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『織斑一夏』の価値は『織斑一夏』固有のものでなくてはならない。
そうでなければ、織斑一夏が“彼女”を救うことなどできはしないのだ。
だから、それを邪魔する者の存在を。
織斑一夏は赦さない。
1
「わあっ!?」
Tシャツを脱ぎ捨てた一夏に、シャルルは生娘のような悲鳴を上げた。
その“あからさまな”様子に警戒心を抱きながら、一夏は『織斑一夏』の仮面を被る。
場所は第二アリーナ更衣室。二人の編入生を迎えた朝のホームルームは終わり、午前の実習授業のための着替えをしに、織斑一夏とシャルル・デュノアは“男子用に空いた更衣室”で着替えを行なっていた。
「――――その、あっち向いてて……ね?」
素肌を晒すこと妙な忌避感を漂わせるシャルルを油断なく観察しながら、それを悟られないように一夏は言葉を交わす。
「――――別に着替えをジロジロ見る気はないが――――」
(やはり、男ではないのか?)
突如一夏の前に現れた男性IS操縦者、シャルル・デュノア。しかしそれは一夏にとって有り得ないことだった。何故なら一夏の持つ
しかし、今ここにシャルル・デュノアという“もう一人の”男性IS操縦者が現れたことで織斑一夏の特異性が減少してしまった。確かにこれは織斑一夏と
けれどもそれはあくまで、『シャルル・デュノアは男性である』という前提の元での話。
「シャルルはジロジロ見てるな」
「み、見てない! 別に見てないよ!?」
普通に考えて、シャルル・デュノアが男性であることは疑いようのない事実である。疑問に思うべき箇所はシャルル・デュノアの性別ではなく、男性IS操縦者の織斑一夏とシャルル・デュノアの二人における共通項であるのが当然だ。だが、一夏には『織斑一夏がISを動かせるのは篠ノ之束が仕組んだから』という前提認識があり、そして何より、シャルル・デュノアの行動は“あからさま”であった。
(しかし男装だとしても、IS委員会の審査はどう切り抜けたんだ?)
『男性IS操縦者は織斑一夏以外存在しない』という前提に基づくのならば、必然的にシャルル・デュノアは男装女子ということになる。だが、すぐに事の次第が露見するであろうそのような事案をIS委員会が通したという事が一夏には腑に落ちなかった。
故に考えられる可能性は三つ。
一つ目はシャルル・デュノアのバックボーンが強大で、IS委員会の干渉を排して直接IS学園にシャルルを送り込んできた可能性。この場合黒幕の目的は、織斑一夏との接触、そしてそれによる関係性の確立にあると考えられる。しかしこの場合、事が発覚した際に社会的制裁は免れない。
二つ目はIS委員会が黙認している可能性。シャルル・デュノアのバックボーンが最終的にこの件において社会的制裁を受けることは確定事項であり、その上で何らかの意図が裏で働いているのかも知れない。シャルル・デュノアを送り出したバックボーンよりも上の次元で権力闘争が行われており、シャルル・ヂュノアの送り主はトカゲの尻尾切りが決まっている、などという展開も有り得る。
そして三つ目は、まず有り得ないことだが、シャルル・デュノアが本当に男で、篠ノ之束の代名詞であるISに穴が存在していた可能性である。一夏としては篠ノ之束がそのような失態を犯すなどと微塵にも思ってはいないのだが。
「これ、着るときに裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っかかって」
「ひ、引っかかって?」
「おう」
顔を赤らめ反応に困っているシャルル・デュノアを見つめ、一夏は観察を続ける。
一夏にとってシャルル・デュノアが男装女子であることはほとんど確定事項である。しかしその上でなお、シャルル・デュノアの様子は一夏に不信感を抱かせる。
シャルル・デュノアの行動。その全てがいくらなんでも“あからさま過ぎる”のだ。
シャルル・デュノアが男装女子と仮定しているのだが、その“あからまなな”様子が逆に一夏を混乱させていた。
最早隠す気すらないのではないのかという程の大根役者っぷりに、一夏はその裏を探る。まるで自ら正体をばらそうとするようなシャルル・デュノアの行動は、一夏に一際強い警戒心とある懸念を抱かせた。
もしシャルル・デュノアの目的が男子として織斑一夏に近づくことではなく、男子として近づいた後に男装女子であることを認知させることであったならば、それは『織斑一夏』にとって忌避すべき事態であるのだ。
だから、より一層注意深くシャルル・デュノアに探りを入れつつ、一夏は仮面を被る。
「――――よし、行こうぜ」
「う、うん」
着替え終わったシャルル・デュノアを連れ、一夏は第二グラウンドへ向かうのだった。
2
「今日は戦闘を実演してもらおう――――」
一組と二組の生徒を整列させ、実技担当教師である織斑
専用機持ちということで指名された
そして第二世代IS、ラファール・リヴアイブに身を包んだ真耶を視界を
「ああああーっ! ど、どいてください~っ!」
白々しく声を上げながらも一夏に突撃する元日本代表候補生。
一夏は白式を展開して衝撃から身を守りつつ、不自然にならないようにその場を離脱しようとする。しかしそれよりも先に、伸ばされたラファール・リヴアイブの手足が巧みに白式を絡め取り、抱き込みながら地面を転がった。その最中において一夏は拘束を逃れようとするが、真耶はISの関節部分を巧く取り押さえ、終いには自身の左胸に白式の右手を強制的に押し付ける。
(土煙が掻き消える前に……)
二機のISが転倒することによって発生した土煙が消えた時の体勢が表向きのものとなるために、このままでは一夏が真耶を押し倒す構図が完成してしまう。『織斑一夏』のラッキースケベを考えれば別段不可思議なことではないが、それを真耶が意図的に行おうとしていることが一夏に危機感を煽らせ、拒絶行動を取らせる。
だが、抵抗虚しく一夏が真耶に乗りかかっている体勢で周囲の視界は晴れてしまった。その一瞬前に一夏を取り押さえていた真耶の四肢は違和感なく解かれており、それに気づいて脱出しようとした頃には既に事態は手遅れになっていた。
『織斑一夏』は想定外の事態に陥った場合、思考のループと行動の停止に陥ることになっている。織斑千冬の片腕である山田真耶には『織斑一夏』の仮面は知られているだろうが、一般生徒にまで教えるわけにはかない。
「あ、あのう、織斑くん……ひゃんっ!」
真耶が官能を言葉に込め、甘い息を一夏の首元に吹きかける。首筋を這う甘美な刺激に一夏は内心で身震いしながらも、おくびにも出さずに『織斑一夏』らしく指先を動かして真耶の胸を揉んだ。
その指に合わせて身体を震わし麗しの瞳で見つめてくる真耶の意図を読み取れず、一夏は『織斑一夏』では打開できないこの状況を改善させる“外的要因”を望むしかなかった。
そして。
「――ハッ!?」
セシリアの『スターライトmkIII』がレーザーを放つのを起点に、一夏は真耶の元を離れることに成功する。
その後、嫉妬か演技か一夏に向かって投擲された『
3
昼休み。一夏は屋上に居た。
篠ノ之
本来ならば『織斑一夏』にとってシャルル・デュノアはIS学園における唯一の同性同年代の人間であることから、シャルルに声を掛けるであろう一夏を気遣って、セシリアたちは男性陣を二人きりにしなくてはならなかった。しかし本日の授業中に篠ノ之箒が一夏を昼食に誘ったことで事態は急変。セシリアも凰も遠慮する必要がなくなり、一夏としても箒とセシリアの助力を得ながらシャルルに探りを入れることが可能となったのである。もちろん二人が無償で手助けをしてくれるわけではないが。
「はい一夏。アンタの分」
箒が、作ってきた一夏の分の弁当を抱えてどう切り出そうかと悩んでいる隙に、鈴音が一夏のために作ってきた酢豚を一夏に渡す。
「コホンコホン――――よろしければおひとつどうぞ」
セシリアがサンドイッチの入ったタッパーを一夏に差し出し、鈴音の後に続いた。
通常、一夏たち四人は昼食を学生食堂で食べる。それ故に箒一人が自身と一夏の弁当を作ってこれば、昼食の間織斑一夏と篠ノ之箒の二人だけの空間が作られてしまうことになる。しかしIS学園の寮室にはキッチンがなく、弁当を作るには貸し出されている共用キッチンを使用するため前日に予約をとらならなくてはならないため、見張りを立てていれば抜け駆けを阻止できるのだ。セシリア・オルコットの広げる網に引っかかった篠ノ之箒弁当制作の情報は、すぐさまセシリアの元へ届けられ、そして凰にも伝達された。現在織斑一夏と共に行動をしているのは篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音の三名であり、その中で一人だけが弁当を一夏に充てがえば、その人物は『織斑一夏』にとって多少なりとも
しかしそんな中でも、セシリアは自身のために布石を打っている。
「? どうかしまして?」
「いや! どうもしてない」
「はっきり言わないからずるずるいっちゃうのよ。バーカ」
鈴音がやり過ぎない範囲でセシリアを牽制しようとするが、『織斑一夏』としては好意を無碍にできるはずがなく、織斑一夏としては下手に拒絶してしまうのも今後の付き合いを考えるとあまりよくない。結局一夏としては、これでもかというほどに“変な”味に作られたセシリア流サンドイッチを食べ続けるしかないのである。
通常、差し出した手作り料理が不味いことがプラスのイメージに繋がることは少ない。しかし、織斑一夏に集う三人の少女たちの中においては、料理が下手という特徴は一種のステータスに成り得るのだ。
篠ノ之箒、凰鈴音の両名において、その料理の腕は中々のものである。三名の内二名の料理が上手ければ、『織斑一夏』の中では料理の上手い人間よりも料理の下手な人間の方に意識が向きやすい。ましてや自身の料理もそれなりに上手いのならば当然である。こと手作り料理という分野においてセシリアがこの三人の中で一番得をしていた。
セシリア・オルコットは料理下手である。そのイメージを着実に植えつけていけば料理上手への改善をセックスアピールに利用することもできるし、これがセシリアの狙いなのだが、織斑一夏との二人きりの料理講座を開ける可能性もある。
故に、そのような流れに持っていかれないために一夏はセシリアの激不味料理を笑顔で食べるのだ。
「ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」
シャルルのその言葉は『織斑一夏』を巡る表向きの争いを目にしたからであるが、その実大変的を射た発言であった。
一夏としてはシャルルへ探りを入れるために場だったのだが実際に繰り広げられようとしているのは『織斑一夏』を巡る争奪戦である。もちろんシャルルが現段階でそこまでの深い事情を理解しているとは考え難いが。
「いやいや、男同士仲良くしようぜ――――」
心にもないことを言って、一夏は少し探りを入れ始める。“男子だから”ISと触れるなどと想像もしていなくてISの勉強が追いつかない、と口にするとセシリアがフォローを入れる。
「ええまあ――――」
IS学園に入学してくる少女たちも少なくとも中学入学の頃からは勉強をしていることが強調されたことで、一夏はシャルルの反応を見る。“ただの”男性IS操縦者ならここで何か反応がありそうなものだが、シャルルはまるで当然のことを聞いているかの様子だった。
シャルル・デュノアがどの時期男性IS操縦者になったのかは定かではない。“二人目の男性IS操縦者”というフレーズを言葉通りに受け取るのならば、その事実が発覚したのは織斑一夏がISに触れてからであり、そうであるならば『織斑一夏』よりも遥かにIS知識に富み、IS技術に優れているのは可笑しなことである。しかし一夏よりも先に男性IS操縦者となりその存在を巧みに秘匿されていたとするのならば、その限りではなくなってしまう。もちろん、その場合は篠ノ之束の目をも誤魔化し続けていたことになるため、一夏としてはまず有り得ないと思っているが、もしもの可能性もある。
こうして一夏の中で益々シャルル・デュノアへの疑念と警戒が強まる中、午後の一時は表向き和やかに進んでいくのだった。