【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【急】彼女が求めた世界の果てに
【起】その心は曇のち雨


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 当時小学一年生だった織斑(おりむら)一夏(いちか)は、“魔女”の助けによって『織斑一夏』の仮面を手に入れた。

 

 

 

 

 

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 現状、織斑一夏は貞操の危機染みた状況にあった。

 シャルロット・デュノアの男装が明かされたことにより一人部屋となった寮室には、一夏以外にも人の影が存在した。

 当然、その人物はこの部屋の住人ではない。日が昇る前に、勝手に侵入してきたのだ。

 

「ら、ら、ラウラ!」

 

 今目覚めたばかりの演技をしながら、一夏は布団をめくり上げる。一夏の隣に全裸で添い寝していたラウラ・ボーデヴィッヒは、今目覚めたばかりの演技をしながら目をこする。それは、場所は違えどここ最近ではよくある光景だった。

 “学年別トーナメントにおいて『織斑一夏』に惚れた”という設定のラウラ・ボーデヴィッヒは、それ以来接触アピールを異常なまでに繰り返している。それは他の女子生徒への牽制であり、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』としての演技であった。当然一夏としてはラウラの存在は邪魔者以外の何者でもない。いかに『織斑一夏』の仮面の弊害があるとはいえ、ラウラ・ボーデヴッィヒの行動を丸々受け入れる必要はないのだ。しかし、それができない理由があった。

 学年別トーネメントの翌日、公開キスに乗じてラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏に盛った中和薬。篠ノ之(しののの)(たばね)による性欲安定剤を無効化してみせたその事実がある限り、一夏は迂闊な行動はできない(ラウラ以外には有効なため、今の一夏は再び性欲安定剤を服用している)。『織斑一夏』の秘密を知り、そして篠ノ之束に匹敵する“化学力”を持つラウラ・ボーデヴィッヒは、今やセシリア・オルコット以上の危険人物となっている。ただでさえ『織斑一夏』を突破されているだけでも問題であるのに、中和剤の存在がラウラを一層脅威にしているのだ。

 そして更にラウラ・ボーデヴィッヒの存在を難しくしているのが、アプローチの“程度”である。頻度事態は多いもののシャルロット・デュノアと違い一線を越えようとはしないのだ。今現在でも確かに裸であるラウラだが、ここで一夏自身が行動を起こさなければ、直接ラウラが性交を求めてくることはない。

 

(何なんだ、この女は)

 

 目的の読めないラウラの相手をしながら、一夏は相変わらずラウラを訝しむ。

 そもそもラウラ・ボーデヴッヒという少女はその存在からして不明瞭な点が多い。

 一夏が自分で調べた内容とラウラ自身の申告によると、ラウラ・ボーデヴィッヒという少女はドイツ軍によって遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベビーであり、これまでは軍人として戦うことだけを教えられてきた。その過程でIS導入の動乱期に軍内での立場が変動し織斑千冬の教導によって再び元の立場に戻れたという経歴から、幼子が母親にするように千冬を慕っている。それが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』というキャラクターである。

 ならば裏の顔はどうなのかというと、それがまったく分からないのだ。勿論、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の顔こそがラウラ・ボーデヴィッヒそのものである可能性もなくはない。しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒの記録のなさが、それを否定する。もちろん建前上の記録にはラウラの存在は記されているのだが、それはどれも捏造可能なものに過ぎない。幼少期からのラウラ・ボーデウィッヒという存在が世に認知されたのは僅か三年前のことなのだ。ISの世界条約に基づきISに関わる人間はその存在が公にならなければならないという状況下で、ラウラが所属するドイツのIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」はあくまで公の世界に存在する。しかしセシリア・オルコットからの情報によれば、他の隊員には存在記録が残っているのにラウラ・ボーデヴィッヒだけが三年前というここ最近になってから認知されているらしいのだ。

 

「しかし、朝食までにはまだ時間があるな」

 

 起き上がってシーツで身を隠したラウラが思案顔で呟き、一夏の方へ目をやる。一夏がそれに応えるべく顔を向けると、ラウラは頬を赤らめて視線を逸らして、見つめられると恥ずかしいと口にする。

 そのような馬鹿らしい行為の中で、一夏は改めて目の前の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒを視認する。遺伝子強化体としての下地と軍人としての訓練により鍛え上げられたしなやかな四肢は、一夏の身近な人間で言えば千冬のそれに近い。全体的に小柄な身体づきであるにも関わらず、それを思わせない程の覇気。しかし、今でもそうであるが、時折見せる言動が幼少期特有のそれを思い起こさせる。言ってしまえば、ラウラ・ボーデヴィッヒという存在はちぐはぐであった。

 

(そう言えば、昔の俺に似ているかもな)

 

 まだ『織斑一夏』の仮面が完成していなかった頃の織斑一夏は仮面と地が混ざりちぐはぐな存在であった。それが問題にならなかったのは、小学生低学年であるが故の精神性の未発達部分としてその存在様式が許されていたからだ。しかし今のラウラは高校一年生。そのちぐはぐさは異物以外の何者でもなく、現状表向きに指摘されていないのは『ラウラ・ボーデヴィッヒ』というキャラクターの特殊性が故にである。

 そのちぐはぐさが果たして『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の設定に必要かと問われれば、一夏としては首を傾げなければならない。『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の下地を考えれば、その成長速度故に『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の歪さはそれほど時間が掛からずに淘汰されなくてはならない。他の女子生徒達との接触の際にきっかけとして作用することはあるのだろうが、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』には“軍隊育ちの世間知らず”というアビリティがある以上絶体に必要とも言えない。しかし現に存在しているということは、何かしらの意味があるということだ。

 

「――――っていうかだな、お前は先月俺にあんなことをしたのに、反省点なしか!?」

「あんなこと、とは?」

「い、いや、だから、その……」

 

 いつものようにラウラの相手をし、『織斑一夏』はラブコメを展開する。そして「隣人愛」と「異性愛」に区別がつかない『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の仮面を被ったラウラにキスを迫られた所に篠ノ之(ほうき)が乱入してくるのだった。

 

 

 

 

 

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 織斑一夏が初めて篠ノ之束と出逢ったのは小学一年生の時の事だ。千冬に連れられて篠ノ之家が経営する道場にやって来た際に、そこで初めて束と知り合ったのだった。

 道場の門をくぐった千冬に飛びついて来た束を見て、一夏はまず“うさぎ”を思い浮かべた。と言っても“現実の兎”ではなく、”絵本のうさぎ”だ。“寂しいと死んじゃう”うさぎである。当時の篠ノ之束は十六歳であり、一夏の束へのイメージは高校生に対する一般的な物ではなかったが、まだ幼かった一夏にはそのことは分からなかった。しかしそれでよかったと、今の一夏は考えている。そうでなければ“彼女”を守ろうとは思わなかっただろう、と。

 それから何度も束と出会う機会があったが、幼い一夏にも束の歪さは容易に理解できた。束は織斑千冬と織斑一夏、そして篠ノ之箒の三人に対してしか人間としてまともに相手をせず、それ以外には同一的な集団個体として接していたのだ。彼女曰く、区別がつかないのだと。それは一夏にとって理解できないことであった。

 束は一夏たちとしか関わろうとしない代わりに、その関係に親密さを求めた。それはまるで、本来ならば他の者たちと行う交流分を一夏たちに注いでいるかのようであった。そのあまりにもの偏りように、当時の一夏が抱いた感想は“極度の人見知りで寂しがりや”というもの。そしてそれは幼少期特有の傲慢さと相まって次第に“かわいそう”という思いへと変わっていった。

 そんなある日のことだ。篠ノ之束がISを紹介したのは。

 いつもの三人を集めた束は、“まだ未完成だった”ISを自慢げに解説してみせた。当時小学一年生だった一夏にはその凄さが正しく分かるはずもなく、ISを用いて自身をアピールする束が、一夏には“友達作りのために自慢して自身を立たせている”ように見えた。

 そしてそれからしばらくして、『白騎士(びゃくしき)事件』が起こる。

 迫りくる2341発ものミサイルを駆逐するISの姿を、“たまたま現場に居合わせた”というどこの者とも知れない報道局のカメラから送られてくる映像の中に見て、一夏は一つの確信を持ったのだ。

 篠ノ之束とは、これほどまでに不器用な人間なのか、と。

 篠ノ之束という存在は様々な意味で他者から逸脱している。故に束は孤独であり、“自身に臆さない”織斑千冬とその弟、そして自分の妹とだけ関係を築こうとする。しかしそれでも孤独であることは変わりはない。だからこそ求めたのであろう。自身に匹敵しうる存在を。織斑千冬とはまた違った、第二の織斑千冬を。

 織斑一夏はそう考える。それがIS登場の真相だと考える。

 しかし現実には、IS開発者の名を持つ篠ノ之束に並び立つ存在は新たに現れなかった。束の孤独は更に深まるものとなったのだ。

 だから一夏は“彼女”を、守ろうとする。そうでなければ、束は本当に独りになってしまうのだ。そしてその過程を以て一夏は束を理解し、“篠ノ之束”という存在を心に刻む。

 あとはその繰り返しっであった。

 

 

 

 

 

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 七月最初の週末。シャルロット・デュノアと共に臨海学校の水着を買いに来ていた織斑一夏の二人と、それを追っていた(ファン)鈴音(リンイン)、セシリア・オルコットは、駅前のショッピングモール『レゾナンス』にてIS学園教師の織斑千冬、山田(やまだ)真耶(まや)の両名と出会った。

 そして真耶が気を利かせて千冬と一夏を姉弟二人きりにしようとする。

 

「――――凰さんとオルコットさん、ついてきてください。それにデュノアさんも」

 

 有無を言わせない態度の真耶に引き連れられて行った三人を見送った一夏は、最後の一人がどこに行ったのかと訝しむ。

 現状、織斑一夏の監視にISを利用できるのは“『恋する乙女』の暴走”という手段を持ち合わせるセシリア・オルコット、(ファン)鈴音(リンイン)、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの四人である。それ以外の第三者による間者がこの付近に潜んでいたとしても、IS条約によるIS所在地の公開義務と世界最強(ブリュンヒルデ)の存在によりその諜報活動にISを使うことはできない。

 

(ボーデヴィッヒは何処だ?)

 

 セシリアと鈴音とシャルロットは真耶が引き離したため、一夏と千冬の様子を覗くことができない。仮にもIS学園教員の目の前でISを起動させるわけにもいかないからだ。故に、残る邪魔者はラウラ一人となる。

 そもそも、今日この時この場所で一夏たちと千冬たちが出会ったのは偶然ではない。弟から姉への世間話という形で今日の予定を伝えた一夏に、千冬が合わせてやって来たのだ。

 IS学園において一日中監視されている一夏が『織斑一夏』の仮面は外すことができる場所は、絶対の防壁によって囲まれた織斑邸と篠ノ之邸の二つ。しかし寮生活をしている一夏がそう頻繁に家に帰れるわけもなく、また、それを千冬と共にするなどという行為は長期休暇中でなければほとんど不可能といえる。

 だが、それでも一夏には千冬に確かめなければならないことがあった。他ならぬ、ラウラ・ボーデヴィッヒのことである。

 『織斑一夏』の仮面を構成する“唐変木”を支える篠ノ之束製性欲安定剤を中和したラウラは、一夏にとって危険極まりない存在だ。それにも関わらず、ラウラの存在を知っていはずのた千冬は一夏に何の示唆も行わなかった。

 そのことについて、一夏は千冬の意図を問うつもりだ。そして自身の手には負えないラウラ・ボーデヴィッヒへの対応方法を得る。

 当然それは一夏の“騎士”としてのプライドを大きく損なう行為ではある。しかしそれでも“彼女”を守るという至上目的遂行の前では小さなことだ。

 

「――――お前は彼女を作らないのか?」

 

 水着を選びながら、二人は他愛のない会話を繰り広げる。真耶が例の三人を連れて行ってから時間が経っておらず、周囲の状況把握が完了していない現状では、二人はまだ『織斑千冬』と『織斑一夏』として無意味な言葉を交わしていた。

 

「幸い学園内には腐るほど女がいるし、よりどりみどりだろう?」

 

(そんなわけないだろ)

 

 一夏は内心でそう言葉を吐く。IS学園内の女は織斑一夏を狙う間者でしかないのだ。元一般人も含まれるとはいえ、織斑一夏のIS学園入学が決定した時点で彼女らは国や企業の手先にされ、一夏の敵となった。そんな彼女たちと冗談でも一夏が交際するはずはない。

 もちろん、そんなことは千冬も分かっているからこその、冗談。そう一夏は思っていたのだが――――

 

「そうだな……。ラウラなんかはどうだ?――――」

「いや、それは……」

「それに、キスした仲だろう?」

 

 という千冬の言葉で冗談ではなく催促のように感じられた。

 

(やけにボーデヴィッヒを推すな。何か都合のいいことでもあるのか?)

 

 『織斑一夏』の伴侶として妥当な存在は『篠ノ之箒』であると考えているのは一夏だけではないはずである。だからこそ一夏も千冬も今まで“このような”話題になっても具体的な名前を挙げることはなかった。それは一種の意思表明であり、意志疎通であったのだ。

 だというのに、千冬はラウラの名前を口に出した。その意味を一夏は深く読み取るべく思考するが、先日の公開キス事件がネックとなって思うようにいかない。

 

(おちつけ。焦ったところでここでは“いつも通り”にしているしかない。だいたい、今日IS学園を出てきたのはボーデヴィッヒについて確認をするためじゃないか。姉貴の考えは後で分かるんだ。今は周りへの警戒を重視するか)

 

 一夏と千冬がいる水着売場は当然ながら密談には向いていない。故に盗み聞きされるのを承知で、『織斑一夏』として行動する。

 

「ラウラは可愛いよ」

(ひとまずは姉貴に乗っておくとしよう)

 

 恋を知らない少年を演じながら、一夏は千冬の二三言葉を交わす。その後水着を買った二人は、千冬の先導で『レゾナンス』の中を移動する。そして色々な店を見て回った後、休憩と称して、学生には手が出せない、高めの喫茶店へと入店した。普段の『織斑一夏』ならば決して近寄らないだろう店に千冬のおごりということで入り、店の奥の壁際の席へと腰を落とす。

 適当に注文した物が届いたところで千冬が切り出した。

 

「本題といこうか」

 

 その言葉で、この場所が監視されていないことを世界最強(ブッリュンヒルデ)が保証する。

 安堵した一夏がラウラについて聞こうとしたが、その前に千冬が言葉を続けた。

 

 

 

「なあ一夏、緩み過ぎてないか?」

 

 

 

 冷水を浴びせられたかのように一夏の頭が一瞬真っ白になる。けれども、心のどこかで納得はしていた。なぜならそれは、一夏自身がクラス対抗戦(リーグマッチ)のときから感じていたことだったからだ。

 

「一夏、今のお前に『零落白夜(れいらくびゃくや)』を持つ資格はない」

 

 それは、“騎士”の剥奪と同義だった。


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