【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【結】ファインド・オウト・ユア・エンメティー

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 ラウラ・ボーデヴィッヒの存在が世に認知されたのは、僅か三年前のことである。

 

 

 

 

 

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 六月は最終週に入り、学年別トーナメントが始まった。

 本来なら前日にトーナメント表が発表されているはずなのだが、トーナメント方式を今までの個人戦からペア戦に切り替えたことで抽選システムが動かないという理由で、今だ対戦表は明かされていない。

 現在手作業で行っている抽選を待つため、何も表示されされていない会場スクリーンを、(ファン)鈴音(リンイン)は観客席から無言で見つめていた。

 IS学園に付随するシステムは篠ノ之(しののの)(たばね)の防護プログラムによって守られている。そしてこのIS学園の抽選システムが少々の設定変更で動かなくなるなどということはあり得ない。これらのことから考えられる昨日からのシステム不調は、篠ノ之束の外部介入によるものだと鈴音は推測する。

 

(やっぱりきた……)

 

 先月のクラス対抗戦(リーグマッチ)において、鈴音は篠ノ之束に命を狙われた。実際のところ物証は何も無いわけだが、状況証拠だけで警戒するには十分な理由である。そもそも鈴音は過去に束から警告を受けていたのだから、当然襲撃は予測されていた。

 だから鈴音は諦めていたのだ。“災厄”がその気になれば、凰鈴音などという小娘一人は簡単にこの世から消え失せる。織斑(おりむら)一夏(いちか)を監視する間者であった鈴音が今まで見逃されていたのは、監視しかしてこなかったからであり、それ以上の干渉をしようとするのならば“災厄”の敵として葬られる。けれども中国政府に両親の身柄を押さえられている鈴音には、IS学園へ赴いて一夏の子種を入手しろという命令に逆らうことはできない。そのことによって鈴音は“災厄”に消されるかもしれないが、中国政府が認める凰鈴音の価値とは織斑一夏の幼なじみであるという点だけなのだ。今このとき、凰鈴音というカードを使わなくていつ使うというのか。

 故に、鈴音に未来はなかった。そしてクラス対抗戦(リーグマッチ)において乱入した所属不明の無人機との戦闘の裏で、事故死に見せかけた鈴音の抹殺が行われた。

 しかしそれは未遂に終わった。『白式(びゃくしき)』を飲み込み『零落白夜(れいらくびゃくや)』と『絶対防御』に守られた織村一夏を越えて凰鈴音だけを殺すはずのビーム砲は、鈴音の元に辿り着く前に消失したからだ。

 その理由を、『白式』の『絶対防御』停止(カット)によるものだと鈴音は推測する。あの時点で『白式』に残されていたシールドエネルギーでは最後の攻撃は防ぎきるだけの『零落白夜』は発動できない。そこで一夏は『絶対防御』を含むISに備わる操縦者保護システムに使用されているエネルギーをも『零落白夜』に注ぎ込んだのではないか。そしてそのことに気づいた篠ノ之束がビーム出力を調整したのではないか。と。

 

(篠ノ之、束……)

 

 鈴音の命は一旦は助かった。けれども、いつ再び狙われるか解らない。

 以前ならば“災厄”に襲われることについて、鈴音はそれでもよかった。いや、諦めていた。だが一度助かったことで、鈴音には生への執着が生まれた。

 生きたい、と鈴音は願う。

 一夏がほしい、と鈴音は思う。

 凰鈴音は織斑一夏を監視する間者であるはずなのに、本心で一夏のことを慕ってしまっていた。そして前回一夏に間接的に助けられたことにより、その思いはより強くなっていた。

 生きたいという願いと、一夏への思いが絡み合い、鈴音の中で激しく渦巻く。

 

(わたしは……もう負けない)

 

 一ヶ月前と同じ青く澄み切った空を、鈴音は睨む。

 

 

 

 

 

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 学年別トーナメントは問題なく開始した。

 第一試合である一年の部Aブロック一回戦一組目は、織斑一夏とシャルル・デュノア対ラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之(ほうき)となっており、まるで示し合わせたかのような組み合わせである。四人中三人が専用機持ちであり、二人が国家代表候補生であり、二人が男性IS操縦者であり、二人が篠ノ之束に近しい関係者であったが、本人たちにとってみれば表向きのところは織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの喧嘩が主であり、それに他二名が付随するといった形になっていた。

 試合は順調に進んだ。量産機を使用していた箒が落とされてニ対一になったところでシャルルが本領を発揮し、一夏が致命打を受けるも二人でラウラを追い詰めることに成功する。

 

「この距離なら、外さない」

 

 ラウラに接近したシャルルが第二世代最強の攻撃力を誇る六十九口径パイルバンカーを超近距離で四連射する。

 そして限界に近いダメージにラウラのISが強制解除の兆候を見せ始めたところで、それは起こった。

 

「なんだよ、あれは……」

 

 思わず本心で呟いてしまいそうになりながら、一夏はラウラを見る。

 シールドエネルギーが切れるかと思えたラウラのISは、操縦者たるラウラ・ボーデヴィッヒを象った漆黒のISへと変貌していた。通常、ISがその形状を変化させるのは『一次移行(ファーストシフト)』か『二次移行(セカンドシフト)』の場合だけである。ラウラのISは専用機であるため既に『一次移行(ファーストシフト)』していることを考えると、このISの形状変化は『二次移行(セカンドシフト)』によるものということになる。しかし、ラウラの右手に握られた一振りの刀がそれを否定する。

 

「『雪片(ゆきひら)』……!」

 

 『二次移行(セカンドシフト)』とはISが真に操縦者と適応する第二形態へと至ることである。その変貌内容は操縦者に完全に由来するものであり、移行と同時に発言する『ワンオフ・アビリティー』を含め、完全に固有のとなる。仮に操縦者がある特定の武装を望んだ末の『二次移行(セカンドシフト)』であったとしても、それにより発現する固有武装は必ず操縦者の情報を含んだものとなるのだ。

 故に、ラウラ・ボーデヴィッヒがどれほど織斑千冬(ちふゆ)に憧れていようとも、千冬が現役時代に使用していたIS武装である『雪片』と瓜二つの武装が、『二次移行(セカンドシフト)』によって発現するはずがないのである。

 原因不明のISの変貌。それは一夏を困惑させるが、それよりもラウラが偽物とはいえ『雪片』を手にしているということが一夏を激しい怒りで包む。

 篠ノ乃束が世に送り出したISは『絶対防御』によって絶対的な防御力を誇っている。故に、ISの生みの親である“彼女”は世界の干渉を跳ね除けることができる。そしてその“絶対”すらも切り裂く『エネルギー無効化能力』こそが、“彼女”から与えられた“騎士”の証なのだ。

 初代の“騎士”たる織斑千冬には『雪片』が授けられ、次代の“騎士”として織斑一夏には『零落白夜』が譲られた。それは他者には決して侵されてはいけない、“家族四人”だけの聖域。

 だから、“騎士”を汚す存在は赦さない。絶対にである。

 

「ぐうっ!」

 

 横一閃に振るわれた敵ISの刀を受けて、一夏は一切の手加減を忘れた。ただ目の前の紛い物を壊す。それだけを目的に『白式(びゃくしき)』を駆使する。

 先ほどまでの戦闘のせいでシールドエネルギーをほとんど消耗していた『白式』は強制解除されてしまうが、その程度は意にも留めない。ISに対抗できるのはISだけというが、それは真にISを使いこなしている場合のみに限る。だから――――。

 

「それがどうしたああっ!」

 

 一夏は怒りに駆られて生身で突進する。例えそれが愚かな行為だと分かっていても、今この瞬間の自分を止めることはできない。

 

 

 

 だからこそ織斑一夏の傍に“魔女”はいる。

 

 

 

 『打鉄(うちがね)』を纏う箒が一夏を取り押さえることで“致命的な事態”になることを避ける。わざと乱暴に扱うことで衝撃を与え、一夏の頭を冷静にさせる。

 

「馬鹿者!――――」

 

 ほんの少しの接触と、ほんの少しの声掛けで、箒は一夏に『織斑一夏』の仮面を思い出させる。それは“災厄”では成せない所行であり、“最強”でも不可能な神業だ。織斑一夏を『織斑一夏』へと調教した“魔女”だからこそできる、篠ノ乃箒だけに許された特権。それによって仮面を取り戻した一夏は、すぐさま自身の行動と『織斑一夏』が取り得る行動を摺合わせる。

 全てはほんの一瞬の間に、違和感なく世界を欺く。

 

「離せ! あいつ、ふざけやがって!――――」

「なんだというのだ! わかるように説明しろ!」

「あいつ……あれは、千冬姉のデータだ――――」

 

 『織斑一夏』にとっては織斑千冬が唯一の家族だ。『織斑一夏』の行動規範は、その殆どが千冬に起因する。故に一夏はそのように道化を演じる。

 そして事態は進行し、『織斑一夏』の活躍によって幕を閉じる。

 

 

 

 

 

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 結局、一夏はラウラ・ボーデヴィッヒという女を見定めることができなかった。

 ラウラが遺伝子強化試験体として生まれ、軍人として育てられ、ISの登場による諸々の結果、千冬を崇拝するようになったことは分かっている。強さを追い求めることが唯一の存在証明であり、“最強”の後を追い続けることが唯一の存在意義であったことは知っている。

 変貌したラウラのISを止める際に発生した『相互意識干渉(クロッシング・アクセス)』による意識空間での対話で得た情報によれば、一応そういうことになっている。

 しかし、鵜呑みにはできない。

 確かに意識空間の中では嘘がつき辛いが、決して不可能な訳ではないのだ。意識伝達手段はプライベート・チャンネルと似通っているため、かつてセシリア・オルコットがそうであったように、今回織斑一夏が『織斑一夏』として演じたように、ラウラ・ボーデヴィッヒもまた自身を巧みに偽っている可能性がある。

 

(そうだったとして、目的は一体……?)

 

 学年別トーナメントの翌日の教室で、一夏は一人思案に耽る。朝のホームルームがもう間もなく始まろうとしており、クラス全員が席に着いていた。

 今日の空席は二つ。シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの二人であり、その理由は簡単に推測できた。

 本名を教えて覚悟を決めた様子を顕著に表していたシャルロットが取る行動は、十中八九女子生徒としての再編入だと言える。選択肢としてはフランスへ帰るというのもあり得るが、今の状況で引き上げるとは思えない。この段階で男装をバラすのは、予定通りなのか外部の圧力によるものなのかは不明だが、どちらにしても今までよりハニートラップが使い辛くなったのは確かであろう。女子として行動する以上、“抜け駆け”は厳しくなるのは当然である。ましてこれまで“抜け駆け”していた過去があるのだ。これからも“抜け駆け”するというのならば他の女子たちと敵対することになる。

 ラウラは単純に昨日のダメージが抜けていない可能性が高い。またISが変貌した件は表向き、IS条約で禁止されているVTシステムによるものとなっているので、処罰が決まるまで停学扱いになっていてもおかしくない。

 

(VTシステム、ね……)

 

 ラウラのISが変貌した時のことを思い返す。

 

(例え他者の動きを再現(トレース)したとしても、それだけでISの形状があそこまで変わるはずがない。それができるのは束さんだけだ)

 

 織斑一夏の目的は“彼女”を世界から守ることだ。けれども“彼女”のいる所は遙か高く、その心を知ることはできない。

 だから一夏は考える。“彼女”が何を求めているのか。世界に何を見いだしたいのか。

 そんなことをしている内にホームルーム開始時刻となり、山田(やまだ)真耶(まや)が窶れた様子で教室へと入ってきた。そして予想通りにシャルロット・デュノァの紹介を行う。

 そこから始まる馬鹿騒ぎはいつものことだ。コメディー漫画よろしく壁をぶち破って現れた鈴音は、おそらくセシリアが呼んだのであろう。大騒ぎにしてくれたお陰で、一夏が年頃の少女と一ヶ月近くも同室で暮らしていたことに対する追求は表向きあやふやになる。

 ISを纏う鈴音が衝撃砲を展開して現状可能な最大出力(フルパワー)で放つが、先日のラウラによるダメージが抜けていないため大した威力ではない。故に、『織斑一夏』でも十分防げる一撃であった。

 しかし一夏が『白式』を展開する前に現れたラウラが、自身のISの特殊装備である慣性停止能力――――『A(アクティブ・)I(イナーシャル・)C(キャンセラー)』を以てして一夏を守る。そして何の脈絡もなく唇を合わせてきた。

 

「!?!?――――」

 

 強引に押し入ろうとする舌に対抗すべく唇を固く閉ざすが、強化人間であるラウラの攻勢を押し止めることは不可能であった。一瞬で口内に侵入したラウラは、歯茎を舐めるでもなく舌を絡めるでもなく、その舌の内に巧妙に隠していた“何か”を一夏の喉奥へと淀みなく輸送する。

 

「――――!?!?」

 

 まずい、と思ったときには既に手遅れだった。“何か”は食道を通り胃へと投下される。最早取り出すことは不可能で、“何か”がそのまま体内へと吸収される。

 

(ばかな……)

 

 集団観衆の目の前で、こうも堂々と盛られるとは流石に一夏も予想外である。そもそもあからさま過ぎる行動に対しては、いくら『織斑一夏』と言えどもそれを咎めるという選択肢は存在するのだ。だから一夏はこのままラウラを断罪することができる。

 しかし、それはできなかった。

 

(束さんの薬が……)

 

 『織斑一夏』にハニートラップは通じない。それは束が調合した性欲安定剤があってこそである。篠ノ之束という天才の手によるものであるからこそ、決して破られることのない『唐変木』が生まれるのだ。

 だというのに――――

 

(中和されていく……)

 

 唇に押しつけられた柔らかい感触が触覚を刺激する。

 目の前の少女の首筋から香る仄かな匂いが嗅覚を刺激する。

 口内に混入した甘い唾液が味覚を刺激する。

 両目を閉じた端整な顔立ちが視覚を刺激する。

 互いの唇から漏れる吐息の音が聴覚を刺激する。

 五感が、性欲を刺激する。

 それはあってはならないことだ。篠ノ之束を凌駕する存在が現れたことになるのだから。

 故に、一夏は哮る。

 織斑一夏の敵を、“彼女”の敵を目に据えて。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ――――!)


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