.
高町なのはは走る。
頭に響く声に導かれて、声の聴こえてくる方に向かって駆け抜けていた。
《お願いします、僕の声が聴こえる貴方、僕に力を貸して……》
先程から聴こえており、どうも切羽詰まっているらしく、声にも余裕は感じられない。
「あ、あれは!」
槙原動物病院の塀や壁を破壊し、何やら黒いモノがフェレットを襲っていた。
「危ない!」
あわや、フェレットが潰されそうになっていた処を上手く救い出して、電柱の陰へと隠れる。
「君は……助けに来てくれたの?」
「フェレットが喋った!」
「僕の声が聴こえたなら、君には資質がある。お願いします、僕に力を貸して下さい!」
「し、資質って何?」
黒い物体が未だに破壊を続けており、暢気にお話はしていられない。
「僕はある探し物の為に、此所ではない世界から来ました。でも、僕1人だけの力では想いを遂げられないかも知れないから、迷惑だとは思いますが資質を持っている人に協力をして欲しくて呼び掛けたんです」
フェレットはなのはから降りると、誠心誠意に頼み込んだ。
「お礼はします! きっとしますから! 僕の持っている力を貴女に使って欲しいんです。僕の、力を……魔法の力を!」
「は? 魔法……?」
なのはは行き成りファンタジーな言葉を聞き、首を傾げたが既にフェレットが言葉を話し、変な黒い物体に攻撃され非日常に今晩はをしている状況なだけに、否定も出来ない。
そんななのはに黒い物体が飛び上がり、上空からの急襲を仕掛けてきた。
「危ないっ!」
フェレットから注意を促され、ギリギリではあったが回避に成功する。
然し、なのはが居た場所は見事に砕けてしまう。
ゾッと青褪めながらも、フェレットを連れて壁の陰に隠れた。
「お礼は必ずしますから、お願い!」
少しは安全になったのを見計らい、再びフェレットはなのはに願う。
とはいえ、お礼はすると言うフェレットに……
「お礼とかそんな場合じゃないでしょ!」
呆れながら言った。
「どうすれば良いの?」
「これを!」
フェレットが差し出したのは、赤くてサイズの大きなビー玉みたいな玉。
「何これ?」
「それは魔法の杖です」
「どう見ても玉だよね?」
「貴女に力を……心を澄まして、僕の言葉を復唱して下さい」
何がなんだか解らない、だけど兎にも角にも言う通りにするしかない。
「我、使命を受けし者也」
「えっと? 我、使命を受けし者也」
それは誓約。
「契約の許、その力を解き放て……」
「契約の許、その力を解き放て……」
それは契約。
「風は空に」
「風は空に」
その名の許に……
「星は天に」
「星は天に」
眠れる魔力(ちから)を今こそ解き放つ。
「そして不屈の心は」
「そして不屈の心は」
「「この胸に……」」
いつの間にやら、なのはの詠唱はフェレットに追い付いている。
「この手に魔法を、レイジングハートセーットアーップッ!」
赤い玉を持つ左腕を天高く掲げて叫ぶと……
《Stand by ready》
玉に文字が浮かび電子的な音声が響き、桜色の輝きを放った。
《Set up》
その色はなのはの色。
「な、なんて魔力だ……」
レイジングハートと呼ばれた玉は唯、使用者の力を汲み上げるのみ。
「ふえ? これ、何ぃ? 何なのぉぉ!?」
「落ち着いて……イメージをして下さいっ! 貴女が想像する魔法使いの杖を、そして力強い衣服を!」
「杖と衣服? よく判んないけど……これで!」
フェレットからのアドバイスを受け、なのはが杖を想像するとパーツが顕れ、組上がっていく。
そして桜色をした光の帯がなのはの幼い肢体に絡んでいき、それは固定化されてなのはが通う聖祥大付属小学校の女子制服に似た、謂わば魔導衣が覆う。
「やった、大成功だ!」
フェレットは思っていた以上の成功に、思わず笑顔になるが……
「ふぇぇぇっ! いったい全体これはなにぃ?」
揺ったりと着地をして、なのはは自分に起きた出来事に付いてこれず、パニックを起こしてしまう。
「いけない、来ます!」
「えっ!?」
なのはとフェレットを見付けた黒い物体が、なのはへまっしぐらに体当たりをしてきた。
「きゃぁあっ!」
何の覚悟も無く、単に流されただけでこの場に居るなのはは、行き成りの展開に目を閉じて両腕で自身を庇おうと顔をガードする。
そんなマスターを守護するべく、レイジングハートが電子音声を響かせた。
《Protection》
桜色のシールドが前方になのはを護る様に展開して黒い物体を弾き飛ばすと、その衝撃を受け黒い物体がバラバラとなる。
「今です! 封印を!」
「封印って言われても……どうすれば良いのか判んないんだけど?」
フェレットはその方法を伝えようと叫ぶ。
「僕らの魔法は、発動体に組み込んだプログラムという法式です。そしてその法式を発動させるために必要なのは、術者の精神エネルギーです」
勢いよくシールドにぶつかってバラけた黒い物体だったが、少しずつ構成物質を集めて再生していく。
「そしてアレは、忌まわしい力の許に生み出されてしまった思念体。あれを停止させるには、その杖で封印して元の姿に戻さなくてはいけないんです!」
「うん、それで?」
「レイジングハートは祈願実現型デバイス。先程の様に攻撃や防御などの基本魔法は心に願うだけでも発動しますが、より大きな力を使う魔法には呪文が必要なんです」
「その呪文って何?」
祈願実現型とか意味不明ではあるが、取り敢えずは自分の意思をレイジングハートが形に変えるのだろうと考え、大きな力を使うのに必要だという呪文とやらを訊ねる。
「心を澄ませて、心の中に貴女の為の呪文が浮かぶ筈ですから」
「心を澄ませて……」
「燃え上がれ! 僕の心の小宇宙よ!」
「燃え上がれ! ぼくの心のこすもよ……?」
「いやそれは違うから! っていったい誰だ!?」
だが、フェレットの質問には答えず、行き成り割り込んだ〝何者か〟は、黒い物体へと攻撃を加えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数分前……
ユートは集めた面々と別れた後、直ぐに槙原動物病院へと向かう。
場所に関しては既に把握をしており、迷う事も無く真っ直ぐに駆けていた。
「あれは!」
向かう先の前方に桜色の光が立ち昇る。
間違いなく高町なのはの魔力光、この世界の魔導師が使う魔力には波長により固有の色が着く。
波長次第だから似ていたり同じだったりと、被る事も多々ある訳ではあるが、ユートが確認した限りでは桜色はなのはだけ。
未来でキャロ・ル・ルシエが似た色だったが、あれは桜色というより桃色というべきであろう。
つまり似て非なる色だ。
まあ、魔力光なぞユートにとってはどうでも良いのだが……
「急ぐか。なのはがジュエルシードを回収する前に、封印してしまいたいしね」
この場合、封印した方が手にする権利がある。
マナー的にはどうかとも思うが、現状ではなのはにジュエルシードを回収させる気は無い。
そして、後れ馳せながらなのはとフェレットが戦う場面に遭遇した。
「間に合ったか……」
どうやらクライマックスには間に合ったらしくて、まだジュエルシード思念体はピンピンとしている。
ユートは瞑目をすると、自らの内から沸き上がってくるエネルギーを燃やす。
「燃え上がれ! 僕の心の小宇宙よ!」
「燃え上がれ! ぼくの心のこすもよ……?」
「いやそれは違うから! っていったい誰だ!?」
フェレット……というよりは、ユーノ・スクライアが叫ぶが今は無視して拳を揮った。
「極小水晶(ダイヤモンド・ダスト)!」
凍気を拳に纏わせると、ブローと共に撃ち出す。
マイナス運動エネルギーたる氷結攻撃が放たれて、黒い物体を凍結した。
「な、何なんだ? 魔力をまるで感じないのにあんな力を!?」
フェレット──ユーノが驚愕する。
「妙なる響き闇にて沈め、赦されざる存在(モノ)を封印の輪に……」
ユートが右人差し指と中指を伸ばし、黒の光を湛えた小宇宙の帯が凍り付いた黒い物体を縛り付け、外殻となる物体を破壊してジュエルシードを取り出した。
「ジュエルシード・シリアルⅩⅩⅠ、封・印!」
闇に沈むジュエルシードにシリアルナンバーが浮かび上がって、発動していた力が鎮められるとユートの手の内へと納まる。
「これで9個目……」
その侭、亜空間ポケットへと仕舞うと、立ち去ろうとするユートに……
「ま、待て! それをどうする心算なんだ? その石はとても危険なんだぞ!」
ユーノ・スクライアが呼び止めてきた。
振り返ったユートは冷たい視線でユーノを射抜き、いっそ呆れた口調で言う。
「知っているさ。そもそも暴走体を見りゃ判るだろ。それに見てなかったか? 僕がアレを潰して封印していたのを」
「そ、それは……」
「寧ろ、危ないというなら君らじゃないか?」
「え?」
水を向けられて、なのはが反応した。
「見ろ、この惨状を」
両腕を拡げ、被害のあったこの場を強く意識させ、更に言い募る。
「先程みたいな有り様で、これだけの被害を出したんだぞ。君らがこの件にどう関わっているかは兎も角、若しも危ないのなら手を引け! アレは僕が封ずる、地上を騒がす災いの種なら聖闘士たる僕の仕事だ!」
「セイント?」
この地に聖闘士は存在していないが、ユートにとっては管理する世界の一つ。
望んでいなかったとはいっても、来てしまったからには成すべき事を成す……それが聖闘士なのだから。
「わ、私は!」
なのはが反論をしようと口を開こうとすると……
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァアアッ! 私のガンダ……じゃなく、夢の病院がぁぁぁぁっ!」
白衣の女性──槙原 愛が絶叫を上げた。
ネタに走る辺り、存外と余裕がある。
車に乗ってきた愛より、ユートの足の方が速かったから、途中で完全に追い越してしまったのだが、漸く追い付いて来たのだ。
その結果がこの惨状。
結界を張っていた訳でもないから、壊れた部分は壊れた侭。
幸い、動物を容れていたケージに支障は無いから、預かっていた動物が逃げ出す事態にこそならなかったのだが、壁には大きな穴が空いているわ、室内は滅茶苦茶に散らかっているわ、壁は一部が崩れているわと正に惨劇が目の前に……
しかも電柱が折れて電線も切れ、道路はあっちこっちが穴ぼこだらけ。
決してなのはの所為ではないが、やはり責任を感じてしまって項垂れる。
「ごめん、なさい……」
よもや出ていく訳にもいかない為、なのはは小さく謝罪を口にしてその場を離れるのであった。
.