武神との対決を終えた翌日、つまり2009年の5月24日、片手に包帯を巻いた天衣と一誠は部屋でだらけていた。
主な原因は昨日家に帰ってからの酒と大量の一誠手製の料理の数々による胃もたれが原因だが、それだけではなかった。
ああ、これが燃え尽き症候群とでもいうものなのだろう。そう、何かをやる気力というものが湧いてきていないのもこの状態の一助ではある。
百代との対決という一大イベントは天衣の中で結構大きな物になっていたらしい。どうしよう……思った以上にこれからやることが思い浮かばない。
一誠のベッドを占領していた天衣は最近買った三人掛けのソファーで寝転んでいる一誠を見やる。尚、このソファーは普段天衣のベッド代わりになっている。昨晩は一誠が天衣の怪我を心配して交代していた。
ここの居心地は良いし、自らを高みへと引き上げてくれる相棒もいる。しかも料理当番は交代制を取っているとはいえ相棒の料理の腕は女である自分以上だ。ちょっとここら辺で女のプライドが刺激されるが本当に居心地がいい。あ、やばい……ずっと居ついてしまうかもれん。
「なあ、一誠」
「んー?」
日曜だからと珍しく雑誌を広げて寛いでいる一誠が天衣を見もせずに応える。
「これからどうしようか?」
「んー」
「どっか遊びに行こうか―」
「あーわかるー」
こいつ、聞いていない。
何の雑誌を見ているのかとちらりと見てみるとどうやら旬のフルーツを使ったデザート特集を見ているらしい。
――――――どこの女子だ。
けどこれは今後私の胃袋に入るデザートのレパートリーが増えるであろうことを示しているので天衣としても何か言うつもりはない。
ただ、聞いていないことに対しての抗議として一誠が愛用している抱き枕を投げつけてやるだけだ。
「わっぷ!?」
「はははっ、当たった当たった」
「人が気持ちよく本読んでいたのになんてことしやがりますかこの居候は」
「君の紹介で入ったバイトの給料が出たら諸々の経費は入れるから居候ではない! というか人の話を聞いていないのがいけない」
「あー、確かにそれは自分が悪かったです、はい」
雑誌を閉じて自らに投げつけられた抱き枕を膝に置いてこちらを見やってくる一誠。
「で? なんの話でしたっけ?」
「いや、なんか昨日の対決からこう、燃え尽きてしまったというか……今後何をすればいいかわからないというか」
「んー、天衣さんとしては今後とも俺との鍛錬は続けていく方針でいいんですよね?」
「ああ、一応は暫く君の世話になりたいと思っている」
「なら、とりあえず鍛錬しながらやりたいこと探して行きましょう」
全ては解決したとばかりに雑誌を読み始める。おい……自分で考えるのが面倒だからって現状維持をとるなよ。
けれどもまあ、そうなるのも仕方ないかと思う。どうせ何かをしたいと思って、行動して、その結果に納得するかどうかは自分しかわからないのだ。
今回の百代との対決に関しては一誠が手助けしてくれただけ。これ以降も一誠を頼っていたのでは何かを得ることは出来ないかもしれない。まあ、暫くはまだ御厄介になるのだが。
適当に雑談を挿みながら緩やかな午前を過ごしていると天衣のお腹が可愛らしくキューっという音で空腹を知らせる。思わず腹を抑える天衣だがそれに対し苦笑した一誠がソファから立ち上がって昼食の準備を始めようと冷蔵庫を開ける。そして絶望的な顔をした。
「天衣さーん」
「んー?」
「残念なお知らせがあります」
「……知らせてくれたまえ」
「食材となる物がちくわしかありません」
「な、なにを」
「昨日のどんちゃん騒ぎで料理を作りまくって無謀にも食べまくった結果、食材が底を尽きました」
「買ってくるとか……」
「……今からですか?」
言外に『今から買い物に行って、その食材を調理するまでその空腹状態を我慢できますか』と聞いている。その問に対して天衣は我慢できる気がしなかった。
「む、無理だ」
「あー、俺もちょっと考えなしに昨日作っちゃったしなー。そうめんでもあればちくわ添えてケーキ用のミカンの缶詰も付けて十分なのに……」
「さすがにまだそうめんには少し早いしな」
最近散髪をサボって長くなりつつ髪を邪魔くさそうにかき分け、ぼりぼりと頭をかいている一誠は仕方ない、とでもいうように溜息を吐いてから新聞の折り込みチラシを持って天衣の所にやってくる。
「しょうがないんで、昼は出前とりましょう。ピザでいいですかね」
「ピザか! マルゲリータというのを頼もう!」
「んじゃ、それと……あとはー」
という所でインターホンが鳴る。誰だ?
一誠がはーいという声と共に来客者に応答すると目の前には小雪と準、そして冬馬がいた。天衣は小雪との面識はあったけれどもその他二人との面識はない。
訪れた三人はぺこりとお辞儀をすると小雪のみ「やっほ、いっせー」とだけ言ってずかずかと部屋にあがってくる。残った二人は小雪の行動を見て苦笑して一誠に謝罪をし、一誠も小雪ならば仕方ないと思っているので二人にも上がるように促す。
「およ? いっせー達これからお昼だったの?」
小雪がソファに座り、先ほど天衣と一誠とで悩みながら見ていたチラシを見つけ言う。
「ああ、冷蔵庫が空っぽでな。小雪たちは昼はもう?」
「一応食べてきたけど余裕はあるからちょっと食べたいな!」
「ユキ、わがままが過ぎると一誠さんに嫌われますよ」
「あ、気にする必要ないぞ冬馬。小雪の我儘には慣れっこだ」
冬馬の言葉に一瞬身をすくめる小雪だったが一誠の言葉に笑みを浮かべて勝手に注文するために電話をし始める。電話中の小雪にマルゲリータも頼むのを天衣は忘れなかった。
一誠がお茶を淹れて来るのと小雪が電話を終えるのは丁度同時だった。お茶をテーブルに置いていくと小雪から「いっせーはここね!」と小雪の隣を示される。
ベッドの上には天衣が、冬馬と準は以前来た時と同じようにクッションを下に敷いて座っている。 ここに三人が来たからには何か話があるということだろう。小雪だけだったならば飯をたかりに来たとか、何故か置いて行った昔の家庭用ゲーム機で遊びに来たとか色々と推測は出来るのだが残り二人に関してはそのような前科はない。
であるならば冬馬、準と対面になるように座った方がいい。となると自然と小雪の隣になるために一誠は何のためらいもなく小雪の隣に座ることとなった。
一誠が座るなり一言。
「で? 突然の来訪ってことは何か厄介事でもあったのか?」
「厄介事……と言っていいのかはわかりません。ただまあ、最近川神を九鬼が探っているようでして」
お茶を飲むなり冬馬は語りだす。
そう思ったのは九鬼英雄と友達になった時に感じた探るような視線を最近になってまた感じるようになってきたのだという。
友達になった当初の視線は英雄の友人の身辺調査を独自に行っていた九鬼従者部隊の者の視線だと後に教えられたのでわかったという。
それから今度は自らの父やその関係各所の不正の実態の証拠集めの時に何故か父と自分以外の者がその証拠のファイルが収められている棚を弄った形跡があった。
それ以外にも川神を歩いていると不良の数が劇的に減って来ており、これは何かあると探りを入れていってみるとその背後に九鬼の影が見えてきたのだという。
冬馬はこれに対して英雄に連絡を入れ、九鬼はこの川神で何かをやろうとしているのではないかと聞いてみたら……
「これがどうやら九鬼の技術力を披露する場として川神学園が選ばれたらしく、少しでも害の無いように川神の治安を良くしようという活動の一環だったようです。九鬼が私のところを探ろうとしていたのも葵紋病院の闇に気付いたのでしょう」
彼自身、さらっとなんでもないことのように話しているが内心は穏やかではない。九鬼の、それも従者部隊の者が出張ってきたとなれば徹底的に表に出ないようなことをしてでも葵紋病院は正常化されるだろう。
けれども、それは同時に冬馬の目指していた未来図とは異なった正常化の仕方であることも確かだ。不正の証拠を集め、父だけでなくその関係者各位を裁判所という断罪の場に引き摺り出すと幼少の頃に誓ったのだ。
九鬼は自らの『武士道プラン』を早く行いたいようだ。その為ならば冬馬の父を脅しつけて関係各位との関係をすっぱり切らせることで葵紋病院の件を解決させるだろう。冬馬としては忌々しいが九鬼という強力な『力』には逆らえない。
仕方なく、自らが幼少の頃より集めてきた多くの不正や賄賂、ついでに仕掛けた盗聴器から得られた関係のあった政治家の弱味や悪辣さなどをまとめたファイルのコピーを、英雄に渡したのが昨日のことだ。
それを一誠に説明すると冬馬はまだぬくもりの残るお茶を嚥下する。
「そうか……九鬼が動き始めているのか」
一瞬シリアスになりかけた一誠だがピザの到着を知らせるインターホンが鳴り響き、シリアスは一端中止! と言ってピザを持ってくる。
天衣などは自分には関係のない話だと判断したらさっさと一誠のベッドで寝転んでいたのがピザの到着と同時に跳ね起きる。
「ああ、うん。天衣さんはそういうタイプだよね」
「ふぁふぃを」
「ピザ食ったまま言わない」
ピザを皆がしゃべっていたテーブルの中心に置くと即座に天衣は1ピースを掬い取り、食べ始める。その速度に一誠は呆れ、同時にピザを加えたまましゃべろうとする天衣を少し可愛いなと思った。
その一誠の微妙な感情の動きを察したのだろう。小雪も天衣と同じようにしたのだが一誠はやれやれといった様子で手のかかる妹を宥めるように小雪を扱った。なんだこの差は! やっぱ見た目か!
膨れる小雪を一誠が宥め、適度に談笑して少し遅い昼食を終えると準が天衣に向かって話しかけている。
「しっかし天衣さん、でしたっけ?」
「ん? そういう君は準、くんだったかな?」
「あははー、準のことなんてハゲで十分だよー、それかロリコンでもオーケー」
「おいいいい、ユキ!」
「ははは、わかったわかった」
天衣に話を振ろうとした準に対して小雪が茶化しを入れる。それに抗議の声をあげる準と朗らかに笑う天衣。
さて、と気を取り直すように準が天衣に向き直る。
「えっと、その包帯を見る限りは昨日モモ先輩とやりあってたってのは天衣さんってことでいいんですかね?」
その言葉に少し身をこわばらせる天衣。けれどそれも一瞬だ。ふっと肩の力を抜き
「ああ、そうだ。けれどもそれがどうかしたのか?」
「ああ、いえね。昨日若と一緒に英雄んとこ行った時にいきなり英雄付きのメイドが反応しましてね」
「百代先輩に匹敵する人がこの川神に現れたということで警戒されているみたいですよ?」
「ああ、そういうことか」
三人の視線が呑気にピザを食べている一誠をとらえる。それを一誠はわかったわかったとでも言うように手を払う。
「警戒を厳にってことだな」
「むしろ英雄には事情を説明しておいた方が強引なスカウトをされないかと思うのですがね。ああ、天衣さんはどうです? 九鬼は」
「私はどうにもあそこは肌に合いそうもないな」
「従者部隊だとか、そういった連中に絡まれないで内勤の仕事にありつけるなら九鬼も優良企業ではあるからいいとは思うんだけどな、あそこって基本的に強引じゃん? 俺とは合いそうもないんだよなあ」
――――――それに、緩和したとはいえトラウマは未だ心の奥底で蠢いている。
一誠の心の奥底で常にまとわり続ける前世での死因は自らが武力を持つ身となった今、自分があのような加害者の側に回ってしまうのではないかという危惧を常に自らに意識させてしまう。相手が武神のように遠慮なく打ち込める相手であればいいのだが……
そうでなくても自分の身を守る為に身に着けた力を自分や身内以外の為に使いたくないという我儘な意識もないではないのだ。
「それでも一応、武術方面とは別方向で英雄に一誠さんのことをそれとなく推薦しておきましょうか?」
「はは、御免こうむる。仮に九鬼に入るのなら自分で就活の時に行くよ。けど地元なら大成さんの伝手で堅実な就職先を得られるからその可能性は低いけどね」
百代と関わった為に一誠の中で原作に出ていた存在と関わると面倒な思いをするという意識が出来上がりつつある。例外はここにいる面子と黛家族あたりであろうか。
それも一誠自身が原作という言葉にとらわれ過ぎているからそう思っているだけなのだが自分でも固まってしまった思想はそう返られるものではない。
「そうですか、なら、九鬼の手の者には十分気を付けてくださいね。本日はそれを伝えに来たかったので」
話はこれまで、というようにかちゃりとティーカップを置き、立ち上がろうとする冬馬。
「あ、トーマー僕は残って晩御飯もお世話になってから帰るよ」
「おい!? 何故そうなる」
「ええ、わかりました。遅くなり過ぎると榊原夫妻が心配しますから連絡はしっかり入れるように」
「冬馬も何承諾しているんだよ!」
「俺たちはユキの味方だからな。一誠さん、すいませんがよろしくお願いします」
そういってとっとと帰って行ってしまう二人、あまりの展開にちょっと固まる天衣と一誠。ピザを食べ終わってからまったりしていただけに何が何やらだ。
「はあ、夕飯何にするよ……昼遅かったから軽めのもんにするか……」
「そうめんで良いんじゃない? それよりいっせー、暇ならマ○カーであそぼー」
「俺はこれから買い物! 天衣さんと遊んでろ」
「お、おい! まだ二回しか会ったことのない二人を残していくのか!?」
二人を残して買い物に出かけようとする一誠に待ったをかける天衣。流石にいくらなんでもそれは無い。
「買い物はそこまで多くないですし、それに二人は以前俺がいない間も普通に部屋で過ごしていたじゃないですか」
「いや、そうだが」
「それに小雪のコミュ力舐めないでください。ほら、既にコントローラーが」
「うえええええええ」
「あ、でっていうは私が使うから天衣さんは他の選んでね」
「そんじゃ買い物行ってくるわ」
「気を付けてねー」
いくつかのソフトで遊んでいた二人であったがそれなりに時間が経過してからは雑談に興じ、一誠の帰りを待っていた。
そしてガチャリという音と共に開かれる部屋の扉。
その向こうには一誠と共に由紀江がいた。
次回、ヒロイン三人集合の巻
どんな内容にするかまったく考えないでこんな展開になっちゃった(´・ω・`)やばいぜ