SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 お久しぶりです。ふぁもにかです。案外早めにネタが浮かんだので晴れて更新することとなりました。最低でも3か月はかかると推測していたんですけどね。しっかしヤンマーニでお馴染みのあの歌を聞いている時にこの話をふと夢想&構築するとか相変わらず私の脳内回路は理解不能ですね。はい。……とりあえず最後に一言だけ言っておきましょう。ありがとうヤンマーニ。君のおかげでここまで来れたよ。


勇者様の為ならば

 彼の一日は午前3時から始まる。

 他のプレイヤーが寝静まる中、彼は単身で夜の25層を駆ける。決して彼は自殺志願者ではない。常にボス攻略し隊の中心で輝く勇者キリトに追いつきたい一心なだけなのだ。自分よりもはるかに年下でありながら誰よりも強く気高く美しい勇者キリトと同じ境地に立ちたいだけなのだ。彼はいつの間にか自身を取り囲むカマキリを2メートル強に巨大化させたモンスター3体に気づき笑みを浮かべる。普通ならばこの絶望的な状況下で笑うなどあり得ない。眼前のカマキリ型モンスターは一撃の威力こそあまり高くはないものの二本の鎌による止めどない連撃が特徴的だ。ソロプレイヤーたる彼が一度でも鎌の攻撃を喰らってしまえば立て直すのは容易ではない。まして夜という時間帯によってただでさえ強く厄介なカマキリ3体がさらに凶化されているのだ。ここで笑うなど正気の沙汰ではない。

 

「……勇者様ならばこの程度軽く切り抜けられる」

 誰もが手遅れになる前に転移結晶で圏内に転移しようと即座に行動するであろう中で彼は脳裏に勇者キリトが眼前のカマキリ3体を瞬殺する映像を浮かべてニタァと笑みを深くする。ちなみに現時点のキリト(レベル275)が彼と同じ状況下に陥れば即座に逃げの一手を選択する。瞬殺などできるはずがない。夢の中の夢だ。ここから彼の脳内の勇者キリト像がどれだけ誇大化されているかが伺えるのと同時に一人でカマキリ3体と対峙することがどれだけ無茶なのかが伺えるものである。

 

「――フッ」

 彼は颯爽と活躍する勇者キリトを想起したことで高ぶる心を息を吐いて落ち着かせる。そのままスッと目を閉じて精神統一にかかる。興奮して判断力が一瞬でも鈍ってしまえば殺されてしまう。勇者キリトに追いつけなくなる。彼にとっての恐怖は殺されて消滅することではない。勇者キリトに追いつく所か勇者キリトの背中が今以上に遠くなることだ。彼は開眼すると両手剣を構えて凶笑を形作る。子供だけでなく大人までもトラウマになってしまいそうなほどに凶悪な悪魔の笑みだ。心なしかカマキリ陣も腰が引けているように見える。かくして彼、クラディール(レベル248)とカマキリ3体との命をかけた剣舞が幕を開けるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午前8時。カマキリ3体を何とか撃退したクラディールは18層にあるリズベット武具店(仮)に向かっている。(仮)なのは店主たるリズベットが店の外装や立地等をそれほど気に入っていなくいい場所を見つけ次第即座に引っ越す所存でいるからだ。そんな事情を露ほども知らないクラディールは(仮)など取ってしまえばいいのになぜ(仮)なんだと不可解さに首を傾げることしかできない。例えクラディールがリズベットの店へのこだわりを知った所で大して興味を抱くことはないだろうが。無理もない。何せ彼の脳内フォルダは勇者キリトで9割を埋め尽くされているのだから。勇者キリトグッツなどが販売されたら全財産を余すことなくつぎ込むだろうことは目に見えている。

 

「「リズベット武具店へようこそ!」」

 リズベット武具店(仮)の扉を開けて中に入ると二人の男女が元気よくクラディールを迎える。その内の一人、藍色のゆるやかな髪を背中まで伸ばした少女――ヨルコ――がクラディールの姿を捉えると「あ、クラディールさん」と柔和な笑みを浮かべる。どうやらヨルコはリズベット武具店(仮)の常連と化しているクラディールの顔をしっかりと覚えていたようだ。それはもう一人の黒髪短髪の男――カインズ――も同様らしく「今日はどのようなご用件ですか? クラディールさん」と親しげに声をかけてくる。

 

「武器の強化を頼みたい」

「わかりました。奥へどうぞ」

 番号札を渡すとカインズはクラディールを奥の作業場へと先導する。ここの所リズベット武具店(仮)は繁盛している。大繁盛と言っていい。

 きっかけは閃光のアスベルことアスナが鍛冶スキルのみをひたすらに鍛えていたリズベットと出会ったことである。リズベット渾身の出来映えたる細剣をアスナが機能面や見た目で気に入り勇者キリト一行にリズベットの素晴らしさを力説。アスナの仲介でリズベットと知り合ったキリトやヒースクリフ等もリズベットの作品を凄い凄いと称賛し、事あるごとに足しげくリズベット武具店(仮)を訪れたことで『勇者キリト一行の行きつけのお店』として瞬く間にリズベット武具店(仮)の知名度が上がったのだ。行列ができることが当たり前と化すほどの人気を獲得したリズベット武具店(仮)。店主たるリズベットが番号札制度を取り入れ度々ギルド『黄金林檎』のメンバーにプレイヤーの応対を依頼するのは当然の帰結と言えた。

 

「リズベットさん。お客さんですよ」

「ん? あ、クラディールじゃない。今日はどうしたの?」

 作業場で片手剣を研磨していたベイビーピンクの髪に青い瞳をした少女――リズベット――はカインズの呼びかけに応じてクラディールの元へとトテトテとやってくる。その容姿は赤いワンピースに白いドレスエプロンと中々に似合っている。アスナ考案のイメチェンが功を奏した結果である。当初リズベットはなんでアスベル(男)に上から目線でアドバイスされなきゃいけないのよと不機嫌を顕わにしていたのは余談の話だ。

 

「これの強化を頼みたい。鉱石は集めるだけ集めたから使えるものを使ってほしい」

「りょーかい――って、これ全部あんたが集めたの!? レアなのも結構あるじゃない!? これ全部売ったら一軒家も買えるんじゃないの!?」

「そうだろうな。だが家を買うくらいなら装備を充実させる方がいい」

「……相変わらず無茶なレベル上げしてるのね」

「当然だ。勇者様に追いつくためにはこの程度では――」

「あー。いいから。あんたにキリトさんの話させると日が暮れちゃうわ」

 カインズが接客のためにヨルコの元に戻ったのを見計らってクラディールがアイテムストレージからありったけの鉱石を取りだして床にばらまくとリズベットは鉱石の多さと希少性に目の色を変える。クラディールの実態を粗方把握しているリズベットはふとクラディールの命を憂慮するもそこは地雷が原であった。

 童心に戻ったかのように目を輝かせ拳を握りしめ破壊力抜群の喜色満面の笑みを浮かべて勇者キリトがいかに素晴らしいかを力説しようとするクラディールをリズベットはその話は聞きたくないと首を振ってクラディールの言葉を封じにかかる。ちなみにカインズが早めに接客に戻ったのはクラディールによる勇者キリト絶賛からあらかじめ退散する狙いがあってのことだ。カインズもリズベット同様、クラディールの被害者なのである。もしも二人がクラディール洗脳のきっかけとなったディアベルの存在を知れば真っ先にタコ殴りに向かうことだろう。半殺し上等、カーソルのオレンジ化上等である。

 

「それじゃあコレとコレとあとコレもありがたく使わせてもらおうかな。剣貸して」

 床に散乱する多種多様な鉱石勢から数個を回収したリズベットはクラディールに手を差し出す。両手剣を預けたクラディールは「すぐに終わるからその辺に座ってて」とのリズベットの言葉に従って椅子に腰を落ち着ける。勿論、床に大胆に散りばめた鉱石は回収済みである。抜かりはない。

 

「できたぁ――!!」

 数分後。鍛冶スキルを存分に行使するリズベットの後ろ姿を眺めているとリズベットが両手剣を掲げて喜びを体現する。リズベットは上を見上げたまま強化された両手剣のステータスを確認すると一つ頷いて自信満々にクラディールの元へと向かう。

 

「はい。無事強化できたわよ」

「ッ!? これは――」

「軽いでしょ? それで威力は元の1.8倍。耐久値は2.6倍。でもって重さは0.7倍。申し分ない出来だと思わない?」

「……素晴らしい。まさかこうも私の想定をいい意味で裏切ってくれるとは思わなかった」

「ふふん、凄いでしょ?」

「ああ。これならより早く勇者キリト様に追いつける。ありがとうリズベット様。おっと料金は――」

「いらないわよ。貴重な鉱石持ち込みで来てくれたし。あと――」

「そうか。ならば私はここで失礼する。一刻も早くこれの性能を確かめなくてはッ!!」

「いい加減“様”づけは止めて――って、もういないし」

 新しく強化されて生まれ変わった両手剣を受け取ったクラディール。リズベットの説明を聞き手に持つ両手剣を所構わず振り回したい衝動に駆られうずうずとしていたクラディールはすぐさまリズベット武具店(仮)を飛び出しモンスターの跋扈するフィールドへと駆けだしていく。バヒュンと効果音の付きそうな走り具合にリズベットはやれやれとため息を漏らす。乾いた笑みを含んだ呆れのため息だ。そういえばここ最近は陰鬱なため息しか吐いていなかったなとリズベットは表情を暗くする。

 

 原因は25層ボス攻略戦にさかのぼる。24層ボス戦まで死者ゼロとは言わないまでも限りなく少数の犠牲でSAOを攻略してきた勇者キリト一行。完璧とは言えないが順調に進むボス攻略の道筋が一変したのが25層ボス攻略戦だったとリズベットは聞いている。結晶アイテムを問答無用で無効化するボスフロアにあらゆるソードスキルを無効化する蜘蛛を巨大化させたボスモンスター。ただでさえ凶悪極まりない性質を持つボス蜘蛛にそれでも勇者キリトの体を張った猛攻にアスベルの的確な指示、ヒースクリフの鉄壁の守護、キリト&アスナ&ヒースクリフが安心して己の役目を発揮できるようあらゆる面でサポートをするシリカ&擬人化ピナによってボス攻略戦は上手い具合に進んでいた。

 

 それが絶望に転じたのはボス蜘蛛のHPゲージが赤色に差しかかった頃。何と上空からもう一体のボス蜘蛛が襲来してきたのだ。別にボスが一体しか存在してはいけないというルールは存在しない。だが誰一人予想だにしなかったあまりに理不尽な展開にボス攻略し隊の統率は見る見るうちに崩壊した。連携した攻撃が不可能となり2体のボス蜘蛛によってプレイヤーは次々に消滅に追いやられていった。結局、25層ボス攻略はキリトがボス蜘蛛一体を撃破しただけで退散することで終結。ボス攻略参加者85名の内59名が殺される大惨事となったのである。その中には擬人化ピナも含まれている。「所詮私はこの世界のモンスターです。あの蜘蛛と同類です。他のプレイヤーの皆さんとは命の重みが違うです。私のことは捨て置いてください。……最期に、私を人間として扱ってくれてありがとうです」と殺戮の限りを尽くすボス蜘蛛に単身で駆けだし生き残りがボスフロアから逃げ延びるまでの時間稼ぎに向かい、役目を果たして散ったのだそうだ。

 

 以降。アスベルは今回の責任を全て自分のせいにして宿に引きこもりシリカは奇跡的に手に入った羽の形をしたアイテム――ピナの心――を手に四六時中号泣しキリトはボス攻略の最前線から姿を消した。フレンド登録しているのでキリトが現在22層の南西エリアにある小さな村にいることは分かっているのだが何をしているかは全く以て不明だ。勇者キリトのメインパーティ内で依然と変わらずにSAO攻略を見据えていたのはヒースクリフだけだ。

 

 しかし。ボス攻略し隊も他のプレイヤーも25層ボス攻略戦での凶報を耳にしてSAO攻略はやっぱり無茶だったんじゃないのかという自問自答を繰り返す中、クラディールの心は未だに希望を失ってはいない。1時間という仮眠と言っても差し支えないほどに短い睡眠時間でレベル上げに挑んだりコーバッツとかいう全身鎧装備の中年男性プレイヤーとともにキリトのストーキングに精を出したりとあまり褒められた行為はしていないが彼、クラディールのキリトへの思いは本物だ。それぐらいリズベットにも理解できている。クラディールはただの勇者キリト信仰者とは違う。勇者キリト一行がボス攻略に失敗した程度で幻滅したりはしない。キリト達の心が折れた程度で見限ったりはしない。むしろ勇者キリトと同じ視点に立ってキリトを支える一柱になろうとますますレベル上げに力を入れている。

 

「さっさと立ち直りなさいよ。キリト、アスベル。いい歳したおっさんがあんた達の力になりたいってバカみたいに前に突き進んでるんだから。そういう奴もいるんだから。ぼさっとしてたらあっという間に抜かれちゃうわよ」

 リズベットはここにはいないそれぞれ『勇者』と『閃光』の二つ名を持つ二人に言い聞かせるように声に出す。彼らとの会話はクラディールとのやりとり同様楽しいのだ。いや年が近い分だけ二人とはクラディールよりも気兼ねなく楽しく会話している。あくまで誤差の範囲内だが。彼らがいつまでも自信を喪失し鬱になっていてはリズベットとしても楽しくない。リズベットの気持ちも沈んでしまう。

 パートナーを失って傷心に暮れていたシリカも上層には使い魔蘇生アイテムがあるかもしれないというヒースクリフの言葉に希望を抱いてピナの心が遺品にならないようアイテムで封印することで己を奮い立たせているのだ。後はキリトとアスベルだ。あの二人が復活してくれるだけでいい。一筋縄ではいきそうにもないが。

 

 しばらく作業を中止して二人の現状を憂いていると「リズベットさん。お客さんです」とカインズが新たなプレイヤーを引き連れてやってくる。ここは行列のできるリズベット武具店(仮)。ぼんやり考えてる暇なんかないかとリズベットは気持ちを瞬時に切り替え、いかにも商人らしい営業スマイルを浮かべてカインズの方へと向き直るのであった――

 




 あれ? おかしいな。綺麗なクラディールさんはただのネタキャラのはずだったのにいつの間にかメチャクチャいい人になってる? ということで今回は前半はクラディール目線、後半はリズベット目線でお送りしました。何気に初登場だったリズベットさん。出番あって良かったですね。スタンバってた甲斐がありましたね。見えない努力って大事ですね。

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