真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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第百十九話 戦意の業火は未だ静かに

 ――既に過ぎ去りし初夏の頃。

 

 李岳が失踪した当初、初めは誰もが最悪の想定を脳裏に浮かべた。刺客を放ってくる相手など数え切れないほどいるのだ。無残な知らせが届くのではないかと皆、気が気ではなくなり、同時に大きな混乱を避けるために大々的に布告することも出来ずに歯噛みした。

 その中で真っ先に取り乱したのは意外にも張燕であった。真っ青な顔色のまま永家の者の指揮を取り、自らも駆けずり回って足取りを追った。

 まさに草の根をわけてでも探すというほどの気迫だったが、その姿はあまりに痛々しく廖化が李岳に怒りを覚えるほど。気丈にも前を向いて冗談さえ飛ばし続けたが憔悴の色は隠しきれなかった。情報戦を一手に担っている自負の分だけ、己の不手際だという自責がまさった。実母である高順が慰めの言葉をかけていなければ、今頃倒れていてもおかしくなかっただろう。

 その高順もまた輪をかけて寡黙さが増し、祈るように目をつむって黙念する時間が増えた。張遼も平時と違って口数が減り、練兵と過激な自己研鑽に徹する日々を過ごした。

 以前と違って成長し、人前で動揺する姿をめったに見せなくなった董卓。しかし不意に茶器を取り落として呆然とする様子を見た者は幾人もいる。

 

 ――司馬懿もまた、沈思黙考の日々を過ごした。ただ余人と異なり、感情を捨て去り怜悧に徹する沈黙であった。

 

 司馬懿の認識では、李岳の影響力は政軍両面において正しく国家の支柱と言えた。陳留王を救い、皇帝の覚えめでたく、匈奴も従える護国の象徴……それが李岳が望もうと望むまいとに関わらず、多くの人が彼に向ける眼差しである。

 その李岳が一夜にして姿を消した。まさしく国家の一大事と言えた。董卓が丞相に就任し、国家の運営を舵取るようになり未だ月日は浅く、支柱である李岳がいないとなればどんな余波が生ずるか予想もできない。反乱の一角を担っていた荊州もいまだ完全に平定されたとは言えず、江夏では孫権が割拠し、長安回復も謀略の段階でしかなく未だ見通しは立っていない。

 当初、李岳の失踪は一見どうしたって謀略としか思えなかった……李岳の自室に大量の竹簡が発見されるその時までは。

 

 ――それは膨大な作戦案と政略案であった。

 

 今後陣営が取るべき方策と展望。袁紹と劉虞の行動予測から曹操との関わり方、孫権と袁術の動き、長安奪還作戦の骨子まで、微細に入り、李岳はこれからのことを書き連ねていた。

 端書きなどではない、これは参謀と政権への指示書なのである。

 李岳の書簡を巡って集まった丞相府の重鎮たち。事ここに至ってその場にいた者たち全員が理解した。李岳は自ら望んで出て行った。この書を残し、後はよろしくとばかりに。

 不可解さと、かすかな疑念が府内に流れた。嫌な沈黙は口に出すのも憚られる予想が口を突いて出ないようにする予防であった。迂闊な言葉が転がり出てしまう程、李岳の行動は不可解に満ちている。

 そんな時、あっけらかんと言ったのは呂布だった。

「解決したから寝る」

 ギョッとしたのは一人二人ではない。あくびまで噛み殺して呂布は寝室へと向かおうとしている。押し留めたのは張遼であった。

「ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっと待ちぃな! 恋、あんた、解決したってどういうことや!?」

 こいつは何を言ってるんだろう、という表情をあからさまに浮かべながら呂布は答える。

「冬至は自分で出て行った。冬至は戦うのが仕事。そして恋たちにも仕事を置いていった。それだけ」

「せやからって、うちらに黙って出ていったんか?」

「言いたくないこともある。言えないこともある」

 呂布の言葉のなんと自然体のこと。李岳は出て行ったが、それはやむなき事情があったからだという。体は離れても心はここに在る。呂布はそれを信じて微かに揺動さえしない。

「冬至は帰ってくる。いってきますって言ったから。そういうこと」

 その言葉に得心したわけではなかったが、任された職務に集中すべきという言葉に皆は納得する他なかった。いずれにしろ張燕を筆頭とした『永家』による捜索は続行されるのである。山積した難事に取り組む以外の選択肢を多くの者は持ち得なかった。

 

 ――それから本格的な夏が始まり、やがて冀州戦役の勃発の知らせが届く。緊張が高まる洛陽であったが、依然李岳の消息は(よう)として知れなかった。

 

 例年に比して雨の多い夏となった洛陽。

 季節外れの長雨は何も人の心を憂鬱にさせるだけではない。大地に降り注いだ雨はやがて河に注ぎ込み、幾億の雨滴を集めて巨大な流れとなる。それは時に人の営みの全てを流し尽くしてしまうことさえあった。

 今から百年以上を遡る永平十三年、王景によって実施された大規模で革命的な治水工事があったからこそ、この雨量でも河北は平静を保っていられる。長雨の度に水門をくまなく調べるのは労苦ではあるが、欠かしてはならない重要事項であるのは疑いの余地がなかった。

 

 ――その務めを忠実に実施した陳宮は、ようやく天幕に逃げ込むとぐっしょりと濡れた編み笠を脱いで体を震わせた。

 

「全く、やれやれなのです!」

 薄緑色の髪の毛をブルブル震わせ雨滴を弾き飛ばす。勢いよく飛び散ったしずくは目の前に立っていた呂布をびしゃりと濡らす。しかし怒る様子もなく、呂布もまた頭を振って水を飛ばした。

「……どう?」

「全く問題はありませんのです。いやー、ひと安心。間違いがあってはいけませんから」

 陳宮は満足げに頷くと、盛大なくしゃみを一つ放って着替えを続けた。本年より董卓を丞相として戴いた府が成立し、行政の多くもその直轄下で実施されることとなった。陳宮はそのうちで兵糧の管理と農業に関わる大部分の差配を任されるようになった。治水もその範疇である。

「でも、良かったのですか……恋殿も今や将軍なのですから、お忙しいはずなのに」

 雨音に耳を傾けたまま、ぼんやりと呂布は頷いた。董卓丞相府では多くの人材が貴賎なく登用された。その中で呂布は騎馬部隊を与る軍候の位を受けている。実戦部隊を統括する長には張遼が就いているため、第二位の高順に続く三位。もはや身軽な地位ではない。陳宮の査察に気まぐれで付き合うことは府の席を空にすることだ――陳宮自身にとっては呂布と出かけることはこの上ない喜びではあったが。

「ずる休みじゃないから」

「ず、ずる休みなどとは思ってないですぞ!? 心配しているだけなのです」

「今日も走った。雨中の行軍。百里」

 呆気にとられて陳宮はもう一度くしゃみを放った。

 何日で百里を進むというのか? まさか……他愛もなく言い放つ呂布をぼんやり眺めながら、呂布隊が記録する脱落者の数を思い出して納得した。志望者も多いが脱落者も多いのが呂布隊である。隊員は増やしても増やしても二千を超えない。しかし隊に残り続ける兵たちは、磨き抜かれた珠玉の如く練磨され、呂布を頂点とした最強の騎馬隊が作られようとしているのもまた事実だった。

 戦を好かない呂布。では何のために部隊を鍛えるのか……ただ一人のためだけに、であることを陳宮は知っていた。

「恋殿……」

「……ん? 来る?」

 呂布の手招きに喜び、陳宮はその懐に飛び込んだ。呂布とは不思議なくらいに気があった。陳宮は呂布が好きだった。着替え終わった陳宮を褒めるようにクシャクシャと頭をかき混ぜる手も優しい。

 陳宮は思う。良くはないが、良かったと。一時期は声をかけることすら躊躇われるほどだった。こうして外出できるようになったことは、十分な回復の証左なのである。

 

 ――李岳が姿を消してひと夏が終わろうとしている。

 

 謎ばかり残して未だ解決の糸口さえない。皆が皆、憶測の中で考えを巡らせたが答えは出ない。ただ一つはっきりしていることは、李岳が自らの足で洛陽を後にしたということだけだった。

 李岳の失踪は未だ丞相府内だけで隠され続けている。皇帝さえ知らない。戦線を共有してきた幕僚たちが、不安を催す現実から目を逸らすように仕事に没頭している。

「早く、止めばいいのに」

 呂布が呟く。雨のことを言ったのだと陳宮にも察しはついている。しかし他の意味に思えて仕方がなかった。呂布の豊かな胸から伝わるか細い鼓動に耳を傾けていると、やがてただならぬ怒りがこみ上げ陳宮は立ち上がった。

「恋殿! ご安心されるが良いのです、冬至殿が戻ったら二度と勝手に出て行けぬようこの音々音が! 十分な制裁を与えてやるのです! 陳宮左拳でガツンと一発、陳宮右脚下段蹴りで対角線から体勢を崩し、新必殺技である宇宙竜巻陳宮投げで叩きつけた後、走り込み式陳宮真空飛び膝蹴りで冬至殿はもう二度と立ち上がることが出来ないでしょう! 光り輝くこの魔の膝で虹を描いて見せるのです!」

 ッシャオラー! とグッと握り込んだ拳を天に突き上げる陳宮。その仕草に思わず笑いをこぼしてしまう呂布。姉のように思える呂布の笑顔が嬉しくて陳宮も笑った。が、耐え難くなって涙も出た。優しく抱きしめてくれる呂布の懐の中で陳宮は思う――バカバカ、冬至殿はバカなのです! 恋殿もねねも、とっても心配しているのですよ? だからさっさと帰ってくるが良いのです。走り込み式陳宮真空飛び膝蹴りは尋常ではない威力、喰らえば冬至殿はもう二度と勝手に自分の家を出て行くことはできなくなるのですから――

 

 雨音の中で二人はやがて眠りについた。記憶は残らなかったが垣間見た夢は朴念仁の少年との日々だった。

 そして奇しくもこの半日後、洛陽から南に出向いていた二人のもとに急報が届く。李岳発見の知らせであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 董卓、賈駆、司馬懿、張遼、高順、張燕、廖化、そして遅れて馳せ参じた呂布と陳宮。集まった場所は主人を失った邸である。

「みんな揃ったね?」

 着座せず、壁を背にしたまま張燕が言う。徐庶は荊州に備えて未だ兵を率いて江陵である。

 いつもは息を吸うように冗談を口にする張燕が、単刀直入に切り出した。

「李岳の坊やが見つかった、恐らくね」

 にわかに浮足立った面々を抑え、張燕は続けた。

「少し判断のいる話でね……まず賈駆のお嬢ちゃん、公孫賛軍の動きについて説明しておくれよ」

 賈駆が立ち上がり大きく張り出された地図の前で話し始めた。李岳不在の際は賈駆が張燕の上位として情報戦の責任を担う。ここで話される内容の全てを、当然事前に耳にしている。

 その賈駆の表情は、悲喜のはっきりしない曖昧なものだった。

「かいつまんで言うわね……公孫賛は夏の初めに南下作戦を決行。初戦は冀州の高陽を守っていた張郃だった。これを鎧袖一触で撃破し制圧。張郃は降伏して公孫賛はこれを()れたわ。この時点で袁紹軍は本隊を動かすけれど、それを(かわ)すように東に転進。第二の都市の南皮を攻略。青州から突出してきた黄巾の大軍を奇策で殲滅。南皮を掌握した後に再び機動戦を展開し、青州の平原城を攻略した。公孫賛軍はいよいよ袁紹の本丸である魏郡に突入しようとしている。いえ、今頃はもう動き出しているかもしれないわね」

 書き込まれる公孫賛の足跡に思わず息を呑む面々。その大胆で縦横無尽な軍略は『北方の雄』の名が決して看板倒れではないことを示している。

 だがそれは期待した話ではない。得物である偃月刀の柄で床を叩き、いらだちを隠さずに張遼が叫ぶ。

「ほ、ん、で!? 公孫賛軍の動きなんかどうでもええねん! 冬至の行方を聞きにきたんや、うちらは!」

 答えようと口を開きかけた賈駆に先んじて張燕が答えた。

「姓は徐、名は原。公孫賛軍の配下にその名を確認した。これまで一度も出てこなかった人物さ」

 ここに居る者たちだけにわかるその名前の意味。

 終始黙念していた高順が目を見開き言う。

「義妹の姓と実母の旧名、というのが推理の根拠か? 紅梅」

「急かすな、桂……確証はないけれど、これは総合的な判断なのよ。ただアタシと賈駆の嬢ちゃんは十中八九、この『徐原』が坊やだと踏んでいる」

「根拠を」

 司馬懿がひどく冷めた口調で促した。賈駆が再び口を開く。

「まず第一にこの大胆な軍略ね。公孫賛の発想のものとは思えない。公孫賛軍虎の子の白馬義従は確かに強力だけれど、それはあくまで戦場における突破力に過ぎなかった。公孫賛が冀州戦で展開している機動戦はそれまでとは異質な……大局的な軍略に依るものよ」

「公孫賛が急に賢くなった、という可能性もあるのではないのですか?」

 はいはいっ! と挙手して言う陳宮に賈駆は肯定の頷きを返す。

「公孫賛自身が急に賢くなる可能性はほとんどないとして、公孫賛軍は戦の前に劉備軍を吸収している。劉備軍が袁紹から寝返ったのね。理由は定かではないけれど、それが開戦の契機かも知れない……わかるわね?」

「臥龍と鳳雛の賢者二名が公孫賛軍に加わっている、ということですね」

 余人の思考の(いとま)など蛇足、とばかりに司馬懿が回答して先を促す。

「そう……だからこの機動戦略を諸葛亮と鳳統の二名が発案し、公孫賛が採用したという可能性は十分にある。だからこれは断定要因ではなく、あくまで推定要因の一つ」

 賈駆が先を急ぐように指を冀州から南の兗州に動かした。

「曹操から離反した張貘が濮陽で敗北した。曹操は張貘と張超を殺し、濮陽の民に虐殺を敢行した後に街そのものを破壊したわ」

「それは……」

「恐らく事実ではない。曹操は叛乱の首魁である張貘と張超は殺したけれど、民草は陳留に移住させたに過ぎない。二度と反旗が翻らないよう恐怖を利用しようとしたのね」

「濮陽には黒山の者が入っており、確かな情報が届いております」

 廖化が言う。曹操の勝利については不確かな情報としては洛陽には届いていた。永家の者からの知らせではあれば、確定と判断できる。しかしそれがどうして李岳の行方に関係するというのか――賈駆は続ける。

「問題は曹操が勝ったということ。張貘が寝返った時点では曹操の勝機はほとんどなかった。兗州東部と徐州で再起を図る他に生き延びる道はありえなかった――でも勝った」

 もはや皆に促すことなく、賈駆は興奮したように指と口を動かす。

「青州方面に展開していた夏侯惇、夏侯淵の部隊を急遽兗州に呼び戻したことが勝因ね……いえ、呼び戻すことが出来るようになったことが勝因、と言い換えるわ。そして予期せぬ方面から奇襲を受けた張超軍は潰走し、濮陽も程なく陥落することになったのよ」

 賈駆の言葉は迂遠であり、張遼の苛立ちをいや増すには十分すぎた。

「詠! どこがかいつまんでやねん! はっきり言え! 公孫賛強い、曹操すごい、しか言うてへんやんけ! そんなもんはな、どうでも良くなくはないねんけどな、今はどうでもええねん!」

「だからっ! その曹操の動きを助けるために公孫賛軍はわざわざ南皮を攻略して青州黄巾軍を潰したってことよ! 公孫賛や劉備に曹操の軍略まで想像して動ける力があると思う!?」

 とうとう怒り、まくし立てた賈駆。さらに張遼に歩み寄りながら詰問するように続けた。

「この天下で曹孟徳を最も警戒し、恐れ、知り尽くそうとしていたのは李信達に他ならない! 曹操の挙動を読み切って冬至は――いえ、徐原は青州を攻めた。そして曹操は不利な形勢を逆転して濮陽を回復し、袁紹の本拠地に向けて続けて派兵さえ可能になった。袁紹は兵の半数を南に割かなくてはならなくなったのよ」

 袁紹の本拠地に向けて進軍を試みる勢力が東と南から計二つ。それはかつて洛陽で李岳が謳った戦略の面影を伝えた。

「公孫賛軍だけでは袁紹軍には兵力で圧倒的に劣る。曹操軍が圧力をかけることによって勝ちの目が出てきた、というわけか」

 高順の言葉に頷き、司馬懿が続けた。

「……そして、それは冬至様の当初からの構想でもあります」

 幽州の公孫賛、兗州の曹操、河南は洛陽からの李岳。その三位一体の包囲網が対袁紹への戦略の骨子だと語ったのは李岳である。その壮大な軍略を誰も忘れていない。そしてそれを実行せぬまま李岳は姿を消し、代わりに突如と現れた徐原と名乗る者が公孫賛軍の元で包囲網作戦の一部を実行している。

 

 ――なるほど確かに、というような微かな雰囲気が場に満ちた。世の常識や人の思惑を超えたような動きは李岳の得意とするところ。公孫賛軍の動き方はいかにも彼がやりそうなこと。徐原という偽名も洛陽に向けた符牒ではないか……

 

「全て推測だな」

 場に流れた緩やかな期待を、断ち切るように言ったのは実母である高順。

「同様のことを諸葛孔明や鳳士元が思いついたとて不思議ではないだろう。偶然ということも在り得る。敵の領内に侵入して最も重要なことは補給線の確保だ、南皮にそれを求めたとて不自然でも何でもない」

「……確かに」

「だが、信じるのだな?」

「信じたいのです」

 賈駆の力強い目に、高順は頷きを返した。

「丞相、どうされる?」

「……」

 高順は董卓を指して判断を仰いだ。高順は幼い少女を席を与えられただけの者だとは侮らない。上位には上位に求められる能力と責任がある。能力は陣営が補うとして、責任だけは助けられない。決断することこそが責任者の逃れられない責務だ。

 そして彼女は李岳が選んだ人物でもある。その目を疑いたくなかった。

 話を振られた董卓が俯いていた目線を上げた。李岳のために新調した邸、その食卓を囲むように居並んだ幕僚たちが、主を失った空間で不安げな瞳を董卓に向けた。一同の視線を受け止めながら、董卓はか細く、ただたどしく、しかし確かな意志を込めて言った。

「えっ、あの……私は……冬至くんがなぜ洛陽を去ったのか、わからないんですけど……でも多分なんですけど、私が思うのは……冬至くんは戦うために出て行ったんじゃないかということで……」

 だから、あの――皆、董卓の言葉を待った。この少女の奮闘を知らない者はいない。口調や仕草だけで侮る者などこの中に一人とていない。

「……助けに行きましょう。私は、冬至くんだと思います」

 

 ――真っ先に立ち上がったのは司馬懿であった。

 

「丞相閣下、ご決断お見事でございます!」

 長身から流れる長い髪が、振り向きざまにたおやかに広がる。『あの日』から宿ったこの胸の決意、灯った炎は強まりはすれ、一度たりとて消えたりはしなかった。司馬懿は疑わない。司馬懿は信じ、この日を待っていた。

 叡智の牙を煌めかせるように司馬懿は続ける。

「冬至様は、勝つ、と言われました。己が己のまま、戦い、勝つと。ですから冬至様は何も変わっていません。徐原という者がそうであるのかは定かではありませんが、董丞相のおおせの通り、この中華で最も激戦の渦中に向かっていったことに疑いの余地はありません」

「ぃよっしゃあ! 決まりや! ねね、兵糧出せるだけ出せ! 騎馬隊はいつでも出動可能や!」

「応なのです!」

「長安と荊州の問題もある。出せる兵は少ない。一万が精々よ、霞」

「寝かしておくよりマシやろがい!」

 実際は捻出可能な兵など一兵たりともない。賈駆の不器用な心意気は、しかし幕僚の皆が理解していた。

 編成はその場で作成され認可された。張遼、高順、呂布、軍参謀に司馬懿。率いるは三将が磨き上げた騎馬隊一万のみ。冀州で起こるであろう袁紹軍と公孫賛軍の決戦に割って入り、問答無用に横車を押す。

 気を揉み鬱屈した日々の全てを発散させるのだと意気込む面々の中で、ただ一人呂布だけが一言も発さなかった。

 しかし陳宮だけは見もせずに感じていた。右肩から恐ろしくなるほどの熱が伝わってくることを。

 呂布は無表情のまま耐えていた。心の中に着火した爆炎が飛び出さないように。




まさかのテーマ曲第二弾を頂いて作者は今生の幸運を使い果たした心持ちです。

真・恋姫†無双〜李岳伝〜 李岳のテーマ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm32142830


( TДT)ありがとうございます!

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