高校二年へと進級し、由紀江が小学校の最終学年となったころ、地元のイベントに参加することになった。
事の発端は地元のイベントで剣聖の居合や剣舞のような物を見たいという要望が出てきて大成さんが承諾したことに由来する。
由紀江も黛に連なる者としてそのイベントに参加することになり、俺もやろうかと思ったのだが大成さんに剣での参加を見送るように言いつけられたためにバルーンアートとジャグリングで参加することになった次第である。
俺が剣での参加を見送るように言われた時には由紀江と大成さんとのちょっとした親子喧嘩があったのだが俺が由紀江に気にしていないと落ち着かせることで終結した。
俺の勝手な予想だが、見送られた理由をあげるのなら黛の剣とあまりに系統の違う俺が参加すると黛の剣を勘違いする者が現れないとも限らないといったことが起こりうるので理解できる。一応居合いだけならそこそこいけると思うが仕方ない。
居合いの腕や娘と父との稽古を観客がいる中で行うということに由紀江は気づいてテンパっていたがそれも大成さんと俺とで説得することでどうにか了承してもらった次第だ。
イベントの会場へと着くと大成さんを迎える運営委員の人たち。カクカクした動きで大成さんに着いていく由紀江。
俺は運営の人に演目の内容として大成さん達の前座として行うと言われて準備に取り掛かる。
観客としてイベントに来ている人は結構小さな子供も多くいる。これはジャグリングよりもバルーンアートの方が喜ばれるかなぁなどと考えながら準備を進めていく。
俺の前の人が終わり確保されている場所へと進む。観客はふつうの恰好をした男が現れたので何をするのかと見ている。中には大成さんの演目になるまで屋台などを見に行くのか離れる人も目につく。
まぁ、前座だからしょうがないか。
トコトコと音を立てて観客の中で近くにいた子供に懐から簡単な手品で飴をあげる。ちょっとでも興味を引ければ万々歳である。
紐で囲いがなされているがこれは大成さんの演目で必要だからであって俺の場合必要ない。運営に了承を得て子供たちを近くへと移動させる。
そこから行われる数々の動物が風船で生まれていく様に子供は浮かれ、その動物を貰うことで笑顔になる。
バルーンアートが終わればジャグリング。一般的な観客がいる手前あまり本数は多くないが華麗な手さばきで木刀や適当に用意した長物の数々が宙を舞う。これには観客もほうと見惚れる。
大成さんの演目が近づいてくると先ほどよりも観客の数も増えて来てざわつき始める。
そんじゃ前座として最後にかましましょう。と決めると手で行っていたジャグリングを足にシフトし、新たに腕でもジャグリングを始める。大成の剣舞や居合いを期待してきた観客もこれには驚き拍手を送り、会場は大成を迎えるにふさわしい盛り上がりを見せていた。
一誠が演目を終了させて裏方に回ると大成と由紀江に捕まった。由紀江からは心からの賛辞を、大成からもよくやったといった言葉を貰った。
運営の委員の呼びかけがかかり大成が由紀江を連れてステージに現れる。
盛り上がる会場と、それに微笑みながら応える大成。由紀江はガチガチに固まっている。
やれやれ、と呆れてしまうがしかたないだろう。こういった場に立つのが初めての由紀江では厳しいものがある。俺は由紀江に手を振り口だけで「しっかりと見ていてやるから後悔しない動きを!」と伝えると由紀江は背筋をしっかりと伸ばし黛の名に恥じない娘となる。
最初に由紀江の居合い。
標的として置かれた藁束は由紀江にとっては何のこともない標的だ。切るのは容易い。その切るという行為にどれだけの経験を乗せられるかを今の由紀江は求められている。
ひゅっ─────風が頬を撫でるかのような音を残し藁束は地に落ちる。
小学6年生の見事な腕前に観客が湧く。
由紀江を褒め称える声に照れながらも応える様はさっきまでガチガチに固まっていた娘には見えない。
娘の後に真打である剣聖の登場である。
構えに入った瞬間に会場の気温が下がったかのような空気が支配し、あれだけ湧いていた観客は剣聖の一太刀を見逃さんと静かに
目を凝らす。
すっ───────音もなく藁束が落ちる。観客にはいつ剣聖が刀を抜き、いつ刀を鞘に戻したのかすらわからない。
されども湧く観客。静かに頭を下げる大成。
まさに剣聖と言う名に相応しい一太刀。何が起こったのか観客にはわからずともその様を見るだけで魅了される所業。
一誠は苦笑し、由紀江は尊敬の念を父に送る。
今回のイベントは観客の心の中に残るものとして語り継がれるのだった。
一誠たちが帰りの準備をしているころ、近くに泣きじゃくる幼い男の子が現れた。
どれ迷子かと思い一誠が話しかけようとしたところ、一誠より先に由紀江が話しかけた。
「どうしたんですか? 何か困ったことでもあったのですか?」
「ひっぐ、おがあさんがいないの」
どうやら迷子で確定のようだ。
「そっか、それじゃあお姉ちゃんが一緒にお母さんを探してあげます。ぼくのお名前は何て言うの?」
「さるとりたけし……」
「たけし君か。それじぁあたけし君はどこから来たのかな?」
「えっと、あっちのほう」
指さす先は帰りの人でごった返している。しょうがない、運営で使用していた放送を借りて探すしかないな。
「由紀江、そのこの面倒みててくれるか? ちょっと放送流して貰ってくる」
「あ、はいお願いします」
「おがあさん、ぼくをおいてっちゃったのかな?」
泣きじゃくる男の子は由紀江に問う。
「そんなことありません。きっとたけし君を探しているに決まってます。今お姉ちゃんのお友達が君のお母さんを探してくれてます。ここは寒いですから向こうで待ってましょうか?」
「やだ! ぼくここでまつ!」
「けどここで待っていては風邪を引いてしまうかもしれません」
「やだ! ぼくはここでおかあさんを待つの!」
こうなった子供は手ごわい。一定の年齢を超えた場合は理性で動くが子供は感情に任せて動く。これを動かすとなると由紀江や俺のような存在の場合、けがをさせてしまうかもしれない。
困った由紀江は何か思い出したかのようにポケットを漁る。出てきたのは馬のストラップ。
「こらー、男の子がそんな意地をはるんじゃなーい。おらみたいな駿馬になれねーぞ」
なんというか……松風だった。
「お馬さんがしゃべった……」
「そりゃあおらだってしゃべるさ! ふがいない男がそこにいるんだからな! お母さんをここで待つ? バカ言っちゃいけねえよ。今も必至こいて探している息子が寒空の下、風邪でも引いたら泣くぞお。おらわかるかんね。そんな親不孝をする男の子には夜にお化けが出て食べちまうのさ」
「お化けでちゃうの……?」
少々ひるんだ様子の男の子が問いかける。
「そりゃあ親不孝するような子供のところにはお化けもでるってもんさ。その点このお姉ちゃんみたいな人なら安心だね! 家事出来るし! 親を心配させないし! 友達も多い! 完璧ってものよ! お化けが出るかもしれないどこかの子みたいなことにはならないね!」
ああ完全に松風だ。適度に自分をよいしょしているところとか完全に松風だ。友達は決して多くないのに盛ってるところとか凄まじい。
「お化けでないようにするにはどうしたらいいかな?」
「親を心配させないようにすることだね! このお姉ちゃんと一緒にあそこまで行くんだ!」
「わかった!」
由紀江は松風を用いて子供の説得に成功するのだった。
なお、子供の母親はすぐ見つかった。
こんなわけで松風誕生とあいなりました。
多分由紀江が普段言わないような内容なんかを言うときとかに代弁させるために使うかな?