絶対正義は鴉のマークと共に   作:嘘吐きgogo

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物凄い久しぶりの更新! いや~、去年の8月に上げる予定がどうしてこうなったやら。
更に、もうちょい早めに完成するはずが、13日から急病でダウン。高熱で書くにかけず、やっと昨日完治して急いで上げました。
ちょっと書いてるときに調べたのですが、ワンピース原作者様の、尾田先生も13日の記事で、急病になり連載休止との事。妙な偶然だなと思いつつ、一ファンとして病気の回復と連載の再開を此処で祈らせていただきます。


14話ー帰結

 燃える様な熱と常人では死に至る重さの瓦礫の下。気を失っていたウツホが目を覚ました理由は、ちょっとした息苦しさと、近くから聞こえる喧騒のせいだった。

 目は覚ましたがその身にのしかかる大量の瓦礫せいで、眼前は本当に目を開けているのかを疑いたくなるほどに暗く、身を動かそうにも押しつぶされて動かない。

 ウツホは自分の置かれた状況が理解できずに混乱する。そも、自分が瓦礫の下にいること自体理解できていなかった。

 

 何があったんだっけ? 

 

 ウツホは今の状況になる前の事を思い出そうと何時も以上に働かないだけではなく、何故かズキズキと痛みを発する頭に疑問を持ちつつ、遠い昔の事のかの様にゆっくりと想起する。

 

 

 ウツホが初めに思い出すのは3人の少女達の姿だった。

 

 

 ウツホがその少女達を発見した当初は奴隷か世界貴族かの判別がつかないため、取りあえず保護しようとすると近づいた所、その少女達の一人がいきなり襲ってきた。どうやら襲ってきた少女は能力者だったようでその身を巨大な蛇と化し、戦車もかくやといった突進をウツホに向けて行ってきたのだ。普段のウツホならまともにくらい潰されていた筈のそれを、何故か鋭敏化した感覚で察知し余裕を持って受け止めると、ウツホはその少女を奴隷側だと認定した。ここまで見た世界貴族は散々文句言って騒ぐか、さっさと軍をつれて逃げ出すかしかせず、逆に奴隷達は恐れをなして逃げ出す者もいるがそのほとんどが有無を言わさずに襲ってきた為の判断だった。

 見た目が蛇人間に変わっていようが少女をこれまでの奴隷達同様に消し飛ばすのもどうかと、普段とは違う覚めた思考でもわずかに引っかかったウツホは、視界を覆う邪魔なそれを取りあえずねじ伏せる事にした。その結果が少女に取っていっそ消し飛ばした方がマシともいえる所行になったのだが。

 

 あぁ、思い出してきた。

 

 邪魔なそれを組み伏せながら、考え事の一つが解決した事に気を良くした所で残り二つのうち、もう一つも何かを喚きながら襲ってきたので燃やしてやったら、先ほどの勢いはどこに行ったのか、といったふうに呆然と立ち尽くした姿が見苦しかったので、足下に残ってたケシカスと一緒に視界の外へ捨てた所まで思い出した。

 

 その後、逃げ出しもせず襲ってもこない残ったのが世界貴族か奴隷かを確認しようとし声をかけたが、一瞬だけ身をすくめただけで何の反応も返さないので、どちらにせよ軍に渡せばいいかと座り込んでいるそれに世界貴族だった場合を考え立ち上がらせようと手を伸ばした所で……

 

 

 

……視界の端から信じられない速さで迫ってきた赤い鱗の拳に頭ごと全身を吹っ飛ばされた。

 

 

 

 ウツホはそこまで思い出すと、すぐさま鋭敏化した感覚で辺りを探り、やっと自分が建物の瓦礫に潰されている事を知った。

 状況から、どうやら最後に見た赤い鱗の腕の持ち主に通りの建物まで殴り飛ばされ、その衝撃で瓦礫が崩れ今まで気絶して埋まっていたようだ。そう判断したウツホが瓦礫から這い出ようとした時、その広げた感覚がウツホが目を覚ました理由でもある外の喧騒を拾う。

 

 それはウツホが気絶させられる前に感じた物達(・・)だった。

 

 先ほどまで感じていた頭痛が、スゥっと引いていくのが分かる。変わりにウツホにやってくるのはグツグツと、今にも噴き出そうな激しさを持つ感情。身体の中からはドロドロと溶け出しそうな程の熱さがこもっているのに、それに反して身体の外からはどこまでも冷えきっていって、相反する二つの感覚に頭の中がどこまでも白く、白く塗り潰されていく。

 

 

 それは、高揚感。

 

 

 聖地に着てからウツホが感じていた違和感のせいで得られなかった、能力を使うたびに得られていた全能感。

 今まで感じる事のできなかったそれが急に感じる様になった理由は分からないが、それが急に湧いてきた原因はウツホには分かっていた。

 

 

 無様にぶっ飛ばされたお返しをできるからに決まっている!

 

 

 ウツホは今までお預けを喰らっていたせいか、止めどなく溢れてくる感情にのせ、何時もより精度が増した力をその字のごとくただ爆発させた。

 

 瞬間、立ち上がるは火柱。

 

 聖地の全てを輝かさんばかりに、天へと立ち上がるそれは聖地を焼く周りの炎と同一の物とみるにはあまりにも激しい物だった。

 火柱はウツホを押しつぶしている邪魔な瓦礫を燃やし尽くすどころか瞬間に消し飛ばし、辺りをその余波で焼き、吹き飛ばす。直上方向へと吹き出しため、その余波は火柱に比べれば大した物では無いはずだが、その場に振りまく熱気と衝撃は恐ろしい物であった。

 事実、その余波をまともに喰らったフィッシャー・タイガーはその身に決して浅くは無い爪痕を被う事になったのだから。

 

 

 そんな燃え盛る火の柱の中、邪魔な瓦礫が無くなった事で立ち上がったウツホは激しく立ち上がる炎の灯りによって白く塗り潰された視界を眼前に、己の身に起こった不可思議にただ立ち尽くす事になっていた。

 その表情には先ほどまであった凶悪な笑みの面影等、初めから無かったかの様な能面。彼女の頭を埋め尽くすのは一つの疑問。

 

 なぜ?

 

 だた、それだけ。

 つい先ほどまで感じていた全能感が急速にどこかえと消えていってしまったのだ――否、消えたのではなく、それは押しのけられたのだ。

 変わりに沸き上がってくる、聖地に着たときからウツホを苦しめる違和感によって。

 

 確かに感じていた筈の高揚感が完全に失せると、ウツホに残るのは無関心だ。それに対する門答は散々やってきた。答えのでない物を延々と考えても苛立が募るだけなのもこれまでの経緯で理解した。

 ならば、後は自分の任務をただこなせば良い。もしかしたら、先ほど燃料(・・)を燃やすのに悩んでいた時の様にひょっこりと答えの方が出てくるかもしれない。ウツホはそう解釈すると、鋭敏化した感覚で捕捉している物達の処理の為、足を火柱の外に向けた。

 

 

 はて、最近の自分はこんな事を考えられる程に頭が回っていただろうか?

 

 

 そんな些細な疑問がウツホの頭の片隅によぎったが、火柱に包まれた白い視界から出た時にはそんな疑問は忽然と消え去っていた。

 火柱を出る時、ウツホにはどこかで猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――睨み合い。否、それは、間違いだ。なぜならそれは両者が行って初めて成り立つ事故、この場合は成り立たない。

 少しずつその激しさが成りを潜めてきた火柱から出てきたウツホを出迎えたのは、ウツホの倍以上はあるだろうか巨体を持ちながらウツホに一切の油断無く睨みつけている魚人――フィッシャー・タイガーの姿だった。それに対し、ウツホは何の関心も持たず、眼前の存在にただ無表情に見つめ返すのみだったのだから。

 

 フィッシャー・タイガーは警戒する。見た目はただの少女のウツホに対し、自身が生まれて来てからこれまでで一番危険な存在として。一部の気もさいては成らぬと、静かに己が身に力を込める。何が起きても直ぐに対処できる様に。

 

 逆にウツホはフィッシャー・タイガーに特別、感情を浮かべない。目の前の魚人が自身を殴り飛ばし気絶させた存在であるのは分かっている。先ほどから捉えていた気配の多くが自身が火の柱から出る際に、この場所から急速に去っていくのを感知したときもそちらを追わずにここに立ち止まった理由もフィッシャー・タイガーがここに残ったからであった。

 目覚めた時感じた怒りの対象と実際に向き合えば、この煩わしさから解放され、何時もの自分(・・・・・・)に戻るかもしれない。

 そう考えたウツホだったが、その目論見は失敗へと終わる。眼前の魚人からは何も感じられるず、何の感情も沸き上がらない。

 

 これならば、逃げた方を追った方が正解だったか? まだ、世界貴族か奴隷か確かめていないかったのもあるし。そう、ふとウツホが視線をフィッシャー・タイガーから外し、急速に離れていく気配の方へと向けると、今まで動かずに黙ってウツホを睨みつけていたフィッシャー・タイガーがウツホの視線を遮る様に立ちふさがる。

 

「俺を無視してどこを見ている?」

「……」

 

 再び己に戻されたウツホの無感情な視線にフィッシャー・タイガーは内心の動揺を押し隠しつつも、身体は無意識に迎撃用意の為に腕を上げて構えを取る。

 彼は焦る。目の前にいるウツホの姿に。

 別にその奇抜な格好の事ではもちろん無い。彼が数刻前にハンコックに手を伸ばしていたウツホを、とっさに殴り飛ばした時の拳の力は全力では無いしにしろ、それなりの威力を乗せた物であり、己の手に伝わった手応えでは、ほぼ間違いなく相手を死に至らしめたと伝えていた。例えそうでなくても、瀕死の重傷を負わせた一撃である事は間違いが無い。

 フィッシャー・タイガーは己が強いとは思っていない。この大いなる海にはそれこそ想像も絶する様な強さを持つ者達が存在する事を冒険者の彼は知っている。しかし、弱いとも思っていない。身体能力に恵まれた魚人達のなかでも荒くれ者達をその腕前で黙らせ、冒険の最中には幾度の危険を超えてきたのだ。己の武に自身が無ければ冒険等やっていはいられない。

 

 だからこそ焦る。

 

 己の不意打ちと成る一撃が直撃したにもかかわらず、傷一つ無く、ダメージも負った様に見られないウツホの姿に。

 

 

 辺りを立ち籠める熱風に晒されてなお流れる冷たい汗が、背中におった火傷を刺激する。その痛みが、己の背の方にいるであろう少女の姿をいやでも思い出させる。

 彼は人間が嫌いだ。それは先程逃がしたハンコックも含まれる。彼の人間への憎悪は直ぐにぬぐえる様な容易いものではない。

 では、何故彼があの少女の為にここで足止めをしているのだろうか。それは至極単純な理由だ。

 

 ――意地。男の意地以外の何ものでもない。

 

 たったそれだけ。しかし、女が魅せた意地(奇跡)に男が意地(命)を張らない道理は存在しない。

 

 魚人の冒険家フィッシャー・タイガーはたったそれだけの理由で、眼前の化け物――海軍の秘密兵器、霊烏路空の足止めに命を賭けた。

 

 

           ◇               ◇

 

 

「貴方は世界貴族? それとも奴隷?」

 

 一分が一刻に感じる様な長いようで短い沈黙を破ったのはウツホのフィッシャー・タイガーに対する疑問にもならぬ愚問なる問いかけだった。

 はじめ何を問われたか理解できない様子をみせたフィッシャー・タイガーだったが、その内容を理解すると沸き上がる怒りに身体を震わせる。ふと、耳を澄ませば聞こえてくるギリギリと耳障りな音の発生源は己の歯か手の骨か。あまりの怒りで頭が可笑しくなりそうな、それほどの怒りが彼を駆け巡る。

 なぜなら、その一言は、魚人族に対する侮辱以外の何物でもなく、この場で散っていった全ての命を冒涜する言であり、フィッシャー・タイガー自身を否定する発言であった。

 

 彼がこの場で、怒りに身を任せウツホに殴り掛からなかったのも、やはり意地。自身の役目は時間稼ぎであり、自分からその時間を短くする事は約束を違える事になる。

 フィッシャー・タイガーは沸き上がる怒りを捻り伏せ、己が役目を果たす為に時間稼ぎ(対話)を始める。

 

「俺は魚人だ」

「……? あぁ、よくみれば少し変わってわね貴方。そういえば、何人か同じ様な人を見たけど、似た種類の悪魔の実の能力者ばかりいるのねここは」 

「何を言ってるんだ? 俺は魚人だと言っている。人間じゃねぇ。お前が見てきた奴らもな」

 

 その返答に少し悩むしぐさをするウツホ。

 少女の初めて見せる、無表情以外の表情をみてフィッシャー・タイガーの中に一つの疑問が沸き上がっては膨れていく。

 

「要は魚人っていう人間の区別なんでしょ? 向こうで言う白人や黒人みたいなものね。で、結局、貴方は世界貴族なの? 奴隷なの?」

 

 「だからそれがどうかしたのか?」といった、ウツホの態度にフィッシャー・タイガーは自分の考えが正しかった事を知り

 

 

 更なる怒りに身を焦がした。

 

 

 つまり、こいつは本当に何も知らず、理解もしようとせず、ただ言われたがままに、数多の命を奪い、我らが同胞にもその手にかけ、奴隷達の解放を邪魔しているというのか!?

 握りしめすぎて掌に爪が食い込み裂傷を作り出している腕を更に一段と強く握り込んだ後

 

「違う!! 俺達を人間なんかと一緒にするな! 区別じゃねぇ、種族が違う! ましてや、多くの同胞を奴隷にしつまらねぇ自尊心の悦に浸っている薄汚い世界貴族なんかと、間違いでも口にするんじゃあねぇ!!」

 

 ――フィッシャー・タイガーは吠えた。それは怒りの咆哮であり、魂の慟哭でもあった。仲間にも、誰一人として話してはいない、彼が奴隷であった頃に付けられた傷。既に後のない筈の傷が、今背にある傷よりも強く彼を痛めつけているようだった。

 しかし、その叫びを無視するかの様にウツホの様子は変わらない。

 

 

「結局、人間も魚人も『人』には変わらないでしょ? 人間も魚人も『奴隷』にされてるんだから」

 

「違う!! そもそも、奴らは奴隷を人とは扱わない。良くて犬、ほとんどの者は物扱いだ」

 

「犬なら『家畜』、物ならそもそも『奴隷』なんて付けないわ。『奴隷』と呼ばれている時点で『人』としてみられている証拠じゃない」

 

「……では、奴隷を、俺達魚人を同じ『人』とよぶお前は何故、我が同胞達をそこまで無感情に手にかける?」

 

「それこそ『人』だからでしょ?」

 

「どういう意味だ? まさか、自分は神の使いで青海人とは違うとでもいうまいな、空島の民よ」

 

「ん~ちょっと惜しい……のかな? それとさっきから貴方何か勘違いしてない? 空島ってなに?」

 

「……その名の通り、雲の様な海に浮かぶ空の島の事だ」

 

「へぇ、雲の上にも海があったんだね。でも残念。私は真逆の地底出身よ」

 

「ほぉ、そりゃあいやに奇遇だな。俺も海底出身だ」

 

「あら、そう。じゃあ、思う存分見てっていいわよ」

 

「何をだ?」

 

「太陽よ。海底じゃあ珍しいでしょ? あぁ、そういえば名乗ってなかったわね、地獄の人工太陽――霊烏路 空。地底を照らす太陽とは私の事よ」

 

「…………陽樹イブ」

 

「?」

 

「光も届かない暗い海底の奥深くにある魚人島が『海底の楽園』等とよばれるのは、暗い海底の中でも唯一、太陽の光を受けれるからだ。その恩恵を与えてくれるのが陽樹イブ。陸上の葉や茎の部分に当たる光を深海一万メートルにまで届く巨大な根を通し運んでくれる。それは俺達魚人に取ってはまさに恵みの光だ。初めて海面に出てその光――太陽を直に見た時はな、ただ綺麗だと、その光景に思わず放心した。そして、それはこの海に匹敵する程に偉大な物だと心から感動した。俺が冒険家に憧れた理由はな、この太陽の光の先に何があるかみてみたいって言う単純な理由からだった。

そう、とても暖かい輝きだった……

 

 

少なくとも目の前にあるまがい物とは大違いだったな」

 

 

「……長々と語って結局何が言いたいのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「もう時間稼ぎはイラねぇってことだよ! この欠陥豆電球が!」

 

「じゃあ、本物かどうかその身で試してみなよ! 私が飲み込んだ神の炎。核エネルギーで跡形も無く溶けきるがいいわ!」

 

 

 

 

 

           ~『荒々しき二つ目の太陽』 Stage_? 元マリージョア大通り~

 

 

 

 

 世界政府の中心地である聖地マリージョアが炎に包まれ、政府と解放された奴隷達の激戦がまだ聖地のあちこちで行われている最中、その戦いの中で最も過激な争いが、聖地には幾つもある大通りの一角で行われていた。

 その大通りの一角はその元来の形を崩し、道の脇にそびえ立っていた高級建築が瓦礫に姿を変え、とある地点を中心に円形に抉られ、ちょっとした広場の様にも見えるさまであった。

 

 その広場を縦横無尽に蠢く影が二つ。

 方や、執拗にもう一方の影に向かって数えきれない程の光弾をばらまき続ける影――霊烏路空。そして、その爆発する光弾を回り込む様に駆けながら避け、時には強靭な肉体を頼りに何発か迎撃しつつ受け止めながら、接近し続ける影――フィッシャー・タイガー。

 

 当初、ウツホに向かって突撃したタイガーだったが、戦いの先手を取ったのはウツホの方であった。

 光弾の雨。突撃したタイガーを向かえたのは、一つが直径、掌大のそれだった。

 いくら怒りに身を任せようが、元々ウツホを警戒していたタイガーは真横に飛び退くことで、初撃のそれを避けることができたが、光弾が地面に着弾することによって生まれる爆風の威力に目を疑う。ほぼ、ノーモーションから多数ばらまかれた筈のそれが、戦艦の大砲レベルの威力なのだからそれも仕方の無いことだが。

 

「ちっ。やはり、悪魔の実の能力者だったか」

 

 遠距離は不利と直ぐさま判断し、次の光弾が来る前にタイガーは爆発的なスピードで接近戦に持ち込む。さほど、二人の距離が離れていなかったため、その行いはうまく行き、タイガーは己の射程に入った無防備なウツホの頭にめがけて、もう一度、渾身の一撃を放つ。

 手にかえるは鈍い、まるで鉄のかたまりを殴った様な感触と痛み。そして、タイガーの目に映ったのは、ウツホが差し込んだ制御棒によって、振り抜けずに拳から血を流す、己の腕だった。

 この対格差で全力で放った一撃を、難なく受け止められた事に驚きつつも、自身が積み重ねてきた経験により、いち早くタイガーは切り返しの一撃が来る前に自分から追撃に入る。今度は直撃し、ウツホが吹き飛ぶ。しかし、先ほどまでとは言わないが、またもや鉄のかたまりの様な感触と痛みが走る。

 立ち止まり、拳を見れば自分から攻撃したとは思えぬ鬱血に出血。

 

「っつ~~~、このぉお!!」

 

 吹き飛ばされたウツホが空中で背の羽を利用し、体勢を立ち直しつつお返しと言わんばかりに、今度は自らタイガーに向かって右手の制御棒を左肩から薙ぎ払うかのように叩き付けてくる。

 それをわずかに身を沈め、身を半歩引くによって回避したタイガーはカウンター気味に、数度殴打を浴びせる。振り抜いた姿のウツホはそれに対応できずに腹部と背にそれを受けとめるが、それを無視し、振り抜いた勢いをそのまま、もう一度回転する事によって、再度、今度は避けれぬ様に深く一歩前進しながら制御棒をタイガーの脇腹から入る様に真横に振り抜く。

 

「ぐっ!!」

 

 まさか、カウンターを受けつつもカウンターを返してくるとは流石のタイガーも思いもよらず、何とか差し込んだ右腕で制御棒を受け止め、直撃は避けたが、差し込んだ腕からはメキメキと骨の軋む音が発っし、その巨体を知ったものかと、ガードの上から今度は逆に吹っ飛ばされ、数メートル先の瓦礫に足をつける事で何とか体勢を立ち直した。

 

 タイガーの身体中を嫌な汗が流れては熱気によって乾かされていく。タイガーはその表情におくびにも表さないが、その胸中ではウツホの危険さを十分に噛み締めていた。

 先ほどの接近戦において、互いにやり通した応酬はほぼ同じ――否、内容的にはタイガーが有利だった。のにも関わらず、与えたダメージと与えられたダメージの差はウツホが圧勝しているのである。タイガーの攻撃は異常な硬度を誇るウツホの身体にはあまり通らず、逆に殴った拳が逝かれる。逆にウツホの攻撃はその驚異的な怪力によって対格差を埋めてくる。

 今のやり取りから、ウツホの体術は大した物ではないと分かってはいても、その恐ろしい耐久力を突破する手段が無ければ、相手よりも先にタイガーの身体が持たない。

 だからといって、タイガーは接近戦に持ち込むのを止めるわけにはいかなかった。

 

「あぁ~、もう! ちょこまかとっ!!」

「ックソ!」

 

 突如、飛んできた光弾を間一髪で躱すが、着弾し爆発する光弾の発した熱風が、ジリジリとタイガーの体力を奪う。

 距離を空ければ、このようにまるでマシンガンを連射するかの如く、光弾が降り注ぐのである。それは、タイガーが躱せば躱す程、ウツホの苛立によって、その大きさと威力が増していくため、否応ながらも、タイガーにはこの光弾の雨の中を、迅速にくぐり抜け、ウツホを直接沈める以外に手は無かった。

 

 しかし、一度離れてしまった距離はウツホの放つ弾幕のせいで中々に埋まらず、どうにかして距離を詰める為に多少のダメージは覚悟するが、それで足が緩めば数秒も待たず光弾が降り注ぎ、結局回り込むしかない。

 一向に縮まらぬ距離と徐々に奪われていく体力。ジリ貧になっているこの現状にタイガーは苛立と焦燥を募らせていく。

 

 

 

 だが、苛立と焦燥を募らせているのはウツホもまた同じであった。

 タイガーとの先の接近戦にて、普段なら直撃したであろうタイガーの初撃は、鋭敏化した感覚によって咄嗟に受け止める事ができたが、もし、制御棒で受け止めていなければ、それで気絶していたであろう事が分かっていた。

 初撃以下の追撃は流石に体術の差で受け止める事はできなかったが、初撃のそれと比べ、手数を意識したものでは堅牢な肉体のおかげで深いダメージにはならずにすみ、お返しに強烈な一撃をガードの上からだが叩き込むことができた。

 しかし、それが通用するのは一回だけだという事がウツホにも理解できている。自分の大振りな攻撃ではもうどれだけ振っても、警戒した相手には当たる事が無いだろう。だからこそ接近戦を避け、遠距離で光弾を振りまくが、タイガーの卓越した経験が生む物なのか、ウツホの実力者との圧倒的経験不足による物なのか、タイガーは大きくそれを躱すか、または紙一重で避ける事によって容易には光弾が直撃しない。

 それどころか、命中率を上げようと広範囲の威力を持つ光弾を生み出す為にタメを作れば、タイガーはその隙に大きく接近してくる始末で、ウツホは、ある程度以上の光弾を生み出す事ができずにいた。

 

 別にウツホに取ってはこの状況は悪い事ではない。大技で一気に決めれないのはウツホの性格上、苛立は溜まるが、戦局的には一方的な嬲り殺しである。

 このまま、小さな弾幕で押していき、いずれ相手の体力が消耗した所で大技で決めれば良いのだから。

 

 

 ウツホが通常の状態ならば、それができただろう。

 

 

「っう~~~……」

 

 広場の様に崩されていた元大通りは、ウツホの放つ無数の光弾の爆撃により、更にその姿は荒れ果て、今ではウツホを中心とした瓦礫だらけの浅い蟻地獄のような様をさらし、高まりすぎた熱が炎と陽炎を纏う。

 

 その光景に何故かウツホは心を酷く揺さぶられていた。

 

 ウツホが聖地に着てから感じる奇妙なザワメキ、もはや自身では抑えきれない喪失感にも似た感情。

 それが、この戦いの最中に無視できぬ程にウツホの中で大きく膨れ上がっていた。そして、それに伴いドンドンと鋭敏化されていく感覚にウツホの精神は振り回される。

 

 早く敵を倒さなければ可笑しくなる。早く、早く、早く、はやく、はやく、はやくはやくはやくはやくハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク……

 

 ウツホの胸中に吹き荒れる思い。

 しかし、眼前の敵――フィッシャー・タイガーはウツホの胸中の焦りを知るかの如く、淡々とウツホの放つ光弾を避け続ける。それに伴い、燃え広がる炎が更にウツホの感情を刺激していった。

 

 一見ウツホが有利に見えた持久戦は、実のところを明かせば、ウツホにとっては一分一秒でも続けたく無い物であった。

 

 

 

 

 

「……ぁぁああああああ!!」

 

 

 そして、その均衡が崩れるのはやはりと言うべきか、タイガーではなく、ウツホの方からであった。

 

「グラウンドメルト!!」

 

 遂に、己の内から吹き上がる感情を抑えきれなくなったウツホは、光弾をばらまくのを止め、その感情ごとタイガーを薙ぎ払うが如く高らかに咆哮する。

 光弾をばらまくのに常に使っていた左手をタイガーに標準をつけた右手の制御棒に沿え、調節したエネルギーを先端に集中させる事によって、特殊なレーザーを制御棒から放つ。そのレーザーは、制御棒の先端を中心に制御棒を動かすことなくウツホの眼前をフリーハンドで線を描く様に縦横無尽に薙ぎ払う。

 

 一拍後。レーザーが当たった部位は叩き付けられた核エネルギーによって己の内から大爆発を引き起こし、大地一面を光りの海へと変貌させる。見渡す限りの爆裂光によって、白一色に染まったウツホの視界に黒一点――否、既に影半分。

 

 ギシリ。とウツホの頭蓋骨が悲鳴を上げる。

 

「ピカピカ、ピカピカ眩しいぞこの豆電球!!」

 

 悲鳴を上げる間もなく、ウツホの頭を鷲掴みにする巨大な手によって、ウツホは頭から砕ける程に強く地面に叩き付けられる。言うまでもなく、ウツホの頭を鷲掴みにするその手の持ち主は、爆風によって身体の至る所に焦げ跡を作ったフィッシャー・タイガーである。

 もとより、二人の戦いが膠着した状態だったのは、ウツホの絶え間ない弾幕のせいであったのだから、その均衡を崩せばこの結果は見えている。ウツホが技を放つ為に作った僅かな隙。タイガーにはそれで十分だった。ウツホに向かって一直線に駆け出し、後はウツホの放ったグラウンドメルトの爆風に乗って一瞬でウツホに接近する事によって、その頭部を掴んだだけだった。最も、その代償に背の火傷はかなり酷くなったようだが。

 

「うぉぉおおお!!」

 

 タイガーは叩き付けたウツホを直ぐさま高く掲げ、再度地面に叩き付ける。それこそ息をつかせる余裕を与えぬ様に、何度も何度も執拗に繰り返した。

 その光景は端から見れば、化け物がいたいけな少女をボロ雑巾の様に蹂躙している酷い有り様に見える。が、その実態は真逆。タイガーにはこの少女がどれほどの脅威だかを理解できる。どちらが化け物なのかなど考えるまでもないのだ。

 故にタイガーは離さず止めない。驚異的な硬度を誇るウツホに対して打撃よりも内部に衝撃を与えるこの方法のが有効だと推察し、ようやく巡ったこのチャンスを逃す物かと、鯛の魚人の怪力と己の巨体の体重全てを使い、周囲の地面が沈下してもなお止める気はない。

 

 もう、タイガーがウツホを叩き付け十数回目になろうか、まだ足りぬと、タイガーがもう一度全力でウツホを持ち上げた時、タイガーは咄嗟にウツホを投げ飛ばす。

 

 悪寒と灼熱。タイガーが感じたのはその相反する感覚。

 折角掴んだチャンスを自ら棒に振る様な行い。しかし、それこそ正解。でなければ、今頃タイガーは肘から先が無くなった右腕(・・・・・・・・・・・・)の変わりに胴体を真っ二つにされていたのだから。

 

 タイガーの右肘は先端から黒く炭化しており、その先はあるべき物が存在しない。燃え尽きたせいで出血も痛みは無かったが、変わりに無くなった右腕を火にくべ続けている様な拷問のごとき熱さがタイガーを襲う。たまらず右肘を余った左手で押さえると、炭化した肘先がグズグズと音を立てるかのように崩れる。

 

「少しは太陽の力を思い知った?」

 

 タイガーが睨みつけるように視線を投げれば、投げられた衝撃と周囲の熱気のせいで派手に立ち籠る土煙の中で、頭部からの出血によって顔の左半分と白の装束を派手に赤く染めたウツホが立っている。その右手の制御棒からは先ほどタイガーの腕を焼き斬った原因であるレイディアントブレードがゴウゴウと音を立てて火花を散らしている。

 頭部から流れる血のせいで片目のみをタイガーに向けたその表情からは、先ほどまで苛立は感じ取れず、初めに二人が対峙した時にも似た無表情に近い。

 ただ、一つ違う点は、タイガーに向けられている残った目の奥に隠しようの無い怒りの感情が渦巻いているという所だろうか。その血だらけの姿から分かるように、先ほどのタイガーの行いはウツホに少ないとは言えないダメージを与えていた。

 

「……っ俺、一人燃やしきれない程度の火力でそう大層にほざくんじゃねぇ」

 

 毅然と言い放つが、タイガーを取り巻く現状は最悪だ。背の大きな物と体中至る所を覆う火傷と傷。右腕の紛失。全力で動き続けたことによる体力の減少。更には熱せられ続けた事による高温症状も出てきている。火炎渦巻くこの場では吸う空気が灰を焼くのではないかと錯覚する様な熱気を帯びている。全力で動き続けた筈のタイガーは汗などここ数分かいていない。タイガーは既に限界だった。

 ”だが……”

 

「なら、もっと分かりやすく太陽を見せてあげる」

 

 ウツホはレイディアンドブレードを消すと同時に、左手を高らかに天に向かって掲げる。パチンッ。とそのまま掲げた左手の中指をスナップさせると、炎に焼かれた聖地の頭上に立ち籠っていた分厚い黒煙の中から、一つ数メートルはある十の火球が這い出し、赤く染まった聖地を白のキャンパスへと塗り直す。

 

 

 

『ホットジュピター落下モデル』

 

 

 

 それは、ウツホがこの元大通りに着た当初、此処で抵抗していた奴隷達を引き裂き、燃やし尽くした”十凶星”の成れの果て。空へと立ち上った十凶星は、上空に立ち籠る煙の成分を少しずつ分解、吸収し、その身を増大さえ変貌させていった。輝かしくも、近づく物を許さず一切合切を灰燼と化す炎。その圧倒的な存在感。ゆっくりとその存在を降下させるその姿は、確かにもはや火球とよぶより、一つ一つが小さな太陽のようであった。

 

「ちげぇな」

 

 が、上空から迫り来るそれの光を眺めるタイガーは認めない。到底、認められる物ではない。

 

「あんな物が太陽だって? 偽証行為もはだはだしいじゃねぇか」

 

 十の火球が円を描きながらこの大通りを押しつぶそうとゆっくりと迫る。それに比例して只でさえ高かった通りの温度が更に上がり、熱せられ続けた地面が自身からブスブスと異様な音を立て始める。

 

「どれだけの時が過ぎても、どれだけの場所をめぐっても、どれだけの絶望の中でも、俺の中にいつまでも色あせずに残った、あの光景。俺の”信念”……その輝きはこんなちんけな物じゃねぇ!」

 

 直上の火球から降り注ぐ光と地面を反射する光が世界から色を奪い、うねる業火が世界を焦がす。……着弾まであとわずか。

 

「なら、下らない信念ごと真の太陽によって燃え尽きるがいい!」

 

 

 

「こんな紛い物じゃあ、()はつかない!!」

 

 

 

 ウツホを中心に、十の火球は地面へとその身を沈める。そして、同時に爆発。

 大通りを超え、新たな建物を削り消しながら円状に広がる無音の白き世界。破壊の炎は飲み込んだ物を貪欲に消し去りその存在を許さず、業火の唸りは破裂とともに増大することで音すらも飲み込む。

 

 これぞ太陽の中心。核の滅却による完全無の世界。全てが原子へと分解され存在する原始の世界模様。

 そこに存在を許されるのは、世界の核たる霊烏路空のみ。

 

 

 

 

 

「こんな炎じゃあ!! 心に火(・・・)はつかない!!」

 

 白く埋め尽くされたはずのウツホの視界の先には巨大な影。他の音を飲み込む轟音すらも押しのけるその咆哮。このウツホにとっての絶対世界にあってはならぬ存在――フィッシャー・タイガーが引き絞っていたその隻腕を振りぬく。

 

 

『陽光!!』

 

 

 バキンッ。という何かが砕ける音がまたもや無音の世界に響く。真下からしたその音に視線を下げたウツホが見たものは、自身の胸の中央に飾られた太陽の象徴――八咫烏の目に大きくひびが入った姿だった。ウツホが何が起こったのかを理解するその前に、ウツホはその胸から背に抜けた、今まで味わったことのないほど強大な衝撃に吹き飛ばされる。また、同時に白い世界がウツホに引きずり込まれるように続く。

 タイガーが突き出した拳はまるでモーゼの奇跡のように、ウツホが築いた世界を割り、離れた所からウツホへと衝撃を伝えた。そして、世界はその空いた道を埋めるかの如く、己自身をその道へと絶え間なく注ぎ込むことによって消滅した。

 拳の先から伸びた光が一条の光の槍となって、ウツホを吹き飛ばしたその様子は、正にその技の名の如き物であった。

 

 

 

 

 吹き飛ばされたウツホは、幾つもの建造物をつきぬけ、他の建造物と比べても巨大なそれに受け止められ、建物内を無様に転がることでようやく止まる事ができた。建物を突き抜けるごとに刈り取られていったウツホの朦朧とした意識は、ウツホが突っ込んだ衝撃で崩れていく建物の天井が、最後に己を押しつぶそうとする姿を捉え闇へと沈んだ。

 

 拳を振りぬいた姿勢のまま、その様を見届けたフィッシャー・タイガーは限界だった体を支えることをやめて地面に身を投げ出すように倒れこむ。

 ジュー。と肉の焼ける音と臭いが立ち上る。

 

「あ~、あちぃな糞が」

 

 しかし、タイガーは動かない。もはや体全体が焼け爛れているうえ、場所のよっては所々炭化しているので、今更というのもあるが、何より体がいうことを利かなかった。

 

「ぜってぇ死んだと思った。もう金輪際やらねぇぞ」

 

 タイガーは自分の性格上それは無理だなと思いつつも、流石にきつかったせいで、ついつい愚痴をこぼしてしまう。

 疲労困憊に瀕死の重傷。体中の火傷のせいで血は流れていないが、汗腺がやられ、高熱による高体温で臓器に異常が出て急死することもありえる。タイガーには緊急に医師の治療が必要だったが、疲労のため動けない上に、熱を持った地面による追撃が地味だが非常に効果的なコンボでタイガーを殺しにかかっている。

 

 これは、死ぬか? と、折角命がけの勝負で拾った命をタイガーが諦めかけた頃に、タイガーを呼ぶ大勢の声と慌しい足音が大通りに聞こえてきた。ハンコック達を船に届けてきた奴隷だった仲間の数人が恩人のタイガーを探しにきたのだ。

 

「――ったく。あいつ等」

 

 タイガーの口から苦笑がもれる。今まで奴隷として扱われていた彼らにとって、忌まわしい記憶の多いこの場所に戻ってくる事に抵抗がないわけがない。それも、一度は安全圏まで逃げた後だ。見た目は小娘といえ、海軍の将校を相手にしていたはずのタイガーを探しに着た彼らに対して、タイガーは言いようのない感情がわきあがるのを感じた。

 

「居たぞー! タイガーさんだー!!」

 

 ガヤガヤと集まってくる”仲間”の気配を感じつつ、タイガーは疲労の溜まった体の欲求に素直に従い意識を深く落としていった。

 

 

「「「「た、タイガーさんが焼き魚になってるー!!?」」」」

 

 

「――っ、いいからてめぇら、さっさと運びやがれ!!」

 

 が、結局タイガーが欲求を満たせたのは、聖地を去る船の医務室の中であった。

 

 

           ◇               ◇

 

 

 暗い。暗い一本道をフワフワと進んでいる――いや、暗いのに何で一本道ってわかるんだろう? あぁ、よく見れば周りを明かりが照らしていた。

 あたり一面の岩肌に囲まれた一本道はどこかのトンネルのようだ。その薄暗い天井付近にはゆらりゆらりと不安定な照明があっちにいったりこっちにいったり不安定な挙動をとって道を薄暗く照らしている。

 

 しかし、暗い。

 進みにくいから、どうにかならないかな? と思っていると前方が急に明るくなった。そちらを見れば、時代劇などで見るような建物に長屋敷がたくさん並び、大量の提灯で煌びやかに飾られている。

 ちょうど暗いと思ってたので、そちらに向かおうとしたら声をかけられた。

 

「ねぇ、あんた。こんなところでどうしたんだい?」

 

 中学生か高校生くらいの女の子だった。

 真っ赤に髪を染めて昔の不良みたいだが、三つ編みをしているのと、とっつき易そうな笑顔のおかげでマイナスなイメージはない。変な服着てるし、コスプレ?

 ……あれ? そういえば何でこんなところに居るんだっけ?

 

「なんだいあんた迷子なのか。じゃあ、ついて来なよ」

 

 そういうと、その子は何かを包んだ筵を乗せた押して車を押しながら、建物とは別の方向に歩き出した。

 そっちは暗いから道がよく見えないんだけど。

 

「ん? ……あぁ、大丈夫だよもう少しすると明かるい場所に出るし、明かりも持ってるよ」

 

 ボゥッ。と何かが燃える音とともに周囲が少し明るくなる。

 少女が二つの明かりを取り出してくれたおかげで歩きやすくなった。

 

「これで大丈夫でしょ?」

 

 両手(・・)で手押し車を押して先陣を行く少女に、置いていかれないようついていく。明かりは少女が持っているので、離れると困る。

 

 

 

「…………」

「あんた一人旅してたんだ? どんな所回ってたんだい?」

「…………」

「あぁ、その寺か~。ん? いや、あたいは行った事はないんだけどね。名前くらいは他の連中からも聞いてるよ」

「…………」

「じゃあ、何で、もう何度も言ったことある場所に態々行ったんだい?」

「…………」

「――へ~。クラスメイト? が、ね~。自分の好きなところにいけないんだなんて、シュウガクリョコウって奴はめんどくさいもんなんだね~」

「…………」

「イヤイヤ、なんでもないさ。それで? その子の実家に止まった後、どうしたんだい?」

 

 ……どう……した?

 奇妙な違和感。にやけた顔の少女。

 

 会話の始まりは、少女に連れられて歩くうちに、ただ歩くだけじゃあ暇だから何かおしゃべりをしないか? と少女に切り出され、此処に迷い込む前に何をしていたのかを話し……て……

 

 

 ……今、自分は会話をしていただろうか?

 

 それに、修学旅行?? そんなもの行ったのは、とうの昔の話だ。それを何でさっきまでしてたかのように思ったんだ? 

 ぬぐいきれない違和感。少女は何も語らない。同じ速度で歩きながら、横で立ち止まる(・・・・・)こちらを面白そうに眺めている。

 

 ――そう、最初は一人旅をしていたはずだ。それで、寺を回って……夜に……”こ■■”の実家の近くにある、あの■で……”こ■■”ってだれだ? いや、誰って、クラスメイトで友達だろ。修学旅行先で皆で”こ■■”の実家に流れで泊まる事になって……"皆"って?

 

 

『その■、~~っていいじゃない!』

『■■か~、っなにし■んの~?』

『■■かさん~~こ■■てき■すよ!!』

 

 

 ノイズだらけの映像が頭を流れる。鮮明に思い出せないが、顔もわからぬ人たちと楽しげに話している光景のようだった。知らないはずだ……知らないはずの光景なのに何故か酷く泣きたくなるくらいに懐かしいとも感じた。

 

 

  深い入り込んだ思考の海から意識を引き上げたのは、少女の隠す気のない楽しげな声。

 

「やっぱり面白いね。燃料運びの合間の暇つぶしに、と珍しいもの見たさだったんだけど、正解だったよ。普通の怨霊も奇抜な話しをするけど、あんたのはそれに輪をかけてるね」

 

 なにを言って……?

 

「う~ん。普段なら答えないんだけど、あんたの場合もっと面白いことになりそうだし、特別にちょっとだけ教えてあげるよ。――あんたさ、よーく自分の姿見てごらんよ」

 

 ニヤニヤと笑う少女の言葉に嫌な予感がしながらも、混乱した頭は素直にその言葉に従ってしまう。

 

 ”ああぁぁぁぁああああ!!”

 

 手がなかった。足がなかった。それどころか、体がなかった。

 紫色の炎のような薄いもやに包まれた骸骨。それが今の自分の姿だった。

 

 なぜ今まで気がつかなかったか、よくよく見てみれば、その姿は先ほどから少女の周りをフワフワと浮きながら照らしているそれと同じである――立ち止まっていた筈の自分が、歩いている少女の横に今も居る訳は、何てこともない。自分自身が灯りの一つになっていただけであった。

 

 

「ありゃ、意外に普通な反応。しっかし、何であんたみたいのが怨霊になってこんなところに居るんだろうね? あんたみたいな――っ!?」

 

 不確かな記憶。思考の混濁。容認しがたき真実。

 それら全てに潰されていた自分の反応を、少女が期待はずれと愚痴をこぼしている最中、世界がひっくり返ったのではないかと思うほどの揺れが生じ、少女が驚きで口を閉じる。

 そして、同時に立ちこもる異常な熱気。

 

「い、いったい何なのさ!? ……この熱気。まさか、あの馬鹿!」

 

 揺れる世界に立っていられなくなった少女が、ふわりと浮かび上がり何かを叫ぶと、こちらを無視して、熱気が立ち上ってきている前方の巨大な穴の中へと、宙を滑る様に入っていってしまった。

 

 しかし、自分にとって、もはや少女の事などどうでもよかった。矛盾する記憶の海の中で、自身の存在を確立できずに居たからだ。

 

 

”そもそも、自分は誰なんだ?”

 

 

『■■か!』

『■■か~』

『■■かさん』

『おぉ、す■■の!』

『す■■の■■~』

『どうした、■■■■?』

『おはよう、■■■■』

 

 

 ……たくさんの人が自分を呼ぶ光景が浮かぶ。しかし、その人達の顔も姿も鮮明に映ることは無く、呼ばれている自身の名すらも不鮮明だった。

 ――ただ、ただ怖かった。

 

「……帰りた……」

 

 何か答えがほしかった。矛盾する記憶は何一つ当てにならないけど、この場所だけは本当に知らない場所だと確信できた。

 自身の立つべき場所が何処かも分からなくなった自分が最後に思いついたのはそんな迷子の様なものだった。

 

 しかし、その言葉は全て紡がれること無かった。自分の意識は、先ほど少女が飛び込んだ巨大な穴から突如、出てきた何かにぶつかった瞬間、消え去るように失われたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……最後に見たのは、燃えるような赤い瞳だった。

 

 

           ◇               ◇

 

 

 ズシンッ。と地が揺れる感覚と、上からかかる圧力から開放された衝撃で目が覚めた。

 

 ……なにか……大事な夢を……見てた気がする……

 

 急に照らされたことによる眩しさに目を細めながら、目に映る一面の青空をしばし眺めていると、それをさえぎるように顔に影がかかる。

 

「やはりここにおったか」

「……ガープ……中将?」

 

 青空の変わりに視界を覆うのはよく見知った顔だった。

 急な覚醒で未だに意識がはっきりとしないものの、経験上このまま寝てると殴り起こされそうなので、パラパラと服に残った瓦礫を落としながら立ち上がることにする。

 

 ――雲ひとつ無い青空の下に広がるのは、煌びやかな建物が瓦礫の山と化した無残な町並みだった。もはや火の手は完全に消火されたようで、少し見回しても所々水浸しな廃墟と通りがあるだけで煙は既に上がっていなかった。その瓦礫の山の中を海兵と在沖軍が慌しく駆け回っている。

 

 その光景をみてやっと頭がはっきりした。日が上ってることから、どうやら随分と長いこと気絶していたようだ。

 ちらり、と自分の姿を見ると、酷い有様だった。今までほとんど汚れも破れもしなかった服は、遂にその耐久力を超えたのか、肩やら横腹の端のほうが破けてしまい肌が見えている。スカートや靴下も似たような感じで破けて、ちょっと排他的で官能的な雰囲気があるが、隠し切れない黒い血のシミが広がっていて、それらよりも狂気的な何かを連想させる。リボンにいたってはどこかに行ってしまったのか見当たらず、血で固まった髪が邪魔だ。マントや制御棒などは特に破損が無いがこれらも、たぶん自身の血の後であろう黒い染みで汚れてしまっている。

 

 胸の中央に手を這わせると、罅割れたままの八咫烏の目がある。体に特に怪我はないようなので、これが一番酷いところだろう。

 

 ボロボロだな~。

 

 ウツホの姿に強く執着していたわけではないが、これまで霊烏路空としてやってきた身として、今の姿に少し物悲しさを感じてしまうのは仕方の無いことだろう。

 それに、実戦での初敗北も地味に堪えているようだ。まぁ、普段なら敗北=死なので、ましといえばましなのだろうけど。

 

「……聖都はこの有様。奴隷たちの殆どは逃げ出し、首謀者にも逃げられた。通常なら責任物じゃが、おぬしに与えられた正式な任務は、”世界貴族の保護とそれに伴う反逆者の排除”。それに関しては多大な成果を挙げたと、既に各方から報告が来ておる……じゃからな……その……」

 

 少し沈んだ顔をしていたからか、ガープ中将がいきなりそんなことを言ってきた。

 慰めてくれてるのかな? 言いよどむのもそうだが、珍しいこともあるもんだと、かなり失礼なことを考えながら、気になってしまう罅割れた八咫烏の目の表面をなでながら、中将の方へと振り向く。

 

 

 ポンッ。と頭に衝撃ともいえない軽い感触。

 

「……よくやったな」

『……おかえり』

 

「――っあ」

 

 瞬間。優しく笑う中将に何故か二人の男女の姿が被った。それは、とても儚くて一瞬のものだったけど、間違いなく両親のものだった。

 

「……あぁぁ……っ! うわぁぁああああああああああああああん!!」

「うぉお!? な、何じゃいきなり!!?」

 

 目からポロリと一粒涙が流れたと時、まずいと思ったが、膨れ上がった感情はいつもと同じく、歯止めが利くはずも無く、ボロボロと両目から涙を流しながらワンワンと子供のように泣き叫んだ。

 

 周りで駆け回ってた兵士たちも何事かとこちらに注目した後、何を勘違いしたのか中将を攻めたような白い目で見つめてくる。

 それを、中将は「ワシが泣かしたんじゃないわ!!」と一括しては、何とか宥め様と困った顔で笑いつつ、普段からは考えられないほど、やさしく、やさしく頭を撫でてくる。

 

 あぁ、申し訳ないけどそれは逆効果です。

 

 私はより一層、泣きはらしながら、延々と湧き上がってくる感情――それは、この聖地に来た時から感じた、私を戸惑わせた既視感から来る奇妙な感覚。ずっと謎だったその正体にやっと気がついた。

 

 

 私は中将に悪いと思いつつ、ワンワンとしばらくそのまま泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ただ、家に――帰りたかったんだ。




注:いろんな説明のため、あとがき長いです。

今回は、ウツホさん初黒星&中の人の正体を微妙に知らせる話でした。

やりたかったこととしては
・最近影の薄い中の人の正体について
・ウツホに敗北を味あわせる
・ホームシック
以上です。

 13話から長々書いてきたこの聖地編は、要は灼熱地獄みたいになっている聖地を見て、ウツホがホームシックになるという話でした。
 ホームシックになった事で、中の人の記憶が刺激され、途中から中の人成分が強くなったり、中の人が元怨霊という事実をだしたりと色々書きたかったこと書いた回ですね。
 主人公の正体についてはこの作品を書くときから決まってて、いつかこういう感じで出したいな~とは思ってました。つまり、今のウツホは、怨霊(中の人)に取り憑かれる状態です。
 東方の妖怪は精神に主をおいているので、怨霊に取り付かれると即死します。そして、怨霊が主人格の新たな妖怪として生まれ変わります。ただし、ウツホは妖怪の癖に自我が希薄で、物事にとらわれない性格のため、神の八咫烏を内包しても平気という特別な存在。
 この公式設定はこの作品を書いてる最中に出たのですが、自分はこのアイディアはとある同人誌から発想をいただいたので、公式設定見たとき、あの同人誌の作者さんは慧眼の持ち主だと思いましたね。
 まぁ、こんな特性をウツホが持っているため、中の人が取り付いたにもかかわらず、徐々に汚染されていったわけです。中の人が何故ウツホに取り込まれなかったかは、この作品ではなく、微妙に完結まで考えているこの作品の次回作(書ければ)で書きたいと思ってます。いつになるかは不明ですが。

 たぶん突っ込まれると思うので書いておきますが、タイガーさんが燃え尽きなかったのは覇気のおかげです。
 ワンピース世界の住人は何かを決意した時に無意識な覇気を扱っていると思うんですよね。例えば、アラバスタでミスター4の4トンバット食らっても起き上がったウソップ。同じくアラバスタでルフィーがクロコダイルの砂の刃(デザートラ スパーダ)を切り裂かれずに砕いたり。他にもありますが、無駄にワンピースの人達が丈夫だったりと、これらは無意識な覇気のおかげではないかと思ってます。
 今回もタイガーさんは己の信念のため、無意識的に覇気を使って、できると思ってやったらできたその場限りの技『陽光』を使い勝利しました。まぁ、これ自体は威力の高いただの遠当て何ですが、これに加えてホットジュピターの爆発力が引き込まれて上乗せされた結果、あの威力ですかね。……ウツホの自爆とはいわないように。

 今回は長らくお待たせいたしてしまい申し訳ございませんでした。此処で改めてお詫び申し上げます。
 とりあえずこの話までが第一章となります。次の第二章からは原作に一気に近づくかも? 不定期更新ですので、次回はいつになるかは分かりませんが、これからもよろしくお願いいたします。


東方知らない人への設定

火焔猫 燐:詳しくは前の設定で。
      怨霊や死体を自在に操る事が出来る。

怨霊:恨みつらみを持ち人に害をなす、輪廻から外れた人間の魂。
   元地獄だった地底に多く残っている様子。
   妖怪の特性上、妖怪が取り付かれると即死して
   新たに怨霊が主人格の妖怪として生まれ変わる。

ホットジュピター落下モデル:熱弾を回転させながらゆっくり下降させる。
              熱弾は着地すると爆発する。

荒々しき二つ目の太陽:東方原作の地霊殿
           霊烏路空の出る最終ステージ6のサブタイトル。
           この前の会話とこのタイトルは原作を意識して書きました

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