――龍一郎サイド――
花太郎さんと傷付いた雀部副隊長を平子隊長とエルフィに任せ、俺と恋次さんは一護さん達がいるであろう一番隊の執務室に向かい、霊子で作った足場を踏みしめて空を駆けた。
あの三体の鉄騎貝をそれぞれが倒した後、先に行った一護さん達から一向に連絡が来ない事を不審に思い(最初に俺は考え過ぎではないのかと言ったが、恋次さんが「一緒にいる筈のルキアからも連絡がないのは明らかにおかしい。あいつは無事なら無事と連絡する奴だ」という反論に、俺も納得して)、急遽俺と恋次さんの2人で一護さん達が向かった一番隊の執務室へと向かう事となった。
のだが……
「遅ぇぞ吉波!!」
「これでも……精一杯なんですよ!」
俺の前を瞬歩で行き、振り向いて声を荒げる恋次さんに俺は荒く吐く息を整えながら反論する。
なにしろソウルソサエティに来てからずっと走る事と戦闘の連続だったのだ。まだ十日程しか鍛錬をしていない俺にこれで疲労するなというのは明らかに無理がある。
「ったく、体力無ぇなぁお前」
その一言が槍となって胸にグサッと刺さる。
何か言い返そうかとも思ったが、呼吸が安定しないのと反論できる要素が何一つ無かったので、俺は苦い顔をして「…すいません」と詫び言を言う他に無かった。
「まぁ仕方無ぇ。もう少しで着くんだ。取り敢えず………ん?」
俺への言葉を唐突に切り、恋次さんは怪訝そうな顔をして振り返って先の一点を見た。
「恋次さん?どうし…っ!」
『どうしたんですか?』と口にしようとした瞬間。俺は『それ』を感じ取り、思わず口を噤んで恋次さんの視線の先。『それ』の発生源へと目を向ける。
辺りの大気がビリビリと震える程の霊圧。強大でありながらも覚えのある感覚。それは間違い無く一護さんの霊圧だった。
「この霊圧は…」
「一護だな。あの野郎卍解しやがった」
「ということは、卍解しなければ勝てない程に強い相手と戦っているという事でしょうか?」
「おそらくな」
俺の問いに恋次さんは小さく首肯し、ようやく呼吸が安定しはじめた俺をチラリと流し目で見て「行くぜ」と言って再び駆け出そうとしたが、俺は慌てて死覇装の袖を掴んでそれを止めた。
「待ってください!」
「あぁ!?なんだよ?まだ休みたいのか!?」
強引に出足を挫かれたからか刺々しくなっている恋次さんに、俺は首を左右に振って口を開く。
「違います。ちょっと待っていて下さい。執務室にいる敵を確認してみますから」
「はぁ?お前…何言ってんだ?」
困惑する恋次さんの問いをスルーして、俺はチャクラを練る。
鍛錬中にエルフィは言っていた。魔眼の類はオケアヌスの輪と同じ要領で念じれば出来ると。
ならば始めて使う魔眼でも、使うエネルギーさえあれば発動は可能だ。
俺は念じて叫び、その眼を発動させる。
「白眼!」
発動と共に俺の視界がほぼ360°にまで拡がり、瀞霊廷の全域が見渡せた。
いきなり視界が拡がった事にかなりの違和感を感じるが、こればかりは何度も使って慣れていくしかない。
「お前……その眼…」
白眼を発動した俺を見て、恋次さんが戸惑いを露にしている。
おそらく恋次さんから見たら、俺の眼の周りに幾つもの筋が浮き上がっているように見えるだろう。
「これは白眼といいます。能力は写輪眼を超える洞察力と、数百メートル先をも見通せる程の視力の強化です」
「どんだけ能力を持っているんだ。お前は」
呆れ混じりにツッコム恋次さんに俺は悪戯っぽい笑みを向けた後、白眼をコントロールして執務室の内部へと視線を集中し――
「…なっ!!」
そこにいた一護さんと相対している存在を見て、俺は思わず驚愕の呻きを漏らした。
黒い筋肉質の重厚な身体。
袖とフードの付いた赤黒いマント。
太い手首と首に嵌められた幾つもの棘がある皮製のバンド。
黒く四角い顔。
頬と顎の中間ほどまで伸びた白い髪。
その髪を押し上げる様に伸びる黒く短い二本の角。
俺はその全てに見覚えがあった。
バウス
冒険王ビィトのアニメオリジナルストーリー。『冒険王ビィトエクセリオン』に出て来たウ゛ァンデルで、罪を負ったウ゛ァンデルを閉じ込めておく牢獄。魔牢獄のトップである獄長を勤めていた。が
しかしそれは全て表向きの話であり、真実ではない。
実は魔牢獄は昔は最強のウ゛ァンデルを生み出す為に作られた実験場であったのだ。
その実験の結果、完成体と呼ぶに相応しい数体のウ゛ァンデルが生み出され、実験は成功した………否。しかたのように思われた。
ある日一体のウ゛ァンデルが、己の内にある強大な冥力が原因不明の暴走を起こして消滅するまでは。
興奮する事によって己の冥力が制御しきれずに暴走、崩壊する。その事を知った当時の製造者達は、実験によって生み出された全てのウ゛ァンデルに冥力を押さえ込む力を持つ拘束具を取り付け、実験場を牢獄へと変えた。
生み出したウ゛ァンデルの中で最も力の強いウ゛ァンデルを牢獄の管理者である獄長の席に置いて。
そしてそのウ゛ァンデルこそが他でもない。今一護さんと相対している相手。バウスだった。
(だけどおかしいな。拘束具が付いていない。……ということは、アニメの初期から中期のバウスか?)
生み出されたウ゛ァンデルである以上、バウスの身体にも拘束具は付けられている。だがそれが現れたのは最後の戦いの直前位の筈だ。
つまり今執務室の中にいるバウスは、まだ自らが魔牢獄で生み出された強化ウ゛ァンデルであるという事は知らないという事か?
しかし、どっちにしても――
「…厄介だな」
「どうした!?何か見えたのか!?」
心の声の一端をうっかり表に出してしまい、恋次さんがそれに反応して問い詰めてきた。
しかし、まぁ別に隠しておくような事でもないので、俺は正直に話す。
「執務室の中にかなり厄介なウ゛ァンデルがいますね」
「ウ゛ァンデル?なんなんだそれは?」
予想外の恋次さんの返しに俺は「え?」と間の抜けた声が出てしまうが、すぐにある事実を思い出して合点がいった事を示すようにポンと手を打った。
そういえばウ゛ァンデルの事を話した時には恋次さんとルキアさんはソウルソサエティに行っていたんだった。
「現世で戦ったムガインと同じ種族だという事ですよ。ちなみにさっきまで俺達と戦っていた貝みたいな奴等とか、現世で戦った虫もどきなどは全てモンスターという種族のくくりに入っています」
「そうか……ってちょっと待て」
納得の意を見せた後、即座に待ったをかける恋次さん。
「何か?」
「現世のムガインと同じ種族で、お前が見ただけで『厄介だな』って言う程の奴って事は、相当やばい相手だって事じゃねぇのか?」
「…はい」
図星を指されたが、俺は誤魔化さずに正直に頷いた。
なにしろ『冒険王ビィトエクセリオン』でも、主人公のビィトが振るったエクセリオンブレードをたった二本の指で挟んだだけで受け止めれる程の力を持っている。文字通りの怪物だ。
ビィト程才牙をうまく使いこなせない俺が突っ込んで行って、勝てる相手じゃない。
『冒険王ビィトエクセリオン』では天力を増幅できる力を持つリオンがいたのと、天撃の達人であるジャンティーゴの四賢人に鍛えられてのレベルアップがあったからこそ、なんとか勝てたようなものだ。
どちらにせよ正攻法では分が悪い以上、搦め手で攻めるしかない。
とすると………
「『はい』って、んじゃあどうするんだ?お前の事だ。何か手の一つや二つはあるんだろう?」
「その事なんですけど恋次さん。一つ頼みがあるんですが、いいですか?」
問い返した俺に恋次さんは「あん?」と軽く首を傾げたが、何か策があるというのをすぐに察したらしく、フッと口角を吊り上げて「言ってみな」と促した。
「はい。まず恋次さんが執務室に入って行って、相手に一撃当てて隙を作って欲しいんです」
「…成る程な。後はテメェがその隙を突いて才牙ってやつでぶった斬るって訳か?」
先を読んだ恋次さんの問いに、俺はこくりと頷いた。
「随分と単純な策だな」
身も蓋もない言い方に俺は苦笑を浮かべる。
「耳が痛いですね。でもこの策にはとある目的があるんです」
「目的?」
「はい。ちょっと確認をしたいんです」
「確認だぁ?一体何のだよ?」
「相手が何か仕掛けをしていないかという事ですよ」
俺の返答に恋次さんの眉がピクリと動く。
「卍解している一護さんが全然攻撃を仕掛けないのが気になるんです。相手がなにかしらの仕掛けをしている可能性があるので、それを確かめて置きたいんです」
「それで隙を作る為にする攻撃をして、相手の行動を探ろうって事か?」
「そういう事です」
内容を飲み込めた恋次さんにコクリと頷いて肯定する俺。
そして恋次さんは顎に手を当てて逡巡した後に、気合を入れるように自らの胸の前で己の掌に拳を打ち込んだ。
「うっし分かった!お前の策に乗ってやるよ。ただし…しくじるんじゃねぇぞ」
「はい!あ、そうだ恋次さん。」
「あん?なんだよ?」
力強く答えた後に呼び止めた俺に、恋次さんは怪訝そうな顔をする。
「相手と対峙した時に『魔牢獄獄長』と言ってみて下さい。きっと相手は動揺しますから」
俺の言葉に恋次さんは怪訝な顔をしながらも「あぁ」と短く答えた後に、瞬歩で一気に執務室にまで移動して行った。
俺は執務室の中を常に把握する為に、白眼を発動したままで恋次さんの後に続いて空を駆ける。
先に入った恋次さんが蛇尾丸を伸ばしてバウスに不意打ちの一撃を入れるが、火花を散らして弾かれ、刃節が宙を舞うのみで終わった。
その光景に、現世でのムガインとの戦いが頭をよぎる。
(ムガインと同じタイプの冥力壁か!)
この時になって俺は一護さんが卍解しながらも、何故斬りかからなかったのかをようやく理解した。
現世でムガインと戦った経験が、一護さんの心の内に躊躇いを生み出していたということを。
(最も。ムガインとバウスとじゃ、冥力に大きな差があるけどな)
そんな事を考えている間に恋次さんが二言三言言葉を交わして、バウスに動揺の気配が出ると同時に狒牙絶咬を発動。七つの刃節をバウスに当て、土煙を立てる。
どうやら俺の伝えた言葉をちゃんと言ったようだ。
俺は土煙の上がったその瞬間を見計らい、エクセリオンブレードを肩に乗せて一気に執務室の室内に踊り込み、恋次さんと舞い上がる土煙の間に立った。
背後から一護さんやルキアさんの動揺する気配が感じられたが、取り敢えず今はそれを無視して白眼を解除し、写輪眼を発動する。
たとえ土煙でバウスの姿が見えなくとも、写輪眼を通して見える冥力の流れで奴の位置を簡単に特定できる。
そして俺は鉄騎貝を倒したフェザースラッシュを放った前と同じく柄を握っていた左手を離し、親指と人差し指のみを開いて土煙の向こうにいるバウスに向けて腕を突き出す。
「ゼノン……」
俺は突き出していた手を戻し、再び柄を握り締めた。それと同時に、翼を思わせる刀身がバッと大きく開かれる。
まるでそれを計っていたかのように土煙が明け、奴が姿を現した。
「ったく、無駄な事を…………なにっ!!!」
煙が晴れて視界を取り戻したバウスは、俺の手に持つ物を目にして驚愕の声を上げた。
奴が驚くのも無理は無い。今俺の手にある才牙は、嘗て奴の命を断ち切ったものなのだから。
だからこそ俺はこの才牙を選んだ。奴に動揺を与えて隙を作り出すことが出来、今使える才牙の中で最も使い慣れているこの才牙を。
俺は動揺して動きが止まっているバウスに向けて跳躍し、落下の勢いと自らの全体重を乗せた大上段の一撃を見舞う。
「ウィンザァァァド!!!」
裂帛の気合と共に振り下ろした光の刃がバウスの冥力壁にぶつかり、切り裂いていく。
「いっけぇぇぇっ!!」
現世でムガインの冥力壁を切り裂いた時と同様に吠えて才牙の力を引き出し、更に冥力壁を裂いていく。
「…っ!させるかぁっ!!」
目の前で自らの冥力壁が切り裂かれていくのを見て我に返ったバウスが、慌てて掌を冥力壁に向けて冥力を込めて壁を強化する。
切り裂いていた刃が止まり、押し戻されていくのを感じた俺はエクセリオンブレードに力を込めて対抗する。
「「おおおぉぉっ(あああぁぁぁっ)!!!」」
天力と冥力。相反する二つの力が拮抗し、バチバチと火花を散らし、刹那の後―――
ドゴォォォン!!
大爆発を引き起こした。
予想外の事態に俺は成す術も無く吹き飛ばされ、ろくに受身もとれないままで床に叩き付けられた。
「ぐはっ!」
呻きと共に肺から空気が抜け、一瞬意識が遠くなる。
だが遠のく意識をなんとか気力で繋ぎ止めて顔を上げ、バウスの方を見る。するとどうやら爆発が予想外だったのは向こうも同じだったらしく、至近距離での衝撃を受けた影響で立ってはいるもののよろめいていた。
今なら策を労さずとも一撃を叩き込めそうなものだが、意識を繋ぎ止めるだけで手一杯の今の俺には不可能な事だった。
そう思った次の瞬間―――
「今だ一護!!」
「おう!!」
恋次さんの呼び掛けに応え、一護さんが地を蹴って一気に飛び出した。
その手に握る天鎖斬月には既に高められた力が込められており、刀身には黒い霊力が纏っている。
(何故だ!?)
突然の一護さん達の行動に、俺の頭の中がパニックとなる。
先程俺の放ったゼノンウィンザードの一撃で、バウスの冥力壁は確かに弱まっている。
しかしまだ冥力壁自体を完全に破壊した訳ではない以上、一護さんが攻撃をしても弾かれる可能性は高い。
(それなのに何故……………あ)
ここで俺は自らのしている根本的な勘違いに気付いた。
それはバウスの冥力壁が俺には見え、一護さん達には見えていないという事実。
俺は写輪眼で奴の冥力壁を見る事が出来るが、そもそもバウスの冥力壁は防御力と隠密性を重点に置いている為、肉眼で確認する事が出来ない。
だから先程の俺の一撃と起こった爆発で、現世の時と同じく奴の冥力壁を破壊したと思い込んだ恋次さんが一護さんにその事を伝えて攻撃を仕掛けたのだろう。
(やばい!)
俺は吹き飛ばされた時に一護さん達に警告しなかった事を悔やんだが、今は後悔している暇も無い。
俺は痛む体を酷使して、可能な限りの大声を張り上げる。
「駄「月牙ぁぁ!!天衝ぉぉっ!!!」」
だが有らん限りを込めた俺の叫びは、一護さんの咆哮によって掻き消され、誰の耳に届く事も無かった。
闇色の斬撃が空を走り、バウスに向かう。
その時、バウスが予想だにしなかった行動に出て、俺は目を見開いた。
なんとバウスは月牙天衝に対して腕を交差させ、防御の体勢を取ったのだ。
黒い月牙はバウスの障壁にぶつかり、刹那の後にバウスの体を浮き上がらせた。
(えぇっ!?)
「ぐ…あぁぁぁっ!!」
困惑する俺を置き去りにして黒い月牙はバウスを飲み込み、その叫びのみを残して斬撃は更に突き進んだ後に、執務室の壁にぶつかり深い切れ込みを残す。
「…やったのか」
辺り一面に土埃が舞い上がり、ガラガラと欠片が崩れ落ちる中で、恋次さんの呟きがやけに大きく感じられた。
(いや、だからそれはやっていないフラグだから)
心の中でそんなツッコミを入れつつ、俺は生まれたばかりの子馬のように危なげにふらつきながらもなんとか立ち上がり、エクセリオンブレードを正眼に構える。
先程俺が当てたゼノンウィンザードは冥力壁自体を破壊するまでには至らなかったが、冥力を予想以上に削り取る事は出来たようだ。
奴が一護さんの月牙天衝を受け止めた時に押された事がなによりの証拠。
ならば俺のこれからやるべき事は一つ。奴の冥力壁を完全に破壊することだ。
(だけど…)
逡巡を見せた俺の刃の先には――
「………やりやがったな」
左肩の付け根を右手で押さえ、苦しげな表情をするバウスの姿があった。
どうやら一護さんの月牙天衝は、思った以上のダメージを奴に与えたらしい。
「…っち!」
「あれをくらってもあの程度なのか」
バウスの姿を見て恋次さんは舌打ちし、ルキアさんは呆然と呟く。
しかし一護さんと山本総隊長は既にこの展開を予想していたのか、無言でバウスを己の視界に捉えて斬魄刀を構えた。
一方バウスは傷付いた肩を流し見て忌々しそうに舌打ちし、大きく後ろに飛び退いた。
「ちっ…治すのに少し時間が掛かりそうだな」
「そんな心配をする必要は無いぜバウス!お前は今此処で倒す!」
なけなしの気力を振り絞って吠える俺に視線を移し、バウスはハッと鼻で笑って見せた。
「俺を倒すだと?それが無理だというのはそれを持っている貴様が、一番理解していると思ったんだがな?」
「それはお前から見ても同じ事だろうバウス?」
バウスの言葉に俺は図星を指されはしたが、不敵な笑みを浮かべて返した。
確かに今俺が一番まともに扱える才牙の最高の技であるゼノンウィンザードをまともに当てても、奴の冥力壁を完全に切り裂くことは出来なかった。
それはつまり、今の俺に奴の冥力壁を一撃で破壊する事は不可能だと証明されたも同然だ。
となると奴の冥力壁を破壊する方法は俺の思いつく限り一つのみ。
質より量。数を当てて地道に冥力壁を削ってしかないのだが、いくら奴が傷を負って弱っているとはいえ、何度も攻撃を当てれるとは到底思えない。
だがこの場には俺と奴の2人だけではない。隊長格クラスの力を持っている一護さん達がいる。
力を合わせて戦えば、バウスの冥力壁を削れる可能性は飛躍的に高まる。
状況的には此方の方が有利だ。
頭の回転が速いバウスならば、そのことに気付いている筈だが、さて。どう動いてくるか……。
俺は睨みながらも思案を巡らせ、奴の出方を窺う。
とその時、バウスは自らの緊張を緩めるかのようにふっと息を吐いて口を開いた。
「…確かに貴様の言う通りだ」
素直に認めるという意外な行動に、俺を含むその場の全員が虚を突かれる。
その事に意識を奪われ、俺は迂闊にも気付くのがワンテンポ遅れてしまった。
奴の周りから紫色の光が淡く輝きだすのを。
そして俺はこの時点でようやく奴の真意に至る。
虚を突き、遁走に走るという真意を。
(逃がすか!)
ザッ!!
「!!」
俺は思わず地を蹴ろうとした足を止め、喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
俺の前に突如出現した影。瞬歩で一気に移動した山本総隊長によって。
そして総隊長は背後にいる俺に一瞥もせずに、遁走に走るバウスに向けて委細の躊躇いも無く、その手に持つ炎を纏った斬魄刀。流刃若火を一閃した。
ゴッ!!
執務室の空間を爆炎が支配し、室内から外に炎が噴き出す。
そしてその炎が治まった後には全てが焼き尽くされ、床も柱も炭化しており、バウスの姿も無くなっていた。
直撃を受けて焼き尽くされたか?それとも……
「逃したか」
――そうだな。あと少し遅れていたら危なかったぜ――
総隊長の呟きに答えたのは執務室にいる誰のものでもなく、今しがた消えた相手。バウスの声だった。
やけにエコーがかかっている所をみると、余程遠くから声を伝えているのか?それとも近くに録音機代わりに使えるモンスター・コダマンボでも近くにいるのか?
「くそっ!何処にいやがる!」
一護さん達は刀を構えて声に対して警戒をするが、声の出所が把握できずにキョロキョロ辺りを見るだけに終わっている。
――捜しても無駄だぜ。声だけをその場に送っているからな――
バウスの嘲笑うかのような物言いに、恋次さんと一護さんが歯噛みする。
――十日だ。十日でこの傷を治してまた来るぜ。それまでに俺に鬼道砲を渡すかどうか、もう一度よく考えるんだな――
「「「ふざけん(る)な!!」」」
一護さんと恋次さんとルキアさん。三人の怒号が重なる。
――それでも拒むのならばその時は………現世とソウルソサエティに一斉攻撃を仕掛けるぜ――
「「「「「!!」」」」」
バウスの爆弾発言に、俺を含む執務室にいる全員の顔が強張る。
――十日後の返事を楽しみにしているぜ。ハァッハッハッハ――
耳障りな哄笑を響かせて奴の声が徐々に消えていくのを、俺はただ静かに聞いているより他に無かった。
そして奴の声が完全に消え去ったその時、まるで電源のブレーカーが落ちるかのように俺目の前が一瞬で真っ暗になり、俺は意識を失った。