SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 ここ最近ようやくブラインドタッチ技術が上昇してきた気がするふぁもにかです。それにしても今回のイルファンネオ戦は難産です。前回の割とすらすら書けたイルファン戦と何が違うのかなと考えたんですけど……前回は何だかんだいってキリト&アスナコンビのセンチネル戦が主体でしたからね。要するにイルファンネオVS.イルファンネオ攻略し隊の集団戦凄く書きづらいです。はい。


綱渡りの攻防

 いずれこうなる日が来る。曖昧ながらもサチは心のどこかで確信していた。SAOがデスゲームと化しこの世界での消滅が現実世界の死に直結することとなってから、本当は4人の男友達とともにずっと始まりの街に待機していたかった。助けが来ないと直感で分かっていてもそれでも始まりの街から出たくはなかった。モンスターが異常に強いという噂を耳にしてからはその気持ちに拍車がかかっていた。けれど。二週間が経過した頃だろうか。「俺達……このままでいいのか? ずっとここで誰かがSAO攻略するのを待ってるだけでいいのか?」というダッカーの問いかけをきっかけに5人はモンスターのいるフィールドへと足を踏み入れることとなった。サチもついて行った。本当はモンスターなんかと戦いたくはない。すぐにでも逃げてしまいたい。けれど1人で皆の帰りをただ待ち続けるのはもっと嫌だった。この世界で独りの時間帯を過ごしたくはなかった。

 それから六週間の間はクラインコミュニティから会員に定期配信される信憑性の高い情報を頼りに慎重にモンスターを選んで経験値を稼いでいった。毎日のようにたくさんのプレイヤーが消滅している事実を踏まえたケイタの賢明な判断だ。次は自分なのではないか。こんな弱虫な自分がいつまでも生き残れるわけがない。次は自分が消滅するかもしれない。サチは常に自身を浸食する恐怖に震えそれを心優しい4人に悟られないよう自分の心に蓋をする日々を過ごしていた。

 

 転機が訪れたのはデスゲーム開始から二か月が経過したときだ。突如広まった一つのうわさ。SAO攻略の希望たる『勇者キリト』の話。第一層のボスから仲間を逃がすために彼が信を置く懐刀『閃光のアスベル』とともにボスに立ち向かい対等に渡り合う話。かっこいいと純粋に思えた。同時に自分もこの二人みたいになれたらいいなと思った。いい加減弱気でネガティブなことしか考えない自分に嫌気が差していたサチにとって二人はまさしく光明のように感じられた。変わりたいと心からの願望を抱くようになっていたサチ。二人と同じ次元にたどり着けたならばきっと自分は変われる。生まれ変わった自分でいられる。根拠もなく心からそう思えた。

 皆も似たような気持ちを抱いていたらしい。それからの一か月は「勇者キリトさんに続け! 追い越せ!」をスローガンに今までよりも少しだけ危ない橋も渡るようになった。ちなみにスローガンの命名者はダッカーだ。これぐらいで怖がっていたらあの二人みたいに強くなれない。変われない。サチは相変わらず自分の死の想定しかしないで震えるだけの心を叱咤してなけなしの勇気で必死に武器を振るった。その甲斐あって一月後の第一層ボス攻略戦に参加できるだけのレベルに達することができた。5人ともレベル25になったばかりだったので本当にギリギリだった。

 ボス攻略会議場で初めて意中の二人を垣間見た。自信に満ち溢れた不敵な笑みで自分達に語りかける勇者キリト。勇者キリトの隣で悠然とたたずむ閃光のアスベル。生で見た二人の印象は自分の想像をいい意味で裏切ってくれた。明日は二人と同志として一緒に歩むことができる。ボス攻略という共通の目的を胸に共闘することができる。サチは嬉しくて仕方なかった。ついに自分はここまでたどり着くことができた。変わることができたのだと歓喜せざるを得なかった。あくまで心の奥底でだが。

 

 けれど。結局自分は何一つ変わっていない。ボスのイルファンネオに間近で睨めつけられてサチは自覚した。否応がなく自覚させられた。何をどう頑張っても相変わらず自分は情けないぐらいに怖がりで弱虫だった。イルファンネオの威圧にガクガクと体を震わせるサチの心は闇に染まっていく。そもそも間違いだったんだ。私みたいな弱虫があの二人みたいな強い人になれるわけがなかったんだ。変わりたいなんて思っちゃいけなかったんだ。弱虫は弱虫らしく片隅で震えていればよかったんだ。これは罰なんだ。迫りくるタルワールを映すサチの視界は徐々に黒く染められていく。自分を救おうと走ってくるダッカーの存在をどこか他人事のように感じてしまう。サチは誰に言うでもなく「ごめんね」と目を瞑る。その視界に黒い影がよぎった気がした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「間に合ええええええええええええええ!!」

 キリトは眼前の女性プレイヤーを救おうと全力で駆ける。誰一人だって死なせない。勿論一人でも死んでしまったら流れがイルファンネオのものになってしまいかねないという懸念もある。だが。それ以前にこれはキリトの意地の問題だ。決意の問題だ。勇者を演じるなら、皆の希望として君臨し続ける気なら、誰一人だって犠牲にするわけにはいかない。誰かが死んでおいて勇者面なんてできるわけがない。

 果たしてキリトが伸ばした手は黒髪の少女――サチ――に届いた。数瞬遅れて二人を両断しようと襲ってくるタルワール。サチを抱きかかえたキリトは身を捻って間一髪回避する。攻撃の余波で吹き飛ばされこそしなかったが二人は何回転かボスフロアを転がっていく。宙に飛ばされなかったのは二人分の体重があったからだろう。

 

「え……キ、リトさん?」

「何とか間に合ったな。大丈夫か?」

「え、あ――は、はい!」

「そうか。なら――ッ!!」

 眼前に現れた憧れの勇者キリトについ呆然としてしまうサチ。キリトは素早く立ち上がるとハッと我に返ったサチに手を差し伸べ立ち上がらせる。キリトはサチに一時退避と同じ部隊のメンバーとの合流を指示しようとして前に躍り出る。イルファンネオがサチを狙って距離を詰めてきたのだ。頭のあまりよろしくないイルファンネオは一度定めた標的を簡単に変更したくはないらしい。遊撃隊の牽制によるHPゲージ減少を気にも留めずに二人に向かってくる。正確にはサチにだが。

 

「君は早く下がって!!」

 キリトは返事を聞くより先にイルファンネオに対峙する。自分一人だったらタルワールをかわせばいいだけの話なのだが今は後ろにサチがいる。イルファンネオから暴風をともなって振り下ろされるタルワール。その一つがサチの退避方向を完全にとらえている。瞬時にサチの危機を把握したキリトはサチを射線上に捉えているタルワールに向けてアニールブレードを下から振り上げる。さながら逆袈裟のごとく振り上げられたキリトのアニールブレードと重力を多分に伴ったイルファンネオのタルワールが接触する。

 

「グッ――」

 襲いかかる強烈な力にキリトは苦悶の声をもらす。今の攻防でHPゲージが残り三分の二になったことなど気にする余裕もない。視界の隅でサチが無事に他のプレイヤーと合流したのを偶然捉えたキリトは潰されまいとアニールブレードにより一層力を込める。だがそれだけでは力負けしてしまう。キリトは声を張り上げて自身の持つ一切の力をアニールブレードを握る両手に集中させようとして――

 

「……は?」

 思わず勇者らしからぬ情けない声をあげる。響き渡る金属音。キリトの眼前を舞う見慣れた剣先。一気に軽くなったアニールブレード。光の粒子とともに消えていくアニールブレード。

 

(アニールブレードが壊された!?)

 キリトは驚愕を隠せず思わず硬直してしまう。勇者キリトが見せた決定的な隙をイルファンネオが逃すはずがない。アニールブレードを折ったタルワールをそのまま地面に叩きつけ攻撃の余波で丸腰のキリトを身動きのとれない宙に吹き飛ばす。HPゲージを三分の一にまで減らしまともに回避ができない絶対絶命のキリトにイルファンネオが追撃をかける。キリトに迫る三本のタルワール。だが凶刃がキリトに届くことはなかった。

 

「させるかあああああああ!!」

「キリトさん! 今のうちにHP回復してください!!」

「俺達を忘れてもらっちゃあ困るなぁボスさんよ!!」

「足元がお留守だぜえええええええ!!」

 キリトを殺せばプレイヤー全滅が現実的なものとなりうるとキリトに攻撃を集中させオーバーキルをもたらそうとするイルファンネオ。しかし隙を狙っていたのは何もイルファンネオだけではない。キリトに意識を向けた好機を逃すまいと遊撃隊とC隊がイルファンネオの足元に一斉に攻撃を浴びせる。思わぬ集中砲火にイルファンネオはバランスを崩しキリトへの攻撃をやむなく中断する。

 

「悪い。助かった!」

 体を捻って無事に床に着地したキリトは回復結晶を使用し自分の窮地を救ってくれたイルファンネオ攻略し隊の同志に声をかける。キリトの感謝の言葉に遊撃隊&C隊のプレイヤーはキリトの方を向く余裕まではなくとも頷いて応えてみせる。勇者キリトに感謝された。内心で狂喜乱舞する彼らの動きの精度は誰がどう見ても明らかなほどに増していく。

 

 キリトはアスナにも『森の秘薬』クエストを受けてもらっててホントに助かったと予備のアニールブレードを装備しイルファンネオに向かう。自然と脳裏に浮かぶのは先ほど壊されたアニールブレードの無残な末路。耐久値に問題はなかったはずだ。イルファンネオの攻撃の衝撃をキリトが受け止められるかどうかは別にして先のタルワールとの接触だけでアニールブレードの耐久値が限界を超えるとはとても思えない。キリトの直感が訴える。ならばあまり考えたくはないが可能性は一つ。すなわち武器破壊。ソードスキルでない戦闘技術。無論簡単にできるような技ではない。だからといってイルファンネオによるアニールブレード破壊がただの偶然の産物だとは到底考えられない。イルファンネオの攻撃を受け止めない方がよさそうだとキリトの楽観的思考のできない頭が判断を下す。

 

「――俺が行く! 下がれ!!」

 暴風雨のごとく暴れまわるイルファンネオ。崩れかけた戦線をどうにか維持しようとするC隊の間を縫ってキリトはイルファンネオの懐に入り込む。どうやらイルファンネオにとってキリトはアスナ同様最優先殲滅対象のようだ。4本すべてのタルワールをキリトに向けて振り下ろす。だがキリトは当たらない。キリトはタルワールから一切視線を逸らさず攻撃をかわし続ける。当然だろう。いくら精神的におかしくなっていたとはいえキリトは一か月前の時点でイルファン攻略し隊を逃がすためにイルファンネオの猛攻をかわし続けていたのだ。あれから一か月。レベルが上がりモンスターとの戦闘経験の数もはるかに違う。さらにはわらわらと集まってきた3ケタをも超えるリトルネペントの無数に近い攻撃から逃れた体験もある。さすがにイルファンネオの攻撃をかいくぐって反撃はできないもののよけるだけならキリトにはもはや何も問題ない。キリトは一人じゃない。反撃は他のプレイヤーに任せればいい。

 

 キリトが積極的にイルファンネオの注意を引きつける囮を引き受ける中、C隊とスイッチしたA隊&B隊と遊撃隊がイルファンネオの背後に畳み掛ける。キリトから標的を変えようとするイルファンネオ。その腹部にキリトがすかさずアニールブレードを突きつけ注意を引きつけ続ける。戦況全体を俯瞰して指示をとばす役割のアスナがいないにしてはかなり高度な連携。昨日結成したにしてはかなり綿密な連携。凶化された理不尽モンスターとの戦闘経験を積んできた彼らだからこそ為せる業。数分が経過して半ば本気で暴れるイルファンネオのHPゲージが残り四分の一に差し掛かる。攻略成功の兆しが見え始めた頃、イルファンネオが再び仕掛けてきた。攻撃を中断すると不意に腰を落とし膝を曲げるとともに飛翔。天井に届かんばかりに飛び上がったイルファンネオは自身の体重でプレイヤーを踏み潰さんと落下する。

 

「~~~ッ!!」

 地震を連想させるほどの強烈な揺れがボスフロア全体を襲う。キリト達イルファンネオ攻略し隊はもちろん取り巻きのセンチネルネオまでもが強烈な揺れに巻き込まれ揃ってたたらを踏んでいる。今の攻撃で奇跡的に誰も潰されずに済んだ。済みはしたが今までとは次元の違う迫力を伴った攻撃はイルファンネオ攻略し隊を放心状態にさせるには十分すぎる威力である。流れをイルファンネオへと逆流させるには十分すぎる威力である。恐慌状態に陥り戦線が瓦解しなかっただけが救いだ。だがそれも時間の問題だろう。

 

(――マズいッ!)

 地面に落下したイルファンネオはいち早く立ち上がると心ここにあらずといった状態で立ち尽くすプレイヤー達にタルワールを振り下ろす。キリトは壊されても構わない攻撃力の低い剣に切り替えて即座にイルファンネオの元に向かいタルワールの刀身に側面から剣をぶつける。軌道をずらされたタルワール。直撃こそ免れたものの攻撃の余波で呆然としたままのプレイヤー数人が飛ばされる。

 

「俺が囮を続ける! 皆はさっきと同じように攻めるんだ!!」

 キリトはイルファンネオの四刀流を巧みにかわしながら声を張り上げる。イルファンネオのどんな攻撃にも怯むことなく立ち向かう勇者キリトの後ろ姿。心の砕けかけたプレイヤー達は寸での所で息を吹き返す。あと少しでもキリトの声が届くのが遅れていれば。キリトの言葉をイルファンネオの雄叫びが掻き消していれば。何もかも手遅れのパニック状態に陥っていただろう。実に際どいタイミングである。

 

「……ぇ」

 再び戦意を心に宿しイルファンネオ攻略を中心に据えるA~C隊及び遊撃隊。何とかなったかとキリトはイルファンネオを見上げて驚愕を顕わにする。思わず困惑の声が漏れる。キリトの視線を追ったイルファンネオ攻略し隊の参加者達も凍りつく。視線の先にはイルファンネオ。いつの間にかその腕が6本に増えており計6本のタルワールが握られている。

 

(まだ増えるのかよッ!?)

 硬直したキリトにこれ幸いとイルファンネオはタルワール二本を振り下ろす。キリトは寸前で我に返り咄嗟に横っ飛びで回避する。腕が6本に増えた。イルファンネオが六刀流と化した。だからなんだ。腕が二本追加されただけならまだ大丈夫だ。何とかなる。落ち着け。皆に動揺を見せるな。キリトは自分に強く言い聞かせイルファンネオから繰り出される6本のタルワールに一層集中を向ける。それがいけなかった。

 

「ガッ!?」

 不意に後頭部に受けた鈍器で殴られたかのような衝撃。視界の片隅にキリトに棍棒を投げたであろうセンチネルネオの姿が映る。どこかの部隊が討伐しそびれたのだろう。背後からの不意打ちをモロに受けたキリト。HPゲージを減らし数歩前に出てしまう。だがそこはイルファンネオのタルワールの射線上だ。キリトが目だけで逃げ場所を模索するも残り5本のタルワールがキリトの回避を許さない。前後左右どこに向かってもタルワールの直撃は避けられない。固まっていた遊撃隊のメンバーがいち早く奮起しキリトを救うためにイルファンネオを妨害しようとするが間に合わない。

 イルファンネオの振り下ろしだけならギリギリながら受け止められる。武器破壊で剣は破壊されるだろうが一回だけならHPの観点からも問題ない。アニールブレードでないので壊されても痛くない。だがイルファンネオの攻撃にはキリトの胴体を真っ二つに分離しようとする横薙ぎが含まれている。振り下ろされたタルワールを受け止めたならばキリトは身動きがとれなくなる。無防備になる。それは致命的極まりない隙だ。かといって他に選択肢はない。防御しなければどうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 

 再び命の危機にさらされたキリトは舌打ちしたい衝動を抑えて全身全霊でタルワールを剣で受け止める。HPゲージが赤色に突入するが振り下ろされたタルワールの重みで行動を封じられたキリトにはどうしようもない。左右から迫る計5本のタルワール。何かないのか。この状況を切り抜けられる方法はないのか。絶望的な状況下におかれてもなおキリトは諦めることなく起死回生の策を探る。

 今のキリトは勇者の看板を背負っている。それは今回集まったイルファンネオ攻略し隊全員の命を背負っていると言っても過言ではない。キリトが死ねば部隊は確実に瓦解する。あっという間に混乱する。連携が崩壊してしまえば後はイルファンネオの天下だ。必然的に前回のボス攻略戦と同様の展開が再現されてしまう。地獄絵図が繰り広げられてしまう。いやキリトのような実力を持った上で命を賭してイルファンネオの囮をかって出てくれる者がいなければ全滅はほぼ免れられないだろう。勇者キリトの消滅はそれ程の重みを持っているのだ。だからこそ。思考を止めるわけにはいかない。死の恐怖に屈するわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかない。キリトは必死に打開策に考えを巡らせる。しかし。ひたひたとキリトに歩み寄る死の足音が歩みを止めることはない。かくしてイルファンネオの繰り出す5つの斬撃がキリトに無情にも放たれたのだった――

 




 ――Information.サチの死亡フラグが回避されました。
 ――Information.勇者キリトに死亡フラグが付与されました。
 うん。勇者キリトに降りかかる死亡フラグの量が半端ないですね。この一話だけで二度も窮地に陥っています。勇者キリトくんマジ頑張って。
 ~おまけ~
ふぁもにか「今回あなた達の出番はありません」
変装アスナ『ッ!?』
クライン一行「「「「ッ!?」」」」
クラディール「ッ!?」

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