SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 執筆して初めてわかる。速筆作家さんがいかに偉大なのか。
 ふぁもにかはこの期に及んでいまだにブラインドタッチができない子なのでその素晴らしさが一層よくわかります。
 P.S.感想をくれた方、お気に入ってくれた方、評価をくれた方、ありがとうございます。しかし総合評価の基準がわからないという……


救いの手

 知らない天井だ。ありがちだがキリトは素直にそう思った。

 おもむろに体を起こす。そこで初めて自分が質素なベッドに寝かされていた事実を知った。尤も、あくまで質素なベッドの体を成しているだけの寝床なのでふわふわベッドなどとは程遠い質感なのだが。

 キリトは周囲を一瞥する。質素としか表現のしようがない照明、本棚、いかにも木製な雰囲気ただよう壁、向かいに存在するベッド二号、バンダナを巻いたおっさん。

 

(ここ……どこだ?)

 念のためもう一度部屋の配置を確認して、疑問を浮かべる。目の錯覚あるいは幻覚を期待した上での確認作業だったがどうやら眼前の光景は真実のようだ。頬を割と本気でつねって痛みを感じなかったのでこれは夢だと思い込もうとするがすぐにこの世界において痛みという概念が制限されている事実を想起して止める。現実逃避、よくないとキリトは首を振る。

 そもそも自分は広場のど真ん中で眠りに就いていたはずだ。本来なら現実世界の酔いつぶれた中年男性を彷彿とさせる迷惑極まりない行為であるが、あの混沌が混沌を呼ぶ広場だ。倒れ伏す障害物など誰も気に留めないだろうと自身を正当化するキリト。その最中でもバンダナのおっさんから目をそらすことはない。おそらくキリトの現状をもたらした張本人または関係者だからだ。

 

(こいつは誰だ? 何が目的だ?)

 全身を穴が開くほど見つめる。おっさんがなぜベッド二号を使わずに床に寝そべっているのかなんてどうでもいい。気持ち悪い笑みで「カンナちゅわあ~ん♡」などと床に何度も口づけしている誰も得しない映像などさらにどうでもいい。ただ自分はここまで落ちぶれていないと認識するだけだ。余談だが『カンナちゃん』とは現実世界での某美少女超能力バトルアニメの敵キャラもといドジっ娘である。

 それはさておき、問題はこの二次元にドップリ浸かっているであろう痛いおっさんの意図だ。なぜ俺をここに寝かせたのか。行為だけ考慮すればこのおっさんは完全に善人である。この世界がデスゲームと化し誰もが自分のことで精一杯の中、他者に手を差し伸べたのだから。だが安心はできない。助けた見返りとして理不尽な要求をするかもしれない。いや確実にするだろう。こんな旨い話なんてあるはずがない。

フレンジーボアとの戦闘で希望的観測ができなくなったキリトの頭が結論を下す。キリトは音を立てずに部屋から立ち去ろうとする。善人なのか善人の皮を被った悪人なのか判別のつかないおっさんを起こさないように。

 

「ふぅ、やっと全員見つかったぜぇ。留守番ごくろうさんっと」

誰かの安堵のため息とともにキリトの前方の扉が開く。しまった、仲間がいたかとキリトは自身の想定の甘さに舌打ちをしたい衝動に駆られる。もっと早くに行動していればという後悔。同時にどこか聞き覚えのある声にキリトは首を傾げる。

 そうして開かれた扉の先。彼はいた。

 

「「――ぁ」」

 相変わらずの野武士面で。変わらない格好で。床で寝そべる謎のおっさんとはまた違うバンダナ姿で。後ろに小太りのおっさんと頬の痩せこけたおっさんを率いて。己の利益を求めて切り捨てた青年――クライン――の姿を捉えて、キリトは硬直する。それはクラインも同様のようで二人して硬直する。石像をも凌駕する硬直っぷりだ。まさに石のようだ。

 

「キリトッ!!」

 沈黙が場を支配する中、最初に声をあげたのはクラインだった。あまりの大声にキリトがビクッと体を震わせる。その間にクラインはキリトに駆け寄りその華奢な両肩を力加減を無視してわしづかむ。その際にクラインに顔面を踏みつけられ悶絶するバンダナ二号がいたことを明記しておく。

 

「ちょっ、クライン!?」

「キリト! キリト!!」

「おい落ち着けクライン! つーか放せ目が回る!」

 何度もキリトの名を叫びながらキリトを前後左右に力の限り揺さぶるクライン。回る視界を正そうと声を荒らげるが、クラインの半ば悲鳴に近い声にかき消される。至近距離で叫んでいるためキリトの耳にもよろしくない。助けを求めてクラインの知り合いであろうおっさん達に目を向ける。だがクラインの奇行に困惑するおっさん二人と顔を両手で覆ってうめくおっさん一人がいるだけだ。クラインの暴走を止められる救世主はいない。揺れを増す視界の中、キリトは絶望した。結果キリトはクラインに身を委ねることを余儀なくされた。

 ……クラインが落ち着くまで実に30分もの時間を要した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クラインが落ち着きを取り戻した後、キリト達は互いに現状を共有することにした。

 キリトと分かれ、なんとか宿を二部屋確保したクラインは仲間の捜索を開始。一時間かけてやっとバンダナ二号を発見し、ひとまず宿の場所を確認させるために引き返す最中に残りHPが数ドットのキリトを見つけたらしい。

HPゲージが赤色に突入した状態でうつ伏せで倒れる少年の存在に一際パニックに陥る周囲。クラインは人ごみをかき分けてキリトを回収し宿へ直行。初期アイテムの回復結晶でHPゲージを緑色に戻すとバンダナ二号にキリトを託して残りの仲間を捜索。3時間かけてようやく残りの二人を見つけ宿へと先導。そこでキリトと対峙し今に至るという経緯のようだ。

つまり、目の前のひげ付きバンダナ二号は紛れもない善人ということである。キリトは心の奥底で謝罪した。「てめぇクラインなに人の頭踏んづけてんだよコノヤロー!」とクラインに掴みかかってくれたことでクラインの拘束から逃れられたことへの感謝の念も込めておく。そのせいで場の空気が混沌と化しクラインが落ち着くのに時間がかかったという事実にはちゃっかり気づいていない。

 

「それで、なんでキリトはあんな所で倒れてたんだ? ……教えてくれ。何があった?」

 一通り自らの事情を話して一息つくと、クラインが尋ねてくる。クラインを初めとする計8つの真摯な眼差し。自己紹介の際にクラインがキリトを散々に持ち上げあることないこと言いまくった影響か、残り三人のおっさんの目にはキリトへの疑念が一切感じられない。いつか騙されて何の変哲もない壺を100万程度で買わされるのではないかとキリトは心配になった。単にクラインへの信頼の証なだけかもしれないが。

 ともかく助けてもらった恩があるのでキリトはすべてを包み隠さず話すことにした。そもそも助けてもらわなくともクラインには警告のメッセージを飛ばすつもりだったが。

 

 キリトは話した。広場を出て早速フレンジーボアと対峙したこと。そのフレンジーボアが常軌を逸していたこと。命からがらなんとか倒すもすぐさま別のフレンジーボアに目をつけられたこと。必死に逃げ帰ったこと。

 

「なにがどーなってんだ、こりゃあ……」

「分からない。あのフレンジーボアだけが異常に強いだけなのか。それともどのフレンジーボアも同じくらい強いのか。正直言って情報が足りない……けど」

「けど?」

「あんまり楽観的に考えない方がいいと思う」

 

 キリトの話に困惑する見た目おっさんな四名に自分の考察を告げる。根拠はβテスト時及びデスゲーム開始前のフレンジーボアとデスゲーム開始後のフレンジーボアとの特徴の齟齬である。

 あの時キリトはフレンジーボアに恐怖した。いや威圧された。させられた。βテスターとしてVRMMOを始めた当初もリアルな身体感覚ゆえか、フレンジーボアと初めて対峙した時も確かに恐怖を感じた。いくら痛みが制限されていようとも、明確な敵意を持って向かってくる相手に怯えざるをえなかったのだ。

 だが今回はその比ではなかった。もちろんこの世界がゲームオーバー=死となったこともある。しかしそれでも。キリトはあの時の戦闘を思い出し違和感を感じていた。あの草原地帯において自身の奥底に眠る恐怖を無理やり引きずり出されたような、そんな違和感。

 己の感覚を信じるならばある可能性が浮上する。すなわちフレンジーボアが何らかのスキル、例えば『威圧』といったスキルを有している可能性だ。ソードスキルは何もプレイヤーだけの特権ではない。だからといってアインクラッド一層の最弱モンスターがスキルを使えるなど本来ならあり得ない。だがもうこの世界に今までの常識は通用しないと考えるキリトにとってその可能性は十分にあり得るものだった。

 

「じゃあ俺はもう行くよ」

「へ?」

「ありがとな。今回は世話になったけど……今度こそお別れだ、クライン」

 

 キリトは自身に使ってくれたであろう回復結晶二つをクラインに握らせると足早に部屋を去ろうとする。もしもクラインが困っている事態に遭遇したら絶対に助けると心に決めて。厄介なスキルを持ち合わせているだろうフレンジーボアとの戦闘をシュミレートしながら歩く。その歩みをクラインに止められた。

 

「……何だよ」

「待てってキリト。今回ばかりはお前さんを行かせるわけにはいかない」

「放せよクライン」

「いいから、一旦俺の話を聞いてくれ」

 

 手首をつかむクラインの手を振り払おうとする。だがクラインの強い握力によって元いたベッドに座らされてしまう。キリトは抗議しようとしたが逆にクラインの真剣な眼差しに押し黙る。その眼差しにキリトへの思いやりが多分につまっていることを確かに感じたからだ。キリトはクラインを見つめ返す。互いに視線を交錯させること十数秒。

 

「キリト。おめぇ……大丈夫なのか?」

「ああ。クラインのおかげでHPゲージも一杯だし――」

「そこじゃねえよ。お前さん、死にかけたんだぞ? 生き残ってくれたから良かったものの一歩間違えたら確実に死んでた。体は大丈夫でも、HPゲージが満タンでも、心は大丈夫なのか? なにもトラウマ負ってないって言えるのか? もう一回フレンジーボアと会って平気でいられるのか?」

「んなもん大丈夫に決まって――」

 

 クラインに心配かけまいと軽い口調で答えようとして、できなかった。クラインの問いかけからフレンジーボアとの再戦を想像したのだ。ちゃんと対策をたてて、アイテムを揃えて、錯綜するであろう情報をかき集めて精査して、初期アイテムとなけなしの所持金で万全の準備を整えて、フレンジーボアに立ち向かう自分の姿を。あらゆる事態を想定し油断の欠片も存在しない自分。負けてDEADENDとなる要素なんて存在しない。たかがフレンジーボアごとき、何も問題ない。そのはずなのに。

 

「ぁれ? おっかしいな。なんで震えてんだ、俺……」

 キリトは震えていた。思わず吐き出した疑問の声も震えていた。落ち着かせようとして両手を握りしめ歯噛みをするも、全く効果を発揮してくれない。「だろうと思ったぜ」というクラインの声が頭に入ってこない。心なしか涙を流している気がする。

 

「なあキリト。しばらく俺達と一緒に行動しないか?」

「……へ?」

「もちろんお前さんなら皆大歓迎だ。まぁ俺含め、どいつもこいつも華のある連中とはとても言えないが」

 

 ガクガクと震えるキリトの手を包み込むように掴み、クラインが提案を持ちかける。予想をはるかに超えた展開に思考停止するキリト。彼をよそに見た目おっさんな善人三人衆が「おうよ。お前いい奴だしな」「仲良くやろうぜ少年」「よろしくなキリト」と次々に答える。因みに今までは空気を読んだのか、ほとんど喋っていない。

そのまま彼らは「女装させたら紅一点になってくれそうだよな。つーか華がないってなんだよ。見えないのかクライン、俺のこの神々しい天然パーマが」「天然パーマ? ブロッコリーじゃなくて?」「実験に失敗して爆発したんじゃなかったのか?」「神々しい所か神に見捨てられた結果だよな」「……」と漫才を繰り広げる。先ほどまでのシリアス極まりない空気に耐えられなかったのだろう。順番は小太り天然パーマ男→クライン→頬の痩せこけた男→バンダナ二号→小太り天然パーマ男である。

自慢の天然パーマを貶められた小太りのおっさんは部屋の隅にのそのそと移動し膝を抱えてふてくされる。「どうせ俺なんて……俺なんて……」と皆にギリギリ聞こえる音量で呟く辺りがなんともいやらしい。

 

 暗い雰囲気を積極的に醸し出す小太りの男を華麗にスルーしてキリトは考える。クラインの提案は魅力的だ。今にも飛びつきたいぐらいに。今の自分の状態ではフレンジーボアと対峙するどころかフィールドにすらまともに立てないかもしれない。今の時点でキリトにとってクライン一行は足手まとい所か救いの手に他ならない存在だ。彼らと行動をともにすることはあてにならないβテスト時の情報を信じて突き進むよりははるかに得策だ。

 だからこそ躊躇する。クライン達は皆いい人だ。今までの言動からよく分かる。一緒にいてさっきのような冗談の言い合いができるような仲になれば楽しいことこの上ないだろう。

だが、楽しいと思ってしまっていいのか? そう思ったら、思ってしまったら、俺は動けなくなってしまうのではないか? 戦えなくなってしまうのではないか? 俺が皆のお荷物になってしまうのではないか?

 

「でも、俺は……」

「なにもずっとパーティを組む必要はない。最低限今のお前さんのトラウマが克服できるまでだ。そこから先どうしたいかはその時お前さんが決めればいい。ただ今のお前さんを一人フィールドに放り出すわけにはいかない。それだけだ」

 「どうだ?」とクラインはスッと右手を差し出してくる。キリトは何度かためらってクラインを見上げる。クラインが力強く頷いたのを見て、キリトはその手を掴む。キリトがクラインパーティの仲間入りを果たした瞬間であった。

 

「いよっし! それじゃあ改めてよろしくな、キリト先生!」

「ちょっいきなり肩組むなよ。つーかなんだよ『先生』って」

「そりゃあ決まってるだろう。的確な指導で分かりやすくソードスキルのなんたるかを教えてくれたんだ。これを『先生』と呼ばずになんと呼ぶ!?」

「いや普通にキリトでいいって。『先生』ってなんか恥ずかしいだろ?」

「じゃあ『頭』? 『組長』? それともここは『ボス』の方が――」

「いやだからキリトでいいって! そんな大げさなもんつけんな!」

「じゃあ『キリト先生』でOKだな」

「NGだ! さっき『先生』もお断りだって――」

「「「「――キリト先生ッ!!」」」」

「……」

 

 キリトは自身の呼ばれ方をなんとか『キリト』に修正しようと試みるも見た目おっさん四天王の息ぴったりな連携を前に敗退する。さっきまでふたくされていた小太りの男もちゃっかり復帰している。皆から当たり前のごとくスルーされる中、再起の機会を模索する彼がこの絶好の機会を逃すはずがなかった。当然の結果である。

 キリトはしぶしぶこの呼ばれ方を肯定した。言葉に詰まって無言を貫いた所、「やっぱ『閣下』の方がいいんじゃないか?」とか「いやいやここは『皇子』だろ」とかヒソヒソ話し合う四人の声が聞こえたからだ。これもキリトにギリギリ聞こえる音量で話し合う辺りがなんともいやらしい。

 かくしてキリトは『先生』と呼ばれつつ彼らと行動をともにするのであった――

 

 




 キリト君はクラインパーティの一員となった。
 まぁここの世界観はプレイヤー諸君に容赦が一切ないからせめてこういう展開はあってもいいと思うんだ。クラインマジいい人。
 てことで次回は割と時間軸が飛びます。割と原作キャラが登場する予定なのでお楽しみに。

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