電車は、多摩川を渡り、川崎に突入した。
「ああ、懐かしい。川崎。昔、工場のバイトで、来ました。」
そうハヤテは言った。
法律上ではいけないはずだが、なぜかこの少年は、小さい頃から働いて、生計を建ててたのである。
そして、電車は川崎駅でお客を乗せた。
先頭のこの車両にも、1人のトランクを持った若い男の人が乗ってきた。
「ここいいですか。」
そのおばあさんは、ハヤテたちの座っていたボックス席に座ろうとしていた。
「いいですよ。」
ハヤテはそう言った。
虎鉄としては、せっかく、ハヤテと二人で座れたということに一種の感情を表していたが、それを、この男の人に邪魔されてしまったことを心の中で悔やんだ。
「しかし、今日はいい天気だな。あんちゃんたちは何処行くの?。」
そう男の人は、ハヤテたちに聞いた。
「これから、北陸のほうを一周しようと思ってまして。」
「ああ、それはいいねえ。二人で楽しんでおいで。俺も、北陸は半年前に行ったなあ。金沢なんか、雪景色で綺麗だったよ。」
「ありがとうございます。お兄さんは。」
ハヤテが若い男の人に訊いた。
「ああ、私は、これから、東海道線で国府津(こうづ)まで行って、御殿場線(ごてんばせん)に乗り換えて、色々と見て、それから大阪のほうに向かうんですよ。僕、旅が好きでね。」
「そうなんですか。」
ハヤテはそう言った。
「うん。特に、今日は天気いいから、御殿場線なんか、富士山が綺麗に見えると思うんですよ。」
「へえ。僕たちも行きたいですね。」
「切符見せてみ。」
ハヤテは切符を見せた。
「ああ、この経路じゃあ、だめだな。」
「どうしてですか。」
ハヤテは訊いた。
「実は、東京と名古屋、大阪の都市近郊以外は、一部を除いて、切符に書かれた通りに電車に乗らなければいけないというふうに決まってるんだ。」
「へえ。じゃあ、御殿場線は乗れないですね。」
「残念だけど、そういうことだね。」
ハヤテは残念そうな顔をした。
「でも、東海道線も景色はいいからね。」
そう男の人は言った。
そして、その後も他愛もない話をした。
その人の旅行での人との交流や、景色の美しさなど。
ハヤテは少し、これからの旅が楽しみになった。
ついに国府津駅に電車は着いた。
「じゃあ、気をつけて。」
そう男の人は挨拶をして降りていった。
そして、またこの二人の旅が始まったのだった。
しかし、空気はあまりよくなかった。
ふたりとも話すネタがなかった。
そんなことはお構いなしに、電車はどんどんと西に向かっていった。
しかし、電車が西に走ると同時にハヤテの体にも少しずつ変調があった。
誰かに、自分の魂を身体から押し出されて、浮いてきているような、そんな感じがした。
景色はすっかり変わって、山と海の境界線をトンネルと橋を使って、電車は走った。
景色はいいのに、ハヤテはだんだんとそれどころになくなってきた。
一体、ハヤテの身に何が起こるっているのであろうか。