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八月二〇日……
突如としてユートの姿が消えてしまい、皆が方々を捜してみたが見付からない侭に二日が過ぎた頃。
「クライド、本当なの?」
「ああ、間違いない。私が聞かされていた通りの事態が確かに起きている」
「彼が消えてすぐに異変、確かに起きたわね」
リンディ・ハラオウンとクライド・ハラオウン――ハラオウン夫妻はこの深刻な事態に歯噛みする。
「だが、取り敢えずユートの事は大丈夫だ。事件が起きる頃に数百年を過ごした本人が戻って来るらしい」
「それは……朗報ね」
朗らかな笑みを浮かべ、リンディ茶を飲む。
「兎に角、日本に住んでいる聖域メンバーを向かわせねばならないな」
「なのはさんにはやてさんにフェイトさん、アリサさんにすずかさんもね」
「ああ、飛べるメンバーは全て出動だな」
頷くリンディ。
単純に飛べるという意味なら、黄金聖騎士達ならば全員が飛べるのだろうが、クライドに与えられている指揮権では、青銅聖騎士と鋼鉄聖騎士を動かすだけで精一杯だった。
クライド・ハラオウンが大人であり、指揮経験などもあるからなのは達の指揮をユートが居ないなど緊急の場合、預かる事となる。
白銀聖騎士や黄金聖騎士はユートが指揮をするか、居なければ独自に動くのが常だし、裁量権は基本的に黄金聖騎士が最高位だ。
他の組織の場合は命令権は無いが要請は可能だし、現地に於ける指揮権を預かる事はあった。
はやての個人戦力となるヴォルケンリッターだと、基本的な指揮権ははやてにあり、戦闘指揮権に限ればクライドにある。
個人戦力だからだ。
「了解しました!」
クライドから命令を受けた高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやての三人に加えてアリサ・バニングスと月村すずかは、空を飛んで異変が起きたであろう空域に急ぐ。
他にも聖衣を与えられている城島 晶や鳳 蓮飛も居るのだが、この二人の場合は飛行ユニットを与えられておらず、つまりは空を飛べなかったりする。
異変――PSPゲーム、【魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE -THE GEARS OF DESTINY-】にて起きた事件であり、前作の事件は起きてはいない。
何故なら【砕けえぬ闇】たるエグザミアをユートが手にしており、放置をされていた原作とは根本的に異なるからだ。
「にしても、全く以て減らないわね」
「そうだね……」
どういうカラクリかまでは知らないが、本来の仕様を聞いてたアリサとすずかとしては有り難いけれど、ユートが現れない。
今回の異変では【闇の書】へと関わったであろう、魔導師などが中途半端過ぎる記憶で再生されるとか。
だが、一番に関わっていたユートは出てこないで、何故か余り関わらなかった筈のなのはやフェイトが現れるし、ヴォルケンリッターは良いとしてクロノなども出てきていた。
「困ったねぇ、クロすけは比較的殺り易いけどさ」
「文句言わない。マスターが出てこないだけ有り難いでしょ? ロッテ」
「そうだけどさぁ」
ツーマンセルで動いている訳で、リーゼアリアとリーゼロッテの組はクロノが比較的に現れ易かったが、場合によってはヴォルケンリッターや、下手をすればプレシア・テスタロッサが病んだ瞳で現れる。
正直、今現在のプレシアとは似ても似つかないし、言ってる事は支離滅裂だからちょっと恐い。
「兎に角、私達は大元を捜し出して叩きましょう」
「オッケー、アリア!」
まあ、やるべき事に変更は無いのだから今は唯動く
のみのリーゼ達であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なのはとフェイトの組は戸惑いを隠せない。
「ボク、参上! 凄いぞ、強いぞ、カッコいー!」
突如として現れたるは、フェイトの2Pカラー?
「あれ、私かな?」
「でもフェイトちゃんにしては髪の毛が青いよ」
「寧ろ水色?」
今まで現れた連中と明らかに一線を画する存在感、しかもビシッとデバイスを突き付け……
「見付けた、オリジナル! さぁ……ボクと戦え!」
フェイトに宣戦布告なんてしてきたり。
「オリジナルって、やっぱり私のコピーって事かな」
「う〜ん、多分……」
「だけど、あんなに意識がはっきりしてるなんて」
今までの闇の欠片は中途半端な記憶で再生されてたのに、あの水色のフェイトっぽい少女は明らかに作りからして違う。
「さぁ、いっくぞー!」
「ま、待って!」
「何だ? オリジナル」
「そのオリジナルって言い方はやめて欲しいかな? 私はフェイト。フェイト・テスタロッサだよ」
「ふーん。ボクは
「レヴィ・ザ・スラッシャーって……レヴィで良いのかな?」
「そうさ、ボクは紫天の下に集う力の
「え? え?」
新しい単語が増えてしまって混乱するフェイト。
「バルニフィカス!」
ガチャン!
手にしたデバイスが青い魔力光の光刃を持つ大鎌となり、まるでバルディッシュのクレッセントだ。
「やっぱりマテリアルとか言っても私のコピーか」
武装もバリアジャケットも似たり寄ったり、コピーされたのが丸見えな存在。
「だけど! 闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧――バルディッシュ・アサルト! エイパス……セットアップ!」
見た処、雷刃の襲撃者は飽く迄もフェイトの本来の武装のみコピーされた存在であり、ユートから貰った鋼鉄聖衣は再現が成されていないらしい。
それは即ち大空聖衣・
空を飛ぶ生き物を象ったモノを
《Apus Get set》
バルディッシュが復唱、パーツがフェイトの白い肌を覆い、漆黒の機械聖衣が組み上げられていく。
「な、何だ何だ!?」
驚きに目を見開く雷刃の襲撃者――レヴィ。
「さあ、バルディッシュ……往くよ!」
《Yes ser》
「
本来の
量産型ではない逸品物、本来の鋼鉄聖衣はユートが居た世界で造られ、量産に適した形で落ち着いている訳だが、そのコンセプトは低価で扱い易くてメンテナンスや修理がやり易くて、大量に造れる環境が整え易いというもの。
後から染め直せる色なら未だしも、形は当然ながら同一規格でなければならなかったし、余りゴテゴテとしないシンプルさが必須、機能も同じ規格だ。
それが量産型。
然しながら【名前付き】はそれと異なり、形状だけでもバラバラで機能だって大空聖衣は空を専門とし、大地聖衣は地を、大海聖衣は海を専門とした聖衣。
まあ、どれも翔べないとか泳げない走れないという訳ではなく、スパロボ的なステータス理論で……
大空聖衣ー空:S 陸:A 海:B 宇:D
大地聖衣ー空:B 陸:S 海:B 宇:D
大海聖衣ー空:B 陸:A 海:S 宇:C
こんな感じとなる。
大海聖衣が宇宙でC評価なのは、同じではないけど似た感じで動く事になるのに加えて、酸素ボンベ標準装備だから一時間くらいは宇宙空間に出られる為。
全身を覆うスーツ自体が身体を守護するし、気密も海中を進む大海聖衣だから完璧なのだ。
だけど専門でもないからC評価がやっと。
フェイトのは風鳥星座を模した鋼鉄聖衣、名前の通り鳥だから大空聖衣に属しており、空での戦闘に一番適した聖衣でもある。
フェイトのバルディッシュ・アサルトが、クレッセントフォームでレヴィの持つバルニフィカスの
「電刃衝!」
「プラズマランサー!」
レヴィが放つ雷の玉へ、同質のプラズマランサーで相殺すると――
「クレッセント……セイバー!」
バルディッシュの魔力刃を飛ばした。
「光翼斬っ!」
それに合わせてバルニフィカスの青い魔力刃を飛ばすレヴィ、中央にて魔力刃同士がぶつかり合って相殺されると消滅する。
「バルディッシュ、カートリッジロード!」
《Yes ser. Load cartridge!》
ガコン! バルディッシュ内のスピードローダーから弾丸が消費され、一時的なブーストが掛かる。
「フルドライブ!」
《Zamber form get set》
形を大幅に変えて最早、元々の形態を保持しない程の変形、それは斬馬刀も斯くやの巨大な黄金の魔力刃を持つ大剣。
いったい何処が杖なのかと謂わんばかり。
「そっちがそうなら此方もこうだ! 超刀バルニフィカス・ブレイバー!」
「なっ!?」
カートリッジが着いていないから、フェイト的には無いと思っていた形態。
「なら、撃ち抜け雷刃!」
《Jet Zamber!》
巨大な魔力刃が更に巨大となり半実体化されると、それをレヴィに向けて振り下ろすフェイト。
「唸れ超刀バルニフィカス・ブレイバー! 斬撃一閃……塵と消えろォーっ!」
黄金の雷刃と空色の雷刃が互いにぶつかっ……
「パイロシューター」
「アッツ!」
「熱い熱い熱い!」
……たりはしなかった。
飛んできた炎の塊みたいなシューター、それが二人に当たって熱がるのに夢中となり、結果として攻撃は中断されてしまったから。
「へ?」
見ていたなのはは聞き覚えのある声に間抜けた声を上げ、発生地点を探るべくキョロキョロと辺りを見回すと……
「居た!」
なのはと似た顔立ちで、髪の毛は短めに刈っていて濃い紫色のバリアジャケットを纏い、無表情ながらも青い瞳の可愛らしい少女。
間違いなく先程の魔法は彼女が放ったものだ。
まあ、なのはが彼女の事を『可愛らしい』とか表現したら、とんだ手前味噌になってしまうのだけど。
「貴女が私のコピーというか……えっと、マテリアルっていうやつなの?」
「そうですよ、タカマチ・ナノハ。私は【理のマテリアル】……」
「シュ、シュテるん!?」
レヴィが驚く。
「シュテルン・ノイ・レジセイアです」
「「??」」
なのはとフェイトが首を傾げているのを見遣って、外したらしいと小首をカクンと横に傾ける。
「まあ、本当は【
「へ? スタークスってのは何処からきたの?」
「【ザ・デストラクター】は何処に行ったんだ?」
なのはもフェイトも混乱してしまう。
「私は地球連邦・守護機関【
「その身分証は!」
この世界の技術で偽造は不可能――ミッドチルダも含む――な身分証。
同じく【聖域】に所属をしるなのはとフェイトも、全く同じ身分証を持つ。
この身分証、有事の際に魔法や霊能や超能力など、超常の力を戦闘に使う為の免許証でもあった。
「ど、どうやって手に入れたの!?」
「勿論、試験を受けて」
至極真っ当な手段だ。
「それよりそれよりさ! シュテるんがおっきいのは何で?」
「そういえば、私より身長が高いの……」
レヴィの指摘になのはがシュテルを見れば、確かに小学三年生な高町なのはをコピーしたにしては身長が中学生くらい。
「取り敢えず、三人は戦闘を止めなさい」
「え? けど……」
フェイトが戸惑ってしまうのも無理は無い。
そもそも襲ってきたのはシュテルの仲間の筈であるレヴィ――雷刃の襲撃者。
ならば自己防衛の観点から戦うしか無いだろう。
「レヴィ、戦いは不要ですから武器を下ろしなさい」
「うう? だってだって、シュテるん! ボク達にはもくてきがあって、その為に必要なものを手に入れなきゃなんだよ?」
「不要と言いましたよ? 最早三度目はありません、武器を下ろしなさい」
「うぐ!」
絶対零度の視線。
無表情がデフォなだけに凄く怖い。
「やだ! ボクは王様の為にも【砕け得ぬ闇】を見付けないといけないんだ! オリジナルを斃さないと、それを邪魔される!」
「仕方がありませんね……悪い子にはOSHIOKIが必要です!」
レイジングハートに似たデバイスを構える。
「くっ! 理と力、ボクの方がパワーは上だい!」
レヴィもバルニフィカス・ブレイバーを構えた。
「確かにそうです。【力】のマテリアルである貴女の方が【理】のマテリアルの私より、出力という意味では上でしたね」
わざわざ【力】や【理】と役分けなんてしているからには、当然ながら割り振られたステータス値が異なっている事を意味する。
レヴィは【力】のマテリアルだから、戦闘に必要な高出力を持たされており、可成り単純な作りのプログラムとなっていた。
基本的に能天気でパワー莫迦と思えば正解だ。
反面、シュテルは出力で云えばレヴィ程ではなく、然しながら高い知性と知識を持つ頭脳派である。
だから、若し真っ正面からのガチンコ勝負をすればシュテルが敗ける筈。
それこそシュテル自身が一番よく知っている事。
それでも、今の自分ならレヴィを相手に敗けたりはしないと、確かな自信を持って相対していた。
「タカマチ・ナノハ」
「へ?」
「封時結界は張ってありますね?」
「えと、うん……」
敵か味方かも判らなかったシュテル、なのはとしてはやはり戸惑う。
結界は既に言われる迄もなく張ってあるし、問題は何も無いから良いが……
「さて、レヴィ。これから貴女にOSHIOKIする訳ですが、何か言い残す事はありますか?」
「へん、シュテるんこそ! 後悔しても知らないんだからな!」
その会話を皮切りとし、二人はぶつかり合う。
シュテルは高町なのはの能力をコピー、炎熱変換を独自に持ったマテリアル。
当たり前だが近接戦闘に長けてはいない。
本来であれば……だが。
「ルシフェリオンACS」
なのはのACSと同じくな攻撃を、レヴィは何とか躱してみせたものの簡単に方向転換してきた。
「いっ!?」
驚愕するレヴィ。
「慣性制御です!」
慣性の法則を無視している機動、それは慣性を制御していたらしい。
「このっ!」
レヴィはバルニフィカスを鎌に換え、小回りを利かせて対処をした。
だが、それはシュテルの目論見通りである。
一気に上空へと上がったシュテルが、自らのデバイスたるルシフェリオンを構えて……
「疾れ、
詠唱を開始。
魔力が集束されていき、更には炎熱変換による焔が赤々と燃ゆる。
それは既に宵闇となりつつある夜空へと、一際輝く一番星の如く見えた。
「し、しまっ!?」
レヴィはバルニフィカスを再び変形させようと試みるが、既に今更で間に合う筈もなかった。
「真・ルシフェリオン……ブレイカァァァーッ!」
最早、レヴィに打つ手はなくなっていたから魔法を喰らう他に道は無く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
原典で
「きゅ〜」
「勝利のV! です」
そんなレヴィを見遣り、無表情ながらVサインにて勝利を自ら讃える。
そんな様子を高町なのはとフェイト・テスタロッサの両名は、茫然自失となって見つめ続けていたとか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バインドでグルグル巻きにしてるレヴィを連れて、シュテル・スタークス達はクライドとリンディの住むマンションに移動をする。
事前に連絡をしていたからか、クライドとリンディはシュテルを受け入れるだけの時間を取れた。
「私達は紫天の王と盟主と共に在る構築体――即ち、マテリアルという存在となります」
「紫天?」
「はい。闇の書の内部に、歴代の持ち主でしょうが……我らを加えたらしいのですけど、そもそも紫天の書や紫天の盟主を操る事など叶わず、我らは闇の書の最も深き場に眠ってました」
シュテルが説明する。
「ですが闇の書が消えて、夜天の魔導書に回帰した上に【紫天の書】の力の源、エグザミアが彼の手に渡ってしまいました」
「彼って、優斗君?」
「他に誰が居ますか?」
「居ないね、うん」
なのはは頷いた。
事実、アプスとの戦いでユートはエグザミアと呼ばれる赤い結晶体を手に入れたのを、なのはもフェイトも見ているのだから。
「永遠結晶エグザミア……又の名を【システムUーD】、アンブレイカブル・ダーク。即ち【砕け得ぬ闇】であり紫天の盟主、これが【無限連還機構】ですね。私達マテリアルは【王】を筆頭に【理】たる私と【力】たるレヴィが存在して、紫天の盟主を補佐して支えるプログラム。本来であれば闇の書の守護騎士とは違って決まった形を持たないのですが、ユートが介入をした結果として私はナノハの姿を、レヴィはフェイトの姿を得ています」
「ふ、ふぇ?」
行き成り余りもの情報が開示され、頭から湯気を噴き出すくらい混乱してしまうなのは。
「だ、大丈夫? なのは」
「うう……」
プスプスと音を響かせる勢いである。
「まだ【王】は未覚醒で、エグザミア本体はユートの手の内、レヴィは墜としたので後は……ユート曰く、未来からの来訪者とエルトリアの使者が問題ですね」
シュテルに暴れる意図は無く、寧ろユートから言われてレヴィを止めに来た。
「どうして私達に協力してくれるんだ?」
フェイトが訊ねる。
「私はレヴィより早く形を成しましたが、記憶が曖昧でナノハのコピーっぽい今の姿でフラフラと歩いていました。それをユートに見付けられて保護されましたから。まあ、一緒に過去へ跳ばされたから時間だけは豊富に在りましたし、記憶も回復しました。私が成長しているのはユートから貰った肉体のお陰ですしね」
今のシュテルは中学生か其処らの年齢で、通常だと眼鏡を掛けた文学少女だ。
「さて、タカマチ・ナノハ――貴女の上司のクライド・ハラオウン氏に合わせて頂けませんか? 貴女達に先程も話した情報を伝えねばなりませんから」
「う、うん」
何とか気を持ち直して、なのははフェイトと一緒にシュテルとレヴィ、二人をクライドの許へと連れて行く事にするのであった。
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王様にはやっぱり〝あの台詞〟を言わせるかな?