は主人公と言った所だろうか・・・。
あ、そうそう。先程から話題にはしていなかったが光の属性の奥義も存在はしている。
天撃の街シャンティーゴの領主パドロが使っていた奥義。光属性の光弾を連続で放つ天波連撃(てんはれんげき)だ。
だが俺は、その奥義の修得を早々に諦めた。
なにせ光の天撃の修業など『エクセリオン』の作中にも出てきてはいない為、もし修得しようとするのならばバーニングランスの業火裂断のように試行錯誤するしかないのだが、片や天撃の中でも比較的初心者向けでコントロールもし易い火の天撃。
片や全ての天撃の中で難易度がずば抜けて高いと言われている光の天撃。
どちらを取るかなど、わざわざ悩む必要もない。
それにエクセリオンブレードには、既にゼノンウィンザードという奥義があるという点も、天波連撃を諦める後押しとなった。
そして今日。影分身にそれぞれの修行を任せて本体の俺は・・・・・・。
伊勢副隊長に頼まれて十番隊の日番谷隊長に書類を届けに行っている。
いや、俺も頼まれた時には思わず『何故に!?』と声を出してしまったが、なんでも三日後に攻めてくるバウスを迎え撃つ為の作戦が書かれた機密書類が入っているそうなので、早急に運んで欲しいそうだ。
そして俺だけでなく、八番隊のほとんどの人がその書類を各隊の隊長に届ける為に出払っているらしい。
そう言われては否とは言えず、俺は1人で伊勢副隊長の頼みを承諾し、十番隊へと書類を運んでいた。
そう。俺1人でだ。
実は相棒のエルフィは、初日から山本総隊長と現世の浦原さんと交えてバウス対策を練っていた。
その対策が今俺が運んでいる書類に書かれているという訳だ。
そんな書類を見てみたいという気持ちが無い訳では無いが、後からエルフィにが話してくれると思っているのと、隊長格に届けに行く書類を盗み読むと何をされるか考えるだけでも恐ろしいという二つの理由で俺はなんとなく歩みを早めて十番隊へと早足で歩いて行っ
☆
歩みを早めてから約十分後。無事に十番隊舎に着いた俺は、隊舎の前で見張りをしていた十番隊の人に日番谷隊長に書類を届けに来た事を伝えたのだが、生憎と日番谷隊長は所用で出掛けており、今は留守にしていた。
一瞬見張りをしている人に書類を預けようかとも思ったが、伊勢副隊長から隊長に直接渡して欲しいと言われていた為、その考えをすぐに打ち消して日番谷隊長が帰ってくるまで中で待たせて貰っても良いかと聞いた所、了解を経て執務室に隣接している貴賓室に案内して貰った。
貴賓室の扉の前まで案内してくれた人に礼を言い、俺はコンコンッと扉をノックした。
貴賓室といえば身分の高い客を通す部屋だから、案内して貰ったとはいえ一応礼儀を弁えた行動をしようと思ったからだ。
「失礼します」
ノックをしても誰の声も帰っては来なかったので、俺は扉を開けた。
そして其処には・・・・・・。
ソファに寝そべってだらけている松本副隊長がいた。
「あら?あんた・・・どうしたの?」
あなたがどうしたんですか?
喉元まで出掛かったツッコミの言葉を飲み込み、俺は手に持った書類を軽く上に上げてアピールする。
「伊勢副隊長に頼まれて、日番谷隊長に書類を届けに来たんです」
「あらそう。ならそこの執務室にある隊長の机の上があるから、置いておけばいいじゃない」
「伊勢副隊長から、日番谷隊長に直接渡すように頼まれたんですよ。それより、松本副隊長はどうしてこの貴賓室に?」
隣にある扉を指差す松本副隊長に、俺は答えてから問う。
「休憩よ休憩。さっきまで書類を片付けていて疲れたから、休憩してるのよ」
手をヒラヒラと振って答える松本副隊長に、俺は貴賓室に備えてある机の上に書類を置い
て「そんなにあるんですか?」と聞いた。
「知らないの?副隊長がやらなきゃいけない事って、結構多いのよ」
ちょっと不機嫌になったらしく唇を尖らせる松本副隊長に、俺は「いえ、いつも京楽さんと伊勢副隊長を見ているので」と返すと、松本副隊長は「あ~」と納得したと言わんばかりに頷いて「あの隊はある意味特別よ」と返した。
まぁ、仕事をさせる為に副隊長が隊長を椅子に縛り付ける隊など他には無いだろうな。
そう思って「それもそうですね」と口の端を上げて肯定俺に、松本副隊長は「でしょ」と釣られて笑う。
ひとしきり笑い合った後で俺はふととある事を思い「そういえば松本副隊長」と口を開くが、「あぁ、ちょっと待って」と彼女が待ったをかけて話の出だしを止めてしまった。
「別に一々お堅く副隊長って言わなくてもいいわよ。一護や恋次や朽木は名前で呼んでるでしょ。あたしもそれ位気楽に呼んで欲しいわ」
出だしを止められて反射的に口を噤んでいる俺に言う松本副隊長に、俺は噤んで口の中に溜まっていた空気をふぅっと吐き出して、本人が良いと言っているのなら良いかなと思い、「了解です乱菊さん」と若干砕けた口調で答えた。
それに満足したのか、乱菊さんはにっこりと笑って「じゃああたしは龍って呼ぶわね」と朗らかに言う。
正直、いきなり略称で呼ばれるのは違和感があるのだが、乱菊さんの笑顔を見ると『まぁ、いいか』という気分になってしまい、取り敢えず話を元に戻すのを優先させる。
「そういえば乱菊さん。日番谷隊長は何時頃戻りますか?」
「隊長?そ~ねぇ~」
乱菊は首を傾げた後に「ごめん、ちょっと分からないわね」と軽く頭を下げた。
「そうですか・・・じゃあしばらくここで待たせて貰います」
「別に良いわよ。よかったら其処にある棚に茶菓子があるから、食べていったら?」
乱菊さんが一つの棚を指差すが、俺は首を左右に振った。
「すいません。俺甘いのはあまり好きじゃないんです」
(それにいくら勧められたとはいえ、大事な書類を届けに来た先で茶菓子を食べるのは、流石に不謹慎だと思うしな)
心の中で付け加えて、俺は持っていた書類を机の上に置く。
「あら、そうなの?」
「まぁ、全く食べれないって訳じゃないです」
意外そうな顔をする乱菊さんに鼻の頭を掻きながら苦笑して返し、俺は長椅子に腰を下ろさずに立ったままで乱菊さんに頼み込む。
「すいません乱菊さん。ちょっと執務室の中に入ってもいいですか?」
この申し出に乱菊さんは目を丸くして「えっ?」と声を上げて、一拍を置いて「別にいいけど・・・特に面白いものは無いわよ」と続けた。
「いえ、今まで八番隊の執務室しか見た事がなかったので、他の隊はどうなっているのかなぁと思って」
「どこの隊も同じだと思うけどねぇ」
「それに、ただじっと待っていても落ち着かないので、乱菊さんの書類整理を手伝おうかと」
「・・・・・・え゛?」
嫌そうに顔を歪める乱菊さんを見て、内心俺は「やっぱりか」と思った。
乱菊さんはさっきまで書類を片づけていて疲れたから休憩していると言っていたが、おそらく休憩を取り始めてから数分程度ではなく、最低でも十分以上は経過していると予想できた。
何故それが分かったのか。その答えは服の皺だ。
乱菊さんの死覇装には、数分程度の休憩では有り得ない程の深い皺が幾重にも寄っていたからだ。
かなり長い間休憩して(サボって)いたのだと想像できる。
「三日後に相当大きな戦いがありますからね。早く書類を片付けて鍛錬をしないと」
「あ・・・で、でもあんたって書類の字は読めるの?」
「ご心配なく。伊勢副隊長に教えて貰ったので大丈夫です」
あらかさまに嫌そうな顔をし、字が読めないのを出汁にして遠回しに拒否する乱菊さんに、俺は伊勢副隊長に予め読み書きを教えて貰った事を言うと、乱菊さんの顔が更に歪んだ。
「さて、行きましょうか「いや・・・でも・・・」行きましょうか「・・・・・・」」
有無をいわさぬ静かだが強めの口調で繰り返す俺を見て、乱菊さんは深い深い溜め息を吐いた後に長椅子に下ろしていた腰を上げ、どんよりとした雰囲気を漂わせながら俺と共に執務室への扉をくぐった。
――日番谷冬獅郎サイド――
三日後に起こるであろう決戦に備えて、十番隊の管理区域の見回りを終えた俺は足早に隊舎に戻り、貴賓室へと向かって歩を進めていた。
門番をしていた死神から、現在京楽の所に世話になっている例の男が重要な書類を届けに来て待っている事を聞いたのもあるが、もし門番からその話を聞かなくても、俺は一番に貴賓室に足を向けていただろう。
その理由は松本だ。
何故なら俺は確かに見たからだ。見回りに出る事を伝えた時に、一瞬松本が嬉しそうな顔をしたのを。
その時俺は確信した。
こいつは絶対に俺がいないのをいい事に仕事をサボるつもりだと。
とはいえ、それを問い詰めても松本が口を割るとは思えないし、見回りを他の奴に任せる事も出来なかったから、急いで見回りを終えて帰ってきたのだ。
そして俺は歩みの勢いを緩めることなく貴賓室の扉を開き、部屋の中に入るが、そこには俺の想像していた風景は無く、机の上に書類の束が置いてあるだけで、長椅子に寝そべっていると思っていた松本の姿も、書類を持って来た奴の姿も無かった。
(・・・妙だな)
そう思った俺は松本の霊圧を探ったのだが、それは思わぬ所から感じ取れた。
(ますます妙だな・・・)
俺は戸惑いを覚えながらも、松本の霊圧の感じる場所。貴賓室のすぐ隣にある執務室の扉を開ける。
すると其処には・・・・・・。
「はい乱菊さん。この書類も提出期限が過ぎていますよ」
松本の机に書類を置いていく吉波と。
「あ゛~・・・」
机に突っ伏して頭から湯気を出している松本の姿があった。
「・・・何をしてるんだお前等は」
呆れを含んだ俺の呟きに机に突っ伏していた松本が反応する。
「隊長~~助けて下さ「あ、日番谷隊長。お邪魔しています」うぅ~~」
僅かに顔を上げて情けない声で助けを求める松本の声を遮って頭を下げる吉波に松本が不満げに呻くが、吉波は一切気にせずに「あ、乱菊さん。この書類も提出期限が切れていましたよ」と言って机の上に書類を置くと、松本はそれを見たくないとばかりに再び机に突っ伏して「あ゛ぁ゛~~」と唸る。
そんな松本を完全に無視して、吉波は俺に再度頭を下げた。
「日番谷隊長。お待ちしていました」
「あぁ。門番から話は聞いている。貴賓室の机に置いてある書類を持ってきたんだな?」
俺の確認がてらの問いに、吉波は「はい」と頷いた後に真剣な顔をして「三日後の戦いの作戦についての書類もあるので、優先的に目を通して下さい」と言った。
俺はその言葉と共に書類を渡す為にこいつが今まで待っていた事を察し「そうか。わざわざすまなかった」と礼を言う。
そんな俺の心情が分かったのか、吉波は「いいえ、俺は伊勢副隊長に言われた事をやっただけです」と照れたように笑みを浮かべた。
「しかし、なんで松本と書類整理をしていたんだ?」
話が一段落した所で、俺はさっきから気になっていた事を聞いた。
「いえ、俺が貴賓室に入ったら乱菊さんが休憩をしていたので、ただ隊長を待っているのも落ち着かなかったから、乱菊さんの仕事を手伝おうと思ったんです」
「・・・そうか」
俺は突っ伏している松本に視線を向けると、松本の体がピクリと僅かにだが確かに動いた。
こいつ・・・案の定サボってやがったな。
「部下が世話になった」
「気にしないで下さい。俺は書類の仕分けをしただけです」
パタパタと扇ぐように手を動かして答え、吉波は「では日番谷隊長。鍛錬がありますので、俺はこの辺で失礼します」と言って一礼し、駆け足で去って行った。
俺は風のように去って行った奴の姿を見送った後で、何気なく松本の机の上に置いてある書類に目を通し、思わず息を呑んだ。
吉波の奴が仕分けをした書類。それは全て非常に分かりやすく綺麗に纏めてあったからだ。
一つ一つを丁寧に読み、吟味しなければここまで上手く纏めることは出来ない。
俺はこの時になって始めて、奴を十番隊に入れれば良かったと軽く後悔した。