GWに入るころ、一誠は旅行の準備を終えて車で三人組を迎えに行っているところだった。
旅行が決まってから交通手段などを相談していった結果、一誠の車で行った方が箱根でも色々な場所に行けて便利だろうという結論にいたったからだ。一誠としては帰りに色々な場所に立ち寄れるからという見積もりもあったりする。前世であった美味しいカレー屋がこちらでも存在しているか確認したらあったので最終日の夕食はそこのカレー屋と勝手に決めていた。
大学生の一人暮らしならば軽自動車でいいだろうに一誠の愛車は五人乗りの普通車だ。今回のような四人での旅行には丁度良い広さと言えるだろう。むしろ軽自動車だったら今回の旅行も由紀江の引っ越しも通常の手段を取っていたと思われる。
三人に指定された駐車場のある公園に着くとしっかりとそれぞれが自分の荷物を持って一誠が来るのを待っていた。
「それでは、これから三日間お世話になります」
「運転よろしくー!」
「お世話んなります」
三者三様の対応で車に荷物を詰め込んでから乗り込んでくる。
「あいよー、そんじゃこれから三日間皆様のご案内兼、運転手を務めさせて頂く石蕗一誠でございます。これからもどうぞよろしくおね」
「そんなの良いからさっさとしゅっぱーつ!」
旅行に行くのでガイドの真似事をしようとしたら小雪にぶった切られてちょっと涙目の一誠。溜息とともに車を発進させる。
特に交通法規を破って警察に追っかけられるといったこともなく順調に車は高速に乗って箱根へと進んでいく。
途中にあった休憩所でソフトクリームなどを買い食いしながら箱根での予定を話している。
「今日は箱根着いたら自由行動でいいんだよね?」
「ええ、初日から色々見る必要もないですしね」
「宿に着いてからは近くを散歩したり宿の中にあるらしい卓球なんかで遊んだりしてればいいだろ」
「ま、俺は温泉に直行するけどな」
運転で疲れた体に温泉はとても染み入るだろう。元々温泉好きだった一誠としては前世の故郷に近い場所ということもあって普段以上にリラックスして風呂に入れる自信がある。
「一誠ってばおじさんみたいなこと言うね」
小雪の一言がぐさりと胸に刺さる。年齢的には4つ離れた学生の一言がここまで突き刺さるとは……まぁ、地味に風呂の後のビールを最近楽しみにしてたりするからオッサン化が進行していると自覚し始めているのでその発言はとても正しい。多分風呂に一時間入った後に風呂の近くにマッサージでもあればずっと入っている気がする。
もう下手なこと言わない! と心に決めて運転に集中するのだった。
宿に到着すると同時に携帯にメールが届いていたので中身を確認する。
三人組は各々が荷物を持ち出しているのでちょっと返信するくらいの時間はあるだろう。中身を見てみるとこれまた先日と同じように珍しくも由紀江からのメールだった。
自分たちは今電車内だがこちらは今どこら辺にいるのかといった確認だったので、先に着いたということをわかりやすく伝えてやろうと悪戯心を発揮し、三人を呼び寄せる。
「着いた記念に写メ撮ろうぜ! これから他の団体客も来るらしいがそいつらより早く着いたって自慢したいからこの写メ送っていいよな」
その言葉に三人とも若干呆れたような顔をした後に了承してくれた。
「これから来るという団体と知り合いみたいですが僕たちが知ってる人達ですか?」
四人並んで宿の前で写メを撮った後、メールに添付して送信している最中に冬馬からこのような質問が来た。
「ん? まぁ、知り合いじゃないかな? 君らと同じ学年の仲良しメンバーだよ。風間ファミリーっての」
「というと大和君たちがこれからこちらに来るということでいいんですかね?」
「ああ、と言っても俺の知り合いはその中で一人二人程度だけどね。会ったら挨拶しときゃいいでしょ」
そういったやり取りをしていると小雪が我慢できなくなったのか一誠の手を取り宿へとズンズン進んでいく。
その行動に男子達は苦笑して荷物を持ってその後を追うのだった。
一誠に確認用のメールを送ったところ、すごく楽しそうな顔をした一誠・その一誠の腕にしがみ付いた笑顔の綺麗な女性・知的な雰囲気溢れる男性・禿頭ながら穏やかな雰囲気を纏った男性の四人が並んで宿の前らしき場所の前にいる写メが送られてきた。
思わずその写メを見た由紀江は叫びそうになったほどだ。
この女性が小雪という人か。綺麗だ。しかも自分と違って明るい性格をしているのだろう。一誠への好意がストレートに行動に出ているようだ。
「んー? どうしたのまゆっち。携帯握ってそんなプルプル震えて」
一子のその声に自らがかなり強い力で携帯を握っていたことに気付く。危ない危ない。これで携帯を壊してしまってはもったいない。
「い、いえ。そういえば今回のキャップさんが当ててくれた旅行券のもう一つを当てた方は既に宿の方に到着しているらしいです」
奮える手をどうにか意志の力で抑え込み、先ほどのメールから読み取れたことを伝える。
「あれ? 旅行券ってもう一つあったんだ。というかそれ当てたのってまゆっちの知り合い?」
「ええ。みなさんは会ったことないかもしれませんがとても面倒見のいい人ですよ。今回は知り合いと一緒に来ているみたいで写真を送ってきました」
その声に一子以外の同席していた二人も話に入ってくる。
「まゆっちの知り合いか。どういった関係の人なんだ?」
「え、えっと兄のような人ですかね。遠縁にあたる人で、大学に入るまでは家の道場に通っていた人です」
由紀江の言葉にへぇ、それじゃあ結構強い人なんだなと呟くクリス。その言葉に実際は私より凄い人なんですと応えたいが一誠本人の希望によってそういった事は口止めされている。
「ねねまゆっち、その写真っての見せてもらってもいい?」
一子のその言葉に素直に添付された写真を見せる由紀江。しかしその画像を見たところ一子の表情が変わる。
「これ隣のSクラスの人たちじゃん。この見たことない人がまゆっちのお兄さん?」
「え、えっと厳密には兄ではないのですが……」
むしろ兄であっては困る人なのだが……そういった思いを声に出来る訳もなく、話は勝手に進んでいく。
「ねえ大和。葵君たちがこれから行く宿に先にいるらしいよ?」
由紀江の携帯を持った一子が男子達の座っている席に行き画像を見せながら報告する。その画像を見て目を見張る大和。
なんでだと問いかければ一子から事情を説明されて納得する。しかし妙な偶然もあるものだ。先日の賭け事では勝敗としては五分五分だった相手が旅行先にまでいるとは。
「おいおいおい。Sクラスの可愛い娘がいるじゃんよ。隣に余計なのもいるけど」
一子が大和に見せていた画像に映っていた小雪を目ざとく見つけた岳人が言ってくる。
「ちょっとよしなよ岳人! 旅行先で変なトラブル起こさないでよ」
岳人の反応に思わず注意を入れるモロ。尚、こんな時でもキャップは徹夜の疲れが癒えきれず、周りが騒がしい中熟睡していた。
「ふー、いい湯だ」
部屋に案内されてから温泉に直行し、一誠は1時間半ほどを風呂場で過ごしていた。
由紀江たちが来るまで1時間ほど前のことである。