【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【承】海についたら行動開始!

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 篠ノ之(しののの)(たばね)は世界に天才として認められている。

 故に、彼女の存在そのものが不合理を許容する。

 

 

 

 

 

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 臨海学校初日は唯一の自由時間である。そのため、IS学園の少女たちは思い思いに砂浜で一日を遊び倒すこととなる。

 IS学園を出発したバスは数時間で山を超えて海へと出る。その後窮屈な車内から開放され宿泊場所である旅館に着いた少女らは、早速学生服から水着に着替えるため更衣室へと向かう。本心では馬鹿馬鹿しいと思いつつも、『織斑(おりむら)一夏(いちか)』が思い浮かべる“普通の”女子高生を演じるため、彼女たちはそうして羽目を外すふりをするのだ。そんなクラスメイトらに追随する道中にて、セシリア・オルコットは地面に転がる織斑一夏と出くわした。

 

「いてて……」

 

 仰向けの状態で空を見上げる一夏の後に立ち、それとなくスカートの中身を見せる。そして醜態に気づき恥じらう様子を見せながら、セシリアは一夏の格好について言及した。結果、返ってきたのは『ウサミミ』という的を射ない発言であった。

 

「は、はい?」

 

 織斑一夏の『織斑一夏』としての特徴の一つに“伝達における齟齬の発生”がある。今回の『ウサミミ』という言葉もその影響を受けていると考えたセシリアは、困惑の表情を顔に貼り付けながら『ウサミミ』の真意を推測する。

 

(『ウサミミ』とは兎の耳のことですわね。現在一夏さんの知る隠語として兎が適応されるのはボーデヴィッヒのIS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』ですが、わざわざそれを『織斑一夏』の顔で口にする必要がはありません。兎の耳に似た形状を指している可能性は――――そう高くはなさそうですわね。この付近に青少年が腰の抜かすことになるような物はありませんし。となると、本当に兎の耳が――――ん?)

 

 故意か偶然か一夏の身体によって隠されていたウサミミのカチューシャらしきもの(にしてはミミの部分がやけに機械的であるが)を見つけたセシリアは、この部外者立入禁止のIS学園臨海学校地で生徒の私物でも(私服がファンシーと有名な布仏(のほとけ)本音(ほんね)の衣服には機械的な物はない)学園の機材でもないウサミミを持ち込んだ人物を考え、そしてある可能性に至った。

 

(まさか――――!?)

 

「いや、束さんが――」

 

 自身の推測を肯定する一夏の発言と同時に突如頭上から鳴り響く高度急降下音に、セシリアはISに反応しないステレス性を持った飛来物の存在を認識し、その到来を確信する。

 そして。

 

「あっはっはっ! 引っかかったね、いっくん!」

 

 篠ノ之束が姿を現した。

 

「やー、前はほらミサイルで飛んでたら危うくどこかの偵察機に――――」

 

 自分を無視して一夏と話し始めた束を見つめながら、セシリアは『災厄』と呼ばれる女の認識に留まらないように気配を殺す。内心で冷や汗を大量に描きながらも、それを表に出すこと無くとるに足らない存在と化すように努める。

 何故なら、セシリア・オルコットは篠ノ之束の粛清対象である可能性があるからである。織斑一夏の『織斑一夏』の仮面の存在を知るセシリアは、結局のところ織斑一夏の敵でしかない。現状、協力関係にあると言っても、その実態はセシリアによる一夏への脅迫によるものなのだ。ISの通信機能を使って一夏を脅したため、全てのISコアを支配下に置いているとされる篠ノ之束にはセシリアの所業が把握されていると考えるべきである。そして、記録(ログ)には残っていないものの、クラス代表決定戦において一夏の白式(びゃくしき)の『一次移行(ファースト・シフト)』のタイミングや『ブルー・ティアーズ』の破壊軌跡から、セシリアは外部からのIS干渉があったと考えている。この状態で、一夏を脅している事実を知られていないと考えることなど有り得ない。

 クラス代表決定戦を行った頃のセシリアは確かに篠ノ之束を恐れてはいたが、まさか直接命を狙われることになるなどとは思っていなかった。しかしクラス対抗戦(リーグマッチ)での(ファン)鈴音(リンイン)抹消未遂によって“災厄”の“やり方”を知ってからは、少し深入りし過ぎたかも知れないという後悔が生まれていた。それ故に一夏への脅迫を強めることはしなかったし、学年別トーナメントでは凰鈴音の二の舞いになることを避けるべく、ISにダメージを与えてその修復のために棄権するという作戦に出たのだ。

 

「――――じゃあねいっくん。また後でね!」

 

 短くも長い時間を経て、篠ノ之束はこの場を離れる。“災厄”の姿が見えなくなったことを確認してから、セシリアは恐る恐る一夏に声を掛けた。

 

「い、一夏さん? 今の方は一体……」

「束さん。(ほうき)の姉さんだ」

「え……? ええええっ!? い、今の方が――――」

 

 その後、一夏にサンオイルを塗らせる約束を取り付けたセシリアは早々にその場を離れて一人になった。考えるのは篠ノ之束来訪についてだ。

 篠ノ之束は世界が認める天才である。ISをたった一人で作り上げたとされ、一度世界を作り替えたとも言われる人物。あまりにも一般を解離した天才性故に災厄として扱われるほどの行動様式を持つ。篠ノ之束が関われば、現代科学では有り得ないことがごく当然のように引き起こされる。どのような不合理も、そこに篠ノ之束がいたという理由だけで、真実となるのだ。

 故に。

 

(荒れますわね。確実に)

 

 織斑一夏を巡る世界情勢に、変化が訪れるのではないか。セシリアにはそう強く思えた。

 

 

 

 

 

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 昼から遊び続けていた少女たちもそろそろ疲れてきた夕方。シャルロット・デュノアは呼び出しを受け、誰もいない海岸の洞窟へと一人でやって来ていた。

 ISさえも使って尾行されていないことを確認しながら、慎重に足を進める。尾行されていれば、シャルロットを呼び出した人物は確実に現れないことが分かっているからだ。

 シャルロットが呼び出しの連絡を受けたのは昼のことだ。ISを通して行われた文字通信による一方的なそれは、記録(ログ)に残ることなく存在するという異常を併せ持っていたが、差出人の名を確認したシャルロットには不思議でも何でもないことだった。ただ疑問だったのは、何故自分が呼び出されたかだ。確かに粛清対象となる要素をシャルロットは備えているが、目的がそれならばわざわざ呼び出すようなことはしなくてよいはずなのである。呼び出すということは何かしらの交渉があるということだ。一方的な要求ならば呼び出したとき同様に行えばよいだけなのだから。それだけのことを行えるだけの力持っているはずなのだから。

 

「ここだね」

 

 外の陽が照らすのは洞窟の入り口までで、その奥は薄暗い空間が広がっている。

 中へ進んだシャルロットは、奥に人型のシルエットを確認した。岩場を歩きながら、シャルロットは人影へと近づいていく。

 二人が向かい合ったところで指定されていた時刻になり、傾いた太陽の光がこれまでよりも洞窟の奥へと差し込んでくる。そしてその輪郭を確かに現した目の前の存在が、シャルロットへと告げる。

 

「時間通りだね。シャルロット・デュノア」

 

 篠ノ之束が、冷たい視線でシャルロットを一瞥した。

 青と白のワンピースにウサミミのカチューシャという束の格好からは想像もできない冷たい声。身内以外を生物学上のヒトとしてか認識していないと言われるのもシャルロットは分かる気がした。ならば、下手に自分から言葉を発することは藪蛇になることは避けたい。篠ノ之束にとってシャルロット・デュノアとの対面は苦々しい思いを押し込めてのものである可能性があるのだ。しかしこうしてシュルロットを呼び出している事実をアドバンテージとして束に物申すことができる可能性もある。

 どうしようかとシャルロットが迷い始める前に、束は用件を口にする。

 しかしその内容は耳を疑うものだった。

 

 

 

「君は織斑一夏を籠絡してくれればいいの。そうすればこれまで同様IS委員会は君の邪魔をすることはないから」

 

 

 

 何故、という疑問が沸き起こると共に、目の前の人物が本当に篠ノ之束なのか、という懸念がシャルロットに生じる。

 織斑一夏と篠ノ之箒を結ばせようとしていると目されている人物が、よりにもよってこのシャルロット・デュノアにそのようなことをさせるのか。

 偽者による陰謀か、それともこれこそが本当の篠ノ之束なのか。

 実のところ、目の前の女が偽者である可能性は限りなく少ない。何故ならISコアの活動記録(ログ)を操作することができるのは篠ノ之束ただ一人のはずだからだ。ただ、それでも疑ってしまうほどに篠ノ之束の意図は読み取れなかった。

 そんなシャルロットの心相を知ってか知らずか、束は言葉を続けた。

 

「もちろん、箒ちゃんといっくんの仲が上手くいきそうならそれを邪魔する必要はないよ。でも、そうでないなら逆レイプでもなんでもしていっくんを押さえちゃって。特に、ラウラ・ボーデヴィッヒが手を出すより先にね」

 

 突如として名の挙がったラウラ・ボーデヴィッヒの存在で更に展開が読めなくなりかけたシャルロットだが、ふと彼女の脳裏には学年別トーナメント翌日に行われたラウラ・ボーデヴィッヒによる織斑一夏公開接吻事件が思い起こされた。そしてその時起こった織斑一夏の変異を再認識する。

 事の真相の一部を理解したシャルロットは篠ノ之束の要求を飲む意を示す。もっとも、目の前の人物が篠ノ之束である異常、シャルロットには彼女の要求を拒否するという選択肢はない。そもそも織斑一夏を狙う目的は、篠ノ之束に近づくことだったのだから。自身が粛清対象ではなかった時点で、この呼出自体がシャルロットにとって高い価値を持っている。

 そうして用を終えた篠ノ之束は、日が落ちると共に再び闇の中へと消えていった。

 急ぎ、一人帰るシャルロットは一つの確信を得る。

 それは、自らのバックボーンの正体。

 篠ノ之束を敵に回す可能性のある、二人目の男性IS操縦者誕生をIS委員会に認めさせたのは、他でもない篠ノ之束自身だったのだ。

 そのことを知れたことの意味の大きさは計り知れず、シャルロットは人知れず笑みが零れそうになる。

 ただ。

 篠ノ之束自身がわざわざこの場にその姿を現した理由は、終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 

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 臨海学校初日も既に夕飯を終え、就寝前の自由時間を残すだけとなっていた。

 そんな中、一夏に呼び出されたセシリアは『意中の男の部屋へ赴く女』の顔で廊下を浮足立った様子で進む。しかしその本心は全くの逆であった。その要因は当然篠ノ之束襲来の件である。

 クラス代表決定戦以降、セシリア・オルコットは織斑一夏を脅している。その際の要求に対する返答期日がもうすぐなのだ。そんな状況下に、しかもセシリアの目の前に現れた“災厄”たる篠ノ之束の存在。そしてセシリアが呼び出された場所には“最強”たる織斑千冬がいる。この状況で何も勘ぐらない方がどうかしている。

 心に不安を抱えながら目的地に到着したセシリアは、部屋のドアの入り口で聞き耳を立てる篠ノ之箒と凰鈴音を見つけた後、一騒動を経て織斑千冬と織斑一夏の部屋へと招き込まれた。

 

「じゃあ、はじめるぞ!」

 

 セシリアが招かれた表向きの理由であるマッサージが一夏によって開始され、うつ伏せになった身体を指圧される。そしてそのまま何も起こらない時間が過ぎ、暫くして織斑千冬が口火を切った。

 

「よし、いいだろう。動くな、そのままの体勢で聞けよ、小娘」

 

 千冬のその声で、セシリアは遂に本題が来たことを悟った。

 

「うちの愚弟が世話になったようだな。今からは私が代わりに相手してやろう」

 

 それはある意味、セシリア・オルコットは織斑一夏に勝利したということでもある。

 しかし本件において、セシリアは最初から一夏だけを狙っていた。織斑一夏が一人で抱え込むであろうことを見越して、彼に取引を持ちかけた。だからこそ、他者の介入を許した時点でセシリアの負けでもある。

 篠ノ之束がISを牛耳れると確信したのはクラス代表決定戦の後であったため、当時のセシリアはISの通信機能を利用して一夏に接触してしまった(といっても他に有効な手がなかったのもまた事実である)。だがその後目立った介入がなされなかったため、この件に関しては完全に織斑一夏個人の問題として処理されているものと考えていたのだ。

 

「――よろしくお願いしますわ」

 

 うつ伏せの体勢のまま、セシリアはそう返す。織斑千冬の介入があったとはいえ、『織斑一夏』の仮面の正体を知っているセシリアの優位性自体は変わらない。しかし、そんなものは知らんとばかりに千冬はセシリアに告げる。

 

「貴様に一夏の子供はやらんし、便宜を図るつもりもない。ただ、下手な真似をしてみろ。死ぬぞ」

 

 交渉でも何でもない、ただの暴力による一方的な宣言。織斑一夏では決して使うことのできない一手。

 死んでしまっては元も子もない以上、この場でセシリアにできることは何もない。“災厄”と“最強”を敵に回せば、いつ消されることになってもおかしくないのだ。セシリアは身を引くしかない。

 しかし何もかもが悪いわけではない。セシリアは確実に、世界の真実へと近づいている。そして今回こうして警告されたということは、“災厄”や“最強”には今すぐセシリアを謀殺するつもりはないということだ。

 確かに今回のことで、一夏に対するアドバンテージを容易に振りかざすことはできなくなったが、それでもセシリア・オルコットが『織斑一夏』の仮面を剥いでいることに違いはないし、『イギリスの密命を受けた間者』としてのセシリア・オルコットの顔がある限り、織斑一夏に近づく機会はまだ多い。セシリアにとって必要なのは織斑一夏の精子ではなく男を寄せ付けないための男の影であるのだから、ある意味保護者公認で一夏との特別性を認められた今の状況は、使いようによっては大きなプラスと成り得ると言えよう。

 

「おー、マセガキめ」

 

 千冬がセシリアのお尻を握り、この話は終わりだと暗に告げる。

 恐らく篠ノ之束製盗聴盗撮盗視防止機器と思われる装置を千冬が片手で操作し終えたことを確認したセシリアは、千冬に浴衣を捲り上げられると同時に外にも聞こえるように悲鳴を上げた。

 その後シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒを連れて戻った篠ノ之箒と凰鈴音が加わり、千冬によって一夏は部屋を追い出される。

 そこで行われた一夏を巡る甘い談義の締めに、千冬は言う。

 

「どうだ、欲しいか?」

 

 もちろん、一夏のことである。

 

「く、くれるんですか?」

「やるかバカ」

 

 千冬のその言葉が、何故だかひどくセシリアの中に残った。


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