【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【闇】???

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 ISの開発者として認知されている篠ノ之(しののの)(たばね)であるが、その覇道において常に共にした人物が存在する。

 織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)世界最強(ブリュンヒルデ)

 幼少期から行動を共にしていた二人は、十年前の『白騎士事件』を境に行動を別にする。しかしその実、IS業界という枠の中では一括であり、それまでと同様、二人は同じ道を進んだのだった。

 織斑千冬と篠ノ之束。この二人の関係性は有名であり、そして不明瞭でもある。

 ただ、彼女たちの過去を知る者が必ずこう口にする。

 篠ノ之束を諌める(御する)のは、常に織斑千冬であった、と。

 

 

 

 

 

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(無茶し過ぎだよ、いっくん……)

 

 篠ノ之束は画面に映し出される映像を眺めながら、安堵の息を吐く。

 束の目の前の3Dディスプレーに広がるのは、IS学園第二アリーナの光景である。

 (ファン)鈴音(リンイン)を狙った、無人機ISの最大出力形態(バースト・モード)による必殺の一撃。本来ならば一夏(いちか)の身は『霊落白夜(れいらくびゃくや)』とISの『絶対防御』によって守られたはずだったのだが、あろうことか彼は『絶対防御』を解除した。そのため一夏を殺すわけにもいかず無人機ISの攻撃は『上位命令』によって威力を抑えられ、その結果凰鈴音は生存することができたのだった。

 

(凰鈴音の殺害は、失敗…………)

 

 篠ノ之束は再び安堵(・・)の息を吐く。

 しかし、その間もコンソールを叩く手は止まらない。何かに脅えるような必死の形相で、荒々しく十本の指を振動させる。

 そこに、普段の彼女を象徴する天真爛漫な笑みはない。

 織斑一夏が知るような“篠ノ之束”は、そこにはなかった。

 

(ここまでの流れは、概ね予定通り…………)

 

 小さな体で道化を演じる“彼”を思い浮かべ、束は嘲とも憐れみとも思える笑みを浮かべる。

 織斑一夏は篠ノ之束を守るために“織斑一夏”という名の仮面を被る。けれどもそれは無意味なことであり、道化を演じるその身こそが道化であることを“彼”は知らない。

 

(あとは、いっくんと――――ほーきちゃん次第…………)

 

 既に計画は始動している。

 指示通り(・・・・)、織斑一夏をIS学園の入学試験会場に誘導しISに触れる機会を作った。わざわざそのためだけにとある多目的ホールの建設に裏から手を加え、国家機密施設レベルのものへと設計を変更させた。これによりIS学園の入学試験出張会場に選ばれても問題ない、電工掲示板がなければ必ず迷う多目的ホールが完成。試験会場への入場に伴う個人識別作業を長くすることで必然的に一人になる時間が作られたところで、遠隔操作により電工掲示板の表示を切り替えて誘導した一夏の目の前で、本来なら指紋入力を行わなければ開くはずのないIS学園入学試験出張会場の試験場の扉を開く。そして試験受験者のIS起動率とその適性を調べるためと瞬時に不審者等の情報をやり取りするために担当教官が全員所持している眼鏡デバイスにハッキングを掛けることで、織斑一夏を異物と認識できないようにしたのだった。

 計画としては穴だらけであり、当然失敗する可能性の方が高い。しかしそんな束の意に反して、織斑一夏は世界で唯一の男性IS操縦者となってしまった。

 篠ノ之束は、また負けたのだ。

 束の抵抗も虚しく、織斑一夏は世界中の注目の的となってしまった。

 そうなってしまえばもう、抗うという選択肢は束にはない。織斑一夏を守るためには、指示に従う(・・・・・)しかないのは事実であった。

 そうして指示通り(・・・・)、クラス代表決定戦に、織斑一夏とセシリア・オルコットの戦いに束は介入した。一夏が決定打を受けないように、危ない場面では一夏の意思を先読みして白式(びゃくしき)を遠隔操作する。『一次移行(ファースト・シフト)』のタイミングを劇的に演出し、“織斑一夏”という存在に踏み込むための敷居を大きく引き上げた。

 

「――――ちーちゃん…………」

 

 束のか細い声が、その名を紡ぐ。

 映し出されたIS学園の多数の映像。その中の一つ、ちょうど目の前の画像を束は見つめる。

 篠ノ之束の幼馴染みにして世界最強。篠ノ之束と渡り合える唯一の存在。

 IS学園の中庭を同僚と歩く織斑千冬を束は眺め――――

 

「――――!」

 

 逃げるように映像を切り替えた。

 

 

 

 

 

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「――――どうしました? 織斑先生」

 

 IS学園教師、山田(やまだ)真耶(まや)は同僚にして敬愛なる先輩、織斑千冬にそう声をかけた。

 

「いや、なんでもない」

 

 突然振り向いて何もない空を睨んだ千冬は、いつも通りの痺れるような声色で真耶に応える。

 その凛とした佇まいに惚れ惚れしながら、真耶は再び歩き始めた千冬の隣に並ぶ。

 季節は春の終わり。IS学園に入学した若き苗木たちもようやく土地に馴れてきた頃である。青々しい匂いを纏った風が中庭を吹き抜け、二人の女教師を優しく包み込む。

 

「それにしても――――」

 

 真耶は先程までの会話を再開させる。

 

「やっぱり織斑くんは凄いですねー」

「あれは運がよかっただけだ」

 

 クラス対抗戦の最中に突如乱入してきた無人機ISを倒したことで、織斑一夏に対する世界の評価は大きく上昇した。相手を無人機だと見抜いた洞察力と既存の法則に囚われない発想力、外部エネルギーによる『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』の一発成功という土壇場での火事場力。それらは確かに“織斑”というべきものであり、その将来性を覗かせる。

 もちろん、現状ではあくまで潜在的なものでしかなく、とりわけて恐れるほどの脅威にはならない。危機管理能力や情報収集能力その他、集団の中で、組織の中で生きていくには致命的な欠陥があることは語るまでもないだろう。

 しかし、群を逸脱する個の力が世界を凌駕したとき、それは世界の敵となる。

 そう、篠ノ之束がそうであったように。

 

「己の身も護れない若造がでしゃばった末路など、知れたことだろ」

「は、はぁ。厳しいですね……」

 

 乱入してきた無人機ISは、ISアリーナの『遮断シールド』を突破してきた。

 『遮断シールド』はISの『バリアー』を強固にしたエネルギーシールドである。『バリアー』を一瞬破り『絶対防御』を瞬間的に発動させる程度の攻撃では破壊できない。一撃でISのシールドエネルギーを使い切らせるほどの攻撃でなければ『遮断シールド』は破壊できない。つまり『遮断シールド』を破壊できる攻撃ならば『バリアー』を容易に突破し、『絶対防御』すらも一瞬しか役に立たない。乱入機の攻撃はISのシールドエネルギーを極端に消費させることで、IS操縦者を死に至らしめるものでもあったはずなのだ。

 しかし、“織斑一夏”はそのことに気づかなかった。『遮断シールド』の破壊による観客の危険には瞬時に理解したのに、自身の危険はほとんど認識していなかったのである。

 そのことを千冬は強く指摘する。他者を優先できることは“織斑一夏”の美点であるが、同時に自身の把握を怠ることは“織斑一夏”の欠点でもある。織斑一夏がこれから進むであろう道程を考えれば、それは致命的とも言える。

 もちろん、事実は異なるのだが。

 

「まあ、あの状況で事態を収束させたことは評価してやるがな」

「はははは…………」

 

 織斑千冬は当然、“織斑一夏”という仮面を見抜いている。しかし織斑千冬は野暮ではない。一夏がそれを望むというのならば、“織斑千冬”は“織斑一夏”を弟とする。

 厳しく評価するも本当は弟を褒め称えたい“織斑千冬”。そんな彼女に尊敬の念と若干の微笑ましさを感じながら真耶は優しい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

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(やはり証拠など、残っているはずもありませんでしたか……)

 

 セシリア・オルコットは自身のIS、ブルー・ティアーズの活動履歴を眺めながら、予想通りの結果に納得する。

 先日、IS学園のISアリーナの『遮断シールド』制御装置に、何者かからハッキングが行われた。無人機ISの破壊と同時にシステムは解放されたのだが、その間に解除を試みたIS学園の精鋭たちは全員惨敗している。

 ここで問題なのは“『遮断シールド』制御装置”にハッキングを受けたことだ。

 『遮断シールド』はISの『バリアー』をより強化したものである。つまりその発動にはシールドエネルギーが使われているのだ。シールドエネルギーを生み出すことができるのは基本的にISコアのみであるが、世界各地に点在するISアリーナは篠ノ之束の手によって特殊な加工が施され、ISコアがなくとも『遮断シールド』が起動するようになっている。そう、ISアリーナにおける『遮断シールド』制御装置は篠ノ之束製なのだ。

 ISアリーナが篠ノ之束によって世界中に作られたのはIS登場初期の、彼女が“博士”として世界に技術を還元していた時期であり、完成から既に何年も経っている。日進月歩に技術が向上する昨今、十年近く前のセキリュティーなど普通は破れないことはない。

 しかし、ISは違う。IS技術だけは、どれだけ世界が切磋琢磨しようとも、篠ノ之束に追い付くことはできない、はずなのだ。

 そんな『遮断シールド』制御装置がハッキングを許したのである。それはつまり、篠ノ之束を越える者が現れたことに他ならない。

 だが、セシリア・オルコットはもう一つの可能性を考慮する。

 

(篠ノ之博士が有するとされるISの上位命令権。果たしてどこまでが真実なのでしょうか――――)

 

 きっかけはクラス代表決定戦。一夏の『一次移行(ファースト・シフト)』の演出的タイミング。そして『ブルー・ティアーズ』の出来すぎた破壊軌跡。

 仮にも篠ノ之束によって改良された白式が、『最適化処理(フィッティング)』に三十分も掛かるだろうか。もちろん、これ自体は大した根拠にはならない。しかし、後者の疑問を含めることで疑いはより深くなる。

 白式によって破壊された『ブルー・ティアーズ』。そのうちの半分が“真っ二つ”に絶ち切られているのだ。

 確かにあの試合において、セシリアは一夏に自身側の予定軌道情報を送っていた。だが、だからといって三次元に高速飛行するビットをIS戦闘初心者がよりにもよって“真っ二つ”に破壊するなどということが起こり得るだろうか。

 それを解決するためにセシリア・オルコットが導きだした解。それは、篠ノ之束によるISへの遠隔操作。

 だが、仮にそうだとしたらそれはまさに世界を敵に回す行為に他ならない。しかし現状としては上位命令権の存在は一部では疑われたことがあるものの、現在ではほとんど否定されている状態である。ISが発表されてから十年。世界に散らばったISがどんな行動をとろうとも、篠ノ之束によるISコアへの直接的な干渉は行われてこなかったからだ。

 

(まあ、ISそのものの技術的策略について調べようにも、限度がありますわね。それに、考慮すべき事案は他にも――――)

 

 ようやく手に入れたIS委員会上層部関係者とのパイプ。セシリア・オルコットの力を以てしても容易なことではなく、そして入手できる情報の質も量も決して良いとは言えない。あくまでセシリア・オルコットのホームグラウンドはイギリスなのだから。

 そんな中でセシリアが知った事実。

 

 

 

 篠ノ之束は、六年前には既に失踪していた。

 

 

 

 篠ノ之束が失踪したとされてきたのは三年前。『篠ノ之束の全世界同時中継生放送インタビュー』にて発見された置き手紙と“467機目のISが据えられていた”ことで彼女の失踪が明らかになったのである。

 篠ノ之束の姿自体は映像によって多くの人間の目に触れてきたが、彼女本人が公の場に現れたことは実は少ない。六年前の時点では既に束が直接顔を出す機会はなく、彼女の出席は映像によるものだったのだ。

 しかし、それでも世界は篠ノ之束の失踪に気づかなかった。何故なら篠ノ之束でしか製作できないISが、世界に還元され続けていたからである。

 篠ノ之束という存在に対する世界の認識はISの発明者であり唯一の製作者なのだ。故に、ISを作り出すのは必然的に篠ノ之束という存在になる。

 それを利用して、世界の上層部は篠ノ之束の失踪を秘匿した。その機密レベルは、当時の織斑千冬ですら辿り着けないほどである。

 

(果たして何のために――――?)

 

 篠ノ之束に逃げられたという情報は、確かに秘匿するに値するものではある。しかし、その三年後には懸賞金まで掛けて大々的に指名手配するに至っている。ならば、当初は数年以内に発見できると思っていて秘匿したのだろうか。それとも他に何か理由があったのだろうか。

 

(他にも懸案事項はあることですし――――)

 

 ログをしまい、セシリアは優雅に伸びをする。金髪が波打ち、腰を跳ねる。

 そしてセシリアはその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

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 誰もいなくなった病室で、織斑一夏は一人思考に耽る。

 クラス対抗戦(リーグマッチ)に乱入した無人機は、凰鈴音の殺害を目論んだ。一夏はそれを“彼女”の意思だと考える。

 織斑一夏が篠ノ之(ほうき)と結ばれることが最善と考える“篠ノ之束”にとって、凰鈴音の存在は邪魔でしかない。そしてそんな“彼女”の考えに乗ったのが、篠ノ之箒こと“魔女”である。

 共犯者たる篠ノ之束にも、セシリア・オルコットにもそうと気付かれず場を操り、凰鈴音を死に至らしめる死の直線(デッド・ライン)を生み出してみせた“魔女”。その所業は決して悟られることはなく、その意思の執行は他者に代打ちさせる。被害者も加害者も“魔女”の関与に気付くことなく、“ただ偶然その事態を生み出してしまった”者として篠ノ之箒を認識するのだ。

 それが“魔女”のやり口。姉である“彼女”の意思を影で支える、妹の在り方。

 だから箒には、凰鈴音が死ぬことに何の感慨もない。彼女にとっては篠ノ之束こそが至高。“織斑一夏”を慕い、求めるその姿は、“篠ノ之箒”という役者の演技に過ぎないのだ。

 それは、“織斑一夏”も同じであるはず。“彼女”を守り、“彼女”の意を汲む選択ならば、それを選ぶべきなのだ。

 なのに。

 

 

 

 織斑一夏は凰鈴音の身を庇ってしまった。

 

 

 

 三年前、一夏は誘拐された。

 篠ノ之束(災厄)織斑千冬(最強)を以てしても阻止することができなかったこの事件。

 だが、まさか凰鈴音などという小さな穴ごときで、自身を守る壁に綻びが生じたとは一夏は考えていない。災厄と最強の名は何より、報復に大きな意味を持っているのだ。直接的に身を守る手段ではない以上、事件の発生は遠からず起きていただろう。

 けれども、一夏は気付いてしまったのだ。

 織斑一夏が篠ノ之束の騎士になる道程において、凰鈴音という存在は重荷にしかならない。言うならば、邪魔なのだ。

 千冬や箒のように“彼女”と関わり合いのあるような存在ならまだしも、鈴音はまったくの部外者。“彼女”の問題と鈴音の問題が重なることはなく、一夏が織斑一夏である以上、見捨てるべくは鈴音の方なのだ。ならば、最初から心を許さなければいい。所詮、凰鈴音が“織斑一夏”ではなく織斑一夏を認識することはないのだから。

 三年前の事件は、ちょうどよいきっかけだった。

 そもそも一夏が鈴音を意識した理由は些細な事からに過ぎない。織斑一夏という存在そのものに意識を向けられただけで僅かな喜びを感じてしまったのは、一夏が幼かったからだ。思春期の精神が不安定になる時期を終えた今、凰鈴音の価値は過去において織斑一夏の心を人知れず癒したことだけでしかない。

 凰鈴音を庇う必要は、なかったはずなのだ。

 

(――俺は…………)

 

 これは“彼女”への裏切りだろうか、と一夏は自問する。

 しかし、答えは出るはずもない。至高なる“彼女”に、こちらから連絡をとるわけにはいかないのだ。仮に連絡がついたとしても、そもそもそんなことを訊けるわけもない。

 平時においてなら、織斑一夏にとって優先すべきは“彼女”であると一夏は確信を以て言える。緊急時においてもそれは同様であろう。例え“彼女”以外の存在が一夏の前に現れたとしても、“彼女”を越えることはあり得ない。

 ならば、凰鈴音という存在は織斑一夏にとって一体何なのか。

 なぜ、自分は鈴音を助けてしまったのか。

 

(――――俺、は…………)

 

 自身の変化を恐れるように。

 答えを知ることに怯えるように。

 誰もいなくなったベッドの中で。

 一夏は逃げるように眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

     【序】『織斑一夏』という名の仮面 完


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