真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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「第十七話 三鍵の計」の翌日の話です。





幕間 刃紋が示すもの

 

 うーん。

 張遼は愛する偃月刀の刃紋を見ながらうなった。

 銘は飛龍偃月刀。通常の偃月刀とは異なり二股に分かれた諸刃の構造をしている。張遼の技に最適化された特注の品である。

 朝から磨き上げているがその仕上がりがよくわからなくなってきた。少し研ぎが足らないか? 曇りも気になる。もっと調子がいい時はピカッとするのだ。キラッとする。シュッとしている。

「なぁ? そう思うやろ?」

「いやなんのことっすか」

 声をかけられた兵が面倒臭そうに答える。張遼は隊長な上に軍全体の副将でもあるが、無礼と怒られても仕方ないぞんざいさだ。

 だが張遼は気にも留めずにガハハと笑った。これが并州兵騎馬隊のいつものやりとりだった。

 

 ——ここは并州晋陽。刺史である丁原が指揮する騎馬隊の兵舎である。備え付けの武器庫には当然手入れの道具も整えられており、多くの隊員が肩を並べて砥石に刃を当てている。

 

 気を取り直して張遼は再び得物を研ぎ始めた。マメな性格ではないが、この愛刀の手入れだけは誰にも任せたくない。

「どや?」

 またしばらく研ぎ直してから声をかけた。自分の目にはシュッとしたように映るが。

「いいんじゃないっすか?」

 反応はにべもない。答えた兵士も弓の弦の張り具合の調整に夢中だ。

 張遼は男の鼻っ面に切っ先を突きつけて言う。

「ほら、この先っちょやん。いい感じやろ?」

 頬にちくちくと接触する鋭利な代物。男は弓を置くと観念したように言った。

「……いい感じっす」

「せやろがい!」

 ガハハ。

 気を良くした張遼は再び作業に戻り、男もまた安堵して弓を手に取ろうとした。張遼は総大将以上に機嫌を損ねたくはない相手だ。

 その時だった。建物の外から威勢の良い金属音が聞こえて来た。戦場に立つ者なら誰でも容易に想像がつく。これは刃と刃がぶつかる剣戟音である。

 そして一流の武人ともなると音だけで誰が立ち合っているのかまでわかるらしい。張遼はにやりと笑って立ち上がった。

「おーおー、やっとんな大将。自分も見てみ」

 格子窓から外を覗くと思っていた通りの二人が立ち会っていた。

 一人は丁原。并州刺史で自らも騎馬隊を率いる勇将であり、張遼の直属の上司。対匈奴の戦線で長年体を張って来た護国の剣である。

 

 ——そして丁原と立ち会うもう一人の男。

 

 小柄な少年で、くせ毛をなびかせながら舞うように戦っている。

 雁門関の北からやってきたという少年で、なんと匈奴が南進を企てているという陰謀を打ち明けようと単身長城を越えてやって来た。信じてもらうために呼廚泉の首を手土産として携えて。

 呼廚泉も名うての名将だ。これまで幾度も官軍と激戦を繰り広げ、何度も煮え湯を飲まされてきた。

 その呼廚泉を一騎討ちで仕留めたのだ。李岳もかなりの使い手であることは間違いない。

 彼が丁原と打ち交わすその軽やかで鋭い流派に張遼は見覚えがあった。

 丁原と同じ技——撃剣である。

 ものすごい偶然だった。世の中は広い。こんなこともあるだろう。

「いやいや! あるかボケ!」

 ビシィッ、と横の兵に裏平手をかます。関西の人間特有のノリツッコミである。

※函谷関以西を関西と呼ぶのだ。

「ちょっ! なんすか!?」

「見てみアレ! おんなじ技やん! そんなことがたまたまあるわけないやん!」

「まぁ、そうっすね」

「いや親子やろアレ。なあ?」

「隊長。声がでけえっす」

「せやけど、めちゃくちゃニコニコやんけ」

 丁原は無愛想で有名である。酒もたまにはやるが笑うことは滅多にない。

 ところがどっこい。

 決して大口を開けて破顔しているわけではないし、花咲く乙女のようににこりとしているわけでもない。

 しかしいつも無愛想な人間が少しでも微笑むとまるで満面の笑顔に見えるのだから不思議である。口元と目元が少し緩んでいるだけで、背後に花が舞っているようにさえ見えるのだから。

「いや絶対親子やわ」

「だから声でけえっすって」

「これ、言うたらあかんやつか?」

「そりゃまぁ……ご自分からおっしゃられる前に言うのは野暮ってもんでしょ」

 それに普通の兵卒としてはそもそも勇気がない。照れ隠しに叩き斬られでもしたら……いや、ないとはわかっているが恐怖を十分に染み付けられた鬼の上官なのだ。

 やがて二人がこちらにやってくるのが見えた。張遼は遠巻きに見守ろうと立ち位置を変えた。兵にもあの少年を紹介するらしい。さて何を言うだろう。

 丁原は大真面目に言った。

「この男は李岳。元々私の弟子だ」

 ぶふっ、と吹きかける張遼。

「ちょっ! 隠せる思うてんで!」

「隊長やめろ! いじるな!」

 無闇な挑発と疑われては命に関わる。どう考えてもおいそれと触れていい話題ではない。

 励むようになどと二、三適当なことを告げて丁原は李岳を連れて去った。

 訓示については大して聞いてはいなかったが、その分だけ張遼はまじまじと二人の顔を見ていた。

「……やっぱ似てんな。そっくりやん」

「っすね」

 特に目だろう。宿すものが同じだ。丁原ほどの堅物ではないだろうが、意志の強さを感じる。

「なんか、人の助言を聞かずに突っ走って余計な苦労を背負い込むような感じがするわ。知らんけど」

「は、はぁ」

「ま、ええけどな」

「なんか釈然としない感じっすね」

「結局親子の縁、ですか、って気持ちやわ」

「……隊長?」

 ひらひらと手を振って張遼は兵舎を後にした。なんとなく武器の研ぎを再開する気にはなれなかった。

 

 

 

 

 張遼は雁門の生まれである。

 代々続く自らの家系を張遼は嫌っていた。先祖に聶壱(じょういつ)という者がいて、その子孫だと聞かされてきたのだ。

 聶壱は漢の武帝が始めた匈奴との長きに渡る戦争、そのきっかけを作った者として歴史に記録されている。そしてものの見事に失敗した。

 失敗した聶壱は逃げ出し、挙げ句の果てに姓を変えて隠れ住んだ。その変えた後の姓が「張」である。

 クソ、と張遼は思っている。匈奴と戦うのもいい。罠を張るのもいい。だが名前を変えて逃げ隠れするのは納得が行かなかった。

 どうせなら自分の名前を戦場で叫んで派手に散れ! せっかくなら千年経っても震え上がるような名前の覚え方をされてみろ、と。

 先祖をことさら大事にしているわけでもないし『ウチはウチ』の精神で生きているが、釈然としない気持ちはどうしようもない。それはやがて心のしこりとなり、張遼を荒野に駆り立てた。

 だから数年前までは荒くれをたばねて野良駆けを繰り返したものだった。野盗のように人を襲うことはなかったが、とにかく遮二無二に暴走する日々だった。

 そこに現れたのが丁原である。

 当時はまだ小規模な部隊だけを率いている校尉だったはず。

 二十騎ほどで追跡してきたところを張遼は正面から迎え撃った。

「なんやぁおどれコラァ! 官軍がなんや! 舐めてんちゃうぞワレコラァ!」

 怒髪天を突く勢いで怒声を発し、張遼は騎馬のまま突っ込んでいった。

 面白いくらいにボコボコにされた。

 素手での戦いだったが、気持ちいいくらいに打ちのめされて晴れ晴れとするほどだった。

 仰向けのまま立ち上がれずにいた張遼は丁原に向かって言った。

「ウチも……ウチも強くなれる?」

 あの時の朗らかに笑った丁原の顔を覚えている。

 なれる、と丁原は言った。お前は私にそっくりだからと。

 それから張遼は并州軍に入隊し、あっという間に丁原の右腕にまでなった。二人で率いる騎馬隊は中華最強だと自負するほどに。

 しかしあれきり丁原の笑顔を見た記憶がない。

 結局、あの少年が来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラと輝く偃月刀の刃紋を眺めながら張遼はくそっ、と毒づいた。

 がらにもなく昔のことを思い出し、脈絡もなく自分の気持ちに気づいてしまう。

「あーなるほど。ウチもかわいいとこあるやん」

 嫉妬してたのだ。

 若くして家を飛び出した自分に家族との記憶はほとんどない。

 だから勝手に丁原を母のように思って、突如現れた本当の息子にやきもちを焼いている。

 我ながらちょっぴり可愛く、顔が赤くなるくらいにみっともない。

 今日はもうバッくれてしまおうか、などと伸びをした時だった。

「いるか」

 丁原が現れた。ぐいーっと背中を反っていたので丁原はまるで空からぶら下がっているように見える。

「ええんですか〜? 若いお弟子さん放っておいて〜」

「まっすぐ向け」

「あ〜い」

 お言葉に甘えて姿勢を戻すと首をバキバキと鳴らす。

「んで、なんぞご用で?」

「戦意が足りんのかと心配してな」

「戦意?」

「大きな戦を前に縮こまっていられては困る」

 張遼は笑った。見くびられたものだ。

 昨日初めて李岳を紹介され、打ち明けられた『三鍵の計』——それを聞いた時から熱くなって仕方なかった。刃を研いで自分を落ち着かせなければ今すぐにでも飛び出してしまいそうになるほどには。

 匈奴二十万との戦! それは図らずとも自分の先祖が残した汚点を雪ぐ戦にもなるはず。何より自分の人生にこれほどの大舞台が用意されることになろうとは。相手にとって不足なし。なれば、戦意が天を突くことはあっても不足することなどあるわけなかった。

「安心した」

「……考えてみたら刺史様がウチのことを誤解するとか、ンなわけあらへんわな。別の釘を刺しに来たと見た」

 張遼は嫌な予感を抱いた。

 例えば「何があっても自分の息子を死なせないでくれ」とか「いざとなったら逃がしてやってくれ」など。

 そして丁原は言った。

「時が来たな。証明する時が」

「……え?」

「本当に強くなったかどうか。それを確かめて来い」

 

 ——ウチも強くなれる?

 

 普段口下手なくせに、こういう時に火を付けるのはうまい。

 張遼は笑った。

「……今のウチが目指すんは天下最強の武人やで? 於夫羅ごときではちと物足らんわ!」

「ほう」

 おかげでせっかく手懐けようとしていた戦意がダダ漏れになる。於夫羅! 二十万の匈奴の騎馬隊を真っ二つに断ち割って貴様のもとにこの張遼は行くだろう。匈奴に百年の恐怖を植え付けに。早くその喉笛を噛みちぎってやりたい。

 すっかり火を付けられてしまった張遼は、そういえばと思いついたように聞いた。ひねくれものの天邪鬼は触れられなければ自分から触れたくなる。

「あの、李岳っちゅーガキは……并州の騎馬隊とちゃう。いざという時は」

「あれはここに戦いに来た」

 丁原は張遼に何も言わせなかった。戦いに来た。それだけでいいのだ、と。

 そのときいつも無骨な表情ばかりの丁原の横顔が、和らいでいた。

 張遼はふと気づく。丁原はきっとこれまでも、たびたびこういう風に笑っていたのだろう。ただ自分には見えていなかっただけ。強くなりたいと願うものを懸命に鍛え上げる最中、前しか見えなくなるほどに夢中になったものを微笑ましく眺めてきたのだろう。

 たまたま見つからなかっただけなのだ。きっとこの人は、

 だったら何も不満はない。あるわけがなかった。

 張遼はうきうきと自分の偃月刀を担ぎ上げ、その刃先を丁原に突きつけた。

「どうした」

「ふふふ」

 そして聞いた。きっと望む答えが戻ると張遼は確信していた。

「ウチの偃月刀見てもらいます? 朝から頑張って仕上げたんですけど」

 丁原はひときわ険しく表情をしかめて——ほんの少しだけ頬を緩めるという、彼女らしい満面の笑顔で答えた。

「いい刃紋だな、見事だ」

 最高の気分で戦場に出れるな、と張遼は大口を開けて笑った。

 だからきっと、李岳も生きて返してやることができるだろう。

 そしていつか、二人が親子であることを酒の肴に存分に楽しんでやる、と。

 

 

 

 

 




李岳伝サイドストーリーはいかがでしょうか?
下記、一応のイメージです。ご自由に。
張遼視点
第十七話 三鍵の計 後

李岳とかいうんが来てから丁原様がおかしい。
「いや親子やろアレ。なあ?」
「隊長。声がでけえっす。」
みたいな?

久しぶりに読んで衝撃だったんですが、1話でオカンは笑顔が絶えない人ってあって。
オカンは鉄面皮のイメージがあったので。
刺史やってる時は鉄面皮で。
再開してから人前で笑顔増えたとかなら。
張遼他軍団の皆さんにバレバレなレベルでニコニコしてたんですかね?

張遼視点で李岳合流前・合流後の丁原について所感をお願い致します。
お忙しい事と思います。
難しい場合はまた機会がある時で大丈夫です。
二巻楽しみにしております。

というわけで以上skebからのご依頼でした。ありがとうございます!
https://skeb.jp/@p_o_


そして今年も冬コミ受かりました! ので! 二巻目も出ます(最終締め切り前の追い込み段階)
カバーデザインも完了!

【挿絵表示】

今回の解説は「TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA」の佐遊樹先生だ!
ハーメルンではもちろん、コミカライズもよろしく頼むぜ。
https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

というわけでコミックマーケット103 二日目(12/31日曜日)東 X-13bでお待ちしております。
通販ページは変わらずこちら!
https://roukosya.booth.pm/items/4986024

よろしくお願いいたします。
末尾ですが師走の年の瀬、皆様お身体にはお気をつけくださいませ。



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