ハヤテは、誘拐事件の後、暫く気絶したままだった。
とりあえず、一旦、三千院家に戻り、ハヤテを一室に寝かせた。
そして、その横で、マリアは看病をした。
マリアには、こんな綺麗な寝顔をしたハヤテが、事件を起こすなんて、今から考えると、有り得ないと思った。
しかし、実際には、昨日の夜、マリアとクラウスを縛って、ナギを連れ去っていったのだ。
今回は、ハヤテとナギが出会ったときみたいな、誘拐未遂ではない。
誘拐事件を起こしたのだ。
しかし、マリアには、今までのハヤテの行動を見てきて、今回は何かが違うようにも見えた。
昨日、クラウスと話したときには、そんなこと、全然気付かなかった。
しかし、今、冷静になって考えると、あんな事件を起こすような性格ではない。何かがハヤテの中に起きたのではないかと考えた。
いつの間にか、時が流れていた。
「うっ…」
ハヤテが、うめいた。
「ハヤテ君!?」
「マリアさん…。」
「大丈夫ですか。」
マリアは、いつものようにハヤテに接した。
昨日の事件があったのにも関わらずだ。
「ええ。それよりも、僕は一体?」
ハヤテは、そうマリアに尋ねた。
「えっ、まさか、ナギを誘拐して、SPに倒されたことを記憶してないのですか。」
マリアとハヤテは驚いて、二人とも頭の中が真っ白になった。
『まさか、僕が、お嬢様を誘拐?何かの間違いだよな。』
『ハヤテ君、本当にナギを誘拐したの知らないのでは。しかし、昨日のハヤテ君は何だったのだろう。』二人はしばらくの間黙ってしまった。
「マリアさん…」
ハヤテが静まり返った部屋で言い始めた。
「…僕が、お嬢様を誘拐したのであれば、執事を今日限りで、辞めさせていただきます。借金については、全額、僕が自分の命に掛けて完済させるので、借用証なり発行してください。」
そのハヤテの言葉に、マリアは力が抜けそうになった。
しかし、残っている力を振り絞って、こう言った。
「ハヤテ君は、このまま執事を続けてください。」
「でも、僕は犯罪者ですよ。お嬢様に初めて会った時だって、僕はお嬢様を誘拐しようとした。そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたお嬢様をまた…。」そうハヤテは反論した。
「ハヤテ君はいつも、マイナスの方向にしか考えないですね…。」マリアはハヤテにこう言った。
「…ハヤテ君は、一流の執事になろうとして、頑張っています。しかし、自分の中では、一流の執事になれてないと何処か、引っ込み思案になっていませんか。私が見ていて、ハヤテ君はナギの一流の執事です。世界一のナギの執事です。ハヤテ君が辞めてしまったら、ナギの執事は誰がやるのですか。ナギの執事はハヤテ君にしかできないのですよ。」マリアはそれを言いながら、目から涙をちらつかせた。
それにハヤテは何も言えなかった。
しばらく、またシーンとした空気が漂った。
そして、ハヤテは言った。
「少しだけ、休みをもらってもいいですか。」
それに対して、マリアはうなずいた。
翌日の早朝、まだ太陽はのぼっていない頃、こっそりとハヤテは屋敷を出た。
「はあ、しかし、屋敷を抜け出したけど、これからどうすれば…」
ハヤテは行き着くあてもなく、街をさまようことになった。
しばらく、歩いているとふとあることを思い出した。
「あっ、そういえば予備校にまだ、受付して以来、一度も足を運んでいない。白皇の進学のためにも、少しは勉強を進めなければ…」
それを思いついたハヤテはとりあえず、予備校へと向かった。