【旧作】腹黒一夏くんと演技派箒ちゃん   作:笛吹き男

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【闇】聡明なる少女らの考察より

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 織斑(おりむら)一夏(いちか)を手中に収めることができれば、その者は“災厄”の庇護を得る。

 篠ノ之(しののの)(ほうき)を手中に収めることができれば、その者は“災厄”の手綱を握る。

 

 

 

 

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 IS学園生徒会室に佇む影は三つ。

 袖が異常に長い改造服を着用する朗らかそうな少女が一人。彼女の名は布仏(のほとけ)本音(ほんね)、一年生。

 眼鏡に三つ編みの真面目そうな少女が一人。彼女の名は布仏(うつほ)、三年生。

 肩に掛かる髪に理想的な肉体を持つ毅然とした少女が一人。彼女の名は更識(さらしき)楯無(たてなし)、二年生。

 

「それで、どうだったのかしら」

 

 IS学園生徒会長、“学園最強”の更識楯無が肘をつき両手を組むと、更識家に仕える布仏家の娘であり楯無の専属メイドでもある虚がそれに応じる。

 

「はい。ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載されていたプログラムは確かに『VTシステム』でした」

 

 学年別トーナメントにおいて暴走状態に陥った『シュヴァルツェア・レーゲン』は、『二次移行(セカンドシフト)』でないというのにその形状を大きく変化させ、織斑千冬(ちふゆ)のかつての愛刀『雪片(ゆきひら)』までも再現してみせた。その後ラウラが見せた動きが“最強”の焼き写しであることから、過去のモンド・グロッソの部門別優勝者(ヴァルキリー)の動きをトレースする『V(ヴァルキリー・)T(トレース)システム』がラウラのISに積まれていたと考えるのは当然の帰結だ。ISの形状変化が激しすぎることが少々疑問に残るも、『VTシステム』の稼働データが皆無といっていい現状では“そういうもの”として受け入れることもできなくはない。また確かに『単一能力(ワンオフアビリティー)』の複製は有り得ないものだが、今回ラウラが手にしていた『雪片』の模刀は『単一能力(ワンオフアビリティー)』である『エネルギー無効化能力』を発揮していない。つまりその模刀はただ『雪片』の形を模しただけのまったくの別物である可能性が高いのだ。ただの模刀ならばIS装備としてラウラが持っていたとしても可笑しいことはない。

 ただ問題があるとすれば、本来IS学園内に持ち込まれるISはその武装を全てチェックされているはずであり、そこに存在するはずのない武装が存在してしまったことであろう。しかしこの程度は些細な事である

 

「そして、残念ながら会長の仰っていた“改変される以前のプログラム”は発見できませんでした」

 

 IS学園の公式会見では、『シュヴァルツェア・レーゲン』に積まれていたのは『VTシステム』であるとされている。織斑千冬や山田(やまだ)真耶(まや)といったIS学園きっての者達の見立てによるものなのだから、それが覆ることはまずなくそれが“事実”となるのだろう。

 しかし、更識盾無は別の可能性を考える。

 事実、似たような事例は既に起こっているのだ。

 四月のセシリア・オルコットと織斑一夏のIS戦闘における演出された『白式(びゃくしき)』の『一次移行(ファーストシフト)』と、『ブルー・ティアーズ』の破壊軌跡。

 五月の無人機IS乱入におけるISアリーナ『遮断シールド』発生装置へのハッキング。

 恐らくは篠ノ之束によるものだと盾無は予測をつけながらも、それを証明する根拠が一切ない。“災厄”が関与したという記録(ログ)が、存在しないのだ。

 故に、もしラウラのISに搭載されていたシステムに何らかのアクセスを篠ノ之束が行っていたとしても、その痕跡は塵一つも残っていない。

 もちろんそんなのはただの憶測。疑いだせばきりがないことを楯無は分かっている。しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒという有象無象の存在如きが“最強”という“災厄”と並び立つ者を真似ようとした事実に、篠ノ之束が何の干渉もしないとも思えないのだ。

 

「――まあ、これ以上どうしようもないわね」

 

 楯無は思考を切り替える。相変わらず“災厄”の意図は読めないが、それならば手近な所から攻略していけばいい話だ。

 

「本音。あの子に伝えておいて。そろそろ出番が近いって」

 

 篠ノ之束を縛る存在は三つ。

 “最強”の織斑千冬。

 世界唯一の男性IS操縦者、織斑一夏。

 そして束の妹、篠ノ之箒。

 織斑千冬を通じて篠ノ之束を抑えることはほぼ不可能だ。IS界における“最強”は文字通り最強であるし、そもそも“最強”は“災厄”と対等であって庇護下にあるわけではない。

 織斑一夏は今や世界中が狙う存在である。その存在価値は着実に大きくなっており、その存在に付随する諸々の問題は対処に困難を極める。

 故に、狙うべきは篠ノ之箒。彼女を抑えることができれば、それは“災厄”の手綱を握ることに等しい。そしてそのための下準備はとうの昔から始まっている。

 完璧すぎる姉に振り回され、自身の境遇に嘆く妹。篠ノ之束と篠ノ之箒の姉妹関係を彷彿させるために調整したその者の名は、更識(かんざし)。更識楯無の妹にして、日本代表候補生。篠ノ之箒を対象とした間者である。

 

 

 

 

 

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 シャルロット・デュノアにとって織斑一夏という存在は、自身を着飾る装飾品である。成り上がりを目論むシャルロットには別段織斑一夏に拘る必要はなく、蜜を吸って操ることのできる男ならば誰でもいいのだ。ただ、現在の社会において頂点に立つとも言える“災厄”に近づくためには、織斑一夏という傀儡は大きな利用価値がある。故に父親から奪い取ったデュノア社の権力とフランス政府のコネを使い、シャルロットは二人目の男性IS操縦者としての立場を手に入れた。

しかしその過程で一つ問題が生じた。男性IS操縦者を名乗るからには、IS委員会からの調査を無視するわけにはいかない。性別の偽りがいつまで押し通せるものではないことは当然であるが、真実が判明するのはあくまでIS学園在学中でなくてはならない。IS学園入学以前に正体が暴かれるようなことがあれば、織斑一夏に、“災厄”に迫る機会は失われる。故に、IS委員会内への協力者は必要不可欠である。しかし手を尽くしたものの、シャルロットが接触できたのはIS委員会の中層部の人間までであり、上層部へは手を伸ばすことができなかったのだ。

 そもそもIS委員会の上層部は大きな闇に包まれている。IS委員会は公の機関として世間に認知されているが、世界で唯一、篠ノ之束とISの取引を行った機関としての側面も持ち合わせている。“災厄”相手にそのようなことを行った組織は先にも後にも彼らだけであり、その実態はあまり知られていないことが多い。国際機関としての立ち位置から調整役として各国から役員を受け入れているものの、そういった者たちが着ける位は中層部までで、一般的に上層部については存在すらもあまり知られていない。シャルロットが知っているのは、“災厄”の忌み名を欲しいままにする篠ノ之束を説き伏せるだけの力を持っているということだけだった。

 IS委員会を味方につけることができない以上、男装作戦は失敗する。しかしシャルロットを男性IS操縦者として最終的に仕立てあげたのは、IS委員会上層部であった。

 シャルロットの知らないところで話が進み、いつの間にか彼女は男性IS操縦者としての立場を手にしていた。このことをシャルロットはIS委員会からの取引だと考え彼らからの接触を待っていたものの、そのようなことは一切無く、そのまま彼女はIS学園を訪れることとなったのだ。

そして現在、男装を明かしたシャルロットは一女子生徒として、ルームメイトと共に自身の新たな寮室にいる。

 

「まあ、色々あったけど、これからよろしくね。ボーディッヒさん」

 

 自身の性別を公開したシャルロットは寮部屋を変更され、編入生ということで二人部屋に一人で住んでいたラウラ・ボーデヴィッヒと同室になることとなった。

 

「……ラウラで構わん」

 

 素っ気なく告げるラウラに、シャルロットはにこりと微笑む。

 それに対してラウラは慌てて弁解するように口早に付け足した。

 

「日本では友好の証に名前呼びを許す風習があると聞く。その、色々悪かった……」

 

 少し恥じらいを見せる演技を行うラウラに、その真意を理解したシャルロットはすぐさま脳内で算盤を弾く。

 現在、シャルロット・デュノアの学園内での立ち位置はとても危ういものである。男子生徒としての活動によって『織斑一夏』との良好な関係を構築できているが、周囲を騙していた元男装少女としては女子の、特に一年生女子との関係が非常に薄い状態に陥っている。セシリア・オルコット率いる最大派閥と実質敵対している以上、劣勢は必須。予定していた織斑一夏籠絡が想定通りに進んでいないため、この事態は早急に解決するべき事案となっている。しかし、何も孤立しているのがシャルロット・デュノアだけというわけではない。目の前のラウラ・ボーデヴイッヒもまた、孤立している存在である。

 (ファン)鈴音(リンイン)のようにセシリア・オルコットに近づくべきか、ラウラ・ボーデヴイッヒと徒党を組むべきか。

 判断は一瞬。

 そもそも、シャルロット・デュノアはスタンドプレイを主としている。また、独特なキャラクター性を保有しているラウラ・ボーディッヒの強みもまた、少数行動によって発揮される。

 そしてラウラ・ボーデヴィッヒに関して気になる点が一つ。

 彼女と接吻を交わした際に生じた織斑一夏の変調。そのことに気づいた者は自身を含め一人か二人程度であろうが、確かにあの時、織斑一夏の身に何かが起こった。

 『織斑一夏』と敵対する者として編入してきたラウラ・ボーデヴィッヒであるが、既にその敵対者としての性質は失われている。しかし現状最も『織斑一夏』のライバルたる人物としての立場を強固に固めており、尚且つまだ伏せ札がおる模様。

 ならば、シャルロット・デュノアがどちらと手を組むべきかは明確となる。

 

「それじゃあ、僕のことはシャルロットでいいよ」

 

 

 

 

 

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 セシリア・オルコットは本日何回目になるかも分からないため息をついた。

 ルームメイトが出かけているため自身一人しかいない寮室で、セシリアはベットに寝転がり思案に耽る。

 考えることはラウラ・ボーデヴィッヒのことだ。

 セシリアや鈴音(リンイン)と違い生まれも育ちも軍人であるラウラ・ボーデヴィッヒに関する資料は、全くといっていいほど存在していなかった。セシリアが手に入れることができたのは、ドイツ政府がラウラ・ボーデヴィッヒを編入させる際に開示した表向きの資料程度でしかない。シャルロット・デュノアの件がほとんど片付いたといってもいい今、要注意人物は彼女からラウラ・ボーデヴィッヒへと変わっていた。

 そもそも、ラウラ・ボーデヴィッヒに関してはその編入理由すら判明していない。通常IS学園に編入することは認められておらず、事前調整や特別な事例を除いて行われることは有り得ない。

 例えば(ファン)鈴音(リンイン)の場合は、中国政府が“災厄”の反応を知るために、事前に『入学が遅れる旨』を、表向き『専用機の調整のため』としてIS学園に通達していた。シャルロット・デュノアの場合は、世界で二人目の男性IS操縦者ということで、織斑一夏と同様の扱いをするためにIS学園へと送られる『理由』があった。

 けれどもラウラ・ボーデヴィッヒは違う。彼女には編入が認められる『理由』が見つからないのだ。まさか『織斑千冬(ちふゆ)の憎き弟を締め上げる』などという理由が通るはがない。そして、五月の無人機IS襲撃事件を受けての織斑一夏の身辺警護のためという事も有り得ない。仮にそうだとしても何故ドイツの少女が選ばれることになるのか。いくら三年前の織斑一夏誘拐事件での実績があるといってもだ。

 

(織斑千冬と関係が不明瞭というのがネックですわね)

 

 千冬と関係があるという点においては(ファン)鈴音(リンイン)にも当て嵌まることではあるが、彼女に関しては一夏に近づいた頃から監視が行われており、織斑千冬とも所詮表向きの関係でしかないことは把握済みである。

 それに対し織斑千冬がドイツで教導していたという一年間については、ほとんど何も分かっていないのだ。場所が場所だけに得られる情報にも限りがあった。

 つまり、“最強”にとってラウラ・ボーデヴィッヒがどのような位置に存在するのか、不明なのである。

 勿論、セシリアにはラウラ・ボーデヴィッヒの表の顔はほぼ全て理解できている。ただいつもならば裏の事情もある程度は見透かせるはずであるのにも関わらず、ラウラ・ボーデヴッヒに関してはそれが上手くいっていないのだ。

 

(何かが足りない。ラウラ・ボーデヴッヒを知る上で、決定的な“何か”が抜けている……)

 

 普段ならそのような事になることはなかった。これまでの人生経験によって培われたセシリアの人間観察能力は、少々の情報不足を推測によって正しく補えるだけのものを持っていた。仮にそれができなくても、ある程度のパターンは想定できていたのだ。しかし、今回はそれができない。自身の想定を上回る“何か”が抜けている、とセシリアは感じていた。

 

(恐らく彼女はシャルロット・デュノアとの繋がりを強めるでしょう)

 

 セシルアが見たところ、シャルロット・デュノアは仲間として信用できる人間ではない。彼女には恐らく自身を縛り付ける鎖がないのだろう、とセシリアは推測する。

 

(できれば、仲違いして潰れてくれるといいのですけれど。まあ、あり得ませんわね)

 

 シャルロット・デュノアもラウラ・ボーデヴィッヒも、そのような愚行に走ることはないであろう。そして仮にそれが起こったのならば、それは織斑一夏包囲網に何らかの変化が起きている時であろう。

 

(あせる必要はありません)

 

 セシリア・オルコットは『織斑一夏』という仮面の存在を知っているのだ。少しずつではあるが、織斑一夏とセシリア・オルコットの関係は良化している。特にシャルロット・デュノアの正体を見極める際に協力した実績は、他の者たちでは覆すことはできない。

 そもそも、セシリア・オルコットと織斑一夏の関係はセシリア・オルコットの方が上にきているのである。普段は“災厄”を警戒してそれを匂わせないようにしているものの、セシリア・オルコットは織斑一夏を脅している状況なのだ。

 そして何より、自身の目的を履き違えてはならない。セシリア・オルコットの目的は織斑一夏の威を、“災厄”の威を借りることであり、織斑一夏と伴侶になることではない。オルコット家を奪われないように、男共を婿に取らなくて済むようにすることこそが本来の目的である。

 

(まあ、それでも。彼と番になるというのも、それはそれで良いかもしれませんわね)

 

 『VTシステム』に支配されたラウラ・ボーデヴィッヒに生身で立ち向かおうとしていた一夏を、セシリアは思い出す。あの瞬間、確かに一夏は仮面をつけていなかった。そして一夏の『家族への想い』が、殺したはずのセシリアの『心』を刺激する。

 その何とも言えない心地よさに身を任せながら、セシリアは思考の海へと潜るのだった。

 

 

 

 

 

     【破】絡み合う少女らの思惑 完


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