いや、修羅場るとかはないんだけども
「いやー、買い物から帰ってきたらマンションの前で挙動不審な人がいたもんだから声掛けたら由紀江でさー」
玄関で突っかけサンダルを置いて買ってきた食材を入れながら一誠は言葉を続ける。
「明確な形として仲直りの証を作りたかったらしくて、今日の昼から気合いれて晩御飯作って来てくれたんだってさ。今日は由紀江の作って来てくれたのと手軽く俺が作ったのでいいべ」
と、呑気に食材をポンポンと冷蔵庫に入れていく一誠。それに色々と待てと言いたい天衣と小雪。由紀江も「お邪魔します」と言って玄関から部屋に入ってくると中にいる面子を見て少し固まる。
「あっと、全員面識あったっけ?」
固まる三人を見てかそういう一誠。それに対し言葉には出来ないながらも一応それぞれに面識はあるために天衣が代表して首肯をする。ただ一言言わせてもらいたい。
「仲直りの為に食事を作って来てくれたというなら私や小雪ちゃんがいるというのは無粋というものではないのかな?」
「いや、大丈夫だろう。量の話なら俺が追加で作るし、二人にも自慢の妹分のとっても美味い料理を食べさせてやりたいしな」
そういう話ではない! と言いたかったが一誠の言葉に由紀江が顔を赤らめる。そうか、以前の一誠との対決の時にそれなりにわかっていたことだが君も一誠のことが気になっているのか。
妹分という言葉は耳にフィルターでもあってシャットアウトされているのかもしれない。それほどに恥じ入っている。
「えーと、君はそれでいいのか?」
「そーだよ。僕としてもなんか事情があったなら普通に家帰って晩御飯食べるし」
「い、いえ! 大丈夫です! 皆さんで取り分けられるように作ってきたので一誠さんが追加で作る分で問題ないと思います」
本当ならば一誠が追加で作る分も自分が作ると由紀江は言ったのだが一誠はそこまでさせられないと固持して由紀江が折れた形だ。
「まだ夕飯には早いしな、皆で話していてくれ。俺はちっと汗かいたもんだから暫く風呂入らせてもらうわ」
え? 三人が一斉に固まる。いや、いくら初対面でないとはいえ家主が間に入らなくてどうするのだ。しかも風呂に入るって……確かに汗をかいているのはわかるのだが……
三人が固まっている間に一誠はさっさと自らの着替えを持って脱衣所に行ってしまった。そしてカチャンと掛けられる鍵。そんなんだから一誠は童貞なんだと天衣は一誠を心の中で罵る。
はあ、このままでは埒があかないとオロオロする由紀江に手招きして座るように促す。
「えーと、私と会うのは三回目? だっけ黛の道場でとつい最近」
「はいそうです。あの時はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、別に私としては無理に干渉することもなかったしな。小雪ちゃんとは既に面識が?」
「うんー、確か旅行の時に紹介された妹さんだっけ?」
「い、いえ……『妹』ではなく『妹分』です」
由紀江の主張に微妙な表情を作り上げる小雪。その表現はせいぜい血の繋がりがあるかどうかの違いしかない。扱いとしては同等ではないか。尚、この際自分が一誠にどう思われているかは意識の外に置いておく。
「ほとんど同じじゃない?」
「違います」
「いや、お」
「違います」
由紀江が怖い。目がマジだ。これで下手なことを言えばもしかしたら切られるのではないかと小雪は思ったほどだ。
けれどまあ、由紀江も小雪もそこまで攻撃的な性格というわけではない。とりあえず落ち着いたら雑談に移った。
特にそれぞれの趣味のことなど知らないので話題は共通の知り合いである一誠のことだ。
「しかし一誠さんも酷いです。そこまで面識のない三人を放置してお風呂に入っちゃうなんて」
「まあ、一誠の風呂好きはどうしようもないからな。許してやってくれ」
「んー、いっせーが天然のお風呂好きなのは知ってたけど普通のお風呂も好きなの?」
「ああ、シャワーを浴びるよりは風呂に入るのを好んでいるみたいだ」
「一人暮らしの男の人ならシャワーで済ませていると思っていたよ」
「一誠さんはうちの道場でも鍛錬が終わると必ずお風呂に入っていましたね。体がほぐれる感じがいいんだそうです」
取り敢えず時間を潰す為に話をしてみたが小雪などは自分の知らない一誠の一面を知って密かに喜んでいる。
そうして話を続けているうちに天衣がニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「なあ、二人とも」
その言葉に小雪はふぇ? と小首を傾げ、由紀江は目をぱちくりして天衣の方を向く。
「一誠がどんなエロ本を持っているか、興味はないか?」
更に意地悪な笑みを深めて言ってきた。それは悪魔の誘いのようであり、同時に逆らい様のない甘美な囁きであった。そう二人は思う。
天衣としてはそこまで親しいわけではない二人を押し付けて風呂に入って出てこない一誠へのお仕置きという面が強い。
「えっと、確かに一人暮らしの男の人がどこにそういった物を隠すのかは気になります」
さも一誠のことは興味ありませんとでも言うかのような言葉を紡ぐ由紀江。ただしその顔は真っ赤に染まっており、声は震えている。そのくせ目は爛々と興味ありますと主張する色をしているので何を考えているのか駄々漏れだ。
「いっせーの性癖か……見よう!」
一誠に対してもなんか色々興味ありますという言葉全開の小雪である。その表情は天衣と同じようににやけている。
「いい返事だ」
「けど、この二週間以上の間、一誠さんは天衣さんと一つ屋根の下で過ごしていたんですよね? あの一誠さんがそんな自分の隙を見せますかね?」
「直接見たことは無いが奴がそういった物を保管している場所は検討はついているんだ。普段はバイトの時間をずらしたり、どちらかが買い物などをしている時などに一人の時間を確保しているからな。一誠はそういう時に色々処理をしているみたいだ」
実際、頑張って換気したようだが臭いが残っていたこともあったしなと続ける天衣。ただし、これは天衣だから臭いを感じただけであり、一般的な人であれば感じられなかっただろうことは確かだ。
自分の好いている人の生々しい事情を聞いて更に真っ赤になる由紀江。小雪などはいっせーも苦労しているんだなーと言って更に笑みを深める。
「それでは、見ようか」
そういってニヤニヤしながら一誠の下着が入っている箪笥を思い切り引き抜く天衣。躊躇いも何もあったものではない。流石に男の下着を見たくらいでは顔を赤らめない二人だがその中身に仕切りがしてあって女性物の下着があったのには待ったを掛けた。
「ちょ、ちょちょちょちょちょっとまってください!」
「そ、そそそそそそそうだね!」
「ん?」
「な、なんで同じ箪笥に女性物の下着が入っているんですか!?」
「いや、それは私のだが」
「それがおかしい! 何で分けてないのさ!」
「そんなことか。私の衣類は少なくてな。偶々一誠の箪笥に空きスペースがあって、そこに入ったから利用している」
「は、恥ずかしくないんですか!?」
「だって、この部屋で洗濯物を干していたら嫌でも下着は見られるぞ。そういった感覚は二人の間ではあんまないな」
その話を聞いた二人は顔を真っ赤にしてしまう。なんだこれ、なんだこれ。これが僅か数週間一緒に暮らした仲だというのか。この近さはなんだ。
「もういいか? 本題はこの後に待ち受けているということを思い出してくれ」
天衣は下着の入っていた箪笥の下、また別の引き出しがある場所との境に本等を置くスペースがあるということを知っていた。恐らく元々はそういう為のものではなかったのだろう。多分天衣が暫く滞在するということで急遽隠す場所を移した為か隠ぺいが少し雑だ。
男の一人暮らし、普通ならそういう本は別に隠していないのだろうなぁと思ってしまう程、その本の隠し場所は拙かった。なんせ洗濯物担当は天衣だ。よっぽど注意しないとそれに気づかないとはいえ何となく箪笥の引き出しの動きに違和感を感じることは出来る。
そして出てきたのは肌色面積の多い、逆を言えば布地面積の極端に低い女性が表紙を飾る本だ。
小雪の見た限りでは確かに以前言っていた一誠の好みに掠っているような女性が表紙を飾っている。しかも巨乳だ。まあ、自分がまけているとは思わないが。
「さあ、ご開帳おおおおお」
ノリノリで天衣が表紙を開ける。
「oh」
「これは中々」
「随分な趣味をしているもんだ」
タイトルを見た時に何となく予感していた。
「まさか尻とはな」
その言葉ですべてである。多分、性癖に関してのみ言えば一誠は直江大和と同類だ。いや、流石にあそこまで積極的ではないだろうが。
それを見た感想はそれぞれだ。
由紀江などは驚いてはいるがむしろ興味津々でそれを食い入るように見て、けど戦艦の主砲クラスが入るものなのだろうかと狼狽え、同時に以前一誠の前で料理をした時に尻に視線を感じたがこれが原因なのかと思って真っ赤になる。
小雪は小雪でけらけら笑いながら見ているがこちらも何か考えているのだろう。ページを捲る前にふとその光景を想像しているのかポッと顔を赤らめる。
天衣などはまあ、性癖は人それぞれだしなと大人の対応をしており、からかうにしてもこれはちょっと適していないだろうと判断して黙っていることにした。
一誠にとって良かったことと言えば三人がそれを見たことを知らないでいられたということだろう。一誠が風呂から上がろうと脱衣所に出るとガタガタっと何か動かす音が聞こえ、「何かあった?」と声を上げると由紀江の声で「な、何もありません! そ、そうまさか一誠さんがお」「そう! 一誠が風呂でおならしたんじゃないかって笑っていたんだ」と由紀江の言葉にくい気味で天衣が答えてきて、それに対して一誠は「ひっでー」と声をあげて服を着て部屋に出てきた。
……何故か由紀江が天衣に羽交い絞めにされ、小雪が箪笥に手を付きうなだれている。一誠としては何かあったとしか思えなかったが天衣が由紀江に対して「何もなかったよなあ! そうだよな!」と言って由紀江も「ははははははいいいいいいいい、何もなかったですよ! ホントですよ!」と答えていたので気にしないことにした一誠。
小声で小雪が「お尻か……」とつぶやいていたのが妙に印象に残った。
「そんじゃあ、晩御飯にしますか!」
「おー、待ってました!」
小雪がパチパチと手を鳴らす。そして由紀江が持って来た風呂敷から作ってきたという料理を出すと小雪の拍手は勢いを増し、その拍手に天衣も参加してきた。
実際、次から次へと由紀江の持って来ていた風呂敷の中から出てくる料理の数々は冷めても美味しいように調理された豪華な和食だ。
一誠はどちらかというと洋食を作ることが多く、和食は天衣が担当していたのだが、その天衣から見ても目の前の料理は手間がとてつもなくかかっていることがわかる。どれだけこれらを作るのに時間をかけたのだろう。いや、これも一誠を思えば故か。
そして一誠が手早く作った炒め物が追加され、夕食の時間となった。
終わんなかった
と言ってもここで切ったからと言って次の話にそこまでこの三人の話しが続くかというと微妙だ。
夕食の話とかあっていいもんなのか