【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【結】決戦! クラス対抗戦の裏で

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 世界で最も有名であり、世界で最も最強の兵器を生み出した狂気の科学者(マッドサイエンティスト)篠ノ之(しののの)(たばね)。彼女の存在は、その偉業をもってこう評される。

 ただ一言、“天災”と。

 何を考えているのか、何を求めているのか、おおよそ一般的な解釈が通用しない稀代の天才科学者篠ノ之束。現行数世紀分の科学力を先取りしていると言われるその頭脳と、何者にも縛られない自由過ぎるその行動を以て、世界は彼女を異端と定める。

 そして篠ノ之束自身も世界を卑下し、至高にして孤高の存在と自ら到るに至る。

 世界の“敵”として淘汰されかねない危険な存在。それが篠ノ之束。

 “人の心が分らない”とされ、常に異端の道を突き進む束。しかしそんな彼女が心を開いた存在が三人いる。

 実の妹、篠ノ之(ほうき)

 幼少期からの幼馴染、織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)

 そして千冬の実の弟、織斑一夏(いちか)である。

 この三人と接する時だけは、篠ノ之束は“天災”から“天才”へと“人の枠に収まる”ことができるようになる。この三人がいるから、篠ノ之束は世界の“敵”になる手前で踏み止まることができるのだ。

 けれども、たとえ彼らと接している時であっても、束の本質が変わることはない。

 “篠ノ之束は他者(ヒト)の心が理解できない”。

 その事実だけは、覆ることは決してないのだ。

 

 

 

 

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『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 IS学園第二アリーナ内に、アナウンスが響き渡る。

 五月も中頃になった今日、ここIS学園では今年度最初の大会競技、クラス対抗戦(リーグマッチ)が行われようとしていた。

 クラス対抗戦(リーグマッチ)とはその名の通り、各クラス代表がISを以て行うISトーナメント戦のことである。学年ごとに行われるこの大会は本来、“素人である”十五歳の少女たちが今どのくらいの実力を持っているかを知るためのものだ。

 故に、専用機持ちや国家代表候補生がクラス代表になることは推奨されていない。

 確かにIS学園に通う少女たちは皆IS知識に関して素人であるはずもないのだが、実際にISを動かす能力においては素人同然なのである。ISの数が限定され監視されている以上、ISを用いた実技演習を秘密利に行うことは非常に困難である。一人二人ならまだしも、毎年IS学園に人材を送るとなれば、到底賄えるものではない。そしてそもそもIS学園の価値が外交にある以上、IS操作技術そのものにおける価値は大変低いものとなっているのだ。

 しかしIS学園にはIS操縦者の育成という表の顔が存在する。いくら求められていないとはいえIS操作技能の向上は不可欠なのだ。だからクラス代表の“本当の”実力を知ることで、IS学園側は表の顔を立てることが可能となる。

 つまり、クラス対抗戦(リーグマッチ)は“一般生徒”が出場してこそ意味をなすのである。

 けれども今年はそうではない。一年生においては一組は専用機持ちが、四組は国家代表候補生が、二組においては専用機持ちの国家代表候補生クラス代表を務める事態となっている。

 理由は明確。

 織斑一夏の実力を知る、ただそのための処置。

 世界最強(ブリュンヒルデ)の実弟、織斑一夏。世界唯一の男性IS操縦者の実力は、四月の段階ではまったくの未知数であった。

 そのため、世界の期待に答えるべくクラス代表の選出に補正が掛かる。そして段階的に織斑一夏の実力を計るために、各クラス代表も実力を段階的に調整して選ばれたのだ。

 (ファン)鈴音(リンイン)がIS学園に編入してきたのはその後のこと。

 セシリア・オルコットとのISバトルでその“可能性の高さ”を見せつけた一夏の、最後の対戦相手として相応しいステータスを兼ね揃えた鈴音。その存在はIS学園に“クラス代表の変更”という特例を認めさせたのだった。

 

「一夏、今謝るなら――――」

「雀の涙くらいだろ。そんなの――――」

 

 アリーナの中央で、“赤”と“白”が向かい合う。

 赤を基調として黒のラインが走る攻撃的な配色を施したISの名は甲龍(シェンロン)。そんな中国の第三世代機を纏うのは一年二組クラス代表凰鈴音。

 対して、白に染め上げられた流線型ボディーが目立つ日本の第三世代機、白式(びゃくしき)。鈴音と対峙するのは世界唯一の男性IS操縦者、織斑一夏である。

 本来、このペアは初戦で当たるようなものではない。織斑一夏と凰鈴音の対決は、トーナメントの決勝戦で行われるはずだったのだ。しかし“厳正な抽選”の結果、この対決は第一試合、クラス対抗戦(リーグマッチ)の開幕試合に選ばれることとなった。

 

「――――ISの絶対防御も完璧じゃないのよ――――」

 

 鈴音が向かい合う一夏に脅しをかける。

 けれども、臆することはない。織斑一夏が『織斑一夏』である限り、凰鈴音が一夏に余計な危害を加えることはないのだから。

 一夏はハイパーセンサーを全開して初撃に備える。

 そんな一夏を見て鈴音は不意に儚げに笑い――――

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 鳴り響くブザー音と共に、クラス対抗戦(リーグマッチ)が幕を開ける。

 

 

 

 

     2

 

 

 凰鈴音と織斑一夏は六年来の友人である。鈴音が一方的に一夏を殴り付けるという出会いではあったが、『織斑一夏』の融和性と鈴音自身の性格を以て“親友”と言える程にまで二人の仲は発展した。

 そんな中で次第に、鈴音は一夏に恋慕の情を寄せ始める。最初はぎこちなかったそれは、中学二年生になる頃には一人前の“乙女”のそれへと至っていた。

 そして両親の離婚という“やむを得ない”事情により鈴音が中国へと帰国することになった時、彼女は一夏にプロポーズをする。

 

 

 

『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 

 

 

 その言葉に、『織斑一夏』を演じる織斑一夏は快く承諾をした。

 鈴音の告白は『織斑一夏』の中では『毎日酢豚を奢ってくれる』と変換される。故に一夏は鈴音の告白を受け入れ、踏みにじらなければならない。しかしそれは別に問題ない。『織斑一夏』という人間は“そういう人間”だと認知されている。当然、凰鈴音もそれを理解していたはずである。

 だが、鈴音はその確認をしなかった。自身のプロポーズに対して一夏が正確に捉えているかの確認を怠ったのだ。

 プロポーズが成功したから、鈴音は嬉しさの余りその事を忘れていた。そう考えることもできる。

 しかし、それでは一夏は腑に落ちない。

 凰鈴音は中国政府の間者である。その事は一夏の中では確定事項であるし、紛れもない事実であった。

 であるならば、“織斑”との関係性を“絶対”にするような好機をはたしてみすみす逃すだろうか。

 勿論、“織斑一夏に告白をした”というステータスを得るための行動だったと言えなくないわけもない。『織斑一夏』の人間性を考えれば、仮に告白に失敗したとしてもその関係性が悪化するようなことはないのだから。

 しかしそうすると、凰鈴音が“わざわざ”中国に帰国した理由が分からない。

 一年前の時点で織斑一夏の周囲における最も親しい異性は織斑千冬であり、その次の地位には凰鈴音が占めていた。篠ノ之束と直接連絡を取ることはなく、篠ノ之箒は日本政府の方針で音信不通、五反田(ごはんだ)(らん)においてはあくまで友人の妹という認識でしかない。一夏との関係性を考えるのならば、凰鈴音は帰国などせずに日本に残るべきだったのは明白である。そしてその後に鈴音が一夏へ“正しく”プロポーズしていれば、確約はされないもののかなり高い次元での保留となっていたであろう。

 『織斑一夏』は織斑千冬を支える人間を夢見ており、異性間交遊においては子供の頃のそれで止まっている。言うならば『織斑一夏』は織斑千冬に恋しているのだ。だから、『織斑一夏』はハニートラップに引っ掛かる隙がない。

 しかし、中学生にもなれば『織斑一夏』は自身の限界と世界の広さを知ることとなる。世界最強(ブリュンヒルデ)に掛かる重荷を代わりに背負おうと務めたところで、偉大過ぎる姉に対して弟の方はあくまで“人並み”でしかない。そしてなにより“織斑一夏は男性であるが故にISが使えない”。高校生になる前には、織斑千冬の対等に支えるなどという無謀な夢は、一夏の中でも“叶うはずのない夢”として胸の奥に仕舞い込まれているはずであった。

 そうなれば、織斑一夏は成長する。家族愛の限界を知った時、織斑一夏の異性間交遊能力は飛躍的に成長するのだ。その後であるなら、凰鈴音の告白は高確率で受け入れられていただろう。その当時一夏が愛情を向けるベクトルは、千冬か鈴音しかいなかったのだから。

 けれども凰鈴音はそうなる前に恋慕の情を伝え、中国へと帰国。そして一年の後、世界唯一の男性IS操縦者となった織斑一夏は“夢みるべきではない夢”を再び目指すこととなった。織斑一夏の愛情のベクトルは再び、織斑千冬に大きく傾いたのである。

 

 

 

 

     3

 

 

 空間に圧力をかけて生み出される甲龍の衝撃砲・『龍砲(りゅうほう)』。砲身も砲弾も視認できないその攻撃を、一夏は近接特化ブレード・『雪片弍型(ゆきひらにがた)』を正面に構えることで弾いてみせた。

 

「ふうん。初撃を防ぐなんてやるじゃない――――」

 

 『織斑一夏』は対戦前に相手の情報収集をしない。しかしセシリア・オルコットが一夏に“惚れている”ことになっている現状、甲龍の情報が入ってこないはずがなかった。

 当然、一夏自身も情報収集は行っている。けれども一夏が知ることのできるのは“開示された”情報だけだ。ISの知識は豊富な一夏だが、ハッキング能力を持っているわけではない。そのため、『織斑一夏』としてセシリアから手に入る情報は、それなりに貴重となっていたりする。もちろん、セシリアが流すのはあくまで流出しても構わない内容程度であるのだが。

 甲龍の『龍砲』に関する情報は当然、IS委員会が定める規定に基づいて“ある程度”公開されている。故に一夏が予め衝撃砲の存在を知っていても何ら可笑しなところはない。

 しかし、だからといってそう簡単に対策が立てられるようなものでもないのが事実だ。もちろん、それは“織斑一夏に限った話”であるが。

 

「今のはジャブだからね」

 

 衝撃砲による先制攻撃を防いだ一夏の『雪片弍型』は散回から攻勢に移ることを許されなかった。鈴音の降り掛かる青竜刀を受け止めるに留まったところで、甲龍の肩アーマーの中から放たれる『龍砲』の砲撃に白式は無防備にその身を晒す。

 弾き飛ばされた一夏に『龍砲』が追い討ちをかけ、白式は地面へと叩き付けられた。

 その様を見て客席の人間たちは、“織斑一夏がIS操縦において初心者である”ことを改めて認識する。

 熟練のIS操縦者にとって、視界とは眼球が捉える映像ではなくハイパーセンサーが認知する情報である。各種センサーによって三百六十度ありとあらゆる外界情報を様々なレベルでIS操縦者は入手することができる。彼らは“映像”ではなく“数字”を以て世界を認識するのだ。

 無数に表示される視界内の数列を、IS操縦者は取捨選択した上で“視界情報”へと変換する。その方法は選択する情報によって異なるが、その中でも最も基本的な変換方式を現在一夏は行っていた。

 それは、視界情報を基本とし、ハイパーセンサーによる所得情報を映像(エフェクト)化、更にハイパーセンサーの稼働範囲を大きく限定させた状態にするというものだ。

 ISのハイパーセンサーは非常に優秀である。しかし、その入手情報量のあまりも多く、人間であるIS操縦者はハイパーセンサーを十全に扱うことができない。IS初心者である『織斑一夏』にとって、『空間の歪み値と大気の流れ』を映像化したものを自身の視覚情報に上乗せすることが、ハイパーセンサーの利用限界なのだ。

 織斑千冬などは、ハイパーセンサーによる入手数値情報を元に脳内で三次元映像を構築し、自身の視覚情報に上乗せしてみせる。ハイパーセンサーを情報所得だけに特化させ、瞬間瞬間において情報の取捨選択と解析を常に脳内で行い、その卓越した情報処理能力を以て視覚情報と数値情報のリンクを完璧に行ってみせるのである。

 もちろんそのような神業を一夏が使う必要はないのだが、それでも視界外情報の認識が行えないというのは、国家代表候補生と戦うにはあまりにもお粗末と言えよう。

 理論上、IS操縦者には死角が存在しない。ハイパーセンサーによる環境情報の把握能力は、非の打ち所がないと言ってしまえるほどである。

 しかし、織斑一夏はそれを満足に扱えない。だからこそ、“視認できない”などという理由で『龍砲』そのものが脅威になってしまっている。

 セシリア・オルコットの『ブルー・ティアーズ』然り、凰鈴音の『龍砲』然り、特殊兵器を積んでいるのが第三世代機の特徴ではあるが、それらの兵器はISバトルにおいてはあくまでサポート武器である。主兵器(メインウエポン)との連携によって真価を発揮するのであり、その武器そのものを脅威に感じているようでは、到底対等な戦闘は行えないだろう。

 『龍砲』の砲身と砲弾は不可視であるが、ハイパーセンサーを使えばその射線を捉えることは可能である。衝撃砲の価値は視認できないことではなく、ほぼ無制限に射線を回転させることができるその稼働性なのだ。二本の射線が相手のISの行動範囲を限定させ、巧みに甲龍の攻撃範囲へと誘い込む。近接格闘に強い甲龍の主兵器(メインウエポン)は当然ながら青竜刀の『双天牙月(そうてんがげつ)』であり、仮に一夏が領域(テリトリー)内に入ってこようものなら、一対を連結させた両刃状態のそれで鈴音は『雪片弍型』を跳ね除け、白式に大ダメージを与えることだろう。

 一夏は拙い三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を駆使して、鈴音の敷く『龍砲』の射線に捕らわれないよう逃げ回る。ISの高機動戦闘に僅か一ヶ月で適応しているという『織斑一夏』の“異業”を、一夏は“予め機動予定軌道を指定しておく”という方法で偽っているのだ。

 凰鈴音という少女の人間性、その“表向きの”実力、“本当の”実力、中国最新鋭のISである『甲龍』の性能(スペック)を彼の国がどこまで披露するつもりか、そして『織斑一夏』のIS戦闘能力。その全てを鑑みた上での展開予測。

 開幕最初の『龍砲』から『双天牙月』との打ち合い、その後の衝撃砲による機動誘導。凰鈴音のキャラクター性が“戦闘にはいると冷静になるタイプ”であるからこそ、『織斑一夏』は違和感なく道化を描いてみせる。

 

(りん)

「なによ?」

「本気で行くからな」

 

 そう宣言すれば、凰鈴音は一撃目を必ず近距離(ショートレンジ)で受ける。凰鈴音と織斑一夏の実力差を把握しているからこそ近距離戦闘で決着をつけるべく、そして織斑一夏の実力測定のために、“その時点で予測できる”織斑一夏の攻撃を、敢えて受け止めてみせる。だからその上にいくこで、一夏は『織斑一夏の特異性』を世界に見せつけることができる。

 一夏の目的は決して鈴音に勝つことではない。重要なのはその過程であって、結果そのものについては今はまだ求める時ではないのだ。

 もちろん、この試合に『勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられる』のだが、所詮は子供の口約束であり、一ヶ月前にセシリアが言った『わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ』と同じように拘束力などあるはずもない。『織斑一夏』としてはある程度応じるとしても、何かしら『織斑一夏を廻る世界情勢』に影響があるような事態になれば対処はするし、何より周りが黙っていないだろう。

 

「――――とっ、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

 曖昧な、どこか不安げな、そんな表情を一瞬覗かせて、鈴音は『双天牙月』を構え直す。

 鈴音の様子に一夏は少し気になったものの、彼女のそれが凰鈴音としてのものか『凰鈴音』としてのものか判断がつかない。更には『織斑一夏』がこの緊迫状況下において鈴音の“ぶれ”に気付くはずもなく、一夏は白式の後部スラスター翼を大きく広げた。

 『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。

 IS近接格闘戦術において、上級者は必ず使用する、近接戦闘必須技能(スキル)。それは文字通り瞬時加速であり、大量のエネルギーと引き換えに戦況を覆す可能性を秘めている。

 一度外部に放出したエネルギーを圧縮して取り込み、再度放出することで莫大な推進力を得るこの技能(スキル)は、高度な演算能力を必要とする。エネルギーの再吸収時に生じる不純物の処理や、各部スラクターを初めとしたIS本体の方向調整、周辺大気の成分把握に進路微細調整。絶えず変化する内部、外部情報を“完璧に”予測する必要があり、少しでも入力を間違えれば“墜落”という結果が待っている。

 到底、ISに触れて一ヶ月の素人が手を出せるものではない。

 しかし、それを“感覚で行う”ことで、『織斑一夏』は境界線を越える。

 それは織斑一夏としてもいずれ必要になるだろう技能(スキル)であり、全力を以て習得する。

 

「うおおおおっ!」

 

 大気が()ぜ、世界が揺れる。

 そして白式は『雪片弍型』を降り下ろす。

 

 

 

 

     4

 

 

 乱入者は突然現れた。

 接近してくるまでISのハイパーセンサーを潜り抜け、アリーナを覆う遮断シールドを突き破った、『全身装甲(フル・スキン)』の灰色をした異形のIS。

 その長い両手の先に取り付けられた計四つの砲門から、驚異的な出力を誇るビームが鈴音を襲う。

 

「あぶねえっ!!」

 

 何故か避ける素振りを見せなかった鈴音を抱え、一夏は飛び上がった。

 連射されるビームを避けながら、一夏はセシリアへと秘匿回線(プライベートチャンネル)を繋ぐ。

 

『オルコット。機動誘導を頼む』

『承知しました』

 

 一夏としてはあまりセシリアに借りを作りたくはないのだが、敵はアリーナの遮断シールドを突破するだけの火力を備えている。ISバトルに耐えられるそれを破壊できるということは、襲撃者の武装はISの絶対防御を抜いてくる可能性がある。仮に絶対防御で受け止められたとしても、通常のIS兵器を逸脱したその破壊力の前に、ISはそのエネルギーを直ぐに使い果たしてしまうだろう。

 

「――――援護するから突っ込みなさいよ――――」

「――――それでいくか」

 

 『織斑一夏』は観客席に残る生徒たちを守るため、正体不明のISと戦うことを決める。残存エネルギーと所持武装を照らし合わせ、鈴音の『龍砲』による援護射撃と一夏の『雪片弍型』の力押しという戦法を二人は選ぶ。

 それは救助を待つまでの時間稼ぎではなく、倒すことを念頭においていた。

 『織斑一夏』は無謀にも“実戦”に飛び込み、見殺しにしないために凰鈴音はそれに続く。

 一夏が『織斑一夏』の仮面を被るがために、鈴音はこの場から逃げ出すことができなかった。

 

 

 

 

     5

 

 

 四回目の切りつけを空振りに終わり、セシリアが示すままに一夏はその場から離脱した。

 直後、“絶妙のタイミングで”一夏の後ろをビームが駆け抜ける。その様子に一つの仮説を思い浮かべながら、一夏は鈴音が衝撃砲で牽制している間に敵の射程圏内から抜け出した。

 これまでの間で、学園から援軍がやってくる気配はない。援軍自体はすぐそこまで辿り着いてはいるのだが、敵のISが学園アリーナの防御システムを乗っ取り、アリーナ内を隔離しているのだ。

 一夏たちが勝利するためには、一撃必殺である『零落白夜(れいらくびゃくや)』を当てるしかない。しかし敵は『零落白夜』を重点的に警戒しており、作戦を成功させるのは不可能と言える。

 ならば、敵が警戒していない方法で攻撃するしかない。

 『龍砲』を推進剤とし、“最速で”『零落白夜』を仕掛ける。それで決まればいいし、無理ならばそのままアリーナの遮断シールドを破壊。そして外で待ち受けるセシリアに止めをさしてもらう。

 

「――――容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」

 

 敵ISが無人機であるという仮説を持ち出し、一夏は鈴音にそう告げる。

 『零落白夜』は敵対ISの『絶対防御』を発動させ、シールドエネルギーを大幅に消費させる。ISバトルにおいて敗北条件である『シールドエネルギー残量0』は、本当の意味でシールドエネルギー残量0なわけではない。余剰攻撃にも耐えられる程度の『絶対防御』が展開できるだけのシールドエネルギーを省いた上での、『残量0』なのだ。

 しかし『零落白夜』はその“最後の砦”すら破壊しかねない。相手のISを戦闘不能に追い込むとき、白式は“攻撃し過ぎないように”気をつけなくてはならないのだ。そうでなければ、勢い余った『雪片弍型』が相手のISをその同乗者ごと切りつけてしまう。

 だが、そんな斬撃では当然“本気の一撃”に比べて威力も速度も劣る。逆に敵対ISの同乗者を気にしないのであれば、『零落白夜』はその脅威を何段階も上昇させるのだ。

 

「一夏」

「ん?」

「どうしたらいい?」

 

 秘匿回線(プライベート・チャンネル)でセシリアと打ち合わせをする一夏に鈴音が尋ねる。『織斑一夏』らしい無謀なこの作戦は、タイミングと“それぞれの位置”が重要で、一夏は鈴音にまずその役割を説明する。

 

「じゃあ早速――」

 

 作戦内容を説明しようとしたところで、中継室からアリーナ中に“魔女”の声が鳴り響いた。

 

(っな!? 一体どういうつもりだ!?)

 

 箒の“あまりにも”な行動に、一夏はその意図を把握しかねる。いくら篠ノ之箒が『篠ノ之箒』であるとはいえ、それで死んでしまってはもともこもない。ろくな武装もなしに敵の注意を引き着けるなど、自殺行為としか思えなかった。

 

(りん)、やれ!」

 

 “魔女”の思惑が何であれ、助けないという選択肢は『織斑一夏』にも織斑一夏にも存在しない。“ちょうどタイミングよく”箒に狙いを定めるべくアリーナの遮断シールドへ近寄っている敵IS目掛けて、一夏躍すべく『龍砲』の前に躍り出る。

 

「――――何してんのよ!?――――」

 

 凰鈴音は『織斑一夏』しか知らない。そのため“外部エネルギーを『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』に利用する”などという、“机上の空論”を実戦で実践するなどとは夢にも思っていなかった。

 しかし、『織斑一夏』はその“神に選ばれし幸運と異常性”を以て、織斑一夏は“いつの日か使うだろうと暖めていた計算式”を以て、99.9999%(シックスナイン)の不可能を0.0001%の可能へと変換させる。

 

「――オオオッ!」

 

 渾身の一撃は敵ISの腕を“切り飛ばす”に終わり、振り抜かれた『雪片弍型』は遮断シールドに穴を空ける。

 そして白式にゼロ距離ビームを叩き込もうとしていた敵ISを、ほんの少しだけ開いた遮断シールドの隙間から『ブルー・ティアーズ』が撃ち抜いた。

 一夏の読み通りエネルギーシールドを展開していなかった灰色のISは、身に纏う物理シールドを爆発させて地上へと落下する。

 その様子を眺めながら、一夏は額に浮かぶ汗を拭った。

 謎のISによる乱入事件でクラス対抗戦(リーグマッチ)は中止になったが、当初の予定通り“織斑一夏の特異性”を世界に見せつけることはできた。切り札を一つ切ってしまったが、その用法を考えればまずまずの使い方だったと一夏は己を評価する。

 ふう、と一息つく。

 「終わった」と口にしようとする。

 しかし、その前に。ハイパーセンサーが異常を捉えた。

 ――敵ISの再起動を確認! 警告! ロックされています!

 

(まさかっ……!?)

 

 その瞬間、一夏は理解する。

 篠ノ之箒の奇行。

 セシリア・オルコットによる射撃。

 そして敵ISの反撃。

 その全てが一本の線となり、一夏の中である結末を想像させる。

 しかしその間にも、片腕となった敵ISは最大出力形態(バースト・モード)に変形して、織斑一夏を狙っていた。

 否。

 凰鈴音を狙っていた。

 

(そういうことか……)

 

 敵ISと凰鈴音を繋ぐ線の間には、織斑一夏がいる。

 そして敵ISと凰鈴音を繋ぐ線の延長上には、篠ノ之箒がいる。

 生身の箒が敵ISのビームに耐えられるはずもなく、凰鈴音がその場を離れるわけにはいかない。

 『織斑一夏』が逃げ出すはずがなく、しかし一夏自身の身は『零落白夜』によって守られる。

 最大出力形態(バースト・モード)で放たれるその攻撃は、白式一体を丸々飲み込んでも余裕があるほど巨大であり。

 『零落白夜』は“織斑一夏しか守れない”。

 そして白式を飲み込んだ特大ビームは、『零落白夜』の効果範囲外から後ろへと突き抜ける。

 そう。

 

 

 

 凰鈴音のみがこの攻撃によって死ぬ。

 

 

 

 それが“彼女”と、“魔女”と、セシリアの思惑。

 “魔女”が凰鈴音の行動を縛り、セシリアが敵ISを“狙い通りの位置に”に吹き飛ばすことで、死の直線(デッド・ライン)は完成する。

 そしておそらく“彼女”が宿っているであろうそのISが、砲門を開く。

 

(俺は――)

 

 凰鈴音の死。それにより『織斑一夏』は完成する。

 鈴音が死ねば一夏が“覚醒する”要因になり、周囲に女が寄り付けなくなる。篠ノ之箒とセシリア・オルコットはより織斑一夏に近くなり、凰鈴音という不確定要素はこの世から消えて去る。

 

(……俺は――――)

 

 眩しい光が一夏を包む。

 

(…………俺は――――――)

 

 『零落白夜』が光を放つ。

 そして一夏は。

 織斑一夏は。

 『絶対防御』を停止(カット)した。

 

 

 

 

     6

 

 

 凰鈴音は中国政府の間者である。

 いつの日か“織斑”を呑み込むべく、織斑一夏の幼馴染となった。

 当時、鈴音には他の選択肢は存在していなかった。中国政府に実家を人質にとられた両親を見て、鈴音は権力に屈したのだ。

 それは人生を奪われたに等しい。

 凰鈴音は織斑一夏の幼馴染でなければならない。それ以外の価値は鈴音には認められず、それ以外の役割を鈴音は求めてはいけない。

 しかしいくら他に道がないとはいえ、僅か十歳の少女がそのことに堪えられるはずがない。

 だから鈴音は、一夏の顔面を殴り付けたのだ。

 それはただの八つ当たりだった。けれども、鈴音にとっては神を呪う一撃だった。

 当然、その事件の後で鈴音は自責の念に駆られた。織斑一夏は鈴音に殴られる理由はないのだし、凰鈴音との関係性が悪化するような事態は避けなけてはならない。

 けれども、嫌なものは嫌だったのだ。

 そんな二人の出会いだったが、次第に鈴音は一夏に興味を持ち始める。勿論“織斑一夏と仲良くしなくてはならない”のだが、元々ただの子供だった鈴音に、そんな器用なことはできない。鈴音は、“純粋な思いで”一夏へと近づいていった。

 おそらくそれは、一夏が“家族を愛していた”から。

 十代になったばかりで、本当の意味で家族の愛を知っている子供は日本にそうはいない。人質という形で家族を再認識した鈴音にとって、織斑一夏という存在は唯一対等に思える存在だった。

 そして凰鈴音は恋に堕ちた。

 織斑一夏の幼馴染であるように、自らの意思で鈴音はそう振る舞った。中国政府からの指示も“現状維持”であり、一夏を騙すこともなく鈴音は日々を過ごしていく。

 しかし、鈴音の元に“災厄”が現れて全ては変わった。

 篠ノ之束。世界を転がす、狂気の科学者(マッドサイエンティスト)

 中学二年の冬、突然鈴音の前に現れた“災厄”はただ一言、こう告げた。

 「いっくんの前から消えて」、と。

 なぜ“今”なのか、そんなことを知る権力は鈴音にはない。ただ“災厄”の言うままに、中国政府は“両親の離婚”という理由を挙げて鈴音を一旦国内へと回収した。

 篠ノ之束の不評を買うわけにはいかず、鈴音はそうそう一夏に会うわけにはいかなくなった。これが今生の別れだと思ったからこそ、鈴音は二年前と同じ台詞で告白(プロポーズ)をした。

 

 

 

『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 

 

 

 小学六年生のとき、鈴音は一夏への思いを自覚した。

 だから告白(それ)は、『凰鈴音』としてではなく、凰鈴音として織斑一夏を愛するという意思表示であった。

 そして鈴音は中国に帰る。

 それから一年、鈴音に自由はなかった。

 昼も、夜も、政府の言う通りIS戦闘の訓練を受けるだけの日々。

 篠ノ之束が“今になって”横槍を入れてきたという事実から、中国政府は鈴音の利用価値を改めて認識したのだ。

 翌年に篠ノ之箒がIS学園に入学することはその時既に決まっていた。そして数ある可能性のうちから、中国政府は“織斑一夏がISに関わる”という仮説を導き出した。

 その時のために、凰鈴音を国家代表候補生として鍛え上げる。篠ノ之束を刺激しないように、“織斑一夏がISを起動させる可能性”を外に漏らすことなく、計画は続けられた。

 その間、鈴音は一度も父親に会ったことはない。離婚という形を強いられた鈴音の父は、いつの間にか連れていかれ、二度と戻ってくることはなかった。母と会えるのも訓練の間の短い時間だけ。そして一夏と連絡を取ることは“災厄”を刺激するとして禁止された。

 そうして一年が過ぎ、織斑一夏がISを動かした。

 各国が一夏確保のためにIS学園に間者を送り込む中で、中国だけは凰鈴音という秘密兵器を持ちながら行動に移せずに四月を迎える。

 凰鈴音の存在をちらつかせることで“災厄”を一ヶ月様子見していた中国政府は、万を期して彼女を送り込んだ。

 しかし、一度『消えろ』と告げられた以上、鈴音の内心は気が気ではない。

 いつ“災厄”の逆鱗に触れるか、先の見えない間者生活の始まりだった。

 だから鈴音は、消される前に一夏に迫ったのである。

 だというのに――――

 

(助けられた――のかな)

 

 保健室のベッドに眠る一夏を見つめながら、鈴音は思いを馳せる。

 “あの一瞬”、鈴音は完全に諦めていた。

 敵ISのビーム兵器の一撃を、一夏の『零落白夜』で押さえることは不可能だった。仮に避けたとしても、その後に待っているのは“妹を見殺しにした”という理由による“災厄”の報復である。

 篠ノ之束は直接的に他者を殺めることはしない。だからこそ世界は、“災厄”にテロリストの名を着せることができないでいるのだ。

 いつの日か事故に見せかけて殺されるのではないかと、鈴音は一年前のあの日から常々思っていた。

 織斑一夏の幼馴染という、篠ノ之箒の立場を脅かしかねない存在を、果たして篠ノ之束が認めるだろうか。

 答えは、結果として現れた。

 今回は“何故か”助かった鈴音だが、脅威が去ったわけではない。

 一夏の顔を間近で見詰めることができる機会が、今後もあるとは限らない。

 だから鈴音は。

 一夏の顔を記憶に焼き付ける。


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